鉄道

2024.11.10

ポーランド/ワルシャワ 街歩き~ワルシャワ鉄道博物館、トラム

ポーランド/ワルシャワ 街歩き~ショパン壁画、電動キックボード、ミルクバーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 鹿児島や沖縄に大雨が降ったようですが、大雨の被害に遭われた方がいらっしゃいましたら、お見舞い申し上げます。世界的に、これまで予測できなかったレベルの自然災害が起きているので、どこの地域にいても常に情報のアンテナを立てておくことが必要な気がしています。スマートフォンやインターネットの活用は必要不可欠で、情報に疎いお年寄りの方たちにも同じ情報を伝えて行く必要があると思っています。先日、スペインで大洪水が発生して多くの方たちが亡くなりました。その原因は、国の対応が遅れて、予め被災地の方たちに大洪水の危険性を周知できなかったことと、経験したことのないほどの大洪水に見舞われたために、本来はより高い土地に逃げるべきだったところを、より低い土地に車で逃げてしまったために、車の中で亡くなった人たちが多かったことだと言われています。災害大国である日本は、過去の複数の苦い経験から学んだことを、既に世界中の人たちに伝えて行くだけの準備が整っているようで、日本からスペインに派遣された専門家もいると聞いています。多くの情報が溢れる世の中ではありますが、自然災害が多い中で、いざというときに使える予備知識を蓄えておくのは意味のあることだと思っています。ちなみに、大洪水の被災地を訪問したスペインの国王と女王、そして首相に対し、国の対応が遅れたことに不満を募らせた被災者の方たちが泥を投げつけたというニュースが報道されており、一部のメディアには、国王と女王は泥を投げつけられても地元の人たちとのコミュニケーションを取り続けたが、国王は逃げて無事だったと書かれていました。しかし、スペイン在住のCambly講師によると、右翼側のメディアと左翼側のメディアでそれぞれ別のことが書かれており、実際には首相も逃げずに泥を浴びたままだったそうです。(苦笑)ところで、昨日、発生した四国の大停電は自然災害ではなかったようですが・・・・・・。(苦笑)愛媛にある私の実家も停電したようで、突然、家の中が真っ暗になったので、父は家のブレーカーが落ちたのか、それとも近所も同じ状況に陥っているのかがわからなかったそうです。それを確かめるために父が家の外に出てみると、近所の人たちも同じように家の外に出ていたので、家のブレーカーが落ちたのではないことがわかったそうです。停電は、40分ほどで復旧したと言っていました。真っ暗な状況の中で停電が復旧するのを待ち続けるのは不安だったと思います。こうした事態に供えて、普段から電池や充電により動作する明かりを用意しておくと安心ですね。必要に応じて、スマートフォンに付属のLEDライトを一時的に活用するのもありかと思いました。


 ミルクバーで昼食を取った私たちは、ワルシャワ中央駅から歩いて15分ほどのところにあるというワルシャワ鉄道博物館を目指した。大量の鳩たちに見送られながら、線路沿いの道路をずんずん歩き、ようやく目的地に到着した。暑かったので喉の渇きと疲労感が激しく、実際には15分以上歩いた気がした。このワルシャワ鉄道博物館は、現在のワルシャワ中央駅の前身となる駅があった場所を再利用して公開されているもので、海外からの鉄道車両も多く展示されている。何と、大砲を備えた軍用列車も展示されていた。そんなものものしい雰囲気とは裏腹に、鉄道の旅が楽しいと思わせるような乙女チックな展示もあった。大人も子供も楽しめる空間ではあるものの、実際の展示内容はかなり中身の濃いものであるように思えた。

 行きは歩いたので、帰りはトラムに乗った。トラム乗り場では、日本では見かけない鳥がちょこちょこ歩き回っていた。さて、私たちの旅もいよいよ終盤を迎え、翌日には帰りの飛行機に乗る予定になっていた。そのため、空港への移動を考え、トラムの乗車券は24時間利用可能なチケットを購入しておいた。翌日の移動も、同じチケットを活用するためである。帰りの飛行機に乗るまで少し時間があるので、それまでは観光を続ける予定だった。

 宿泊しているAirbnbがある地下鉄の駅周辺までトラムに乗り、駅前で買い物をしてからAirbnbに戻った。普段、日本でガンモと一緒にウォーキングをしても、一日数千歩程度しか歩いていないというのに、こうして旅に出ると、一日のうちに1万数千歩ほど歩くことになる。そのため、夜はぐったりしてしまい、外食するエネルギーは残されていなかった。外食をする代わりに、私たちの夕食は、スーパーでサンドイッチを購入して済ませることが多かった。サンドイッチと言っても、日本で売られているような食パンに食材を挟んだサンドイッチではなく、フランスパンのような比較的長めのパンにいろいろな食材が挟み込まれたサンドイッチである。

 相変わらず、夜はひどくにぎやかなAirbnbだったが、扇風機やエアコンのない部屋だったので、暑さのために窓を閉めることはできず、窓を開けたままで寝て、ワルシャワで過ごす最後の朝を迎えたのだった。

※今回も、私が撮影した動画をご紹介させていただきます。よろしければご覧ください。

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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 時間制の乗車券は意外と便利だと思いました。ただ、日本のように乗車券のチェックが厳密ではないのですが、だからと言って、乗車券を購入せずに利用すると、ペナルティが高くつくみたいですね。

