ブリージングストレッチセミナー in 岡山(13)
※映画『キック・アス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事から帰宅すると、私はいつも手洗いとうがいのために洗面所に立つのですが、洗面所の鏡に写った自分の姿を眺めながら、今の日本に対して自分に一体何ができるのだろうと考えていました。はっきりと方向性は定まっていませんが、そのための同志が欲しいとも思いました。この先、はっきりと方向性が定まれば、毎日、早朝から起き出して支度を整え、仕事に出掛けて行くことに価値を見出だせなくなるかもしれません。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(12)の続きを書かせていただきますね。
懇親会が終わると、五福座に置かせていただいていた荷物を取りに行き、帰路につくことになった。古久澤先生は岡山駅前のホテルに宿泊されるそうで、主催者の方が古久澤先生をホテルまで送って行かれるそうだ。かくいう私も、岡山駅前のホテルに宿泊することになっていて、既にガンモがチェックインを済ませているはずだった。とは言え、ガンモはセミナーの開始前に西大寺を離れてしまったので、宿泊先のホテルまでは自分の足で移動しなければならなかった。セミナーに参加されていた何人かの方たちが岡山駅前のホテルに宿泊されることがわかったので、その方たちと一緒に西大寺駅まで歩いて、そこから電車に乗ろうと思っていた。
私は、普段の通勤電車の感覚で軽く構えていたのだが、西大寺駅まで歩いて向かうと決めた私たちに対し、地元の参加者の方が時計を見ながら、
「この時間ですと、電車はもうほとんどないですよ」
と教えてくださった。軽く構えていた私は驚き、どうしたものかと思案していると、自家用車でセミナーに参加されていた地元の方が、
「じゃあ、岡山駅までお送りしましょうか」
と声を掛けてくださった。私は西大寺駅から岡山駅まで、一体どれくらい離れているのかわからなかった。しかし、電車の本数が少ないと聞いた直後に、地元の方がそのように言ってくださったのは大変有り難いことだと思った。
すると、それを聞いたどなたかが、
「岡山駅に行かれる方、手を挙げてください」
と尋ねてくださったので、私は手を挙げた。はっきりとは覚えていないが、おそらく数人の方たちが手を挙げたものと思われる。それを受けて、主催者の方やお仲間さんたちが互いに協力し合って、岡山駅に向かう参加者全員を自家用車で岡山駅まで送ってくださることになったのだ。いやはや、このような至れり尽くせりのセミナーは、生まれて初めてのことである。これもまた、主催者の方とお仲間さんの素晴らしい連携プレイによるものだった。私は、思いがけない展開に恐縮しながらも、有り難いこの提案にとても感謝していた。そして、主催者のお仲間さんが運転する自家用車に、Hさんともう一人の方と私の三人が乗せていただくことになった。私は、自家用車を運転してくださる方に御礼を言って、自家用車に乗り込んだ。
Hさんが助手席に座り、私ともう一人の方が後部座席に座った。もう一人の方とは懇親会で席が離れていたため、お話するのはそのときが初めてだった。確か私がその方に、
「どちらからお越しですか?」
といったようなことを尋ねたと思う。その方は、
「愛媛からです」
と答えてくださった。私は驚き、
「ええっ? 私も愛媛の出身なんですよ。今は結婚して兵庫に住んでますけど」
と言った。すると、その方も驚き、
「愛媛のどこですか?」
と互いに出身地を確かめ合うことになった。すると、その方は、私の出身地の市の名前を口にされたのだ。私は更に驚き、
「ええっ? 私も○○市の出身ですが、同じ○○市でも、旧△△市の出身なんですよ」
と答えた。
私の出身地は、何年か前に私が生まれ育った市を吸収合併したのである。その方は、合併前からその市のご出身だったが、私は合併後にその市の出身になったことになる。それでも、お互いに通っていた高校の名前を確認してみると、二人とも同じ高校の出身であることがわかった。そう、眞鍋かをりちゃんの出身高校である。
それだけではなかった。その方の口からは、私の出身中学の名前が出て来たではないか。一体何ごとかと思い、尋ねてみると、現在、その方は、私の出身中学で臨時の教師をされているのだそうだ。そう言えば懇親会のときに、教師をしている方に向けた向けたメッセージを古久澤先生が発していらっしゃるのが聞こえて来た。なるほど、あのとき聞こえて来たメッセージは、その方に向けたメッセージだったのだ。
私はこの偶然に驚き、あたかも同じ高校出身であることを証明するかのように、高校の校歌を思い出しながら少し歌った。出身高校の校歌など、もう何年も歌っていなかったが、すぐに出て来た。更に、その方が私の出身中学で教師をされているとのことだったので、出身中学の校歌も思い出しながら歌った。私の中では、もはや出身高校の校歌も出身中学の校歌も区別がつきにくくなっていたのだが、その方のおかげで区別することができた。とは言え、中学校の教師をされているということは、その方はこれからも転勤される度に、いろいろな中学校の校歌を覚え続けなければならないだろう。これまで意識したことはなかったが、教師にもいろいろな苦労があるのだと思った。
それにしても、古久澤先生のセミナーに出席されていた方たちの中に、私と同じ出身高校の方がいらっしゃったとは驚きである。しかも、その方が現在は私の出身中学の教師であり、更に同じ自家用車の中で同席することになろうとは・・・・・・。不思議なことに、撮影した写真を整理していると、その方とはセミナーのあとに観音院でご一緒させていただいていることがわかった。あのときは、わずか数名しかいなかったはずなのに、その方との会話は成立しなかった。そう考えると、人と人が交流を始めるときは、一対一で始めるのが基本なのだと思う。相手が既に誰かと繋がっている状態にあるときは、新たな交流は始まらない。しかし、互いに一対一の状態になったときに、新たな交流を始めるチャンスが訪れるのだ。
結局、西大寺から岡山駅前までは、自家用車で数十分掛かった。自家用車で送ってくださることにすっかり甘えてしまったが、思っていたよりも距離があったことに驚き、恐縮しながらも、わざわざ送ってくださったことに深く感謝した。私たちが岡山駅前に着く頃、古久澤先生も別の自家用車で岡山駅前に到着された。古久澤先生は、岡山駅前に降り立った一人一人の参加者と握手を交わされた。古久澤先生の手は確かに暖かかった。その後、皆さんとの再会を約束した私は、ガンモの待つホテルへと向かったのだった。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これで岡山セミナーの記事は完結しました。長らくお付き合いくださいまして、どうもありがとうございます。最後の最後にこんなサプライズが用意されていて、私にとっては忘れられないセミナーになりました。もう一人、私と同郷の方が松山セミナーを企画してくださることになっています。道後温泉での再会を今から夢見ています。最後になりましたが、岡山セミナーでお世話になった皆さん、どうもありがとうございました。またお目に掛かれる日を楽しみにしています。
さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
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