GWの東北旅行~車中泊と民宿に宿泊の旅(8)
※GWの東北旅行~車中泊と民宿に宿泊の旅(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 九州北部や山口県などで線状降水帯が発生しているようですね。該当地域にお住まいの皆さんには、心よりお見舞い申し上げます。もしご自宅が安全ではないかもしれない場合は、安全な場所に避難されることを強くお勧めいたします。地元の避難所でも不安な場合は、地元から少し離れたビジネスホテルなどに滞在するのもありかと思います。残念ながら、今の時期は車中泊には向かないです。もしペットを飼っていらっしゃって、一緒に避難所に連れて行けないという事情がおありでしたら、ペット同伴可能なホテルやキャンプ場(テントやタープの用意がある場合に限りますが)もあります。キャンプ場も、今の時期は暑いですが、車中泊よりはマシかと思います。少し気温が下がって来ているとは言え、まだまだ熱中症の危険性はあるかと思いますので、どうか避難先でもくれぐれも水分補給を欠かさないようにお気をつけくださいね。
さて、昨日から夏休みが始まったという方も多いかもしれませんね。実は私もその一人です。ただ、事情があって、今年は今のところ自宅で過ごしています。実は先日、父の姉である伯母が他界しました。終末期の状態であり、余命宣告も受けていましたので、私は連休でも予定を入れずに過ごしていました。夏休みが始まる三日前に父から連絡を受けて、伯母が亡くなったことを知らされました。ガンモには、伯母が亡くなった場合は葬儀に参列したいと話していたのですが、それが夏休みの三日前だったために、職場には休暇を申請し辛いと感じてもやもやしていました。あと二日働けば夏休みなので、葬儀には参列せずに夏休みが始まってから帰省しようかとも考えていたのです。そのことをガンモに話すと、「夏休みが始まってから帰省しても意味がない。おばちゃんにお別れするために、葬儀に参列すべきだよ」と言われました。それで私も考えを改めて、職場の人たちに、忌引きで休暇を取りたいと申し出ました。もちろん、私の申し出に文句を言う人は誰も居ませんでした。
翌日、ガンモと私は早起きをして、愛媛に帰省しました。葬儀はお昼からだったので間に合いました。こうして、ガンモのおかげで伯母に最期のお別れができました。葬儀に参列して、様々なことを感じました。まず、伯母の亡骸を目にしたときに、明らかに魂が入っていないことがわかりました。かつて母の亡骸を目にしたときも、同じように感じました。しかし、葬儀の式場の祭壇に飾られていた伯母の遺影には魂が入っているのを感じました。そのとき、私たちは普段、特に意識していなくても、相手の目を見たり、相手の心を感じ取ったりしながら、実は相手の魂と交流をしているのだと思いました。伯母の遺影は、伯母が生きているときに撮影されたものなので、伯母の魂がしっかりと写り込んでいるのだと思いました。
伯母は若い頃に大変苦労した人でしたが、子供たちに恵まれ、晩年にはたくさんの孫たちやひ孫たちにも恵まれました。その数の多さには圧倒されるほどでした。私自身は子供を産まなかったので、子供を産んでくれた「はとこ」のお嫁さんや、「はとこの子供(=何と言うのかわからない)」のお嫁さんにはとても感謝しています。
そして何と言っても、伯母の長男である従兄の会葬御礼のあいさつに、多くの参列者が心を打たれたのです。従兄は伯母がとても働き者だったこと、女手一つで自分たちを育ててくれたこと、家を建ててくれたことなどを、参列者である私たちに語り掛けるように話しました。そのスピーチの背景には被害者意識もなく、お涙頂戴のようなシーンもなく、参列者の誰からもエネルギーを奪い取りませんでした。むしろ参列者は従兄から高いエネルギーを受け取り、感動に包まれることになったのです。
帰り際に私は従兄に、スピーチがとても素晴らしかったことを伝えました。親族たちは伯母の永遠の不在を悲しんではいましたが、その会話の中には、時には笑いさえも混じっていました。私は、自分がこの輪の中に存在していることがとても心地よいと感じました。それらを総合的に考えて、伯母の葬儀は、私がこれまで体験したことのないほど素晴らしいものだったと感じました。
葬儀に参列して良かったと心から思えました。私の肩を押してくれて、私を愛媛まで車で連れて帰ってくれたガンモのおかげでもあります。翌日に夏休み前の仕事を控えていたので、私たちは日帰りしました。今回の葬儀で様々なことを学びました。従兄が実践したように、自分が被害者になることなく、むしろ参列者にエネルギーを分けるような手法は、誰にでも実践できることではないと思います。それでも、今後、人に対して何らかの行動を起こすときの大きなヒントになることは間違いありません。
