日常

2006.08.27

休日のデスクワーク

 ハワイから帰って来た翌日に金沢まで出掛け、金沢に着いたの日の夜の寝台特急北陸で上野まで出て、二日間連続で行われた野外コンサートに参加した。関東地方から青春18きっぷで帰宅したあとは、夏休み明けの仕事をこなし、ようやく迎えた週末は、二日連続でホットヨガのスタジオへと通った。そんな怒涛の日々から肉体を解放し、今日は、八月に入ってから、初めて自宅でのんびりできる休日となった。

 このような慌しい毎日を過ごしていても、時間に追われているという感覚はなかった。好きなことをしているという充実感があったので、自分を見失うこともなかったのである。ただ、楽しかった夏休みが終わり、特別だった非日常から日常へと移行しつつも、ハワイで撮って来た写真をいつまでも整理できないでいるということは、ハワイで過ごした特別な時間が非現実的なものとなり、どんどん遠のいてしまうような気がしていた。そのためにも、デジタルカメラに収めたハワイの写真を確認することで、ハワイで過ごした時間を確実なものにしておきたかった。

 私は、ノートパソコンに保存していたハワイの写真を、自宅で使用しているデスクトップパソコンにすべて転送した。デジタルカメラの画像整理は、デスクトップパソコンの大きな画面で編集するのが一番いいのである。デスクトップパソコンの画面に大きく広がるハワイの海と、日本では見られないほどクリアで青い空。ああ、写真が証明する通り、私たちは本当に、夏休みをハワイで過ごしていたのだ。私は、ハワイで撮影した何百枚もの写真を確認しながら、私たちがともに過ごした夏休みを取り戻した。

 仕事が休みだったガンモも、去年出掛けた旅の整理がようやく終わったようだ。ガンモはクリアファイルに、旅行に出掛けたときに乗車した列車番号や乗車した列車の時刻表、その土地でもらったパンフレットなどをきれいに整理してまとめている。久しぶりにのんびりできる休日に、私たちはお互いデスクワーク(?)に励んだのだった。

 旅行と言えば、ガンモが旅行のブログで交流している人に、定年退職された方がいる。その方も、私たちと同じくらいのペースでご夫婦で旅行に出掛けられている。その方が、先日、ガンの手術をされた。しばらくは安静にしておかなければならないというのに、じっとしていると、とにかく旅行に出掛けたくてたまらないのだそうだ。八月いっぱいは旅行に出掛けるのを控えるつもりで静養していたが、とうとう我慢し切れずに、行き先も決めず、奥さんと一緒に家を飛び出したそうだ。そして、フェリーに乗って突然決めた目的地に向かって行こうとしたが、乗ろうとしていたフェリーが満員のため乗船することができず、やむなく行き先を変更し、旅を楽しんだとか。

 旅行好きでない人が聞いたら、それこそ呆れ返るような内容だが、私たちには、鉄砲玉のように家を飛び出して行ったその人の気持ちが痛くわかる。旅行が好きな人は、既に旅行のペースが出来上がっている。一度訪れたら、なかなか忘れられない土地がある。非日常と日常の繰り返しをメリハリにしながら生きている。そのために、普段の仕事を頑張る。もちろん、たまには自宅でのんびり過ごす休日も必要なのだが。

 旅行が好きな人は、頻繁に旅に出掛けても、旅の様子を記録する。風景をカメラに収めたり、ガンモがいつも実践しているように、乗車した列車の車両番号を控えたり、時刻表を整理したり。旅に出掛けて外の世界を体験したあとは、デスクワークでじっくりとおさらいする。旅好きの人には、このようなサイクルが出来上がっている。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 少しだけ整理したハワイの写真をまるみNatureに掲載しました。自然をテーマに集めた写真です。まだまだたくさんの写真がありますので、整理が付き次第、ご紹介させていただきます。

※「ガンまる日記」をお借りしているココログの週間ココログガイドというページで、「ガンまる日記」をご紹介いただきました。ココログのスタッフ様、ありがとうございます。紹介文を拝見し、その的確な描写に驚きました。丁寧に読んでくださらないと書けない紹介文だと思いました。とても丁寧に読んでくださってありがとうございます。ココロより感謝致します。m(__)m

