映画・テレビ

2017.05.17

映画『リリーのすべて』

ホットヨガ(五七四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m オフィスが暑いので、ついつい冷たいものが飲みたくなって、自分用のマグボトルに温かいミルクティーが入っているというのに、勤務先の自動販売機に手を出してしまいます。しかも、自動販売機で冷たい飲み物を買うと癖になり、毎日買ってしまいます。(苦笑)しかし、まだ氷入りの冷たい飲み物を作って持って行くには早い時期なんですよね。


The_danish_girl

 本作を鑑賞したのは、四月十九日のことである。Amazonプライムのプライム・ビデオで鑑賞した。

 鑑賞する前に、本作を象徴するかのような写真を見たとき、「あれ? 女装しているのかな?」と思った程度の印象だった。しかし、鑑賞が進んで行くにつれ、「これは素晴らしい作品だ!」と実感した。予備知識のない状態で鑑賞できたことが良かったのかもしれない。

 本作は、映画『博士と彼女のセオリー』映画『美しすぎる母』などのエディ・レッドメインがトム・フーパー監督とタッグを組んだ作品で、世界で初めて性別適合手術を受けたリリー・エルベの伝記とも言える実話ベースの作品である。

 一組の夫婦に起こった出来事を見届けながら、私たちは夫婦とは何かについて、深く考えさせられることになるだろう。ほとんどの夫婦は、互いに異性として惹かれ合い、結婚する。夫のアイナーと妻のゲルダも、深く愛し合って結婚した。ともに画家の二人は、とても仲が良かった。

 しかし、ゲルダが絵のモデルの代役としてアイナーに女性の服を身につけてもらったことをきっかけに、アイナーの中にもともとあった女性性が目覚める。

 肉体の性と精神の性が一致していない状態というのは、激しい苦痛と葛藤を伴うだろうと想像できる。何故なら、自らの心の叫びに気付いてしまったというのに、自分の理想通りに振る舞うことができないからだ。どんな状況であれ、本当の自分を押し殺さなければならないのは辛いことに違いない。

 本作の素晴らしいところは、夫婦が試行錯誤を繰り返しながらも、最終的にはアイナーが望む方向へと進んで行くところだ。アイナーが自分の道を行こうとすると、ゲルダは夫であるアイナーを失うことになるというのに、アイナーの希望を受け入れ、励まし、そして寄り添う。私は、こんな夫婦愛を見たことがない。多くの場合、自分自身が被害者になり、泣き叫び、相手の望みを阻止しようとするのではないだろうか。しかし、ゲルダはそうではなかった。もしも私自身が同じような状況に立たされたとしたら、ゲルダと同じように振る舞えるかどうか自信がない。

 ゲルダだけでなく、アイナーが女装していることに気が付いた人たちが、アイナーの正体を暴くようなことをしなかったこともまた素晴らしい。本作の舞台となっているのは一九二〇年代のことなので、まだトランスジェンダーに対する知名度も理解度も低いはずなのに、周りがアイナーを受け入れる形に動いているのだ。

 ただ、アイナーが生まれるのが早すぎたのではないかとも思えた。もしもアイナーが今の時代を生きていたなら、もっと違う人生があったかもしれないとも思う。それでも、九十年ほども前にアイナーが自らの進む道を決めたことで、アイナーは少なくとも希望を持つことができただけでなく、アイナーと同じような境遇の人たちの先駆者となり、おそらく、性別適合手術の進化にも貢献したはずなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた難しい役をエディ・レッドメインが演じていました。それにしても、切なくて美しい物語でした。

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2017.05.11

映画『アトランティスのこころ』

ホットヨガ(五七二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は、仕事帰りに英会話のレッスンを受けて来ました。いつもはイギリス人講師と一対一なのですが、今回はまちのオフィスで一緒に働いていた方と一緒にレッスンを受けて、翌日の仕事のことなどすっかり忘れてしまいたいくらいに盛り上がりました。ガンモに話すと、「まるで寄席に行ってるようなものだな」と言われました。(苦笑)私にとっては、とても貴重な時間であります。


