趣味

2014.08.05

パワーストーンのメンテナンス

青森~北海道旅行(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最近、蝉の鳴き声を良く耳にしています。東京ではミーンミーンミンミンと聞こえていましたが、関西ではジージージージーですね。きっと、蝉の種類が違うのでしょうね。

 パワーストーンを手首に着けて長く使い続けていると、パワーストーンを繋ぎ合わせているゴムが切れてしまうことがある。完全に切れてしまったわけではないものの、かろうじて繋がっている状態で使い続けるのは、大切なパワーストーンを失ってしまうことにもなりかねない。そこで、完全に切れてしまう前にひとまず手首から外し、どこかに取っておいて、代わりに別のパワーストーンを着けたりしていた。女子力の高い人ならば、すぐにでも自分でメンテナンスをしようとするのだろうが、どうも私はこういうことに対し、ひどく腰が重い。私の手元には、そんなふうにゴムの切れかけたパワーストーンがいくつも溜まっていた。

 とは言え、ゴムの切れかかったパワーストーンは、長く愛用した結果、そうなったもので、言い換えると、お気に入りのパワーストーンであるとも言える。そこで、数年前に、大阪駅前にあるヨドバシカメラの中に店舗を構える「貴和製作所」に足を運び、ビーズを繋ぎ合わせるゴムとビーズを通す針を購入したのだ。

 ところが、面倒臭がりの私は、購入したゴムと針をどこかにやってしまった。もともと、こういうことに対してひどく腰が重いので、購入したものに対して無頓着になり、せっかく購入したものがどこかに埋もれてしまったのだろう。その後も、楽天市場で買い物したときに、ゴムが安かったので、他のものと一緒に購入したものの、結局、腰が重いままになってしまい、使わず終いだった。

 このままではいけないと思ったのは、最もお気に入りのパワーストーンのゴムが切れかかってしまったからである。いつものように、手首から外してみたものの、外したままでいるのはとても寂しいと感じてしまった。そこで、とうとう重い腰を上げることにしたのだ。

ゴムが切れかかってしまった最もお気に入りのパワーストーン

 私は、この最もお気に入りのパワーストーンをメンテナンスしようと決意した。そして、家の中に埋もれてしまったゴムと針を探すよりも、もう一度、ヨドバシカメラの中に店舗を構える「貴和製作所」に足を運んだのである。

 改めて思ったのだが、「貴和製作所」はすごい。手作りに目覚めた女性たちが、真剣な顔つきで商品を選んでいる。女性たちのお連れの男性たちもいるが、九十八パーセントは女性客ばかりである。おそらく彼女たちは、男性たちや私の知らないことをたくさん知っているのだろう。ひょっとすると、秋葉原の電子パーツショップに匹敵するくらいのマニア度かもしれない。

 私は、以前と同じように、ビーズを繋ぎ合わせるゴムとビーズを通す針をを購入したいと思っていた。しかし、店内には商品が多過ぎて、それらの商品が一体どこにあるのかわからなかった。それでも、数年前にも確かにここでゴムと針を購入したのだから、今でもここで売られているはずだと思い、他の商品を見ながら探すことにした。

 私は、しばらくの間、店内をさまよった。店員さんに尋ねてみようかとも思ったが、あまりにも初歩的なことなので、恥ずかしくて聞けなかった。それに、私が購入しようとしている商品の名前さえもわからなかった。
「パワーストーンを繋ぎ合わせるゴムと針を探しているのですが、どこにありますか?」
と聞けば良かったのだろうか? あまりにも初心者丸出しで恥ずかしいではないか。

 そんな妙なプライドから、結局、私は自力で広い店内を探し回った。大阪・梅田の一等地に、これほど広い店舗を構えているのだから、よほどの売り上げがあるのだろう。普段、手作りからはほど遠い生活を送っている私には、見てもわからないものがいくつかあった。

 例えば、中にくりぬかれた横線の入った太い指輪である。形からして、指ぬきではなさそうだった。何かに引っ掻けて使うような説明もあった。私はその指輪を見ながら、テレビドラマの『101回目のプロポーズ』を思い出していた。普段の生活に馴染みのない、パーツや道具の一つ一つが驚きだった。そして、とうとう見付けたのである。

ビーズを繋ぎ合わせるゴムとビーズを通す針
 
 それらをめでたく購入した私は、その翌日、お菓子の箱を作業用に選んで、その中で切れかかったパワーストーンを解体した。ビーズを通す針は、写真ではわかりにくいが、裁縫に使う針よりも細いものの、ゴムを通すところはふくらみを感じるほど大きかった。

 私は、「貴和製作所」で購入したゴムを同じく「貴和製作所」で購入したビーズ通しの針に通して、まずはパワーストーンを解体したあと、パワーストーンの穴を一つ一つ繋げて行った。オリジナルの並びを写真に撮っておいたものの、確認せずに繋いだので、パワーストーンはもはやオリジナルのものではなくなってしまった。

パワーストーンをいったん解体して繋ぎ直した

 休日の私は、遠近両用コンタクトレンズを着用せずに眼鏡で過ごしているので、老眼が進んだ私の目には、老眼調整の入っていない眼鏡での作業はやりにくかったが、何とか完成した。

こうして、何とか化成した

 結び方も自己流だが、これで、最もお気に入りだったパワーストーンが見事によみがえったことになる。長いこと、重い腰が上がらなかったが、パワーストーンのゴムを繋ぎ換えることは、思っていたよりも簡単だった。これからは、同じような境遇のパワーストーンをいくつかメンテナンスして行こうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前、パワーストーンを手作りしている派遣仲間に、「パワーストーンを繋ぎ直すのはどうすればいいの?」と尋ねてみたところ、ものすごく簡単だと言われました。しかし、女子力のない私は、こういうことに対して、ひどく疎いのです。しかし、女子力の高い女性たちは、「貴和製作所」や「ユザワヤ」に目的を持って通いつめ、いくつかの商品を購入されているのでしょうね。普段、こういう世界にあまり足を踏み入れないので、とても新鮮でした。この調子で、切れかかっているパワーストーンを次々にメンテナンスして行こうと思います。

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2011.11.24

「サンシャイン牧場」の変な日本語

ああ、わが青春の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m またまた北海道の日高地方で震度五弱の地震があったようですが、該当地域の皆さん、お怪我はありませんでしたでしょうか。ここのところ、震度五程度の地震が頻発するようになって来ましたね。防災速報をメールで受信していると書きましたが、やはり受け取る度にびくっとしてしまいます。そろそろ二〇一一年という一年を振り返る時期に差し掛かって来ましたが、日本に東日本大震災という大きな災害が発生したように、世界的なレベルで見ても、いろいろな出来事が起こりましたね。個人的にも、二〇一一年という年には身近でいろいろなことが起こり、忘れられない年になりそうです。きっと皆さんにとっても、忘れられない年になるのではないでしょうか。

 以前から気になっていたのだが、ガンモも一緒に楽しんでいるmixiアプリの「サンシャイン牧場」では、かなりの確率で奇妙な日本語に出くわすことがある。その多くが、助詞「が」の使用法の誤りである。

作物が植えている土を改良することができません。

 このようなメッセージが表示されても、一瞬、何のことだか良くわからなかったのだが、冷静になって考えてみると、「作物植えている土を改良することができません。」ということらしい。本来ならば、助詞「を」を使用すべきところに、助詞「が」が使用されているのだ。注意深く観察してみると、「サンシャイン牧場」のプレイ中に出力されるメッセージには、この手のメッセージが実に多い。

発酵剤がもらいましたよ!

