映画・テレビ

2017.03.28

海外ドラマ『リッパー・ストリート』シーズン1~シーズン4

ホットヨガ(五六一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「てるみくらぶ」という旅行会社が倒産したことで、旅行代金を支払っているのに旅先のホテルがキャンセルされてしまい、困っている方たちがたくさんいらっしゃるようですね。最近の私たちは、海外旅行もガンモが企画する個人旅行で出掛けるようになっているのですが、もう十年以上前のことでしょうか。二人で海外旅行に行き始めた頃に、「てるみくらぶ」を利用したことがあります。格安のハワイ旅行で、空港とホテルの送迎付きのフリープランでした。その頃の「てるみくらぶ」の企画にはまったく問題なく、「また利用してもいいかな」くらいの気持ちでいたのですが、まさかこんなことになろうとは思ってもいませんでした。ちなみにガンモは、「てるみくらぶ」のメルマガを購読し続けていたようです。「てるみくらぶ」からのメルマガが最後に配信されたのが今月の二十三日だったそうで、そのメールを見せてもらったところ、そこにはしっかりと格安ツアー募集の広告が掲載されていました。入金したのに旅行に行けなかった方たちに、何らかの処置がとられるといいですね。


Ripperstreet

 またまたU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで見ごたえのある海外ドラマを観た。記事のタイトルにも掲げたように、イギリスのBBCで放送されている『リッパー・ストリート』である。最初はほんの軽い気持ちで鑑賞し始めたのだが、鑑賞を進めて行くうちに続きが気になり、『リッパー・ストリート』の世界のどっぷりとはまってしまった。現在、イギリスではシーズン5が放送されている(?)ようだが、続きがひどく気になるのに日本ではまだ鑑賞できない。

 本作は、カテゴリで言うと「刑事もの」になる。「切り裂きジャック」のことを"Jack the Ripper"と呼んでいるように、"Ripper"とは「切り裂き魔」のことである。"Jack"は、名前のわからない者にとりあえず割り当てた名前で、日本語で言うところの「太郎」のような位置づけの名前である。

 本作は、そんな「切り裂きジャック」の事件が未解決のまま半年が過ぎた一八八七年頃から、「切り裂きジャック」の事件が起こったホワイトチャペル周辺で発生したとされる様々な事件が取り扱われている。今からおよそ百三十年ほど前のことであり、日本の年号で言うと明治時代ということになる。この時代にイギリスでは既に鉄道が走っており、地下鉄も走っているのだ。

 本作の魅力は、何と言っても超人間臭い三人の登場人物の存在だろう。三人とも、どこかに心の闇を抱えている。三人のうち二人は頭の切れるイギリス人の刑事(警部補)で、もう一人は腕のいいアメリカ人の監察医である。イギリス人の刑事(警部補)は、実際に「切り裂きジャック」の事件を追っていた刑事がモデルになっているそうだ。ちなみに三人は、決して常に仲が良いわけではなく、時には激しい喧嘩をしたりもする。それでも、犯罪者を前にすると仲間をサポートしようとする気持ちが強く働く。

 登場人物の三人ともにそれぞれ妻がいる。仕事ができて、頭が切れる刑事(警部補)、あるいは腕のいいい監察医でありながらも、女性に対してだらしなかったりもするのだが、ドラマの中ではそれがかえって人間臭くて魅力的に写ってしまう。

 アメリカ人の監察医は、妻と情熱的に愛し合っている。この夫婦から漂う愛は、まさしくツインソウル的な愛である。そうかと思えば、ソウルメイト的な愛情で結ばれた夫婦もいる。一人の人が書いたであろう脚本に、いろいろな愛の形が描き出されているのは大変興味深い。

 ただ、超人間臭い三人の登場人物は、単に人間臭いだけではない。中には目をそむけたくなるような行動も取ってしまう。もし、現実の世界でそれらの行為が行われたとしたら、社会的な大問題に発展するほどの行動である。とは言え、それらが行われているのが、愛からの行動でもあるのが深く考えさせられるところである。ルールや道徳を守ることと、自分たちの中の愛が矛盾する場合に取る行動をどのように判断するかが鑑賞する側の課題となるだろう。

