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2015年1月

2015.01.31

「ホ・オポノポノ」を唱えてみる

ホットヨガ(四二二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。取引が成立して、人質が無事に解放されるかと期待していましたが、後藤さんの安否もヨルダン人パイロットの安否も確認できないままのようですね。イギリスのニュースサイトでは、後藤さんのことよりも、ヨルダン人パイロットのことがメインに取り上げられていました。ヨルダン人パイロットの妻や父親が不安と悲しみのために大きく顔を歪めている写真を見て、こうした表情もまた、愛から来るものなのだと胸が締め付けらる想いがしました。人質が無事に解放されることを祈っています。

 「ホ・オポノポノ」は、以前から、精神世界に興味を持つ人たちの間では取り上げられていた言葉である。「ありがとう」、「ごめんなさい」、「許してください」、「愛しています」という意味のハワイ語で、不安をリセットするための浄化の言葉として使われているらしい。私も、つい最近、ある方からこの言葉を使って効果が出たという話を聞き、興味を持っていた。そして、浄化したい出来事があったので、初めて使ってみたのだ。

 すると、実際にその出来事が落ち着き、心配事がリセットされた。ホ・オポノポノを心の中で唱え始めた途端、その効果は現れたのだ。そして、ホ・オポノポノを唱えながら数日間、過ごしてみると、その効果も数日間続いた。

 ところが、効果が現れたので油断してしまい、ホ・オポノポノを唱える回数を減らしてしまったところ、また以前のような状態に戻ってしまった。ということは、やはりホ・オポノポノという言葉で浄化されていたことは間違いないようである。

 ちなみに、ホ・オポノポノが意味するところの「ありがとう」、「ごめんなさい」、「許してください」、「愛しています」という四つの言葉は、自分自身に向けて発することになるのだそうだ。私自身がこの四つの言葉を意識してみて感じたのは、これらを自分自身に対して発するのは苦ではないが、ネガティヴな感情を持ってしまっている対象がいる場合、その相手に対して発するのは抵抗があるだろうということだった。ネガティヴな感情を持ってしまっている相手に対し、「ありがとう」なんて言いたくはないし、当然、「ごめんなさい」も言いたくはない。おまけに、「許してください」なんて口が裂けても言えないし、「愛しています」なんて言ったら嘘つきになる。しかし、それらを自分自身に発することで、自分自身を浄化しようとしているのが味噌なのだと思う。視点が変わるということなのだろうか。

 とにかく、ホ・オポノポノに効果があることが身をもってわかったので、これからも継続して実践してみようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「ホ・オポノポノ」は、「引き寄せの法則」にも似ているみたいですね。その状況をコントロールしようとするのではなく、手放しの状態になって、お任せするようなイメージで使うようです。言葉の持つエネルギーは不思議ですね。だからこそ、言葉はいつも真実でなければならないように思います。

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2015.01.28

ホットヨガ(四二二回目)

振り返り(40)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。人質となっている後藤さんが解放される兆しですね。条件が条件だけに、両手放しに喜べる状態ではありませんが、どの解釈も、ある面からだけの解釈に過ぎないので、不完全であるのは仕方がないですね。考え方によっては、ヨルダン人のパイロットに救われたと言うべきかもしれません。

 一本目のビギナーコースのレッスンを受けたあと、私はトイレを済ませ、受付で受け取ったバスタオルとフェイスタオル、それから水を手に持ち、骨盤コースのレッスンが行われるスタジオへと入って行った。入口に近いヨガマットが空いていたのだが、入口付近の人口密度が高かったので、より空いている前列のヨガマットに腰をおろした。

 骨盤コースのレッスンを担当してくださったのは、これまで南森町店のスタジオで最も多くレッスンを担当してくださっているインストラクターである。何と、レッスンの参加者は十四名と、平日の夜の南森町店のスタジオでのレッスンとしては、かなり多いほうだった。

 ビギナーコースのレッスンを受けたばかりだというのに、まったくと言っていいほど疲れは出ていなかった。ただ、ビギナーコースのレッスンではほとんど汗を掻かなかったのだが、骨盤コースのレッスンでは、汗がたらたら出て来た。とは言え、私の場合はやはり、汗が顔からたらたらと出て来るのである。

 今回のレッスンでは、特に調子が良かったようで、苦手な賢者のポーズもフェイスタオルを使ってしっかり深めることができた。

 インストラクターもおっしゃっていたが、骨盤コースのレッスンは、ビギナーコースのレッスンで取るポーズの組み合わせと良く似ている。ただ、ビギナーコースのレッスンと異なっているのは、骨盤コースのレッスンでは、ビギナーコースのレッスンで取るポーズに捻(ねじ)りが加わっていたりすることだろうか。

 私は難なくレッスンをこなした。レッスンの参加者が十四名もいるとなれば、七つしかないシャワールームがすぐにいっぱいになるだろうと思い、最後までレッスンを受けたあと、ロッカールームで携帯電話をいじりながらシャワールームが空くのを待った。シャワールームの回転率はすこぶる高く、シャワールームはすぐに空きが出て、それほど待つこともなくシャワーを浴びることができた。

 着替えを済ませて受付に行くと、ビギナーコースのレッスンを担当してくださったインストラクターが応対してくださった。年末恒例の宝くじが配布されており、二レッスン受けたので、二回分の宝くじを受け取った。宝くじは、ホットヨガのスタジオだけで配布されているオリジナルのもので、毎年、この時期になると、一レッスンにつき五枚ずつ配布されるのである。宝くじにはずれても、空くじ三十枚で五百円の金券になるのは有り難い。

 私は、ビギナーコースのレッスンの途中でスタジオを出てしまったことが気になっていたので、インストラクターに謝った。インストラクターは、
「大丈夫ですよ。時間が詰まっていましたからね」
と言ってくださった。

 さすがに二レッスン受けると、身体のほてりが強くなっているような気がしたが、南森町店のスタジオには扇風機がないので、クールダウンさせることができなかった。そのため、私はコートを着ずに、寒空に身体をさらしながら駅まで移動した。南森町店のスタジオから駅までは近いので、外が寒くても何の問題もなかった。コートを着たのは、自宅の最寄り駅に着いてからだった。

 帰り際に、ビギナーコースのレッスンを担当してくださったインストラクターが、
「二レッスン受けるとすっきりしますよね」
と言ってくださったのだが、実際にその通りで、私はすがすがしい気持ちのまま帰宅したのだった。

 とは言え、一日二レッスンの疲れは翌日に出るようで、翌日になると疲労感が出てしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 南森町店のスタジオは、駅から近いこともあって通い易いので、平日の仕事帰りでも、一日のうちに二レッスン受けることは可能ですね。これからもしばしば一日二レッスンに挑戦してみたいと思います。

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2015.01.27

振り返り(40)

喧嘩するほど仲がいいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。一月ももうすぐ終わりです。冬にしては暖かいですね。三月下旬並みの気温だった地域もあるとか。そう言えば、桜の開花が早いという情報もありましたね。さて、今回は、久し振りに振り返り(39)の続きを書かせていただきます。