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2024.09.22

トイレ/シャワー付き寝台列車に乗って、チェコからポーランドまで大移動

チェコで過ごす最終日/朝食、地下鉄、共産主義博物館、トラムの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先週に引き続き、今回も三連休ですね。皆さん、いかがお過ごしでしょうか。私は、ガンモと愛媛の実家に帰省しています。元旦に大地震に見舞われた石川県の能登地方が、今度は大雨に見舞われてしまっているようですね。既に犠牲者が出ているとの報道がありますが、どうかこれ以上、新たな犠牲者の数が増えないことを祈るばかりです。行方不明になっている方たちの無事が確認されることを祈っています。これからは、命を守る行動とはどのようなものなのか、普段から意識しながら生きて行く必要がありそうです。誰もが最悪の事態を想定し、自分たちや家族の身を守る行動をして行かなければならないですね。


 チェコで過ごす最終日の夜、私たちはプラハ本駅構内の手荷物預かり所に預けていたスーツケースを受け取り、チェコ国鉄のラウンジへと向かった。これから私たちは、寝台列車に乗ってポーランドへと向かうのである。寝台列車で二等席を利用するため、ラウンジを利用できるというわけだ。ラウンジの入口で寝台列車の切符を提示して、空いている席に座った。カプチーノを飲みながら、しばらくゆっくりしたあと、寝台列車が発車するプラットフォームが決まったので、ラウンジを出て、プラットフォームへと向かった。

 寝台列車の発車時刻は22時過ぎとなっていたため、おそらく私たちがプラットフォームに向かったのは22時前だったと思う。それにもかかわらず、プラットフォームに向かう通路はたくさんの利用客でいっぱいだった。

 ガンモは、寝台列車を牽引する機関車を撮影するとかで、寝台列車の先頭車両まで行き、写真を撮っていた。機関車の写真を撮ったあとは、自分たちが乗車する車両まで移動し、切符を見せて乗車した。チェコ国鉄はアプリからチケットを購入することができるようになっていたので、これまで乗車したチェコ国鉄の切符は、すべてアプリから購入していたのだが、寝台列車の場合は、スタッフに紙の切符を見せなければならないらしい、ということがわかったため、ガンモは日本人の代理エージェントに頼んでチケットを購入してもらい、送ってもらったようだ。

 寝台列車には、車両ごとに専属のスタッフがいる。私たちの車両の世話をしてくださるスタッフは女性だった。その女性が、翌朝の朝食も部屋に運んでくれた。

 私たちが利用する部屋には、二段ベッドとトイレ/シャワーが完備されていた。寝台列車に乗るときは、毎回、ガンモが下段に寝て、高所恐怖症の私が上段に寝ることになっている。下段のほうが、いろいろな写真が撮れるので、鉄道愛が強いガンモ向けになるのだ。

 寝台列車は22時過ぎにプラハ本駅を出発すると、翌朝6時過ぎに私たちが下車するポーランドのクラクフに到着する。クラクフが終点ではないため、私たちは下車する時間までに荷物をまとめて降りる準備をしておかなければならない。寝る前にシャワーを浴びて、それからぐっすり寝て、翌朝配達される朝食を受け取って、クラクフに着くまでに朝食を食べ終えて下車の準備をするとなると、やや忙しくなりそうで少し心配になったが、列車が30分ほど遅れていたために、気持ちには少し余裕ができた。

 身体を洗うためのシャワーは、手洗い用のシンクを横にずらすことで利用することができた。やはり少し狭い気はしたものの、暑い夏の旅行中にシャワーを浴びられるのはありがたいことだと思った。

 驚いたことに、ガンモも私も、これまで利用した寝台列車の中で一番深く眠ることができた。ガンモ曰く、揺れが少なかったからだという。日本の寝台列車は、一度停車したあと、次に発車するときの揺れがひどいのだが、今回私たちが利用した寝台列車ではそのようなことはなかった。ガンモは、寝台列車を牽引する機関車の馬力が強いから、日本の寝台列車よりも揺れなかったのではないか、と分析していた。

 朝食が届いたので、一つ一つ味わいながらいただいた。ボリュームはかなりあったと思う。朝食後、私は下段のベッドに降りて、ガンモと一緒に走り続ける列車の車窓を眺めた。ガンモ曰く、ポーランドで寝台列車を牽引する機関車の付け替えが行われたらしい。そのため、ポーランドのクラクフに着いたら、またまた先頭の機関車を撮影したいとのことだった。

 寝台列車に乗って旅をする際に、日本では、寝ている間に別の国に着くことはあり得ないため、目が覚めたときに別の国まで移動しているというのは、とても不思議な感覚だった。移動するときに入国審査が要らないのも、ヨーロッパ旅行の醍醐味である。

 さて、私たちが乗った寝台列車がポーランドのクラクフに到着した。私たちは一晩過ごした部屋に別れを告げて、寝台列車を降りた。ガンモは私に自分の荷物を預けると、直ちにポーランドから寝台列車の先頭に連結されたという新しい機関車の撮影に行ったが、あろうことか、先頭とは反対の最後尾に向かってしまい、ポーランドの機関車の写真を撮ることができなかった。それでも、寝台列車で国境を超える大移動は、鉄道好きの私たちにとって、大満足の旅となったのだった。

今回も、私が撮影した動画を貼り付けておきます。よろしければご覧くださいませ。

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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 早いもので、帰国してから、一ケ月が経過しました。こうして日本でも、ようやく秋の気配が感じられるようになりましたね。秋が短くなってしまった分、思い切り楽しみたいと思います。