 脚本家は、三人の登場人物の人生を翻弄しようとしているのではないかと思うことも多々あるのだが、それでもところどころ、脚本の素晴らしさを実感するシーンがある。本作には、エレファント・マンで有名なジョセフ・メリック氏も登場するのだが、彼の放つ台詞がものすごくいいのだ。台詞が感動を与えるということは、愛を知らなければ書けない脚本なのである。そのシーンをここにご紹介しておきたい。自分の赤ん坊を高いところから落とそうとしている友人に、ジョセフ・メリック氏が愛を思い出させようとするシーンである。

 ジョセフ・メリック氏は、まさしくこの『リッパー・ストリート』の時代を生きた実在の人物であり、彼が入院していたロンドン病院は、ホワイトチャペルの駅前にあったのだ。

 シーズン4まで鑑賞したが、登場人物たちの人生をここまでかき乱してしまっていいのだろうかと不安になるような終わり方だった。シーズン5の予告編は見た。絶対に見逃せないと思った。ただ、いつ鑑賞できるのか、それが問題だ。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前、ロンドン出身の英会話の講師に、「ロンドンでは、国鉄の駅にはトイレがあるのに、地下鉄の駅には何故トイレがないのですか?」と尋ねてみたことがあります。すると講師はしばらく考えてから、「ロンドンの地下鉄はものすごく古いからだと思う」と答えてくれました。ロンドンの地下鉄にトイレがない理由がそれに該当するかどうかはわからないのですが、ロンドンの地下鉄"tube"がこの時代に既にあったということだけはわかりました。

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2017.03.18

映画『別離』

ホットヨガ(五五九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三連休が始まりましたね。私は、三連休に一日分の有給を追加して四連休にしました。お彼岸なので帰省したいところですが、今はガンモと二人で京都府のとあるキャンプ場に来ています。昼間は暖かく、とても過ごしやすかったですが、夜はまだまだ寒いですね。とは言え、少し寒いくらいのほうがキャンプには適していると思っています。皆さんも、有意義な三連休をお過ごしくださいね。


Nader_and_simin__a_separation

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 イラン人夫婦が離婚を決意するところから物語が始まるのだが、物語が進行して行くにつれて、二人を取り巻く状況が少しずつ変化して行く。しかも、もっとも嫌な形で次の状態に遷移して行くので、ひとたび鑑賞し始めると、その変化の状況から目が離せなくなってしまう。そこで起こっていることは、決して映画用に作られた特別な出来事ではない。誰かが隠していたことが次々に明るみになって行き、これまで表面的に見えていたものとはまったく別のことが事実であることに気付いて行くのである。

 本作を通して、私たちは、自分に都合の悪いことを隠しながら生きていることを意識するようになる。自分に都合の悪いことを隠すのは、自らの欲望のためである。そして、その欲望を自分の子供にまで見透かされてしまったとしたら、親としての面目はないだろう。正しい目を持った子供の発言に、はっとさせられた。

 新しい事実が明るみになって行く度に、どんどん作品の世界に引き込まれて行く。滅多にお目に掛かれないと思えるほど、とても見ごたえのある作品だった。

 ちなみに、本作の監督は、映画『彼女が消えた浜辺』のアスガー・ファルハディ監督だそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作のような台本を書くことができる人は天才だと思います。人々の心の奥深いところに語り掛けるものが多い作品です。

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2017.03.05

映画『君の名は。』

ホットヨガ(五五七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、週末も出掛けることが多かったのですが、今日は一日、のんびりと自宅で過ごすことができました。やはり、仕事やプライベートで忙しくしていると、どこにも出掛けずにのんびりできる一日が必要ですね。おかげで寝不足も解消されました。たっぷり寝たので、また明日からの過酷な日々に耐えたいと思います。


Yourname

 遅ればせながら、映画『君の名は。』をインターネットで鑑賞した。昨年夏に劇場公開されてから、今もなおロングラン上映され続けている大変評価の高い作品である。日本だけでなく、海外のアニメーションファンの間でも注目されている作品らしく、私の言語交換パートナーも鑑賞している。

 実際に鑑賞してみると、多くの人たちが本作に惹き付けられる理由が良くわかった。自分では意識していないところで、実は多くの人たちが、「運命の赤い糸」への強い憧れを持っているからではないだろうか。

 物語は、これまで見たことのないような構成で成り立っている。それは、見知らぬ者同士である東京に住む男子高校生の瀧(たき)と田舎に住む女子高校生の三葉(みつは)の肉体が、お互いの夢の中で入れ替わるというものだ。その後、二人がやがて特別な存在になって行くのは言うまでもない。

