世界のマクドナルド

2015.08.15

コペンハーゲンのマクドナルド

コペンハーゲン中央駅周辺をお散歩するの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は暑かったですね。そして、今日は七十回目の終戦記念日でした。七十年前に、今のような時代が来ようとは、誰も予想できていなかったのではないでしょうか。それと同じように、戦争の記憶も次第に薄れつつあるように思います。私も、戦争映画を理解するのが難しいと感じることが多々あります。きっと、当時とは感覚が違うのでしょうね。しかし、あのような悲惨な戦争があったことを決して忘れてはいけないし、繰り返してはいけません。そのために、戦争に対して無関心であってはならないと思います。戦争で亡くなられた方たちの魂が、今では新しい肉体に宿り、当時は味わえなかった自由を味わっていますように・・・・・・。さて、今日はガンモと合流することができました。最近、キャンプにはまってしまっているガンモは、昨日、徳島のキャンプ場に一泊しました。キャンプ用品をあれこれ購入したので、練習のために、私の実家に来る前に一泊したようです。キャンプはなかなか楽しめたようですが、今日、私の実家にやって来て、「このキャンプ場は暑い」と言っていました。もちろん、私の実家はキャンプ場ではないのですが、二階にはエアコンがないですからね。(苦笑)

 コペンハーゲン中央駅周辺をお散歩したとき、私たちが口にした夕食は、マクドナルドのセットだった。というわけで、今回の記事は、世界のマクドナルドカテゴリに追加する。

 私たちが利用したのは、コペンハーゲン中央駅の構内にあるマクドナルドである。コペンハーゲン中央駅は、滞在中に何度も利用したのだが、マクドナルドに入るのは初めてだった。

利用したのは、コペンハーゲン中央駅構内にあるマクドナルド

 ところで、海外でマクドナルドに行くと、いつも私が注文することになる。今回も私がカウンターに出向き、ガンモと私の分をそれぞれ注文した。

店内のカウンター

 注文したのは、BIG MACとコカ・コーラ、ポテトのセットと、BIG TASTY BACONとコカ・コーラ、ポテトのセットである。

左がBIG MACで右がBIG TASTY BACON

 ご覧のように、ガンモのために注文したBIG TASTY BACONは、私が注文したBIG MACよりも大きかった。大きさを比べてみると、こんなにも違う。BIG MACが小さく見えてしまうほどだ。

BIG TASTY BACONのほうがBIG MACよりも大きい

 そして、店内はこんな感じだった。日本のマクドナルドと同じように、リラックスすることができた。

リラックスできる店内

外から見たところ

 さて、それらがどんな味だったのかは、残念ながら覚えてはいないが、おそらく、オランダのアムステルダムで食べたBig Tasty met Baconと同じものだと思われる。以下、Big Tasty met Baconのセットと無銭トイレの記事から引用する。

Big Tasty met Baconと呼ばれるハンバーガーは、これまで食べたことがないほど巨大なハンバーガーだった。

 写真を見る限り、BIG TASTY BACONは、日本のベーコンレタスバーガーを大きくしたものなのかもしれない。また、ガンモ曰く、コカ・コーラには氷が入っていなかったので、氷が入っていない分、量がものすごく多かったとのことだった。確か、現地でもガンモはそのことに感動していたように思う。デンマークは夏でも涼しい国なので、飲み物に氷を入れる習慣はあまりないのかもしれない。

 このように、コペンハーゲンのマクドナルドもまた、気軽に入ることのできるお店であることは間違いない。そして、毎回、私が注文することになってしまうのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 日本のメニューにBIG MACはありますが、BIG TASTY BACONはありませんね。日本にはないハンバーガーを食べたガンモは正解でしたが、どんなハンバーガーだったか、既に忘れてしまっているようです。(苦笑)

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2011.08.17

注文口と受け取り口が明示的に分かれているマクドナルド

オペラハウス周辺のランナーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 天竜川の川下り船が転覆した事故は、とても痛ましいですね。観光地に出掛け、とても楽しく過ごせるはずの時間が一転して、死の恐怖へと変わりました。きっと船を操縦していた船頭さんも大ベテランのはずなのに、ほんの一瞬のうちに惨劇が起こってしまったと思われます。亡くなられた方たちも大変お気の毒ですが、仕事中のミスが取り返しのつかないことに発展してしまうお仕事に従事されている方たちも大変だと思います。

 寝不足のまま、早朝にシドニー(キングスフォード・スミス)国際空港に到着した私たちは、空港の椅子でしばらく休んだあと、空港内のマクドナルドで昼食をとった。日本にはないセットがあったので、アイスコーヒーとのセットで注文した。というのも、あまりにもおいしそうなアイスコーヒーの写真が掲げられていたからだ。

シドニー(キングスフォード・スミス)国際空港の到着ロビーにあるマクドナルド

 面白いのは、注文する場所と商品を受け取る場所が矢印シールにより案内されていたことである。日本のマクドナルドでは、注文してからの動作が実にあいまいで、注文したあとの利用客の行動は、さりげなくレジの横に避けるような仕組みになっているように思う。しかし、シドニーでは、注文口と受け取り口が明示的に分かれているので、注文したあとにここで待っていていいものかと不安に駆られることもない。

注文したあと、左側に移動して待つように矢印の案内がある。
すなわち、注文口と受け取り口が明示的に分かれているということである

 私が「店内で食べます」と申告しなかったためか、注文した商品は紙袋に入れられた。いや、私が申告しなかったというよりも、持ち出して食べるのか、ここで食べるのかと店員さんに聞かれなかったのだ。店内を見渡すと、商品をトレーで受け取っている人たちもいるが、多くの人たちが紙袋で受け取り、店内で食べているようだ。私も紙袋を受け取ると、店内のテーブルの上に広げた。

注文した商品は、トレーではなく、紙袋に入れられた

 どうやらこのセットは、かつてベルギーのアントワープで食べたのと同じ"m"シリーズの"GRAND ANGUS"のようである。おそらく、日本のマクドナルドでは発売されていないのではないだろうか。

ベルギーのアントワープで食べたのと同じ"m"シリーズの"GRAND ANGUS"

 早速、食べてみると、驚いたことに、ポテトもハンバーガーも、そしてアイスコーヒーも格別においしかった。とりわけ、私にとってはアイスコーヒーが、一口飲むごとに「おいしい! おいしい!」と連発してしまうほどおいしかった。一方、ガンモはポテトがえらくお気に入りだった様子で、「このポテトはうまい!」と何度も繰り返しながら、むしゃむしゃ食べていた。

アイスコーヒーが格別においしかった

 正直言って、マクドナルドで食事をして、これまであまりおいしいと思ったことはなかったのだが、シドニー(キングスフォード・スミス)国際空港の到着ロビーにあるマクドナルドは格別だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m シドニーには中国人が多いと別の記事で書きましたが、私の注文を受けてくださった方も中国人でした。中国の人たちは、他国でも十分生きていけるだけの順応性を備えているのでしょうね。すぐにその国の言葉を覚え、その国に馴染んで行きます。海外で仕事を見付けるのは並大抵のことではないだろうと想像するのですが、たくましいですよね。

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2010.08.15

Big Tasty met Baconのセットと無銭トイレ

シンゲルの花市場を歩くの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。色彩も豊なシンゲルの花市場は、例え買い物ができなくても、見ているだけで楽しいエリアでした。あとから母に報告すると、植えない球根は、植える時期が来るまで冷蔵庫に入れておけば腐らないそうです。それを知っていれば、スキポール空港で球根を買うこともできたのに、残念でした。

 少々大袈裟かもしれないが、世界のマクドナルドというカテゴリを新たに追加し、これまで訪問した国々で利用したマクドナルドの記事をまとめてみた。今回の旅行では、オランダのアムステルダムでマクドナルドを利用した。シンゲルの花市場を歩き切ったところにあるマクドナルドで昼食をとったのだ。