 最近、街を歩いているときに老夫婦に出会うと、お互いに元気で長生きしていることをうらやましく思うことがある。

 金婚式まであと一年という状況で、長年の人生のパートナーを亡くしてしまった父は、かつて、自分の親を亡くしたときとは比べ物にならないほど辛いと言っていた。父が背負った悲しみは、娘の私では決して癒すことができないものだと思う。

 父は、一周忌が済む頃まで、母の供養のために毎日お経を唱え、今でも月の区切りごとに霊具(りょうぐ)膳を供えてくれている。そんな父は、どんなことでも母の供養になるように動いている。少し前に、地域で継続的に行う、ある仕事を依頼されたのだが、それが仏教とは異なる方式であるにもかかわらず、母のためになるかもしれないということで、悩んだ末に引き受けたのだ。

 父を見守りながら、私は思う。心に深い悲しみを背負ったときに、後ろを向いてしまい、深い悲しみからなかなか立ち直れない人たちもいる。いつの間にか、自分自身が被害者になってしまうパターンである。しかし、私の見る限り、父はそうではないと感じる。今ではささやかな楽しみも見付けて、実家を守り続けてくれているからだ。これからも、父には、過去を振り返りながら辛い想いをするのではなく、母とともに生きて深く愛し合ったことを誇りに思いながら、長生きして欲しいと思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 愛の深さと悲しみの深さの絶対値は同じかもしれませんね。だからと言って、悲しみを感じないようにするために、愛さえも感じない生き方をするのは、賢明ではないように思います。深い悲しみがあるということは、深い愛があったことの証なのだと思います。

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2015.01.24

喧嘩するほど仲がいい

ホットヨガ(四二一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日、仕事帰りにホットヨガの梅田店のスタジオでレッスンを受けたのですが、その帰りにJR大阪駅付近でタクシーを拾うサラリーマンに出会いました。サラリーマンはタクシーの運転手さんに、「心斎橋まで」と告げていました。私がJR大阪駅付近から心斎橋まで移動するとしたら、絶対に地下鉄を利用します。地下鉄の駅も目の前にあるというのに、わざわざタクシーに乗るという発想は、バブル期を思い起こさせました。景気が回復している兆しなのかもしれませんね。

 水曜日の仕事帰り、ホットヨガのレッスンを受けずに、直径十二センチの彼女と会って、晩ご飯を食べながらいろいろな話をした。彼女と会うのは、およそ半年振りのことだろうか。

 夏に会ったときに、彼女は私のオフィスカジュアルの服装を楽しみにしていてくれたというのに、そのとき私が着ていた服が、オフィスカジュアルだとはっきり主張できるものではなかったため、ちょっとがっかりさせてしまった。そこで今回はワンピースを着て行ったところ、オフィスカジュアルだと承認してくれた。とは言え、服装はオフィスカジュアルでも、中身は私だと言ってくれた。それは、今の私にとってはうれしい台詞だった。というのも、オフィスカジュアルの服装では、自分らしさを抑えてしまっているように思えていたからだ。直径十二センチの彼女は、私が着ているオフィスカジュアルの服装を通してではなく、私が最も私らしい服装をしていた頃の私が本当の私であるとわかってくれているのだと思った。

 彼女は、私が仕事関係で出会った唯一のスピリチュアルな魂を持った存在である。そのため、他にも同じ時期に出会った仕事仲間が何人かいるにもかかわらず、グループで会うことは年に一回、あるかないかだ。グループで会えばスピリチュアルな話にはならないが、個別に会うと、それが実現する。

 私は、出会った相手が自分と合うかどうかを直感的に判断して付き合いを深めて来たこと、これまでその直感がぶれたことはなく、相手がどんな立場の人であれ、距離を縮めることができたことなどを話した。更に、現在の職場では、長く勤めていることもあり、年月を重ねて行くごとにお互いの理解を深めて来ていることから、時間を掛けてわかり合う関係もあることがわかって来たと話した。彼女は私の話に大きくうなずいてくれた。

 職場で関わりを持っている人たちの中には、夢に出て来る人たちもいるのだが、夢の中で感情を交わす人とそうでない人がいることに気が付いていた。夢の中で感情を交わす人は現実の世界でも感情を交わしているし、夢の中で感情を交わさない人とは現実の世界でも感情を交わしていない。そうしたことからも、やはり人付き合いにおいては、お互いの感情を交わすことが、仲良くなるための近道なのだとわかっている。

 そうした話の延長として、喧嘩をすることも時には必要だと話した。喧嘩をすることもまた、感情を交わす手段の一つであると感じているからだ。私は、喧嘩の相性がいい人は、喧嘩をしないときの相性も良いと思っていると述べた。ところが直径十二センチの彼女は、育って来た環境から、喧嘩ができなかったと言っていた。彼女は言いたいことを言えずに抑圧されて来たようだった。そのため、できれば喧嘩をせずに軌道修正したいと思っているようだった。私は、喧嘩というものは、感情を瞬間的に解放するものなので、元の関係に戻り易いと述べた。そして、相性が良くない人とは喧嘩もできず、また、喧嘩をした場合に元に戻れないことが多いとも話した。今思えば、元に戻らない喧嘩は相手と離れるための喧嘩だが、相性の良い人との喧嘩はお互いの理解を深めるための喧嘩なのかもしれない。

 不思議なことに、直径十二センチの彼女が職場で苦手としていた人と私は仲が良い。過去を振り返ってみれば、私はその人と良く喧嘩をしていたものだった。それでも決して険悪なムードにはならず、過去に喧嘩したことなどすっかり忘れて、今はお互い歩み寄っている。夢に出て来て感情を交わしているのもその人だ。多分、喧嘩をすると、お互いを守っていた壁が一つ壊されるのだろう。壁が壊れたことが心地よいと感じればもっと親密になれるし、壁が壊れたことが心地よくなければ疎遠になってしまうような気がしている。

 まだいろいろ話したいことはあったのだが、翌日も仕事だったので、二十二時くらいで切り上げて帰宅した。次に会うのはまた数ヶ月後かもしれないが、彼女から受け取ったポジティヴなエネルギーを取り込みながら、数ヵ月後の再会を楽しみにしておこうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事を書きながら、やはりお互いの感情を交わすことが大事なのだなと、改めて実感しました。まちのオフィスに移転してから、直径十二センチの彼女と仕事帰りに待ち合わせをしやすくなりました。これも何かのご縁なんでしょうね。大阪のお店に詳しくなりそうです。(笑)

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2015.01.22

ホットヨガ(四二一回目)

愛について(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ゆうべは早々と二十一時台に就寝しました。夜中にいったん目が覚めましたが、そのあとも朝まで眠り、たっぷり睡眠を取ることができました。たまにはこんな日もいいですよね。

 十二月十日水曜日の仕事帰り、久しぶりにホットヨガの南森町店のスタジオで、六十分のビギナーコースのレッスンと六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。そう、平日なのに、一日に二レッスン受けたのである。まずは、ビギナーコースのレッスンからお届けしたい。

