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2026年5月

2026.05.24

父のリハビリ風景

都会と田舎の差異を感じての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、何だかあちらこちらで大規模/中規模の地震が多いですね。与論島やその周辺にお住いの皆さん、先日の地震による被害は大丈夫でしたでしょうか・・・・・・。全国の皆さん、とても怖い状況ではありますが、地震にはくれぐれも気を付けましょうね・・・・・・。また、全国で熊の目撃情報が相次いでいますね。日本における熊の被害は、Camblyのレッスンで講師のほうから話題にされるほど有名です。私も去年からいろいろと対策を調べていました。まだ漠然とした状態ではありますが、狼の力を借りる手もあるのかもしれないと思っています。ドイツなどから野生の狼を分けてもらい、熊が生息する地域に放ちます。すると狼が、熊が食べるはずの木の実などを食べてしまっている別の動物(鹿など)を食べます。狼が人間に危害を与えることは稀だそうです(狼が狂犬病に感染することがあり、その場合は人間を襲ってしまうことがあるそうです)が、家畜に被害を与える場合もあるそうです。そのあたりの問題を解決することができれば、新たなバランスが生まれて行くのかもしれません。ただ、もっといい案があるのかもしれないので、引き続き調べてみようと思っています。


 金曜日に休暇を取り、三日間に渡って、父の様子を見に行って来た。ガンモがとある資格試験を取るために試験勉強をしており、この時期でないと車を出せないと言われたので、ガンモの資格試験が終わるよりも前に私が高速バスを利用して、独りで帰省するかどうか悩んでいた。しかし、やはりガンモに車で送ってもらったほうがありがたいので、ガンモの資格試験が終わるのを待つことにしたのだ。ちなみにガンモは、その資格試験にめでたく合格することができた。

 父が入院している病院では、面会以外にも、父のリハビリの様子を見学させてもらった。父は血栓予防のため、弾圧ソックスを履いていた。弾圧ソックスを見るなり、私は、「これは海外旅行のときに、飛行機の中で履くやつだ」と頭の中でこっそり変換していた。ただ、エコノミー症候群を防ぐために、私自身が飛行機の中で履いているものよりももっと本格的な弾圧ソックスだった。そう言えば、以前、私も子宮全摘手術を受けたときに、手術後に弾圧ソックスを履いていたことを思い出した。やはり手術後は血栓ができやすくなるので、弾圧ソックスを履いて防ぐようだ。

 父を担当してくださっている理学療法士の方によれば、父を杖なしで歩けるようにしてから退院させてくださるのだそうだ。「最悪でも杖一本で歩けるようにします」と言ってくださっているので、大変心強い限りである。父によれば、介護認定の準備も並行して進めており、まだ確定ではないが、要介助1~2になるだろうとのことだった。

 リハビリ室には、ベッドのほか、平行棒や階段などもあった。父は平行棒を両手で掴み、理学療法士の方の指示に従いながら、骨折したほうの足は浮かせた状態で、数回に渡って往復していた。父は今後、手術を受けたほうの足に体重をかけるリハビリへと移行して行くことになるそうだ。そして、ゆくゆくは、階段を昇り降りする練習もして行くことになるのだろう。

 私が、「これから父は、公共のバスに乗って移動することになると思うので、バスの段差に耐えられるかどうか、心配なんです」と理学療法士さんに言うと、「リハビリ室にある階段を昇れるようになれば大丈夫だと思いますよ」と言ってくださった。ありがたいお言葉である。大腿骨が折れてしまったほうの足はまだ本格的には使えてはいないようだが、父の場合、手術を受けて、まだ動かしていないほうの足の筋肉の衰えがあまり見られないとのことなので、歩けるようになる日は近いようだ。

 ただ、実家に泊まってみて、これまで当たり前のようにいてくれた父がいない寂しさをしみじみと感じてしまった。父は病院にいるので、いつもと物理的な場所が異なっているだけなのだが、ずっと元気に過ごして来た父が長期に渡って入院するようなことは、これまでにないことだったので、正直、戸惑った。父がいつもテレビを見ている部屋に父がいないことは、とても寂しいことだとひしひしと感じたのだった。

 それに加え、母のお墓と自宅の仏壇のケアができていないこともショックだった。母のお墓も自宅の仏壇も、しきび(しきみ)がすっかり枯れてしまっており、お供えの水も少なくなってしまっていた。思えば、母のお墓も自宅の仏壇も、ずっと父がケアしてくれていたのだ。その父が入院してしまっている今、お墓や自宅の仏壇を気にかけてくれる人はいないのだと悟った。いくらリモートの技術が発達して来ているとはいえ、さすがにお墓や仏壇のケアまではリモートでは実現できない。だから、そうした事情も踏まえて、永代供養を選択する人たちもいるのだろう。

 私はスーパーでしきび(しきみ)を買って自宅に戻り、まずは仏壇の掃除をして水も取り替えた。翌日、追加でしきび(しきみ)を買って、今度はお墓をきれいにした。父も、母のお墓のことを気にかけていたので、母には私のほうから父の事情を報告しておいた。

