« 新しい記憶を作りに | トップページ | 生きているということ »

2006.03.20

最高のパートナー

 「特急しなの」に乗り、塩尻まで出た。そこから普通列車に乗り換え、いったん下諏訪で降り、駅から歩いて十分ほどのところにある時の科学館 儀象堂に足を運んだ。

 ここには、お祭りのときに担ぎ出されるだんじりほどもの大きさのある水運儀象台(水の力で動く時計)がある。少し前に、カメラ仲間の男性が、ここを訪れたときのことを日記に書かれているのを拝見して、是非とも訪れたいと思っていたのだ。水運儀象台では、円状に並べられたお雛様ほどの小さな人形たちが、後方に取り付けられた水車の力で動かされ、少しずつ時を刻んで行く。それらの小さな人形たちは、刻む時の数だけ存在し、時を表す札のようなものを持って立っている。人形たちは、水車の力によって、現在時刻を示す場所までゆっくりと移動するのだ。現代風に言えば、0時から二十三時までを示す人形と、0分から五十九分までを示す人形がそれぞれ上段と下段に並べられていて、それらの人形がゆっくり回転しながら時を刻んでいるという感じである。私たちは、その大掛かりな造りに感動の溜息を漏らした。

 それから私たちは、時の科学館 儀象堂のすぐ近くにある諏訪大社下社秋宮へと向かった。諏訪大社は、全部で四つのお宮があり、そのうち二つが下諏訪にある。私は、諏訪大社下社秋宮に足を踏み入れる前に、諏訪大社下社秋宮の周りの木々たちを観察した。木々の緑はとても美しく、生き生きとしていて、まるで私たちに「おいで、おいで」と呼びかけているかのようだった。そんな木々を見ていると、私はとてもうれしくなって、諏訪大社下社秋宮の鳥居に駆け寄っていた。木々に導かれたのだ。思った通り、たくさんの参拝客が訪れている。彼らもまた、木々に導かれたのだろうか。見ると、出雲大社で目にしたような、大きなしめなわが掲げられている。おみくじを引いたら「吉」と出た。病のことを除けば、ほとんどいいことばかり書かれていた。

 更に、時の科学館 儀象堂の姉妹館である諏訪湖オルゴール博物館 奏鳴館に足を運び、古きよき時代のオルゴールの音に聴き入った。このあとの予定がたくさん詰まっていたため、次第に駆け足モードになる。

 私たちは、元来た道をてくてく歩いて、下諏訪駅を通り過ぎ、今度は諏訪大社下社春宮の前までやって来た。下諏訪にあるもう一つの諏訪大社のお宮である。こちらは、神社全体が日陰になっていたせいか、木々からのエネルギーがあまり感じられなかったため、参拝を見送ることにした。そして、すぐ近くにある万治の石仏に足を運んだ。万治の石仏は、かなり存在感のあるユニークな表情をしていた。故岡本太郎氏がこの石仏をひどく気に入られたそうである。万治の石仏の前には、お供えもお賽銭もなかったが、静かな顔で瞑想されていた。私たちは下諏訪駅まで戻り、再び列車に乗った。

 さて、お料理で言うと、下諏訪での探索が前菜で、ここからがメインディッシュになる。私たちは、下諏訪の次の駅、上諏訪で降りた。そう、上諏訪こそが、かつて私が何度も何度も通いつめた町なのである。これからガンモと上諏訪の旅館に宿泊するのだ。

 久しぶりに降り立つ上諏訪の町。かつての恋人と何度も待ち合わせをした上諏訪駅から旅館まで歩く道のりで、私は次第に感極まって来た。かつての恋人に会うために度々訪れた上諏訪の町を、ガンモと二人で歩いているということに、大きな喜びを感じたのだ。私はガンモに寄り添い、喜びを表現しながら歩いた。果たして、二十年近く前の私が、このような展開を予想し得ただろうか。

 宿泊先の旅館は、諏訪湖からほど近い場所に静かに佇んでいた。外観こそ古びてはいるが、内装はしっかりしていて、手入れも行き届いていた。客室はとてもこじんまりした無駄のない和室で、トイレも洗面所もついていなかったが、置かれている小ぶりな家具や、部屋に埋め込まれた鏡台、窪んだスペースに置かれた目覚まし時計やティッシュケースなどが、その旅館の温かみを表現していた。私たちはこの旅館が一目で気に入った。