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2024.09.08

コンパートメント車両で行く、セドレツ納骨堂

チェコ/街歩き~カレル橋の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 残暑が非常に厳しいですね。十月の初めくらいまでこの残暑が続くのではないかというニュース記事を読み、絶望的な気持ちになっています。地球に向けてのレイキヒーリングを続けて行きたいと思います。


 プラハに到着して三日目の早朝、ホテルの部屋で「ポッポー」という電車の汽笛音が聞こえた。何とそれは、ガンモがタブレットにインストールしていたチェコ国鉄のアプリからの通知だった。私たちは滞在中にチェコ国鉄を利用することになっていたので、ガンモがチェコ国鉄のアプリを使って列車を予約してくれていたのだった。アプリの通知音に列車の汽笛音を採用するなんて、チェコ国鉄はなかなか粋な計らいをしてくれるではないか。アプリからの通知は、車両編成が変わったことと、それに伴い、予約していた座席番号が変わったことだった。車両構成としては、一列の向かい合わせの座席から、ハリーポッターの登場人物たちが乗っていたようなコンパートメント車両に変わったとのことだった。コンパートメント車両に乗車できるなんて、きっと楽しい旅になるに違いない。

 私たちはホテルで朝食を取ったあと、予約していた列車に乗るために、プラハ本駅まで歩いて移動した。ヨーロッパの鉄道は、日本と違って、列車が発車するプラットフォームが、出発の二十分ほど前に決まるため、駅に設置された電光掲示板を見ながら、あらかじめ予約しておいた列車がどのプラットフォームから発車するのかをチェックする必要がある。

 ようやく、私たちが乗車する列車のプラットフォームが決まった。プラットフォームに移動してみると、同じ列車に乗る人たちがたくさんいることがわかった。乗車する車両の入口を見つけたので、そこから乗り込んだところ、確かにコンパートメント車両で構成されていた。ただ、コンパートメント車両が横に広いため、まるで寝台列車のように通路が狭く、反対側から歩いてくる人たちを通してあげるために、ときどきどこかのコンパートメント車両の中に入って通路を空けなければならなかった。ガンモ曰く、アプリが示す進行方向と、列車を引っ張る機関車の位置が反対になっていたため、多くの人たちが自分の予約した席に移動するのに、同じ車両でも遠いほうの入口から乗り込んでしまい、車両の反対側まで移動する羽目になってしまったようだった。もちろん、私たちも例外ではなかった。

 何とか予約していた席に着席し、コンパートメント車両でおよそ一時間、ゆったりと過ごすことができた。途中、チェコ国鉄の車掌さんが切符の確認に来られたので、ガンモがチェコ国鉄のアプリを見せて対応した。チェコ国鉄のアプリがあれば、紙の切符を購入する必要がない。車掌さんにはアプリが表示しているQRコードを読み取ってもらうだけで良いのだ。チェコ国鉄は、日本よりも進んでいると思った。

 私たちはクトナー・ホラ駅で降りた。ここにはセドレツ納骨堂という、とても変わった納骨堂がある。どのように変わっているかというと、納骨堂の内装に人間の骨が使われているのである。チェコについて調べていたときに、セドレツ納骨堂が穴場の観光名所であることがわかり、こうしてやって来たのである。

 そもそも何故、人間の骨が内装に使われているかについては、チェコの穴場スポット!骸骨教会『セドレツ納骨堂』の行き方と詳細情報のサイトに詳しく書かれている。要約すると、13世紀頃に、セドレツの修道院長だった人がエルサレムを訪れ、イエス・キリストが磔になった丘と言われているゴルゴダの丘の土を持ち帰り、その土を共同墓地として使用されていた場所に撒いたという。そのことが中央ヨーロッパ中に広まり、その墓地への埋葬を希望する人たちが殺到したことに加え、14世紀から15世紀の間にペストの流行やフス戦争などで亡くなった何万人もの人たちがその墓地に埋葬されたそうだ。しかし、墓地が巨大化したことから、やがて地下に納骨堂が作られ、その後、19世紀になってから、当時の教会の持ち主が埋葬された人たちの骨を使って納骨堂を内装して欲しいと木彫家に依頼したことで、現在の形に収まっているらしい。ちなみに、納骨堂の中は、現在は撮影禁止となっているのだが、セドレツ納骨堂の公式チャンネルがYouTubeに存在しており、内装も公開されているので、ここでご紹介しておきたい。(実際に人の骨で装飾されているので、人の骨が苦手だという方は注意が必要かもしれない)

 実は私たちは、2009年にパリの地下墓地カタコンブを見学している。セドレツ納骨堂を見学したときも、パリの地下墓地カタコンブを見学したときと同じような気持ちになった。パリの地下墓地カタコンブの記事から、当時、私の私が感じたことを、以下に転記してみた。

・山積みされた人骨は、いくつものオブジェのように私たち観光客の心の中に響く何かを落として行った。私の中に芽生えたのは、肉体を出て行った魂は、もはやかつての肉体には執着していないという感覚だった。それと、たくさんの人骨が一箇所に集められることで、個は潰されているが、「大きな一つ」を生み出しているということだった。私たちは、肉体を持っている間は自由意思を持ち、全体の中の単なる一つの存在に過ぎないが、ここに集められた七百万体の無縁仏は、肉体から離れることで自由意思を手放し、全体で「大きな一つ」を形成していた。つまり、One of themからOneへの変貌を遂げたように思えたのだ。生きるということは執着し続けることで、肉体を離れるということは執着から解放されることなのかもしれないとも思った。