 父はまだ歩けるようにはなっていないが、退院日は既に決まっている。退院日には、弟が休みを取って、父を迎えに行ってくれるそうだ。私たちもその頃に、再び帰省する予定である。今後の父の頑張りに期待したい。

※このブログへのコメントは、ガンまる日記掲示板で承ります。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 帰省したときに、小学校時代からの友人宅にお邪魔していろいろおしゃべりをして来ました。公共の路線バスについて、彼女に尋ねてみたのですが、彼女も彼女の娘さんも、地元では公共の路線バスには乗ったことがないと言っていました。おそらく、私の周りの誰もが乗ったことがないと答えるような気がします。(苦笑)ちなみに、私自身は、もうずいぶん前ですが、何度かあります。それだけマイカーで移動する人が多いということなんですね。

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2026.05.09

都会と田舎の差異を感じて

バージニア・ジュフリーさんの命日に寄せての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m GWが終わってしまいましたね。皆さんはどのように過ごされたでしょうか。私は仕事を8連休することができました。GWの旅行の予定を立てていたのですが、父が股関節を骨折してしまったので、急遽帰省していました。これは旅行どころではないと思っていました。ところが、父は思ったよりも元気そうで、病院のベッドに座っているだけだと、普段と変わりないように見えました。弟がいてくれることと、父が病院に入院しているという安心感から、私たちは思い切って旅行に行くことにしました。父は介護認定を申請することになるので、これからは帰省の頻度を上げて行くことになると思います。おそらくですが、実家の廊下に手すりをつけたり、段差をなくす工事などが必要になって来るのではないかと思っています。お風呂については、浴槽の深さを軽減するための、浴槽の中に入れて使う安定した椅子をずっと以前に購入しているので、それを活用することができればよいかと思っています。介護用の風呂椅子と介護用のトイレは、かつて母のために用意したものがあります。折しも、父は車の免許を返納するつもりで、これまで乗っていた自家用車とバイクを手放したばかりでした。そのため、実家周辺の交通事情などを調べていましたが、公共の乗り合いタクシーがあったり、限定的な路線バスがリーズナブルな価格で運行されていることもわかり、安心しました。それらの情報を印刷して父に渡すつもりです。そうした背景から、今回の記事では、都会と田舎の差異について感じたことを書いてみたいと思います。


 独身時代に東京に住んでいたこともあり、私は普通自動車の運転免許を取得していない。私の自宅から私の実家までは、高速道路を利用して、車でおよそ四時間程度といったところだ。車で帰省するとなると、ガンモに運転を頼むことになるのだが、そもそも父が入院している病院での面会は、一回につき一人30分までとなっている。昔は誰でも自由に入院患者を見舞うことができていたのだが、コロナ以降、多くの病院では面会時間と面会人数を定めており、更に面会する人たちには、マスク着用や検温などの義務があるようだ。このような状況であるならば、高速バスを利用して、私独りで入院中の父を見舞うのもありかと思い、いろいろとルートを調べていた。

 普段、私が帰省に利用している高速バスは、父が入院している病院から少し離れた停留所に停車することがわかった。おそらく、その停留所から30分も歩けば、父が入院している病院にたどり着くことができるだろう。問題があるとすれば、帰省のための荷物を抱えた状態で歩くことになるのと、これから次第に暑くなって来るということくらいだ。父との面会を終えたあとは、再び高速バスを降りた停留所まで戻り、実家近くに向かう別の路線バスに乗って移動することになるだろう。実家に帰ったあとは、自転車に乗って母のお墓参りに行く。そして、お墓参りの帰りに友人宅に寄って、少し話をする。そんな光景を思い浮かべている。

 骨折をすると、リハビリが必要になるので、父は退院後もどこかの病院にリハビリのために通うことになるだろう。そのときに利用できる公共の乗り合いバスや路線バスなどをいろいろと調べていたというわけだ。ただ、都会を走るノンステップの路線バスのように、できるだけ段差のないバスであるのかどうかは、実際に利用してみないとわからないと思う。軽く調べた限りでは、アンケートにノンステップバスを望む声があったので、もしかしたら、昔ながらの段差のあるバスなのかもしれない。また、都会と違って本数が少ないのは確実である。

 そうした不便さもあって、私の実家周辺では、高齢者であっても車を利用し続ける人たちが非常に多い。私の友人のご両親も、運転免許を返納することをかたくなに拒んでいるという。

 私は高校を卒業してから都会に出てしまったので、田舎の不便さをそれほど実感しないまま過ごして来た。しかし、思えば高校の頃に「汽車」に乗って通学していたが、普通列車が一時間に一本しか運行されていないのは不便だと思っていた。そのため、乗車予定だった「汽車」を一本逃すと、次の「汽車」まで一時間も待たなければならなかったのだ。さきほど確認したところ、今もその頻度は変わっていないようである。

 一方、都会ではどうかというと、数分おきに次の電車が入って来る。それでも、乗車予定だった電車を逃してしまうと悔しい。また、通勤時間帯の電車は非常に混雑しており、ときどきうめき声をあげる人もいるくらいだ。車内が空いていれば、電車の中で本を読んだり、スマートフォンを操作することもできるが、混雑している車内ではほぼ不可能だ。

