日記・コラム・つぶやき

2017.03.12

シリアスな生中継に子供が乱入

ホットヨガ(五五八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日で東日本大震災から六年が経過しました。六年の歳月が流れてもなお、東日本大震災で受けた深い傷は癒えていないだろうと思います。福島で起こった原子力発電所の事故の後処理もまだ終わっていないと認識していますし、今もなお、避難生活を続けている方たちがいらっしゃるのですよね。この日のことを決して忘れてはいけないとは思いますが、六年間のうちに少しずつ前進していて、これからもなお前進し続けるだろうと信じています。


 Yahoo! UK & Irelandを見ていたときのことである。トップページに表示されていたニュース記事に、BBCの放送事故のことが書かれていたのでクリックしてみたところ、以下のような動画が紹介されていた。

 放送事故でありながらも、何だかほっこりするような動画である。自宅で生放送のインタビューを受けている男性の部屋に、彼の子供たちが乱入して来るのである。完全に仕事モードに入っている彼は、大真面目な顔をして、しかも韓国のシリアスな内容を伝えようとしているというのに、無邪気な子供たちは、自分たちの父親が重要な役割を果たそうとしていることを知らない。

 動画を見ているうちに、男性が置かれている立場を想像して、何だか涙が出て来た。普段は子供たちにとって、フレンドリーで愛情たっぷりのお父さんであるはずのこの男性が、テレビの生放送でインタビューを受けるときに限って、自分の子供たちへの愛情を切り離し、大真面目な顔をして話をしなければならない。テレビに向かって正面を向いている男性の表情と、子供たちが後ろにいることに気付いてしまった優しいお父さんとしての男性の表情にギャップがあり過ぎて涙を誘うのだ。

 やがて、生放送を見ていたであろう子供たちの母親、すなわち男性の妻であると思われる女性が、慌てて子供たちを連れ戻しにやって来る。子供たちの乱入に対し、男性は謝罪しているのだが、この動画を見たほとんどの人たちが、一瞬にして彼を許すに違いない。

 「仕事とは、自分の中にある愛情を切り離して行うものだ」ということを意識せずにはいられないハプニングだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こういう放送事故ならば、きっと苦情などは来なかったのではないでしょうか。そもそも、仕事の顔と普段の顔を切り替えなければならないことに問題があるのかもしれませんね。それはすなわち、仕事で出会う人たちには、愛情を示していないことにも繋がるからです。

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2017.02.26

非日常の夢の国

ホットヨガ(五五六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 怒涛の一週間が終わり、昨日は早起きして、大阪にあるユニバーサル・スタジオ・ジャパンにガンモと行って来ました。毎日仕事の帰りが遅く、かなりの寝不足ではあったのですが、誕生日から一ヵ月の間だけ利用料金が少し安くなるらしく、一月に誕生日を迎えたガンモがチケットを購入してくれていたのです。しかし、行こうと決めていた日に、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの近くでキャンプをしたにもかかわらず、朝から大雨が降ってしまいました。そこで、日程変更をした日が昨日だったのです。今日はそのことについて書いてみたいと思います。


 私たちが初めてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)を訪れたのは、USJがオープンしてから一年か二年経った頃のことだったと思う。今回、入口の門をくぐるときに、「十五周年」と書かれていたので、私たちが最初に訪れてから、それなりの年月が経っていることを認識した。

 遊園地と言えば、かつてはチケットを購入するだけでもかなり並んだものだった。しかし、今ではインターネットで入場券を購入し、スマートフォンなどに読み込んだQRコードをかざせば簡単に認証されて、ただちに入場できるらしい。それならば、私もガラケーに読み込んだQRコードをかざして入場しようと意気込んでいた。ガンモは、
「ガラケーだと入場できないかもしれないので、念のため、印刷しといたから」
と言って、QRコードを印刷した紙を渡してくれた。

 私のガラケーは、ガンモが使っているiPhone 5sよりも画面サイズは大きいのだが、セブン・イレブンでQRコードをかざしても認識してくれない。しかし、しばしば足を運んでいる映画館では、ちゃんとQRコードを認識してくれる。果たして、USJではどうなのだろう。