シンゲルの花市場を歩き切ったところにあるマクドナルド

 マクドナルドに入ると、注文するのはたいてい私の役目である。オランダ語を話すことのできない私はたどたどしい英語で、店内に掲示されている写真を指差しながら、食べたいものを注文した。私が注文したのは、"Big Tasty met Bacon"という大きなおいしいベーコンのハンバーガーのポテトとコカコーラのセットである。喉が渇いていたので、日本では有り得ないことだが、ビッグサイズのコカコーラにしてもらった。

 ポテトと飲み物のセットを注文すると、特製グラスをもらえるキャンペーンが開催されていたらしく、注文したときに、
「グラスは要りますか?」
と尋ねられた。しかし、例えグラスをもらったとしても、無事に日本に持ち帰れる自信がなかったので、必要ないと言ってお断りしてしまった。私がグラスを必要ないと断わったのを聞いて、ガンモが後ろから、
「グラス、欲しかったのに」
などと言った。私はどう考えても、グラスを二個も無傷のまま日本に持ち帰るのは無理だと考え、ガンモに反論した。それでもガンモは、
「記念になるのに」
などと言った。確かにその通りで、本当は私もグラスが欲しかったのだが、スーツケースの中で割れてしまう可能性のほうがはるかに高いだろう。私がそう言うと、ガンモはぶつぶつ言いながらも諦めたようだ。

 喉が渇いていたのでビッグサイズのコカコーラを注文したと書いたが、実は、ビッグサイズなのはコカコーラだけではなかった。箱に入ったベーコンのハンバーガーを開けてみると、何と、これまでに見たことがないほど大きなハンバーガーだった。コカコーラのサイズがビッグサイズなので、おそらくこの写真では、ハンバーガーの大きさがわかりにくいかもしれない。しかし実際は、お腹を空かせている食いしん坊の私たちでさえ食べ切れないと悲鳴を上げてしまうほどの大きさだったのだ。

喉が渇いていたので、飲み物はビッグサイズのコカコーラを頼んだのだが、Big Tasty met Baconと呼ばれるハンバーガーは、これまで食べたことがないほど巨大なハンバーガーだった。

 それでも残してしまってはもったいないと、何とか必死でたいらげて、店内にあるトイレをお借りした。トイレの前には、トイレを管理しているおばさんがいらっしゃったので、その方に三十セント(ユーロ)支払ってトイレに入った。そう、昼食を食べるためにマクドナルドに入ったのは、トイレをお借りする目的もあったのだ。

 最初に私のほうが席を立ち、トイレを利用したあと、しばらく経ってからガンモがトイレに立った。ちょうどガンモがトイレに立っているときに、お店の入口から、トイレを管理しているおばさんが店内に入って来るのが見えた。外で休息されていたのだろうか。ということはつまり、ガンモがトイレに立ったときには、トイレを管理しているおばさんは、トイレの前にはいなかったことになる。

 トイレから帰って来たガンモに、
「トイレのおばさん、いなかったでしょ」
と尋ねると、ガンモは、
「そうそう、いなかった。だから、お金を払わずに入って来た」
と言った。ガンモも最初のうちは、トイレを管理しているおばさんがいないことに戸惑ったのだという。すると、ガンモよりも先に入った男性が、お金を払わずに堂々とトイレに入って行ったので、ガンモもそれに続いたのだそうだ。なるほど、コインを入れて開錠するトイレではなく、トイレを管理しているおばさんに直接お金を支払って入るトイレとなると、そのおばさんが不在のときに、このようなことが起こり得るのだ。しかも、ガンモが特に狙いを定めたわけでもないのに、たまたまその瞬間に当たろうとは・・・・・・。

 特製グラスは断念することになってしまったが、ガンモがトイレを無料で利用させてもらったので、特製グラスのこともきっぱりと諦めることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Big Tasty met Baconは、これまで食べたこともないような巨大なハンバーガーでした。推測ですが、商品名の中のmetは、英語のwithに相当するものなのでしょうか。特製グラスは、六色の中から選べたようですね。持ち帰ることができなかったのは残念ですが、もろいガラス製品ですので、仕方のないことであります。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.08.06

パリの地下墓地カタコンブ

ガンまる、タリスに乗るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。日本ほどではありませんが、日中のパリはとても暑いです。(苦笑)暑いので、ホテルの部屋に備え付けのクーラーを付けたまま寝たのですが、寝苦しくて目が覚めてしまいました。窓を開けてみたら、外のほうが涼しかったです。どうやら、日中と夜の気温さが激しいようですね。

 ホテルで朝食バイキングをとったあと、最寄駅のGare du Nordからメトロに乗った。メトロに乗るとき、ガンモは一年前にパリで購入したメトロの回数券を私に差し出した。メトロの料金は、一年前よりも値上がりしているのだが、回数券そのものは有効期限がないため、使用できるはずだとガンモは言う。しかし、一年前の回数券で自動改札を通ったときに警告が出てしまうのは恥ずかしいので、私を実験台に使おうと思ったらしい。私は、喜んでその実験に臨んだ。実際、私が一年前の回数券を自動改札機に通しても、警告は出なかった。その様子を側で見守っていたガンモは、手元に残っていた一年前の回数券を自分用に一枚取り出して、安心して自動改札を通り抜けた。こうして私を実験台に使うとは、ガンモも小心者である。

 メトロを乗り換え、Denfert-Rochereauで降りると、通りを挟んで向こう側の建物のあたりにたくさんの人たちが行列を作っていた。今回、私たちが目指したのは、パリの地下墓地カタコンブである。十八世紀に、人口増加のため墓地のスペースが足りなくなり、葬る場所がないためにあちらこちらに放置された遺体を、これまで鉱石などを掘るために使われていた坑道内に運び込んだのが始まりだったとか。カタコンブには、およそ七百万体の無縁仏の遺骨が葬られているという。

 長い長い待ち列は、カタコンブの入口近くの小さな公園のようなところまで曲がりくねった状態で続いていた。私たちは最後尾に並んだものの、ちょうどお昼どきだったので、ガンモが並んでいる間に、私が近くのマクドナルドに出向き、昼食を調達して来た。購入したのは、アントワープのマクドナルドで食べたのと同じヨーロッパ限定(?)の四角いハンバーガーとポテト、ドリンクのセットである。テイクアウト用に包んでもらったので、包みを開けるまで気付かなかったのだが、ポテトの形が面白かった。アントワープのマクドナルドでは、日本と同じく細長いフライドポテトだったのだが、パリのマクドナルドのポテトはフリッツだった。私たちは、行列を作って並んでいる間に昼食を済ませた。

 各国から観光客が訪れているらしく、入場待ちをしている間にいろいろな言語が聞こえて来た。とりわけ、英語圏からやって来た人たちが多いように思えた。入場待ちをしている間に、英語のヒアリングのレッスンができるのはありがたいことである。およそ一時間半ほど並んだのち、ようやく私たちも入場できることになった。入場料を支払い、中に入ろうとすると、「写真撮影は可能ですが、フラッシュは焚かないでください」とカタコンブのスタッフに言われた。

 中に入ると、まず、地下へと続く長い長い階段があった。私は思わず、ブルージュの鐘楼を思い出したが、今回は出口が別にあるので、一方通行である。これでもかというくらい長い階段を降りて、私たちはようやく地下に降り立った。空気がひんやりとしていて気持ちがいい。

 展示室のようなところを通り抜け、その先にある長い長い坑道を進んだ。カタコンブはパリ市内全域の地下に広がっているらしく、中は迷路のようになっているという。そのため、観光客用に公開されているのは、およそ一.五キロのコースだとか。指定されたコース以外の坑道に入ると迷ってしまい、自分自身が骨になってしまったという人もいるそうだ。

 先へ先へと歩いて行くと、何となく厳格な雰囲気の漂うゲートまでやって来た。おそらく、そこから先が無縁仏の葬られているスペースなのだろう。ゲートのようなところをくぐり抜け、中に入ると、そこには人骨が山積みにされていた。それを目にした途端、私たちも、そして他の観光客たちも言葉を失い、薄暗い坑道の中には人がたくさんいるというのに静寂が広がっていた。

