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2015.08.18

今年も「送り火」をする

ホットヨガ(四五五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ゆうべはとても心地よい風が吹いて、涼しかったですね。このまま涼しくなるのかと期待していたら、今日はまた暑かったようです。今、部屋の温度は三十度くらいです。今夜もエアコンなしで寝てみようかと思っていますが、さあ、どうでしょう。

 夏休みの最終日となった十六日の夕方、兵庫県の自宅に帰る前に、父とガンモと私の三人で「送り火」をした。あちらから帰って来るときは、きゅうりで作った馬に乗って来てもらい、あちらに戻るときは、なすびで作った牛に乗って行ってもらう。母は、お盆の間、実家に帰ってくれていたのだろうか。

玄関先で焚いた「送り火」

 以前、母の四十九日が終わるちょうど境目の日に、明らかに、母の魂があちらの世界へ旅立ってしまったのがわかったと書いたが、実は、迎え火をした翌日、早朝にトイレに立つと、二階の階段の下あたりの空気がいつもと違うのを感じた。とは言え、決定的な何かが起こったわけではなかった。

 去年のお盆には、飼い猫が、
「おっかあ」
と鳴いたが、今年はどうなのだろうと思っていたところ、迎え火をした翌々日の十五日に飼い猫が、
「おっかあ」
と鳴いた。母がいた頃は、飼い猫がそのように鳴くことを母からしばしば聞かされていたものだったが、ここ最近はまったくと言っていいほど聞いたことがなかった。しかし、十五日には確かにそのように鳴いたのだ。やはり、母は帰って来ていたのだろうか。

 去年のように、蜘蛛を見たり、蝉が家の中に入って来たりはしなかったのだが、母が大事にしていた庭の手入れをしようとすると、蝶が舞っていた。ただ、一匹ではなく、何匹かいた。他にも、カエルやカナヘビなどがときどき姿を見せていた。母が帰って来ていたのか、そして、再びあちらに戻って行ったのか、私にははっきりとはわからなかったが、祭壇に飾られた母の写真を見ながらいろいろ話し掛けていた。同じ写真なのに、母の表情が時々違って見えるのは不思議なものである。

 「送り火」をしたあと、私たちはカングーに乗り込み、高速道路を走ってこちらに戻って来た。先日も書いた通り、お盆の最終日だというのに渋滞もなく、スイスイ帰宅することができたのは、母が見守ってくれたおかげだと思っている。目には見えなくても、私たちはいろいろな形で故人との対話が成り立っているのではないだろうか。最近、どうもそんな気がしてならないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「迎え火」と「送り火」をするのは、新盆とその次の年だけのようです。ということは、母の「迎え火」も「送り火」も今年でおしまいということになります。「迎え火」や「送り火」は、新しい仏様に、「ここがあなたの家ですよ」と目印を見せる目的で行うのでしょうか。仏様も、自分の家に帰ることに慣れて来ると、目印が不要になるのかもしれませんね。

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