« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »

2016年4月

2016.04.30

四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(3)

十連休の始まりの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ゴールデンウィーク二日目となりました。ゴールデンウィークを利用して、被災地の熊本には、とにかく自分にできることをしたいと思ってやって来たボランティアの方たちがたくさん集まって来ているようですね。本当に頭の下がる想いです。そして、ボランティアには参加しなくても、自分ができる精一杯のことを実践している人たちがいることも忘れないでおきたいものです。それでは、四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(2)の続きをお届けしたいと思います。


 続いて私たちは、ギリシャ風車で有名な道の駅 オリーブ公園へとカングーを走らせた。大きな売店があったので、友人や職場にお土産を買い、オリーブの木が植えられている畑を通って、ギリシャ風車があるところまで歩いてみた。風車は、やはり異国を感じさせる作りで、やや控えめではあるものの、存在感があった。ギリシャ風車は、きっと青空に映えたはずなのに、お天気がぱっとしないのが残念だった。休憩できるスペースもあったので、ギリシャ風車の近くに座って少し休んだ。

 その後、今度は小豆島 オリーブ園に移動した。同じような名前のテーマパークが続くので混同してしまいそうだ。敷地内の傾斜が大きかったので、小豆島 オリーブ園の中へは入らずに、オリーブソフトクリームだけを購入して食べた。

 その後、海の見える道の駅小豆島ふるさと村まで移動した。小豆島はそうめん作りも盛んなようで、ガラス越しに、干されているそうめんを見掛けた。私は、何となくその光景を見て、映画『八日目の蝉』を思い出したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(3)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 似たような名前のテーマパークがあり、混同してしまいそうでした。小豆島は香川県に所属していますが、香川県本土(?)とはまったく違う雰囲気が漂っていましたので、完全に観光地化しているのだろうと思いました。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.29

十連休の始まり

映画『さざなみ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日も大分で震度五強の地震が発生しましたね。被災地の皆さん、お怪我などはありませんでしたでしょうか。度重なる余震に家屋が耐えられるのか心配です。そんな中、熊本で仮設住宅の着工が始まったようですね。避難所で生活されている方たちが必要とされているのは、プライベートな空間を確保することではないでしょうか。東日本大震災のときに、避難所に簡単なパーティションを設置したことにより、プライバシーが守られるようになったと喜んでいる方がいらっしゃったのを思いだします。仮説住宅での生活は、必ずしも快適とは言い切れないかもしれませんが、プライベートな空間を守るための役割は果たしてくれるだろうと思います。まだまだ数は少ないとは思いますが、どうか多くの方にプライベートな空間が行き渡りますように。


 昨日の夕方、仕事を終えたあとに、新幹線と在来線特急を乗り継いで、実家の最寄駅に着いた。ガンモはゴールデンウィークの前半に仕事が入っているため、今回も一緒には帰省できなかった。

 夜の遅い時間だったにもかかわらず、実家の最寄駅まで父が車で迎えに来てくれた。帰省するにあたり、お土産とともに、大きな荷物も実家に送っておいたのだが、それらの荷物を父が受け取ってくれていたので、私は身軽なままで移動することができた。そんな父の存在が本当に有り難い。

 実家に帰ると、私はすぐに仏壇に出向き、母にお線香をあげた。母に仕事の報告をすると、仏壇に飾っている母の遺影が笑っていた。不思議なことなのだが、同じ写真であるにもかかわらず、母の遺影は見る度に表情を変える。もしかすると、母の遺影を見る私自身の気持ちが表れているだけなのかもしれないが・・・・・・。

 一夜明けた今朝、どういうわけか携帯電話に設定しているアラーム音に起こされた。五時半過ぎだった。毎週月曜日から金曜日までは、仕事に出掛けて行くために、五時半過ぎに携帯電話のアラームが鳴るように設定しているのだが、それを解除していなかったのだ。私は慌ててそのアラーム音の設定解除をして、もうひと眠りした。今日から仕事は十連休なのだが、ゴールデンウィークが終わる頃には、再びそのアラームを設定しておかなければならない。

 午前中の早い時間に、父と一緒に母のお墓参りに出掛けた。母のお墓は、父や伯母たちがいつも花を添えてくれているので、色とりどりできれいだ。父と私は、母のお墓の前で般若心経をとなえて帰って来た。

 その後、父は地域の行事があるので出掛けて行った。私はその間に、ガンモから預かって来た増設用のメモリを父の使っているパソコンにセットした。このパソコンは、以前、私がプレゼントしたものだが、最初はWindows 7のOSがインストールされていた。最近は、Windows 7からWindows 10に無償でアップグレードできるので、先月帰省したときに私がWindows 10にアップグレードしたのだが、もともと古いパソコンなので、Windows 7が動作しているときも重かった。そこで、メモリを追加することにしたのだ。

 パソコン本体の電源ケーブルを抜いて、パソコンの本体の裏蓋を開けてから、ガンモが用意してくれたメモリを挿してみたのだが、メモリを増設した状態でパソコンの電源を入れても立ち上がらなかった。どうやら、増設メモリをあまり深く差し込まなかったせいで認識されていなかったようだ。何度か試行錯誤を繰り返したあと、ようやくメモリを認識してくれるようになった。やれやれである。動作も、これまでよりも速くなっていた。

 その後、友人の家に行き、数時間話し込んだ。夕方に帰宅して、晩御飯を食べたあと、天然ヘナをして、ガンモと長話をした。とても充実した一日だった。

 十連休となるゴールデンウィークだが、いつもあっという間に過ぎてしまうので、今回は、実践すべきことを手帳にリストアップしておいた。そして、それらのリストに、毎日、チェックを付けて行く。十連休のゴールデンウィークをあっという間には決して終わらせないつもりだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモとは、ゴールデンウィークの後半に合流することになっています。ゴールデンウィークが十連休でない方もいらっしゃるかもしれませんね。十連休の方も、十連休でない方も、どうか有意義なゴールデンウィークをお過ごしください。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.28

映画『さざなみ』

ホットヨガ(五〇三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 九州新幹線が全線再開したようですね。ゴールデンウィークに間に合って良かったです。一方、被災地では、余震への恐怖から、車中泊を続けている方もいらっしゃるようですね。確かに車の中であれば、上からものが落ちて来たり、家具の下敷きになったりする危険性や恐怖心からは解放されると思います。また、こうした選択を悲観的にとらえるのではなく、回避策の一つとして前向きにとらえることもできると思います。不便なことは多いとは思いますが、不便な状況の中にあっても何らかの回避策が残されているということではないでしょうか。このような、危機を乗り越えるためのノウハウは、同じような状況に直面している人たちにとって、有益な情報になり得ると思います。


45years

 本作を鑑賞したのは、四月二十二日のことである。仕事帰りに大阪・梅田のミニシアターで鑑賞した。原題は"45 YEARS"、すなわち、四十五年間連れ添った老夫婦の物語である。

 イギリスの地方都市に住む老夫婦が、間もなく結婚四十五周年を迎えようとしている。夫のジェフを演じているのはトム・コートネイ、妻のケイトを演じているのはシャーロット・ランプリングである。二人の間に子供はなく、一見、仲の良さそうな夫婦に見える。週末に、結婚四十五周年の祝賀会を催すことになっていた矢先、ジェフ宛にスイスから一通の手紙が届く。その手紙とは、ジェフがケイトと結婚する前に交際していた女性カチャの遺体が発見されたことを知らせるものだった。カチャは、ジェフと一緒にスイスの雪山に登ったときにクレパスに落ちてしまい、行方不明になっていたのだった。

 四十五年もの間、良好な関係を築いて来たというのに、その手紙が届いたことをきっかけに、ジェフの心の奥底に眠っていた元恋人への想いが顕在化し、ケイトの心が次第に大きく揺れ動いて行くさまが描かれている。仲の良い夫婦だったからこそ、人生の大部分を互いに許容し合い、一緒に過ごして来たはずなのに、ケイトの心はジェフが自分と出会う前に交際していた女性に対する嫉妬心に支配されてしまう。

 私が感じたこの老夫婦の問題点は、夫婦の間に感情面での秘密があったということだ。最初からもっと感情をオープンにして接していれば、ケイトの心もここまで揺れることはなかったと思うのだが、重要な感情を共有できていなかったために、もはや引き返せないところにまで行き着いてしまう。それはひとえに、ケイトの嫉妬心がそうさせているのである。

 というのも、ジェフの亡き恋人カチャは、結婚四十五周年を迎えようとしているケイトからすればあまりにも若く、また、ケイトが持てなかったものを持っていた。そのことに対する嫉妬心がケイトの平常心を失わせたように思う。

 四十五年も連れ添った夫婦の仲を覆してしまうほどの存在は、まるで順調に勝ち進んで来たオセロゲームの後半で、一気にひっくり返されてしまうようなものだろう。祝賀会でのケイトの表情が、感情を抑えているだけに恐ろしい。「ここで終わってしまうの?」という終わり方だったが、おそらく結末は一つしかないだろう。いやはや、女性の嫉妬は恐ろしい。

