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2015.08.13

今年も「迎え火」をする

映画『いまを生きる』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は、昨日よりも少し暑かったですが、猛暑というわけではなかったですね。父が良くテレビを見ているので、帰省すると、私も父と一緒に、普段はまったく見ないテレビを見ます。それらの番組の中で、お盆の時期に発生しがちな火事について取り上げられていました。何と、仏壇に燈すお蝋燭(ろうそく)やお線香の火が原因となる火事もあるとか。お蝋燭の火をつけたまま仏壇のものを動かしたりすると、仏壇の上に置いてあるものの位置が変わってしまい、火のついたお蝋燭から火が燃え移ることもあるそうです。また、お蝋燭を立てる燭台(しょくだい)に水が溜まっていると、お蝋燭が燃え尽きる直前に飛び火をする事例も紹介されていました。更に、お線香が倒れて座布団の上に落ちると、何と、小さな火が四十時間もくすぶり続けてやがて火事に発展するといった事例も紹介されていました。本当に恐ろしいですね。私たちも気を付けたいものです。

 今年も「迎え火」をした。去年は、母の新盆(あらぼん)だったので、通常よりも一日早い八月十二日に「迎え火」をした。今年は新盆ではないので、八月十三日に「迎え火」をすることになっているのだ。「迎え火」については、去年の記事を引用しておく。

お盆には、故人が帰って来ると言われているが、迎え火とは、お盆に故人が迷わず帰って来られるように、「おがら」という木の皮を焚いて目印にする風習である。「おがら」は、「焙烙(ほうろく)」と呼ばれる平たいお皿の上で焚くことになっている。

 夕方、弟と私が見守る中、父が「おがら」に火を点けて、母に目印を示した。

玄関先で焚いた「迎え火」

 「おがら」は、去年よりも良く燃えた。しかし、燃え易いだけに、すぐに燃え尽きてしまった。「おがら」を燃やしている間、ほんの少しだけ雨がぱらついたものの、すぐに止んだ。母はちゃんと目印を見付けて、迷わずに帰って来てくれるだろうか。

 去年と同じように、施餓鬼(せがき)供養のための精霊棚には、きゅうりで作った馬と、なすびで作った牛をお供えしている。「迎え火」のときは、馬に乗って急いでこちらにやって来てもらい、お盆の終わりにする「送り火」のときには、牛に乗ってゆっくり帰ってもらうためである。

施餓鬼供養のための精霊棚
きゅうりで作った馬となすびで作った牛をお供えしている

 かつては、夏休みやお盆休みを利用して、ガンモと一緒に海外などに旅行に出掛けていたものだったが、お盆に大切な人たちが帰って来ることを意識していれば、それはできなかっただろうと思う。これまでの私は、それほど身近な人を亡くしてはいなかったので、お盆にそのような風習があることを強く意識することがない状態にあったのだ。とは言え、こうした風習は、地域や宗教によっても大きく異なる。例えば、同じ四国内でも、ガンモのように浄土真宗の人たちは、お盆に何か供養をするわけではない。ひょっとすると、お盆に「迎え火」や「送り火」をするのは、真言宗だけなのだろうか。

 何はともあれ、今年もこうして、母の帰りを待っているのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m インターネットでざっと検索してみたところ、「迎え火」や「送り火」をするのは、真言宗以外の宗派では見当たりませんでした。真言宗と、他の宗派の男女が結婚すると、お互いにギャップを感じてしまうかもしれませんね。

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