・(編集後記より)それにしても、積み上げられた人骨を初めて目にしたときは驚きました。最初のうちは、人骨を薪のように積み上げるなんて、死者に対して敬意が払われていないように感じたのですが、骨の種類ごとにきれいにまとめられているのを確認したとき、決してこれらの人骨が無造作に扱われているのではないと思い直しました。それに、ここに葬られていればたくさんの仲間たちと一緒なので、寂しくはないのではないか、とも思いました。更には、ここに収められた人骨は、自分への扱いが無造作であるとか、敬意が払われていないとかいうことはもはや気にせずに、次の段階へ進んでいると思いました。感じることや、考えるところの多い場所でありました。

 さて、セドレツ納骨堂をあとにした私たちは、大聖堂へと向かった。その途中にあるお店では、骸骨が飾られていた。また、お土産物屋さんでは、ドクロが売られていた。

 セドレツ納骨堂が死者のための場所であるとするならば、大聖堂は生きている人たちのための場所と言えるのかもしれない。大聖堂内はとても明るく、ポジティヴな雰囲気に包まれていた。涼しかったことと、座るための椅子もたくさんあったので、私たちはしばらくここで休んだ。ヨーロッパの教会らしく、宗教画や懺悔室などが展示されていた。

 その後、私たちは、再び歩いてクトナー・ホラ駅まで戻った。この駅のトイレは、タッチ・ペイが使えたので、小銭の持ち合わせがなくても利用することができた。実は、プラハ本駅からの列車を降りた直後にこのトイレを利用しようとしたときに、またしても小銭の持ち合わせがなくてあたふたしていたところ、小銭の持ち合わせがなかったチェコ人の女性が家族に助けを求め、そのチェコ人の家族の方が小銭を入れてくださり、私も一緒にどうぞと言ってくださった。とても有難かった。トイレ用の小銭は、トイレのドアを空けるためのものなので、ときどきこういったことが起こる。(または、トイレから出て来た人が、トイレの入口のドアを開けたままにして、トイレに入ろうとしている人を招いてくださることもある)

 トイレを済ませた私たちは再び列車に乗り、プラハ本駅まで戻った。帰りはプラハ本駅までの直通列車ではなかったので、途中の駅でまたまたコンパートメント車両の列車に乗り換えた。こうしてチェコの三日目が静かに過ぎて行ったのだった。

 今回も私が撮影した動画をご紹介させていただくことにする。鉄分がかなり多めになってしまっているかもしれないが・・・・・・。

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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人間の骨を内装に使うなんてとんでもないと思われるかもしれませんが、パリのカタコンブと同様に、骨はとても丁寧に扱われていました。そのため、安心して訪れても良い場所だと感じました。

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2018.08.22

イギリス国立鉄道博物館にある日本の地図に、四国を追加するミッション

ダブリンからホリーヘッドを経由してリバプールに入るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 残念ながら、今回の台風に直撃される地域もあるようですね。私たちが住んでいる地域も、明日が危険な状態です。テントの戸締りが不十分であったことに気付きましたが、今更どうしようもないので、運を天に任せるしかありません。皆さんのお住まいの地域も、どうか被害が最小限でありますように。避難したほうがいいかどうかは、早めに判断されたほうがいいと思います。


 リバプール滞在二日目は、朝からThe Beatles Storyに足を運び、ビートルズの歴史を学んだ。実は、十一年前にリバプールを訪れたとき、ここに行くのをスキップしてしまい、ずっと心残りだった。しかし、今回、ようやくリベンジできたというわけだ。The Beatles Storyは小さな博物館のような雰囲気で、当時の雰囲気を再現する形で様々な資料が展示されていた。

Thebeatlesstory

 The Beatles Storyを見学した私たちは、BritRail(イギリス国鉄)に乗って、ヨーク(York)にあるイギリス国立鉄道博物館(National Railway Museum)に足を運んだ。こちらも、十一年前に一度訪れている場所なのだが、今回は特別なミッションがあって訪問したのだ。その特別なミッションというのは・・・・・・。

 数か月前に、たまたまインターネットで公開されていた日本地図から四国が消滅。イギリス国立鉄道博物館が驚愕の展示の記事の存在を知ることになり、四国出身の私たちとしては、「これはいかん。現地に行って、四国の地図を追加しよう」ということになったのだ。

 リバプールからヨークまでは、電車で二時間ほどだった。私たちはBritRail Passを購入しているので、決められた期間内であれば、イギリス国鉄は乗り放題で、一等車両も利用できる。

 さて、現地に着くや否や、他の展示品には目もくれず、まっしぐらに新幹線の展示場所へと向かった。そして、そこに展示されている日本の地図を確認してみると・・・・・・。何と、驚いたことに、既に四国が追加されていたのだ。

Thenationalrailwaymuseum

 実は、今回のアイルランド、イギリス旅行を企画したとき、ガンモは四国の地図を追加すべく、白い厚紙に四国の地図を描いてハサミで切り取り、準備していた。それを自撮り棒に貼り付けて、四国が削除されている地図の前で記念撮影をする予定だったのだ。そんな準備をしていたために、四国が追加されていることを知ったガンモががっかりしたのは言うまでもない。