 映画のシーンで気になったのは、ケイトがコップに水道水を注いで飲むシーンである。まず、イギリスの水道水をそのまま飲んでいることに驚いたのと、コップに残った水を捨てずに流しに置いたことにも驚いた。イギリスの水道水は石灰水のような色と味で、はっきり言っておいしくない。それでも、イギリス人は水道水を飲んでいるのだと、まずは驚いたのだ。日本ほど水道事情が優れている国は珍しいらしく、海外から日本に移住した人が、日本の飲食店の厨房で水を出しっぱなしにしている行為にひどく驚いたと言っていた。言い換えれば、日本は良質な水に恵まれているため、水を粗末にしやすいとも言える。だから、ケイトがコップに残った水をそのまま流しに置いたことに違和感を感じだのだろう。ホットヨガのレッスンのあと、ペットボトルに残った水を捨てている人を良く見掛けるが、無意識のうちに私たちは、飲み残した水を捨ててしまう習慣があるために、水を捨てない他国の習慣に、「あれ? 何故、捨てないの?」と感じてしまうようである。

 話が横道にそれてしまったが、老夫婦の抱える問題、特にケイトの心の動きに注目しながら鑑賞すると、見ごたえのある作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 心の中で思っていることがあっても口に出さないでいると、自分の中で勝手に結論を導き出してしまう傾向があるように思います。また、普段は見せない相手の心の裏側を見てしまうと、受け入れられなくなってしまうのでしょうね。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.26

ホットヨガ(五〇三回目)

四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 被災地に届けられる支援物資の中に、大量のラップが含まれているとのことで話題になっていますね。ラップは、本来の食品を包んで保存する以外にもいろいろな用途があるそうで、例えば、お皿の上にラップを敷いておけば、お皿を洗わなくて済んだり、身体に新聞紙を巻いて、その上からラップを巻けば、保温効果もあるそうです。また、食べ物を分け合ったりするのにも活用できそうですね。余震の規模と回数は落ち着いて来ているでしょうか。被災地の皆さんが、一日も早く、安心してゆっくりと眠れる日が来るよう、お祈りしています。


 三月二十五日金曜日の仕事帰り、ホットヨガの南森町店のスタジオで、二本のレッスンを受けた。

 三月二十七日日曜日に店長さんが担当される「肩凝り解消ヨガ」のイベントレッスンを申し込んでいたのだが、ガンモがキャンプの予定を入れてしまった。ガンモには、
「夕方からホットヨガのレッスンの予約を入れてるので、早めに帰って来てよ」
と頼んでみたのだが、
「キャンプ帰りだと疲れてるだろう」
と言った。確かにそうかもしれないと思った。それに、次の日からまた仕事が始まるので、日曜日の夜はできるだけ早い時間に就寝したい。レッスンに出掛けると、帰宅時間は二十一時過ぎになってしまうだろう。そこで、やむなくレッスンをキャンセルさせていただくことにした。

 実は、この日は月に一度の定時退社日だった。英会話カフェに行く話も出ていたのだが、この頃は、残業続きでホットヨガのレッスンに足を運ぶチャンスが激減してしまっていたため、仕事帰りに二本のレッスンを受けることにしたのである。

 最初に受けたのは、六十分のライトコースのレッスンである。何を隠そう、ライトコースのレッスンは、私が最も好きなレッスンの一つである。レッスンの参加者は十三名で、レッスンを担当してくださったのは店長さんだった。

 不思議なことなのだが、ライトコースのレッスンは、担当してくださるインストラクターによって、まったく違うものになる。取るポーズが違って来るというわけではなく、それぞれのポーズをキープする時間が長いために、キープ時間の取り方でまったく別のものになるということだ。

 骨盤コースのレッスンで取っているスリーピングスワンのポーズに続く一連のポーズも取り込まれていたのだが、キープ時間が長いので、途中で笑い出す人もいたようだ。笑うことで、解き放ちたいものがあったのだろう。

 レッスンを終えたあとは、何だか不思議な気持ちだった。これまで受けたことのないライトコースのレッスンを受けた気がした。

 レッスンを終えてスタジオから出て行くときに、店長さんが、
「だんだん呼吸がでいるようになって来ていますよ」
と声を掛けてくださった。店長さんは、このあとすぐのレッスンも担当されるようで、お忙しそうだった。

 私は水素水を補給してからロッカールームに戻り、記事の下書きをしてからしばらく休んだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二レッスン受けるときは、レッスンとレッスンの間が一時間ほど空いていると、最初のレッスンで疲れた身体を休ませることができます。これで、ロッカールームに扇風機があれば完璧ですが、南森町店には扇風機がないので、ほてった身体をクールダウンできないのが辛いところであります。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.24

四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(2)

四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。九州新幹線がゴールデンウィーク開始前日の復旧を目指して頑張っているようですね。大きな震災が発生したあとに被災地を訪れるのは、何だか野次馬みたいで気が引けてしまうのですが、人が行き来することで経済も発展して行くので大切なことですよね。そして、何よりも、故郷を離れている人たちにとっては、ゴールデンウィークに帰省するときの重要な手段にもなり得ます。今は九州新幹線が運休してしまっているために、自動車での移動を余儀なくされているようですね。九州新幹線が復旧すれば、支援物資などももっともっと迅速に届くようになるのではないでしょうか。九州新幹線の復旧を静かに願っています。それでは、四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(1)の続きをお届けしたいと思います。


 寒霞渓(かんかけい)ロープウェイの山頂駅をあとにした私たちは、次なる目的地へと向かった。その途中で、またしても道端に何か動物がいるのを発見した。クジャク、チャボに続いて、今度は野生の猿だった。ただ、野生の猿にアスファルトは似合わないと思った。

 しばらくカングーを走らせてやって来たのは、マルキン醤油記念館である。醤油造りで有名な小豆島には、いくつかの醤油制作会社があるのだ。

 マルキン醤油記念館には、醤油造りに関する資料や歴代の醤油のパッケージなどが展示されていた。そして、醤油を造るときに使っていた大きな桶(こが)をくり抜いて作られたトンネルを抜けると、醤油造りに使われていた古い道具が展示されていた。

 少し歩くと、マルキンギョと呼ばれるマルキン醤油のキャラクターと一緒に写真を撮ることができるコーナーがあった。実際のマルキンギョは平面に描かれているのだが、撮影する角度と位置によって、桶の上を跳ねているように見えるマルキンギョと記念撮影をすることができた。

 そして、記念館を訪問したということで、マルキン醤油のお土産をいただいた。館内にはお土産売り場もあったので、お土産も購入してマルキン醤油記念館をあとにした。

 マルキン醤油記念館を出るときには、勝手口のような出口から出ることになっていた。その出口の背が低かったため、頭をぶつけたりしないように、「頭上に注意!」との注意書きがあった。

 外に出てみると、そこはマルキン醤油の工場の敷地内のようだった。白い作業服を着て、白い帽子を被った作業員が歩いていた。

 そろそろお昼時だった。早朝からフェリーに乗って小豆島にやって来た私たちは、お腹が空くのも早かった。そこで、たまたま見付けたセルフのうどん屋さんに入り、午後の活動に備えて腹ごしらえをしたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(2)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 小豆島の醤油造りには、長い長い歴史があるようです。ちなみに、「しょうゆソフトクリーム」なるものが販売されていたのですが、気にはなりつつも、ここでは食べませんでした。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.23

四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(1)

キセキの仕事占いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は漢方医の診察を受けて来ました。私は普段からテレビを観る習慣がなく、熊本で発生した地震の情報もすべてインターネットやメールで入手していました。参照していた情報のほとんどが活字や写真によるものだったので、崩壊した家屋を漢方医の待合所に設置されたテレビで目にしたときは、強い衝撃を受けました。それと同時に、果たして、これから先、震度七の地震に耐えられる家など建てることができるのだろうかとも思いました。私の実家もそうであるように、日本の古い家屋の多くは木造です。もしも、同じ規模の地震が発生してしまったとしたら、多くの人たちが住む家を失ってしまうのではないでしょうか。今後、地震に強い家が求められることになると思います。建築家の皆さん、どうかよろしくお願い致します。m(__)m さて、今回から、去年の三月に出掛けた小豆島の旅行記をお届けしたいと思います。


 私たち夫婦は四国出身だが、恥ずかしながら、これまで一度も小豆島(しょうどしま)に足を踏み入れたことがなかった。私に限って言えば、独身時代に東京に住んでいたとき、帰省するときにしばしば「四国ワイド周遊券」なるものを購入して活用していた。「四国ワイド周遊券」を提示すると、JR四国内の特急列車の自由席に乗り放題できたので、休暇中にいろいろな場所に足を伸ばしたりしていた。私が活用していた「四国ワイド周遊券」には、小豆島へのフェリーの切符もセットになっていた。しかし、非常にもったいないことなのだが、私は今まで一度もそのフェリーの切符を活用したことはなかった。一方、ガンモは小豆島のある香川県の出身だが、やはり小豆島に渡ったことがなかった。そんな私たち夫婦が、初めて小豆島を訪れたのである。