 最初に、iPhoneを使っているガンモが入場ゲートでQRコードをかざしたところ、画面を暗く設定していたために認識されなかった。画面を明るくすることで、入場ゲートは開いた。続いて私もドキドキしながら、入場ゲートでQRコードをかざしてみたのだが、ガラケーの画面を最大限に明るく設定していたにもかかわらず、やはり認識してくれなかった。仕方がないので、ガンモが印刷してくれていた紙のQRコードをかざして中に入った。

 USJでは、いろいろな人たちが思い思いの恰好をしてアトラクションを楽しんでいた。特に気になったのは、キャラクターの帽子やカチューシャを付けている人たちが多かったことだ。例えば、ミニオンズの黄色い帽子をかぶって、黄色いシャツの上にオーバーオールを着たグループもいた。普段、外を歩くときには、ためらってしまうような恰好でも、それを楽しんでいる人たちが多いのである。

 こうした光景を目にしながら、USJというところは、普段は抑圧された自分自身を開放する場所でもあるのではないかと感じた。ガンモも他の人たちに影響されたのか、スヌーピーの耳がついたカチューシャを購入し、着けて歩いていた。それを着けることで、非日常を感じながら、自分はスヌーピーが好きだということを周りに主張することもできるというわけだ。

 ただ、園内で何かを食べようとすると、とてつもなく高かった。まず、焼きとうもろこしが一本六百円もした。確かにおいしいのだが、あまりにも高い。また、六分の一くらいの大きさのピザ一切れと飲み物、クラムチャウダーがセットで千百円だった。USJで空腹を満たそうと思ったら、かなりの金額を費やさなければならなかった。

 そんなことを知っているからなのか、常連さんたちは、アトラクション待ちをしている間に、持参したおにぎりを食べていた。土曜日だったので、アトラクションの待ち時間は、五十分~二時間弱までは当たり前である。待っている間もそれなりに列が進んで行くので退屈はしないが、短い時間で動きがあるために、本を読んだりすることなどで待ち時間を有効活用することができなかった。そのため、ただ並ぶだけでもずいぶん疲れてしまった。

 それでも、ハリー・ポッターのエリアとジュラシック・パークのエリアでいくつかのアトラクションに乗ることができた。順番待ちの行列にかなり長いこと並んだ割には、実際のアトラクションはわずか数分だけで終わってしまうのだった。

 とは言え、その瞬間を求めて、多くの人たちがUSJを訪れている。それは、アトラクションを楽しむためというよりも、非日常を存分に感じながら、自分自身を開放するためだったりするのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お天気も良く、絶好のUSJ日和でありました。待ち時間が長いことと、お土産品、食べ物などがひどく高いことを除けば、自分を開放するには良い場所だと思いました。自分を開放するだけでも、セラピーに繋がるほどの効果をもたらしてくれるかもしれませんね。

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2017.01.10

二〇一七年は商売大繁盛!

映画『女帝[エンペラー]』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 年が明けて一月になったら、もっと寒くなるのかと思っていたのですが、まだ寒くなる気配がないですね。今月末まで暖房なしのテント生活を続けることができたら、テントで冬を越せたことになりそうな気配です。(苦笑)


 今年も三日間に渡る十日ゑびす大祭がやって来た。今日は本えびすということで、ガンモと仕事帰りに待ち合わせて、西宮ゑびす神社に向かった。「えべっさん」の名で親しまれるこのお祭りは、商売繁盛を祈るもので、毎年、たくさんの人たちでにぎわっている。

 私はというと、商売繁盛を祈りたい気持ちはあるものの、商売繁盛を祈ると今以上に仕事が忙しくなってしまうのではないかという不安もあった。それでも、仕事があるだけ有難いことなのだと思い直し、今年も三千円の大福笹を購入し、おみくじを引いた。

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(撮影:ガンモ)

