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2020.05.04

映画『LION ライオン 25年目のただいま』

ホットヨガ(六七五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 神戸市にある中央市民病院を訪れた患者さんを対象に、新型コロナウイルスの抗体検査を行った結果、何と三.三パーセントもの患者さんが既に抗体を持っていることがわかりました。これは、神戸市で発表されている新型コロナウイルスに感染した人の数の数百倍にも昇る数に値するそうです。抗体検査を行った対象が、何らかの病状を訴えて中央市民病院を訪れた患者さんであるという前提条件がありますが、実は神戸市に住む多くの人々が、自分の気づかないうちに新型コロナウイルスにかかっており、しかも重症化することなく抗体ができていた、と推測することもできます。これは驚くべき結果だと思います。ただ、抗体ができているからと言って、新型コロナウイルスにもう一度かからないという保証はないという記事を読んだことがあります。もし、抗体ができた人たちが再び新型コロナウイルスにかからないことが保証されれば、ひろゆき氏の言うように、その人たちの力を借りて、少しずつ経済を回して行けるかもしれませんね。


 自宅で過ごす時間の多くは、英語学習に充てたり、映画鑑賞やYouTubeの動画鑑賞に充てている。今回は、久し振りに大泣きした作品の感想を書いてみたいと思う。

 少し前に、インドに住む男の子が行方不明になり、何年もの時を経て、ようやく家族と再会できたという記事をインターネットで読んだ記憶がある。おそらく、本作はそのニュース記事とは違う男の子の話だと思うのだが、状況は良く似ていると思う。

 サルーというインド人の五歳の少年が、長距離の回送列車に乗り込んでしまったことがきっかけで、兄や妹、そして母が住む場所から遠く離れた場所まで運ばれてしまったことから物語が始まる。冒頭の描写からも、サルーの家族が非常に貧しい状況にあったことがうかがわれる。しかし、母が子供たちを想う愛や、兄が弟を想う愛に溢れているとても暖かい家族であることが伝わって来た。

 幼少のサルーを演じている男の子がとにかくかわいい。彼の演技からも、サルーが兄や母を慕う気持ちがひしひしと伝わって来る。ただ、同じインドでありながらも、サルーが乗った回送列車が着いた場所では、サルーの住んでいた地域の言葉が通じないということに衝撃を覚えた。日本でも、例えば山口県に住む子供がいきなり青森県での生活を余儀なくされれば、地元の人たちと言葉が通じないとうことはあり得るかもしれない。しかし、通じないとしても方言なので、共通語で分かり合うことができるはずである。一方、インドの場合はヒンディ語やベンガル語など三千ほどもの異なる言語があり、同じインド人同士であっても、言語が違うと意思の疎通ができないことも多いのだそうだ。

 もう一つ衝撃的だったのは、インドでは迷子になった子供に対する扱いがひど過ぎるということだ。日本では、例えば五歳くらいの子供が駅の窓口で自分の生まれ育った町の名前をしきりに口にしながら切符を買おうとしていたら、子供に対して大人が力を貸そうとしたり、あるいは保護しようとするのではないだろうか。しかし、インドではそうではなかった。大人たちは、自分が切符を買うのにサルーが邪魔になるため、サルーを邪魔者扱いするのだった。このときの映像は、私にはとても衝撃的だった。あまりにも多い人口、そして言語の壁・・・・・・。他にもいろいろな要素があるが、自分自身の幸せを求めるだけで精一杯の人たちが多い国なのかもしれないと感じた。

 やがて、サルーは施設で過ごすことになるのだが、この施設も問題ありだと感じた。子供たちが全然幸せそうでないのだ。注意深く鑑賞すれば、その決定的な理由にたどり着くことができるだろう。また、サルーの母親を探すのに、何度も新聞広告を出してくれたにもかかわらず、見つからなかったという現実もひどい。まず、新聞広告を出した対象がサルーの生まれた地域ではなく、加えて、サルーの母親が文字を読めなかったという実情があったのだった。

 物語は大きく分けて、サルーのインド時代、そしてサルーが養子として過ごしたオーストラリア時代の二部構成となっている。成人したサルーを演じているのは、あの映画『スラムドッグ$ミリオネア』でジャマールを演じていたデブ・パテルだ。サルーはオーストラリア人ご夫婦の養子として迎えられ、インドを離れてオーストラリアで過ごすことになる。とは言え、心の中に実の母や兄への想いが残ったままの状態で、新しい家族と一緒に過ごすのは、例え金銭的に恵まれていたとしても、本当に求めているものが得られない苦しさを背負い続けていたのではないだろうか。

 本作は、インドの様々な問題を暗に描き出した作品でもあるが、同時にハイテクな時代だからこそ実現できた生みの親探しの過程を表現した作品でもある。里親がいるのに生みの親を探すサルーの葛藤なども描かれている。自分が求めているものが得られないときに、人々がどのような行動を取るのかをじっくり観察できる作品でもある。

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