 朝六時のジャンボフェリーにカングーごと乗船するため、私たちは早起きして三宮方面へと向かった。フェリー乗り場で小豆島に行くことを伝え、乗船券を購入した。ジャンボフェリーは複数の行き先に立ち寄るため、どの車がどの港で降りるかがわかるように、行先が印刷された紙をダッシュボードに置いておくことになっていた。

 私たちがフェリーに乗り込むと、およそ三時間半で小豆島に着岸した。フェリーの中では、若い学生風の女の子が気持ち良さそうに眠っていたが、小豆島で降りる人たちが利用するエリアであったにもかかわらず、フェリーが小豆島に着く時間になっても女の子は目を覚まさなかった。このままでは、女の子は寝過ごして神戸まで折り返してしまうと思い、ガンモはその女の子の肩を叩いて起こしてあげた。女の子は慌てて身支度を整えて下船していた。

 カングーごとフェリーを降りて、最初の目的地に向かったところ、まだ準備中だった。朝六時のフェリーに乗り、およそ三時間半で小豆島に着いて、すぐにそこに向かったのだから無理もない。ちなみに、その近くにはバス停があり、バス停の待合所が大きな樽で作られていた。

 その後、私たちは、別の観光地である寒霞渓(かんかけい)ロープウェイの山頂駅へと向かった。何とその途中、クジャクが道路を歩いているのを見掛けた。最初は野生のクジャクかと思ったのだが、ガンモの話では、その昔、小豆島に孔雀園があったらしい。そこにはいろいろな動物たちがいて、閉園するときに他の動物園などに引き取られて行ったそうだが、中には脱走してしまった動物たちもいたらしい。私たちが見たクジャクもそのうちの一羽だったのかもしれない。クジャクの他に、道路を歩いているチャボもいた。

 さて、寒霞渓ロープウェイの山頂駅には、何と総工費一億円も費やしたという「快適トイレ」があった。中に足を踏み入れた途端、「こんな快適なトイレ空間には、これまで出会ったことがない!」と驚いた。おそらく、私の人生が始まって以来のことである。トイレの個室も、一つ一つきれいに掃除され、洗面台には植物が植えられていた。これでは、トイレを利用するのが楽しくなるに違いない。

 その後、ロープウェイが行き来する寒霞渓の展望台を眺めていると、猫がいることに気が付いた。近寄ってみると、お腹が大きく膨らんでいた。おそらく妊娠しているのだろう。私たちは、しばらく猫と戯れてから、次なる目的地へと向かったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、四国出身夫婦の初めての小豆島旅行(1)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「快適トイレ」は本当に素晴らしいトイレでした。ついつい長居してしまいそうなほどくつろげるトイレでした。こんなトイレを毎日利用できたらうれしいですね。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.22

キセキの仕事占い

ホットヨガ(五〇二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 熊本地震の被災地の皆さん、支援物資不足などの状況は、少しでも改善されましたでしょうか。一部の地域で電気が復旧したと知り、想像していた以上に厳しい状況だったのだと再認識しました。心よりお見舞い申し上げます。そんな中、防災情報を配信してくれているYahoo! 防災速報から、「特に夜間など通知が頻繁に届き、眠れない等の声も多く届いております。」といった内容のメールが届き、驚きました。日本に住む人たちは、被災地の方たちのことを熱心に考えているはずだと思っていたのですが、どうもそうではないように受け取れました。明らかに、メールを受け取る側の意識の問題だと思います。夜中に頻繁にメールが届いて眠れないなんて、被災地の方たちからすれば、憤りを感じるレベルのクレームだと思います。「防災速報は欲しいけれど、自分に関係のない地域の情報はもはや不要」ということなのでしょうか。いずれにしても、非常に残念なクレームだと感じました。


 まだ次の仕事の状況が把握できていなかった今年の二月頃、今後の展開が気掛かりだった私は、有料の占いを実施してみた。ご存じの方も多いかと思うが、「キセキの鑑定士」と言われている花凛さんによる占いである。

 名前(フルネーム)と生年月日を入力するだけで、以下の情報が得られたので、ここで皆さんにご紹介しておきたい。文中には「まるみ」と書かれているが、実際に入力したのは私の本名である。

本気で泣けて本当に当たる、感涙必至の的中力 キセキの鑑定士 花凛 - あなたの人生……次に何が起こり、その後どうなっていく?

あなたの人生、次に起こることは?

 それほど経たないうちに、まるみさんは急に身辺が慌ただしくなると感じるはず。「変わるわけがない」と思っていたものが一変したり、自分の意志とは関係なく、身を置く環境を変えなければならなくなったりするんです。

 具体的には、親しく接していた友人が引っ越すとか、職場での異動を言い渡される、馴染みのお店が移転する、などといった出来事がありますよ。まるみさんはそれまでとは違う人間関係を築かなければならなくなり、行動パターンや目を向けるべき分野も自然と変わってくるでしょう。

 でも、この先でまるみさんに起こることは、決して悪い意味での変化ではありません。長い人生における一つの転機として戸惑いを与えるでしょうけど、まるみさんに必要な「揺さぶり」なんですよ。

その出来事のあと、どうなっていく?

 身近に接する人や自分が身を置く環境が変わると、最初はやっぱり違和感を覚えるでしょうね。でも、それは本当に一瞬のことで、まるみさんは積極的に「変わらなくちゃ」と思えるんですよ。気心の知れた友人だからこそ甘えていた部分があったと知って、自立心を刺激されたり、人や物を見る目を変えざるを得ない状況を迎えて、現状に甘んじることをつまらなく感じたりします。

 また、そうなれば、まるみさんには「自分がどこに向かうべきか?」「今、何をしなくちゃいけないのか?」が明確に見えてくるはず。すべての意識改革はすべて、自己成長に繋がるもの。まるみさんはいろいろな意味で“飛躍”できるんですよ。

 今、この占いの結果を読んで、身震いさえする。繰り返しになるが、私がこの占いをしたのは、まだ次の仕事の状況が確定していない状態、すなわち、長く働いて来た企業で引き続き仕事をすることができるのか、はたまた、別の企業で今と同じ仕事を続けて行くことができるのか、あるいは、これまでとはまったく関連のない企業で新しい仕事を始められるのか、わからない状態だった。

 私としては、長く働いて来た企業で今後も働くことができたらいいのにと思ってはいた。しかし、私が担当していた仕事そのものが別の関連会社に引き継がれることになっていたため、長く働いた企業で私に割り当てられる仕事があるかどうかは危うい状況だった。そんなときにこの占いをしたわけだ。

 しかも、長く働いた企業で仲良くしていた方が、いきなり転勤になってしまった。ここまで当たると、恐ろしく当たる占いとしか言いようがない。

 もう一つ、同じ日に占った別の占い結果もご紹介しておきたい。

本気で泣けて本当に当たる、感涙必至の的中力 キセキの鑑定士 花凛 - あなたの成功をサポートします! 天職・才能……キセキの仕事鑑定

今あなたが受けている評価

 今のまるみさんは、会社にも、仕事関係の人にも、とても馴染んでいるでしょう。まるみさんと似たような趣味や考えを持った人もたくさんいる様子です。結構、環境や人間関係の面では恵まれているほうですよ。
 まわりのあなたに対する評価も上々。問題は起こさないし、まわりと上手に合わせられるので、あなたをかわいがっている人も多いのではないかしら。

 ただ、まるみさんが「成長していく」ことを第一に考えるなら、逆にこの居心地の良さは仇となるかも。仕事面では、ライバルや目の上のたんこぶがいたほうが、切磋琢磨してかえって実力が磨かれていくことも多いですからね。

 まわりと仲良しでいることを大切にしてしまうと、まわりに流されがち。その中で個人行動を取って、もっと、もっと、と高みを目指していくには、人一倍の精神力と厳しさが必要になるんですよ。
 だから……まずは仲間の和を取るか、自分自身の成長を取るかを決めたほうがいいかもしれないですね。それに合わせて必要ならスタンスを変えてはどうかしら。

 いやはや、絶句である。確かに私は、自分で言うのも何だが、長く働いた企業に「馴染んでいた」と言ってもいいと思う。環境や人間関係にも恵まれていたと思う。しかし、そうでない環境のほうが私自身を成長させると占いは言っている。時期的にも内容的にもドンピシャで、とにかく驚いている。

 皆さんも、何か立ち止まることがあったら、花凛さんに聞いてみるといいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、読んでみても驚くような占い結果です。生年月日と名前だけで、ここまでわかるのですね。占い、恐るべしであります。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.19

ホットヨガ(五〇二回目)

互いの母国語を教え合おうの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここ二日ほど、震度五以上の地震は発生していなかったように思いますが、昨日、また阿蘇で発生したようですね。大きな地震で地盤が緩んでいるのに加え、雨も降り、度重なる余震で心が休まるときがないことと思います。支援物資も行き渡っていないと聞きました。。体制が整うまで、もう少し時間が掛かるのかもしれません。どうか一刻も早く支援物資が被災者の皆さまのもとへ届きますように・・・・・・。