 人骨は、何かの入れ物に入れられて大切に仕舞われているわけではなく、むき出しのままで、秩序を保ちながら山積みにされていた。どの骨が誰の骨なのか、もはやわからない。骨ごとにまるで薪(たきぎ)のようにまとめられ、ところどころにアクセントのように頭蓋骨が並べられている。ああ、これが三百年前に生きた人たちの遺骨なのか、と思う。足を踏み入れた直後は、重苦しい雰囲気に包まれていたが、人骨ばかりが積み上げられたコースを進むに従って、ここに葬られている人たちが何かこの世に恨みを持ってここに留まっているわけではなさそうだと感じた。

 様々な形で積み上げられた人骨は、およそ一キロに渡って続いていた。人骨の山がまだある、まだあると思いながら人骨の前を通り過ぎ、ようやく出口へと近付いて来た。途中、パリの地下水がポタポタと落ちている場所もあった。もしもポタポタどころかドバーッと地下水があふれ出して来たら、七百万体の人骨は再び行き場をなくしてしまうのだろうかとも思った。

 フラッシュを使った撮影は禁止されているにもかかわらず、観光客の中にはフラッシュを焚いて撮影している人たちが何人もいた。私は三脚を持たずにデジタル一眼レフを手持ちで撮影したため、手ぶれ写真が多くなってしまった。ガンモは、デジタルカメラの感度を千六百の高感度に設定して撮影していたため、手ぶれもなくきれいに撮影できたようだ。

 私たちはチェックされなかったのだが、出口では、中の人骨を持ち帰ろうとしている人がいないか、荷物チェックが行われているらしい。確かに手の届くところにむき出しのままで人骨が山積みされているので、誰でも人骨を持ち帰れる状況にはある。しかし、人骨を持ち帰る人は、一体何のために持ち帰るのだろうか? それもまた疑問である。

 山積みされた人骨は、いくつものオブジェのように私たち観光客の心の中に響く何かを落として行った。私の中に芽生えたのは、肉体を出て行った魂は、もはやかつての肉体には執着していないという感覚だった。それと、たくさんの人骨が一箇所に集められることで、個は潰されているが、「大きな一つ」を生み出しているということだった。私たちは、肉体を持っている間は自由意思を持ち、全体の中の単なる一つの存在に過ぎないが、ここに集められた七百万体の無縁仏は、肉体から離れることで自由意思を手放し、全体で「大きな一つ」を形成していた。つまり、One of themからOneへの変貌を遂げたように思えたのだ。生きるということは執着し続けることで、肉体を離れるということは執着から解放されることなのかもしれないとも思った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、パリの地下墓地カタコンブをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は、暗くて手ぶれ写真が多かったので、小さめのサイズのスライドショーを公開させていただきます。(苦笑)それにしても、積み上げられた人骨を初めて目にしたときは驚きました。最初のうちは、人骨を薪のように積み上げるなんて、死者に対して敬意が払われていないように感じたのですが、骨の種類ごとにきれいにまとめられているのを確認したとき、決してこれらの人骨が無造作に扱われているのではないと思い直しました。それに、ここに葬られていればたくさんの仲間たちと一緒なので、寂しくはないのではないか、とも思いました。更には、ここに収められた人骨は、自分への扱いが無造作であるとか、敬意が払われていないとかいうことはもはや気にせずに、次の段階へ進んでいると思いました。感じることや、考えるところの多い場所でありました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.08.02

「パトラッシュ、ボクはもう疲れたよ」

小便小僧と小便少女、そしてムール貝の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。とても励みになっています。とあるサイトからの情報によりますと、小便小僧の顔抜きがあるのだそうです。(顔抜きがどのようなものであるかについては、顔抜きのはなしをご覧ください)しかも、小便小僧の顔抜きは、顔だけでなく、性器も出せるようになっているとか。むむむ、これは見逃してしまいました。(苦笑)

 前日の夜、二十時頃に就寝したためか、三時半に目が覚めてしまった。途中、起きて三十分くらいガサゴソしていたので、合計七時間くらいは眠ったことになる。いったん目覚めたときに、「ガンまる日記」を更新しておきたかったのだが、どうにもこうにも眠気と疲れに勝てず、再びベッドに倒れ込んだ。三時半に目覚めたあと、じっくりと「ガンまる日記」を書き上げ、ホテルのカフェで朝食バイキングを食べた。

 外はあいにくの雨だった。朝食のあと、準備を整えて私たちが向かったのは、アントワープである。アントワープは、ブリュッセルからベルギー国鉄に乗っておよそ四十分のところにある。アントワープはベルギーでブリュッセルの次に大きな都市で、私たちが利用した航空会社によって運行されているアムステルダムのスキポール空港からブリュッセルまでの無料バスを利用したときも、その無料バスがアントワープに停車したくらいだ。

 ベルギー国鉄に乗るために、私たちはホテルの最寄駅から地下鉄に乗り、ベルギー国鉄の乗り換え駅にやって来た。そこでベルギー国鉄の十回回数券を購入し、アムステルダム行きの列車に乗り込んだ。EUの加盟国同士は、パスポートの提示なしに自由に行き来できるため、運行されている列車も国をまたいでいる。もしも日本が韓国や中国と陸続きならば、パスポートの提示なしで韓国や中国に自由に行き来できるようなものだ。

 列車はヨーロッパには多いテーブル付きの席だった。私たちが乗り込んだ直後は利用者が少なかったのだが、発車直前になるとたくさんの人たちが乗り込んで来た。アムステルダム行きの列車ということで、スキポール空港に向かう人たちも多かったのかもしれない。大きな荷物を抱え、国際色豊かな乗客で溢れ返っていた。およそ四十分後に私たちがアントワープで降りると、やはり大きな荷物を抱えている人たちがたくさん、私たちの降りた列車に乗り込んで行った。

 アントワープの駅は、荘厳な感じのする大きな駅だった。ダイアモンドが名産品らしく、駅前にはダイアモンドを扱うたくさんのお店が立ち並んでいた。

 ちょうどお昼どきだったので、駅前にあるマクドナルドで昼食をとった。日本では見掛けないような四角いハンバーガーが販売されていたので、注文してみた。思ったよりもボリュームがあったので、朝食をたっぷり食べていた私は食べ切ることができず、捨ててしまうのももったいないので、ポテトと一緒に入れ物に入れて夕食のために持ち歩くことにした。

 マクドナルドを出たあと、大きな通りを歩き、ひとまずアントワープ出身の画家、ルーベンスの家を見学した。記事が長くなってしまうので、ルーベンスの家に関しては、帰国後にじっくり綴らせていただくことにしよう。

 ルーベンスの家でお土産を買い、ショップを出ると、外で待っていたガンモが血相を変えて、
「えらいこっちゃ、あと三十分で大聖堂が閉まってしまう! 大聖堂に行けなかったら、何のためにアントワープに来たかわからない」
と言うではないか。あまりにも慌てふためくガンモにつられて時計を見ると、十五時半だった。

 実は、私たちがアントワープまで足を伸ばしたのは、「フランダースの犬」のネロ少年がルーベンスの絵を見たい一心で辿り着いたものの、とうとう命尽きてしまったノートルダム大聖堂を訪れるためだった。まだまだ時間があるだろうと思い、ルーベンスの家でのんびりくつろいでいたところ、ガイドブックに記載されていたノートルダム大聖堂の閉場時間まであと三十分しかないという状況に陥ってしまったらしい。しかも、ルーベンスの家からノートルダム大聖堂までは、歩いて二十分ほど掛かるという。

 私たちは、早歩きで目的のノートルダム大聖堂へと急いだ。しかし、既にあちこち歩き回ってひどく疲れている上に、私は生理の二日目で、しかも大きな筋腫をかばいながら歩くことになるので、どんなに急いでもゆっくりしか歩くことができなかった。ガンモは途中で何度も振り返りながら私の先を歩いていた。ガンモが焦っている様子は私にも良くわかる。わざわざベルギーまでやって来て、しかもアントワープまで足を伸ばしたというのに、ノートルダム大聖堂の中に入れないなんて、そんな悔しいことはない。私は苦痛に顔を歪めながら歯を食い縛り、一生懸命歩いた。