 まさしくこれもそのパターンで、正しくは、「発酵剤もらいましたよ!」とすべきだろう。

まるみさんがたくさんの虫入れをすることで経験値がもらいました。みんなもチャレンジしましょう!

 これも同様のパターンで、本来ならば、「まるみさんがたくさんの虫入れをすることで経験値もらいました。みんなもチャレンジしましょう!」とすべきである。 

2011-11-23 ビスケット弁当のレシピが手に入れました。

 そして、こちらも同様である。「2011-11-23 ビスケット弁当のレシピ手に入れました。」とすべきである。

 ちなみに、助詞「が」が助詞「を」を表記されている珍しいパターンもある。携帯電話の画面なので画像はないのだが、「この土は水遣りを要りません!」というメッセージである。できるだけこの文面を活かすならば、「この土は水遣り要りません!」とすべきだろう。しかし、私ならばもう少し文面を変えて、「この土には、水遣りは不要です!」というメッセージにするだろうと思う。

 多くの人たちに楽しまれている「サンシャイン牧場」で、どうしてこれほどまでに怪しい日本語が使用されているのか調べてみたところ、どうやらもともとの「サンシャイン牧場」は中国からやって来たものらしい。中国生まれの「サンシャイン牧場」が日本で成功した理由というページの解説によると、

また、サン牧内の言葉は基本的に中国語の直訳になっており、日本語としてやや不自然なところも目立つ。だが、一風変わった日本語が一部では「サン牧語」と呼ばれて人気なのだという。「一度正確な日本語に訳しなおしたら、ユーザーに『戻してくれ』と言われ、戻したことがあるんです。中国に日本語訳をしているスタッフがいるので、彼のことを『重用するように』と言っています」

ということだそうだ。なるほど、このような怪しい日本語も、いつの間にか「サン牧語」と呼ばれるようになり、ユーザに親しまれているということなのだろう。とは言え、既に多くの人たちに利用されているだけに、単にゲームの世界だけでなく、日本語の助詞の使い方が乱れてしまわないか、私としては心配なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「サンシャイン牧場」のオリジナル版が中国のもので、それを中国人のスタッフが日本語に訳しているということだったのですね。しかし、それならば、日本人のスタッフが日本語のチェックをしっかりすべきだとは思うのですが、おそらくそのプロセスが省略されてしまったために、いつの間にか「サン牧語」という言葉も生まれるほど、この奇妙な日本語に人々が慣れてしまったのですね。私たちはできるだけ、実生活でこのような日本語を使用することのないように気を付けなければなりませんね。

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2011.08.29

例外処理への対応

海外パケ・ホーダイ初体験の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 民主党の新しい代表が決まったそうですね。新代表の野田さんは、あまり目立たない方のように見受けられます。どんな底力を見せてくれるのか、じっくりと拝見しましょう。

 私は、クラシックカメラの趣味を通じてガンモとパソコン通信で出会った。そのため、これまでにいくつかのクラシックカメラサークルに籍を置いていたことがある。その代表的な一つは、私が東京に住んでいた独身時代から在籍している歴史あるクラシックカメラサークルのAサークルで、もう一つは、私がまだ東京に住んでいた頃、関西在住のクラシックカメラコレクターの方たちとご縁があったときにご紹介いただいた関西地方のクラシックカメラサークルのKサークルである。

 同じようなクラシックカメラのサークルといえども、二つのサークルは性格がまったく異なっていた。結婚したとき、ガンモは私と一緒にAサークルのイベントに参加できるように、私が独身時代から加入していたAサークルに加入させていただいた。Aサークルの場合、例え夫婦であっても会費は二人分納入しなければならず、しかも、二人分の会費を納入すると、まったく同じ会報が、ガンモの分と私の分で、それぞれ別々に手元に届くことになった。同じ家に住んでいるのに、まったく同じ会報が二つも届くのは無駄だと思い、また、Aサークルの主な活動拠点が東京であることからも、ガンモはのちにAサークルから退会させていただくことになった。

 一方、関西地方のクラシックカメラサークルであるKサークルは、家族ぐるみの雰囲気を持つとてもアットホームなサークルだった。Aサークルのような本格的な会報は発行されてはいないものの、夫婦でサークルに参加させていただく場合、会費は一人分だけ納入すれば良かった。Kサークルの会長さんは私たちがサークルの催し物に出席すると、
「また、手ぇ繋いで来てや」
と言って暖かく迎えてくださった。私たちは、Kサークルの雰囲気がとても気に入っていたのだが、あいにくKサークルには喫煙者の方がとても多く、サークルが開催される際には、締め切った部屋に煙草の煙が充満して受動喫煙状態に陥ってしまうことから、次第に疎遠になってしまった。

 ところで、先日、Aサークルから一泊二日で行われる秋の撮影会の案内が届いた。私たちは、撮影会が行われる場所に興味があったことと、Aサークルの皆さともずいぶんご無沙汰してしまっていることから、私たちはその撮影会に夫婦で参加させていただこうと思い立った。しかし、申込書には、同行人の名前を記入する欄がなかったので、Aサークルに、撮影会には非会員である夫も一緒に参加できるのかどうか質問させていただいた。その際、宿泊先のホテルでの部屋割りについても、夫婦で同室にしていただけるのかどうかも、併せて確認させていただいた。

 Aサークルの撮影会のお世話をしてくださっている方がすぐにお返事をくださったのだが、驚いたことに、非会員であるガンモも、その撮影会に参加することはできるものの、部屋の割り振りについては、夫婦で同室にするのは難しいという回答が返って来てしまった。すなわち、Aサークルの古くからのしきたりでは、参加者全員を男女に分けて、男性の参加者は男性だけの部屋に泊まり、女性の参加者は女性だけの部屋に泊まることになるらしい。

 私は今、二つのクラシックカメラサークルの違いをひしひしと感じている。言うまでもなく、夫婦でサークルに参加し易いのは、Kサークルのほうである。何故、同じようなクラシックカメラサークルで、ここまで性格が違うのかと考えてみたのだが、おそらくアットホームなKサークルは、規模がそれほど大きくはないために、会長さんがフレキシブルに対応してくださっているからだと思う。それに対し、Aサークルは、全国レベルのサークルであることから、一定の規律に従う形でサークルの運営がなされているのだろう。例えば夫婦が撮影会の参加を申し込んだ場合であっても、男性は男性の部屋に、女性は女性の部屋に割り振るというルールに基づいて運営されているのだ。