 すると、何と何と、おみくじで大吉を引き当てた。今年は大殺界のど真ん中で運気は良くないはずなのに、大吉のおみくじには、何事もうまく行くと書かれていた。大殺界のど真ん中で気分も落ち込み気味だったので、大吉のおみくじは素直にうれしかった。今年は商売大繁盛に違いない。

 ガンモが引いたおみくじは吉だったが、私が引いた大吉がうらやましかったのか、大吉のおみくじと大福笹を写真に撮り、SNSにアップしていた。

 いつもならば、本殿を参拝して帰るのだが、本えびすのため、境内はとにかくたくさんの人たちで溢れ返っていた。本殿にたどり着くまでに、荷物を持ったまま、気が遠くなるほど並ばなければならなかった。そこで、参拝の行列には並ばずに、雰囲気だけ味わって帰宅することにしたのだった。

 帰宅したあと、大福笹をテントに飾った。本殿を参拝できなかったので、テントの中から去年一年のお礼と今年一年のお願いをしておいた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まあ、とにかく大変な人でした。来年からは、本えびすは避けたいと思います。(苦笑)

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2017.01.02

香川県のあんこ餅入りお雑煮で新年を迎える

行く手帳、来る手帳の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さん、新年あけましておめでとうございます。天候に恵まれたお正月ですね。今年一年が、皆さんにとって素晴らしい一年になりますように。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。


 元旦の朝、客先での徹夜作業を終えて帰宅したガンモが、
「あん餅入りお雑煮を作るから」
と言った。

 ご存じのように、ガンモの出身地である香川県の一部の地域では、お正月にあん餅入りお雑煮を食べている。亡き義母がまだ元気だった頃、お正月に帰省したときに一度だけそのお雑煮を食べさせてもらったことがある。ガンモと同じ四国出身の私でさえ、あん餅でお雑煮を食べることが驚きだったのだが、実際に食べてみると、白みその辛さとあん餅の甘さがうまい具合に混ざり合って、とてもおいしいかったのを覚えている。

 義母亡きあとは、お正月に香川県の栗林公園であん餅入りお雑煮が無料で食べられるというので、朝早くに家を出て、行列に並んで食べたこともある。やはり子供の頃から食べていたものが懐かしいのである。

 これまで外食が多かった私たちだが、二人でキャンプに行くようになると、ガンモが料理に目覚めた。私は母に似なかったのか、料理が好きではない。去年は私が一人で帰省していたので、ガンモは自宅で一人であん餅入り雑煮を作って食べたようだったが、今年は一緒に過ごしているので、二人で食べようと思ったようだ。

 さて、あん餅入りお雑煮の材料だが、白みそとだいこん、金時人参、あん餅、だしである。

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ガンモが作ってくれたあん餅入りお雑煮

 義母が食べさせてくれたような、白みその辛さとあんこの絶妙なマッチングには至らなかったが、兵庫県にいても香川県のお正月気分を味わうことができて良かったと思う。これからの一年は、甘い一年になりそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに私の実家のほうでは、しょうゆベースのあんなし餅でお雑煮を作ります。大根も人参も入れますが、金時人参ではありません。(笑)お雑煮は、地方色豊かで面白いですね。しかし、私たちに子供がいたら、家族としては、どちらのお雑煮を食べることになるのでしょうか。(苦笑)

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2016.10.27

超多忙な大殺界

映画『トースト ~幸せになるためのレシピ~』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日はとても暖かく、半袖で過ごせるくらいの陽気だったというのに、今日からまた寒くなりましたね。気温の変化に注意して、体調を崩さないようにしたいものです。


 今年からとうとう、十二年に一度の大殺界に入ってしまった。あまり気にしないようにしていたところ、特に良くないも起こらなかった。仕事の環境は大きく変わったものの、これまでの知識や経験を大いに活かせる職場で働くことができている。ただ、以前と同じ仕事をしていても、これまでとは仕事の仕方が大きく異なっていて、ギャップを感じることも多い。難しい言い方をすれば、これまでは主観で仕事をしていたのが、客観的な意見を耳にすることが多くなったということだ。その客観的な意見に対し、非常に耳が痛い。