 三月十四日月曜日の仕事帰り、ホットヨガの南森町店のスタジオで、六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。

 レッスンの参加者は十二名で、レッスンを担当してくださったのは、店長さんだった。

 今回のレッスンでは、これまでできなかったポーズが取れるようになった。それは、四つん這いのポーズから片手をもう片方の手の下に滑らせて、支えていた手を上に挙げたあと、腰に置くポーズである。カウンセリングを受けて、半分くらいはできるようになっていたのだが、今回は更にその先のポーズまで取れるようになっていた。

 また、同じく四つん這いのポーズから片足を蹴り出して、後ろに蹴り出した足とは反対側の手を前に伸ばすポーズで、蹴り出した足を、手で掴めるようになった。ずっと以前はそのポーズを取ることができていたのだが、いつの頃からか、取らなくなった。しかし、今回のレッスンで実践してみたところ、楽に掴むことができたのだ。

 更に、片足ずつ折り込んで座るスリーピングスワンのポーズへと続くポーズの始まりの部分で、いつも両手を挙げてバンザイをすると下半身がグラグラしていたのに、今回はグラグラしなかった。私は、下半身がグラグラするので、いつもこのポーズではバンザイをしなくなっていたのだ。このポーズができたということは、カウンセリングを受け始めてからというもの、私の中で確実に何かが変わっているようである。

 レッスン中、スムーズな呼吸ができていたのか、レッスンが終わっても呼吸が苦しくならなかった。また、レッスン後に顔から汗がたらたら出て来なかった。

 店長さんが、
「いつもは、座っていても身体が前に傾いているのに、今日は背骨が伸びてましたね」
と言ってくださった。骨盤が立って来ているのだと思い、うれしくなった。

 レッスン後に、スタジオに残ってポーズの説明を受けた。私は、三角のポーズがまだうまくできないので、店長さんに説明していただいた。梅田店のエグゼクティブインストラクターに教わったというのに、まだ完成しないのだ。

 店長さんは、私がいつも取っているポーズを矯正してくださった。どうやら私は、骨盤の歪みがひどく、三角のポーズにひどい癖が出ているらしい。本来、三角のポーズは、折り込んだ腰とは反対側の側面を伸ばすポーズのようだ。しかし私は、反対側の側面を伸ばすよりも前に、骨盤が前方に倒れてしまっているため、側面が伸びていないのだそうだ。店長さんが三角のポーズの正しい取り方を私の身体を通して教えてくださったとき、私はこれまで、本来の三角のポーズとはまったく違うポーズを取り続けていたのだとわかった。

 店長さん曰く、私にはヨガのことについて、あと百個くらい伝えたいことがあるそうだ。それを私の中に取り込んで行くことで、私は必ず変わるそうだ。現に、まだ数回目だというのに、私は変わって来ているようなのだ。レッスン後に顔に汗をかかないなんて、こんなことはここ数年、一度もなかったはずである。もしかすると、骨盤の前傾が更年期にも影響していたのだとすると驚きである。

 翌朝、自転車に乗っていると、いつもと違う感じがした。骨盤が立っているのである。インストラクターも、ヨガをすると背が伸びるとおっしゃっていたが、私も背が伸びているのではないだろうか。何だか身体も軽い気がする。騙されたつもりでカウンセリング付き回数券を購入してみたが、騙されたわけではなかったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 確かに身体が変わって来ているのは実感しますね。正しいポーズを取ろうとしただけで、こんなにも変化があるのかと驚いています。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.17

互いの母国語を教え合おう

赤い広島(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 熊本地方、そして広くは九州地方の皆さん、大きな余震の回数は次第に減って来ているように感じますが、少しでも睡眠を取ることができているでしょうか。どうか休めるときに休んでください。生理用品などを支援物資として送ろうと思っていたのですが、大きな単位でないと、支援物資を振り分ける方たちの負担になってしまうことがわかりました。そこでやむなく募金に切り替えました。支援物資を送ったり、募金を受け付ているサイト、その他、支援に役立ちそうなサイトをご紹介しておきます。ご参考になれば幸いです。

「平成28年熊本地震」緊急募金 - Yahoo!ネット募金

お知らせ / 熊本県防災情報ホームページ

地震に関する支援物資の搬送について / 熊本市ホームページ

平成28年熊本地震に伴う災害援助物資提供のお願い | スノーピーク * snow peak

トヨタ | 通れた道マップ

Hondaホームページ|道路通行実績情報


 以前から、私のgmailアカウントに、「日本語を学んでいるアメリカの大学生と会話しませんか?」という内容のメールが何度となく届いていた。Skypeの音声を使って数十分程度の会話をするもので、数十分のうちに、お互いが学習中の言語を話す時間を半分ずつ確保するというものだ。相手は日本語を学んでいるアメリカの大学生なので、例えば全体の会話時間が四十分ならば、最初の二十分は日本語で会話し、残りの二十分は英語で会話するというものである。全体の会話時間は、四十分のこともあれば、五十分のこともある。

 私は、これまでこの手のメールが届いても、この会話に参加したことはなかったのだが、四月のある金曜日の夜、ふと思い立って参加してみることにした。全体の会話時間は四十分と決まっていたので、最初の二十分はアメリカの大学生が日本語で私に質問して、私が日本語でそれに答える時間となり、残りの二十分は私が英語で会話する時間となった。もともと、この手の会話は、お互いの母国語を教え合う語学交換のサイトに登録することで実現可能となっている。私は、いくつかの語学交換サイトに登録しているため、すぐにこの会話に参加することができた。

 会話を始める五分前に、世話役の方にSkype経由で連絡をすると、世話役の方が私と会話するアメリカの大学生を割り振ってくださった。何を隠そう、私はそのとき生まれて初めてSkypeを使ったので、多少の戸惑いはあったのだが、すぐに慣れた。ちなみに、会話は音声のみで映像はなしである。

 私の話し相手となったアメリカの大学生は、男の子だった。大学一年生と言っていたので、おそらく十九歳くらいなのだろう。最初の二十分は、彼が日本語を話す時間だったので、質問内容に答えたり、彼の話す日本語に耳を傾けていたのだが、とにかく、彼の話す日本語の完成度の高さに驚いた。もちろん、日本人と同じように話せるわけではないが、こちらの言うこともほとんど理解してもらえたし、会話の内容もわかりやすかった。

 どのようにして日本語を学んだのかと彼に尋ねてみたところ、驚いたことに、独学だという答えが返って来た。しかも、彼との会話の中には、日本人の私でさえ驚くような内容がいくつもあった。例えば、彼はある日本人の作家が好きだと言ったのだが、その作家は、ほとんどの日本人が読んでいないような作家だった。私はたまたまその作家の本を読んでいたので、彼とは会話がはずんだ。また、彼は私の好きなイギリスとも縁があるらしく、イギリスの話でも盛り上がった。とは言え、彼の日本語に対する理解度があまりにも高いので、私は内心、「私が英語を話す時間になっても、私は、彼が日本語を話すようには英語を話せないぞ」と焦り始めていた。

 あっという間に二十分が経過し、今度は私が英語を話す時間になった。しかし、急に参加を決めたこともあって、彼に対する質問などもほとんど用意していなかったので、思うように話せなかった。やはり、自分の母国語ではない言葉を話すときは、予め話すことを用意しておくべきだと強く感じた。

 彼は、日本語を話すときはとてもゆっくり話すのだが、やはり自分の母国語を話すときはとても生き生きしていた。十九歳(くらいの)彼に対し、「かっこいい!」と感じたほどだった。私は、ヨガの話やキャンプの話などをした。ハワイに行ったときにマクドナルドを利用したが、サイズが大きくてびっくりしたという話をすると、日本人はみんなそう言うと言っていた。ちなみに、私がハワイのマクドナルドで飲んだ緑茶は、日本人観光客向けに取り扱われているだけで、アメリカ本国のマクドナルドに緑茶のメニューがあるわけではないそうだ。

 彼と話して感じたことは、最近、他国の人たちは、日本という国に対して確実に興味を持ち、理解し始めているということだった。私が知っている外国人の中にも、私よりも日本のある分野に関して非常に詳しい人がいる。それに対し、私自身はまだまだ他国のことを理解していないことに気が付いた。言語を理解することはすなわち、その言語が生まれた背景までも含めて理解するということなのかもしれないと思い始めている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼との会話が終わったあともしばらく興奮が続いて、頭の中が会話の内容でグルグル回っていました。彼に年齢を聞かれたのですが、内緒にしておきました。(笑)きっと彼のお母さんよりも年上なんでしょうね。(笑)それでも、興味の対象が似通っていたのか、楽しく会話することができました。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.16

赤い広島(3)