Hearts_in_atlantis

 本作を鑑賞したのは、三月三十日のことである。Amazonプライムのプライム・ビデオで鑑賞した。

 アンソニー・ホプキンスは、吸い込まれるような目をしている。本作における彼の役柄は、人の心が読めるテッドという超能力者なのだが、彼が演じると、彼自身にもともと超能力が宿っているのではないかと錯覚してしまうほどのリアリティがある。

 テッドを下宿人として迎える家に住んでいる十一歳のボビーを演じているのは、ロシア生まれのアントン・イェルチンである。彼、すなわちアントンがもうこの世にいないのはとても寂しいことだ。アントンは、昨年、自宅近くで自分の車から降りたあと、その車に牽かれて亡くなってしまった。わずか二十七歳だった。

 彼が出演していた映画『スター・トレック』を鑑賞したとき、彼が演じていたロシア語なまりの青年チェコフが気に入った。彼は普段からチェコフのようなアクセントで話しているわけではなかったことが、本作を鑑賞してわかった。ちなみに、映画『スター・トレック』を鑑賞したとき、私は以下のように書き記している。

何といっても印象に残ったのは、ロシア語なまりの青年チェコフの活躍である。彼はまるでゲーム少年のように、宇宙船に備え付けられたコントローラを操作して、隊員やその家族をテレポートさせる。ときどき彼のロシア語なまりの発音が機械に認識されなかったりするのも面白い。

 ボビーとテッドは、年齢を超えた固い友情を結ぶ。しかし、人の心が読めるテッドは、その特殊な能力を利用しようとする政府の回し者たちから逃げ回っていた。もしもテッドがボビーの母親の心を読まなかったら、ボビーとテッドの友情は、その後もずっと続いていたに違いない。いや、目には見えていないだけで、本当はずっと続いていたのかもしれないが、あることがきっかけで、ふたりの関係はすっかり変わってしまう。

 ときには、自分の力ではどうにもならないことが起こってしまうことがある。ピンチを切り抜けるために、あの手この手を尽くしたボビーは、わずか十一歳にしてそのことを悟っただろう。そして、テッドだけでなく、テッドと仲良くなった頃に親しくしていた二人の友人たちとの関係にも大きな変化が訪れる。今ではすっかり大人になったボビーにとっては、どれも甘く切ない想い出だ。

 本作は、一瞬のうちにして「今」を失ってしまった少年をクローズアップしながら、私たちに「今」を大切にしなさいと必死で訴えかけているように見える。実は、私たちの一人一人がボビーなのだ。本作を鑑賞すると、もっと、瞬間、瞬間を大切にしながら生きて行きたいと思えるようになる。何故なら、どんなときも、もう二度とは戻らないからだ。「アトランティス」とは、そんなもう二度と戻らない時間のことを例えた言葉である。一人一人がボビーならば、きっと誰にでも「アトランティスのこころ」はあるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とても不思議で、切なくなるような作品でした。「今」は、いつまでも続いて行くものではないということを思い知らされますね。

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2017.05.07

映画『Wake up!! TAMALA』

条件を提示するお母さんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ゴールデンウィークを満喫できたでしょうか。ゆうべ深夜に兵庫県の我が家(我がテント?)に帰宅しました。今日はロンドン在住の言語交換パートナーとのSkypeセッション以外は何もせず、自宅でゆっくり過ごしました。いよいよ明日から仕事ですが、仕事のことはすっかり忘れて遊び呆けたからか、新しい気持ちで仕事に取り組めそうです。


Wakeuptamala

 北九州市にあるスペース・ワールドに足を運んだ際、宇宙博物館という建物の中で、上映時間わずか十七分の本作を鑑賞した。宇宙に関する作品に違いないと信じて鑑賞していたところ、鑑賞し終えたとき、頭の中がはてなマークでいっぱいになってしまった。一緒に鑑賞していたガンモが開口一番に、
「これはすごい映画だ。人間が死んだら自然が復活するんだから」
と言うのを聞いて、「なるほど、そういう映画だったのか」と理解した。私よりも映画を鑑賞する本数が断然少ないガンモのほうが、作品に対する理解度が深いのはちょっと悔しかった。