 ガンモが、この地図がいつ更新されたのか知りたいと言うので、スタッフに聞いてみた。すると、「展示している地図は、こちらで用意したものではなく、日本のJRからもらったものだ」とのことだった。更に、「我々は日本の地図をコントロールしているわけではない」ともおっしゃっていた。具体的に、地図がいつ更新されたのかは聞きそびれてしまったのだが、どうやらイギリス人が日本の地図から四国を勝手に除外してしまったわけではないらしい。

 四国出身の私たちとしては、四国が追加されていてうれしいような残念なような、とても複雑な気持ちだった。

撮影した写真:

イギリス国立鉄道博物館にある日本の地図に、四国を追加するミッション

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 四国の地図を用意していたガンモはかなりショックを受けていました。とは言え、用意した四国の地図は、現地のものとは縮尺が違っていたので、実際に追加しようとするとアンバランスになっていたことでしょう。(笑)JRが用意した地図に最初から四国がなかったのは、やはり新幹線が通っていない地域であるからなのかもしれませんね。

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2017.12.16

吊り橋からの気付き

ホットヨガ(六一三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日から二泊三日の予定で、ガンモと一緒に静岡県のキャンプ場に来ています。今回のメインはキャンプではなく、大井川鉄道を堪能するために来ました。そう、機関車トーマスです。残念ながら、機関車トーマスには乗れなかったのですが、別のSLに乗車しました。SLのことはさておいて、今日は大井川に架かる吊り橋のことを書いてみたいと思います。


 私たちは、大井川鉄道のとある駅の近くにあるキャンプ場を選び、テントを張った。キャンプ場からその駅まで行くには、キャンプ場近くの大井川に架かっている長い吊り橋を渡らなければならなかった。吊り橋の長さは何と二二〇メートルもあり、しかも、足場となる木の板は、橋の中央部分にしか施されていない。吊り橋の両端は、何と間隔の広い鉄の棒なのである。ただでさえ私は高所恐怖症だというのに、橋の両端に足場のない吊り橋など渡れるのだろうか。橋は端ではなく真ん中を渡る。まるで一休さんのとんちである。そう思いながらも、その吊り橋を渡るのが大井川鉄道の駅まで行くのに一番の近道だということで、何とか奮い立たせて渡ることにした。

 ガンモは高所恐怖症の私を気遣って、自分よりも先に私を歩かせてくれた。橋は私が歩くと揺れた。しかし、手すりとも言えない鉄の太い線に掴まりながら、できるだけ下を見ないようにして、何とか渡り切った。

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 途中、最も怖かったのは、大井川の水が見えている場所ではなく、自動車が走っている道路の上だった。落ちてしまうことを考えたときに、下が川ならばまだ救われるとでも思っていたのだろうか。理由は良くわからないのだが、とにかく道路の上を渡るときが一番怖かった。

 ちなみに、橋の反対側から来た人との待ち合わせをするためなのか、ところどころ、橋の真ん中に施された木の板が広いところがあった。幸い、私たちが渡っている間は、橋の反対側から誰も渡って来なかったので救われたのだが、もしも橋の反対側から誰かが歩いて来たなら、迷惑をかけたくないと思い、取り乱してしまっただろうと思う。

 さて、大井川鉄道では、今日から機関車トーマスのSLが運航されていた。トーマスだけでなく、トーマスの仲間たちの機関車も走っていた。私鉄にしては、なかなか盛大なイベントだと思った。

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 大井川鉄道は、他の会社線で活躍していた車両を譲り受けて再利用しているようだった。近鉄や南海、東急などの懐かしい車両が現役で走っていた。

 ところで、私たちは、帰りもこの吊り橋を渡ることになった。しかも、帰りは十八時前だったので既に外は暗かった。帰りに暗くなることを考えていなかったので、私たちはヘッドライトも懐中電灯も持っていなかった。昼間の明るいときにさえ怖かった吊り橋を、ライトもない夜に渡ろうというというのである。

 実は、五百メートルほど迂回すれば、自動車も通れる橋があったのだが、そこまで歩く元気がなかったので、亡き母にお願いして、見守ってもらった。そのおかげで、暗い中でも吊り橋を渡ることができた。橋には明かりもなかったが、行きは最も怖かったはずの道路の上が、自動車のライトに照らされてほんのり明るかった。道路から離れた橋の中ほどまで進んでも、真っ暗闇というほどでもなく、何とか足場を確認できる状態だった。高所恐怖症なので、むしろ下が見えてしまう昼間のほうが怖かったかもしれない。

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 この橋を渡って気付いたことがある。それは、信頼すれば恐怖心は薄れるということだった。言い換えると、信頼しないことが恐怖心に繋がっているということだ。亡き母に見守ってもらったことで、私は亡き母と橋の安全性を信頼した。だから、暗い中でも無事に渡ることができたのだと思う。

 また、真ん中だけに足場となる狭い板があるということで、嫌が応でも自分の歩き方を意識することになった。橋の真ん中に足が乗らなければ、橋から落ちることはないにしても、足を踏み外してしまうからだ。足を一歩ずつ踏み出すときに、踏み出す足の位置に左右差があることや、身体が片方に傾きがちであることに気が付いたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 祖谷のかずら橋を渡ったことがありますが、怖くても、今回の橋のように長くはなかったと思います。恐怖心があると、なかなか信頼もできないのですが、思い切って信頼すると、思っていたよりも自分の力を引き出すことができた気がします。これからも、この気付きを他のことに応用して行きたいと思います。