 私自身がその仕事に長く携わって来たことから、自分自身の仕事をこなしながら、現在の職場ではいろいろな問い合わせを受けている。その対応に非常に忙しい。自分の仕事をしている間に問い合わせが入り、本来の仕事が中断され、問い合わせ対応にどっぷり浸かってしまうという状況だ。毎日フル回転で、トイレに立つタイミングも逃しそうになるほどだ。とにかく忙しい。

 仕事の忙しさに加え、ホットヨガのレッスンに英会話、言語交換パートナーとの交流と、仕事もプライベートもフル回転している。大殺界に何があるのかと思えば、何とそれは超多忙な毎日だったというわけだ。

 まだ今年から大殺界が始まったばかりでこれだけ忙しくなったわけだが、来月からは仕事の忙しさに更なる拍車がかかる見込みである。やはり、今回の大殺界は超多忙の一言に尽きるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、毎日、フル回転で稼働しています。もう少しのんびりしたいというのが本音です。

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2016.09.03

にわか床屋さん

There is no reasonの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 台風10号の被害に遭った地域にお住まいの皆さんにお見舞い申し上げます。岩手県の認知症グループホームで九人もの尊い命が犠牲になってしまったことに関して、言葉がありません。災害は一瞬にして起こってしまうのだということを実感させられました。また、入って来た情報を受けて、自分自身がどのように動くべきかを判断するときの教訓にもなりました。亡くなられた方たちのご冥福をお祈り致します。


 昨日、仕事を終えたあと、新神戸から新幹線に乗り、岡山で在来線の特急列車に乗り換えて、実家に帰って来た。お盆に帰省しなかったので、母の命日を迎える前に帰省することにしたのだ。

 実家の最寄駅まで、父が車で迎えに来てくれた。今回は、大きな荷物を送っておいたので、移動がとても楽ちんだった。仕事に出掛けて行くときに、バタバタしながら大きな荷物を大きなコインロッカーに預けるよりも、今回のように予め送ってしまったほうが楽ちんだということが良くわかった。

 そして今朝は、送った荷物の中から散髪セットを取り出して、いつもガンモの髪の毛をカットしているように、父の髪の毛をカットした。二年ほど前まで、父には行きつけの床屋さんがあったのだが、その床屋さんが病気で亡くなってしまってからは、自分で髪の毛を切るようになった。一度、それで失敗して、別の床屋さんに駆け込んだものの、その後はやはり自分で切るようになった。ただ、いつ見ても父の髪の毛が伸びているように見えたので、今回、私がカットすることにしたのだ。

 まずはレジャーシートを敷いて、父が座る椅子も用意した。父にはシャワーを浴びてもらい、髪の毛を濡らした状態で椅子に座ってもらった。私は床屋さんのふりをして、父にケープをかけながら、世間話を持ち掛ける。いつもこんなふうにガンモの髪の毛を切っているのだと言うと、父は笑っていた。

 父からは、予めどのように切って欲しいか希望を聞いておいたので、それに従った。もちろん、私はプロではないので、あまりうまくはないのだが、父が自分で切るよりはましだと思う。仕上がりを父に鏡で確認してもらったところ、一カ所だけ切り過ぎてしまったところがあったようだが、これで大丈夫とのことで感謝された。

 そう言えば、私は以前、今は亡き義父の髪の毛も切ったことがある。
「親父の髪の毛が落ち武者みたいになってる」
とガンモが言うので、私の出動となったわけだ。そのとき、義父もさっぱりしたようで、喜んでくれた。

 私が思うに、年を取ると床屋に行くのが億劫になるようだ。特に父のように、通い慣れた床屋さんが不在になってしまった場合は、新しい床屋さんを開拓することに対し、消極的になってしまうようだ。それはやはり、気心が知れた人に髪の毛を切って欲しいという潜在的な願望があるからだと思う。おそらく、ガンモが私に髪の毛を切って欲しがるのも、そういう理由からだろう。

 これからも、帰省するときは、散髪セットを持参しようと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 親しい人の髪の毛を切るのは、特別なコミュニケーションであるような気がします。切る側としては、喜んでもらえるのがうれしいですね。