 私自身の感覚では、夫婦が同じ撮影会に参加して、別々の部屋に宿泊するのは、ひどく不自然だと感じる。しかし、そのために幹事さんに余計なお手間を取らせてしまうのも申し訳ない。そんな理由から、撮影会への参加について再考しているところである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 企業でももサークルでも、それなりに規模が大きくなれば、ルールを設けることで運営し易くしているのだと思います。ルールがあれば、その団体の中で仕事を担当している人が、難しい判断を迫られることが少なくなるからです。例外処理をあまり作らないほうが、運営し易いですものね。一方、ルールに対して人がフレキシブルになれる場合、その人がこれまで経験して来た愛に基づいた判断が行われているのだと思います。

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2011.07.29

隠し扉

映画『トゥルー・グリット』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 新潟県や福島県で豪雨による被害が出ているようですね。両県にお住まいの方たちにお見舞い申し上げます。今、日本が厳しい状態にあるときに、更に追い討ちを掛けるような自然の状況ではありますが、何とかこれ以上、被害が拡大しないことをお祈りしています。

 同じ職場の男性の身体の調子が良くないというので、免疫力を高めれば改善されるのではないかという話をした。彼は、現在の職場で働くようになってから、免疫力がすっかり落ちてしまったようなのだ。かくいう私も、現在の職場で働き始めてから丸九年が経過しているが、それまでは子宮筋腫もなく、下半身の冷えもそれほどひどくはなかった。私の場合は、夏のオフィスの冷房があまりにもきつかったために、自律神経を制御する働きが衰えてしまい、現在に至っているのだと思っている。

 それはさておき、彼の場合は精神的なストレスから、自分の身体をおかしくしてしまっているようだった。私は彼の症状を聞き、本当は身体の外に出たがっているものが身体の中に溜まってしまい、とうとう耐え切れなくなった身体が「膿」という形で一気に身体の外に出してしまおうとしているのではないかと思えた。彼の身体に溜まってしまったものは、本当は日常生活の中で、彼自身の感情を通して発散させるべきものであるはずだ。私にはそう思えたのである。もしかすると、私の子宮筋腫もそうなのかもしれない。

 職場では極端に口数の少ない彼だが、あることに対しては、突然、スイッチが入る。それは、彼が応援している音楽アーチストのことに話題が触れたときである。彼は、その音楽アーチストのライブを鑑賞するために、日本国内だけでなく海外までも遠征しているという。私にも同じような経験あるので、
「そういう気持ち、すごく良くわかるよ」
と私は彼に言った。彼は、職場でもそのような話を誰かと話して盛り上がりたいらしい。しかし、同じ職場の人たちとは趣味や価値観があまりにも違い過ぎるために、自分の好きな話題を振ることができないという。自分の持っている感情があまりにも大きいために、簡単にかわされてしまうことを恐れているのである。実際、私の職場では、スポーツ観戦やゲームなどの話題で盛り上がることはあるものの、頻繁に旅行に出掛けたり、特定のアーチストに対し、並々ならぬ愛情を注いだりしている人はほとんどいない。そう、もともと旅行に出掛けたりする人たちが少ないために、毎年、選択制の夏休みがなかなか決まらないのだろう。もしも、旅行に出掛ける人が多ければ、選択制の夏休みを早く決めて欲しいという要望を出すと思うからだ。

 いつだったか、飲み会の席で彼の好きなアーチストの話題になった。彼がそのアーチストに対し、並々ならぬ愛情を注いでいることがわかったので、私も若い頃の自分の体験談を熱く語った。その席で彼と私は、特定のアーチストを、アーチストである前に、一人の人間として好きになれるかどうかで、人の価値観は大きく分かれるということで意見が一致した。

 実際、私の周りにいた人たちは、アーチストをアーチストとして見る人たちが多かった。すなわち、ファンとしてアーチストと関わって行こうとする人たちが圧倒的に多かったのである。しかし私は昔から、アーチストをアーチストとして見るよりも以前に、一人の人間として見ていた。だから、そのアーチストが真剣な恋愛の対象ともなり得たのだ。そうした理由から、ある時期までは、サインをもらうことさえためらっていた。彼の話を聞いていると、彼も私と同じような気持ちを抱えているのが良くわかった。

 私は彼に、職場でのコミュニケーションは、感情レベルがそれほど高くなくても成り立つという話をした。その対象が何であれ、特定の何かに対し、心が大きく揺れ動くという体験をしている人は、とりとめもない会話が苦手である。何故なら、常に高い感情の波の中に自分自身を置いておきたいからだ。かくいう私もその一人で、例えば美容院で交わされる美容師との当たり障りのない会話や、単に女性同士というだけでお昼休みに集まり、一緒にお昼ご飯を食べながら交わす取りとめのない会話がひどく苦手である。そうした会話では、自分の期待している高い感情の波を体験することができないので、自分にとって心地良い居場所を見付けることができずにむずむずしてしまうのである。有り難いことに、現在の職場には自立した女性が多いので、昼休みに集まって一緒に昼食を食べている人たちはごくわずかである。ほとんどの女性たちは、昼休みでも静かに自席に座り、独りでお昼ご飯を食べている。そのことが私にはとても心地が良い。

 極端に口数が少なかったり、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人は、ひょっとすると、心の中に熱いものを隠し持っているだけかもしれない。その証拠に、その人の心の中にある熱いものにほんのちょっと触れただけで、その人の口からは、次から次へと熱いものが飛び出して、止まらなくなる。もしもあなたの中にも、通常の価値観から外れてしまうほどの熱い何かがあるのなら、極端に口数の少ない人や、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人に話し掛けてみるといいだろう。まるで隠し扉のような入口が、二人の間に見付かるかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何を隠そう、私は、極端に口数が少なかったり、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人から、熱いものを引き出すのが好きです。(笑)その反面、特に女性同士で、「○○ちゃんと△△ちゃんも集まるから、一緒に来ない?」と誘われるのはとても苦手です。単に女性同士だからという理由だけで会話が成り立つわけではないと思っていますし、互いの個を尊重し、集まった人たちの中でどれだけ熱くて深い感情を共有できるかが重要だと思っているからです。だから、集まった人たちの中で共有できるものがないために、当たり障りのない話で貴重な時間が過ぎてしまうのはとてももったいないと感じているのですね。私の中には、そんな気持ちがいつもありますので、人と会うときはできるだけ少数で会うことを心掛けています。やはり私の魂は、どんなときでも濃厚な会話を体験したがっているようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.01.02

沖縄は顔抜きの宝庫だった

首里城公園 舞への誘いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 加那よー天川という舞がひどく気になったと書きましたが、思えば、他の舞についてはすべて女性ばかりが演じていました。そこで、ひょっとすると加那よー天川を女性と一緒に演じていた男性も、実は男装した女性だったのではないかという疑問がガンモと私の頭に浮かび上がりました。しかしガンモが、「やっぱり骨格が男だと思う」と言うので、おそらく男性だとは思うのですが、実際のところはどうなのでしょうね。