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2017.09.09

ユーレイルパスを活用して鉄道の旅を楽しむ(2)

ホットヨガ(五九九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m やはり暑さがぶり返したのか、昼間はとても暑かったですね。テントの中がまだ暑いので、今はルーフバルコニーでこの記事を書いています。夜になり、少し風が出て来ました。今日はガンモの仕事が休みだったので、予約していたホットヨガのレッスンをキャンセルして、二人でまったり過ごしました。ガンモがゴーヤチャンプルーを作ってくれたので、一緒に食べました。二人とも、夏休みの旅行をまだ引きずっています。もっと余韻を味わいたかったのに、すぐに仕事が忙しい状況に戻ってしまったからかもしれません。


 ミュンヘンへの滞在四日目、私たちはユーレイルパスを活用して、フュッセンまで出掛けた。フュッセンは、ミュンヘン中央駅から快速列車でおよそ二時間のところにある。例によってユーレイルパスでファーストクラスに乗車できるので、しっかり利用した。

 それほどマイナーな路線ではないと思っているのだが、列車が発車するホームが二十九番線となっており、他の列車よりもホームが遠いところにあった。しかも、他のホームを通過した奥のほうにあったので、駅に貼り出されている地図で確認しなければ、きっとわからなかっただろうと思う。

撮影した写真はこちら:


ユーレイルパスを活用して鉄道の旅を楽しむ(2)

席にゴミ箱が付いているのがヨーロッパの列車の特徴である。利用客にとっては便利だが、列車の清掃係の人たちは大変だろうと思う。

 二時間ほど乗車したので、途中でトイレを利用しようと思い、二階席からトイレのある一階席に降りた。トイレをノックしようとすると、近くに座っている女性に、
「並んでいます」
と主張されてしまった。なるほど、トイレの近くに補助席のようなシートがあり、そこでトイレが空くのを待っているようだった。とは言え、一般の利用客との区別はどうすればいいのだろう? その人は何も言わずにただ静かに待っていただけなのだから、その人が待っていることを私が知る由もなかったはずだ。

 トイレの順番待ちをしている人は、その人以外にもいた。確かに、注意して観察していれば、何となく順番待ちをしている人の雰囲気がわかる。私は、二人の女性が終わってから利用した。しかし、私が利用するまでの間に、トイレを利用しようとやって来た別の女性に割り込みされそうになり、先ほど「並んでいます」と主張した女性の気持ちを一瞬で理解することができた。

 トイレから席に戻った私は、ガンモにもトイレの利用を勧め、「暗黙的にトイレの順番待ちをしている人がいるから気を付けて」と助言しておいたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 列車のトイレは無料なので、目的地に着くまでの間に利用しておいたほうがいいのですが、考えることはみんな同じのようで、トイレはとても混んでいました。

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2017.09.03

ユーレイルパスを活用して鉄道の旅を楽しむ(1)

ドイツで食べたサンドイッチの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日中はまだまだ暑いですが、日中でも日陰で過ごすと涼しいですね。この週末は、主に映画を観て過ごしました。夏休みの旅行のときに、国際線の飛行機の中で映画を鑑賞するのを楽しみにしていたのですが、残念ながらハリウッド映画ばかりで私の好みに合わず(苦笑)、鑑賞しても満足感がありませんでした。しかし、自宅で映画を鑑賞すると、作品の選択肢が広がるので、とても満足することができました。おかげで心が豊かになったのですが、映画を鑑賞し過ぎて、平日から引きずっていた寝不足がまったく解消されなかったのは問題です。(苦笑)さて、今回の旅行中、旅行アルバムへの投稿がなかなかできなかったので、この週末を利用して、今回の記事でご紹介する旅行アルバムも含めて二冊ほど作成しました。以前、旅行に出掛けていた頃は、「ガンまる日記」も毎日更新しながら、旅行アルバムも同時に更新していた記憶があります。今の私にはとても無理です。(苦笑)わずか五年前のことですが、今よりも若かったからこそ可能だったのかなと思います。


 今回のミュンヘン、ウィーン旅行では、ユーレイルパスを活用してあちらこちら出掛けたので、そのことを書いてみたいと思う。

 ユーレイルパスは、ヨーロッパに居住していない人が購入できる、ヨーロッパの鉄道のファーストクラスとセカンドクラスの乗り放題切符である。日本に例えて言うと、新幹線のグリーン車に乗り放題できる切符だと言っていいだろうか。日本から申し込むことができるので、旅行の前にあらかじめガンモが申し込んでいた。ユーレイルパスは、用途によって様々なタイプのものを選択することができる。今回、私たちが申し込んだのは、ドイツとオーストリアの二カ国で合計四日間使用できるユーレイルパスである。価格は、二人で二人で四五八ユーロ(約五万八千円)である。これに手数料が掛かるので、ガンモによると、実際に支払ったのは六万円くらいだそうだ。ちなみに、日本のJR六社も、外国人観光客向けにJapan Rail Passという鉄道乗り放題切符を販売している。

 ユーレイルパスは、これまでにも何度か使用している。ユーレイルパスを実際に使用し始めるときには、切符の有効化(ヴァリデーション)が必要なので、私たちはユーレイルパスを使用する日の朝に、DB(Deutsche Bahn, ドイツ鉄道)のサービスセンターに足を運び、ヴァリデーションをお願いした。DBのサービスセンターはひどく混雑していた。番号札を取り、三十分くらい待っただろうか。無事にヴァリテーションも完了し、晴れてユーレイルパスを使用できることになった。

