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2014.08.17

「送り火」をする

ホットヨガ(三九六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。長かった十日間の夏休みも、とうとう今日でおしまいです。昨日、ガンモが私の実家に来てくれたので、今日はカングーに乗って一緒に帰ります。皆さんの夏休みはいかがでしたか? ずいぶん涼しくなって来たようですし、夏休みはこれからだという方は、どうか思い切り楽しんでくださいね。私もそうですが、明日からお仕事の方は、気持ちを切り替えて頑張りましょう。

 十六日の夜、「迎え火」をすると同じ要領で、母の魂を送り出すための「送り火」をした。「迎え火」同様に玄関先でしたのだが、外は雷雨だった。多くの故人たちが、もう少しこちらに留まっていたいと抵抗していたのかもしれない。玄関先の軒下で「送り火」をしたので、雨の影響はほとんど受けなかったのだが、「おがら」になかなか火が点かなかったので、「おがら」が燃えてしまうまでに時間が掛かった。十三日の夜に二回目の「迎え火」をしたときとは大違いだった。

 お盆の間、母が実家に帰って来ているという実感はなかったのだが、十二日の夜に「迎え火」をした翌朝、すなわち、十三日の朝、トイレで蜘蛛を発見した。田舎の家なので、蜘蛛はたくさんいるはずだが、ここのところ、家の中では見掛けていなかったので、珍しいと思った。

 そして、「送り火」をしたあと、どういうわけか、家の中に一匹の蝉(せみ)が迷い込んで来た。お盆期間中の仕事を終えたガンモが実家に来てくれて、二階で一緒にくつろいでいたところ、突然、蝉が入って来たのだ。少し前にガンモが網戸を開けて外の様子を見ていたので、そのときに入って来たのだろうか。ガンモはその蝉を手で丁寧に捕獲して、網戸の外側に出してやった。それでも蝉は、しばらく網戸に張り付いていて、時々思い付いたように移動していた。そして、気が付くと、もういなくなっていた。

 私は、お盆になると故人が帰って来るというのは、帰って来た故人が家の中にいるのがはっきりとわかるような感覚があったり、また、姿を見たりできるのではないかと期待していた。しかし、それは霊感のある人のことで、霊感のない人に対しては、このような形で手近なものの肉体を借りて、帰って来たことをアピールしてくれているのかもしれないと思った。そう、「迎え火」をしたあとにトイレで見た蜘蛛も、「送り火」をしたあとに家の中に入って来た蝉も、母の魂が入っていたのではないかと私は思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 昨日は、京都の五山でも大文字などの「送り火」が行われたようですね。ふと思ったのですが、京都の五山は「送り火」だけで、「迎え火」はしないのでしょうか。身近な人を亡くした人たちにとっては、「送り火」よりも、「迎え火」のほうを盛大にしたい気持ちがあると思うので、もしも「送り火」だけだとすると、少々違和感がありますね。

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