« ホットヨガ(三九九回目) | トップページ | 母の一周忌 »

2014.08.29

人との距離について

ホットヨガ(三九九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。明日の母の一周忌の法要のため、今日は休暇を取って、ガンモと一緒に私の実家まで帰って来ました。神戸市内に出るまでの高速道路がひどく混んでいたのと、ガンモが途中で道を間違えたことで、いつもよりも時間が掛かってしまいました。雨が降ったり止んだりと、すっきりしないお天気が続いていますが、ずいぶん涼しくなりましたね。二週間前は、エアコンのない実家の二階で寝るのは暑かったのですが、今日は窓を閉めないと寒いくらいです。暑い日に、一周忌の法要のために足を運んでもらうのは申し訳ないと思っていましたが、この涼しさなら、少なくとも法要中の暑さに関しては、それほど気にしなくても良さそうです。

 いなかのオフィスからまちのオフィスに移転してから、早くも三ヶ月が経過した。仕事の環境が大きく変わったわけだが、その中でも最も気になっているのが、人との距離である。

 私が住んでいるのは、神戸市と大阪市の間にある市なので、いなかのオフィスに通っていた頃は、神戸方面に向かう通勤電車に乗っていた。神戸市もそれなりに都会なのだが、やはり大阪方面に向かう通勤電車のほうが混雑している。そのため、人との距離が気になる。人は、親しい人(特に異性)とは、肉体的な距離を縮めたくなる傾向にあるが、そうではない人との肉体的な距離が近くなると、ストレスを感じてしまうようだ。特に、これまで利用していた神戸方面に向かう通勤電車では、それほど近い距離で人と接していなかったために、最初はかなり戸惑いを感じていた。しかし、それもようやく慣れて来たところだ。

 同じようなことが、職場のエレベータにも言える。いなかのオフィスでは、勤務場所がエレベータを使わなくても良い階にあったので、ほとんどエレベータを使用することなく過ごして来た。しかし、まちのオフィスでは、エレベータを使用して移動しなければ、肉体的にかなり疲れてしまう階に勤務場所がある。エレベータは何基もあるのだが、他の階からもお呼びが掛かっているのか、呼び出しボタンを押してもなかなかやって来ない。そのため、やって来たエレベータに何とかして乗り込もうとする。すると、必然的にエレベータがどんどん混んで来る。

 特に、定時退社日にはその傾向が強い。全館で一斉に定時退社日となっているので、ほぼ同じ時間にエレベータが混み始める。エレベータが混んでいても、次のエレベータがなかなか来ないことがわかっていると、やって来たエレベータに何とかして乗り込もうとする。やって来たエレベータに少しでも乗れそうなスペースを見付けると、どんどん乗り込んで来るのだ。すると、ほとんど知らない人たちとの物理的な距離があれよあれよという間に縮まってしまう。これまでそうした状況に慣れていなかっただけに、最初は戸惑いを隠し切れなかった。

 ある定時退社日に、エレベータホールで同じ職場の人と会った。その方は、私よりも数分前にオフィスを出たはずなのに、私が帰り支度を整えてエレベータホールに出てみると、まだエレベータを待っていた。聞くところによると、エレベータがなかなか来ないのだそうだ。来ても、満員だったため、見送ったエレベータもあったという。

 そのため、その方は、ようやくやって来た満員手前のエレベータに乗り込んだのだが、私は乗れないと思ったので、そのエレベータを見送ることにした。すると、エレベータに乗り込んだ方は、
「まだ乗れますよ」
と私に声を掛けてくださった。私は、
「いえ、どうぞ行ってください」
と促した。エレベータに乗った方は、以前からまちのオフィスで働いている方だったので、おそらく混雑したエレベータに乗り慣れていたのだと思う。

 こんなふうに、まちのオフィスでは、人との物理的な距離が近い上に、エレベータを待つ時間が一日のうちでも長くなって来ている。朝の出勤時、お昼休みの食堂への移動時、昼食を取ったあと食堂からオフィスまでの移動時、残業のための晩ご飯を食べるための食堂への移動時、晩ご飯を食べたあとの食堂からオフィスまでの移動時、そして夜の退勤時という具合である。遅いときは、エレベータの到着まで五分ほど待つこともあるので、エレベータを利用する回数を考えると、一日のうちにかなりの時間をエレベータを待つ時間に費やしていることになる。いなかのオフィスに勤務していた頃にはなかった時間を体験しているのである。

 また、いなかのオフィスからまちのオフィスに移転したことで、オフィスで占有できる机の幅も狭くなってしまった。聞くところによると、いなかのオフィスで占有できていた机の幅がやや広過ぎたようで、他の支社の方たちからは、「贅沢だ」と言われていたそうだ。そういう意味で、これまで守っていたパーソナルエリアの一部を解体して、人との距離を縮めなければならなくなったというわけだ。そのため、隣の人の動きが気になることもある。反対に、トイレに立ったり、昼休みに食事を終えて自席に戻るときも、隣の人を刺激したりしないだろうかと気を遣ったりする。例えば、私の右隣の人は、昼休みにいつも座ったまま寝ているので、私が自席に戻ることで起こしてしまったりしないだろうかと気を遣ってしまうのである。

 このように、人との距離が心理的に与える影響は大きいように思う。それでも、次第に少しずつ環境に順応して来ているのだから、私たちの持つ順応力は素晴らしいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初の頃は、人との物理的な距離は近いのに、その対象と心を通わせているわけではないということにギャップを感じていました。物理的な距離が近くても、心の距離はなかなか縮まらないですよね。ただ、人との距離が近くなることで、身だしなみなどに気を付けている人たちが多いように感じます。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

« ホットヨガ(三九九回目) | トップページ | 母の一周忌 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/60229569

この記事へのトラックバック一覧です: 人との距離について:

« ホットヨガ(三九九回目) | トップページ | 母の一周忌 »