 定時退社日だったので、ホットヨガのレッスンの用意をして家を出て来たものの、南森町店のスタジオでレッスンを受けるか、梅田店のスタジオでレッスンを受けるかで迷っていた。南森町店と梅田店のレッスンスケジュールを確認してみると、受けたいレッスンの候補として、南森町店に骨盤コース、梅田店にリラックスコースのレッスンがあった。レッスンの開始時間は南森町店のほうが遅いが、最寄駅から近いので通い易い。それに、ここのところ梅田店でばかりレッスンを受けていたので、たまには南森町店でレッスンを受けてみようと思い、南森町店のスタジオに向かったのだ。

 まずは腹ごしらえをしようと思い、餃子の王将に入った。というのも、十二月二十五日まで有効な割引券を活用したいと思っていたからだ。注文した料理はすぐに出て来て、晩御飯を食べ終わったのが十八時過ぎだった。骨盤コースのレッスンは十九時五十分からだったので、待ち時間がかなりあると思い、その前に別のレッスンを受けることにしたのだ。そのレッスンが、六十分のビギナーコースというわけである。

 南森町店のスタジオに入ると、何人かのインストラクターが声を掛けてくださった。中には梅田店のインストラクターもいらっしゃり、
「この間、梅田店に来られてましたよね?」
と話し掛けてくださるインストラクターもいた。
「覚えてくださっているんですか?」
と尋ねると、
「覚えてます」
という答えが返って来た。覚えてくださっているのは有り難いことである。

 ビギナーコースのレッスンは十八時五十分からだったので、着替えを済ませてもまだ時間に余裕があった。実は、十八時十五分からスタンダードコースのレッスンが行われていたのだが、餃子の王将で晩御飯を食べてから南森町店のスタジオに到着したのが十八時十分くらいだったので、スタンダードコースのレッスンを受けるにはあまりにも慌ただしいと思い、その次のビギナーコースのレッスンを選んだのである。

 着替えを済ませてレッスンの準備を整えていると、受付で無料のペットボトルの水をもらい忘れたことに気が付いた。VIP会員の更新手続きをしたときに、ペットボトルの水を受け取ることができるスタンプカードを受け取っていたのだ。そこで、受付に出向き、ペットボトルの水を二本受け取った。そのスタンプカードの有効期限は三ヶ月なので、できるだけ早めに使用してしまったほうがいいのだ。

 レッスンの参加者は十一名で、レッスンを担当してくださったのは、まるで女優さんのようなインストラクターだった。ここのところ、梅田店のスタジオでレッスンを受けていたので、レッスンの参加人数を数えるときに、何となく男性会員の数まで把握しようとしてしまったのだが、南森町店のスタジオは女性のみのスタジオでることをすぐに思い出した。たとえ髪の毛の短い会員さんがいらっしゃったとしても、その方は女性会員なのだ。

 結論から言ってしまえば、ビギナーコースのレッスンはとても楽に受けることができた。身体に無理のない形でレッスンを受けることができたので、引き続き骨盤コースのレッスンを受けることも、体力的には可能だった。

 ただ、骨盤コースのレッスンの開始時間が、ビギナーコースのレッスンの終了時間と一致していたため、私としては気が焦ってしまった。スタジオを出たあとトイレに行き、受付で受け取ったもう一組のバスタオルとフェイスタオルをロッカーから取り出して、ペットボトルの水を抱え、隣のスタジオに足を運ばなければならないからだ。

 骨盤コースのレッスンに遅刻して参加することも考えたが、もともと私は骨盤コースのレッスンを受けるために南森町店のスタジオに足を運んだはずなので、ビギナーコースのレッスンを終了五分前に切り上げて、スタジオを出たのだった。

 ちなみに、ビギナーコースのレッスンが私には緩かったからか、汗はほとんど掻いていなかった。今、思えば、今回のレッスンでは水素水を飲んでいなかったからかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m しばらくレッスンをサボっていたので、平日でしたが、一日に二レッスン受けることにしました。スタンダードコースのレッスンにも間に合ったとは思うのですが、食後すぐのレッスンになってしまうので、やはり避けておいて良かったと思います。本当は、空腹のままレッスンを受けるのが良いのはわかっているのですが、さすがに二レッスンも連続で受けるとお腹が空きますよね。(苦笑)

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2015.01.20

愛について(4)

映画『エデンより彼方に』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この冬はとても寒くなるのではないかと思い、あれこれ防寒具を買い込んで構えていたのですが、意外と耐えられる寒さなので驚いています。相変わらず、暖房器具を何も使用せずに冬を過ごせています。二月もこの調子で行けば、無事に冬を越えられそうな気がしています。

 最近、特に意識していることがある。それは、自分あるいは他者が何か行動を起こそうとしたときに、何のために行動しようとしているかということである。

 例えば、人と交流するときに、自分にメリットがあるような人を交流の相手として選ぶ場合、それは純粋な想いからの交流ではないのではないかと思ってしまう。要するに、愛からの感情ではなく、欲望からの感情で近付こうとしているのではないかということだ。そのような形で始まった交流は、相手が自分のメリットにはならないとわかった時点で、まるで使い捨てるかのように離れようとする。おそらく、自分さえ良ければ良いという考え方がそうさせるのだろう。たいていの場合、そういう交流ができる人たちは、相手のことには無関心なので、相手のことをほとんど知らないか、最初から色眼鏡で相手を見ていることが多い。

 かくいう私もしばしば反省することがある。例えば、自分よりも高いエネルギーを持った人と交流したいと思うとき、それは相手を利用していることにならないかと考えてしまうのだ。また、相手に対して好意を示そうとするとき、自分の想いを相手に押し付けていることにならないかとも考えてしまう。

 旅行に出掛けたときにお土産を購入する行為も、実は相手のためであるように見えて、本当は自分のためだったりしないのだろうかと考えてしまう。旅先でお土産を買って来ることで、自己満足に繋がっているのではないかと考えてしまうこともあるのだ。というのも、そもそも相手にお土産を渡す行為が押し付けになっていないかと振り返ることもあるからだ。

 こんなふうに、あたかも相手のために取っているように見える行動であっても、胸に手を当てて考えてみると、実は自分のためだったのではないかと振り返ることも多い。そんなことを考え始めると、旅行に出掛けてお土産を買って帰るのがだんだん億劫になって来た。できるだけ、人に押し付ける人生を送りたくないと思うからだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とは言え、あれこれ考えて行動しても、結局のところ、自分の取る行動は、相手の愛の観点で判断されてしまいますよね。それが自分のメリットを考慮しない純粋な行動であったとしても、時として相手に誤解されることもあるのは悲しいことであります。ということは、反対に、自分のために取った行動が、相手のために取った行動だと勘違いされて、感謝されることも有り得るのでしょうね。真実を見極める目を持ちたいものです。

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2015.01.17

映画『エデンより彼方に』

ホットヨガ(四二〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日で阪神・淡路大震災から二十年が経ちました。当時、私は東京に住んでいたので、震災は体験していませんが、ガンモは一人で震災を体験しました。今朝、震災が起こった時間に起きていて、静かに黙祷しながら、ガンモが体験したであろう震災の恐怖を想像してみました。その頃のことを思えば、今の私たちはきっと、当たり前の日常を送っているのでしょうね。この当たり前の日常に感謝するとともに、阪神・淡路大震災でたくさんの方たちが亡くなられたことを忘れないでおきたいと思いました。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十九日のことである。本作もまた、U-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。ちょっと古めかしい雰囲気が漂っているのは、本作が二〇〇二年の作品であり、舞台となっているのが一九五〇年代のアメリカだからだろうか。

