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2019.05.15

母の日に想う

ホットヨガ(六六〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m またしばらく更新できませんでした。仕事がとてつもなく忙しく、かなりのプレッシャーを感じてもいますが、Headspaceのおかげで何とか救われています。先日の母の日は、久し振りに休日出勤しました。そんな母の日について、今の私の想いを綴ってみたいと思います。


 母を亡くしてからは、毎年、母の日を迎えるのが辛かった。しかし、今は違う。以前、最愛のご主人さまを亡くされた方が、「夫が亡くなっても、夫が生きていたときと同じだ」と言っているインタビュー記事を読んだことがあったが、今の私ならその意味が良くわかる。何故なら、今の私も、「母が亡くなっても、母が生きていたときと同じだ」と言えるからだ。

 大切な人を亡くすと、深い悲しみとともに激しい喪失感を感じる。しかし、やがて、実際は故人の肉体が消えてしまっただけなのだと気付くことになる。それは、亡くなった人の魂を身近に感じるということではない。肉体は消滅してしまったが、肉体とは別の形で今も存在し続けていることがわかるという意味だ。深い悲しみの果てには、そうした気付きがある。肉体は消えてしまっても、肉体とは別の形で今も存在し続けているのだから、存在しているという意味では、故人が生きていたときと同じなのだ。

 二年ほど前にギフト用のハーバリウム(植物標本)の存在を知り、花が大好きだった母の仏壇に添えるようになった。美しいハーバリウムは、母の日のギフトにもぴったりだと思う。


 

 母の日の前に、お花屋さんが母の日のカーネーションを求める人たちで賑わっていても、寂しい想いをすることはない。母との付き合い方が変わっても、母に感謝の気持ちを届けることはできるのだから。

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※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母との付き合い方が変わっただけで、母はいなくなったわけではないと言えます。ただ、ここまで言えるまでに、六年ほど掛かりました。(苦笑)

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