 一回の鑑賞ではなかなか理解が及ばなかったので、YouTubeで検索してみたところ、フルムービーを鑑賞することができたので、ここで皆さんとシェアしておきたい。

 なるほど、生物多様性を訴える作品だったようだ。私は、すぐに映画『もののけ姫』のことを頭に思い浮かべた。しかし、映画『もののけ姫』は、まっすぐに生物多様性を訴えかけて来たのだが、本作は、私にとってはとてもわかりにくかった。というのも、本作の映像では"Wake up"を「(寝ている者に対して)目覚めよ」という意味合いで使っていながらも、実際は、「(意識的に)目覚めよ」という意味合いに用いているからだ。これは非常にわかりにくい。

 しかも、途中で、"Wake up or Die"という表現まで出て来る。この"Die"についても、「(自然を破壊する者が)目覚めなかったことで(自然を破壊する者自身に)死が訪れる」という警告なのか、それとも、「(自然を破壊する者が)目覚めなかった結果、死が訪れる(自然が破壊される)」ことを表しているのかが非常にわかりにくい。

 私たちが本作を鑑賞したとき、スペース・ワールドには数多くの家族連れが訪れていて、本作が上映された小さなシアターにも、小さいお子さんを連れた親御さんたちがいらっしゃった。しかし、鑑賞後、お父さんのほうが子供を残して先にシアターを出て行ってしまった。そのとき、お父さんがどのように感じていたのかは謎だが、鑑賞直後に子供と映画の感想を語り合う気持ちにはなれなかったことだけは確かなようだ。

 こうしたことからも、生物多様性を扱う作品としては、かなり極端な作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 改めて鑑賞してみると、人間が加害者として描かれているのは確かだと思いました。しかし、私あち人間がどこまで加害者をやめれば自然が元に戻るのかの解決にはなっていないように思いました。映画『もののけ姫』でも、その加減が難しいことから、極端な描写にはなっていませんでした。人間側に傾くのか、自然側に傾くのかで意見が分かれてしまいそうですが、私たちが築き上げて来た社会を手放すか、このまま自然を破壊し続けるか、という二択だけでは済まないような気もしています。

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2017.04.19

映画『美しすぎる母』

ホットヨガ(五六五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 奄美大島から帰った翌日の月曜日、仕事中に寒気がして、夜中に三十九.二度の熱が出ました。高熱ということで、病院でインフルエンザの検査を受けましたが、陰性でした。結局、二日間、仕事を休んでしまいました。何が原因だったのかはわかりません。今では熱も下がり、明日からは仕事に復帰できそうです。それより、ベトナム人の女の子が殺害された事件が、本当にかわいそうでなりません。とてもかわいらしい女の子で、その子が生きていたら、楽しいこともたくさん体験できたはずです。それなのに、心ない者が抱いた欲望のために、たった九歳でこの世を去らなければならなかったことに、やるせなさを感じます。彼女の尊い魂が、恐怖を感じることのない楽園に到達できますよう、謹んでご冥福をお祈り致します。


Savage_grace

 本作を鑑賞したのは、四月一日のことである。劇場公開中に見逃してしまった作品だったのだが、この度、Amazonプライムのプライム・ビデオで鑑賞することができた。

 実際に起こった事件がベースになった作品で、結末は、息子が実の母親を殺害するというものだ。夫婦間の問題や、親子間の問題が浮き彫りにされていて、鑑賞していて痛々しかった。明らかに、この家族に足りていないものは愛である。その代わりと言っては何だが、お金だけはたっぷりある。というのも、この家族は「プラスチックの父」と呼ばれたレオ・ヘンドリック・ベークランドの子孫だからだ。有り余るほどのお金のために、家族は愛することを忘れてしまったのだろうか。仮にそうだとしても、あまりにも痛々しい。

 息子に殺害されてしまう美しすぎる母をジュリアン・ムーアが演じ、問題の息子アンソニーをエディ・レッドメインが演じている。エディ・レッドメインは難しい役柄を見事に演じ切る役者さんで、日本人の役者さんに例えると、私の中では窪塚洋介のような位置付けの存在である。

 母親と息子の間に何が起こっていたかについては、ネタバレになってしまうので書かないでおくが、欲するものを得ることができなかった母親と息子が引き起こしてしまった悲劇的な事件だとも言える。究極的な状況に置かれたアンソニーが、出口を見付けられずに精神を病んでしまったことを、誰も責められないのではないだろうか。