 しばらく歩くと、目の前に大きな建物が見えて来た。あれがノートルダム大聖堂に違いない。私はガンモよりも遅れを取りながらも必死で歩き続け、ようやくノートルダム大聖堂の前まで辿り着いた。私が入口から入ろうとすると、先を歩いていたはずのガンモが慌てて私のいる入口付近までやって来た。どうやらガンモは、あまりにも慌て過ぎて、ノートルダム大聖堂の入口を通り過ぎてしまったようだ。私はガンモよりも冷静に入口を探していたので、途中に掲げられていた入口の場所を示す案内板を見逃さなかったのだ。

 大急ぎで移動したので、私たちはルーベンスの家からおよそ十分余りでノートルダム大聖堂に着いた。時計を見ると、閉場時間まであと十五分あまりあった。受付で入場料を支払うと、
「十七時までですが、よろしいですか?」
と言われ、閉場時間が十六時だと思い込んでいた私たちは拍子抜けした。ガイドブックに記載された情報が間違っているのか、それとも夏の間だけ特別に延長されているのか、ガイドブックに記載されている閉場時間よりも一時間延びて十七時閉場だという。私たちは、もちろん、
「了解しています」
と答えて入場した。

 ノートルダム大聖堂には、世界各地からたくさんの観光客が訪れていた。ネロが見たがっていたルーベンスの絵は、「キリスト昇架」と「キリスト降架」である。ネロはもともと同じくルーベンスの描いた「聖母被昇天」を見て、ルーベンスの作品に心惹かれていたらしい。この「聖母被昇天」は、ノートルダム大聖堂の祭壇中央に展示されていた。そして、「キリスト昇架」と「キリスト降架」は、中央の祭壇を挟んで左右にそれぞれ展示されていた。ネロはこれらの絵の前で命尽きてしまったようだが、実際、二つの絵には距離があったので、どちらの絵の前で命尽きてしまったのかは「フランダースの犬」を鑑賞し直してみないとわからない。

 ネロがルーベンスの絵の前で命尽きてしまったように、私自身もまた、歩き疲れてこれ以上は動けないという状況だった。今なら、「パトラッシュ、ボクはもう疲れたよ」とネロが言った気持ちも少しは想像できる。ネロがルーベンスの絵を見たい一心でノートルダム大聖堂に足を運んだように、私たちもまた、子供の頃に見ていた「フランダースの犬」の主人公であるネロが命尽きた場所を訪れたい一心でノートルダム大聖堂を目指した。そういう意味で、子供の頃に感動した作品に関わる場所を実際に訪れることができたのは、実に感慨深いものがあった。

 とは言え、「フランダースの犬」は、本国ではそれほど人気の高い漫画ではないらしい。もともとイギリス人の原作によるものらしく、現地の人からすれば、生活に困っている子供を決して放置したりしないという反感を抱く作品となっているようだ。

 日本人観光客向けなのか、ノートルダム大聖堂の前の広場には、日本のTOYOTAが寄贈したネロとパトラッシュの碑が設置されていた。碑といえども、ベンチとして使用されているようで、私が訪れたときも西洋人の女性が腰を降ろしていた。写真を撮りたいのでちょっとどいてくださいとも言えず、無言で撮影した写真の中には、その女性のお尻の一部が写り込んでしまった。

 ノートルダム大聖堂の中には、他にもいくつかの宗教画が展示されていた。これらの絵を鑑賞すると、昔と今の時間の進み方はまったく異なっていたのだと実感する。著名な画家たちは、こうした絵を何年も掛けて仕上げているようだ。時間を掛けてじっくりと描き上げられた作品の前に立つと、本当にため息しか出て来ない。だからだろうか。こうして時間を掛けてじっくりと描き上げられた作品は、二百年以上経った今でも、世界中の人々に鑑賞され続けている。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、「パトラッシュ、ボクはもう疲れたよ」をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またしても更新が遅くなり、申し訳ありません。日本とベルギーには七時間の時差があり、日本のほうが一足早く朝を迎えます。夜のうちに更新できると、皆さんにいち早い情報をお伝えできるのですが、毎日精力的に歩き回っているため、夜はホテルに帰ると沈み込むように眠ってしまいます。たっぷり睡眠をとったあと、ベルギーの早朝に起き出して、更新の準備を始めるのですが、こちらは早朝でも、日本では既にお昼過ぎだったりします。その日に撮影した写真の整理をしているうちに外が明るくなるので、ホテルで朝食をとり、出掛ける前に記事に仕上げを入れてアップすると、日本ではもう夕方になってしまっているというわけです。というわけで、毎日遅い更新になってしまいますが、根気強くお付き合いくだされば幸いです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2009.02.07

「お客様ご自身の手でお願いします」

ズームレンズころりんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 秋葉原もずいぶん変わりましたね。私が東京に住んでいた頃の秋葉原は、まだまだ女性の姿が少なくて、女性にとっては敷居の高い場所だったと記憶しています。かつてはわかる人たちだけのマニアックな市場だったためか、店員さんの呼び込みもそれほど多くなかったと思うのですが、最近では店員さんの呼び込みもずいぶんにぎやかになりましたね。店頭で、ラップ風の呼び込みをしている店員さんがいて、思わず見入ってしまいました。秋葉原は、わかる人たちだけが訪れる敷居の高い街から、誰にでも受け入れられる幅広い街に変貌して来たように思います。

 精力的に秋葉原を歩き回ったせいか、私たちはひどく疲れ果てていた。帰りの飛行機は二十時十五分に羽田を飛び立つ予定だった。羽田まで移動するにはまだ早かったので、私たちは身体を休ませるために秋葉原のマクドナルドに入った。マクドナルドを選んだのは、夜行高速バスに乗車した際、マクドナルドの無料コーヒー券を一枚もらったからだ。それに加え、私はマクドナルドの「トクするケータイクーポン」の会員でもあるので、夜行高速バスでもらった無料コーヒー券と引き換えにもらえるコーヒーと同じプレミアムローストコーヒーSをわずが百円で購入することができる。とは言え、私はもともとコーヒーを好んで飲んでいるわけではない。それでも、わずか百円で身体を休ませることができるのならという気持ちから、普段、ほとんど飲まないコーヒーを注文したのである。

 地下にある禁煙席はほとんど満席だった。私はかつて、これほど混雑したマクドナルドを利用したことがない。満席に近い状態ではあったが、何とか二人で座れるテーブル席を確保し、腰を下ろした。近くにあるカウンター席を見てみると、溝の口で利用したケンタッキー同様、一つ一つの席にコンセントがあった。マクドナルドでコンセントを利用できることを意識して持ち歩いているのかどうかはわからないが、何らかの電源コードをコンセントに挿し込んでいる人たちがいた。マクドナルドで充電するのは人間の身体だけではなく、電子機器も同じだというわけだ。

 私たちはコーヒーをすすりながら、歩き疲れた身体をじっくりと休ませた。羽田には十九時くらいに到着すればいいはずなので、秋葉原を出るのは十八時くらいでいいはずだ。しかし、次第に店内が混みあって来たので、私たちは少し早めにマクドナルドを出ることにした。

 考えてみれば、ガンモはこのあと、コインランドリーで洗濯をすることになっている。最低でも、洗濯におよそ三十分、乾燥におよそ三十分は掛かるはずなので、ガンモはできるだけ早い時間にホテルに帰ったほうがいいだろう。私はそう思い、予定よりも早めに山手線に乗ることにした。そして、ガンモには少し早めにホテルに帰ってもらうことにして、私だけが品川から京急線に乗り換えた。ガンモの帰宅は金曜日の深夜の予定だったので、またしばらく会えないことになる。

