« 相反するものの同居 | トップページ | 異なるルートでも »

2005.09.03

公開録音への長旅

 徳島で行われるラジオの公開録音に出掛けるため、三宮から徳島行きのバスに乗り、途中の高速鳴門で降りた。公開録音の会場に行くためには、終点の徳島で降りたほうが便利だったのだが、鉄道乗り潰しポイントを稼ぐため、鳴門駅から鳴門線・徳島線を経由して会場まで向かった。

 もう九月だと言うのに、特に残暑の厳しい一日だった。持っていたハンドタオルはすぐに汗まみれになり、喉が渇いて、何度も何度も水分を補給した。

 会場に着いて、入場の順番を決める抽選を行い、係の人の指示に従って入場待ちをした。私はかなり遅い番号を引いてしまったので、しばらく日陰で待っていたのだが、早い番号を引いた人は、強い日差しの中で三〇分以上、列に並んだまま待たされていた。

 小さな会場だったのだが、およそ四百人ほどの観客が集まったようだ。ようやく入場の順番が回って来たので入場してみると、何と私たちは立見席だった。私たちの少し前に入場した人たちまでは、パイプ椅子が用意されていたのだった。しかも、会場内は、クーラーがあまり効いていない上に、観客の熱気も加わって、かなり暑かった。ラジオ局のアナウンサーが、
「これから公開録音を始めますが、途中で気分が悪くなられた方は、周りのスタッフに一声掛けてください」
と言っている。しかし、そのような悪条件は、ラジオののパーソナリティであるアーチストの登場で、いっぺんに吹き飛んでしまった。

 公開録音の始まりたてのぎこちない雰囲気を、アーチストが笑いの渦に変えてしまう。ばらばらのものが一つにまとまり、場の空気が一瞬にして変わる。やがて、番組進行の主導権が、地元のアナウンサーからアーチストへと移って行く。更に、ゲストに対しても、観客の意識が行き渡るように、アーチストがゲストを気遣っている。それらの作業は、まさに熟練と言っていいほどの素晴らしいものだった。

 今回、アーチストの仕事ぶりを見ながら、改めて感じたことがある。それは、彼は、私にとっては、間違いなく陽の存在だということだ。他の人に対しては、ほとんど陽であるはずの私が、彼を前にすると、たちまち陰になってしまう。陰と陽は、絶対的なものではなく、関係を結んで行く人によって、相対的に形成されて行くものなのだ。

 およそ一時間半に渡って行われた公開録音は、予定通りの時間に幕を閉じた。ガンモと私は、青春18きっぷを使い、阿波池田と琴平を経由して坂出まで出て、そこから更に岡山・姫路を経由して、深夜にようやく自宅まで辿り着いた。帰り道、ガンモは、公開録音でアーチストが歌ってくれた歌を何度も何度も口ずさんでいた。明日になれば、きっとCDを貸してくれと言って来るに違いない。

 それにしても、この時期、長い間、列車に乗り続けるのは肉体的にかなり厳しいものがある。というのは、夜はすっかり涼しくなっているのに、真夏の名残で列車内の冷房が効き過ぎているからだ。公開録音のときに暑い想いをした私たちは、帰りの列車の中で風邪を引きかけた。このように、暑いと寒いはいっぺんにはやって来ずに、変わりばんこにやって来るものだ。

 帰宅した私たちは、汗まみれになった身体をシャワーで洗い流し、さっさと布団にもぐり込んだ。とにかく疲れ果てていた。それでも、ガンモがずっと一緒に居てくれた。お揃いの服を着て、お揃いのリュックを背負って、おそろいの体型で、ガンモがずっと私の隣に一緒に居てくれた。

|

« 相反するものの同居 | トップページ | 異なるルートでも »