 残念ながら、ある映画サイトでの映画作品としての評価はかなり低い。おそらく、多くの人たちに受け入れ難い内容だからだろう。しかし、映画として多少の脚色はあるにしても、実際に起こった事件なのである。ただ、せめて夫婦仲が良ければ、また、アンソニーが自分らしく生きていることができていれば、この事件は起こらなかったかもしれないとも思う。家族の絆という意味においても、いろいろ考えるところの多い作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「お金があっても心が寂しい」ということが絵に描かれたような家族でありました。とにかく、いろいろな意味ではちゃめちゃな家族が描かれています。

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2017.03.28

海外ドラマ『リッパー・ストリート』シーズン1~シーズン4

ホットヨガ(五六一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「てるみくらぶ」という旅行会社が倒産したことで、旅行代金を支払っているのに旅先のホテルがキャンセルされてしまい、困っている方たちがたくさんいらっしゃるようですね。最近の私たちは、海外旅行もガンモが企画する個人旅行で出掛けるようになっているのですが、もう十年以上前のことでしょうか。二人で海外旅行に行き始めた頃に、「てるみくらぶ」を利用したことがあります。格安のハワイ旅行で、空港とホテルの送迎付きのフリープランでした。その頃の「てるみくらぶ」の企画にはまったく問題なく、「また利用してもいいかな」くらいの気持ちでいたのですが、まさかこんなことになろうとは思ってもいませんでした。ちなみにガンモは、「てるみくらぶ」のメルマガを購読し続けていたようです。「てるみくらぶ」からのメルマガが最後に配信されたのが今月の二十三日だったそうで、そのメールを見せてもらったところ、そこにはしっかりと格安ツアー募集の広告が掲載されていました。入金したのに旅行に行けなかった方たちに、何らかの処置がとられるといいですね。


Ripperstreet

 またまたU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで見ごたえのある海外ドラマを観た。記事のタイトルにも掲げたように、イギリスのBBCで放送されている『リッパー・ストリート』である。最初はほんの軽い気持ちで鑑賞し始めたのだが、鑑賞を進めて行くうちに続きが気になり、『リッパー・ストリート』の世界のどっぷりとはまってしまった。現在、イギリスではシーズン5が放送されている(?)ようだが、続きがひどく気になるのに日本ではまだ鑑賞できない。

 本作は、カテゴリで言うと「刑事もの」になる。「切り裂きジャック」のことを"Jack the Ripper"と呼んでいるように、"Ripper"とは「切り裂き魔」のことである。"Jack"は、名前のわからない者にとりあえず割り当てた名前で、日本語で言うところの「太郎」のような位置づけの名前である。

 本作は、そんな「切り裂きジャック」の事件が未解決のまま半年が過ぎた一八八七年頃から、「切り裂きジャック」の事件が起こったホワイトチャペル周辺で発生したとされる様々な事件が取り扱われている。今からおよそ百三十年ほど前のことであり、日本の年号で言うと明治時代ということになる。この時代にイギリスでは既に鉄道が走っており、地下鉄も走っているのだ。

 本作の魅力は、何と言っても超人間臭い三人の登場人物の存在だろう。三人とも、どこかに心の闇を抱えている。三人のうち二人は頭の切れるイギリス人の刑事(警部補)で、もう一人は腕のいいアメリカ人の監察医である。イギリス人の刑事(警部補)は、実際に「切り裂きジャック」の事件を追っていた刑事がモデルになっているそうだ。ちなみに三人は、決して常に仲が良いわけではなく、時には激しい喧嘩をしたりもする。それでも、犯罪者を前にすると仲間をサポートしようとする気持ちが強く働く。

 登場人物の三人ともにそれぞれ妻がいる。仕事ができて、頭が切れる刑事(警部補)、あるいは腕のいいい監察医でありながらも、女性に対してだらしなかったりもするのだが、ドラマの中ではそれがかえって人間臭くて魅力的に写ってしまう。

 アメリカ人の監察医は、妻と情熱的に愛し合っている。この夫婦から漂う愛は、まさしくツインソウル的な愛である。そうかと思えば、ソウルメイト的な愛情で結ばれた夫婦もいる。一人の人が書いたであろう脚本に、いろいろな愛の形が描き出されているのは大変興味深い。