 東京に住んでいた頃は、電車の中で老人が本を読んでいる光景を幾度となく目にして来た。田舎育ちの私には、それがとても新鮮だったのを覚えている。というのも、私が育って来た環境では、本を読む老人に出会ったことがなかったからだ。そんな環境で育っても、私自身は読書好きな少女に育った。今ではすっかり本から遠ざかってしまったが・・・・・・。

 「県をまたぐ」という感覚も、都会と田舎では大きく異なっている。都会で働く場合、隣接する他の都道府県からの通勤者がいるのは当たり前のことである。例えば大阪で働いている場合は、兵庫県、奈良県、京都府、滋賀県、三重県からの通勤者がいる。田舎に住んでいる人からすれば、電車で隣の県まで移動するのに少なくとも一時間以上はかかる感覚なので、他県から毎日通勤するというのは考えにくいだろう。都会では、通勤に一時間以上かかるのは当たり前のことである。しかし田舎では、車で片道30分もかけて通勤すれば、遠いところまで通っていると認識されるレベルである。

 ちなみに、このGWに私たちが出掛けていたのは、新潟県の佐渡島である。美しい自然に囲まれたとてもよいところだった。念願の「たらい舟」にも乗った。先日帰って来たばかりだというのに、また行きたいとさえ思う。ただ、都会と違って電子マネーやクレジットカードでの支払いが不可能なお店が多く、手持ちの現金がどんどん減ってしまった。また、公衆トイレの多くは和式だった。おそらく、私の生まれ故郷も同じようなものだろう。都会はどんどん新しいものを取り入れながら変化して行くが、田舎は古いスタイルを守り続ける。新しいものをどんどん取り入れて行くこと、古いものを守り続けること、それぞれに別々の良さがある。

 こうした経験から、私は自分たちの老後をどこで過ごすかについて、ふと考えることがある。私たち夫婦には子供がいないので、病院のお世話になるようなことがあったとしても、子供や孫がかけつけてくれるわけではない。そうなると、頼れる親戚や古い友人が住む実家近くの田舎に移り住んだほうがいいのか、それとも何かと便利な都会に留まり続けたほうがいいのか悩んでしまうというわけだ。どちらにもメリットとデメリットがあるだろう。ただ、田舎に住むには自動車の免許を持っていた方がいいような気もする。一方、都会に住み続けるにはコストがかかる。田舎と都会について、いろいろな想いが頭の中を駆け巡る毎日である。

番外編:
ファティマの手  

 ジム・キャリーのソウルリーディングの記事でご紹介させていただいたGrandmother Maitreya with Tiffany LinさんのPCに「ファティマの手」のシールが貼られているのを見て、私も「ファティマの手」のグッズを身につけたいと思った。「ファティマの手」は、イスラム教を信仰する地域において、邪視から身を守るための護符なのだそうだ。この護符を身につけることにより、中東の平和も一緒に願えるのではないかと思い、AliExpressで安価なペンダントを探して購入した。価格は一つわずか400円程度だった。

Khamsa

 金色のものと銀色のものを一つずつ購入し、最初は金色のものを身につけてみた。ところが、身につけた途端、自分にはあまりしっくりこないと感じてしまった。頭が痛くなる五歩くらい手前のような感覚もあり、むしろ体調が悪くなる傾向があったため、すぐに外して銀色のものにつけ変えてみた。すると、今度はしっくり来た。何と、頭がすっきりするのだ。私にはこちらのほうが合っているのだろうと思い、そのまま一週間ほど身につけていた。その間、頭の中はずっとクリアな状態だった。

 一週間が経った頃、「そろそろ『ファティマの手』を取り換える頃だ」と感じたので、銀色の「ファティマの手」を首から外して、改めて金色の「ファティマの手」を身につけてみた。すると、初回よりは和らいでいるものの、やはり頭がすっきりしない感じがした。それでも外さずにそのまま身につけていたところ、やがて頭がすっきりしない症状がやらわいだ。私は、「ようやく金色の『ファティマの手』に受け入れてもらえた」と感じた。

 金色と銀色の「ファティマの手」の違いは良くわからないが、胎蔵界曼荼羅のペンダントと金剛界曼荼羅のペンダントのような違いがあるのかもしれないと思った。おそらくは、私自身が陽のエネルギーを欲しているときに陰のエネルギーを増幅させてしまうものを身に着けてしまったとか、そういう類のものではないだろうか。今後もしばらく様子を見たいと思う。

※このブログへのコメントは、ガンまる日記掲示板で承ります。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 意外にも、佐渡島には電気自動車の充電スポットがいくつかありました。電気自動車にはバッテリ火災のリスクがあるようですが、将来的にそれが解決されるとして、接触事故も同時になくなってくれたらいいのにと思います。磁石の力を活用して、少なくとも他の車とは絶対に接触しないようにできないでしょうか。まあ、接触しないようにできるということは、鉄を強力に引き付けてしまうことになるとは思いますが。(苦笑)

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