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2005.10.09

チンチン電車と道後温泉

 まず、皆さんにお詫びしなければならないことがある。私は、きのうの日記に、段々畑が多いのは愛媛県の宇和島なので、『瀬戸の花嫁』は、宇和島から瀬戸の島にお嫁に行く人のことを歌ったものだと書いた。しかし、あれから更に調べてみると、『瀬戸の花嫁』の舞台になっていたのは、香川県の沖之島という島だということがわかってしまった。愛媛の勝利などと書いてしまったが、ガンモの出身地、香川の逆転勝ちだった。誤った情報をお伝えしてしまい、大変申し訳なく思っている。(特に、『瀬戸の花嫁』が十八番の歌になっていらっしゃるというmiaさん、ごめんなさい。m(__)m)ちなみに、『瀬戸の花嫁』の歌詞はこちらである。

参考:瀬戸の花嫁 沖之島 舞台

 さて、松山に宿泊した私たちは、ホテルをチェックアウトしたあと、路面電車の乗り潰しに取り掛かった。私は愛媛の出身なので、松山には大変馴染みが深い。路面電車のことも、小さい頃から、チンチン電車と呼んで親しんで来た。しかし、本当の意味で松山を理解するようになったのは、高校を卒業して、愛媛を離れてしまってからだったのではないかと思う。

 私は、高校を卒業したあと、いったん広島の大学に入学したのだが、すぐに休学して予備校に通った。そして、東京の大学を再受験し、再入学した。その頃から、好きなアーチストのライブが松山で行われる度に、松山に足を運ぶようになった。そうした過程の中で、次第に、松山が観光地であることを知るようになったのだ。おそらく、愛媛から離れることで、愛媛を客観的に見ることができるようになったのだと思う。ずっと愛媛に住み続けていたのでは、松山の素晴らしさに目を向けることができなかったことだろう。

 松山のチンチン電車は、ほとんど間を置くことなく、次から次へとやって来る。私たちは、全国に残されているいくつかの路面電車を乗り潰して来たが、これほどまでに路面電車が活発に運行されているのは、松山の他には長崎くらいのものだった。しかも、松山の路面電車には、全面広告の車両がない。これは、広告の援助が不要なほど、黒字運営が成り立っているということなのではないだろうか。このように、他の地域の状況が、松山の状況をも同時に教えてくれる。これも、相対性の一つと言っていいのかもしれない。

 坊ちゃん列車と呼ばれる特別車両の路面電車にも乗車した。明治時代の列車を再現したものである。何と、あの小泉首相も、坊ちゃん列車に乗車されたらしい。坊ちゃん列車の車内には、坊ちゃん列車に乗車して手を振っている小泉首相の写真が飾られていた。

 路面電車を乗り潰した私たちは、道後温泉本館に足を運び、温泉につかった。三連休中だったので、館内は大混雑だったが、比較的空いている二階の休息所でゆっくりと休んでから、松山をあとにした。ガンモは特に、お風呂上りに浴衣に着替え、お茶菓子を食べながら、のんびりできる二階の休息所が気に入ったようだった。

 小さい頃から、当たり前のように近くに存在していた松山を、私たちはほとんど体験することなく大人になってしまった。愛媛から離れてみて、近くに存在していたものを主観的に見るということと、客観的に見るということは、両方必要なのではないかと思う。そういう意味で、今回の旅は、愛媛再発見の旅と言えるかもしれない。

 道後温泉を後にした私たちは、ガタンゴトンと二時間近く予讃線に揺られ、私の実家へとやって来たのである。

※今日、撮影した写真
チンチン電車と道後温泉

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