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2006.02.09

幻の四連休

 カレンダーを見ながら、
「三月の二十日に休暇を取れば、四連休になるじゃん」
とガンモが言った。それ以来、ガンモの頭の中は旅の計画でいっぱいだったらしい。

 しばらくして、
「四連休は東北に行くから」
とガンモが言った。東北地方に、三月末で廃線になってしまう路線があるので、乗り潰しておきたいと言う。私が、
「じゃあ、東北のラジウム温泉に行くのも計画に入ってる?」
と聞くと、
「残念。そこまでは時間が取れない」
などと言う。何ということだ。せっかく東北まで足を運ぶというのに。福島のやわらぎの湯とか、秋田の玉川温泉に入れるわけじゃないのか。

 「それなら行かない」
と私はすねてみた。実際、何だか気乗りがしなかったのだ。四連休といえども、広い広い東北を回るには、あまりにも短すぎる期間だったからだ。

 「九州の霧島だったら行ってもいいよ」
と私は言ってみた。霧島温泉は、硫黄が強くて身体にいいと本で読んだことがある。だから私は、密かに霧島温泉に行きたい気持ちに駆られていたのだった。ガンモは路線図を見て、霧島温泉の位置を確認したあとこう言った。
「残念です。霧島温泉のある肥薩(ひさつ)線は、もう乗り潰してます」
「ええっ?」
私は目を丸くした。確かに、二〇〇四年の夏のガタンゴトンツアーで、九州の一部の路線を、ガンモと一緒に乗り潰した。せっかく四連休にするのだから、既に乗り潰しの終わってしまった路線に再び乗車することに対し、消極的になってしまう気持ちもわからないでもない。
「じゃあわかった。東北でいいよ」
「ホント?」
東北行きに関して、ようやく私が合意したので、ガンモはとても喜んでいた。

 ところが、後日、仕事帰りにガンモに電話を掛けてみると、ガンモがしょんぼりした口調でこう言ったのだ。
「休みを取って、わざわざ四連休にしなくていいから」
「えっ? どういうこと?」
「仕事が入った。だから、まるみも四連休にしなくていいから」

 何じゃ、そりゃ。自分が仕事で休みを取れなくなったからと言って、私も四連休にしなくていいとは何ごとよ。ガンモは、自分だけ働くのがシャクらしい。こうして四連休は幻になってしまったわけだが、ガンモの申し出に関係なく、私は四連休を取ることになるかもしれない。何しろ、わざわざ出掛けて行かないにしても、やりたいことはたくさんあるのだから。

※皆さん、いつも応援クリックを本当にありがとうございます。m(__)m

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2005.07.30

四十にして惑わず

 もうすぐ始まる夏休みに北海道に出掛ける予定になっている私たちだが、北海道に上陸する前に、ほんの少し青森にも立ち寄ることになっている。今日は二人とも仕事が休みだったので、のんびりとした休日を自宅で過ごし、夏休みの旅行の話で盛り上がっていた。そのとき、ふとしたことから、青森の県庁所在地はどこかという話になった。

まるみ:「青森の県庁所在地って、確か弘前だったよね」
ガンモ:「えっ? 何言ってんの? 青森は青森だよ」
まるみ:「ええっ? うそお?」

 自信に満ちたガンモの表情に驚き、慌ててネットで調べてみると、何と、ガンモの言う通り、青森の県庁所在地は青森だということがわかってしまった。私は、生まれてからこのかた(というのは、ちょっと大袈裟だが)、青森の県庁所在地は弘前だと信じて疑わなかったのだ。

ガンモ:「確かに弘前だったこともあるみたいだけど、それは、明治時代の話だから」
まるみ:「もしかすると、前世の記憶かなあ。ほら、横井庄一さんだって、戦争が終わったことを知らなかったでしょ? 私も明治時代の前世の記憶が塗り替えられないまま、ここまで来てしまったんじゃないかなあ」
ガンモ:「・・・・・・」

 良くもまあ、こんな言い訳を思いついたものだ。私は四国で生まれ育ったが、学生時代と社会人になってからの数年間を東京で過ごした。東京の人たちに、
「四国四県、ちゃんと言えますか?」
と尋ねると、ほとんどの人たちがちゃんと言えない。更に、四県を間違えずに答えてくれた人でも、県庁所在地となると、必ずと言っていいほどつまづいてしまう。私はその度にがっかりしていたものだったが、私だってこうして、東北地方のことを良く知らないのだ。

 何はともあれ、青森の県庁所在地が青森だったということが、四十歳にしてようやくわかった私であった。「四十にして惑わず」というのは、このことだったのか。いや、私は決して戸惑っていたわけではなく、弘前が県庁所在地だと信じて疑わなかったのだが。まあ、細かいことは、よしとしてしまおう。