 三葉が髪を結うために使っている赤い紐は、まさしく「運命の赤い糸」を表していて、その「運命の赤い糸」の先には瀧が繋がっているという描写がされている。こうした描写は、日本人なら良くわかるだろうが、果たして海外のアニメーションファンにも通じているのだろうか。もしも通じているならば、本作がもっと運命的なものを表現した作品であることに気付いてもらえるかもしれないと思う。

 本作が高く評価されているのは、おそらく瀧と三葉が、東京と田舎で物理的な距離が離れているだけの存在ではないことにあるような気がする。物理的な距離以外に壁があったとしても、決してそこに救いがないわけではなく、わずかな望みを託して接点を持とうとする努力に、人々は魅了されるのだと思う。

 また、「かたわれ時」という言葉に二重の意味を期待している人たちも多いのではないだろうか。本作の中での「かたわれ時」というのは、「黄昏(たそがれ)時」の方言として扱われていたのだが、その言葉の響きから、「魂の片割れ」を想像する人たちも多いだろうと思う。実際、本作の中で「かたわれ時」が登場したときが、一番のクライマックスとも言えるシーンだと感じたからだ。

 私もいくつかのシーンで泣いた。二人が、自分でもまったく意図しないところで涙がこぼれているシーンにもジーンと来たのだが、心の中が一番熱くなったのは、東京の満員電車の中で二人が出会うシーンである。「運命の赤い糸」の相手とは、まずは第一次接近遭遇があったあとに、第二次接近遭遇があるという法則に基づいているように思うからだ。

 更に興味深いのは、瀧が憧れているというアルバイト先の年上の女性に対し、アルバイト先で何度も顔を合わせているにもかかわらず、瀧はカチンコチンになってしまい、自分自身を出せないというのに、まだ会ったこともない三葉に対しては、素の自分を表現できてしまうというところだ。このように、「運命の赤い糸」で結ばれた相手に出会うと、自分でも説明のつかないことが起こってしまうわけである。

 こうした作品が高く評価されているということは、人々が「運命の赤い糸」に対して憧れを持ち続けているということであり、潜在的に、そうした出会いを望んでいることを意味していると私は思うのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相手の名前を忘れてしまう意味が良くわからなかったのですが・・・・・・。(苦笑)おそらくですが、物理的な距離以外の問題を乗り越えた結果であるのでしょうね。

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2017.02.11

海外ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』シーズン1~シーズン3

ホットヨガ(五五四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、神戸市は猛吹雪になるとの天気予報が出ていたので覚悟を決めて出勤したのですが、仕事中にチラチラと窓の外を確認してみても、ちっとも猛吹雪ではありませんでした。通勤や生活に影響が出なかったのは有難かったのですが、天気予報がここまで外れるとは驚きでした。ちなみに、今日も寒いですが、まだ暖房なしのテントで生活しています。(笑)おそらく、このまま冬を越せそうな気がしています。


Sherlock

 今年になってから、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで海外ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』を鑑賞できることがわかり、海外ドラマ『DOCTOR WHO』同様、すっかりはまっている。あまりの面白さに、シーズン1からシーズン3までほとんど一気に鑑賞してしまった。はまってしまう原因は、海外ドラマ『DOCTOR WHO』の脚本家でもある(あった)スティーヴン・モファットによる作品だからなのかもしれない。

 コナン・ドイル原作の『シャーロック・ホームズ』は、これまでにも何度となく映画化されたり、テレビドラマ化されたりしたものだったが、映画はともかく、どういうわけかテレビドラマ化されたものは古めかしい。時代背景もそうだが、出演している役者さんの年齢が高いからだろうか。

 しかし本作では、シャーロック・ホームズもワトソン博士もスマートフォンやパソコンを使いこなし、ワトソン博士はシャーロック・ホームズに関するブログを書いていたりする。また、馬車ではなくタクシーでロンドン市内を移動する。現代版シャーロック・ホームズと言っていいだろう。

 ただ、シャーロック・ホームズのキャラクターが原作と少し違っているようにも思えた。本作では、ベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロックの性格が、頭脳明晰ではあるものの、感情表現が乏しい人物として描かれている。しかし、私が原作を読んだ限りでは、シャーロック・ホームズは頭脳明晰かつ寡黙な人物のイメージだったのだ。