 白人による黒人への差別が存在していた時代、偏見にまどわされることなく、人間として、魂として関わり合った男女がいた。上流階級の白人女性キャシーと黒人男性レイモンドである。レイモンドはキャシーの家で庭師として働くようになるのだが、悩みを抱えるキャシーをさりげなく、精神的に支える存在だった。キャシーには夫がいるのだが、夫婦関係がうまく行っていなかったのだ。

 レイモンドとキャシーの会話は、魂の繋がりのある者同士が交わし合う、既成概念にとらわれない本質的なものだった。二人で会話をすることが、お互いの魂の成長に繋がっているようにも思えた。まだ差別が残っていた時代に二人が出会ったということは、人種差別を乗り越えて行く使命を背負っていたのだろうか。キャシーに夫がいるということで、最初は世間から冷たい視線を浴びてしまうのだが、のちに状況が整って行くところが興味深い。

 キャシーと夫の夫婦関係がうまく行っていなかった原因は、この時代からすれば非常に驚くべきことである。そのような状況の中でキャシーがレイモンドと出会ったのは、やはり互いに助け合う魂として、大きな意味を持っていたのだろう。心が大きく揺り動かされたなら、おそらく、互いの好意を口にしなくてもわかり合えるだろう。そして、結び付きの強さを信じられるからこそ離れることもできる。遠く離れていても、お互いの想いを送信し合っているのだ。こんな男女の会話なら、いつまでも聞いていたいと思った。あのあと、レイモンドとキャシーが再会できたことを切に願うばかりである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レイモンドとキャシーのように、まるで磁石のように引き寄せられるような男女はいますね。本作でのレイモンドの取る行動には、とにかく自己愛がないので好感が持てます。これで、レイモンドが自己愛に走り、キャシーの自由意思まで奪い去っていたら、この映画の価値は下がってしまうような気がします。

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2015.01.15

ホットヨガ(四二〇回目)

術後一年の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。インフルエンザが流行しているようです。私の勤務先でも、インフルエンザに感染した方がいます。うがい、手洗いなどで防げるようですので、皆さんもどうかお気を付けくださいね。

 十二月四日木曜日の仕事帰り、ホットヨガの梅田店のスタジオで、六十分のライトコースのレッスンを受けた。ここのところレッスンをさぼっていたので、およそ三週間降りのレッスンとなった。

 晩ご飯を食べたあと、またまたUMEGLEを利用してスタジオ入りした。VIP会員の契約をしたときにもらったペットボトルの水のプレゼント券があったので、それを消費して、受付で水を二本受け取った。

 レッスンの参加者は十五名で、うち男性会員は二人だった。男性のうちの一人はいつも参加されているベテランさんで、もう一人はトライアルレッスンの方である。

 レッスンを担当してくださったのは、梅田店では良くお話をさせていただいているインストラクターである。思えば、こうしてレッスンを担当してくださるのは、ずいぶん久し振りのことである。

 結論から言ってしまえば、とても良いレッスンだった。担当してくださったインストラクターのレッスンを何年か受け続けているが、今回のレッスンが一番良かったように思う。インストラクターとしても成長されているのを感じた。

 レッスン中、それなりに汗が出て来た。しかし、やはりまだ、顔から出る汗が多い。漢方医が処方してくださった漢方薬のおかげで、ずいぶん上半身のほてりが収まりつつあるが、まだ上半身にこもっている熱があるようだ。それでもレッスン中、暑さのために一度も外に出ることなく最後までレッスンを受けることができた。

 レッスンのあと、シャワーを浴びて受付に行くと、南森町店のインストラクターと、先程のレッスンを担当してくださったインストラクターが受付にいらっしゃった。私は、南森町店のインストラクターに、
「今日はこちらなんですか?」
とごあいさつをさせていただいたあと、先程のインストラクターと話を始めた。何と、インストラクターは、二ヶ月の間、三宮店に勤務されていたそうだ。私も知っている三宮店のインストラクターが、二ヶ月間、お友達が海外にいらっしゃるとかで、海外旅行に出掛けられていたらしい。海外旅行に出掛けられていたインストラクターは、確かに以前、旅行が好きだとおっしゃっていたが、旅先に二ヶ月も滞在されるとは素晴らしい。こんなふうに、サポートしてくださる同僚がいるからこそ、仕事にメリハリをつけて仕事を頑張ることができるのではないだろうか。言い換えると、そうした希望を受け入れてもらえる職場なのだと感じた。

 スタジオ内は暖房が効いていたので、シャワーを浴びて着替えをしても、すぐにコートを着る気にはなれなかったのだが、外に出てみるととても寒かった。そろそろ本格的な冬を迎えようとしているのがわかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m UMEGLEの利用がすっかり定着してしまいました。しかし、帰りはもうUMEGLEの運転が終わっているので、大阪駅まで遠い道のりを歩くのが辛いですね。

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2015.01.13

術後一年

今宮戎の宵えびすの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今宮戎の宵えびすでもらった福笹は、水気を失い、早くもしおれ掛けています。(苦笑)慌てて水を入れたペットボトルに挿してみたのですが、いっこうに改善されません。今ではもう笹の葉が閉じてしまっています。(苦笑)

 子宮全摘手術を受けてから、丸一年が経過した。私の手術に合わせて一ヶ月のリフレッシュ休暇を取得したガンモが毎日見舞いに来てくれたこと、手術のときに励ましの言葉をくれた人たちのこと、派遣社員であるにもかかわらず、今の職場でおよそ一ヶ月もの休暇をもらえたことを忘れない。

 術後の経過は相変わらず良好だが、今でも私のお腹の手術創は茶色のままである。一体、いつになったら薄いピンク色に変わるのだろう。温泉に行っても、タオルで思わずお腹を隠したくなるほどくっきりと手術創が残っているのだ。

 去年受けた健康診断のときに、腹八分目にしておかないと、これまで身体に不要なものを外に出していた生理が止まるので太ると言われた。確かに術後はほんの少し痩せていたのに、すっかり元通りの体型に戻ってしまった。しかも、お腹の形まで巨大な子宮筋腫があった頃にそっくりなのである。これでは、「巨大子宮筋腫を切ってもらいました」と胸を張って言えないではないか。相変わらず私のお腹は冷たいままで、そのためにお腹に贅肉が付き易いようにも思える。要するに、子宮全摘手術は身体を改善するための根本的な解決策ではないのだ。

 とは言え、歩くのは以前よりも速くなり、ガンモと一緒に出掛けても、私のほうが速く歩くこともあるくらいだ。

 生理の出血量が多かった私にとっては、仕事中に生理の経血が漏れてしまう不安や貧血からは完全に解放されたと言える。布ナプキンを使っていた頃は、旅先にも布ナプキンを大量に持ち込み、ホテルの部屋で洗っていたものだった。排水溝からは、殺人事件でもあったのではないかと疑われるくらい大量の血液が流れ出ていたことだろう。海外での連泊のときに、洗った布ナプキンを部屋に干したまま出掛けると、部屋に帰ったときに、干していたはずの布ナプキンが別の場所に置かれていたこともあった。おそらく、掃除担当の方が、それを布ナプキンだと気付かずに丁寧に取り扱ってくださったのだろう。今となっては、どれを思い返しても、大変懐かしい思い出である。

