映画『ラブリーボーン』
※豆炭あんか物語の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 湯たんぽを購入したことから、子供の頃に使っていた暖房器具にまで話が及んだわけでありますが、どうやら豆炭はキャンプなど、屋外で過ごすときに使用されているようですね。ということは、キャンプ用品を扱うお店で売られていたりするのでしょうか。豆炭あんかは、楽天市場でも販売されていましたので、興味のある方は検索してみてください。

二月五日に、これまで鑑賞したこともないような映画を鑑賞した。殺人事件を扱う作品だというのに、サスペンス映画でもアクション映画でもない。とても美しい死後の世界が描かれた不思議な映画である。
十四歳のときに、近所の男性によって殺されてしまった主人公の少女スージー・サーモンを、映画『つぐない』で多感な妹役を演じていたシアーシャ・ローナンが演じている。ようやく恋が叶いそうになったときに殺されてしまった彼女には、まだまだやりたいことがたくさんあったはずだ。だから、亡くなったあとも、彼女の肉体は人間界には存在しないが、意識だけは漂う。あちらの世界から、肉体を持った人間たちに向かって一生懸命語りかけるのだが、人間たちが彼女の存在になかなか気付かないところが悲しくもある。それでも彼女は、自分を喪った悲しみを抱えながら一生懸命生きようとする家族をあちらの世界から見守り続ける。
本作は、そんな彼女が最終的に天国で自らの幸せを見出す結末となっている。どのような幸せであるのかは、タイトルの「ラブリーボーン」に深く関わって来る。ちなみに、ボーンとは骨のことである。原題ではbonesと複数形になっているのだが、邦題ではどういうわけか複数形にはなっていない。私には、彼女が救われた背景として、原題通りbonesと複数形で表現することが大切であるように思える。
殺人事件をこのような形で取り上げるのは、賛否両論あるかもしれない。殺人犯の過去の殺人経歴も次々に明らかになって行くことから、中には、殺人犯を次第に追い詰めて行く展開を望む人もいるはずだ。しかし、本作はそうではない。殺人犯を追い詰めて逮捕することを目的とした作品ではないのだ。
被害者にとっても、遺族にとっても、また、鑑賞する人たちにとっても、被害者の遺体が発見されることは大きな望みであるはずだ。だから、スージーの遺体の入った「入れ物」が今にも永遠に葬り去られようとしているとき、「ちょっと待った!」と言いたくもなる。しかし、そんな願いも空しく、スージーの遺体の入った「入れ物」は永遠に葬り去られる。せめて、スージーの遺体を遺族の元に返して欲しいという願いが達成されなかっただけに、私には、そのシーンがかえって印象深く刻み込まれている。
もしかすると本作は、スージーの遺族と同じような立場の人たちに一筋の光をもたらす作品となるかもしれない。もしも殺人事件で殺された被害者たちが、スージーが行き着いたような場所へと到達することができるのだとしたら、遺族にとっては少しの救いになるように思えるからだ。殺人事件をこのように表現した作品はとても珍しいが、私にとっては、このような表現方法がとても心地良かったのだ。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞し終わったあと、劇場では奇妙な雰囲気が流れていました。首をかしげている人たちの姿が多く見受けられたように思います。私は、「こんな表現方法があったとは!」と拍手を贈りたい気持ちでいっぱいでした。映画として、こういう表現方法は好きですね。
さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。
| 固定リンク





