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2014.08.21

「結婚できない人をゼロに」という広告について

ホットヨガ(三九七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。広島で発生した土砂災害の被害が、あまりにも大きくて胸を痛めています。もしかすると、土砂災害が起こったのは、私が広島に住んでいたときに二ヶ月だけ通っていた大学の近くかもしれません。亡くなられた方たちの魂が、さまようことなく光に包まれ、進むべきところに導かれますように・・・・・・。

 電車の中で、「結婚できない人をゼロに。」という結婚できない人をゼロに。|結婚相談所・結婚情報のパートナーエージェントの広告を目にした。私はその広告を見たとき、何と傲慢な広告だろうと思った。

 広告から感じたのは、世界中の独身の方たちを対象に、無理にでも結婚相手を紹介して結婚させようとするほどの強い意気込みである。「結婚できない」という表現を用いていることから、その根底にあるのは、結婚している人が勝ち組で、結婚していない人が負け組であるという差別意識なのではないかと思ったのだ。また「結婚できない」という表現からは、「結婚する」ということが一つの能力であるようにも受け取れた。そして、この広告を見たどんな立場の人も、決してうれしい気持ちにはならないだろうと思った。そう、結婚している人も、結婚していない人も、である。

 私は、ある状態にいる人を、別の状態に変えようと他者が試みるのは、他者をコントロールしようとする傲慢な行為だと思っている。柔らかい言い方をすれば、その行為は「おせっかい」でもあるのだが、たいていの場合、「おせっかい」は、「ありがた迷惑」にもなり得る。

 それはさておき、その翌日、同じように通勤電車の中で、またまた同じ広告を見掛けた。同じ車両ではなかったので、おそらく私が利用している路線では、良く見掛ける広告の部類に入るのだろう。前日の衝撃が強かったので、私は、このような傲慢な広告を世間が容認してしまっていいものかどうか考えていた。

 しかし、その直後に、ふと、視点が変わったのだ。「結婚できない人をゼロに。」の「結婚できない人」というのは、世界中の結婚していない人たちのことを指しているのか、それとも、結婚相談所を訪れて、真剣にパートナー探しをしているものの、なかなか気に入った相手に巡り会えない人たちのことを指しているのだろうかと・・・・・・。もしも後者だとすると、前者よりも広告の持つ意味は、いくぶん柔らかくなる。

 しかし、仮に後者だとしても、果たしてこの広告を見て、その結婚相談所を利用してみようと思う人はいるのだろうか。何となくだが、「結婚できない」という表現に気後れしてしまい、利用したくなくなってしまうのではないかと思うのは、私だけだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 結婚はとても楽しいし、男女の親密な愛情関係を、多くの人たちが体験できたら素敵だなと思っていますが、それを押し付けようとは思いません。この広告のコピーからは、そうした押し付けのようなものが感じ取れたのでした。

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