少し早めのレンズ交換の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 特に熊本地方、広くは九州地方の皆さん、大きな地震のあとに来た本震、そして度重なる余震のために寝不足の状態が続いていらっしゃることと思います。避難所での生活を余儀なくされている方もいらっしゃるかもしれません。余震の数があまりにも多いことに驚いていますが、大分でも、余震とは言えない別の大きな地震が発生しているようで、今後の揺れが心配です。既に多くの方たちが、支援に向けて動いていらっしゃるようですね。私も力になりたいと考えています。具体的には、生理用品などを被災地に届けたいと思っています。不安の中、当たり前のことができなくなってしまう状況だと思いますが、現在の状況がいつまでも続くわけではないはずです。今置かれている状況の中で、常に最善の選択ができますよう、応援しています。それでは、赤い広島(2)の続きをお届けしたいと思います。


 その後、私は本通り(ほんどおり)商店街を歩いた。広島に住んでいた頃も、この商店街を良く歩いたものだった。私が住んでいた頃には、「本通り太郎」と呼ばれる有名なホームレスがいて、缶バッヂなどをジャラジャラ付けて本通り商店街を歩いていた。(今では「本通り太郎」ではなく、「広島太郎」という名前で呼ばれているらしい

 その本通り商店街には、有名な広島アンデルセンがあったのだが、どういうわけか建物はあるのにお店の中が暗かった。まさか閉店してしまったのかと思い、駆け寄ってみると、何やら工事中を思わせる雰囲気で、仮設店舗の案内地図が貼られていた。どうやら改装中らしい。

 本通り商店街と言えば、かつてその近くに「みむろ」という若者に人気の飲食店があった。久し振りに「みむろ」のからあげが食べたくなり、広島に着いた日に「みむろ」があった場所のあたりを歩いてみたのだが、どうしても見付けられなかった。あとでインターネットで検索してみたところ、どうやら閉店してしまったらしい。とても残念だった。

 さて、本通り商店街を抜けると、市内電車が走る道路があった。その道路を渡って、少しさびれた商店街の奥のほうへと歩いて行くと、平和公園へと続いているはずである。しかし、せっかく市内電車の一日乗車券を購入していたので、本通りの電停から宇品(うじな)方面へ向かう市内電車に乗り込んだ。そして、広島港にやって来た。

 広島港ではトイレをお借りしたあと、船にも乗らないのにしばらく待合所に座って海を眺めていた。そして、広島駅行きの市内電車に乗り込み、広島駅まで移動した。

 広島駅では、コインロッカーに預けておいた大きな荷物を取り出してから、新幹線の乗り場へと向かった。広島駅ビルの中にもお好み焼き屋さんがあった。以前、ガンモと一緒に広島に来たとき、そのお店でお好み焼きを食べたのを思い出した。

 予約していた新幹線に乗車すると、行きと同じくおよそ一時間半で新大阪駅に到着した。こうして、私の一泊二日の広島旅行が幕を閉じたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、赤い広島(3)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 広島駅の新幹線ホームに、「広島駅で買える最後の駅弁屋!」と書かれた駅弁屋さんがありました。これから新幹線に乗車しようとする人には有効な宣伝文句だと思いますが、新幹線から降りたばかりの人が見たら、違和感を覚えるでしょうね。(笑)というわけで、これで広島旅行の旅行記が完結しました。お付き合いくださいましてありがとうございました。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.14

少し早めのレンズ交換

ホットヨガ(五〇一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 熊本地方で震度七の地震が発生したと、帰宅途中に私の携帯電話にYahoo!防災速報からメールが届きました。九州地方の皆さん、お怪我などはありませんでしょうか。熊本で大きな地震と聞いて、去年の十一月に熊本にあるガンモの後輩の実家を訪れたことを思い出し、ガンモに伝えたところ、すぐに安否が確認できて、大丈夫だったことがわかりました。また、友人の娘さんが大分にいらっしゃるので、こちらも安否確認を行ったところ、かなり揺れたものの大丈夫とのことでした。断続的に揺れが続いているみたいですね。九州地方の皆さん、今夜は怖くて眠れないかもしれませんが、どうか余震には充分を気を付けください。そんなことしか言えませんが、とにかくこの地震で大きな被害が出ませんように。そればかりを祈りながら帰宅しました。


 一カ月ほど前のことだろうか。右目が良く見えないと訴えていたガンモが眼科を受診したところ、白内障であることがわかった。「五十代前半で白内障?」と驚いたが、どうやら本当らしい。その後、とんとん拍子に話が進み、手術の段取りまで決まってしまった。

 白内障は、古くなった目の水晶体を人工の水晶体と交換する手術で、主にお年寄りが受けている目の手術である。手術自体は十分程度で終わるらしく、安全性も高いようだ。ガンモは三年以上前から右目が良く見えなくなってしまっていたようなのだが、眼科に通うことなく過ごして来たのだった。眼科で説明を受けて、最初のうちは手術を怖がっていたガンモだったが、交換用の人工水晶体を注文し、あとは手術の日を待つのみとなった。

 ガンモの手術が行われた日、私は休暇を取り、ガンモの通院に付き添った。その日の午後は、白内障の手術を行うと眼科が決めた日だった。数人の人たちが待合室で手術を待っていたが、どの方たちも六十代から七十代の方たちばかりだった。すなわち、ガンモがその日に白内障の手術を受ける最年少ということである。独りで来られている方もいらっしゃれば、ご家族の方とご一緒の方もいらっしゃった。

 受付を済ませると、頭に給食当番のようなキャップを被らされ、すぐに点眼が始まった。何種類かの目薬を何度か点(さ)していただき、手術の順番待ちをした。手術のあとは、三十分ほど待合所で休んで帰宅することになっているようだ。ガンモ曰く、その点眼の効果で目の焦点がぼやけ、実際の手術のときには目が良く見えなくなるので怖くなかったそうだ。

 手術が終わった方たちは、片目に眼帯を着けた状態で手術室から出て来られた。そうこうしているうちに、ガンモの名前が呼ばれた。手術前にトイレに行っておくかどうかを看護師さんに尋ねられたとき、ガンモは行かないと答えた。しかし、行っておいたほうがいいと私が促すと、ガンモはトイレを済ませた。そして、ガンモは手術室の手前にある待合所へと入って行った。

 成功率の高い手術と聞いていたので、あまり不安はなかったが、十数分後に手術室へと続く中の待合所の様子が、開いたドア超しに見えたとき、片目に眼帯を着けているガンモの姿を確認することができた。それを見たとき、ああ、手術が無事に終わったのだとわかり、安堵した。

 手術が終わったあとは、待合所で三十分休んでから帰宅するわけだが、付き添いの人がいれば、その間に薬局で薬を受け取ることができる。私は薬局にガンモ宛の処方せんを提出すると、痛み止めや胃薬などとともに目薬を受け取り、眼科に戻った。

 ガンモは眼帯の上に透明の眼鏡を掛けていた。こうして目を保護しているのだった。これから数日は、夜、寝るときもその眼鏡を掛けたまま寝るらしい。しかも、手術の翌日と翌々日、それから四日後に通院する必要があるのだそうだ。手術の時間そのものは短くても、術後のケアがなかなか大変なのだとわかった。

 手術の翌日、私は出勤したが、ガンモはまだ休暇を取っていた。そして、約束の時間に診察を受けたようだ。すると、水晶体を吸い出した新しいレンズを入れた穴がぱっくりと開いていることがわかり、医療用コンタクトレンズを装着して穴が塞がるのを待つことになったそうだ。

 目を手術したあとを縫い合わせるわけには行かないので、自然にくっつくのを待つ必要があるそうだ。そのため、術後しばらくは洗髪ができないことになっている。とは言え、時期的に頭を洗いたくなるので、私が介護用のシャンプーハットを購入しておいたところ、私が仕事に出掛けている間にガンモがそのシャンプーハットを使用して、自分で髪を洗っていた。そのシャンプーハットを使うと、目を濡らさずにシャンプーできるという。術後数日は洗髪してはいけないと言われているのに、ガンモは介護用のシャンプーハットを使って洗髪していたのである。

ワイズ 大人用シャンプーハット BZ-031
価格:1150円(税込、送料別)


 ところで、現在、ガンモの眼帯は取れているものの、ガード用の眼鏡を掛けている状態である。水晶体を取り換えてからは、目の焦点が固定になってしまったとかで、これまで使っていた近視かつ乱視用の眼鏡は合わなくなってしまったそうだ。

 多くの人たちは、白内障の手術を片目だけ受けたあと、およそ一週間のちにもう片方の目も手術を受けるらしい。しかしガンモは、考えた挙句に片目のみの手術を受けることにした。白内障の手術に対して、まだ信頼し切っていなかったからなのだろう。それでも、白内障の手術を受けると、固定焦点にはなるものの、近視や乱視の問題が取り除かれ、あとは老眼だけが残り、非常に良く見えるようになるのだそうだ。

 ガンモの場合は、右目だけの手術をすることにしたので、手術を受けなかった左目の見え方がどのようになるのかをあらかじめ考慮しておく必要があった。平たく言えば、手術をしない左目とのバランスを考えることが必要だった。ガンモの左目には、近視も乱視もしっかり残っているため、ガンモの右目もまた、左目の視力に合わせた形の状態になったのだった。