 いつからだろう。私は旅行に出掛けると、顔抜きを探して写真に収めるようになり、旅先でせっせと撮り貯めて来た顔抜きの写真を顔抜きのはなしというブログにまとめるようになった。たいていの場合、旅先で目ざとく顔抜きを見付けるのはガンモである。「ほら、あそこ」と言ったガンモが指差すところに目をやると、そこに顔抜きがあるのだ。

 旅行に出掛けて顔抜きの写真に出会えると、「収穫があった」と思えるのだが、時にはたった一つの顔抜きにも出会えないこともあり、そういうときは「不作だった」とがっかりする。その点、沖縄は顔抜きの宝庫だった。そこが正真正銘の観光地であるかどうかは、存在する顔抜きの数によって決まると言っても過言ではないだろう。何故なら、顔抜きは地元の人たちのためにあるのではなく、旅行者が確実にそこに足を運んだことをユーモアたっぷりに証明してくれるツールだからだ。その観光地ならではの名物が漫画化された顔抜きに顔をはめてしまえば、確かにその観光地に足を運んだというアリバイが成立してしまうのである。そこに観光地の名前や実際に訪問した日付が入っていればなお良い。

 おそらく沖縄は、日本全国からいろいろな人たちが集まって来る観光地なのだろう。わずか二泊三日の旅行で、七種類もの顔抜きに出会うことができた。まずは那覇空港で二種類の顔抜きが出迎えてくれたかと思うと、首里城公園まで歩いて行く途中に一つ、沖縄美ら海水族館に向かう途中にも一つあった。そして、沖縄美ら海水族館に着いてみると、顔をはめる部分を開閉することのできる顔抜きがあった。最終日に練り歩いた国際通りでは、二つの顔抜きに出会うことができた。これまでいろいろな観光地を旅して来たが、これほどたくさんの顔抜きに出会える旅は経験したことがなかった。しかも、どの顔抜きにも個性があって面白いではないか。

 多くの場合、観光地で顔抜きを見付けた人たちは、急いで顔抜きに駆け寄って、顔をはめる部分に顔をはめて家族や恋人同士で撮影し合っている。しかし、私はというと、顔抜きを顔抜きのまま撮影するだけで、顔抜きの顔をはめる部分に自分の顔をはめてガンモに撮影してもらうことはほとんどない。それだけ多くの顔抜きを観察して来ただけに、顔抜きを見ても、他の観光客よりも冷静でいられるのかもしれない。いつか私の前に、もはや冷静ではいられなくなるほどの強烈な顔抜きが登場してくれないだろうか。私はそんな顔抜きの登場を密かに待っている。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、沖縄は顔抜きの宝庫だったをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 観光地で顔抜きを探すのは楽しいですね。私が大の顔抜きファンであることを知った旅行好きの人は、「あそこにこんな顔抜きがあったよ」と教えてくれたりします。しかし、すぐにはそこに足を運べないので、しばらく経ってから足を運んでみると、もはや撤去されてしまっていて、教えてもらった場所には顔抜きが存在しないこともあります。(苦笑)また、観光地に顔抜きがあるのは日本だけではありません。それもまた面白いですよね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.08.03

ライカIIIfの里帰り

フランクフルト動物園の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ドイツ人の食生活を見ていると、どうも肉食中心のように見えます。それだけに、弱肉強食についても、事実を包み隠すことなく、そのまま表現できるのかもしれません。しかし、私たちには衝撃的でしたね。私の撮影した写真をご覧になり、衝撃を受けてしまった方もいらっしゃるかもしれません。今回は、事実を伝えるためにも、敢えて掲載させていただきました。

 フランクフルトに滞在することが決まったとき、ガンモはドイツの地図を眺めながら、フランクフルトからライカの聖地であるウエッツラーまでそれほど遠くはないことに気が付いた。そこでガンモは、ウエッツラーにウルライカ(ライカの試作品。「ウル」とはドイツ語で「最初の」という意味があるらしい)で撮影された風景をカメラに収めようと思い立ったようだ。

 ライカと言えば、今や多くの人たちに認識されている世界的なカメラメーカーである。とりわけ中古カメラファンには、ライカを真剣に支持する人たちが多い。私は、ライカ信望者ではないのだが、誠に恥ずかしながら、一台だけライカを所有している。現在も製造され続けているM型ライカよりも古いバルナック・ライカと呼ばれるタイプのもので、ライカIIIfというバルナック・ライカでは最もポピュラーな機種である。実はこのカメラは、私がガンモと出会う以前の今からおよそ十七年前に、当時新宿の伊勢丹で開催されていた世界の中古カメラ市の会場で、皆さんも良くご存知のある方にボディとレンズの両方を選んでいただいた思い出のカメラである。

 私は、ウエッツラーに行くなら、手持ちのライカIIIfを里帰りさせようと思い、久し振りにカメラの保管庫からライカIIIfを持ち出した。それにつられて、ライカを所有していないガンモも、同じくドイツ製のカメラを里帰りさせようと、あれこれ探し回っていたようだ。ガンモは最初、ローライ35をドイツに里帰りさせようと思い立ったものの、手持ちのローライ35の素性を調べてみると、ドイツ製ではなくシンガポール製だったとがっかりしていた。そこで仕方なく、今はなきコダパックのフィルムを使用するローライSL26を里帰りさせることにしたのだった。

 私たちは、出国前の成田国際空港の税関で、外国製品を国外に持ち出すための手続きをしておいた。こうしておけば、帰国時に税関から、
「この外国製のカメラは、今回の旅行で購入したものですか?」
と尋ねられたとしても、国外に持ち出す前から申請をしているので、新たに課税されることはないからだ。おそらく、多くの人たちが外国製品を海外に持ち出して、帰国時もそれらを携えているはずだが、わざわざ税関に申請をして持ち出している人は少ないように思う。私たちも、これまで税関への申請など一度も行なったことがなかったのが、これを機会に申請してみたかったのだ。

 さて、ホテルで朝食をとったあと、ホテルを出発した私たちは、宿泊先のホテルの最寄駅であるフランクフルト中央駅からDB(ドイツ国鉄)に乗車した。出発の案内版を見たとき、ウエッツラーに向かう直通列車を見付けたのだが、切符の購入に戸惑っているうちに、その列車が発車してしまった。そこで仕方なく、次の列車に乗車することになった。