撮影した写真はこちら:

Lrg_11278209
ユーレイルパスを活用して鉄道の旅を楽しむ(1)

 四日間使用できるユーレイルパスのうち、最初に向かったのは、ニュルンベルクである。利用したのは、ドイツ新幹線のICE(イー・ツェー・エー)である。実は、ICEには、これまでにも何度か乗車している。ファーストクラスを利用できるので、空いている席を探すべくファーストクラスの車両に足を運んだのだが、残念ながらどこも予約済だった。その席が既に予約済であるのかどうかは、座席番号のあたりにある小さなディスプレイで確認することができる。その席が予約されていれば、どこからどこまでが予約済と表示されている。

 仕方がないので、誰も来ないことを祈りながら、予約済の席に腰を下ろした。少し不安なので、車掌さんにユーレイルパスを提示して、「この切符でここに座れますか?」と尋ねてみた。すると、車掌さんは、「座れますが、予約している人が来たら立つことになりますよ」とおっしゃった。私たちが利用するのは、ICEの停車駅で一駅分だったので、このまま誰も来ないことを祈っていたところ、運良く誰も来なかった。

 ミュンヘンを出て一時間ほどでニュルンベルクに着いた。そこで一日観光をしたあと、再びICEに乗ってミュンヘンまで戻ったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ドイツ新幹線のICEで一時間ほどの距離ですから、日本で言うと新神戸から岡山くらいの移動量だったのでしょうか。もっと遠い距離を移動したほうがお得感が出るのかもしれませんが、そうなると、観光の時間が短くなってしまうので、なかなか難しいところですね。

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2016.08.21

三笠鉄道村で鉄分補給

映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たちが北海道旅行から帰って来た二日後くらいから、台風が次々に北海道を襲っているようですね。北海道にお住まいの皆さん、そして北海道を旅行中の皆さん、台風お見舞い申し上げます。一日も早く、北海道の皆さんが「日常」を味わえる日々が来ますように・・・・・・。それでは、小樽にある一泊わずか五百円のキャンプ場の続きをお届けしたいと思います。


 小樽にある一泊わずか五百円のキャンプ場をチェックアウトした私たちは、しばらく一般道を走ったあと、札幌西インターから三笠インターまで高速道路を利用した。途中の岩見沢サービスエリアで休憩を取ったとき、食べ頃のメロンが一個千円で販売されていたので、一緒に販売されていたトマトとともに購入した。

 三笠インターで高速道路を降りた私たちが向かったのは、三笠鉄道村である。ここは、鉄道を身近に感じることのできる施設で、今では引退した車両が展示されていたり、SLやミニ新幹線などにも乗車することができるようになっている。似たような施設が全国のあちらこちらにあるが、三笠鉄道村の面白いところは、クロフォード公園と呼ばれる三笠ゾーンと三笠鉄道記念館のある幌内ゾーンに会場が分かれていることだ。しかも二つの会場は、自家用車で移動しなければならないほど離れている。

 私たちはまず、クロフォード公園の三笠ゾーンを軽く見学したあと、三笠鉄道記念館のある幌内ゾーンへと移動した。幌内ゾーンでは、一人三百円支払ってSLに乗車した。北海道といえども暑い日だったので、SLに乗車したときもひどく暑かった。SLは、汽笛を鳴らしたあと、構内の線路を少し移動し、間もなく折り返した。やはり子供さん連れのご家族が多かった。

 私は、上からまたがるミニ新幹線に乗車したかったのだが、あまり時間がなかったので見送った。他に、トロッコ列車にも乗車できるようだった。

 この施設で私なりに面白いと思ったのは、国鉄時代のディーゼル機関車柄の軌道自動車を見ることができたことだ。同じ柄のディーゼル機関車を知っている人にはたまらないデザインだろうと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、三笠鉄道村で鉄分補給をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この日はとても暑い日でしたので、SLの中も暑かったですね。北海道の夏が涼しいというイメージは、この日に崩れ去ってしまったのでした。

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2016.07.24

四国鉄道文化館を見学する

ホットヨガ(五二二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日は大阪の難波(なんば)まで出掛けて、まちのオフィスで一緒に働いていた人たちとの飲み会に参加して来ました。いなかのオフィスでの勤務に慣れてしまうと、大阪という街はこんなにも都会だったのかと実感してしまいます。お店の場所もすぐにはわからず、たまたま立っていた警備員さんに道を教えていただきました。ガラケーの地図アプリでは、見知らぬ場所に移動するのはそろそろ限界だと感じてしまいました。(苦笑)ちなみに昨日は私の誕生日で、とうとう、うんじゅう一歳になってしまいました。さて、みかん山のモノレールの記事のあとがきに、「今回の記事で、二〇一三年のゴールデンウィークの四国旅行の記事が完結しました。長らくお付き合いくださいまして、ありがとうございました。」と書いたのですが、実はまだ続きがありました。(苦笑)これからお届けしたいと思います。


 実家に一泊した私たちは、伊予西条(いよさいじょう)駅前にある施設案内|鉄道歴史パーク in SAIJO【愛媛県西条市】に足を運んだ。ここに小さな鉄道博物館があるのを、以前からポスターで確認していたのだ。

