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2015.01.27

振り返り(40)

喧嘩するほど仲がいいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。一月ももうすぐ終わりです。冬にしては暖かいですね。三月下旬並みの気温だった地域もあるとか。そう言えば、桜の開花が早いという情報もありましたね。さて、今回は、久し振りに振り返り(39)の続きを書かせていただきます。

 最近、街を歩いているときに老夫婦に出会うと、お互いに元気で長生きしていることをうらやましく思うことがある。

 金婚式まであと一年という状況で、長年の人生のパートナーを亡くしてしまった父は、かつて、自分の親を亡くしたときとは比べ物にならないほど辛いと言っていた。父が背負った悲しみは、娘の私では決して癒すことができないものだと思う。

 父は、一周忌が済む頃まで、母の供養のために毎日お経を唱え、今でも月の区切りごとに霊具(りょうぐ)膳を供えてくれている。そんな父は、どんなことでも母の供養になるように動いている。少し前に、地域で継続的に行う、ある仕事を依頼されたのだが、それが仏教とは異なる方式であるにもかかわらず、母のためになるかもしれないということで、悩んだ末に引き受けたのだ。

 父を見守りながら、私は思う。心に深い悲しみを背負ったときに、後ろを向いてしまい、深い悲しみからなかなか立ち直れない人たちもいる。いつの間にか、自分自身が被害者になってしまうパターンである。しかし、私の見る限り、父はそうではないと感じる。今ではささやかな楽しみも見付けて、実家を守り続けてくれているからだ。これからも、父には、過去を振り返りながら辛い想いをするのではなく、母とともに生きて深く愛し合ったことを誇りに思いながら、長生きして欲しいと思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛の深さと悲しみの深さの絶対値は同じかもしれませんね。だからと言って、悲しみを感じないようにするために、愛さえも感じない生き方をするのは、賢明ではないように思います。深い悲しみがあるということは、深い愛があったことの証なのだと思います。

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