 ガンモはその状態で手術を受けたことを少し悔やんだようだが、初めての手術なので、やはり不安を抱えるのも無理はなかっただろう。これまでの眼鏡は使えなくなってしまったので、ガンモはまた眼鏡を購入したいと考えているようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 白内障の手術をするときは、片方ずつの目を手術していただかないと、目が見えなくなってしまうので、両目の手術を受ける方でも、片目ずつ手術を受けていらっしゃるようです。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.12

ホットヨガ(五〇一回目)

赤い広島(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日は寒かったですね。ここのところ半袖で出掛けていたのに、薄手のジャケットを羽織り、マフラーを首に巻いて出勤しました。薄手のジャケットでは寒かったので、下にカーディガンを着込んでおくべきだったと後悔しました。仕舞っておいた冬服を取り出した人も多いかもしれませんね。今日は所要で休暇を取っていたので、朝の気温はわかりませんでした。


 三月十二日土曜日、漢方医の診察を受けたあと、しばらく時間を潰してからホットヨガの南森町店のスタジオに出向き、二本のレッスンを受けた。月五回のレッスンに加え、カウンセリング付き回数券も購入したので、こうして張り切っているというわけだ。

 最初に受けたのは、六十分のリラックスコースのレッスンである。レッスンを担当してくださったのは、店長さんである。レッスンの参加者は十名だった。

 私は今回、キャミソールではなくタンクトップでレッスンに参加した。スタジオ内を見渡してみると、キャミソールを着ている人よりもタンクトップを着ている人のほうが多かった。この日は、いつもはキャミソールを着てレッスンを受けている人たちがタンクトップにしようと決めた日だったのかもしれない。

 リラックスコースのウォーミングアップのストレッチには、身体をほぐすストレッチがいくつも加えられ、これまでのストレッチとは違ったものになっている。

 私はいつも、このウォーミングアップのストレッチのときに取っている、両手を後ろで組んで上に挙げるストレッチがまったくと言っていいほどできない。もしも、インストラクターに質問することができたら、聞いてみたいことの一つだった。

 リラックスコースのレッスンは、吉祥のポーズから揺れる吉祥のポーズに入り、人魚のポーズへと続いて行く。揺れる吉祥のポーズは、川崎にある溝の口店のスタジオで初めてリラックスコースのレッスンを受けたときにトランス状態に入ることができて、ものすごく気持ちが良かった。しかし、あれから一度もトランス状態に入ることができないでいる。

 人魚のポーズでは、鏡に写った「とど」のような自分の姿を横目で見ながらポーズを取った。遮断機のポーズでは、身体を横に倒してみるものの、何となく違うような気もしていた。

 レッスンを終えると、店長さんが声を掛けてくださったので、私は、両手を後ろで組んで上に挙げるストレッチがまったくと言っていいほどできないと言った。すると、店長さんは、
「肩甲骨ですね」
とおっしゃった。私もそうだろうとは思っていた。普段から、肩甲骨が固まっているのを実感していたからである。

 店長さんは、フェイスタオルを手に持ち、上に掲げ、そのままそのタオルを後ろに回して下した。仰天した私は、
「人形ですか?!」
と言った。店長さんのそれは、もはや人間業ではなかった。店長さん曰く、普段から肩よりも上の部分を動かしていないと、固まって来るそうだ。こうしてフェイスタオルを使って意識して動かすと、変わって来るそうだ。

 その後、立ち方の指導を受けた。私には、自分の身体を甘やかす癖がついているらしく、いつも楽なほうへと逃げているらしい。直立の姿勢(タダアーサナ)はこのように立つのだと教わったとき、からだの重心が今までの重心よりも後ろにあることに気が付き、ショックを受けた。

 更に、遮断機のポーズも、私は真横に倒さずに前方に倒れてしまっているそうで、実際はこうだと教えていただいたとき、またまたカルチャーショックを受けた。まずは左右の骨盤の位置を揃えて、その後、片手をまっすぐ挙げて、もう片方の手を腿に這わせ、挙げた手をまっすぐ倒すのだ。すると、身体の側面が伸びて来る。私はこれまで、まったく違うポーズを取っていたのだった。

 次のレッスンまで一時間あったので、ロッカールームに戻り、記事の下書きをして、次のレッスンに臨んだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m YouTubeにあるヨガの動画を検索してみたところ、人魚のポーズや賢者のポーズが、私が習っているポーズとはまったく違うものだったので驚きました。ヨガにもいろいろ種類があるので、呼び方が異なるのかもしれませんね。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.11

赤い広島(2)

赤い広島(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日、京都でのお花見キャンプから無事に帰宅しました。土曜日は半袖で過ごせるくらい暑かったためか、出勤すると、「腕が日焼けしてる」と言われました。そうかと思えば、今日はまた気温が低いですね。皆さん、気温の変化で体調を崩さないようご自愛ください。それでは、赤い広島(1)の続きをお届けしたいと思います。


 宿泊したホテルをチェックアウトした私は、コインロッカーに大きな荷物を入れておくために、ホテルの送迎カーを利用して、広島駅まで移動した。荷物が大きかったので、大型か中型のコインロッカーに荷物を預けたかったのだが、広島駅の大型および中型のコインロッカーはすべて使用中だったため、やむなく通常サイズのコインロッカーを二つ利用することにした。二つで六百円も掛かってしまったので、宅配便で荷物を送ってしまったほうが身軽になれたかもしれないが、そうした場合、ノートパソコンを持ち歩かなければならなくなってしまうので、結局、コインロッカーを使用することにしたのだ。

 広島駅前でも、また、街の至るところで、広島東洋カープの赤いユニフォームを着て歩いている人たちを見掛けた。広島の街が赤いと感じたのはそのせいだった。赤地に白のユニフォームだけでなく、白地に赤のユニフォームもあった。

 荷物を預けて身軽になった私は、市電に乗りたかったので、前日と同じように市電乗り場へと向かった。市電で使えるICカードはJR西日本のICOCAを含む二種類のみらしい。しかし、ICOCAを持っている人へのアピールが足りないように思えた。ちなみに、ICカードを使って乗車する場合は、乗車時にタッチしておく。

 帰りの新幹線までまだ時間があったので、私は市電の一日乗車券を購入して、市電に乗り込んだ。市電の一日乗車券はスクラッチ形式で、利用年月日をコインで削るようになっていた。

 実は、市電の一日乗車券を購入したのは、浪人時代の広島を体験したかったからだ。私は市電の八丁堀で降りて、広島時代に住んでいたアパートの近くまで歩いてみた。その間にも、広島東洋カープの赤いユニフォームを着た人を見掛けた。

 八丁堀から、アパートの近くの交差点まで歩いた。宿泊したホテルに近かったが、改めて近くまで来ると、懐かしさが込み上げて来た。私が住んでいた当時も営業していた喫茶店も確認できた。

 さて、私が住んでいたアパートだが、何ときれいに建て替えられていた。今もアパートを経営されているかどうかはわからなかったが、立派な造りの建物だったので、ひょっとするとその一部を人に貸しているのかもしれないと思った。

 亡き母が一緒にアパートを探してくれたこと、入学前にそのアパートに来て準備をしてくれたことなどを思い出して、涙が出て来た。アパートを決めたときにお世話になった不動産屋さんを探してみたが、見当たらなかった。どこかに過去を覗くことができる鏡でもあって、こっそり過去を参照することができたらいいのにと思った。

 続いて、当時、アルバイトをしていたお店を探すため、お店のあったショッピングセンターに足を運んだ。写真を撮ることが好きだったので、DPEショップの受付のアルバイトをしていたのである。

 確か、ショッピングセンターの一階と三階に店舗があったはずだが、残念ながら、もはやそのお店はなかった。デジタルカメラの普及により、街のDPEショップは姿を消してしまったのかもしれない。

 私が広島の大学を休学して、予備校に通う決意をしたとき、愛媛から両親が訪ねて来た。そして、おそらくアパートの大家さんに私のアルバイト先を尋ねたのだろう。私がアルバイトしていると、父と母の姿が見えたのだ。そんな想い出など掻き消すかのように、時代はすっかり変わってしまっていた。

 ちなみに、このショッピングセンターでも赤いユニフォームが売られていた。

 さて、お昼ご飯にお好み焼きを食べようと思い、お好み焼きで有名な「お好み村」に足を運んだ。こちらも、浪人時代に住んでいたアパートから近いところにあった。

 「お好み村」に着いて、エレベータを降りると、お好み焼き屋さんばかりが並んでいた。いくつものお好み焼き屋さんがあったが、目指すは「八昌」である。

 階段を昇ってすぐのところにある「八昌」は、「お好み村」の二階では最も人が並んでいるお店だった。ちなみに、「お好み村」は、ビルの二階から四階まであった。

 「八昌」は、二階では一番混雑しているお店だった。およそ三十分くらい待って、ようやくお店の中に入ることができた。おいしい「お好み焼きデラックス(一三五〇円)」をいただいた。ソースが少し辛かったものの、やはりたくさんの人が並んでいるだけあって、とてもおいしかった。ソースが辛かったのでお水をたくさん飲んだが、私のコップのお水が少なくなると、お店の人が気付いてコップに新たなお水を注いでくださった。本当はもっと写真を撮りたかったのだが、お店の人に遠慮してしまい、あまり撮ることができなかった。それでも、おいしいお好み焼きを食べることができてとても満足だった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、赤い広島(2)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 広島のお好み焼きは、薄い下地の上にキャベツやもやし、シーフード、お肉などを入れ込んで焼きます。焼いている間は背が高いのですが、最後に平たく潰され、ソースと海苔をかけてくれます。また、食べ易いようにカットしてくださいます。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.09