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2016.07.29

さらばサンシャイン牧場

にわか翻訳業を開業の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ゆうべも三時間以上チャットをしていました。毎回、新しい発見があって、とても面白いです。今はどんどん吸収できる時期なのかもしれません。ガラケーでSkypeを使えないのが残念なくらいです。(笑)とは言え、いなかのオフィスはまちのオフィスよりも規制が緩いので、通勤にWindowsタブレットを持ち歩いています。外付けキーボードを装着していないときは入力し辛いのと、時差があることが難点ですね。(苦笑)


 仕事帰りにガンモと待ち合わせて、晩御飯を一緒に食べた。そのときにガンモがおもむろにiPhoneを取り出して、
「サンシャイン牧場が終わるの知ってる?」
と私に聞いて来た。私は、
「えっ? とうとう終わるの?」
と驚きの声をあげた。

 サンシャイン牧場とは、畑に作物を植えて収穫したり、牧場で畜産物を育てて収穫したりするmixiのゲームである。

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サンシャイン牧場のスクリーンショット(PC版)(過去の記事に掲載)

 かつて、私はサンシャイン牧場にはまりにはまっていて、PCでもガラケーでも毎日のように遊んでいた。しかし、母を亡くしてからは一気に価値観が変わってしまい、mixiにログインする回数も減ってしまった。そのため、サンシャイン牧場からもしばらく遠ざかっていたのだが、サンシャイン牧場が終わってしまうと聞いて、久し振りにログインしてみた。

 実は、ガンモも以前、サンシャイン牧場で遊んでいたのだが、mixiには頻繁にアクセスしていても、自分の遊ぶアプリの中から、サンシャイン牧場を削除してしまったようだ。サンシャイン牧場が終わってしまうということで、ガンモは再びサンシャイン牧場を始めようと、アプリの一覧から選択してサンシャイン牧場を起動しようとしたようだが、iPhoneからは端末のチェックでエラーになり、使用できなかったようだ。

 確か、サンシャイン牧場は、多くのゲームがスマートフォンへと移行して行く中で、ガラケーユーザーには優しいゲームだった。スマートフォンユーザ向けにもアプリが提供されてはいたのだが、未完成だったように記憶している。そのため、スマートフォンユーザからは常に不満の声があがっていた。その後、私自身がmixiから遠ざかってしまい、サンシャイン牧場をすっかり放置してしまっていたので、その後の展開のことは良くわからない。それでも、私が利用していた時期から、いろいろな不満の声をあちらこちらで聞いていたので、サンシャイン牧場が終わってしまうことに関して、「仕方がないかもね」という気持ちだった。

 ガンモがiPhoneでサンシャイン牧場を利用できなかったのに対し、私はガラケーからこれまで通りアクセスすることができた。ただ、私自身がその操作をすっかり忘れてしまっていた。以前は、肥料や飼料の種類をすべて暗記し、それぞれのアイテムにどのような効果があるかを理解していたはずだった。しかし、しばらく利用しないうちに、すっかり忘れてしまっているのだった。

 サンシャイン牧場の魅力は、肥料や飼料を使って、育成を速められることではないだろうか。そうすることで、同じゲームで遊んでいる人たちと互いに競い合うことができる。また、育てる作物や花、家畜などのキャラクターのデザインも素晴らしかった。家畜が病気になると、家畜に注射を打って対処するのだが、ガラケーから家畜に注射をすると、家畜がたまらない表情を見せる。注射は痛いが、病気から快復できて助かったという表情なのだ。それが良く描かれていて面白い。

 また、同じゲームで遊んでいるマイミクさんたちの畑や牧場に行って、世話をしたりすることができるのも魅力の一つだろう。多かれ少なかれ、サンシャイン牧場を始めた人たちは、それらの魅力に取りつかれた経験があるはずだ。