 ところで、関東地方においては、関西で使用しているICOCAよりも、Suicaのほうが便利である。山手線から京急線への乗り換えも、Suicaで楽ちんだった。

関東地方においては、この一枚のICカードを持っていれば、ほとんどの列車に乗ることができる

 終点の羽田空港で京急線を降りると、長いエスカレータを昇って羽田空港の搭乗口へと進んだ。そう言えば、関西から他の地方へ出掛けて行くと、いつも思うことがある。それは、ほとんどの地域では、エスカレータの立ち位置が関西地方と違って左側だということだ。東京から関西に引っ越したとき、私はしばらくの間、エスカレータで右側に立つということに慣れなかった。しかし、関西在住期間が長くなるにつれ、エスカレータに乗っても自然に右側に立てるようになっていた。ところが、関西地方から他の地方へ出掛けて行くと、ほとんどの地方ではエスカレータの立ち位置が左側である。おそらくそれが標準なのに、関西地方が特殊なだけに、違和感を感じてしまうのである。いつか関西地方で一斉に呼びかけて、他の地方に合わせて左側に立つように変えたほうがいいと思う。

ほとんどの地域では、エスカレータは左側に立つ

 予約していたのは、羽田から神戸までのスカイマーク最終便である。スカイマークは、新幹線を利用するよりも割安な上に高速で移動できるからだろうか。私が利用する便は満席だった。チェックインカウンターで自分の名前を告げると、インターネットでチケットを購入したときのクレジットカードの提示を求められた。確か、インターネットで予約したときに、空港カウンターでクレジットカードの提示が求められると書かれていたが、そうすることにより、本人確認を行っているのかもしれない。

スカイマークの航空券。一万二千円で利用できるので、新幹線を利用するよりも割安である。

 大きな荷物はなかったので、リュックと手提げ袋を機内に持ち込むことにした。チェックイン手続きを終えると、チェックインカウンターのスタッフから、
「お客様、ハサミなどの尖ったもはお持ちではないですね?」
と尋ねられたので、
「はい、持っていません」
と答えた。

 チェックインを済ませたあと、羽田空港のトイレを利用したところ、トイレの個室に液晶パネルがあり、コマーシャルが放送されていた。羽田空港の女子トイレで、液晶パネルを使ったコマーシャルが流れているということは、ニュースの記事を読んで知っていたのだが、実物を見るのは初めてのことだったのでとても珍しく、しばらく見入ってしまった。珍しさもさることながら、ちょうどいい位置に目線が来るので、ついつい見入ってしまう。なかなか良く考えられたものである。

羽田空港の女子トイレに設置された広告用のディスプレイ

 トイレを利用したあとは、しばらく空港内に設置された椅子に座ってくつろいでいたが、そろそろ離陸の時間が近付いて来たので、手荷物検査を受けることにした。最近は、以前にも増して手荷物検査のチェックが厳しくなっている。私は、デジタル一眼レフカメラとノートパソコン、携帯電話などの電子機器を、空港に備え付けの籠に選り分けて通った。すると、リュックの中に残っていた何かが反応したようで、係の女性に呼び止められた。係の女性に、
「リュックの中を拝見してもよろしいですか?」
と尋ねられたので、
「はい、どうぞ」
と答えた。そう言えば、リュックの中には、ノートパソコンの予備のバッテリや折り畳み傘や様々な缶ケースなどが入っていることを思い出した。私はそれらを取り出して係の女性に見せた。そのとき、私はふと思い出したのだ。道具入れにハサミが入っていることを。

 私は、どんなときも困らないように、普段から様々なものを持ち歩いている。例えば、ピアスがかぶれたときの消毒液、マスク、髪の毛のゴム、裁縫道具、替えのピアス、カットバンなど、これまで持っていなかったことで不便を感じたものをできるだけコンパクトにまとめてポーチに入れてリュックの中に収めている。実はその中に、小さな文房具セットに入っていた先の尖っていないハサミがあったことを思い出したのだ。裁縫道具の中にもハサミはあったのだが、機内に持ち込んではいけないのは四センチ以上のハサミだというので、裁縫道具の中に入っていた小さなハサミは該当しなかった。私は、道具入れの中から先の尖っていないハサミを取り出して、係の女性に渡した。

 係の女性は、私からハサミを受け取ると、ハサミの長さを計り、四センチ以上あることを確認した。係の女性は申し訳なさそうに、
「申し訳ありませんが、四センチを越えていますので、このハサミを機内に持ち込むことはできません。空港カウンターでお預かりすることもできますが、どうされますか?」
と尋ねられた。係の女性の話によれば、空港カウンターにはハサミだけを預けることもできるそうだ。しかし、空港カウンターに戻ってハサミを預ける場合、もう一度同じ手順を踏んで、手荷物検査を受けなければならないという。私には、それがとても面倒なことのように思えた。

 私はしばらく考えた。持ち歩いていたハサミは、もともと携帯用の文房具セットに入っていたもので、先の尖っていない安全性の高いハサミである。もしも私が機内で暴れる目的でハサミを持ち込むなら、先の尖っていない安全性の高いハサミよりも、先の尖ったハサミを選ぶことだろう。この小さなハサミを機内に持ち込んで、紙を切る以外に一体何ができるのだろう? 何もできはしないではないか。もともと、そんなことは、係の女性にもわかっているはずである。それなのに、四センチを越えるハサミを持ち込んではいけないというルールに縛られているために、柔軟性のない対応をするしかないのだ。

 考えた末に、私は、
「では、ハサミのことは諦めます」
と宣言した。残念だが、もともと活躍の場も少なかったハサミである。それに、これから空港カウンターに戻ってハサミを預けるとなると、手間と時間も掛かる上に、神戸に着いてからハサミを受け取るのにも時間が掛かってしまう。翌日も早起きしなければならなかったので、私は一刻も早く帰宅したかったのだ。

 ハサミを諦めて、そのまま立ち去ろうとすると、係の女性から、
「では、お客様ご自身の手で回収ボックスにお入れください」
と言われた。なるほど、利用客の持ち物を勝手に捨て去る権利はないので、持ち主に直接捨てさせるシステムになっているのか。私は、どこか腑に落ちない気持ちを抱えながらも、長年持ち歩いて来たハサミを泣く泣く回収ボックスに入れた。

 何となく後味が悪かった。私が回収ボックスにハサミを納めるのを見届けた係の女性が、
「申し訳ありません」
と言ってくださったのだが、そのとき私は、彼女もまた、私と同じように腑に落ちない気持ちを抱えているのではないかと感じて、
「いえいえ、とんでもありません」
と言った。

 規則に縛られているのは、何も利用客ばかりではない。きっと、毎日のように利用客の手荷物検査を行っている係員も、人間としての感情をどこかに置き去りにしているはずだ。つまり、人間としての感情を押し殺して仕事に徹しているわけである。私が回収ボックスに捨てた先の尖っていないハサミも、誰かに危害を与えるものではないことが一目瞭然であるはずなのに、四センチを越えてはいけないというルールに従うために、係の女性は人間としての感情を押し殺した。自分の持ち物を回収ボックスに捨てるなどという行為は、私にとっては初めての出来事だったが、おそらく彼女たちは毎日のように同じようなことに遭遇しているはずである。その度に毎回、人間としての感情を押し殺しているであろうことが少し気の毒にも思えて来た。そして、私自身もまた、仕事で自分の人間としての感情を押し殺していることを思い出し、彼女の姿を自分自身に重ねたのである。

 間もなく、搭乗案内が始まり、私は満席のスカイマークに乗り込んだ。窓際の席だったので、窓の外に映る宝石をちりばめたような夜景が、長年持ち歩いたハサミを失った私の気持ちを癒してくれた。二十時十五分過ぎに羽田空港を飛び立ったスカイマークは、二十一時半過ぎに神戸空港に着いた。夜行高速バスから始まって、飛行機で締めくくった二泊三日の有意義な旅だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ルールを守り続けるということは、人間としての感情を押し殺すことだったのですね。私は、大切なことは、人間としてどのように動くかであり、ルールを守ることではないと思っています。おそらく、人間の仕事にとって一番やっかいなのは、例外処理に対処することなんですね。例外を一つ認めてしまえば、あとからあとから同じような例外に遭遇し、それぞれの対処に困ります。臨機応変に対応して行くよりも、ルールを守ることに徹したほうが、仕事を進めやすいのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2008.08.04