 ワトソン博士を演じているマーティン・フリーマンは、映画『ホビット 思いがけない冒険』などのホビットシリーズでの主演が記憶に新しいだろう。私も彼のホビットの役柄の印象が強かったので、最初は違和感を感じたものだったが、次第に慣れて来た。彼はサポート役に相応しい役者さんだと思う。そのため、最初はアンバランスであるかのように見えたシャーロックとワトソン博士との関係も次第に安定して見えて来た。

 シャーロックとワトソン博士は、フラット(アパート)をルームシェアしている間柄なのだが、私たち日本人には、まだまだルームシェアというものが目新しいのではないかと思う。ロンドンでは一般的なものらしく、クラシファイド掲示板などには、ルームシェアの広告が掲載されていたりする。

 ルームシェアしている間柄で、ここまで仲良くなれるのは素晴らしいと思う。しかも、一緒に事件を解決しようとしているのだから刺激的である。それは、シャーロックもワトソン博士も、極めて難解な事件に取り組んで解決することに喜びを見出しているからだろう。

 シャーロックの宿敵であるアンドリュー・スコット演じるジム・モリアーティは、私のイメージとは異なっていた。シャーロック・ホームズと敵対する関係にあるというのに、状況によっては互いに手を組み、別の敵に向かって行きそうな友情を感じてしまったのは私だけだろうか。シャーロックとジム・モリアーティが、ベクトルは違っても、同じだけのエネルギーを持つ存在と感じたからかもしれない。シーズン3は、ジム・モリアーティが新たなステータスを持つところで終わってしまったので、次のシリーズが早くも楽しみなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 原作には、シャーロック・ホームズの兄は登場していたのでしょうか。ちょっと記憶があやふやです。(笑)

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2017.02.04

映画『ライフ・イズ・ミラクル』

イギリス人が使う略語の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。二月になって初めての週末ですね。この週末、ガンモも仕事が休みだというので、二人で大阪のとあるキャンプ場にやって来ました。今回はカングーを車検に出しているので代車のカングーに必要最小限の荷物を積み込んで来ました。しかも、翌日は早朝から予定を入れているため、キャンプ場でテントもレンタルしました。キャンプ場に着くと、私たちが利用するテントが既に張られていましたので、テントを設営せずにすぐにリラックスモードに入ることができてとても楽ちんでした。明日の朝は早い時間にキャンプ場を離れ、活動を始めます。テントの撤収にも時間が掛かるので、テントをレンタルできるのは有難いことであります。インフルエンザが流行っているようです。皆さんもどうかお気を付けくださいね。


Life_is_a_miracle

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 ボスニア紛争の頃、セルビア人のルカは、鉄道技師として、セルビアとの国境に近いボスニアの片田舎に家族とともに引っ越して来る。本作は、そんなルカが経験する喜怒哀楽が表現された作品だ。

 ルカが鉄道技師ということで、本作には鉄道ファンにとってはうれしくなるようなシーンが盛り込まれている。例えば、予告編にも少し登場するのだが、ローラー付きの乗り物に乗った郵便屋さんが、その乗り物を手で漕いで線路の上を素早く移動している。私はこのシーンを見たとき、「あっ、あれは、私たちが乗ってみたかったものだ!」と思った。確かイギリスの鉄道博物館を訪れたときだったと思うのだが、この乗り物に試乗できるコーナーがあった。実際に鉄道博物館のスタッフが付き添って、使い方を指導してくださるものだったので、ちょっと気恥ずかしい想いがあった私たちは、それに試乗する人たちを遠目に見ていたに過ぎなかった。しかし、こうして映画の中でそれが活用されているシーンを目にすることができたので、なるほど、こんなふうに活用されていたのかと改めて感動したのだった。

 さて、ルカが体験する喜怒哀楽だが、オペラ歌手でちょっぴり情緒不安定な妻が男と駆け落ちしてしまったり、息子が、念願のプロのサッカー選手になれるチャンスを掴んだかと思えば、兵士として招集されてしまったりと、心配事を抱えていた。そんな中、ルカの人生を丸ごと変えてしまうような出来事が起こる。それまでルカが背負った心の痛みを思うと、思わず応援したくなるような出来事である。

