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2015.01.17

映画『エデンより彼方に』

ホットヨガ(四二〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日で阪神・淡路大震災から二十年が経ちました。当時、私は東京に住んでいたので、震災は体験していませんが、ガンモは一人で震災を体験しました。今朝、震災が起こった時間に起きていて、静かに黙祷しながら、ガンモが体験したであろう震災の恐怖を想像してみました。その頃のことを思えば、今の私たちはきっと、当たり前の日常を送っているのでしょうね。この当たり前の日常に感謝するとともに、阪神・淡路大震災でたくさんの方たちが亡くなられたことを忘れないでおきたいと思いました。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。ちょっと古めかしい雰囲気が漂っているのは、本作が二〇〇二年の作品であり、舞台となっているのが一九五〇年代のアメリカだからだろうか。

 白人による黒人への差別が存在していた時代、偏見にまどわされることなく、人間として、魂として関わり合った男女がいた。上流階級の白人女性キャシーと黒人男性レイモンドである。レイモンドはキャシーの家で庭師として働くようになるのだが、悩みを抱えるキャシーをさりげなく、精神的に支える存在だった。キャシーには夫がいるのだが、夫婦関係がうまく行っていなかったのだ。

 レイモンドとキャシーの会話は、魂の繋がりのある者同士が交わし合う、既成概念にとらわれない本質的なものだった。二人で会話をすることが、お互いの魂の成長に繋がっているようにも思えた。まだ差別が残っていた時代に二人が出会ったということは、人種差別を乗り越えて行く使命を背負っていたのだろうか。キャシーに夫がいるということで、最初は世間から冷たい視線を浴びてしまうのだが、のちに状況が整って行くところが興味深い。

 キャシーと夫の夫婦関係がうまく行っていなかった原因は、この時代からすれば非常に驚くべきことである。そのような状況の中でキャシーがレイモンドと出会ったのは、やはり互いに助け合う魂として、大きな意味を持っていたのだろう。心が大きく揺り動かされたなら、おそらく、互いの好意を口にしなくてもわかり合えるだろう。そして、結び付きの強さを信じられるからこそ離れることもできる。遠く離れていても、お互いの想いを送信し合っているのだ。こんな男女の会話なら、いつまでも聞いていたいと思った。あのあと、レイモンドとキャシーが再会できたことを切に願うばかりである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レイモンドとキャシーのように、まるで磁石のように引き寄せられるような男女はいますね。本作でのレイモンドの取る行動には、とにかく自己愛がないので好感が持てます。これで、レイモンドが自己愛に走り、キャシーの自由意思まで奪い去っていたら、この映画の価値は下がってしまうような気がします。

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