石畳の記憶

温度差十六度の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いつも記事と連動させている旅行アルバムにパリの写真をアップしておきました。いつものように、温度差十六度の記事の下にスライドショーで表示されるようにしておきましたので、パリの雰囲気を味わってみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞご覧ください。今回の記事も、後追いで写真を公開させていただくことにします。

 前日の夜、現地時間の二十二時過ぎに就寝したためか、朝三時半過ぎに目が覚めた。熟睡できたからだろうか。睡眠時間はそれほど多くはないものの、目覚めの感触がとても良かった。まだインターネットには接続していなかったが、私はノートパソコンを立ち上げて、「ガンまる日記」の下書きをした。いつもならば、起きてから一時間余りの間に支度を整えてバタバタと仕事に出掛けて行くのだが、早朝に起きてゴソゴソと活動するのは、もともと私の性に合っていると感じた。

 私がゴソゴソと活動しているうちに、ガンモも起きて来たので、私たちは朝七時過ぎにホテルのグランドフロア(日本で言うところの一階)にあるレストランに朝食を食べに行った。朝食はバイキング形式で、スクランブルエッグ、ソーセージ、ハム、ベーコン、パン、コーンフレークなどのシリアル、ミルク、フルーツジュース、ドライフルーツ、ヨーグルト、チーズ、りんごをすりおろしたデザート、コーヒー、紅茶などが用意されている。私は、筋腫に良くない乳製品やコーヒー、紅茶には手を付けないようにしながら朝食を取った。

 早起きしたおかげで、午前八時過ぎには出掛けられることになった。私たちはまず、ホテルの最寄駅である北駅でフランス国鉄の鉄道レイルパスのヴァリテーション(切符を有効化、使用を宣言すること)をお願いするために、北駅の窓口に並んだ。ところが、どういうわけか、後日、私たちが乗車する列車が北駅からではなくモンパルナス駅からの切符だったので、モンパルナス駅に行かなければヴァリテーションができないと言われた。私たちは、そんなことはないはずだろうと首をかしげながらも、メトロ四号線に乗り、モンパルナスへと向かった。メトロの中はスリが多いので気を付けた方がいいとガイドブック等には書かれているが、休日の朝早い時間だったためか、混雑もなく快適だった。ただ、驚いたのは、メトロの扉は自動開閉ではなく、乗り降りする人が手動で扉の引っ掛けを外して開閉するということだった。つまり、誰も降りず、誰も乗って来なければ、駅に停車している間も扉は開閉されないということだ。

 モンパルナスのフランス国鉄の窓口で、鉄道レイルパスのヴァリテーションをしていただいた。窓口を担当している係員の方が英語を話してくれるのはとてもありがたかった。英語を話すことのできる係員のいる窓口には、英国の国旗マークが掲げられている。ヴァリテーションの他にも窓口でお願いしたいことがあったので、私たちはその後、別の窓口に並び直し、後日、乗車する予定の列車の指定席を変更してもらった。

 朝、早くから起きて活動するのは実に気持ちがいいものである。一日はまだ始まったばかりだったので、私たちはフランス国鉄に乗ってヴェルサイユ宮殿に向かうことにした。十八年前に私がツアーでパリを訪れたときには、自由行動の日にフランス国鉄ではなく、RERという郊外線に乗車した。この列車が旅行者にはとてもわかり辛く、私は乗車していた列車がヴェルサイユ宮殿の最寄駅までは行かない列車だということにようやく気づいて途中下車した記憶がある。しかも、持っていた切符では途中下車した駅の自動改札をくぐることができなかったので、閉まっているゲートを飛び越えて自動改札をくぐり抜け、新たに切符を購入しなおして、何とかヴェルサイユ宮殿の最寄駅に降り立ったというわけだ。

 今回は、ガンモと一緒にRERではなく、フランス国鉄に乗ってヴェルサイユ宮殿へと向かうことになった。私たちが日本から持参したフランス国鉄の乗り放題切符は、一ヶ月のうちの三日だけフランス国鉄を乗り放題できる切符だった。三日のうちの一日を、近郊までちょっと出掛けるだけのために利用するのはもったいない。そこで、わざわざ切符を購入しての乗車となったのだが、近郊線と郊外線で自動券売機が分かれており、購入するのに難儀した。

 乗車してからおよそ三十分でフランス国鉄のヴェルサイユ宮殿の最寄駅に着いた。私たちは、そこからおよそ二十分ほど歩いてヴェルサイユ宮殿へと向かった。十八年前に訪れたときは、宮殿の中の豪華さに思わず溜息が出たことを覚えている。更に、私の中にはヴェルサイユ宮殿周辺の石畳が印象的な記憶としてずっと残っていた。しかし、その記憶はどこかあいまいなものでもあったので、果たして本当にヴェルサイユ宮殿周辺には石畳があったのかどうか確かめたい気持ちもあった。

 宮殿の入口付近まで来たとき、私はその石畳を確認した。十八年間、ずっと私の記憶の片隅に残っていた石畳は、決して幻でも思い違いでもなく、確かに実在していたものだった。石畳を確認したあと、さて宮殿の中に入ろうと思い、周りを見渡したことろ、入場券を購入する列に数百人もの人たちが並んでいることに気が付いた。日本にいるときに購入しておけば良いものを、鉄道以外では行き当たりばったりの旅を続けている私たちは、ヴェルサイユ宮殿の入場券を購入していなかったのだ。これから数百人の列に並んで入場券を購入し、中に入るまでに一体どれくらいの時間が必要なのだろう。しかも私たちは、トレイにも行きたかった。ガンモに、
「どうする?」
と尋ねてみたところ、
「俺はいいよ。中に入らなくても。ヴェルサイユ宮殿まで来て、中に入らないのも面白いもんね」
と答えた。私も、これだけの待ち行列に並んでチケットを購入して中に入るよりも、明日からはフランス国鉄の乗り放題切符で郊外まで出掛けてしまうことを考えると、パリ市内をもっと観光しておきたかった。しかも、ヴェルサイユ宮殿は、現在修復中のようだった。そこで私たちは、ヴェルサイユ宮殿の入口だけを確認したあと、くるりと背を向けて、今度はRERの最寄駅まで歩き始めたのである。

 少し歩いたところに、美術館巡りの切符を扱っているお店があった。そのお店では、フランスの美術館などの指定の場所を複数箇所訪問する人たちのための割引切符が販売されていた。そのような切符があることはガイドブック等で確認して知っていたのだが、例えその切符を購入したとしても、ヴェルサイユ宮殿とセットになっている他の施設に立ち寄る時間がないことがわかっていたので、私たちはその切符の購入も見送ったのである。

 間もなく、私が十八年前に降り立ったRERの駅前に着いた。駅前にマクドナルドがあったので、トイレをお借りした。RERの路線図を見ていると、エッフェル塔まで一本で行けることがわかったので、私たちは迷わずエッフェル塔までのチケットを購入した。RERもまた、女性の一人旅での利用は危ない路線とされているが、私たちにはそのような雰囲気はあまり感じられなかった。

 RERを降りると、いくつかのカフェが見えて来た。ロンドンでもそうだったが、パリもまた、外のテラスにテーブルが並べられたオープンカフェが多い。日本で同じことをすると、暑さのために夏にはほとんど利用者がいないだろうと予想されるが、ヨーロッパは夏の気温が低いので、オープンカフェも普及し易いのだろう。お腹がとても空いていたので、私はオープンカフェに入りたかったのだが、ガンモがオープンカフェの利用に消極的な態度を示したので、泣く泣く見送ることになった。私はそのときそのときの直感でチャンスを活かそうとするタイプだが、ガンモはなかなか決断できずにチャンスを見送ってしまう傾向がある。しかも、ひとたびガンモがチャンスを見送ると、同じチャンスにはなかなか巡り合うことができないことが多い。このときも、オープンカフェを見送ってしまったために、お昼ご飯にありつけるのがひどく遅くなってしまった。ガンモはオープンカフェを見送って、エッフェル塔の下にある売店で何か買おうと提案したのだが、実際のところ、エッフェル塔の下にある売店はひどく混み合っていて、ヴェルサイユ宮殿ほどではないものの、長い行列ができている上に、食べたかったサンドイッチを売っていそうなお店も見当たらなかったのだ。

