« 振り返り(42) | トップページ | ホットヨガ(四六七回目) »

2015.10.21

「たま駅長」を偲ぶ

振り返り(42)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。昨日、自分が書いた記事を読みながら、また悲しくなってしまいました。いつまでも悲しみは抜けません。さて、平日ではありますが、早起きしたので、和歌山の旅行記をまとめておきたいと思います。和歌山電鉄貴志川線(OMODEN編)の続きになります。

 和歌山電鉄貴志川線(きしがわせん)の終点、貴志(きし)駅は、「たま駅長」で有名になった駅である。駅舎は猫の顔の形をしており、駅の構内には、今年六月に亡くなった「たま駅長」の写真が展示されていた。「たま駅長」の死は、既に多くのメディアで取り上げられているので、ご存知の方たちも多いことと思う。

 「たま駅長」の写真をまじまじと拝見すると、彼女(「たま駅長」はメスだった)は、自分が駅長であることをちゃんとわかっていたのではないかとさえ思えた。不思議なことだが、まさしくそういう表情をしているのだ。だからこそ、日本全国、いや、世界からも注目されていたのではないかと思う。

 「たま駅長」亡きあとは、「たま二世」の「ニタマ」が駅長に就任していた。もともと「ニタマ」は、私たちがカングーを駐車した伊太祈曽(いだきそ)駅の駅長をつとめていたようだったが、「たま駅長」が亡くなって、貴志駅の駅長代行をつとめたあと、「たま駅長」の四十九日が明けてから、正式に駅長として就任したらしい。

 「たま駅長」を偲ぶ人たちや「たま二世」に会いにやって来る方たちが多いからか、「たま二世」の「ニタマ」はかなりお疲れの様子だった。地元の方曰く、休日出勤もしていて疲れているとか。

 途中、駅員さんが「ニタマ」の家を開けて、「ニタマ」の世話をされていた。駅員さんが世話をされる以前は、「ニタマ」は家の奥のほうにこもって出て来なかったが、駅員さんが世話をされてからは、観光客におあいそしてくれるようになった。やはり、貴志駅の駅長さん猫たちは、駅長としての自覚があるのかもしれない。

 「たまグッズ」を扱うお店があったので、中に入ってTシャツなどを購入した。おそらくこれからも、「たま駅長」や「たま二世」の「ニタマ」に会いたい方たちが、次々に貴志駅を訪れることだろう。「たま駅長」よ、永遠に。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、「たま駅長」を偲ぶをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「たま駅長」や「ニタマ」がかぶっている駅員さんの帽子は特注なのでしょうかね。猫の頭の大きさに合っていると思います。「ニタマ」は「たま駅長」のあとを継いで、立派に駅長の役割をこなしてくれることでしょう。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

« 振り返り(42) | トップページ | ホットヨガ(四六七回目) »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/62516833

この記事へのトラックバック一覧です: 「たま駅長」を偲ぶ:

« 振り返り(42) | トップページ | ホットヨガ(四六七回目) »