それでは長くなりましたが、GWの東北旅行~車中泊と民宿に宿泊の旅(7)の続きをお伝えしたいと思います。今回の記事で、GWの旅行は完結します。
私たちはその日も道の駅で車中泊をし、翌日、出雲崎レトロミュージアムを訪問した。ここは、大人一人1000円で昭和時代にタイムスリップできる場所である。
館内にあるほとんどのレトロゲームは、追加料金なしで楽しむことができるようになっていた。そこで私はパチンコとギャラガをプレイして楽しんだ。パチンコ台で大当たりが出ても景品の交換はできないが、大当たりが発生したときの雰囲気を存分に味わうことができた。
ギャラガは、若い頃に私がかなりはまったシューティングゲームである。確かファミリーコンピュータでも、中古のカセットを購入して楽しんでいたはずだ。しかし、こうして久し振りにプレイしてみると、やはり若い頃のようには敵を倒せなくなってしまっていた。反射神経がにぶくなってしまったのだろうか。思い通りに敵を倒せないことが悔しくて、追加料金が必要ないのをいいことに、何度もプレイしてみたものの、やはり当時の勘は戻らなかった。ガンモは黙々とパックマンに専念していた。ギャラガの隣にはインベーダーゲームもあったが、こちらは名前だけ知っていてあまり馴染みがなかったので、私はプレイしなかった。
懐かしのジュークボックスもあり、誰かが百円を入れたのか、ゴダイゴの『銀河鉄道999』が流れていた。本当に懐かしかった。
一口に昭和と言っても、私自身の子供時代よりも更に前の時代の展示品もあった。館内には子供さんたちの姿もあったが、きっと本当に楽しんでいるのは大人たちだろうと思った。出雲崎レトロミュージアムは、大人たちが子供時代に帰れる場所、と言ってもいいのかもしれない。またこちらに来ることがあったら、是非とも立ち寄りたい場所である。
その後、私たちは東京電力のサービスホールを見学し、原子力発電について学んだ。ここは、福島県で訪れた廃炉資料館のような厳格な雰囲気はなく、子供にもわかるように原子力発電について説明する目的を持った場所であるように見受けられた。原子力発電については、やはりもやもやした気持ちが残っているため、そのもやもやした気持ちを来館者に向けたアンケートに記載しておいた。
そして、その日は民宿に宿泊した。その民宿では、チェックイン時に部屋の鍵(ルームキー)は渡されなかった。というのも、部屋の鍵は、部屋の内側にしかなかったからだ。部屋の鍵は何と、昔ながらの「ねじ込み式の鍵」だった。「ねじ込み式の鍵」は、昔の日本家屋では良く見掛けたものの、最近ではほとんど見掛けなくなっているので、もしもこの民宿に若いカップルが泊まったとしたら、部屋の鍵の掛け方を知らないまま一夜を過ごしてしまうかもしれないと思った。
その民宿で、私たちは「部屋出し」の料理を食べることができた。「部屋出し」と言っても、大きな入れ物に載せられた二人分の料理が民宿のスタッフによって部屋まで運ばれると、私たち自身でテーブルの上に並べて食べるという形式のものである。民宿の料理は、旅館の食事のように量が多くなく、私たちの世代にはちょうどいいと感じる。部屋にトイレや洗面所の設備がないからか、価格がリーズナブルなのも魅力的だ。
民宿をチェックアウトしたあとは、ひたすら自宅方面を目指した。とは言え、一般道を走って、一気にその日のうちに帰宅できるわけではないので、その日は途中の道の駅で車中泊をした。そしてその車中泊が、今回の私たちの旅行の最後の宿泊となった。
こうして十二日間におよぶ車中泊と民宿への宿泊の旅が静かに幕を閉じた。ゴールデンウィークは、まだ少し肌寒さも残っており、車中泊には最適な季節だと改めて実感した。秋になればまた車中泊を再開できるので、私たちはそのときを今から楽しみにしている。
※私が撮影した動画をご紹介させていただきます。よろしければご覧ください。
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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 長い旅行記にお付き合いくださり、ありがとうございました。車で長い道のりを移動しましたが、無事に帰宅できたことに感謝しています。夏休みに出掛けられる方たちもいらっしゃるかと思いますが、どうかくれぐれもお気をつけくださいね。
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