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2014.10.23

愛について(3)

映画『大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日は久し振りに、「愛について」の記事を書いてみたいと思います。

 母を亡くしてから、「愛について」の感覚がより敏感になった。「愛について」の感覚が似ていたり、近かったりする友人とは距離を縮めることができたものの、「愛について」の感覚が遠い人たちとは疎遠になってしまった。

 「愛について」の感覚が近い友人とは、会話を交わす度に感動がある。メールを交わしても、お互いに想いを届け合うようなやりとりになる。また、手加減なしに、正直な想いを伝え合うことができる。

 一方、「愛について」の感覚が異なる人たちとは、親に対して抱く感情があまりにも違い過ぎて、会話を交わす度に温度差を感じてしまう。そのため、思ったことを心の奥に封じ込めてしまいがちである。親を亡くしても実にさらっとしていて、「(親を亡くした悲しみの程度は)この程度のものなのかと思った」と口にするのを聞いて、唖然としたものだった。また、介護の必要な親がいることを告白しながら、「終わりが見えているほうがいいのかもしれない」と口にする人もいた。私は、「終わりが見えているほうがいいのかもしれない」という言葉の意味がすぐにはわからなかったのだが、どうやら、がんなどで余命を宣告されているほうが、先の見えない介護よりもいい、という意味だったらしい。その言葉の意味がわかったとき、私はこの人と親しく付き合って行くのは非常に難しいと感じた。

 人によって、親に対する想いの深さがずいぶん異なるのはどうしてなのだろうと考えてみた。その結果、行き着いたのは、子供の頃に親から受けた愛情の深さが影響しているのではないかということだった。親は、愛のお手本を示す一番手となるべき存在なので、その一番手から受けた愛が不十分な状態にあると、親をも含む他者に対してどのように接していいのか、わからなくなってしまうのではないのかと思う。もちろん、いろいろな事情で親と疎遠になってしまう人も中にはいるかもしれない。疎遠になってしまっても、過酷な状況の中で自分自身の中にある愛を引き出す子供もいるだろう。とにかく、子供の頃に、愛について感じたことが大きく影響しているように思えるのだ。

 私は子供を産まなかったので、子供を産んだ人たちとは別の形で愛を伝えて行きたいと思っている。その方法が、今、少しずつ見えて来ているところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ベースになる経験が異なると、なかなか温度差は埋められないものですよね。相手にとっては、何故、私が熱くなっているのかわからないでしょうし、私にしてみれば、何故、そんなに冷めているのかわかりません。ベースになる経験が異なるので、話はいつも、平行線をたどり続けるのです。(苦笑)

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