 私たちが乗車したのは、二階建ての普通列車の二等席だった。しかし、発車して間もなくすると、ガンモが時刻表を確認しながら青ざめていた。どうやら私たちが乗車した列車は、ウエッツラーには行かないようである。海外の列車で乗り換えをするとなると、言語の壁もあってなかなか大変である。ガンモは、日本から持ち込んだヨーロッパの鉄道時刻表を食い入るように眺めていた。そうこうしているうちに、車掌さんが切符のチェックに訪れたので、私は、
「この列車はウエッツラーに行くのですか?」
とたどたどしい英語で尋ねてみた。すると車掌さんは、ドイツ語で何やら答えてくださった。ドイツ語はまったくわからなかったが、車掌さんの雰囲気からすると、ウエッツラーに行くには、やはりどこかで乗り換えなければならないらしい。時刻表を食い入るように見ていたガンモが、その乗り換え駅を予測していたので、私たちはその駅にあたりをつけて、乗っている列車を降りることにした。

 その駅では、たくさんの人たちが降りた。ガンモ曰く、車掌さんは、その駅で私たちが降りているのを確認して、私たちに合図してくださったそうだ。しかし、その駅で降りたものの、次に乗る列車がどのホームにやって来るのかは、まったくの未知数だった。他のホームに停車している列車があったので列車の行き先を確認してみたのだが、どうも行き先が違うようである。すると、私たちが降りた列車の隣のホームに、別の列車が入って来た。私たちが階段を昇ってそのホームに降り立ってみると、どうやらその列車がウエッツラーに向かう列車のようだった。私たちは慌ててその列車に飛び乗った。

 有り難いことに、私たちが乗り換えた列車は、無事にウエッツラーに到着した。列車を降りてウエッツラーのホームに降り立ったとき、ついにライカの聖地にやって来たという静かな興奮に包まれた。私たちは駅を出ると、ウエッツラー駅前にあるFORUMという大型ショッピングセンターに入った。そして、そこでしばらく作戦を練ったあと、ウエッツラーの街へと繰り出した。

 まずは、ウルライカで撮影された風景と同じ写真を撮影するために、その場所を目指した。ガンモはインターネットでその場所を調べていたので、地図を見ながら私をその付近まで誘導した。しかし、ある程度のところまで来ると、これらの風景の中からウルライカで撮影された風景と同じものを探し出さなければならなかった。ガンモはインターネットで調べたその風景の写真を私に見せ、私たちはその風景を自らの頭の中に叩き込んだ。

 意外だったのは、ウエッツラーが観光地だったことである。一言で言うと、家の形が面白い。一軒一軒の家に表情があり、まるで生きているように見えるのだ。家が、今にもくしゃみをしそうにも見える。それらの特徴ある風景の中から、私はとうとう、「ここだ!」と思える風景を見付けた。そこは間違いなく、今から百年近く前にウルライカで撮影された風景と一致していた。私はその風景をカメラに収め、そして、持参したライカIIIfを取り出して、その風景を背景に、ライカIIIfの写真も撮影しておいた。

 私たちが夢中でその風景をカメラに収めていると、ドイツ人のおじいさんが、私たちのことをチラチラと見ていた。おじいさんは、私たちに何か話し掛けようと思ってくださっていたようなのだが、言葉が通じないために私たちを見守るだけに留めてくださったようだ。私は、このおじいさんはかつてライカの工場で働いていた職人さんだと勝手に想像した。

 記念すべき風景をカメラに収めた私たちは、ライカの旧本社を目指すことにした。ライカの旧本社は、現在はライカの関連会社に変わってしまっているらしいのだが、ウルライカで撮影された場所からそれほど遠くない場所にあった。地図を確認しながら歩いていたものの、私たちがライカの旧本社を見付けたのは、ほとんど偶然だったと言える。まだまだ遠くまで歩かなければならない覚悟でいたのだが、ふと振り返るとそこに、見慣れたライカの看板が見えて来たのだ。

 そして私たちは、半ば導かれるようにライカの旧本社の前まで歩いて行った。ライカの旧本社を目の前にして何枚も何枚も写真を撮り、さきほどと同じようにライカIIIfを取り出して、ライカIIIfを手前にかざし、ライカの旧本社を背景に写真を撮っていると、さきほどとは別のドイツ人のおじいさんに話し掛けられた。おじいさんが話していたのはすべてドイツ語だったので、私たちにはおじいさんが一体何を言っているのか、さっぱりわからなかったが、「ライカ」という単語だけは聞き取れた。そこで私は、日本から持って来たライカIIIfをおじいさんに見せた。おじいさんはそれを見て、更に何か言ってくださったのだが、やはりすべてドイツ語だったので理解できなかった。

 その後、おじいさんは、ライカの旧本社に向かう地下道へと消えて行った。私は、
「あのおじいさん、オスカー・バルナックかな」
とガンモに言った。オスカー・バルナックとは、今から百年近く前にウルライカを試作した人である。しかし、もはやオスカー・バルナックが生きているはずもなかった。私は、あのおじいさんは、ライカのかつての技術者なのかもしれないと勝手に想像した。

 こうして目的を達成した私たちは、とにかく大満足していた。特に、実際にライカを所有している私よりも、ガンモのほうがこれらの一連の出来事に酔いしれていた。私たちは、表情のある家が立ち並ぶ場所まで戻り、そこからシティバスという一人わずか五十セント(ユーロ)で乗車できる乗り合いバスに乗車して、ウエッツラー駅前のFORUM前まで戻った。ライカの旧本社前付近では、路線バスも運行されていたようだが、一人わずか五十セント(ユーロ)で利用できるこのシティバスのほうが断然お得だったはずである。

 私たちは大満足のうちにウエッツラーから再び普通列車に乗り、およそ一時間掛けて、宿泊先のホテルのあるフランクフルト中央駅まで帰って来たのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ライカIIIfの里帰りをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、興奮しました。(笑)私たちのようにディープなライカファンでなくても、これだけ興奮するのですから、本当にライカを愛する人たちがウエッツラーを訪れるとなると、もっと興奮することでしょうね。それにしても、ドイツの方たちは親切な方が多いですね。私たちがウエッツラーの街を歩いていると、"Can I help you?"と英語で話し掛けてくださったおばあさんもいらっしゃいました。外国人に対するこうした親切な行為に関しては、日本人も見習うべきところがたくさんあると思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.03.02

わくわくすること

映画『サヨナライツカ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本当にたくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。日本人キャストで構成されてはいるものの、実は本作は韓国の監督さんの作品なんですよね。本作を鑑賞された方たちの中からは、「原作はもっと素晴らしいので、日本人の監督さんによる作品であったならば、もっとわかり易い映画になっていたのに」という声も挙がっているようです。確かに登場人物の取る行動で、わかりにくいところは多々ありました。日本ではない場所で、日本人の俳優さんたちが演じるためには、韓国語や日本語やタイ語など、いろいろな国の言葉が飛び交っていたことでしょう。さて、今回から数えて三回分までの記事では、夢のコラボセミナーのお話はお休みさせていただきます。夢のコラボセミナーの続きは、この次の映画のレビュー記事のあとから書かせていただきますね。