 高校時代、私は自宅の最寄駅からこの伊予西条駅まで往復したものだった。列車は、およそ一時間に一本しか運行されていなかったため、乗りたい列車を一本逃すと、次の列車まで一時間待たねばならなかった。今は、そのようなタイムテーブルではなく、列車の車両構成が短くなった代わりに、列車の本数が増えているらしい。ということは、今の私の後輩たちは、次の列車まで一時間も待たなくていいのだろう。

 そんな伊予西条駅の駅前に、「とらや」という老舗のお菓子屋さんがある。そこにあの『千の風になって』の秋川くんのポスターが貼られていると思ったら、どうやらそこが彼の御用達のお店らしい。そう、秋川くんは、私と同郷なのだ。ポスターにつられて、私も「とらや」に入ってみたのだが、すぐに欲しいと思えるお菓子がなかったので、何も買わずに店を出てしまった。

 さて、伊予西条駅のすぐ隣には、いつの間にか大きな建物が建っていて、その中に四国鉄道文化館があった。どういうわけか、入口で靴を脱いで入るという不思議な作りになっていた。

 やはり、一番に目に入るのは、0系新幹線だろう。その隣にはDF501 ディーゼル機関車が控えていた。

 今回、写真を整理しながら、施設案内|鉄道歴史パーク in SAIJO【愛媛県西条市】のサイトにアクセスして気付いたのだが、何と四国鉄道文化館には北館と南館があり、私たちが訪れたのは南館だけだったということがわかった。要するに、手前の施設だけ見学して、奥側にある北館を見学しなかったのだ。そのことに気付いてしまったので、またいつかリベンジしようと思っている。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、四国鉄道文化館を見学するをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 0系新幹線は、人々に愛されるデザインですよね。しかし、最近の新幹線には愛着が沸きません。(苦笑)デザイン性が高いことと、人々に愛されるデザインは、別物なのではないでしょうか。

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2016.05.26

JR岡山駅の複雑な事情

映画『ラブリーボーン』(再鑑賞)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は、仕事帰りに英会話カフェに寄ったのですが、参加者のレベルが高くてほとんど話すことができませんでした。(苦笑)何をしに行ったのやら。もっともっと勉強が必要だと思いました。


 以前に比べて、日本を訪れる外国人観光客の数が増えていることは、皆さん、ご存じのことと思う。ゴールデンウィークに利用したJR岡山駅にも、実に多くの外国人観光客がいた。

 外国人観光客を見掛けると、彼らの役に立ちたい衝動に駆られる。そんなふうに思っていたからか、JR岡山駅のホームである外国人観光客に声を掛けられた。列車のチケットを見せられ、この列車に乗りたいが、どのホームから発車するのかと聞かれた。外国人観光客が持っていたのは、鳥取行きの特急列車のチケットだった。しかし、良く見ると、既にその特急列車は三十分前に発車してしまっていた。幸い、購入されていたのが自由席特急券だったので、次の特急列車に乗るように促したのだが、私の発音が悪かったのか、なかなか通じなかった。そこで、紙に書いて説明したところ、ようやく通じた。

 その方はアジア系の外国人で、おそらくタイかシンガポールから来られている人だったと思う。もしかすると、列車が時刻通りには発車しない国のご出身なのかもしれない。私は、ホームに掲示された時刻表を確認し、そのホームからおよそ一時間半後に鳥取行きの特急列車があることがわかったので、それに乗るように促した。

 しかし、あとから気付いたことだが、私が案内したホームからは、鳥取行きの特急列車は発車しないことがわかった。ホームにある時刻表で確認したのだが、その時刻表は向かい側のホームの時刻表だったのだ。すなわち、向かい側のホームの時刻表が反対側のホームにも掲示されていたのである。しかし、そのことに気付いたのは、私自身が既に列車に乗ったあとだったので、もはやあとの祭りだった。彼は無事に鳥取行きの特急列車に乗車することができたのだろうか。乗車する前に、誰か他の人に確認してくれていることを祈るばかりだった。

 他にも、JR岡山駅のホームは、外国人観光客にとっては、様々な条件付きの仕様になっている。例えば、韓国人観光客らしい若者から、姫路に行きたいが、どの列車に乗ればいいのか尋ねられたとき、ちょうどその直後にホームに入って来たのは、姫路までは行かず、途中の相生(あいおい)までしか行かない列車だった。そのことを彼らに教えてあげなければならなかった。そこで彼らには、この列車は姫路の手前の相生までしか行かないので、相生で乗り換えるように促した。

 ところが、彼らがこれから乗車しようとしている列車の行き先を伝えて、乗り換えについても案内したあと、彼らが乗車しようとしている列車は、JR岡山駅で車両の切り離しが行われることがわかった。乗客に対し、ホームの足元番号○番から△番の間に移動するようにアナウンスが入った。彼らは日本語が聞き取れるのか、他の利用客に倣(なら)い、場所を移動していたが、私はこんなことがあろうとは思っていなかったので、何とも複雑な事情だと思った。日本語がわかる日本人でさえ、理解するのはなかなか難しい。

 とは言え、すべての列車を同じ車両構成にした上で、姫路行きに変えてしまうわけには行かないのだろう。それならば、せめて、英語でアナウンスするなどして、もう少し国際化を頑張って欲しいものだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしかしたら、特急列車を逃してしまった外国人観光客は、私が案内したのと同じように、他の人からも、「このホームからその特急列車が発車しますよ」と案内されたために、目的の特急列車に乗車できなかったのかもしれません。もし、そうだとしたら、とても気の毒です。

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