 予告編で語られているように、これが実際に起こった出来事ならば、人と人の出会いは実に不思議なものだとしか言いようがない。ルカと妻の相性は、ルカが本来の自分自身を押し殺さなければならないような相性だったのかもしれない。しかし、のちにルカがあんなにも自分自身を開放し切ることができたのは、ありのままの自分を受け入れてくれる対象に出会えたからなのではないかとも思えるのだ。ルカがその対象を愛する姿は、全身全霊という表現がぴったり来る。妻と一緒にいるときのルカと、のちのルカはまるで別人のようだった。運命の出会いとは、それまでの生き方をすっかり変えてしまうような出会いなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一つの作品の中で、物語と前半と後半で主人公がまったく違う人物に生まれ変わってしまいました。まるで、これまで抑圧されていたものが一気に解放されたような印象を受けました。

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2017.01.25

映画『もうひとりの息子』

「全体」の中に溶け込んだ母の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今朝もテントの中で目覚めましたが、テントの外はマイナス二度まで気温が下がっていました。テントの中は、外の気温プラス三度くらいです。冬でも暖房なしのテントの中で寝るようになってから、不思議なことに、風邪も引いていません。しかも、仕事中も通勤中もマスクをしていません。ただ、帰宅したときに、手洗いとうがいを心掛けているだけです。自分なりに、免疫力が高くなっているのかなと思っています。野生にかえっているのでしょうか。(苦笑)


The_other_son_

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。息子と両親の血液型が一致していないことが判明したことから、息子の出生時に赤ん坊の取り違えが起こったことが判明する。

 私は最初、「映画としては、しばしば取り上げられているテーマだよなあ」と思いながら鑑賞していた。しかし、確かに映画ではしばしば取り上げられているテーマではあるものの、他のどの作品とも違う感動があった。感動の背景にあるのは、赤ん坊を取り違えられた家族の交流が始まることだろう。まずは母親同士の交流から始まり、息子同士、それから父親同士へと広がって行く。しかも、イスラエルとパレスチナという湾岸戦争で引き裂かれた二つの国に住む家族に起こっているので、相手の家族に会いに行くには、通行許可証を提示して検問をパスした上で、壁を越えて行くことになる。

 本作のようなテーマが取り上げられるとき、悲劇として扱うか、感動の物語に仕上げるかは、切り捨てようとしても切り捨てられない辛さを描くか、切り捨てずにむしろ足し算する方向に持って行くかではっきり分かれるような気がする。本作は後者の描写が行われており、端的に言うならば、息子の立場から見ると、自分の母親が二人いるという感じだ。そうなると、とても特別な家族という気がして来る。

 実際にこのようなことが起こったとき、それは決して悲劇であるとは言い切れないのだということ本作は語っていると思う。両親にしてみれば、こうして息子が成長するまで、自分と血の繋がった息子には会えなかったわけだが、病院で取り違えられた血の繋がりのない息子を自分の息子であると信じて育て続けたわけである。その時間は、育てた赤ん坊が自分と血の繋がりのある息子であろうとなかろうと、とても貴重な時間なのではないだろうか。

 このように、血の繋がりを越え、国境をも越えて行く感動的な物語なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 病院で取り違えられたことがわかったのが、息子が十八になってからですので、美しい物語になったのかもしれませんね。子供がもっと小さければ、これから先は、どちらが育てるかという話に発展したかもしれないと思いました。

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2017.01.16

映画『ぼくを探しに』

術後三年の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 滋賀県のとあるキャンプ場で、二泊三日のキャンプを終えて無事に帰って来ました。滞在中、大雪と言っていいほどの雪が降り、帰りはキャンプ場のスタッフに雪かきをしていただいてキャンプ場をあとにしました。普段、そこまで雪が降る地域ではなかったようなのですが、私たちが滞在しているときに、ちょうど寒波がやって来たようです。帰りも雪が降っていましたので、無事に帰宅することができて良かったと思います。あちらこちらで大雪が降っているようですが、皆さんも雪には充分お気を付けくださいね。雪の多い地域にお住まいの皆さんの苦労が少しだけわかった気がします。


Attila_marcel

 本作を鑑賞したのは、一月八日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 幼い頃に両親を亡くしてしまったショックから、口がきけなくなってしまったポールが、あるとき同じアパートに住むマダム・プルーストの部屋に迷い込む。マダム・プルーストは、アパートでハーブを栽培し、彼女のところを訪れる人たちに有料でそれらのハーブを「処方」していた。マダム・プルーストの手ほどきで、ポールは在りし日の両親と再会できるというハーブティを飲み、両親との懐かしい記憶を呼び覚ますことに成功する。それ以降、ポールは両親に会うために、何度となくマダム・プルーストの部屋を訪れるようになる。