赤い広島(1)

宮崎~熊本~福岡の旅(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本格的なお花見がまだでしたので、今日はガンモと二人でお花見も兼ねて、京都のとあるキャンプ場に来ています。本来ならば、奈良のキャンプ場に行く予定だったのですが、予約の電話が繋がらなかったため、予約をせずに近くまで来てしまいました。今朝、たまたま私が電話を掛けたところ、電話が繋がり、今日は利用可能かどうか尋ねてみましたが、「今日は満タンです」と言われてしまいました。そこで予備のためにリストアップしておいた京都のキャンプ場に移動して来たというわけです。桜は、一番いい時期を過ぎてしまっていますが、それでも私たちを楽しませてくれています。さて、今回から、先週末に出掛けた広島の旅行記をお届けしたいと思います。


 先日も触れたように、「広島でお花見キャンプをしよう」と言い出したのはガンモだったが、ガンモは仕事が入ってしまい、私はお花見キャンプをするために入れた広島での予定をこなすために、一人で広島に出掛けた。いつもならば、西方面に向かう新幹線に乗車するときは新神戸駅を利用するのだが、大阪までの通勤定期券があることと、五十歳以上の人たちが利用できるおとなび会員の特権で格安の新幹線切符を購入できたので、新大阪から乗車することにした。

 "It's a long story."の記事に書いたように、四月から別の会社で働くことになり、先月半ばあたりから残業続きだったこともあって、ひどくバタバタと過ごしていた。広島に出かける前日は、別の会社への初出勤日でもあり、しかも、その日だけ自宅から近い「まちのオフィス」ではなく、自宅から少し遠い「いなかのオフィス」に出勤することになっていたため、いつもよりも早起きすることになった。それに加え、夜は懇親会に参加したため、帰りが少しだけ遅くなってしまった。懇親会から帰宅した私は、てきぱきと広島行きの準備を整え、翌日の出発に備えたものの、準備はまだ万全ではなかった。

 広島に出掛ける直前に、漢方医の診察の予約を入れていたので、大きな荷物を抱えて漢方医の診察を受けるかどうかで迷った。迷った挙句、大きな荷物は自宅に残しておいて、漢方医の診察を受けたあとに帰宅して、すべての荷物をまとめてから広島に向けて出発することにした。こういうこともあるかもしれないと思い、新幹線の予約を遅めの時間に設定しておいたので、時間的に少し余裕があったのだ。

 新大阪駅から新幹線のぞみ号に乗車すると、広島まではおよそ一時間半しか掛からなかった。足元にコンセントがあったので、そのコンセントにノートパソコンの電源ケーブルを差し込んでノートパソコンをいじっているうちに広島に着いてしまった。

 広島は、私にとって、高校を卒業したあと、一年間だけ過ごした街である。当時、いったん広島の大学に進学したものの、他に行きたい大学があったので思い切ってその大学を休学し、予備校に通った。そして、翌年に神奈川県にある別の大学に合格したので、広島の大学を退学して上京した。思えば、両親にもずいぶん心配を掛けてしまったし、余分なお金も使わせてしまった。当時はひと悶着あったものの、最終的には私の選択を受け入れてくれた両親に感謝している。

 広島駅に到着した私は、まっすぐ市内電車の乗り場へと向かった。そして、宿泊するホテルの最寄駅で降りて、繁華街を歩き始めた。ホテルへの行き方が書かれた印刷物を持参していたので、それを見ながら歩いてみたのだが、どうやら見方が間違っていたようで、道に迷ってしまった。そこで、ガラケー用の地図アプリを使いながら歩いてみたものの、ガラケーでは、現在地が地図上に反映されるまでに時間が掛かってしまうため、かえって迷うことになってしまった。それでも、ようやくホテルにたどり着いて、チェックインを済ませた。そこは何と、私が浪人時代に住んでいた場所からそれほど離れていない場所だった。今思えば、そこは市内電車の電停からは遠かったので、広島駅からバスを利用すれば迷わずに済んだのかもしれない。

 ホテルの近くに、浪人時代にしばしば利用していた音戸(おんど)温泉という公衆浴場があったので、久し振りに利用した。その周辺にはいわゆる「夜の街」があるので、私が住んでいた頃は「夜の街」で働く女性たちがその公衆浴場を利用していて、独特の雰囲気が漂っていたのを覚えている。しかし、今回は特に何も変わったことはなかった。しかも、以前よりも営業時間が短縮されているような気がしたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、>赤い広島(1)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 公衆浴場の利用料金は、四百三十円に値上がりしていました。東京だと、もっと高いのでしょうか。私が利用していた頃は二百円台だったような気がしています。一回利用するごとに四百三十円掛かるなら、お風呂付きの部屋に住んだほうがお得な気がしてしまいますね。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.08

宮崎~熊本~福岡の旅(8)

"It's a long story."の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日、雨がたくさん降ったためか、通勤途中に見掛けるかなりの桜が散ってしまっていました。道路に山盛りの桜の花びらが落ちていて、何だか悲しかったです。この時期に降る雨は意地悪ですね。それでは、宮崎~熊本~福岡の旅(7)の続きをお届けしたいと思います。


 宮崎から飛行機で福岡入りした私たちは、福岡空港から地下鉄に乗り換え、博多まで出た。私は、何年か前に購入した福岡の地下鉄で使えるf cardが使えるかどうか試したかったのだが、もはやサービスは終了してしまっていた。その代わり、払い戻しができるというので払い戻しをしていただいた。

 博多でお昼ご飯を食べたあと、唐人町まで移動し、「ヤクルト事業創業の地」を示す石碑を写真に収めた。ヤクルトの形をした黒い石碑だった。

 実は、福岡に来たのは、ガンモの後輩が福岡に住んでいるからなのだが、このときたまたま後輩は実家に帰っているとかで会えなかった。私たちは、旅の計画はせっせと立てるのだが、あまり押し付けたくないばかりに、人に会う約束を直前にしようとするので、「もっと早く知らせておけば会えたのに」と後悔することが良くある。これは、ガンモにも私にも共通することなのだが、それでも反省の色がない。

 さて、少しだけ時間があったので、大濠(おおほり)公園まで歩いた。大きな池のある公園で、池の中にある橋の周りには、人間からもらえる餌を求めてたくさんの鳥たちが集まって来ていた。どうやらカモメのようである。そして、橋の下の水辺には、たくさんの鳩もいた。人間のための公園であるのと同時に、鳥たちのための公園でもあるようだった。

 私たちは公園のベンチに座り、鳥たちを眺めながらしばらくくつろぐと、地下鉄に乗って再び博多まで戻った。その後、博多駅の駅ビルの屋上にある鉄道神社に参拝した。鉄道神社は、旅の安全を祈願する神社のようだが、つばめ電車と呼ばれるミニSLのような電車が走っていた。この手の乗り物は大好きだ。今度来たときには是非ども乗りたいと思う。その後、私たちは、新幹線さくらに乗って新神戸まで戻った。こうして、私たちの二泊三日の宮崎~熊本~福岡の旅が幕を閉じたのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、宮崎~熊本~福岡の旅(8)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二泊三日の旅とは思えないくらい、いろいろなところに足を伸ばした旅でありました。鉄道神社は、どのエレベータに乗ったら行けるのかわからなくて探し回ってしまいました。わかりにくい場所にあるので、皆さんも博多に行ったときには探してみてください。(笑)これで、宮崎~熊本~福岡の旅の旅行記は完結したいと思います。長らくお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.07

"It's a long story."