 ここのところ、ガンモの帰りがひどく遅い。深夜に帰宅しても、先日購入したばかりのICレコーダを使って何やらゴソゴソしたりしている。少し前には、動画編集ソフトも自前で購入し、時代は変わっているなどと言いながら、その動画編集ソフトを使用できる環境を作りのために様々な部品を買い込み、Windows Vista向けのパソコンを自作して組み立てた。

 ガンモが長い時間を費やして取り組んでいたのは、会社のちょっとしたCMを作成するという仕事だった。もちろん、テレビや会社のホームページで流れるような本作的なCMではない。ごく限られたお客様向けにのみ作成したCMのようである。

 聞くところによれば、ガンモが全体の構想を考え、台本を書き、監督を担当したらしい。そのCMの中では、ガンモの会社の同僚が役者さんとして出演しているようだ。撮影も終了し、動画編集ソフトによる編集が加えられて洗練されたそのCMは、思いのほか好評だったらしく、今度はある地方の方言で吹き替え版を作成することになった。そこでガンモは、その地方の出身者から方言を学び、会社の同僚が役者さんとして演じているその映像に対して、ICレコーダを使って方言で吹き替えを行った。それは、なかなかやっかいな作業ではあったものの、実に楽しい作業だったようである。

 我が家には、ガンモ専用の作業部屋があるわけではないので、出来上がったCMは、私の目にも触れることになった。なるほど、これは面白い。昔、フィルム式の八ミリカメラを使って動画を撮影していたときのことを思い出す。フィルムの中に音声を同時に埋め込むことのできるタイプのフィルムもあれば、サイレントタイプのフィルムもあった。撮影が終わると、DPEショップにフィルムを預けて現像をお願いした。そして、映写機に掛けて上映するのだ。そんな手順を踏んでも、当時はほんの短い動画しか撮影することができなかったが、デジタルムービーが主流となっている現代においては、何時間も動画の撮影を続けることができる上に、精度の上がったマイクが同時に音をも拾ってくれる。それだけではない。DPEショップにフィルムを預けなくても、撮影した直後に自分自身で動画を再生することができるのだ。更に、ガンモのように動画編集ソフトを使用する環境を整えることができれば、自分自身の手でその動画に編集を加え、CMを作成することもできてしまう。

 ガンモは、自分で手を加えたCMを何度も何度も繰り返し観ながら確認していた。朝が早いために、私が先にベッドに入っても、ガンモは部屋を暗くして、そのCMを何度も何度も繰り返し観ていたようだ。

 今回は、ガンモがほんの短いCMを製作しただけだが、その作業を傍らで見ていた私の心も踊った。何を隠そう、私は小学生の頃からお話めいたものを書いていたが、中学に入ってからは台本を書いていた。そして、その台本の内容を自演したものをカセットテープに録音して、仲の良い友人たちにプレゼントしていた。今は台本を書くことからはすっかり遠ざかってしまったのだが、現代は、構想から台本、撮影、そして吹き替えまで一挙に自分自身で担うことのできる時代である。もしもまとまった時間を取ることができるならば、私もストーリー性のある短い動画を一本撮ってみたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモの動画編集作業を見守りながら、夢のコラボセミナーで山志多みずゑさんがおっしゃっていた「わくわくすること」を思い出しました。自分で手を掛けて出来上がった動画を観るのは本当に楽しいものでしょうね。ガンモが夜中まで何度も何度も出来上がった動画を確認していた気持ちが良くわかります。ガンモのおかげで、また一つ「わくわくすること」に出会うことができました。

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2008.10.10

カングー熱

もらい手探しの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。布ナプキンを使い始めて、早くも一年以上が経過しました。一年以上布ナプキンを使い続けると、布ナプキンもさすがに劣化して来ますね。しかし、手術を控えているかもしれない状態で、新しい布ナプキンを注文するのも何となく気が引けてしまいます。(苦笑)このまま手術を受けないでいられるならば、新しい布ナプキンを選ぶ楽しみ、装着する楽しみ、そして、洗う楽しみもまだまだ残されているんですよね。

 我が家にカングーがやって来てから二週間が経った。ガンモは若い頃、現在乗車しているカングーと同じルノー製のキャトルという車に惚れ込んでいたことがあるらしい。しかし、ガンモは当時から、百万円以下の車に十年間乗り続けるというポリシーを持っていたので、二百数十万円の値段が付けられていたキャトルの購入を見送ったという。

 やがてガンモも年齢を重ね、今後も一台の車に十年間乗り続けるというポリシーを守り続けるとするならば、今の自分の年齢を考えると、あと二台くらいしか車を選べないだろうと計算したらしい。実は、つい先日まで乗車していた三十万円のメルセデスベンツ 190Eを手放す前に、ガンモの会社の後輩から、またしても格安で車を譲ってもらえる話が浮上していた。しかしガンモは、自分のポリシーに従って車を購入することにより、あと二台くらいしか車を選べないとするならば、格安で譲ってもらえる車よりも、自分が乗りたい車を買おうと決心したようだ。そして、若い頃に欲しいと思っていたキャトルを探し求めたという。運良くキャトルには巡り合えたものの、古い車で安全性や実用性が懸念されたことから、もっと新しい車を探すことにしたそうだ。そこで、キャトルの中古車情報を調べているうちに、キャトルの孫に当たるカングーの存在を知り、カングーに一目惚れしてしまったという。百万円以下というポリシーからは外れてしまったが、ガンモは運命を感じてカングーを手に入れたのである。

 そんな経緯で、思い切って手に入れたカングーだからだろうか。ガンモはカングーに対して思いのほか、愛情を注ぎ込んでいる。まずは車計簿という名目でノートを一冊用意し、普段は筆不精のガンモがカングーに何キロ乗ってどこまで走ったか、どこのガソリンスタンドでガソリンを何リットル入れたかという情報をせっせと記録し始めた。また、カングーにカーナビを備え付けたり、ETCカードを搭載したりと、平日の休みを利用して、ガンモはカングーの装備も充実させている。

 カングーに必要な装備が揃うと、ガンモはネットオークションでカングーグッズを次から次へと落札し始めた。カングーのイラストの入った足元マットや、カングーが中で泳いでいるメモクリップ、それからランチョンマットなどである。ガンモはそれらを次々にカングーに運び込み、カングーに何を装備したかを車計簿にせっせと記録している。これ以外にも、ゴミ箱を設置したり、ドリンクホルダーを取り付けたりと、平日の休みを利用してガンモが次々にカングーに手を入れるものだから、久しぶりに私が乗ってみると、毎回、以前とどこか違った雰囲気を感じ取ることになる。

 私は、ガンモによってどんどん手が入れられて行くカングーにちょっぴり焼きもちを妬きながら、
「カングーにどんどん手が入ってるよね。何かさ、『家の車』じゃなく、すっかり『ガンモの車』だよね。私はカングーに乗せてもらうお客さんみたいだよ」
と言った。私はほんのちょっと皮肉を交えて言ったつもりだったのだが、ガンモはそれに対し、罪悪感のない笑いを浮かべていた。