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2005.05.17

パン食ってっから

 朝、私が出勤する時間になっても、ガンモはまだ帰宅しなかった。結局ガンモは、午前十時くらいに帰宅したらしい。夜勤、お疲れ様。

 ガンモの自転車がパンクしてしまったので、私はゆうべ、ガンモに自分の自転車を貸したのだ。だから私は、バスで出掛けた。仕事から帰って来たガンモは、一眠りしたあと、自転車のパンク修理を始めたようだ。機械いじりの好きなガンモは、自転車のパンク修理などのメンテナンスを、いつも自分で行っている。私が仕事を終えて電話を掛けると、ガンモは、
「パン食ってっから」
と言う。「パン食ってっから」というのは、もともと、「パンを食べているから」という意味なのだが、実は、またまたガンまる用語では、「パンク修理してるから」という別の意味を持っている。それは、ある聞き間違いから端を発している。

 ガンモはときどき仕事で淡路島に出掛けることがある。淡路島までは、明石海峡大橋を渡れば、我が家から一時間半程度で着く。ガンモは淡路島に行くとき、朝食のためのパンを持って、早朝に出掛けて行くのだが、途中で休憩しているときに私に電話を掛けて来る。私が、
「今、何してるの?」
と訪ねると、
「パン食ってっから」
と言う。私はその言葉が、
「パンクしてっから」
と聞こえてしまい、
「え? パンクしてるの?」
と心配して聞き返してしまった。ガンモは、
「違う違う。パンを食ってるの」
と私の聞き間違いを訂正した。

 それ以来、パンを食べているときには、
「パンクしてっから」
と言い、パンク修理しているときには、
「パン食ってっから」
と言うようになったわけである。

※7万ヒット、ありがとうございました。m(__)m それから、「精神世界のはなし」も、いつの間にか10万ヒットを達成してました。こちらも、ありがとうございました。m(__)m

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2005.05.11

前シッポの神様

 以前、飲み会の席で、プロジェクトメンバーの奥さんのお腹に、男の子の生命が宿っているか、女の子の生命が宿っているかの賭をしてしまった話を書いたと思う。私は男の子だと言い張り、部長は女の子だと主張したのだが、先日の検診で、男の子であることが判明したと言う。私が賭に勝ったら部長席に座れることになっていたのだが、それはまだ実現されていない。ただ、この賭はちょっと不謹慎だったかもしれないと、今となっては少し反省している。

 実は、同じプロジェクトメンバー同士で、昨年十月に結婚した女性もこのほど妊娠し、今月いっぱいで仕事を辞めることになっている。仕事の帰りに彼女と一緒になり、お腹の赤ちゃんの話になった。私は日頃、彼女と接しながら、彼女のお腹の中の赤ちゃんは、間違いなく男の子だと確信していた。しかし、そのことを彼女に言っていいものかどうか迷っていたのだが、彼女と二人だけだったので、思い切って口に出してみた。
「こんなこと言っていいものかどうかわからないけど、男の子だよね」
彼女は、私が確信した口調で言うので驚いていた。そして、
「実は、○○さん(彼女の夫の名前)と妹にしか話してないんですけど、お医者さんには、男の子だって言われたんですよ」
と言った。彼女に、
「どうしてわかるんですか?」
と尋ねられたのだが、
「一緒に仕事をしていればわかるよ。ああ、男の子なんだなって」
と答えておいた。

 お医者さんは、胎児におチンチンがあるかどうかで男の子か女の子かを判断すると聞いたことがある。確かに私も、男の子だとわかりやすい。以前、やはり同じ職場で女の子を出産された方がいたのだが、彼女の妊娠中、私は彼女のお腹の中にいる赤ちゃんの性別がわからなかった。性別がわからないときは、どこかはっきりしない、どんよりとした気持ちになってしまう。

 ガンまる用語でおチンチンのことを、「前シッポ」という。お医者さんは、前シッポがあるかどうかで男女を判別するが、私の場合、前シッポの神様と交信しているのかもしれない。だから、前シッポがある男の子しかわからないのだ。

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2005.05.08

後悔の最終日

 泣いても笑っても、春季休暇十日目の最終日。

 ガンモは早朝から仕事に出掛けた。私自身、旅の疲れがまだ取れず、かなりの肉体的疲労感を感じていたので、早朝から仕事に出掛けたガンモは、もっと辛かっただろうと思う。

 旅に出掛けるといつも、宿題が山積みになってしまう。メールや掲示板の返信もさることながら、デジカメで撮影した写真を整理しながらサイトにアップすることも、私の宿題の一つである。しかし、今回は特に、肉体的疲労感が激しくて、なかなか作業がはかどらなかった。