 まず、マダム・プルーストがハーブティーを使ってヒプノセラピーのようなことを行っているのが大変興味深い。実際、ハーブティーにそのような効力があるとは思えないのだが、本作ではマダム・プルーストがハーブを操る魔女であるかのように描かれている。マダム・プルーストは、ポールに施したハーブティーが効いている間に、「違法ではないか?」と思えるようなことをしでかす。そのため、どこか胡散臭い雰囲気も感じるのだが、それもポールの治療の一環だと思えば、目を瞑ることができる。

 人には本当に大切なものがあり、その大切なものに近付けてくれる存在は、最も身近な人であるとは限らないということを認識した。何故なら、世界一のピアニストを目指すポールと一緒に住んでいる伯母たちよりも、赤の他人であるマダム・プルーストのほうが、ポールが本当は何を望んでいるのかを一瞬のうちに理解したからだ。二人の伯母たちは、むしろ、ポールの心の痛みに蓋をしようとしていたように見える。そういう意味で、マダム・プルーストは、二人の伯母たちとは正反対のアプローチをしたというわけだ。

 ちなみに、本作はフランス映画である。こういう作品を鑑賞すると、「ああ、やっぱり私はヨーロッパ映画が好きだなあ」とつくづく思う。ヨーロッパ映画、万歳なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m マダム・プルーストは、ポールが封印していたものを解くための存在だったのでしょうね。そのために、違法とも思えるような行為をしたのだとも言えますね。

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2017.01.09

映画『女帝[エンペラー]』

一度、言われてみたかったの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三連休もあっという間に終わってしまいましたね。年末年始とこの三連休の間に、インターネットで映画をたくさん鑑賞したので、今日はそれらの中から作品を一つ選んでレビューをお届けしたいと思います。


Banquet

 本作を鑑賞したのは、一月二日のことである。以前にも鑑賞したことのある作品だったが、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞できることがわかったので、再度鑑賞したのだ。

 物語の舞台となっているのは、古代中国の戦乱期である五代十国時代だが、シェークスピアの『ハムレット』がもとになっているそうだ。描かれているのは、とてもわかりにくい男女の真実の愛の物語である。

 本作には、片想いの男女が二人と、両想いの男女が二人登場する。片想いの男は、権力と女を手に入れるために、皇帝だった実の兄を毒殺して自らが皇帝に即位し、かつての皇帝の皇妃だった女を妻にする。女は、その昔、義理の息子となった皇太子と密かに想い合っていたが、状況が二人を引き裂き、皇太子は芸術の世界へと逃げ込んでしまう。そんな皇太子には、一途に想ってくれる許嫁がいたのだが・・・・・・。

 本作を鑑賞していると、自分の気持ちに正直に生きられない両想いの男女の辛さがひしひしと伝わって来る。とは言え、女帝を演じているチャン・ツィイは、女性の私から見ても、その裏に隠れている感情がわかりにくい。彼女が選択したことには裏があったとしても、見方によっては、彼女が権力に惹かれているようにも見えてしまうからだ。彼女の表情に葛藤が表現されていなかったからだろうか。しかし、最後まで鑑賞すれば、彼女が本当は誰を愛していたのかがわかる。そんな状況にでもならなければ、自分の本当の気持ちを表現することができない運命は、あまりにも悲し過ぎるではないか。権力にも美貌にも恵まれないほうが、関わる人たちの欲望を刺激しないので、より幸せな人生を送れるような気がしてならない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何とも悲しい物語でしたね。何人かの人たちが命を落としてしまうのですが、自分の気持ちに素直に生きることができれば、傷付ける人の数も少なくて済んだのではないかと思ったりします。

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2016.12.27

映画『ジェイン・エア』

"Who are you?"は直接的の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さん、遅ればせながらメリークリスマス! 今朝、ようやく年賀状を投函しました。(苦笑)イギリスでは、昨日と今日はBank Holidayのようで、いつもは仕事で不在の言語交換パートナーたちも、Skypeでオンラインになっていました。土曜日から数えると四連休みたいですね。うらやましい限りです。