 ただ、超人間臭い三人の登場人物は、単に人間臭いだけではない。中には目をそむけたくなるような行動も取ってしまう。もし、現実の世界でそれらの行為が行われたとしたら、社会的な大問題に発展するほどの行動である。とは言え、それらが行われているのが、愛からの行動でもあるのが深く考えさせられるところである。ルールや道徳を守ることと、自分たちの中の愛が矛盾する場合に取る行動をどのように判断するかが鑑賞する側の課題となるだろう。

 脚本家は、三人の登場人物の人生を翻弄しようとしているのではないかと思うことも多々あるのだが、それでもところどころ、脚本の素晴らしさを実感するシーンがある。本作には、エレファント・マンで有名なジョセフ・メリック氏も登場するのだが、彼の放つ台詞がものすごくいいのだ。台詞が感動を与えるということは、愛を知らなければ書けない脚本なのである。そのシーンをここにご紹介しておきたい。自分の赤ん坊を高いところから落とそうとしている友人に、ジョセフ・メリック氏が愛を思い出させようとするシーンである。

 ジョセフ・メリック氏は、まさしくこの『リッパー・ストリート』の時代を生きた実在の人物であり、彼が入院していたロンドン病院は、ホワイトチャペルの駅前にあったのだ。

 シーズン4まで鑑賞したが、登場人物たちの人生をここまでかき乱してしまっていいのだろうかと不安になるような終わり方だった。シーズン5の予告編は見た。絶対に見逃せないと思った。ただ、いつ鑑賞できるのか、それが問題だ。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 以前、ロンドン出身の英会話の講師に、「ロンドンでは、国鉄の駅にはトイレがあるのに、地下鉄の駅には何故トイレがないのですか?」と尋ねてみたことがあります。すると講師はしばらく考えてから、「ロンドンの地下鉄はものすごく古いからだと思う」と答えてくれました。ロンドンの地下鉄にトイレがない理由がそれに該当するかどうかはわからないのですが、ロンドンの地下鉄"tube"がこの時代に既にあったということだけはわかりました。

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2017.03.18

映画『別離』

ホットヨガ(五五九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三連休が始まりましたね。私は、三連休に一日分の有給を追加して四連休にしました。お彼岸なので帰省したいところですが、今はガンモと二人で京都府のとあるキャンプ場に来ています。昼間は暖かく、とても過ごしやすかったですが、夜はまだまだ寒いですね。とは言え、少し寒いくらいのほうがキャンプには適していると思っています。皆さんも、有意義な三連休をお過ごしくださいね。


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 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 イラン人夫婦が離婚を決意するところから物語が始まるのだが、物語が進行して行くにつれて、二人を取り巻く状況が少しずつ変化して行く。しかも、もっとも嫌な形で次の状態に遷移して行くので、ひとたび鑑賞し始めると、その変化の状況から目が離せなくなってしまう。そこで起こっていることは、決して映画用に作られた特別な出来事ではない。誰かが隠していたことが次々に明るみになって行き、これまで表面的に見えていたものとはまったく別のことが事実であることに気付いて行くのである。

 本作を通して、私たちは、自分に都合の悪いことを隠しながら生きていることを意識するようになる。自分に都合の悪いことを隠すのは、自らの欲望のためである。そして、その欲望を自分の子供にまで見透かされてしまったとしたら、親としての面目はないだろう。正しい目を持った子供の発言に、はっとさせられた。

 新しい事実が明るみになって行く度に、どんどん作品の世界に引き込まれて行く。滅多にお目に掛かれないと思えるほど、とても見ごたえのある作品だった。

 ちなみに、本作の監督は、映画『彼女が消えた浜辺』のアスガー・ファルハディ監督だそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作のような台本を書くことができる人は天才だと思います。人々の心の奥深いところに語り掛けるものが多い作品です。

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2017.03.05

映画『君の名は。』

ホットヨガ(五五七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、週末も出掛けることが多かったのですが、今日は一日、のんびりと自宅で過ごすことができました。やはり、仕事やプライベートで忙しくしていると、どこにも出掛けずにのんびりできる一日が必要ですね。おかげで寝不足も解消されました。たっぷり寝たので、また明日からの過酷な日々に耐えたいと思います。