 そんな中にあっても、尼崎の脱線事故現場に足を運んで、黙祷を捧げたいという気持ちもあった。我が家から事故現場までは、電車でおよそ十数分のところにある。この連休の間にそこに行かなければ、私の連休は終わらないような気がしていたのだが、肉体的疲労感が先立って、これも実現できなかった。実は、休暇が始まった頃に宣言していた創作活動というのは、脱線事故で亡くなられた方々への鎮魂歌を作ろうと思っていたのだ。しかし、連休の前半は、集中力が欠乏していたため、それも実現できなかった。

 これもやりたい、あれもやりたいと、頭の中でやりたいことがあれこれ渦巻いているのに、なかなか消化できなくてもどかしい。

 ところで、今日は母の日。母と義母へは毎年同じものを贈っている。今年は、「ふくろう」というインスピレーションが来たので、ふくろうのステンドランプにした。ネットで注文したのだが、選んでいてとても楽しかった。ただし、注文するのが遅かったので、まだどちらの実家にも届いていない。

 ああ、本当に、十日間の休暇は、あっけなく終わってしまった。楽しかった旅の思い出と、実現できなかったことへの後悔の気持ちを残して。こんなにも後悔が残ってしまっているのは、私が十日間もの休暇を、精一杯過ごせなかったことの証なのだろう。

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2005.04.30

開かずの扉

 我が家には、開かずの扉がある。と言っても、ここでいきなり怪談を始めたいわけではない。埋め込みタイプの物置の扉なのだが、扉の前にたくさんの荷物を置いたままにしているために、何年もの間、開けられることなく過ごして来たのだ。

 しかし、この夏に、ガンモの加入している保険の契約更新をしておかなければ、これまで掛け続けて来た保険がすっかり効力を失ってしまうらしい。私は、保険のことはさっぱりわかろうとはせず、すべてガンモに任せてある。ガンモによると、保険の契約を更新するための証書は、開かずの扉の中にあると言う。

 せっかくの春季休暇だ、何か家で働かなければと思い、私は意を決して、開かずの扉の前にある荷物をいったんよそへやって、開かずの扉を開けたのだ。

 久しぶりに開けた開かずの扉の奥で見つけたものは、探していた保険の証書や古いコンピュータ雑誌、使われることのない数多くの雑貨の他に、何年か前まで私たちが身につけていた衣服だった。私はそれらを手に取って見てみた。
「えっ? こんなサイズのジーンズ履いてたんだっけ?」
驚いてしまった。それは、今ではとても履けないようなサイズのジーンズだったのだ。そんなジーンズが何本も、ひっそりとそこに収められていたのだった。一体何年ここにしまいこんだままにしていたのだろう。

 どうやら我が家には、いろいろなサイズの衣服があるらしい。もう着られなくなった衣服など、捨ててしまえばいいと思う方もいらっしゃるかもしれないが、もしかするとまた着られるようになるかもしれないというわずかな望みを捨て切れないでいるために、衣服も捨て切れないのである。そのために、余計に荷物が増えて、開かずの扉を作リ出す要因になってしまっていたりする。とにかく私たちは、切り離すことが苦手なのだ。

 さて、開かずの扉の前には、再び元の荷物を置いて、再び封印してしまった。今度開けるときには、今日見つけたジーンズを探す目的であって欲しいものだ。

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2005.04.29

春季休暇にフェードイン

 今日から十日間の春季休暇に入った。つい先日までは、この休暇が始まるのが楽しみで楽しみでたまらなかったはずなのだが、どこか手放し状態では喜べないような、そんな気分である。でも、私はやがて、少しずつ日常感覚を取り戻して行くことだろう。

 普段、テレビなど見ることのない私が、久しぶりにテレビを見た。ワイドショーと呼ばれる番組では、脱線事故のことが大きく取り上げられていた。テレビで報道されている内容は、私がインターネットで目にして来た内容とは、視点が著しく異なっていた。事実だけを伝えようとするインターネットのニュースに対し、テレビのワイドショーは、誰かを悪者にするために、しきりにネタを探そうとしているようだった。

 テレビが苦手になったのは、いつの頃からだったろう。何かを聴きながら作業をするとき、私はテレビではなく、音楽をかける。テレビだと作業に集中できないが、音楽だと集中できる。どうやら、テレビは私の気を乱すようだ。そんな私だから、テレビが発端となっている流行に、ひどく疎い。マツケンサンバもトリビアの泉も、わざわざ人から説明を受けなければ理解できなかった。

 今や、ほとんどのことがインターネットで実現できる時代になった。インターネットの普及により、自分の欲しい情報を選べないテレビが、どんどん苦手になって行ったのだと思う。

 ところで、この十連休の予定だが、前半はガンモの仕事が入っているので自宅で過ごすことが多い。そこで私は、しばらく中断していた創作活動を再会しようかと思っている。何の創作活動か、それはヒ・ミ・ツ!

