手紙

2008.10.31

手紙

映画『宮廷画家ゴヤは見た』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 映画を観ていたときに、これは魔女裁判と同じだな、と思いました。それと同時に、映画『それでもボクはやってない』で痴漢行為を働いたとされる主人公が、無実を求めて裁判で戦い続けたことを思い出しました。どちらかに優位な裁判など、最初から意味がないですよね。

 一生懸命生きている人に声を掛けるのは難しい。電子メールで便利に連絡を取り合うことのできる現代においては、アナログの手紙のほうが気持ちを伝え易いだろうと判断し、パソコンでわざわざ下書きをして、手書きでじっくりと一通の手紙を書き上げた。その手紙は、私にとって、比較的身近な人たちに向けて送付したものだった。私自身が書いた手紙なので、皆さんと一緒にここで振り返るためにも、差し支えない範囲で公開させていただくことにする。

○○ちゃん、そして△△くんへ

お久し振りです。
十月も下旬だというのに、ずいぶ分暖かいね。

-(略)-

二人の頑張りを□□から時々聞いていたのに、二人に対してどのように接したらいいかわからなくて、
しばらく疎遠になってしまいました。
そして、疎遠になっている間に、二人の雰囲気が変わってしまったと、□□から聞きました。

-(略)-
でも、本当にこのままでいいんだろうかと、-(略)-発言させてもらうことにしました。
電話を掛けるとそれなりに生活時間も奪うし、心の準備もできていないだろうし、
二人といっぺんには話せないので、思い切って、手紙を書いてみることにしました。

普段、パソコンに慣れているので、久し振りに気合を入れてペンを握ると、字が汚いことに気付かされます。
読みにくいと思うけど、最後まで読んでもらえたらうれしいです。

いろいろなことが頭をよぎります。
二人のことを思うとき、やはり頭に浮かんで来るのは、
結婚前の二人が◇◇でとても仲良く一緒に過ごしていたときのこと。

二人はとにかく、互いのことが好きで好きで仕方がないんだろうなあと思っていました。
当時の二人は、一日たりとも離れ離れにはなりたくないという感じだったから。
二人は本当に引き合って結婚したのだと思いますよ。

そんな二人が、今、互いに苦しい状況にあることは、私にとっても大変心苦しい状況です。
夫婦って、本当は自分自身のことがかわいいのか、はたまた、どんな状況に陥ろうとも愛を絶やさずにいられるのか、いつも試されているように思います。
自分への愛も大切だけれど、自分と同じように相手のことも愛せるかどうか、ですよね。

私は、○○ちゃんのように壮絶な経験はしていないけれど、
男女の愛について人と語り合うのが昔から好きなので、
男女の仲がこじれたとき、本当は当事者同士がどのように思っているのか、
深く考える癖がついているのです。

二人は互いに相手のことを嫌いだと思っているかもしれないけれど、
この「嫌い」という感情は、どこからやって来ていると思いますか?
おそらく、「自分を愛して欲しい」という感情の裏返しだと私は思うのです。
でも、自分の正直な気持ちをうまく表現することができなくて、
あたかも相手のことを嫌っているかのようなひねくれた態度を取ってしまっているのではないでしょうか?

今の△△くんは、おそらく-(略)-で、肉体的にも精神的にも余裕がないのでしょう。
そのため、○○ちゃんとの会話もあまり成り立っていないのでは?
-(略)-も違うし、会話も少なくなれば、○○ちゃんとしても寂しく思う部分が少なからずあったのではないでしょうか。

人間、不思議なもので、会話をたくさん交わす相手に対しては好意を抱きやすい傾向があります。
ところが、あまり会話をしなくなると、互いの感情レベルが下がって来ます。
人間の心理として、少しでも多くの話をすれば、他にも話したいことがどんどん出て来るようになっているんですね。
もちろん、それは、互いに心を開いているときに限るかもしれませんが・・・・・・。

勝手な想像かもしれないけれど、もしも今、二人に会話をする時間がたくさんあれば、
今の状況が少しでも変化して行くのではないでしょうか。
自分の中にある本心を見つめ、できるだけ心を開いて自分の本当の気持ちを相手に伝えるようにすれば、
これまで二人が失って来た多くのものを取り戻せるような気がします。
こんなことを書くのも、若い頃の二人の幸せそうなイメージが頭にこびりついて離れないからなのです。