 サンシャイン牧場は、来月の下旬にとうとう幕を閉じるそうだ。それまでの間に私がどれだけ遊べるかわからないが、今しか味わえないことを味わっておきたいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに遊んでみて、確かに面白いゲームだと思いました。イベントが企画されていて、掲げられた目標を達成した人には特別な種がもらえたり、特殊な家畜を飼うことができたものでした。一度離れてしまっていた皆さんも、久し振りに遊んでみてはいかがでしょうか。また新たな発見があると思いますよ。

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2016.06.07

自我を押し通す人

ホットヨガ(五一二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久し振りに折りたたみ傘を購入したところ、雨の日が少しだけ楽しくなりました。お気に入りのレイングッズを揃えると、雨の日も憂鬱ではなくなるかもしれませんね。


 朝の通勤途中のことである。交差点で信号待ちをしていると、後方から、自動車のクラクションを鳴らす音が聞こえて来た。少し離れたところから聞こえて来るので、私に鳴らしているのではないことだけはわかっていた。しばらくすると、再び同じクラクションが聞こえ、やがて、それほど間隔を置くことなく、クラクションが繰り返された。さすがにそれらは、鳴らしている人の怒りを感じるレベルのものだった。

 振り返って、クラクションが聞こえて来る方向を確認してみると、ワゴン車の上に脚立のようなものを積んだ乗用車に乗った運転手が、いまいましそうにクラクションを鳴らしていた。その乗用車は、信号待ちのために停車している自動車とほぼ九十度の位置で停止しており、停車中の一台の乗用車に道を開けろと主張しているようだった。

 実は、その交差点の手前には、左斜めに抜けられる道路があり、あらかじめ左折が決まっている乗用車は、信号待ちをすることなく、その左斜めの道路に抜けて行くのだった。クラクションを鳴らしていた乗用車は、信号待ちをしている乗用車から見て九十度の方向にある道路からやって来て、その左斜めに抜ける道路を利用したいようだった。しかし、ちょうど信号が赤だったために、交差点に繋がる道路には、信号待ちをしている乗用車が何台か停車していたのだった。

 次に振り返ったとき、クラクションを鳴らしている乗用車の運転手が乗用車から降りて、停車中の乗用車の運転手に何か文句を言っているのが見えた。私は、「喧嘩にならなければいいが・・・・・・」と思いながら、もしも喧嘩になったといても、仲裁に入る勇気はないし、例え勇気があったとしても仕事に遅刻したくはないと思っていた。そんなことを考えながら、ちょうど交差点の近くに交番があることを思い出し、「交番におまわりさんがいれば、出て来てくれるのではないか」と期待していた。

 すると、期待通りにおまわりさんが交番から駆け付けてくださり、クラクションを鳴らしていた乗用車を降りて、別の乗用車の運転手に文句を言っている運転手をなだめた。文句を言っていた運転手は、すぐには引かなかったようだが、おまわりさんの対処が素晴らしかったのか、間もなく乗用車に戻り、左斜めに抜ける道路を勢い良く突き抜けて行った。その頃には、文句を言われた乗用車は停止位置から少し後ろに下がり、クラクションを鳴らし続けていた乗用車のために道路を空けていた。

 おまわりさんの登場で、ひとまず一件落着となったわけだが、文句を言われた乗用車の運転手が危機一髪でおまわりさんに救われたという運の良さに感心した。それと同時に、私自身の態度も含めて都会の無関心さを反省することにもなった。日々、何かと時間に終われ、誰かがピンチに陥っていても立ち止まることができないという状況は、どこかで改善したほうがいいだろうと思った。

 そして、クラクションを鳴らした運転手は、今回のこと以外でも、周りの人たちに自我を押し付け続けているのではないかと感じた。自分が変わろうとせずに、相手を変えさせようとする典型をここに見た気がしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m クラクションを鳴らした乗用車の助手席には、仕事仲間らしき男性が乗っていました。その男性は、クラクションを鳴らし、停車中の乗用車の運転手に文句を言っているのに何もしませんでした。私も何もしなかったのだから、その男性を責めることはできません。一瞬のうちに、自分がこうだと思える行動を取れたのは、おまわりさんだけだったことになります。

