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2015.08.12

映画『いまを生きる』

蚤取り大作戦の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今朝から気温が下がったのか、とても涼しくなりました。エアコンのない二階の暑い部屋で扇風機を回していても、時折、止めてしまいたくなるほど涼しいです。耳を澄ませば、こおろぎの鳴く声が聞こえて来ます。しばらく猛暑でしたので、このまま涼しくなってくれると有難いですね。さて、今日は父と一緒に買い物に行き、母のお墓に置くコップとコップの台を購入しました。三回忌のときに納骨する予定です。

 本作を鑑賞したのは、六月二十七日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。少し前に自殺してしまったロビン・ウィリアムスが出演している作品である。

 時代は一九五九年、全寮制の学校に、ロビン・ウィリアムス演じる卒業生の英語教師ジョン・キーティングが赴任して来る。彼は一風変わった授業を行い、生徒たちの心をぐっと掴む。生徒たちは、キーティング先生が在校生時代に『デッド・ポエッツ・ソサエティ』という詩のサークルを結成していたことを知り、そのサークルを復活させる。そのサークルは、夜に洞窟で行われていたため、生徒たちは夜になるとこっそり寮を抜け出して、洞窟へと向かうのだった。

 これまで、親の想いに忠実に生きて来た生徒たちにとって、キーティング先生との出会いは、人生を変えてくれるほどの衝撃的な出会いであったはずだ。何故なら、キーティング先生は、生徒たちの中にあった、「こうでなければならない」という既成概念を打ち砕いてくれたからだ。

 やがて、キーティング先生の影響を受けた生徒たちは、学校や両親から見た「優等生」ではなくなって行く。決まり切った価値観に支配されたり、誰かが敷いたレールの上をただ歩くだけの人生ではなく、それぞれが個性を伸ばし、それぞれの人生を創造しようとするのだ。

 一見すれば、生徒たちが自分自身の歩むべき道を見出したのであれば、喜ばしいことのように見えるだろう。しかし、中には息子の人生をコントロールしようとする親もいる。そんな親の元に生まれた生徒は不幸だったとしか言い様がない。自分がやりたいと思うことを選択できないのだから。せっかく自分の進むべき道を見出したというのに、親によってその道を阻害されてしまった生徒は苦悩し、ある行動に出る。

 アメリカ映画らしくない、ハッピーエンドではない結末に考えさせられる。このような後味の悪い結末を迎えてしまったのは、キーティング先生が生徒に自由であることを教えたからなのか、それとも、親が生徒の自由意思を奪ってしまったからなのか。キーティング先生は、生徒に間違いなく希望を与えたはずである。せっかく生徒に芽生えたはずの希望の芽を摘み取ってしまったのは、やはり親ではないかと私は思うのだ。とは言え、本作の時代背景を考えると、まだまだ保守的な時代だったのではないかと想像する。しかし、例えそんな時代背景を背負っていたとしても、私には本作が、ハッピーエンドではない結末を通して、自分らしく輝くことの大切さを伝えようとしているような気がしてならないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m キーティング先生の授業に感銘を受けた生徒たちが自分らしさを見出して変わって行く姿が見ものでした。新しい価値観を受け入れるとき、それが自分の中にどこまで入り込んで来るかが重要だと思います。キーティング先生の授業が、生徒たちの心の奥深くまで入り込んだのは間違いないでしょう。

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