 それとは別に、最近になって、「私は子供を産まなかったのだ」ということを再認識するようにもなった。大多数の女性たちが経験したはずの子育てを経験しなかったということは、何か重大な忘れ物をしたまま歳を取ってしまったような気もする。しかし、今更取り返しは付かない。これが喪失感というものなのだろうか。仮にそうだとしても、その喪失感は、おそらく私と同じ状況に置かれた他の女性たちよりはずっと軽いような気がする。

 この記事を読んでくださっている方たちの中には、まさしく今、子宮筋腫と向き合っている女性たちもたくさんいらっしゃることだろう。そういう方たちに、子宮筋腫が小さくなる方法をお教えすることはできないが、これまでよりも身体が楽になったことだけはお伝えしておこうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに、もう生理がないので当たり前のことですが、今は血液検査をしても、私の血液中には有り余るくらいの鉄分が含まれています。あれほど鉄分が足りなかったのに、何だか複雑な気持ちではありますね。

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2015.01.11

今宮戎の宵えびす

映画『鬼畜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。毎年、年末年始の休暇が終わったあとの、この三連休で救われます。皆さんは、三連休をいかがお過ごしでしょうか。私は、昨日はまたまた図書館に出掛けて調べ物をしていました。年末と違って利用者が多く、座るスペースを確保するために館内をあちこち歩き回る羽目になってしまいました。それでも、何とか座るスペースだけは確保することができました。図書館は楽しいですね。

 関西には、毎年一月九日から十一日までの三日間、戎(えびす)神社で行われている十日戎(とおかえびす=通称えべっさん)というお祭りがある。商売繁盛を願って参拝するもので、「商売繁盛で笹持って来ーい」というお囃子(はやし)まで用意されている。

 十日戎と言えば、毎年のように西宮神社に参拝していたのだが、私がまちのオフィスに勤務することになったこともあり、ガンモの仕事も休みだったので、今年は大阪の今宮戎(いまみやえびす)まで、一月九日の宵えびす(えべっさんの初日となる一月九日の戎神社参り)に出掛けることにした。

 私は定時で仕事を上がると、大阪環状線に乗って新今宮(しんいまみや)まで出た。一方、ガンモは自宅からJR線を乗り継いで新今宮まで移動した。ガンモと私はそれぞれ反対方向の大阪環状線に乗り込んだため、新今宮駅で待ち合わせをすることになっていた。西宮神社の混雑ぶりを体験しているので、果たして新今宮駅で待ち合わせをしたとしても、無事にガンモと会うことができるのかどうか心配だったのだが、新今宮駅に着いてみると、予想していたよりもはるかに人が少なかったので、かえって拍子抜けしてしまった。

 私は人の流れて行く方向にそのまま歩いて行き、西口改札を出て、「西口改札を出たところのトイレのあたりで待ってるから」とガンモにLINEでメッセージを送っておいた。しかし、到着予定時刻を過ぎても、ガンモはなかなか待ち合わせ場所に現れなかった。しばらくしてガンモから電話があり、
「東口のほうが近いみたいだけど?」
と私に言った。私は、特に出口を確認することなく、人の流れて行く方向に身を任せて改札を出てしまったので、困ってしまった。果たして改札を出てしまった状態で、ガンモのいる東口方面まで歩いて行くとしても、無事にガンモと会うことができるのだろうかと心配になったのだ。

 ところが、東口方面を目指して歩き始めると、何の混雑もないことに気が付いた。十日戎なのに、あまりにもの人の少なさに驚いたのだ。同時に、決して上品ではない町の雰囲気にも驚いた。私は、今宮戎への道のりを辿りながら、てくてく歩き始めた。途中、ガンモから電話が入り、
「○○○の看板は見える?」
と言うので、
「見えるよ」
と答えると、少し先のほうにガンモが立っているのがわかり、無事に合流することができた。西宮神社へのひどく混雑した参拝を考えると有り得ないことである。

 それから私たちは、今宮戎までの道のりを一緒に歩き始めた。途中に一本五十円の飲み物の自動販売機があったりと、その町の雰囲気を感じさせてくれた。やはり人は少なく、西宮神社に続くまでの混雑した道のりがやや懐かしくもあった。

 ようやく大通りに出ると、少し混雑が見られた。警備員さんが横断歩道に立ち、参拝客を誘導していた。それでも、西宮神社ほどではない。横断歩道を渡ると、本格的な露店も出ていた。ようやくえべっさんの雰囲気が出て来たと思いながら、露店をチラチラ見ながら歩いた。

 しばらく歩くと、今宮戎への入口が見えて来た。驚いたことに、入場制限もなく、すぐに中に入ることができた。中に入ると、少しは混雑していたが、やはり西宮神社の混雑ぶりからすると、考えられないほどである。西宮神社の混雑ぶりを百とするならば、今宮戎の混雑ぶりは六十くらいだろう。

 今宮戎の境内は狭く、マグロもなく、本殿に続く通路での軽いお祓いもなかった。ただ、不思議に思ったのは、何の飾りも付けていない本物の笹を持っている人たちが多かったことだ。
「あの笹はどこで買うんだろう?」
とガンモと一緒に首をかしげた。しかも、どうやら参拝客らは、その笹に付けるためのお飾りさんを購入して、購入した場所で付けてもらっているように見えたのだ。西宮神社でも笹は売られているが、まず、本物の笹ではない。そして、その笹には、最初からお飾りさんやお札が付いている。そこが大きく違う。私たちは今宮戎のシステムが良くわからないまま境内を歩いた。確かに、「商売繁盛で笹持って来ーい」とは言われているものの、本当に笹を持って来るとは・・・・・・。実際、境内でも、「商売繁盛で笹持って来ーい」というお囃子が流れていた。

 境内では進行方向にしか進むことができなかったので、笹を手に入れることができなかった私たちは、お飾りさんもお札も購入することができず、ひたすら出口に向かって進むしかなかった。後戻りできなかったので、おみくじを引くこともできなかった。

 何となく欲求不満が残ったまま出口を出ると、目の前には既成のお飾りさんやくまでなどを売っているお店が立ち並んでいた。いろいろなお飾りさんやくまでが売られていたのだが、値付けがされていないところに何となく近寄りがたい雰囲気を感じた。それでも私は、手ぶらで帰るのは気が引けたので、七福神の載った小さな「くまで」を購入した。三千円だった。

 くまでを購入しても、何となく達成感のない状況だった。そのまま歩いて行くと、さきほどくぐった今宮戎の門が再び見えて来た。ガンモと私は、
「よし、もう一回行くか」
ということで合意し、再び今宮戎の入口の門をくぐった。