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2016.04.29

十連休の始まり

映画『さざなみ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日も大分で震度五強の地震が発生しましたね。被災地の皆さん、お怪我などはありませんでしたでしょうか。度重なる余震に家屋が耐えられるのか心配です。そんな中、熊本で仮設住宅の着工が始まったようですね。避難所で生活されている方たちが必要とされているのは、プライベートな空間を確保することではないでしょうか。東日本大震災のときに、避難所に簡単なパーティションを設置したことにより、プライバシーが守られるようになったと喜んでいる方がいらっしゃったのを思いだします。仮説住宅での生活は、必ずしも快適とは言い切れないかもしれませんが、プライベートな空間を守るための役割は果たしてくれるだろうと思います。まだまだ数は少ないとは思いますが、どうか多くの方にプライベートな空間が行き渡りますように。


 昨日の夕方、仕事を終えたあとに、新幹線と在来線特急を乗り継いで、実家の最寄駅に着いた。ガンモはゴールデンウィークの前半に仕事が入っているため、今回も一緒には帰省できなかった。

 夜の遅い時間だったにもかかわらず、実家の最寄駅まで父が車で迎えに来てくれた。帰省するにあたり、お土産とともに、大きな荷物も実家に送っておいたのだが、それらの荷物を父が受け取ってくれていたので、私は身軽なままで移動することができた。そんな父の存在が本当に有り難い。

 実家に帰ると、私はすぐに仏壇に出向き、母にお線香をあげた。母に仕事の報告をすると、仏壇に飾っている母の遺影が笑っていた。不思議なことなのだが、同じ写真であるにもかかわらず、母の遺影は見る度に表情を変える。もしかすると、母の遺影を見る私自身の気持ちが表れているだけなのかもしれないが・・・・・・。

 一夜明けた今朝、どういうわけか携帯電話に設定しているアラーム音に起こされた。五時半過ぎだった。毎週月曜日から金曜日までは、仕事に出掛けて行くために、五時半過ぎに携帯電話のアラームが鳴るように設定しているのだが、それを解除していなかったのだ。私は慌ててそのアラーム音の設定解除をして、もうひと眠りした。今日から仕事は十連休なのだが、ゴールデンウィークが終わる頃には、再びそのアラームを設定しておかなければならない。

 午前中の早い時間に、父と一緒に母のお墓参りに出掛けた。母のお墓は、父や伯母たちがいつも花を添えてくれているので、色とりどりできれいだ。父と私は、母のお墓の前で般若心経をとなえて帰って来た。

 その後、父は地域の行事があるので出掛けて行った。私はその間に、ガンモから預かって来た増設用のメモリを父の使っているパソコンにセットした。このパソコンは、以前、私がプレゼントしたものだが、最初はWindows 7のOSがインストールされていた。最近は、Windows 7からWindows 10に無償でアップグレードできるので、先月帰省したときに私がWindows 10にアップグレードしたのだが、もともと古いパソコンなので、Windows 7が動作しているときも重かった。そこで、メモリを追加することにしたのだ。

 パソコン本体の電源ケーブルを抜いて、パソコンの本体の裏蓋を開けてから、ガンモが用意してくれたメモリを挿してみたのだが、メモリを増設した状態でパソコンの電源を入れても立ち上がらなかった。どうやら、増設メモリをあまり深く差し込まなかったせいで認識されていなかったようだ。何度か試行錯誤を繰り返したあと、ようやくメモリを認識してくれるようになった。やれやれである。動作も、これまでよりも速くなっていた。

 その後、友人の家に行き、数時間話し込んだ。夕方に帰宅して、晩御飯を食べたあと、天然ヘナをして、ガンモと長話をした。とても充実した一日だった。

 十連休となるゴールデンウィークだが、いつもあっという間に過ぎてしまうので、今回は、実践すべきことを手帳にリストアップしておいた。そして、それらのリストに、毎日、チェックを付けて行く。十連休のゴールデンウィークをあっという間には決して終わらせないつもりだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモとは、ゴールデンウィークの後半に合流することになっています。ゴールデンウィークが十連休でない方もいらっしゃるかもしれませんね。十連休の方も、十連休でない方も、どうか有意義なゴールデンウィークをお過ごしください。