 日曜日だったからだろうか。言うまでもなく、エッフェル塔もたくさんの観光客でにぎわっていた。エッフェル塔の上に昇る人たちの待ち行列も出来ていた。お腹が空いていた私たちは、エッフェル塔に昇ることよりも、まずは空腹を満たしたかった。そこで、エッフェル塔も下から見上げただけでおしまいにして、サンドイッチを売っているお店を求めて凱旋門の方向へと歩き始めたのである。

 私はエッフェル塔もまた、十八年前に訪れていたが、やはり上まで昇らなかった。高所恐怖症のため、もともと高い所に昇りたくないということもある。ヴェルサイユ宮殿の中まで入らなくても、エッフェル塔の上まで昇らなくても、満足感を味わうことはできる。

 少し歩くと、ようやくホットサンドイッチを売っているお店を見つけた。どのサンドイッチにも筋腫に良くない乳製品のチーズが入っていたが、私はお腹がとても空いていたので仕方なく注文して食べた。日本では、お昼ご飯にサンドイッチを食べただけではすぐにお腹が空いてしまうものだが、ロンドンのサンドイッチにもパリのサンドイッチもも、空腹を十分満たしてくれるだけのボリュームがあった。しかも、サンドイッチがこれほどおいしいかったのかという感動さえ与えてくれるのだ。

 サンドイッチを食べて元気を取り戻した私たちは、セーヌ川を眺めながら再び凱旋門に向かって歩き始めた。そして、凱旋門を観光したあとは、シャンゼリーゼ大通りを歩き、再びメトロに乗り、パリ最大規模の墓地であるペール・ラシェーズ墓地へと向かったのである。メトロの中では、またしても身体を張ってお金を得ようとするチャレンジャーに出会った。今回のチャレンジャーは六十五歳くらいのおばあちゃんである。おばあちゃんは、地下鉄の中で歌を歌い始めた。その後、乗客に向かって何か熱心に語り掛けていたが、乗客の反応はいま一つだった。凱旋門、シャンゼリーゼ通り、ペール・ラシェーズ墓地の詳細を綴ると記事が長くなってしまうため、帰国後にじっくりと書かせていただくことにしよう。盛りだくさんな観光メニューでヘロヘロに疲れた一日だった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、石畳の記憶をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パリには本当にたくさんの見所、名所がありますね。私たちはパリに五日間滞在したあと、ロンドンに向かいます。今回はパリでの滞在期間が短いということと、フランス国鉄のレールパスを購入していることから、パリ市内をじっくり観光できるのは、この一日だけだったのでした。そのため、欲張って、次から次へと観光する流れになり、とにかくへとへとに疲れました。まるで受験生が、一夜漬けをしているかのような観光の仕方でありました。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2006.11.29

北京総括

※写真をたくさん貼り付け過ぎて表示が重いかと思いますので(シャレではありません)、トップページに表示する記事の数を三つに限定しました。

 今回で、北京旅行に関する記事は最終回を迎える。これまで書き漏れたことを盛り込みながら、北京の総括をオムニバス形式でお届けすることにしよう。

<My 広口瓶>

 北京の人たちに最も良く飲まれているのは、烏龍茶ではなく茉莉花茶(まつりかちゃ)だそうである。日本では、ジャスミンティーの名で良く知られている。北京の人たちは、出掛けるときに、茉莉花茶の葉を入れた透明な広口瓶の中にお湯を注いで持ち歩くようである。街を歩いているとき、また、店番をしている人のすぐ脇に、お茶の入った広口瓶がそっと置かれているのをしばしば目にした。おそらくだが、広口瓶の中にお茶の葉を入れているのは、飲み終わったあとでもお湯を注いで飲み足しできるからではないだろうか。こうした中国茶が効いているのか、中華料理には油っこい料理が多いというのに、ハワイで見掛けたようにパンパンに太った人がいない。そう考えると、やはり、中国茶は身体を整える効果が高いようである。中国茶の専門店で聞いた話だが、ダイエットには特にプアール茶が適しているのだそうだ。

<お札チェック>

 北京で買い物をすると、レジ係の人が必ずお札を光に透かして確認する。決して日本人観光客を疑っているわけではなく、北京にはそれだけ偽札が多いのだと思う。だから、誰がお札を使っても、レジ係の人はお札を光に透かして本物かどうかを確認している。しかし、レジでいきなりこのようなことをされると、ちょっと驚くかもしれない。

<支払いチェック>

 日本人観光客に対しては、計算間違いをした振りをして、しばしばお釣りを少なく返すことがあるようである。私たちはそういうことはなかったのだが、お金を払うときは、きちんと計算したほうがいいらしい。終日フリータイムの前日に、現地係員の男性から、
「タクシーに乗るときは、京Bのマークのタクシーに乗って、きちんと領収書をもらっておいてください」
と言われた。京Bというのは、北京のナンバープレートの付いた正規のタクシーである。京Bのナンバープレートの付いていない認可されていないタクシーだと、お釣りをごまかされたり、法外な金額を要求されることが多いらしい。

<虎の前で水鉄砲?>

 北京動物園で虎を見ていたときに驚いたことがある。私たちの右隣に中国人の家族連れがいたのだが、私たちの視界の右側で突然、ぴゅーっと何か透明な液体が飛び始めた。誰かが水鉄砲でも使っているのかと思いながら右側に目を向けてみると、何と、親が小さな子供を抱いたまま、子供におしっこをさせているのである。どこかよそに避けるわけでもなく、虎のほうを向いたまま、手すりの前で子供におしっこをさせていた。恐るべし。

<北京の人たちが使う日本語>

 特にお土産売り場などでは、日本語を話す店員さんが多い。決して流暢な日本語ではないが、日本人にお土産を買ってもらうための彼らの必死の想いが伝わって来る。本来ならば、北京を訪問する観光客が中国語を勉強しておくべきなのだ。しかし、何とか日本人とコンタクトを取ろうとして、彼らはどこかで日本語を学んでいる。そんな彼らには、独特の表現方法がある。例えば、以下のような勧誘の言葉をあちらこちらで耳にする。
「翡翠(ひすい)のものはいかがですか?」
「こちらは、大きいのほうです」
何を言おうとしているのかわかるのだが、普段、あまり聞き慣れない表現である。彼らにとって、助詞「の」の使い方は難しいらしい。おそらく、誰かが覚えて広めたのではないかと推測している。

※この件に関して、中国語に詳しいSHANAくんから掲示板にコメントをいただいた。中国では、○○的という表現が良く使われているらしいのだが、この、○○的の「的」が日本語の「の」に相当するらしい。そのために、中国の人が日本語を使うときに、「の」が多くなるのだとか。なるほど! さすが中国語を勉強しているSHANAくん。どうもありがとう。おかげ様でスッキリ!