 夕食の前に、ガンモと二人で、古い洋館の中にある不思議な温泉、片倉館に入ることにした。ここは、私がかつての恋人と度々訪れた想い出の場所である。浴槽の中に玉砂利が敷き詰めてあり、千人が入れるほどの大きな風呂ということで、千人風呂と呼ばれている。

 最近になって思い出したのだが、片倉館にはラドン室があるのだ。大浴場の中にあるラドン室は、小さな部屋で仕切られていて、四十度くらいのぬるめのお風呂がある。若かった私は、ラドンのありがたさも知らずに、ラドン室のお風呂はぬるいと決め込んでいた。しかし、今ではラドンのありがたさを存分に知っている。ラドン室のぬるいお風呂にしばらく入っていると、次第に熱くなって来た。ラドン温泉に入るのは、三朝温泉の湯治以来、久しぶりのことだった。私は空気中のラドンを吸い込むために、何度も深呼吸をした。

 上諏訪温泉は、温度が熱く、肌がすべすべになる。お風呂から上がると、ガンモも今上がったばかりだと言う。
「ここのお風呂は、これまで入った中で一番、気に入った」
と興奮した口調でガンモが言った。浴槽の中に玉砂利が敷き詰められていることにも驚いたようだったが、お湯の温度もちょうど良かったらしい。ただ、前日の夜になかなか寝付くことができずに四時半くらいまで起きていたというガンモは、湯船につかった途端、顔にしびれのようなものを感じて、慌てて湯船から上がり、ラドン室に行ったのだと言う。急に温まって、身体がびっくりしたのだろうか。ラドン室に行くと、顔のしびれはすぐに収まったそうだ。
ガンモは、
「脳の病気だから」
と言って笑ったが、私は少し心配になった。

 夕食の時間の制限もあって、片倉館ではゆっくりできなかったのだが、ガンモは片倉館がとても気に入ったようだった。

 私たちは、片倉館をあとにして、旅館まで歩いて帰り、食堂で夕食を食べた。夕食はお鍋中心だったが、次から次へとお料理が運び込まれ、私たちはおなかいっぱいになった。

 食事を終えて部屋に帰ると、ガンモは、
「何でだろう。今回の旅は、ものすごくいい感じだね。旅館もいいし、食事もいいし、湯上りの気分も最高にいい」
と言った。ガンモは更に、
「諏訪はとても楽しい。また来るから。スワン(諏訪湖の遊覧船)にも乗ってないし、片倉館も最高だし」
と言ってくれたのだ。私は、再び感極まっていた。こんなふうに、ガンモは、私が大事にしていたものを、どんどん吸い込み、自分の好きなものとして取り込んで行く。例えそれが、かつての恋人との縁(ゆかり)の地であろうとも。ガンモだからこそ、かつての恋人との縁の地で、新しい記憶を作ることができるのだ。そうでなければ、自己愛に満ちて、嫉妬に向かってしまうだろう。嫉妬は愛情不足の象徴なので、裏を返せば、ガンモには私の愛情が十分伝わっていることになる。とにかく、ガンモは私にとって、最高のパートナーだ。

 インターネットで予約したときに、家族風呂の無料券がついていたので、ガンモと二人で家族風呂に入った。家族風呂は、五十分間の貸切で、浴室に鍵を掛けられるようになっている。浴槽の広さは、大浴場よりもずっと小さめだが、二人で入ってもまだ余るくらいの広さだった。おいしいお料理でおなかいっぱいになったあと、無料で家族風呂まで利用できて、私たちは大満足だった。

 旅館といい、片倉館といい、湯上りの心地良さ気といい、私たちは今回の旅の楽しさに完全に酔いしれていた。

 寝不足だったガンモは、布団になるとすぐに眠ってしまった。私は、ネットで顔のしびれについて調べてみた。どうかガンモの感じた顔のしびれが、寝不足や疲労から来るものであって欲しいと願いながら。実は、諏訪大社下社秋宮で引いたおみくじには、「病重し 気をつけよ」と書かれていたのだ。私の病は決して重くはないはずなので、まさか、おみくじを引かなかったガンモへのメッセージが含まれていたりはしないだろうかと心配になっている。

※長い文章を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。たくさんの応援クリックにも感謝しています。m(__)m

※この日撮影した写真の一部

諏訪湖 時の科学館 儀象堂
諏訪大社下社秋宮

|

« 新しい記憶を作りに | トップページ | 生きているということ »