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2016.03.22

"visit graves"

宮崎~熊本~福岡の旅(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ベルギーで同時多発テロがあり、少なくとも三十人以上の方たちが亡くなられたとのニュースが飛び込んで来ました。実に恐ろしいことであります。まさかとは思いますが、ヨーロッパ、それもフランス語圏が狙われているのでしょうか。できれば、テロリストに選ばれた「その場」には居合わせたくないものです。さて、三連休が終わってしまいました。皆さんの三連休はいかがでしたでしょうか。私は、三連休を実家で過ごし、ゆうべの高速バスで無事に帰宅しました。高速道路は、いつもよりも交通量が多かったのですが、ほぼ定刻に到着しました。いつも高速バスに乗るときは、母にお願いしているのです。毎回、その願いが叶って、それほど遅延することなく、無事に移動することができています。今日はそれに関する話を書いてみたいと思います。


 タイトルに掲げた"visit graves"は、「(複数の故人の)お墓参りをする」という意味である。特定の故人のお墓参りをするときは、"visit one's grave"のように使うらしい。今回のお彼岸の帰省では、複数の故人のお墓参りをしたので、"visit graves"というタイトルを選んだわけだ。

 父と弟の建墓の年回りが悪かったため、母が他界してから二年もの間、お墓を作るのを見送ったという話を"It's complicated"の記事に書いた。

 私は何度も何度も他界した母の夢を見ているというのに、父は、母が他界してから一度も母の夢を見たことがなかったという。もしかすると、父の想いが強過ぎたのかもしれない。しかし、お墓を作ってもいい年回りを迎え、ようやく母のお墓が出来上がった日の夜に初めて、父の夢の中に母が出て来たそうだ。父は、
「(お墓ができるのを)待ちよったんじゃなかろか(待っていたんじゃないだろうか)」
と、涙交じりに言った。私は、
「多分、ほうじゃわい(多分、そうだろう)」
と、父の意見に納得した。

 お墓とは、遺された人たちのものであると、私たちは思っているかもしれない。遺族の喪失感が大きい場合、お墓参りをすることで、心が落ち着く場合もあるだろう。しかし、図書館で読んだ本によると、故人はお墓があることで、あちらの世界で一人前になれるのだそうだ。そうだとすると、母はあちらに旅立ってから二年もの間、あちらでずっと肩身の狭い想いをし続けていたのではないかと思った。そうだとすると、父が感じたことは、おそらく正しい。

 その一方で、お墓参りをする度、私は、お墓というものは、故人と遺された者たちを繋ぐ扉のようなものではないかと思うようになった。扉の向こうには故人がいて、お墓参りをする私たちの発する言葉に聞き耳を立てているのではないだろうか。お互いに、その扉を開けることはできないが、あちらにいる故人が扉越しに私たちの話を聞くことはできるのではないかと思う。

 こんなことを書いても、お墓参りなどまったくしないという人もいらっしゃることだろう。あるいは、故人を想う気持ちはちゃんとあるものの、形式にはとらわれたくないと思っていらっしゃる方もいるかもしれない。私は、故人と私たちは物理的に別々の空間に存在しているため、故人と何らかの接点を持つためには、それなりのお作法が必要なのではないかと思っている。それがお墓参りであったり、○周忌などの供養であったりするのではないだろうか。できれば、自分なりにアレンジした方法ではなく、先人たちが見いだした、そのお作法に従ったやり方で故人と関わって行きたい。そうすることで、故人にも私たちが大切に想っていることが伝わりやすいのではないか。例え目に見える形ではなくても、故人と遺された者たちとの間に双方向の絆ができやすいのではないか。最近、ふと、そんなふうに思っているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お作法を守りながら、故人との繋がりを持ち続けていると、故人と新たな関係が築かれているのがわかるようになって来ます。最初は漠然としたものから始まりますが、やがて確信へと変わって行くのです。もっと具体的なことについては、また日を改めて書こうと思っています。

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