<中国語>

 北京をを訪問するというのに、私は中国語を勉強して行かなかった。今ではそのことを申し訳なく思っている。ガンモは旅の中国語ガイドブックを買って勉強していたようだが、それでも全然足りなかった。

 日本人に良く知られている中国語に、「ニーハオ」や「謝謝」があるが、ありがとうを意味する「謝謝」は、私たちが思っていたよりも三倍くらい速いスピードで交わされていた。
「シェイシェイ」
ではなく、
「シェシェ」
という感じなのだ。しかも、「シェシェ」と言ったあとは、すぐにそこを立ち去らなければならないほどばっさりとしたスピード感があった。「シェシェ」は吐き捨てるように言う。これが北京らしい「謝謝」だと感じた。

<纏足(てんそく)>

 明の十三陵を訪問したときに、纏足(てんそく)をした人が履いていた靴が展示されていた。とにかく小さい。実は、私の足も、二十二センチと小さいほうなので、周りから
「纏足?」
などと言われていたが、二十二センチどころじゃない。十二、三センチくらいしかないのではないだろうか。手の平にちょうど乗るくらいの大きさだった。

 纏足に関しては、以前、漫画で読んだことがあるのだが、小さい頃から足に布を巻いて指を折り曲げ、足の成長を止めてしまうのだそうだ。ひどく痛むために、まともに歩けない女性も多かったとか。

纏足(てんそく)

<北京のポスト>

 北京のポストは緑色だ。確か、ヨーロッパを訪問したとき、イギリスのポストは赤だったと記憶している。だから、ポストは全世界共通で赤なのだと思っていた。そう言えば、サイモン&ガーファンクルの曲に『木の葉は緑』という曲があるが、それに倣うなら『ポストは緑』である。

北京のポスト

<北京の公衆電話>

 北京にも公衆電話はある。これらは、北京の街角で見掛けた様々な公衆電話である。ICカード式の公衆電話もあったようである。北京でも携帯電話が普及しているからだろうか。使っている人はあまり見掛けなかった。

北京の公衆電話(1)

北京の公衆電話(2)

北京の公衆電話(3)

北京の公衆電話(4)

<日本にもあるお店・企業>

 日本にもあるお店や企業が、漢字の看板を掲げていた。なかなか面白い。吉野家はそのままだった。ちなみに、吉野家で牛丼のセットを食べると、ペプシが付いてくる。日本では、吉野家にペプシなど、想像もできないのではないだろうか。

麦当労(マクドナルド)

佳能(キヤノン)

華堂商場(イトーヨーカ堂)

吉野家

 北京は、日本に近い場所ではあるが、日本とはまったく異なる場所だった。北京の人たちの顔は日本人と似ているが、表情がまったく違う。お金に関してもシビアだったり、日本人へのアプローチがやたら強引だったりと、あまりいい印象を持たない人もいらっしゃるかもしれない。しかし私は、北京は北京としてそこにあればいいのではないかと思った。北京への訪問を、個人を表現するホームページやブログへの訪問と重ね合わせたのかもしれない。

 北京は、私たちが訪問する前からずっと、そこに存在していた。決して、私たち自身が北京の形成に関わって来たわけではない。私たちが、北京を訪問することを自分たち自身で選んだのだ。北京が日本と異なっているのは北京の欠点ではなく、北京の個性だ。私は、そうした北京の個性を否定するのではなく、生かす存在でありたいと思った。

 そう思うのは、北京行きの飛行機の中で観た映画『ただ、君を愛してる』の中の台詞にひどく共感したからだ。宮崎あおい演じる静流(しずる)が、映画の中でこんなことを言う。
「私は決して変なわけじゃない。ただ、人よりもちょっとオリジナルなだけなんだって」
私は、この台詞に涙したのである。私自身、人と変わっていると言われることが多いからかもしれない。だから、この映画の中の静流の気持ちがとても良くわかった。人よりも違うことが個性にならず、あたかも欠点であるかのように指摘されることもあることの悔しさがとても良くわかるからだ。

 北京が日本と違っていたおかげで、違うということが欠点ではなく、個性であることを実感した旅だった。北京はいつまでも北京らしくあればいいのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一週間に渡り、長い長い北京の旅行記を読んでくださり、ありがとうございます。m(__)m そう言えば、昔、いぬいとみこさんという方が、『ながいながいペンギンのはなし』という本を書かれたの、ご存知ですか? 私が書いたのは、『ながいながい北京のはなし』であります。おかげ様で、私もじっくりと自分のペースで消化することができました。ここまでお付き合いくださって、ありがとうございました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2006.08.16

ハワイの出来事・飲食編

 いろいろな意味において、ハワイで一番困ったのが、飲食に関することだった。

 例えば、私はいつも、温かいミルクティーを好んで飲んでいる。季節はもう夏なので、日本の自動販売機においても、温かいミルクティーを入手することは困難になってしまったが、それでも、冷たいミルクティーを買えば、何とかミルクティーにありつくことができる。しかし、ハワイには、自動販売機というものが極端に少ない上に、売られているのは色の付いた冷たい飲み物ばかりだった。1ブロック歩くごとに出くわすABCストアにも、ミルクティーは売られていなかった。唯一、私がミルクティーにありつけるのは、ホテルで取る朝食のときだけだった。

 しかし、ホテルの朝食で用意されるコーヒーや紅茶は、発泡スチロールのコップに注がれていた。これに温かい飲み物を入れると、発泡スチロールの成分が溶け出してしまうのではないかと心配になってしまった。資源が有り余っているのか、それとも、エイズの感染をできる限り防ごうとしているのか、ハワイには、使い捨ての文化がはびこっていた。

 例えば、トイレに入ると、必ずと言っていいほど便座シートとペーパータオルが設置されていた。公衆トイレにさえも、設置されているのだ。しかし、買い物客で賑わうインターナショナルマーケットプレイスの公衆トイレには、誰が書いたのか、
"GOD MADE EVEN PAPERS."(だったと思う)
とマジックで走り書きされていた。日本人とは文章を組み立てる方法がまったく異なっている。これが日本なら、さしずめ、
「紙を大切に」
とストレートに書くところだろうか。

 私たちは、食事代わりに何度かABCストアでちょっとしたものを買って食べた。しかし、売られている出来合いのものは、とにかく冷蔵庫で冷やされているものばかりだった。つまり、身体を冷やす食べ物ばかりだったのである。だから、チャイナタウンで温かいものにありつけたときは、身体がとても喜んでいたのだった。ハワイに何日か滞在するなら、コンドミニアム形式の部屋に泊まって自炊するのが一番いいと思う。

 さて、好奇心旺盛な私たちは、マクドナルドも体験してみた。ガンモが、ハワイのビッグマックに挑戦したいと言ったからである。あいにく、メニューにはビッグマックがなかったので、私たちは、ハンバーガーとポテトのセットを注文した。私は当然、ミルクティーを飲みたかったので、店員さんに
「飲み物は?」
と聞かれたときに、
「ホットティー」
と答えた。私の注文を聞いた店員さんが、カップにお湯を注いでくれた。私たちは注文した品を受け取り、席に付いた。ハンバーガーをかじってみると、日本のマクドナルドよりも真剣に作られているのがすぐにわかった。中身が詰まっていると言ったらいいのだろうか。とても密度の高いハンバーガーだった。

 私は、お湯の注がれたカップの中にティーバックを浸してしばらく待った。実は、このカップがまた、驚くほど大きかったのだ。日本で言うところのLサイズのようだが、ハワイではこれがレギュラーサイズに相当するらしい。それでも、久しぶりに温かいミルクティーがたっぷり飲める。そう思って、私はわくわくしながら、ティーバックを取り出すために蓋を開けた。

 あれれ? 何やら色がおかしい。ガンモが私の様子に気づいて、カップの中を覗き込んで言った。
「お茶だ!」
「・・・・・・」
驚いて、ティーバックの空袋を確認してみると、
"GREEN TEA"
と書かれていた。

 何で紅茶じゃないの? 私が日本人だから? おそらく、店員さんが気を利かせてくださったのだろうと思う。私は、やっきになって、大きなカップの緑茶を一生懸命、飲み干した。私の人生、あとにも先にも、緑茶をあんなにガブ飲みしたのは初めてのことだった。願わくば、ミルクティーであって欲しかったと思う。「ホットティー」ではなく、「ホットミルクティー」と言えば良かったのかもしれないと、今になって後悔するのだった。

※いつも応援クリックしてくださっている皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m こうしたハプニングがあるからこそ、私たちは明日を失敗しないように生きられるのでしょうね。こんなことがあっても、私たちは早くもハワイが恋しくなり、旅行パンフレットを集め始めています。 飲食に関するマイナスポイントを考慮したとしても、ハワイはとても魅力的な場所であります。

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