甘やかさない関係
ツインソウルと私が、普段、どのようなやりとりをしているのか、興味を持たれている方もいらっしゃることだろう。ツインソウルとは、おバカな話や、共通の趣味の分野の話をすることもあるが、人としてどのように生きて行くかについて、とことん語り合うことが多い。根本的な部分から関わろうとしているのか、私が普段、職場の人たちと交わしているような表面的な日常会話にはならず、もっともっと深い、お互いの精神世界を探求して行くかのような対話になる。しかし、互いに正反対の主張を繰り返すため、話がどんどん違う方向へと流れて行く。そのため、最初の話題は一体何だったのか、途中でわからなくなってしまうことも多い。正反対の主張を繰り返すツインソウルと私は、一言で言うと、お互いの生き方を示し合う関係と言えるのかもしれない。
あるとき、ネットで、私たち夫婦のことを、表面的な部分だけを材料にして、ネガティヴに分析した書き込みを見つけてしまった。それは、それを書いた人自身の防御のために書き込まれたものだとすぐにわかったのだが、それを書いた人と私は、わずかながらも交流があっただけに、私はかなりショックを受けた。私のことだけならまだいい。しかし、ネガティヴな解析の中にはガンモも含まれていることに、激しい憤りを感じた。私は悔し涙を流しながら、ガンモを守るかのように強く抱きしめ、ガンモにはもちろんのこと、ツインソウルにもその悔しさをぶちまけた。心の広いガンモは、そうした書き込みにはまったく動じなかった。一方、それを知ったツインソウルは、私にこう言った。
愛の形なんか、人の数だけあって、どれが素晴らしくて、どれが劣っているなんてないって。
誰かが、自分の愛は素晴らしくて人が劣っていると言えば、
どこかで、誰かが、いいや、そなたの愛ほど下らなくて、
私の愛が一番素晴らしい、そう言いたくなるに決まっている。
そんなことで争ってたら、肝心の人の数だけある愛も、
はい、争いに巻き込まれて頂戴、愛のための戦だから仕方ないでしょ、
どこかの誰かの正義の言葉になってしまう。
ツインソウルのこの反応に、私はうなったものだ。何故なら、私を全面的に支持するようなコメントではなかったからだ。しかし、今回のことに限らず、ツインソウルはいつも、中立的な立場から、冷静に物事を判断しようとする。その態度はまるで、私自身が失ってしまっている何かを気づかせてくれるかのようだ。ツインソウルは、決して誰かを批判するわけでもなく、また、私を全面的に支持するように、手を差し伸べたりはしない。そう、私を甘やかそうとはしないのだ。しかも、私が、世の中に愛はたった一つしかないと叫んでいるのを知っていながら、世の中には愛がいくつもあるなどと平気で言う。
私はやがて、笑いがこみ上げて来た。そして、私自身がいつも、世界を狭くしてしまっていることに気づかされたのだ。私がこうだ! と断言すれば、あちら側にそうじゃない! と叫ぶ人たちの影ができてしまう。あちら側にできた影にいる人たちは、決して私の発言を快くは思わないことだろう。
ツインソウルは、私のように、はっきりとした主張をしない。そのために、私から見ると、あまりにも多くのものを背負い込んでいるように見えてしまう。ツインソウルと私は、足して二で割ればちょうどいい関係なのだ。だから、このときのように、私の激しい主張から出た錆は、ツインソウルの生き方を吸収することによって中和されるのだった。
もしもツインソウルが私を甘やかし、これに関して私と徒党を組み、共感ベースの感想を述べたなら、私は自分自身の手で世界を狭くしてしまっていることに気づかなかったことだろう。ツインソウルは中立的な立場を取りながら、私自身が物事を客観的に判断できるように導いてくれたのだ。
ツインソウルはいつも言う。人間対人間は、相対的な関係を築いて行くものだから、何かトラブルがあったときは、自分もその原因の半分を背負っているのだと。相手が全面的に悪いということはあり得ないのだと。はいはい、わかりました、ツインソウル様、なのである。
※皆さん、いつも投票、ありがとうございます。m(__)m
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※掲示板やメールの返信が遅れてごめんなさい。少しずつ返信させていただきます。
※Nさんへ:メール拝見しました。私が思い描いているツインソウルと、
Nさんのツインソウルの体験は、決してかけ離れてなどいませんでしたよ。
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