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2005.04.21

おばちゃん

 ガンモは、とある保険会社のシステムを担当している。十七年前に初めてそこに足を踏み入れたとき、当時、まだ若かったガンモは、「ここにはおばちゃんがたくさんいるなあ」と思ったそうだ。端末への入力業務を行うためなのか、その保険会社には、現在の私たちと同じくらいの年齢の女性がたくさんいたそうだ。

 十七年経った今でも、私たちと同じくらいの年齢の女性はたくさんいるらしい。しかし、ガンモは言う。
「最近はね、自分が歳を取ったからなのか、『若い子もいるじゃん』と思うようになったの」
「あははは」
と口にした私の笑いは乾いていた。

 「おばちゃん」というのは、少なくとも、自分よりも年上の女性に対して使う言葉である。かつての「おばちゃん」よりも、すっかり歳を取ってしまったかもしれないガンモ。自分では時が止まっているかのように思えていても、時が止まっていないことはいつも、第三者が教えてくれる。

※ココログのスタイルシートが変わってしまったのか、文字が小さくなってしまい、申し訳ありません。借り物のテンプレートであるため、文字の大きさを調節することができません。大変お手数ですが、読みにくい場合は、ブラウザの文字を大きくしてご覧ください。

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2005.04.20

まるみ用

 パソコンは、眺めるものではありませんに書いた通り、オークションでパソコンを落札したガンモだったが、つい先日、それと同じパソコンをもう一台落札した。ガンモ曰く、それは「まるみ用」になるらしい。

 そのパソコンは、北海道からやって来た。きのう、郵便局の不在連絡票が入っていたのだ。送料着払いで発送してもらったため、宅配ボックスには入れてもらえなかったので、今日、帰宅してから郵便局まで取りに行くことになった。私たちの地元の郵便局では、不在連絡票で指定された郵便物を二十四時間、好きなときに受け取ることができるのだ。

 「郵便局に行くなら、○○寿司に行くから」
とガンモが提案すると、
「ええっ? ご飯炊いてるのに」
と私が反論した。

 ○○寿司というのは、私たちのお気に入りの回転寿司屋の名前である。郵便局と近いので、郵便局に行くなら○○寿司に行くというのが、ガンモのお楽しみらしい。最近、お弁当を持参している私は、ご飯を炊いているので抵抗した。それでも、ガンモに連れ去られ、○○寿司でご飯を食べたあと、郵便局に寄ることになった。

 しかし、郵便局では、
「現在、再配達のため、お客様の荷物は出払ってます。あともう少しで配達の者が帰って来るとは思うんですがね・・・・・・」
と言われたそうだ。頼みもしないのに、勝手に再配達されるのはおかしい。ガンモは首をかしげながら郵便局から出て来た。不在時に再配達されると、再び不在連絡票が入るが、帰宅しても、再配達の不在連絡票は入っていなかった。

 帰宅して一時間ほど経ってから、ガンモは再び郵便局に出向き、包みを抱えて帰って来た。最初に郵便局の窓口を訪れたときに、再配達に出ていると言われたのは、どうやら受付の人の勘違いだったらしい。

 ガンモは包みを開けて、パソコンを確認し始めた。
「ちょっと、このヘンがウジウジしてるから、やっぱりまるみ向きだね」
とガンモが言う。見ると、確かに、ガンモの「眺めるパソコン」と違って、ほんの少しだが、しばらく使用していた形跡が残っている。
「やっぱり、パソコンは眺めるものじゃないんだよ」
と私は切り返した。

 こうして、お揃いのパソコンは私たちの元へとやって来た。実は、これまでのパソコンもお揃いだったのだが、五〇〇万画素のデジカメで撮影した画像を編集するにはとても厳しいスペックだったので、買い換えたというわけである。現在、初期セットアップは、ガンモが担当してくれている。旅に持ち歩くようになると、やがて傷もついて来て、ガンモも眺めているわけにもいかなくなるだろう。そもそもパソコンは、眺めるものではないのだから、それでいいのだ。

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