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2017.04.30

能動的な生き方と受動的な生き方

ホットヨガ(五六七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ゴールデンウィークが始まりましたね。ゴールデンウィークの前半は、ガンモが仕事なので、私は昨日、高速バスに乗って帰省しました。ゴールデンウィークの初日でしたが、高速道路はそれほど混雑することもなく、比較的スムーズに移動することができました。皆さんにとっても、楽しいゴールデンウィークになるといいですね。


 金曜日の夜、珍しく早めに仕事を終えたあと、仕事仲間と二人で飲みに行った。彼女は十数年前に以前の職場で知り合った仕事仲間で、今は同じフロアで働いている。有り難いことに、今の職場には、そういう仕事仲間がもう一人いる。

 以前、彼女と飲みに行ったのは数カ月前のことで、そのときは他にも仕事仲間がいたため、それほど深い話にはならなかった。しかし今回は二人だけだったので、かなり深い話ができたと思う。お互いの近況などをじっくり報告し合ったのだが、そのときにいろいろな気付きがあった。

 まず、彼女は「なりたい自分」を常に意識していて、自分のいる環境が「なりたい自分」から外れて来ると、自らその環境から離れ、新しい環境に移ろうとしていた。一方、私はというと、普段から「なりたい自分」をそれほど意識することもなく、自分のいる環境にストレスを感じ始めると、彼女も含めた周りの人たちに不満を漏らし、自分よりもむしろ周りが変わってくれることを暗黙的に期待していた。また、彼女は常に少し先のことを考えているが、私は現状に身を任せながら生きていた。すなわち、彼女は未来を追い掛けているが、私は現状維持に徹していた。どちらかと言うと、彼女のほうが能動的な生き方を選択しており、私は受動的な生き方を選択していた。

 私は、彼女が以前よりも彼女らしい輝きを放っていることに気が付いた。一方、私はというとその反対で、私らしくない生き方を選択してしまっていた。若い頃は、一度入学した大学を休学して予備校に通い、再受験を果たすなど、ずいぶん能動的な生き方を選択していた私だったが、いつの頃からか、受動的な生き方に変わってしまっていたのだ。

 ただ、どちらの生き方も、見失ってしまうものはある。例えば能動的に生きていれば、私が一度入学した大学を退学したように、自分の望まない環境を捨ててしまうことにもなる。一方、受動的に生きていれば、少し先の未来をイメージすることは少なく、急に環境が変わってしまったときに対応できないこともある。だから、どちらの生き方が良いとは一概には言えない。結局、どのような生き方を選択したとしても、何かを求める一方で、何かを諦めながら生きることには変わりがないのではないだろうか。ただ、能動的に生きるほうが、自分らしさを打ち出す輝きを放つことができるような気もしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつの間にか、現状を維持する受動的な生き方を選択してしまっていることに気が付いてしまいました。しかし、すべてにおいてそうというわけではなく、例えば英語学習に関してはひどく能動的だったりもします。そういうときの私は、自分らしく輝いているのでしょうか。 

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