 さきほどは、本殿を挟んで左奥のほうへと歩き始めたのだが、今度は、本殿を挟んで右側のほうに歩き始めたところ、何と何と、笹を配っている人がいるではないか。「ここだ!」と思い、私は迷わず笹を受け取った。この笹は、福笹と呼ばれているものらしい。有り難いことに、無料で配布されているのだ。

 そのすぐ隣に、福娘がお飾りさんやお札を販売していたので、すかさずその列に並んだ。三人ほどの福娘がいたのだが、福娘がかわいらしいからか、カメラを真剣に構えて福娘を撮影している男性が何人かいた。まるでアイドルを見るかのような熱いまなざして一人の福娘を見詰めていた。彼らの視線の先にいる福娘は、確かにかわいいかった。私もその福娘の列に並び、俵と金の鯛のお飾りさん、それから商売繁盛のお札を購入した。あわせて五千円である。福娘は、それらのパーツをクリスマスツリーに飾るように、私が差し出した福笹に付けてくださった。つまり、オリジナルの福笹が出来上がったというわけである。西宮神社の既成の福笹とは違い、本物の笹なので、持って歩いていると笹の葉が人の顔に当たったりもする。そのため、境内では笹をできるだけ高く掲げて歩くのがお作法のようだった。

 本殿の前でお賽銭を投げて、今年一年のご祈願をした。少し伸び上がってお賽銭の中身を確認したところ、お金以外のものも投げ込まれていた。見ると、福娘には外人さんもいらっしゃった。どの福娘もかわいい女性たちばかりである。私はガンモに、
「来年は私も福娘に応募しようと思ってる」
と宣言したが、取り合ってくれなかった。

 オリジナルの福笹を手にしたガンモは、
「今宮戎、気に入った」
と言った。帰りの電車でも、ガンモは福笹を持ち、二人で電車を乗り継いで自宅の最寄駅まで帰った。自宅の最寄駅に着くと、西宮神社に参拝された方たちが、ガンモの持っている福笹を不思議そうに見ていたそうだ。私としては、本物の笹でオリジナルの福笹を手にすることができるのは魅力的だが、マグロもなく、簡単なお祓いもなく、えべっさんのお酒の試飲もなく、えびす様の格好をした人にも会えないえべっさんは少し寂しいとも思った。また、西宮神社ならば、境内が広いので、お化け屋敷などの出店もある。私にしてみれば、他の楽しみをすべて諦めて、本物の笹でオリジナルの福笹を手にすることだけに専念できるかどうかは、ちょっと微妙なところなのである。それでも、いつもとは違うえべっさんを楽しむことができて良かったと思っている。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、今宮戎の宵えびすをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m えべっさんの帰りに、お腹が空いたので、大通りの近くにある中華料理屋さんで晩ご飯を食べたのですが、隣のテーブルにいるご家族の会話に驚きました。おばあさんが孫を激しい口調で叱っているのです。あまりにも口調が激しいので、チラチラ見てしまいましたが、激しい口調の割には怒りが顔に出ているわけでもなく、不思議なご家族でした。

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2015.01.09

映画『鬼畜』

ホットヨガ(四一九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、通勤時間帯にJR線の大幅な遅れが発生ました。私自身は早い時間帯の電車を利用していたので特に影響はなかったのですが、遠くから通っている方たちは、出勤時間に間に合わず、駅で遅延証明書を受け取ってから出勤されていました。JR線は良く遅れるので、私は慣れていますが、慣れていない方たちは、遅れたときの電車の混み具合に衝撃を受けていたようです。私がいなかのオフィスまで通勤していた頃は、JR線を利用している人たちが限られていたのですが、今はほとんどの方たちがJR線を利用し、私が住んでいるところよりも遠いところから通勤されています。一方、私はこれまでよりも通勤時間も短縮されたので、これまでと立場が逆転して何だか妙な感じです。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、一月三日のことである。これまでに何度となく鑑賞した作品ではあるのだが、帰省中に急に本作を鑑賞したくなり、動画サイトを検索してみたところ、何と、運良くYouTubeで見付けたのだ。松本清張原作の本作は、愛人との間に生まれた三人の子供たちを押し付けられた男が、気の強い本妻とともに鬼畜になって行く姿を描いたものである。

予告編

本編

 川越で小さな印刷会社を営む竹下宗吉のもとへ、あるとき三人の子連れの女がやって来る。女は宗吉の七年来の愛人で、宗吉との間に生まれた三人の子供たちを宗吉ら夫婦に押し付けて逃げてしまう。宗吉と妻は、三人の子供たちが邪魔になり・・・・・・。

 初めて鑑賞したとき、とにかく号泣したのを覚えている。親に愛はないのに、子供の中には親に対する絶対的な愛があるからだ。「父ちゃんじゃないよ」と証言するあのシーンには耐えられない。そして、音楽も耳に残る。

 愛人を演じているのは小川真由美さん、妻の尻に敷かれている宗吉を演じているのは緒方拳さん、そして、気の強い、宗吉の妻を演じているのは岩下志麻さんである。婦人警官に大竹しのぶさんも登場している。実に見事な配役だと想う。

 信じていた夫が七年間も自分を騙し続けていたことがわかり、怒りをあらわにする本妻だが、自分のために泣かない姿が印象的である。本妻にとって、宗吉の浮気は、悲しみではなく怒りのみに相当するのだ。それだけ気が強い役柄なのだろう。宗吉と本妻との間には子供がいなかったので、愛人が宗吉の子供を三人も産んだことは、非常に受け入れがたいことだったはずである。

 印刷会社には、従業員が一人いるのだが、もしも私が本作に手を加えるならば、本妻とその従業員をねんごろにさせてしまうだろう。そうすることで、本妻の怒りのバランスが取れるからだ。しかし、松本清張の原作はそうはならず、本妻の怒りの矛先が三人の子供たちに向いてしまう。

 子供たちは、愛のない家庭で育つべきではないと、本作を観てつくづく思う。夫婦の力関係から言えば、もともと宗吉たち夫婦の間に愛があるようにも見えない。ただ、離れられないから一緒にいるだけのようにも見える。

 もっと早い段階から、宗吉が本妻と離婚して、愛人と再婚していれば、三人の子供たちにはもっと違う人生があったかもしれない。しかし、そうはならなかった。押し付けられた三人の子供たちが、愛人が産んだ子供たちとなれば、本妻の中に激しい憎しみが沸いて来るのは容易に想像できる。やがて宗吉と本妻は、暗黙の了解のうちに、三人の子供たちを扶養しなくて済むような方向へと持って行く。

 愛の観点から言えば、自分のことしか愛せないのか、それとも、他者を愛することができるのかの違いは大きい。前者はとても利己的な態度として表れ、後者は献身的な態度として現れる。そして、親にはできないことが子供にはできるという意外性に、本作を鑑賞する人たちは打ちのめされるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、何度も鑑賞したくなる作品の一つですね。のちに大物になった俳優さんや女優さんたちが勢ぞろいしています。それだけでも鑑賞する価値のある作品だと思います。

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2015.01.06

ホットヨガ(四一九回目)