私には、愛がなくなってしまうとはとても思えません。
世の中でうまく行かなくなった夫婦の多くは、相手の見せかけの言葉や態度に惑わされて、
愛がなくなってしまったと自分自身を納得させているだけなのではないでしょうか。
時には、思い切り喧嘩をしてもいいのですよ。
だけど、愛の素晴らしいところは、そんな喧嘩も水に流せること。
そして、水に流して、また新たな愛を引き出せるということ。
これが、男女の愛の素晴らしさだと私は思っています。

今回のような状況になれば、自分だけの判断では決められないことも多いでしょう。
でも、親に結婚を反対されても結婚に踏み切る若いカップルが世の中にはたくさんいます。
それは、周りの意見よりも、自分たちの感じている愛のほうが真実だと実感できるからでしょう。
彼らと同じように、相手の見せ掛けの態度や周りの意見に惑わされることなく、
自分自身の本当の気持ちや相手の本当の気持ちを見抜く力が、一度でも愛し合った二人にはあるはずなのです。
どうかその力を引き出して欲しいと思います。

もしも、相手の態度を憎いと思ったら、何故、相手が自分に対してそんな態度を取っているのか想像してみてください。
そうして想像することによって、自分自身の態度も少なからず相に対して影響を与えてしまっていることに気付くでしょう。
そうなればしめたもの。自分が態度を変えれば、相手の態度も変わるということではありませんか。

お互いの中に隠れてしまっている本当の気持ちを引き出してから結論を出しても遅くはないと私は思いますよ。

長々とごめんなさいね。では、これから秋も深まって来ると思いますが、二人ともお身体に気をつけて。

 そう、この手紙は、離婚の危機に直面している夫婦に向けて送付したものだった。しかし、○○ちゃんから届いた手紙には、恐るべきことが書かれていた。結婚は男女が愛し合い、家同士が結び付くものだが、この夫婦の場合、既に家同士の対立にまで発展していた。壮絶な経験は、人をとことん頑なにし、これ以上のものは受け入れられないという状況を生み出してしまう。受け入れられるのは、唯一、自分の味方だけだ。

 手紙が届いたとき、封筒の中身がやけに分厚かったので、私に対して○○ちゃんがいろいろなことを綴ってくれたのかと思っていた。ところが開封してみると、○○ちゃんが淡々と綴った二枚の便箋とともに、私が綴った七枚の便箋が同封されていたのだ。つまり、私の書いた手紙が突き返されて来たというわけである。

 二人は以前、離婚する、しないで、実際にもめていたことがあったのだが、○○ちゃんから届いた手紙によれば、現在は離婚の危機にさらされているわけではないようだ。△△くんの、一時的な感情を人づてに聞いて手紙を書いたことが、今回の失敗の原因であるかのようにも思われるが、状況はそれほど単純でもなかった。○○ちゃんは、私にその情報を伝えた人に対し、言いたいことがあれば、直接、自分に言ってくれればいいのに、とも書いていた。第三者を通じて意見されるのが、○○ちゃんにとって一番嫌なことなのだそうだ。私自身、決して彼らと遠い存在ではないので、私はこの情報を知らせてくれた人の気持ちを代弁しようとして手紙を書いたわけではなかった。あくまでも、自分自身の正直な気持ちを綴ったまでである。それなのに、私に対する半ば絶縁状のような手紙が私の手元に届いたのである。しかも、△△くんへの愛情はみじんも感じられないのに、これまで通り、一緒に生活は続けて行くと書かれてあった。夫婦のあり方についても考えさせられる一件である。

 文月のふみの日に生まれ、これまでにもたくさんの手紙を綴って来た私だが、自分の書いた手紙が突き返されて来たのは初めてのことである。私の書いた手紙は、それほどひどい文章だったのだろうか。今となっては、この手紙で二人の離婚の危機を救おうとしていた自分が恥ずかしい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パソコンに慣れている私が一生懸命アナログの手紙を書いて自分の気持ちを綴ってみても、相手にはまったく伝わらないこともあるのだということを思い知らされました。極限状態にいるときは、外からの働き掛けは、あまり意味をなさないものなのですね。そして、余裕がないときほど、自分の主観で物事を判断してしまうということも良くわかりました。そして、結婚というものが、家同士の結び付きであり、壊れるときは、家単位で壊れて行くということもわかりました。互いに強く惹かれ合って一緒になった夫婦なのに、悲しいですね。何だか私自身がしばらく落ち込んでしまいそうです。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|