ホットヨガ(五〇〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関西地方の桜もすっかり満開です。この時期は、別れ(分かれ)と出会いの季節ですね。今日は、そんな話を書いてみたいと思います。


 タイトルに掲げたのは、私の大好きなBBCの人気テレビドラマ"DOCTOR WHO"にもしばしば登場する、「話せば長いんだよ」といった表現である。四月から私の仕事の環境が変わることになったと書いたが、実はこの度、十数年にも及ぶ派遣契約が終了してしまった。しかし、話せば長いのだが、私自身は引き続き、今とまったく同じ仕事を別の会社で行うことになり、しかも、この先二ヶ月余りは、これまでと同じ「まちのオフィス」で仕事を続けることになる。そして、二ヶ月余りのちには、「いなかのオフィス」に戻ることになっている。簡単に言えば、私がこれまで携わって来た仕事が「いなかのオフィス」にある別会社に引き継がれることになり、現在はその引継ぎ作業を行っているという状況なのだ。

 長く続いた仕事だったので、まさかこのような形で終わりを迎えるとは思ってもいなかった。それでも、逆に長く続いた仕事だったからこそ、これまでの仕事を引き継ぐ会社が私を雇ってくださったのだ。

 私自身、年齢的なこともあり、これまでと同じような仕事を続けて行くことができるかどうか不安を抱えていた時期もあった。とは言え、家にいても、家事を完璧にこなせるような専業主婦タイプではないので、やはり外に出て働くのが性に合っていると思っていた。すると、これまで一緒に仕事をして来た方が、仕事を引き継ぐ会社の方に私を紹介してくださった。体制を整えるために一時的に話が停滞してしまうこともあったものの、あとはとんとん拍子に話が進み、四月からはこれまでとまったく同じ仕事を別会社ですることができるようになったのである。

 私は、話がとんとん拍子に進んだ裏には、母のおかげではないかと思っている。というのも、何から何まで「大安」にことが進んで行ったからだ。実を言うと、母は「大安」にひどくこだわる人だった。新しくことを始めるときには、必ず「大安」を選ぶ人だったのだ。職を失う不安を抱えていたとき、母にお願いしていたのだが、それが一番いい形で叶ったというわけだ。

 長く働いた職場では、良い人間関係を構築できたと思っている。とても大事にしてくださり、私自身が何かを押し殺すことなくのびのびと仕事をすることができたと思う。仕事のチームワークについても、それぞれの苦手分野をカバーし合えるいい関係だったと思う。

 三月の終わりに女性社員の方たちがお昼休みに食事会を開いてくださり、高層ビルの中にある眺めのいいお店でランチをごちそうになった。オフィス街でお店が混雑するので、わざわざ参加者のオーダーを聞いて予約までしてくださり、お店に着くとすぐに料理が出て来るという手際の良さだった。しかも、その後、一部の女性社員の方たちから、プレゼントまでいただいてしまった。そして、最終日はお花をいただき、みなさんの前であいさつをして、「また来週」と言って別れた。「また来週」と言ったのは、四月一日だけ「いなかのオフィス」に出勤し、そのあとはまたこれまでと同じ「まちのオフィス」に出勤することが決まっていたからである。別れであるはずなのに、本当の別れではないような、何とも不思議な気持ちが今でも続いている。

 更に、部署が異動になった方たちと一緒に歓送迎会も開いてくださり、ざっくばらんに話をすることができた。本当に至れり尽くせりの状態で、とても有り難いことである。

 今、私は、新しいメンバーのいるチームに加わって、これまでと同じ仕事を続けている。まだまだチームワークも出来上がってはいないが、これから今のメンバーと新たなチームワークを築いて行くつもりだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アットホームな良い会社だったと思います。今も不思議な感じで繋がりが続いています。それだけ、ご縁があったのかもしれませんね。この時期、新しい環境に身を置くことになった方たちも多いかと思いますが、一緒に頑張って行きましょう!

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.05

ホットヨガ(五〇〇回目)

宮崎~熊本~福岡の旅(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m おととい、広島から帰って来ました。円安の影響なのか、日本は今、どこに行っても外国人がいっぱいですね。外国語を学ぶいい機会かもしれません。それでは、ホットヨガ(四九九回目)の続きをお届けしたいと思います。


 続いて受けたレッスンは、六十分の骨盤コースである。骨盤コースのレッスンを担当してくださったのも店長さんで、レッスンの参加者は十名だった。私にとっては、記念すべき五〇〇回目のレッスンである。ちなみに、五〇〇回目のレッスンと言っても、京都御所で受けた野外ヨガも回数に入っているので、すべてがスタジオの中で行われたレッスンというわけではない。

 何と店長さんは、私が参加したレッスンが、その日に担当される三本目のレッスンだという。良くわからないが、レッスンに参加される方たちの中に一人でもカウンセリング付き回数券を購入している人がいると、カウンセリングのできるインストラクターがレッスンを担当することになるのだろうか。

 一本目のレッスンから一時間ほど休んだので、比較的楽にレッスンを受けることができたのだが、やはりレッスンの途中で暑くなり、スタジオの外で休ませていただいた。

 相変わらずヨガタオルをヨガマットに敷いて使っているのだが、一日に二レッスン受けるときは、ヨガタオルを一枚だけ持参するようにしている。というのも、ヨガタオルを二枚も持参すると、かなりかさばるからだ。二レッスン受けるときは、受付でバスタオルとフェイスタオルのセットを二セット受け取るので、バスタオルを二枚使えることになる。私は、そのうちの一枚をリラックスコースのレッスンに使い、持参したヨガタオルは二本目に受ける骨盤コースのレッスンに使うことにした。というのも、ヨガタオルは裏に滑り止めが付いているので、足を大きく広げたりする骨盤コースのレッスンには最適だからだ。リラックスコースのレッスンには、それほど大きな動きがないので、ヨガマットよりも丈の短いバスタオルを敷いてレッスンを受けても差し支えないのである。

 とは言え、ヨガタオルをヨガマットの上に敷いても、以前、梅田店のエグゼクティブインストラクターから教わった三角のポーズのときの腰の折り込みがやはりできない。普段から意識して腰を動かしてはいるものの、まだまだ柔軟ではないのだ。左に動かすと痛みを感じることから、骨盤の歪みが原因なのだろうと思っている。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたところ、どういうわけか、シャワーの温度が一定ではなく、急に冷たくなったり熱くなったりした。

 着替えを済ませて受付に行き、
「私は月に何回レッスンを受けたらいいんでしたっけ? 月五回なので、プラス何回ですか?」
と尋ねてみた。確か、以前、うかがったときには、プラス五回という答えが返って来たはずだった。そして、今回の答えもやはり「プラス五回」だった。

 私は、
「ええっ? 十回ですかー。無理です」
と言った。しかし、受付にいらっしゃった店長さんや他のスタッフは、
「月十回は平均的ですよ。三日に一回のペースです」
と平然とおっしゃるではないか。私は、
「ええっ? ほんとですか?」
と聞き返した。どうやらそれは嘘ではなく、本当のことらしい。三日に一回のペースでヨガのレッスンを受けるのが平均的なペースだとは・・・・・・。最近は週に一回のペースで英会話カフェにも足を運んでいるため、かなりきつい。だからこうして、土曜日にレッスンに通い、目標を達成しようとしているのだ。

 今回のレッスンでようやく五回達成したわけだが、すなわち、あと五回達成する必要があるということだ。三月の連休は帰省するので、またどこかで埋め合わせをしなければなるまい。

 店長さんは、私にはまだまだ伝えたいことがあるらしく、
「できればレッスンのあとに残ってくださいね」
と言ってくださった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 月に十回もレッスンに通うのはかなりきついと思います。仕事もして、ときどき残業もして、映画も鑑賞して、英会話もキャンプも旅行も・・・・・・。私の人生は、ホットヨガだけに時間を費やすわけには行かないのです。(苦笑)

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

2016.04.02

宮崎~熊本~福岡の旅(7)

映画『ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日はお天気も良く、お花見には最適な週末となりましたね。今週末はお天気が崩れるとの予想だったようですが、どうやら一日ずれたみたいですね。ガンモが広島でお花見キャンプをしたいと言ったので、私も広島で別の予定を入れたのですが、ガンモが仕事で来られなくなってしまったので、私一人で広島にやって来て、ホテルに泊まっています。広島でも桜がきれいに咲いていました。広島では、いつも「ガンまる日記」を読んでくださっていて、私自身も話がしたいなあと思っていた方とお会いすることができました。それほどゆっくりでもないけれど、大切なお話ができて良かったと思います。Yちゃん、どうもありがとう。それでは、宮崎~熊本~福岡の旅(6)の続きをお届けしたいと思います。


 鵜戸(うど)神宮をあとにした私たちは、近くにあるドライブイン兼ホテルに泊まった。その日は野球がらみの観光客が多く、ほぼ満室だった。確か、忙しいためか、近所に住む女性が駆り出されていた。忙しいときはいつも手伝っていらっしゃるのだそうだ。

 おいしい伊勢海老が食べられることで有名なホテルだったので、夕食には伊勢海老の料理が次々に運ばれて来た。活魚のお刺身から始まり、伊勢海老の活き造り、伊勢海老のゆがき、さざえのつぼ焼き、磯魚のあら炊き、伊勢海老のお味噌汁と続いた。とにかく、おいしい伊勢海老をたっぷりいただいたのだ。

 翌朝、朝食をいただいたあと、ホテルをチェックアウトた。そして、レンタカーを返却したあと、レンタカー会社の方に宮崎空港まで送っていただいた。そこから飛行機に乗り、今度は福岡空港まで移動した。利用したのは、宮崎 - 福岡間をおよそ五十分で結ぶかわいらしいボンバルディアのプロペラ機である。同じ九州内なので、あっという間に福岡空港に着陸したのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、宮崎~熊本~福岡の旅(7)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 伊勢海老の写真を見ていると、食べたくなってしまいますね。(苦笑)建物や内装は古いホテルなのですが、リーズナブルな価格で伊勢海老が食べられるので人気のようです。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

| | トラックバック (0)

« 2016年3月 | トップページ | 2016年5月 »