「ぼたん鍋」をつつくの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 前記事の中で、ドリップコーヒーに関する記述に間違いがあり、慌てて修正しました。ドリップコーヒーに詳しい方が読まれたら、「おや?」と思われたかもしれません。(苦笑)さて、今年も仕事が始まりました。まちのオフィスに移転してから初めて迎える仕事始めです。驚いたことに、朝、出勤すると、入社二年目の女性が丁寧に新年のあいさつをしてくれました。場所は違えど同じ職場に勤務しているというのに、このようなかしこまった光景は、今まで体験したことがなかったので驚きました。(笑)

 十一月十三日木曜日の仕事帰り、ホットヨガの梅田店のスタジオで、六十分のライトコースのレッスンを受けた。

 今回も、UMEGLEでスタジオの近くまで行き、コンビニでおにぎりを買ってベンチに座って食べたあと、梅田店のスタジオへと向かった。

 スタジオの手前にある横断歩道のあたりで、後ろから、
「こんにちは」
と女性に声をかけられた。一体何の勧誘だろうと思い、振り返ってみると、何と、カリスマインストラクターだった。良くもまあ、私の後ろ姿だけでわかってくださったものである。

 カリスマインストラクターは、三宮店でお仕事をされたあと、これから私が受けるライトコースのレッスンを担当されるために梅田店に戻って来られたようだ。レッスン開始まであと十三分ほどしかないというのに・・・・・・。

 信号を待っている間、カリスマインストラクターは、
「ライトコースのあと、骨盤も担当するのでいかがですか?」
とお誘いくださったのだが、翌日も仕事だったので、私はいつものように逃げた。

 カリスマインストラクターはレッスンを控えてお急ぎだと思い、信号が変わるとすぐに、スタジオまで急いでもらった。一方、私はというと、ゆっくり歩いて信号を渡った。

 ところが、梅田店のスタジオのあるビルのらせん階段を昇るときに、カリスマインストラクターは、別の会員さんの姿を見付けられたらしく、
「ライトコースですか?」
などと声を掛けていらっしゃった。その会員さんは、わけがわからないご様子だったが、後ろを歩いていた私はそれを見て爆笑していた。更に、梅田店のスタジオに着いても、まだ誰かに何かを話し掛けていらっしゃる様子だったので、
「早く着替えてください」
と促した。果たしてカリスマインストラクターは、レッスンに間に合うのだろうか。

 私も素早く着替えをして、スタジオに入る前に水素水を補給しておいた。今回は、水素水を二本用意しようと思い、いったんスタジオに入り、予備のペットボトルを持って水素水を補給したあと、スタジオに戻ろうとすると、先程のカリスマインストラクターが何食わぬ顔でスタジオに入ろうとされていたのでそこでまた大笑いした。私もスタジオに戻るところだったが、あまりにもおかしかったので、
「ちょっと、笑いを沈めてからスタジオに入ります」
と言った。さすがのカリスマインストラクターは、まるで何事もなかったかのように、きりりと整えてスタジオに入って行かれた。

 ここのところ毎週のように受けているライトコースのレッスンだが、今回の参加者は六名で、うち男性会員は一名だった。広いスタジオにちょっぴり贅沢な感じだった。

 今回も、私は足のむくみが少し気になった。オフィスカジュアルになってから、羽毛のレッグウォーマーをパンツの外側から履くことができなくなってしまったので、今はパンツの内側から足首にサウナベルトを巻いている。サウナベルトはそれなりに暖かいのだが、もしかすると締め付けてしまっているのかもしれないと思った。

 ホットヨガのレッスンは、左右片方ずつのポーズを取るのだが、右と左で動きが異なることもある。私は、寝転がって両手を広げ、片足を反対側の床に着けるポーズがどうも苦手である。今回、気付いたのだが、右足を左側に着けるのは難しいが、左足を右側に着けるのは容易だった。私の骨盤に何か癖があるのかもしれない。

 それでも、ライトコースのレッスンは、私には取れないポーズがほとんどないのが有り難い。取れないのは、後半のラクダのポーズから始まる一連のポーズくらいだ。高血圧なので、頭に血が上るポーズは取らないように自粛しているのである。

 むくみと関係があるのかどうかわからないが、今回のレッスンでは、あまり汗を掻くことができなかった。汗を掻くのが目的ではないので良いのだが・・・・・・。とは言え、今回も、レッスン中、一度もスタジオの外に出ることなくレッスンを受けることができた。

 シャワーを浴びたあと、受付でVIP会員の更新をすると、ペットボトルの水のプレゼント券をくださった。スタンプカード形式になっていて、受付でペットボトルの水を受け取る度にスタンプが押され、減算される仕組みだ。スタンプカードの有効期限は三ヶ月で、合計六本までペットボトルの水を受け取れるようだ。そう言えば、去年、受け取った同じスタンプカードがまだ残っているはずなのでスタッフに確認していただいたところ、確かに残っていた。しかし、有効期限が書かれていなかったのでまだ使えるそうだ。しばらくは、水に不自由せずにいられそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ライトコースのレッスンは、とても気持ちが良くて、私の中では一番気に入っています。ただし、木曜日の夜のレッスンなので、仕事を定時で上がることができない日はレッスンに参加できないのが難点です。(苦笑)

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2015.01.04

「ぼたん鍋」をつつく

猫と戯れるお正月の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモは昨日、同窓会を終えてから私の実家に移動して来るはずだったのですが(ガンモはお酒を飲みません)、同窓会がかなり盛り上がったため、香川県にある自分の実家に泊まってから私の実家に来ました。ガンモと合流できたので、この記事を書いてしばらくしたら、帰り支度を整えて兵庫県に帰ります。さて、明日からお仕事の方たちも多いのではないでしょうか。九連休といえどもあっという間でしたね。明日からお仕事の方たちは、一緒に頑張りましょう。それでは、雪の城崎温泉の続きを書かせていただきます。

 雪の城崎温泉を出発して、カングーで遭難しかけた私たちは、すなばコーヒーで昼食をとったあと、鳥取県の倉吉にある旅館に宿泊した。

 城崎温泉で宿泊した宿と同じく、こちらもリーズナブルな価格で宿泊できる旅館で、見た目は少し古そうなのだが、中はきれいにリフォームされていて、とても居心地が良かった。

 私たちは和室に案内されたのだが、部屋にユニットバスもトイレもあり、くつろげる大きな椅子もあった。特に私が有り難いと思ったのは、部屋に用意された持ち運びできる小さなテーブルである。旅先では、たいてい、ガンモがデスクを占有してしまうので、部屋にテーブルと椅子がない場合、私は自分のノートパソコンを開くためにベッドの上で作業をすることになる。というのも、デスクの前には椅子が一つしかないためだ。しかし、通された和室には、持ち運びできる小さなテーブルがあり、私はそのテーブルの上で自分のノートパソコンを開くことができたのだ。ホテルに宿泊したときは、デスクの他にテーブルと椅子が用意されていたりもするのだが、多くのホテルにありがちなのは、椅子の高さとテーブルの高さが合っていないために、ノートパソコンの操作には向かないのである。それに比べて、この旅館に用意されていた持ち運びのできる小さなテーブルは、畳の上に座ってノートパソコンの操作をするのにぴったりだったのだ。