 これまで乗っていたメルセデスベンツ 190Eよりも背の高いカングーは、収納スペースが広いので、我が家にカングーがやって来てからとは、カングーに乗って買い物に出掛けることが多くなった。そして、お店に着いてカングーを駐車場に停めると、カングーを降りたガンモは、駐車場に残したカングーを振り返り、振り返り、歩き始める。まるで、お店の中にまでカングーを連れて行きたいほどの入れ込みぶりだ。

 先日も、とあるショッピングセンターに二人で出向いたときに、たまたまカー用品のお店を見付けた。私は別に買い物があったので、ガンモをカー用品のお店に残し、私は私で別のところで買い物をして、ガンモとあとから合流することにしていた。私の買い物にはそれなりの時間を費やしたはずだったが、私が買い物を終えても、ガンモはまだカー用品のお店で買い物をしていた。こんなことは、ガンモと結婚して以来、初めてのことである。どうやらガンモは、久しぶりにカー用品のお店に入り、若い頃に車に夢中になっていた時代とは違って、いろいろなカー用品が増えていることに感動し、あれやこれやと物色していたらしい。
「二十年振りくらいにワックスを買った。最近のワックスは、いろんな色があるみたい」
と言って喜んでいた。

 あまりにもカングーに対して愛情を注ぎ込むガンモに対し、
「ねえ、私のこと愛してる?」
と尋ねてみると、
「カングーと同じくらい愛してるよ」
という答えが返って来た。男性にとって、本当に好きな車を買うということはこういうだったのかと、今更ながらに驚く毎日である。とは言うものの、妻として、夫の好きなものを一緒に応援して行ける存在でありたいと思うのだった。



我が家のカングー(撮影:ガンモ)

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まあ、とにかく、これまでとはまったく違う入れ込みようであります。カングーはガンモから、溢れんばかりの愛情を引き出しているようです。私たちは、本当に好きなものに囲まれると、生き生きとして来るものなのですね。妥協してしまうのではなく、好きなものを求め続けるという姿勢は、私たち自身を輝かせるためにも必要なことなのかもしれません。

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2008.09.19

ありがとう、メルセデス

ホットヨガ(一一八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m パワーアクティヴコースのレッスンで挫折しなかったことで、ちょっぴり自信がつきました。とりわけ、夜のレッスンはできるだけ早く帰宅したいものなので、九十分よりも七十五分でたっぷりと汗をかくことができるほうが効率がいいのです。今後、水曜日の定時退社日は、毎回、パワーアクティヴコースに挑戦することになるかもしれません。

 我が家の自家用車は、ガンモの会社の同僚から、カーナビ付きをわずか三十万円で譲り受けた一九八八年製のメルセデス・ベンツ 190Eだ。ベンツは維持費が掛かると言われていたが、ガンモは自分でメンテナンス用の洋書を買って、わかる範囲でせっせとメンテナンスを行っていた。

 今年は特に義母のことで何度も何度もガンモの実家を往復したため、190Eの活躍する機会が多かった。そのためだろうか。サスペンションという機能が衰えて来て、車体が揺れる度にギシギシと音を立てるようになってしまった。おまけに不注意から、土手のコンクリートに思い切りぶつけて、側面に派手なすり傷を作ってしまった。

 私たちの190Eは、前の持ち主より譲り受けてから、既に十年近く経過していた。前の持ち主もまた、別の持ち主から譲り受けた車だったという。ガンモは、三十万円で購入した車に、クーラーの修理も含めてたくさんの修理費をかけて修理するか、別の車を購入するかでしばらく悩んでいた。その結果、もう充分乗車したので、廃車にして手放すことに決めたのだった。

 廃車にするとなると、次なる車を探さなければならない。もちろん、次回も中古車狙いだ。ガンモには既に心に決めた車があったようで、
「ルノーのカングーにする」
と宣言した。ルノーと言えば、フランスの車である。私は、
「フランスの車が欲しいなら、パリに行ったときに、路上で売ってたじゃん。あれを買えば良かったのに」
などと言って笑った。パリでは、路上の駐車場に停めている車に、車の情報や連絡先を書いた紙を貼り付けておき、中古車の売買に役立てているようだった。ガンモは、
「パリで見付けたとしても、輸送量が高いでしょ」
と苦笑いした。

 ガンモが欲しいと言うルノーのカングーは、フランス車ではあるものの、右ハンドルだと言う。これまで乗っていたメルセデス・ベンツの190Eは左ハンドルだったので、日本で乗るのは危ないと感じていた。というのも、交差点で右折するときに、向こうからやって来る車の状況が左ハンドルの座席からでは把握し難いからだ。そのため、右側の助手席に乗っている私が道路状況を確認し、左側の運転席にいるガンモにオーケーサインを出すことが多かった。このように、左ハンドルの車は、一人で運転するには危険な車だと感じていたのだ。

 いつもはのんびりと行動するガンモが、今回はてきぱきと行動し、平日が休みのある日、わざわざ大阪まで出掛けて行って、お目当てのカングーを購入予約して帰宅した。ガンモはそのカングーをインターネットで見付けて、居ても立ってもいられなくなったらしい。私は、ガンモと一緒に次なる自家用車を選べなかったことにちょっぴり腹を立てた。何色の車を購入予約したのかと尋ねてみると、赤だと言う。赤は私の好きな色ではないのに・・・・・・。
「最初は青を買おうと思って行ったんだけど、あんまりいい色じゃなかったから赤にしたんだよ。でも、赤がかわいいから」
とガンモは言う。青も私の好きな色ではなかったが、赤よりはまだ好感が持てる。しかし、その青が、思っていたような色ではなかったので、赤に決めたのだという。私は、ガンモが「かわいい」と言うならまあいいかと思い直した。

 念願のカングーを購入予約したガンモは、マンションの管理組合の組合長さんに対し、車庫証明を申請した。そして、市役所の出張所まで出掛け、印鑑証明を取得した。いつもは消極的なガンモも、欲しいものを目の前にすると、積極的に動き回ることができるようだ。また、190Eのときと同じように、ガンモはメンテナンス用の洋書を注文したり、カングーの歴史が書かれた本を購入したりもしていた。そして、まるでうれしいため息でも吐くかのように、ことあるごとに
「カングー!」
と連発している。

 さて、今日は九年余りお世話になったメルセデス・ベンツ190Eとのお別れの日だった。代休を取っていたガンモは、午後から支度を整え、190Eに残っていた荷物をすべて運び出したあと、以前、ビックリカーの解体をお願いした解体業者のところへと向かった。ビックリカーの解体をお願いしたときは、こちらがお金を払って引き取っていただいたのだが、今回は自動車部品として再利用されるからなのか、五万円で引き取ってくださったそうだ。

