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2017.01.25

映画『もうひとりの息子』

「全体」の中に溶け込んだ母の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今朝もテントの中で目覚めましたが、テントの外はマイナス二度まで気温が下がっていました。テントの中は、外の気温プラス三度くらいです。冬でも暖房なしのテントの中で寝るようになってから、不思議なことに、風邪も引いていません。しかも、仕事中も通勤中もマスクをしていません。ただ、帰宅したときに、手洗いとうがいを心掛けているだけです。自分なりに、免疫力が高くなっているのかなと思っています。野生にかえっているのでしょうか。(苦笑)


The_other_son_

 本作を鑑賞したのは、一月九日のことである。息子と両親の血液型が一致していないことが判明したことから、息子の出生時に赤ん坊の取り違えが起こったことが判明する。

 私は最初、「映画としては、しばしば取り上げられているテーマだよなあ」と思いながら鑑賞していた。しかし、確かに映画ではしばしば取り上げられているテーマではあるものの、他のどの作品とも違う感動があった。感動の背景にあるのは、赤ん坊を取り違えられた家族の交流が始まることだろう。まずは母親同士の交流から始まり、息子同士、それから父親同士へと広がって行く。しかも、イスラエルとパレスチナという湾岸戦争で引き裂かれた二つの国に住む家族に起こっているので、相手の家族に会いに行くには、通行許可証を提示して検問をパスした上で、壁を越えて行くことになる。

 本作のようなテーマが取り上げられるとき、悲劇として扱うか、感動の物語に仕上げるかは、切り捨てようとしても切り捨てられない辛さを描くか、切り捨てずにむしろ足し算する方向に持って行くかではっきり分かれるような気がする。本作は後者の描写が行われており、端的に言うならば、息子の立場から見ると、自分の母親が二人いるという感じだ。そうなると、とても特別な家族という気がして来る。

 実際にこのようなことが起こったとき、それは決して悲劇であるとは言い切れないのだということ本作は語っていると思う。両親にしてみれば、こうして息子が成長するまで、自分と血の繋がった息子には会えなかったわけだが、病院で取り違えられた血の繋がりのない息子を自分の息子であると信じて育て続けたわけである。その時間は、育てた赤ん坊が自分と血の繋がりのある息子であろうとなかろうと、とても貴重な時間なのではないだろうか。

 このように、血の繋がりを越え、国境をも越えて行く感動的な物語なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 病院で取り違えられたことがわかったのが、息子が十八になってからですので、美しい物語になったのかもしれませんね。子供がもっと小さければ、これから先は、どちらが育てるかという話に発展したかもしれないと思いました。

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