 夕食は、旅館の中にあるお食事処で「ぼたん鍋」をいただいた。「ぼたん鍋」とは、こちらの旅館の名物料理で、猪の肉を使った鍋料理である。冬に旅館に泊まると、やはり鍋料理が出て来ることが多い。テーブルに用意されたお鍋の中には、あらかじめ、出し汁の中にこんにゃくや大根などが入っていた。私たちは、出し汁が煮立ってから、次々に鍋の材料を入れた。

 「ぼたん鍋」は、とてもおいしかった。前菜はテーブルに最初から並べられていたのだが、その他に、お造りやおもちなども運ばれて来た。そして、私たちが「ぼたん鍋」を食べ終わると、雑炊の代わりにうどんで仕上げをした。その後、ほうじ茶のプリンがデザートとして運ばれて来ると、そのおいしさにまたまた感動した。

 ただ、他の宿泊客の方たちがお酒を飲んでいて、かなりにぎやかだった。どうやらお仕事で来られているらしい。

 朝食も同じ場所でいただいた。おかずの量が多かったので、ご飯を軽くお替りしようかと思っていたところ、
「申し訳ありませんが、今日はご飯のお替りはありません。他のお客さまがたくさん食べられたので・・・・・・」
と言われてしまった。どうやら、前夜にお酒を飲んでいた男性グループが、たくさんお替りをされたようだ。おかげで、たくさんのおかずをご飯なしで食べる羽目になってしまった。

 食後のコーヒーが無料だったので、カップ式のドリップコーヒーをコーヒーカップに仕掛けた。私は、この手のドリップコーヒーはほとんど飲んだことがないので、作り方が良くわからなかった。一方、ガンモはこの手のドリップコーヒーを良く飲んでいるので、勝手を知っているようだった。私がこの手のドリップコーヒーをほとんど飲まないことを知っていたガンモは、
「ドリップコーヒーの作り方、わかるの?」
と聞いて来た。そして、私がコーヒーカップにセットしているドリップコーヒーを見て、
「ああ、やっぱり。紅茶じゃないんだから」
と言った。

 どうやら私は、ドリップコーヒーの上の部分を破かずに、袋状にして、ポットからのお湯をそのまま注ぎ込んでいたようだ。もちろん、その方法では、貯まったお湯の上にドリップコーヒーが半分くらい浸かっているような感じになっていた。私は、「コーヒーにしては何か変だなあ」と思いながらも、そのうち色が出て来るのではないかと期待して、根気強く待っていたのだ。しかし、それは紅茶に対するお作法であって、ドリップコーヒーに対するお作法ではなかった。ガンモは、
「上を破らなきゃダメだよ」
と私に言った。そこで私は、コーヒーカップの中に貯まっているお湯を捨てて、ドリップコーヒーの上の部分を破り、もう一度、お湯を注ぎ直した。その結果、注いだお湯がドリップして来て、コーヒーカップの中のお湯は濃いコーヒー色に変わった。何事も経験である。

 朝食を食べてまったりとくつろいだあと、私たちは旅館をチェックアウトして、次なる目的地へと向かったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、「ぼたん鍋」をつつくをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お料理もおいしく、くつろげる宿でしたね。探せば、こういう宿もあるのだなあと思いました。良い宿を探すときには、口コミも大いに参考になりますね。

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2015.01.02

猫と戯れるお正月

「選ばれた人」らしいの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。新年、あけましておめでとうございます。昨日、高速バスに乗って帰省しました。ガンモは昨日と今日、仕事が入っていますが、明日、こちらで合流することになっています。お天気が荒れていますね。こちらも時々強い風が吹いています。高速バスに乗っているときも、雪が舞っている地域がありました。お正月休みに帰省されている方も多いかと思いますが、どうか移動にはくれぐれもお気を付けくださいね。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。m(__)m

 私はもともと断然犬派で通って来たのだが、最近は、猫も可愛がるようになった。ずっと犬好きだったのに、猫を可愛がるようになるなんて、まったく私らしくもないと、しばらくは思っていたほどだ。

 猫をかわいがるようになったきっかけは、以前にも書いたと思うが、亡き母が大事にしていた猫を私自身も大好きになったことがきっかけだった。それまでにも、実家では猫を飼っていたことが何度かあったのだが、どの猫に対しても、私はほとんど無関心だった。しかし、母が大事にしていた猫だけは不思議な存在感があり、私も彼の魅力に惹き付けられたのだ。

 それで、あるとき時間を掛けて彼に愛の告白をして、自分の気持ちを伝えた。そのとき、彼と長いこと抱き合っていた。その結果、彼に想いが通じて、彼と精神的な繋がりを持てたと思う。それからは、実際に彼と仲良くなった。彼とは、帰省したときにしか会えないが、何ヶ月かに一度の逢瀬でも、彼はちゃんと私のことを覚えてくれていて、私に対する親しみを示してくれた。

 去年、実家に猫の仲間たちが増えた。いろいろあって、その中で一匹だけが残り、今は最初の彼も含めてもう一匹の彼がいる。私からの愛の告白が成功して、最初の彼とはすっかり仲良くなれたのだが、もう一匹の彼はなかなか私には懐いてくれなかった。そのことを真の猫好きの方に話したところ、猫と仲良くなる特別な方法を教えてくださった。今回、その特別な方法を実践すべく、私はあるものを購入して帰省し、もう一匹の彼に近付いた。

 まずは、何も使わずに素手でもう一匹の彼と向き合おうと思った。それで打ちのめされたならば、用意したものを使おうと思ったのだ。ところが、驚いたことに、もう一匹の彼は、鳴きながら私に身体を摺り寄せて来た。
「あれえ?」
これまでのように、敬遠されるか、すぐに逃げられるだろうと思っていたので、もう一匹の彼の態度に驚いた。どうやら寒いので、人肌恋しいらしい。あるいは、私が受身になったので、向こうから近付いて来たのかもしれない。

 もう一匹の彼は、座っている私の足の上に乗って来たかと思うと、親愛の印として、私の手をペロペロ舐め始めた。そこまで舐めなくてもいいのにと思うほど、念入りに何度も何度も舐める。時には私の指を噛もうとするのだが、ほんの少し口にくわえるだけで、本格的には噛もうとしない。私は親愛の印のお返しに、もう一匹の彼の頭を愛撫したりした。もう一匹の彼は、私の手を舐めるだけでなく、私の鼻を舐め、ついには唇まで奪って行った。これまで逃げられていたのに、一気に距離が近付いた感じだ。実に不思議なものである。

 受身になることは、相手に主導権を譲ることなのかもしれない。これまでの私は、もう一匹の彼の意志など関係なく、自ら近寄って抱き上げようとしていた。まだ信頼関係が出来上がってもいなかったというのに、いきなりそんなことをされて、もう一匹の彼は、私に対する警戒心を強めたのではないだろうか。受身になると、いろいろなことが見えて来るというのが、もう一匹の彼との逢瀬を通じて得た教訓である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 猫に対して好きな気持ちを真剣に伝えると、猫にはちゃんと通じて応えてくれることがわかりました。受身になるには忍耐力が必要ですが、受身になってこそ起こり得る展開があるのですね。新年の教訓になりそうです。(笑)

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