 かつてビックリカーを手放したときは、かなりしょげ返っていたガンモだったが、今回は次なるカングーへの想いが強いからだろうか。早くも立ち直っている。

 ちなみに、カングーが私たちのところに届くのは、来週の予定である。私はガンモに尋ねてみた。
「ねえ、車もそうだけど、奥さんも新しいほうがいいの?」
するとガンモは、
「そりゃあ、新しいほうがいいだろう」
と言い切った。何だ、それ。悔しいので、私はツインソウルの名前を口にしながら、
「私は古いほうがいいなあ」
と言ってみたが、あまり説得力はなかった。

 来週、ガンモは代休を取る日に、大阪までクーラーの効く赤いカングーを迎えに行くそうだ。そのときのガンモの興奮ぶりは、また後日お伝えすることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確か、ビックリカーの解体をお願いしたときは、いくらかお金を支払いました。今回は、反対に五万円で引き取ってくださったのですが、自動車部品が再利用されるという安心感があるからでしょうか。ビックリカーを手放したときのようなむなしさがありません。私たちの190Eが、別の車の中で息を吹き返して生き続けてくれることを願います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.05.15

集約と分解

振り返るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この記事にたくさんの応援クリックをいただきました。心よりお礼申し上げます。仕事だけでなく、男女の愛や人間関係にも言えることかもしれませんね。関係がこじれると、心の中が「あの人がこれをしてくれない」という不満に変わって行きますよね。そのときは、「あの人が過去にこれをしてくれた」という感謝の気持ちはすっかり忘れ去っていて、「あの人がこれをしてくれない」という目先の不満で心の中がいっぱいになっています。でも、こじれてしまった状況を打破するには、過去を振り返って、「あの人がこれをしてくれた」という発想に切り替えて再スタートを切ることが大切であるように思います。

 仕事帰りに水をもらいに、職場近くのダ○エーに寄ってみると、初夏の一掃セールなるものが開催されていた。要するに、商品入れ替えのための在庫一掃セールである。残業のあとで、一分でも早く家に帰りたい心境のはずなのに、こうした一掃セールに目がない私は、ついつい一掃セールの会場に足を踏み入れてしまった。

 案の定、セール品の中に、私の興味を惹きつけて離さない商品があった。それは、四月始まりの手帳である。もう五月も半ばだからだろう。これまで千五百円程度で売られていた手帳が一冊五百円で売られているのである。可変長のシステム手帳を愛用している私には、固定長の手帳はそもそも必要ないはずだった。しかし、実は私が愛用しているバイブルサイズのシステム手帳は、欲張ってあれこれ追加し過ぎてしまい、リュックの中でひどくかさばっている。多くの人が私の持ち歩く荷物の多さに目を見張っているが、実は私のリュックの中身はノートパソコンとシステム手帳でほとんど占められていると言ってもいいくらいだ。そこで、目の前にある手帳を購入すれば、大きく膨らんでしまったシステム手帳を分解できるのではないかと考えたのである。

いつも持ち歩いているシステム手帳。厚さおよそ七センチもある

実は、システム手帳の他にも持ち歩いているノートがある。
一冊は外出中の走り書き用(百円ショップの三百円商品)(写真左)、
もう一冊は机に向かっているときに心の中にあるものを書き留めるノート。(写真右)

 実際にそれらの手帳を手に取ってみると、なかなか使い易そうなコンテンツが揃っていた。ただ、一冊だけではどうしても心許ない。私のように頭の中が常にごちゃごちゃしている人は、手帳に対し、スペースの広さや用紙のボリュームなどを求めるのである。何しろ書きたい病に取り付かれているようなものなので、パソコンに向かっていないときはアナログの手帳に向かっていたいのである。

 しかし、これらの手帳を購入するとなると、やはり葛藤が生まれる。これまで使っていたシステム手帳をどのように分解させるかだ。そのため私は、目の前にある五百円の手帳を手に取っては元に戻し、再び手に取っては元に戻しといった作業を繰り返していた。

 しばらく悩んだあと、ついに私は意を決して、一冊五百円の手帳を二冊手に取り、買い物かごに入れた。一つは縦長タイプのもの、そしてもう一つは文庫本タイプのものである。どちらもカントリー系のカバーがかわいらしい。

購入した二冊の手帳。縦長タイプのもの(写真左)と文庫本タイプのもの(写真右)

 さて、新しい手帳を購入した私は、縦長タイプの一冊をツインソウルのエネルギー帳にしようと決めていた。縦長タイプのものは、時間単位のスケジュールを書き込めるようになっていたので、ツインソウルからのエネルギーが届いた時間帯に印を付けて行こうと思い、購入してすぐに活用し始めた。これまで使っていたシステム手帳には、ツインソウルからエネルギーが届いた時間帯を自分の手で書き込んでいたので、最初から時間帯が書き込まれている用紙に印を入れて行くのは、グラフを描いているようでわかり易かった。ちなみにもう一冊の文庫本タイプの手帳は、普段のスケジュール帳か筋腫日記にする予定である。それらの手帳の活用が軌道に乗れば、現在持ち歩いているシステム手帳をもう少しコンパクトにできるはずだ。

 そもそも、私のシステム手帳が大きく膨らんでしまったのは、これまでバラバラに使っていた複数の手帳を一つにまとめようと思い立ったからだ。そうすることで、いくつもの機能を一つに集約できると思っていたのだ。ところが、集約されたシステム手帳を実際に使い始めてみると、集約されたいくつもの機能のうち、特定の機能だけを頻繁に使うことが多いことがわかって来た。そうなると、ほんの少しの機能を使いたいがために、毎回、大きな大きなシステム手帳をリュックの中から取り出して開くことになる。しかし、システム手帳があまりにも大きくなり過ぎると、取り出すのが億劫になり、機能が集約されたはずのシステム手帳が機能しなくなりつつあったのだ。そこで、再び分解の道を辿ることにしたのである。

 便利だからと言って、いくつもの機能を一つにまとめてしまうと、これまで活性化していたものまでもが一緒に停滞してしまう。手帳は特に、スケジュールなどの流動的な可変の情報と、住所録などの固定の情報が混在している。私がシステム手帳を使うようになったのも、毎年住所録の書き換えをしたくなかったためである。手帳はやはり、使用する頻度や更新する頻度によって使い分けて行くのが一番いいようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎年、この時期になると、四月始まりの心惹かれる固定長の手帳が安売りされていて、売り場で何度も何度も手に取る羽目になるのです。(苦笑)確か、以前も同じような記事を書かせていただいたのを覚えています。固定長の手帳を購入していつも思うのは、卓上カレンダーくらいの狭いスペースに一日の予定を書き込むことができる人がいるのだろうかということです。一日の出来事をわずか二センチ四方程度の枠の中に収めるなんて、私には到底できません。だから、あのページはいつも、チェックリストに早変わりしてしまいます。(苦笑)私の手帳は集約させたり、分解させたりと忙しいですが、ひとまず今は、頻度の高いもの、用途のはっきりしているものを分解させる方向に動き始めたようです。しばらくするとまた、集約に向けて動き始めるかもしれませんが、そのときは笑って許してやってくださいね。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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