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2017.09.14

映画『奇跡のひと マリーとマルグリット』

旅行中の洗濯の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 台風の速度が速くなったのでしょうか。実家から兵庫県の自宅に戻る日に台風が上陸する予報だったのが、台風の通過が一日早まりました。おかげで移動に関しては台風の影響を受けずに済みそうですが、引きこもりの帰省になりそうです。(苦笑)水害や土砂災害など、どこの地域にも大きな被害が出ないよう、祈りましょうね。


Maries_story

 本作を鑑賞したのは、映画『黄金のアデーレ 名画の帰還』を鑑賞したのと同じ九月二日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 十九世紀末のフランスに実在した、耳も聞こえず、目も見えず、話すこともできない少女マリーと、彼女を全力でサポートした修道女マルグリットの密な関係を描いた作品である。

 本作を鑑賞して、たくさん涙が出て来た理由がわかった。障害のある子どもたちを預かって教育する学校に初めてマリーがやって来たときに、マルグリットとマリーが魂の出会いを果たしているからだ。すべてはそこから始まっている。魂の出会いは、人と人を深く結び付ける。マルグリットの魂は、マリーという魂と出会ったときに、大きく突き動かされたのだ。言い換えると、マルグリットは、マリーが抱えていた闇に光を照らすことができることを潜在的に知っていたのではないかと思う。

 しかし、そんな直感的な出会いとは裏腹に、何カ月経っても効果が現れなかったりと、マルグリットは行き詰ってしまう。しかも、追い打ちをかけるような状況にも追い込まれて行く。それでも諦めなかったのは、やはり彼女がマリーと魂の出会いを果たしていたからだと思う。

 本作は、生きることの素晴らしさだけでなく、死を受け入れる覚悟が必要なことについても触れている。現実から逃げずに、決して離れたくはなかった人の死を受け入れることも大切なことであると、本作は暗に教えている。そして、言葉があることにさえ気付かずに、生まれてから今までずっと暗闇の中にいる仲間に対し、自分が受け取ったことを循環させる構成にもなっている。その循環にも、知らず知らずのうちに涙が出て来るのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 盲目で、言葉を話すこともできず、耳も聞こえない人に、他者とコミュニケーションを取る手段を示した作品だと言えるでしょう。とにかく泣けて来る作品です。

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