都会と田舎の差異を感じて
※バージニア・ジュフリーさんの命日に寄せての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m GWが終わってしまいましたね。皆さんはどのように過ごされたでしょうか。私は仕事を8連休することができました。GWの旅行の予定を立てていたのですが、父が股関節を骨折してしまったので、急遽帰省していました。これは旅行どころではないと思っていました。ところが、父は思ったよりも元気そうで、病院のベッドに座っているだけだと、普段と変わりないように見えました。弟がいてくれることと、父が病院に入院しているという安心感から、私たちは思い切って旅行に行くことにしました。父は介護認定を申請することになるので、これからは帰省の頻度を上げて行くことになると思います。おそらくですが、実家の廊下に手すりをつけたり、段差をなくす工事などが必要になって来るのではないかと思っています。お風呂については、浴槽の深さを軽減するための、浴槽の中に入れて使う安定した椅子をずっと以前に購入しているので、それを活用することができればよいかと思っています。介護用の風呂椅子と介護用のトイレは、かつて母のために用意したものがあります。折しも、父は車の免許を返納するつもりで、これまで乗っていた自家用車とバイクを手放したばかりでした。そのため、実家周辺の交通事情などを調べていましたが、公共の乗り合いタクシーがあったり、限定的な路線バスがリーズナブルな価格で運行されていることもわかり、安心しました。それらの情報を印刷して父に渡すつもりです。そうした背景から、今回の記事では、都会と田舎の差異について感じたことを書いてみたいと思います。
独身時代に東京に住んでいたこともあり、私は普通自動車の運転免許を取得していない。私の自宅から私の実家までは、高速道路を利用して、車でおよそ四時間程度といったところだ。車で帰省するとなると、ガンモに運転を頼むことになるのだが、そもそも父が入院している病院での面会は、一回につき一人30分までとなっている。昔は誰でも自由に入院患者を見舞うことができていたのだが、コロナ以降、多くの病院では面会時間と面会人数を定めており、更に面会する人たちには、マスク着用や検温などの義務があるようだ。このような状況であるならば、高速バスを利用して、私独りで入院中の父を見舞うのもありかと思い、いろいろとルートを調べていた。
普段、私が帰省に利用している高速バスは、父が入院している病院から少し離れた停留所に停車することがわかった。おそらく、その停留所から30分も歩けば、父が入院している病院にたどり着くことができるだろう。問題があるとすれば、帰省のための荷物を抱えた状態で歩くことになるのと、これから次第に暑くなって来るということくらいだ。父との面会を終えたあとは、再び高速バスを降りた停留所まで戻り、実家近くに向かう別の路線バスに乗って移動することになるだろう。実家に帰ったあとは、自転車に乗って母のお墓参りに行く。そして、お墓参りの帰りに友人宅に寄って、少し話をする。そんな光景を思い浮かべている。
骨折をすると、リハビリが必要になるので、父は退院後もどこかの病院にリハビリのために通うことになるだろう。そのときに利用できる公共の乗り合いバスや路線バスなどをいろいろと調べていたというわけだ。ただ、都会を走るノンステップの路線バスのように、できるだけ段差のないバスであるのかどうかは、実際に利用してみないとわからないと思う。軽く調べた限りでは、アンケートにノンステップバスを望む声があったので、もしかしたら、昔ながらの段差のあるバスなのかもしれない。また、都会と違って本数が少ないのは確実である。
そうした不便さもあって、私の実家周辺では、高齢者であっても車を利用し続ける人たちが非常に多い。私の友人のご両親も、運転免許を返納することをかたくなに拒んでいるという。
私は高校を卒業してから都会に出てしまったので、田舎の不便さをそれほど実感しないまま過ごして来た。しかし、思えば高校の頃に「汽車」に乗って通学していたが、普通列車が一時間に一本しか運行されていないのは不便だと思っていた。そのため、乗車予定だった「汽車」を一本逃すと、次の「汽車」まで一時間も待たなければならなかったのだ。さきほど確認したところ、今もその頻度は変わっていないようである。
一方、都会ではどうかというと、数分おきに次の電車が入って来る。それでも、乗車予定だった電車を逃してしまうと悔しい。また、通勤時間帯の電車は非常に混雑しており、ときどきうめき声をあげる人もいるくらいだ。車内が空いていれば、電車の中で本を読んだり、スマートフォンを操作することもできるが、混雑している車内ではほぼ不可能だ。
東京に住んでいた頃は、電車の中で老人が本を読んでいる光景を幾度となく目にして来た。田舎育ちの私には、それがとても新鮮だったのを覚えている。というのも、私が育って来た環境では、本を読む老人に出会ったことがなかったからだ。そんな環境で育っても、私自身は読書好きな少女に育った。今ではすっかり本から遠ざかってしまったが・・・・・・。