Yourname

 遅ればせながら、映画『君の名は。』をインターネットで鑑賞した。昨年夏に劇場公開されてから、今もなおロングラン上映され続けている大変評価の高い作品である。日本だけでなく、海外のアニメーションファンの間でも注目されている作品らしく、私の言語交換パートナーも鑑賞している。

 実際に鑑賞してみると、多くの人たちが本作に惹き付けられる理由が良くわかった。自分では意識していないところで、実は多くの人たちが、「運命の赤い糸」への強い憧れを持っているからではないだろうか。

 物語は、これまで見たことのないような構成で成り立っている。それは、見知らぬ者同士である東京に住む男子高校生の瀧(たき)と田舎に住む女子高校生の三葉(みつは)の肉体が、お互いの夢の中で入れ替わるというものだ。その後、二人がやがて特別な存在になって行くのは言うまでもない。

 三葉が髪を結うために使っている赤い紐は、まさしく「運命の赤い糸」を表していて、その「運命の赤い糸」の先には瀧が繋がっているという描写がされている。こうした描写は、日本人なら良くわかるだろうが、果たして海外のアニメーションファンにも通じているのだろうか。もしも通じているならば、本作がもっと運命的なものを表現した作品であることに気付いてもらえるかもしれないと思う。

 本作が高く評価されているのは、おそらく瀧と三葉が、東京と田舎で物理的な距離が離れているだけの存在ではないことにあるような気がする。物理的な距離以外に壁があったとしても、決してそこに救いがないわけではなく、わずかな望みを託して接点を持とうとする努力に、人々は魅了されるのだと思う。

 また、「かたわれ時」という言葉に二重の意味を期待している人たちも多いのではないだろうか。本作の中での「かたわれ時」というのは、「黄昏(たそがれ)時」の方言として扱われていたのだが、その言葉の響きから、「魂の片割れ」を想像する人たちも多いだろうと思う。実際、本作の中で「かたわれ時」が登場したときが、一番のクライマックスとも言えるシーンだと感じたからだ。

 私もいくつかのシーンで泣いた。二人が、自分でもまったく意図しないところで涙がこぼれているシーンにもジーンと来たのだが、心の中が一番熱くなったのは、東京の満員電車の中で二人が出会うシーンである。「運命の赤い糸」の相手とは、まずは第一次接近遭遇があったあとに、第二次接近遭遇があるという法則に基づいているように思うからだ。

 更に興味深いのは、瀧が憧れているというアルバイト先の年上の女性に対し、アルバイト先で何度も顔を合わせているにもかかわらず、瀧はカチンコチンになってしまい、自分自身を出せないというのに、まだ会ったこともない三葉に対しては、素の自分を表現できてしまうというところだ。このように、「運命の赤い糸」で結ばれた相手に出会うと、自分でも説明のつかないことが起こってしまうわけである。

 こうした作品が高く評価されているということは、人々が「運命の赤い糸」に対して憧れを持ち続けているということであり、潜在的に、そうした出会いを望んでいることを意味していると私は思うのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 相手の名前を忘れてしまう意味が良くわからなかったのですが・・・・・・。(苦笑)おそらくですが、物理的な距離以外の問題を乗り越えた結果であるのでしょうね。

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2017.02.11

海外ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』シーズン1~シーズン3

ホットヨガ(五五四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、神戸市は猛吹雪になるとの天気予報が出ていたので覚悟を決めて出勤したのですが、仕事中にチラチラと窓の外を確認してみても、ちっとも猛吹雪ではありませんでした。通勤や生活に影響が出なかったのは有難かったのですが、天気予報がここまで外れるとは驚きでした。ちなみに、今日も寒いですが、まだ暖房なしのテントで生活しています。(笑)おそらく、このまま冬を越せそうな気がしています。


Sherlock

 今年になってから、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで海外ドラマ『SHERLOCK/シャーロック』を鑑賞できることがわかり、海外ドラマ『DOCTOR WHO』同様、すっかりはまっている。あまりの面白さに、シーズン1からシーズン3までほとんど一気に鑑賞してしまった。はまってしまう原因は、海外ドラマ『DOCTOR WHO』の脚本家でもある(あった)スティーヴン・モファットによる作品だからなのかもしれない。