Janeeyre1996

 本作を鑑賞したのは、十二月二十五日のことである。実を言うと、本作は何度も鑑賞している。今回で一体何回目の鑑賞になるのだろうか。U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドでも鑑賞できることがわかったので、久し振りに鑑賞したのだ。

 既に何度も映画化されている本作は、実にいろいろな役者さんたちが主演を演じている。確か、古くはモノクロの作品もあったように思う。私は、今回鑑賞したシャルロット・ゲンズブールとウィリアム・ハート主演の本作が好きだ。数年前に、リメイクされた映画『ジェーン・エア』を鑑賞したのだが、やはりシャルロット・ゲンズブールとウィリアム・ハート主演の本作のほうが良かった。

 何故、本作が何度も何度も映画化され、多くの人たちに鑑賞され続けているのかというと、それは、人々の中に真実の愛を求める気持ちがあるからだと思う。本作に感動する人たちは、潜在的あるいは顕在的に真実の愛に気付いているのだと思う。

 本作に登場するのは、誰に対しても心を開き、多くの友人達に囲まれて楽しい日々を送っている男女ではない。むしろその反対で、少数の人にしか心を開いていない男女が、おそらくは生まれて初めて自分と対等に接することのできる異性と出会い、恋に落ちて行く話である。少数の人にしか心を開かずに生きて来たからこそ、二人の関係は一層特別なものになる。

 しかも、大変興味深いのは、言葉でわざわざ説明しなくても、お互いが深く思い合っていることを既に知っているということだ。二人が交わす言葉も、ずいぶん抽象的であるにもかかわらず、詳細な説明を必要ともせず、互いに理解し合っているところが美しい。まさしくツインソウル的な愛であり、会話だと思う。

 二人が運命的に出会っていることは、第一の出会いを経たあとに第二の出会いを果たし、別れも経験していることから決定的である。お互いに、すぐに忘れてしまえるような恋愛においては、このようなことは決して起こらない。これらのことからも、いつまでも忘れられない恋愛というのは、様々な感情を共有することが大切であることが良くわかるだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何度鑑賞しても同じところで涙が出て来ます。それは、互いの心臓が糸と糸で繋がっていると、ウィリアム・ハートが言うシーンです。おそらく、「ガンまる日記」を読んでくださっている皆さんも、同じところで涙されることでしょう。

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2016.12.17

映画『ある愛の風景』

ホットヨガ(五四八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事やプライベートで忙しく、しばらく更新期間が開いてしまいました。皆さん、お変わりありませんでしょうか。十二月は何かと忙しいですよね。私たちも、そろそろ年賀状の用意をしなければと思っています。


Brothers

 本作を鑑賞したのは、十二月四日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 鑑賞しているうちに、「あれ? このストーリー、知ってるぞ。同じような映画をどこかで観た気がする」と思った。そして、調べてみて、ようやくわかった。私は、本作がリメイクされたハリウッド映画の映画『マイ・ブラザー』を、オリジナルの本作を鑑賞するよりも前に劇場で鑑賞していたのだった。

 ストーリーはほぼ同じだが、両者の作りはやはり違う。オリジナルである本作のほうが断然、いい。ほぼ同じストーリーなのに、何故、こんなにも違いがあるのだろうと思い、ふと、監督の名前を確認してみて納得した。本作は、デンマークの女性監督スザンネ・ビアの作品だった。これまでにも、彼女の作品をいくつか鑑賞して来たが、どの作品も人間の生きざまを巧みに映し出す素晴らしい作品ばかりだった。彼女のような監督がいるから、私はやはりヨーロッパの映画が好きなのだ。

 映画『マイ・ブラザー』に触れたので、既にお気付きの方も多いかと思うが、本作は、戦場に送り込まれた夫の訃報を受けた妻が、葬儀まで済ませたものの、ある事実を知り、家族も巻き込んで大きく揺れ動く物語だ。愛のために行ったある行為を、あとあとまで引きずることになってしまう男の物語でもある。誰しも、その物語を知れば、こんな理不尽なことがあるのだろうかと、憤りさえ感じるだろう。スザンネ・ビア監督は、映画を通して悲劇的な事件を映し出し、どのような判断を下すべきかを私たちに問い掛けているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛や罪などの分類では語り切れないものを感じる作品です。愛ゆえに罪を犯し、愛ゆえに苦しむ作品ですね。

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