「県をまたぐ」という感覚も、都会と田舎では大きく異なっている。都会で働く場合、隣接する他の都道府県からの通勤者がいるのは当たり前のことである。例えば大阪で働いている場合は、兵庫県、奈良県、京都府、滋賀県、三重県からの通勤者がいる。田舎に住んでいる人からすれば、電車で隣の県まで移動するのに少なくとも一時間以上はかかる感覚なので、他県から毎日通勤するというのは考えにくいだろう。都会では、通勤に一時間以上かかるのは当たり前のことである。しかし田舎では、車で片道30分もかけて通勤すれば、遠いところまで通っていると認識されるレベルである。
ちなみに、このGWに私たちが出掛けていたのは、新潟県の佐渡島である。美しい自然に囲まれたとてもよいところだった。念願の「たらい舟」にも乗った。先日帰って来たばかりだというのに、また行きたいとさえ思う。ただ、都会と違って電子マネーやクレジットカードでの支払いが不可能なお店が多く、手持ちの現金がどんどん減ってしまった。また、公衆トイレの多くは和式だった。おそらく、私の生まれ故郷も同じようなものだろう。都会はどんどん新しいものを取り入れながら変化して行くが、田舎は古いスタイルを守り続ける。新しいものをどんどん取り入れて行くこと、古いものを守り続けること、それぞれに別々の良さがある。
こうした経験から、私は自分たちの老後をどこで過ごすかについて、ふと考えることがある。私たち夫婦には子供がいないので、病院のお世話になるようなことがあったとしても、子供や孫がかけつけてくれるわけではない。そうなると、頼れる親戚や古い友人が住む実家近くの田舎に移り住んだほうがいいのか、それとも何かと便利な都会に留まり続けたほうがいいのか悩んでしまうというわけだ。どちらにもメリットとデメリットがあるだろう。ただ、田舎に住むには自動車の免許を持っていた方がいいような気もする。一方、都会に住み続けるにはコストがかかる。田舎と都会について、いろいろな想いが頭の中を駆け巡る毎日である。
番外編:
ファティマの手
ジム・キャリーのソウルリーディングの記事でご紹介させていただいたGrandmother Maitreya with Tiffany LinさんのPCに「ファティマの手」のシールが貼られているのを見て、私も「ファティマの手」のグッズを身につけたいと思った。「ファティマの手」は、イスラム教を信仰する地域において、邪視から身を守るための護符なのだそうだ。この護符を身につけることにより、中東の平和も一緒に願えるのではないかと思い、AliExpressで安価なペンダントを探して購入した。価格は一つわずか400円程度だった。

金色のものと銀色のものを一つずつ購入し、最初は金色のものを身につけてみた。ところが、身につけた途端、自分にはあまりしっくりこないと感じてしまった。頭が痛くなる五歩くらい手前のような感覚もあり、むしろ体調が悪くなる傾向があったため、すぐに外して銀色のものにつけ変えてみた。すると、今度はしっくり来た。何と、頭がすっきりするのだ。私にはこちらのほうが合っているのだろうと思い、そのまま一週間ほど身につけていた。その間、頭の中はずっとクリアな状態だった。
一週間が経った頃、「そろそろ『ファティマの手』を取り換える頃だ」と感じたので、銀色の「ファティマの手」を首から外して、改めて金色の「ファティマの手」を身につけてみた。すると、初回よりは和らいでいるものの、やはり頭がすっきりしない感じがした。それでも外さずにそのまま身につけていたところ、やがて頭がすっきりしない症状がやらわいだ。私は、「ようやく金色の『ファティマの手』に受け入れてもらえた」と感じた。
金色と銀色の「ファティマの手」の違いは良くわからないが、胎蔵界曼荼羅のペンダントと金剛界曼荼羅のペンダントのような違いがあるのかもしれないと思った。おそらくは、私自身が陽のエネルギーを欲しているときに陰のエネルギーを増幅させてしまうものを身に着けてしまったとか、そういう類のものではないだろうか。今後もしばらく様子を見たいと思う。
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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 意外にも、佐渡島には電気自動車の充電スポットがいくつかありました。電気自動車にはバッテリ火災のリスクがあるようですが、将来的にそれが解決されるとして、接触事故も同時になくなってくれたらいいのにと思います。磁石の力を活用して、少なくとも他の車とは絶対に接触しないようにできないでしょうか。まあ、接触しないようにできるということは、鉄を強力に引き付けてしまうことになるとは思いますが。(苦笑)
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