 コナン・ドイル原作の『シャーロック・ホームズ』は、これまでにも何度となく映画化されたり、テレビドラマ化されたりしたものだったが、映画はともかく、どういうわけかテレビドラマ化されたものは古めかしい。時代背景もそうだが、出演している役者さんの年齢が高いからだろうか。

 しかし本作では、シャーロック・ホームズもワトソン博士もスマートフォンやパソコンを使いこなし、ワトソン博士はシャーロック・ホームズに関するブログを書いていたりする。また、馬車ではなくタクシーでロンドン市内を移動する。現代版シャーロック・ホームズと言っていいだろう。

 ただ、シャーロック・ホームズのキャラクターが原作と少し違っているようにも思えた。本作では、ベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロックの性格が、頭脳明晰ではあるものの、感情表現が乏しい人物として描かれている。しかし、私が原作を読んだ限りでは、シャーロック・ホームズは頭脳明晰かつ寡黙な人物のイメージだったのだ。

 ワトソン博士を演じているマーティン・フリーマンは、映画『ホビット 思いがけない冒険』などのホビットシリーズでの主演が記憶に新しいだろう。私も彼のホビットの役柄の印象が強かったので、最初は違和感を感じたものだったが、次第に慣れて来た。彼はサポート役に相応しい役者さんだと思う。そのため、最初はアンバランスであるかのように見えたシャーロックとワトソン博士との関係も次第に安定して見えて来た。

 シャーロックとワトソン博士は、フラット(アパート)をルームシェアしている間柄なのだが、私たち日本人には、まだまだルームシェアというものが目新しいのではないかと思う。ロンドンでは一般的なものらしく、クラシファイド掲示板などには、ルームシェアの広告が掲載されていたりする。

 ルームシェアしている間柄で、ここまで仲良くなれるのは素晴らしいと思う。しかも、一緒に事件を解決しようとしているのだから刺激的である。それは、シャーロックもワトソン博士も、極めて難解な事件に取り組んで解決することに喜びを見出しているからだろう。

 シャーロックの宿敵であるアンドリュー・スコット演じるジム・モリアーティは、私のイメージとは異なっていた。シャーロック・ホームズと敵対する関係にあるというのに、状況によっては互いに手を組み、別の敵に向かって行きそうな友情を感じてしまったのは私だけだろうか。シャーロックとジム・モリアーティが、ベクトルは違っても、同じだけのエネルギーを持つ存在と感じたからかもしれない。シーズン3は、ジム・モリアーティが新たなステータスを持つところで終わってしまったので、次のシリーズが早くも楽しみなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 原作には、シャーロック・ホームズの兄は登場していたのでしょうか。ちょっと記憶があやふやです。(笑)

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2017.02.04

映画『ライフ・イズ・ミラクル』

イギリス人が使う略語の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。二月になって初めての週末ですね。この週末、ガンモも仕事が休みだというので、二人で大阪のとあるキャンプ場にやって来ました。今回はカングーを車検に出しているので代車のカングーに必要最小限の荷物を積み込んで来ました。しかも、翌日は早朝から予定を入れているため、キャンプ場でテントもレンタルしました。キャンプ場に着くと、私たちが利用するテントが既に張られていましたので、テントを設営せずにすぐにリラックスモードに入ることができてとても楽ちんでした。明日の朝は早い時間にキャンプ場を離れ、活動を始めます。テントの撤収にも時間が掛かるので、テントをレンタルできるのは有難いことであります。インフルエンザが流行っているようです。皆さんもどうかお気を付けくださいね。


Life_is_a_miracle

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 ボスニア紛争の頃、セルビア人のルカは、鉄道技師として、セルビアとの国境に近いボスニアの片田舎に家族とともに引っ越して来る。本作は、そんなルカが経験する喜怒哀楽が表現された作品だ。

 ルカが鉄道技師ということで、本作には鉄道ファンにとってはうれしくなるようなシーンが盛り込まれている。例えば、予告編にも少し登場するのだが、ローラー付きの乗り物に乗った郵便屋さんが、その乗り物を手で漕いで線路の上を素早く移動している。私はこのシーンを見たとき、「あっ、あれは、私たちが乗ってみたかったものだ!」と思った。確かイギリスの鉄道博物館を訪れたときだったと思うのだが、この乗り物に試乗できるコーナーがあった。実際に鉄道博物館のスタッフが付き添って、使い方を指導してくださるものだったので、ちょっと気恥ずかしい想いがあった私たちは、それに試乗する人たちを遠目に見ていたに過ぎなかった。しかし、こうして映画の中でそれが活用されているシーンを目にすることができたので、なるほど、こんなふうに活用されていたのかと改めて感動したのだった。

 さて、ルカが体験する喜怒哀楽だが、オペラ歌手でちょっぴり情緒不安定な妻が男と駆け落ちしてしまったり、息子が、念願のプロのサッカー選手になれるチャンスを掴んだかと思えば、兵士として招集されてしまったりと、心配事を抱えていた。そんな中、ルカの人生を丸ごと変えてしまうような出来事が起こる。それまでルカが背負った心の痛みを思うと、思わず応援したくなるような出来事である。

 予告編で語られているように、これが実際に起こった出来事ならば、人と人の出会いは実に不思議なものだとしか言いようがない。ルカと妻の相性は、ルカが本来の自分自身を押し殺さなければならないような相性だったのかもしれない。しかし、のちにルカがあんなにも自分自身を開放し切ることができたのは、ありのままの自分を受け入れてくれる対象に出会えたからなのではないかとも思えるのだ。ルカがその対象を愛する姿は、全身全霊という表現がぴったり来る。妻と一緒にいるときのルカと、のちのルカはまるで別人のようだった。運命の出会いとは、それまでの生き方をすっかり変えてしまうような出会いなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一つの作品の中で、物語と前半と後半で主人公がまったく違う人物に生まれ変わってしまいました。まるで、これまで抑圧されていたものが一気に解放されたような印象を受けました。

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2017.01.25

映画『もうひとりの息子』

「全体」の中に溶け込んだ母の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今朝もテントの中で目覚めましたが、テントの外はマイナス二度まで気温が下がっていました。テントの中は、外の気温プラス三度くらいです。冬でも暖房なしのテントの中で寝るようになってから、不思議なことに、風邪も引いていません。しかも、仕事中も通勤中もマスクをしていません。ただ、帰宅したときに、手洗いとうがいを心掛けているだけです。自分なりに、免疫力が高くなっているのかなと思っています。野生にかえっているのでしょうか。(苦笑)


The_other_son_

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。息子と両親の血液型が一致していないことが判明したことから、息子の出生時に赤ん坊の取り違えが起こったことが判明する。

 私は最初、「映画としては、しばしば取り上げられているテーマだよなあ」と思いながら鑑賞していた。しかし、確かに映画ではしばしば取り上げられているテーマではあるものの、他のどの作品とも違う感動があった。感動の背景にあるのは、赤ん坊を取り違えられた家族の交流が始まることだろう。まずは母親同士の交流から始まり、息子同士、それから父親同士へと広がって行く。しかも、イスラエルとパレスチナという湾岸戦争で引き裂かれた二つの国に住む家族に起こっているので、相手の家族に会いに行くには、通行許可証を提示して検問をパスした上で、壁を越えて行くことになる。

 本作のようなテーマが取り上げられるとき、悲劇として扱うか、感動の物語に仕上げるかは、切り捨てようとしても切り捨てられない辛さを描くか、切り捨てずにむしろ足し算する方向に持って行くかではっきり分かれるような気がする。本作は後者の描写が行われており、端的に言うならば、息子の立場から見ると、自分の母親が二人いるという感じだ。そうなると、とても特別な家族という気がして来る。

 実際にこのようなことが起こったとき、それは決して悲劇であるとは言い切れないのだということ本作は語っていると思う。両親にしてみれば、こうして息子が成長するまで、自分と血の繋がった息子には会えなかったわけだが、病院で取り違えられた血の繋がりのない息子を自分の息子であると信じて育て続けたわけである。その時間は、育てた赤ん坊が自分と血の繋がりのある息子であろうとなかろうと、とても貴重な時間なのではないだろうか。

 このように、血の繋がりを越え、国境をも越えて行く感動的な物語なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 病院で取り違えられたことがわかったのが、息子が十八になってからですので、美しい物語になったのかもしれませんね。子供がもっと小さければ、これから先は、どちらが育てるかという話に発展したかもしれないと思いました。

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