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2014.07.03

振り返り(37)

愛について(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。昨日は水曜日で定時退社日でした。いつもならば、ホットヨガのレッスンを受けてから帰宅するのですが、ガンモの仕事が休みだったので、バーミヤンで一緒に晩御飯を食べました。注文したのは、「火鍋しゃぶしゃぶ食べ放題」です。いや、前回の記事で覚せい剤に触れたことと、今回食べた「しゃぶしゃぶ」はまったく関係ありません。(苦笑)実は、今月は私の誕生月なので、すかいらーくグループより飲食代十パーセントオフのクーポンが届き、利用することにしたのです。食べ放題のメニューでは、いつも食べ過ぎてしまうので、今回は食べ過ぎないように気を付けながら、野菜もたっぷりいただきました。ただ、同じメニューをもう一度、注文することがあるかどうかは、わかりません。(苦笑)それでは、振り返り(36)の続きを書かせていただきます。

 振り返り(36)の記事を書いたあと、四十九日を迎えているというのに、まだお墓のことを書いていなかったことに気が付いた。ガンモの実家方面では、四十九日の法要のあと、お坊様に納骨をお願いしている。私の実家方面でも、通常は納骨を行うのだが、実は、四十九日を迎えた時点では、まだ母のお墓を購入していなかったのだ。実は、これには深い訳がある。

 父に聞いたのだが、母は亡くなる前から、お墓を買うならここが良いと決めた場所があったそうだ。そこは、市が管理する区画で、欲しい区画を選んで購入できるわけではなく、申し込み順に区画が決まるのだそうだ。すなわち、ここにお墓を建てたいと思っても、その区画の手前にある区画がすべて売れてしまわなければ、その区画を購入できないことになっていた。しかし、その時点で空いている区画を購入するとなると、墓地の入口からずいぶん遠いところにお墓を建てることになってしまうので、父はそうした区画を購入することに対し、かなり躊躇していたようだ。確かに、お墓は、今後も末永くお参りするところなので、同じお墓を建てるのであれば、できればお参りしやすい区画を選びたい。そこで、できるだけ足を運び易い区画を購入できる順番が回って来るまで、辛抱強く待つことにしたのだ。

 ところが、それらの墓地の区画は、一方では、合併前の市からも購入者が殺到しているという情報を得ていたものの、実際に市に問い合わせてみると、年に何区画も売れているわけではないことがわかった。そこで、父は何度も何度も市に問い合わせをして、購入したいと思っている区画を購入できるチャンスを待ち続けた。そして、そのチャンスは、意外な形で年末にやって来たのだが、それについてはまた順を追って書かせていただくことにする。

 というわけで、四十九日の法要のときには納骨はなく、造り付けの仏壇に設置した母のお位牌に、お坊様が開眼(かいげん)してくださったのだ。仏壇も、家を建てたときに大工さんが造ってくださった造り付けの仏壇を取り壊して市販の仏壇を据えることはしなかった。それでも、父が造り付けの仏壇に明かりが灯るように工夫してくれた。

 さて、四十九日の法要後の会食は、地元では多くの方たちが会食に利用している料亭を利用させていただいた。料亭には、母の写真とお花を持参した。実家に残っていろいろなことをしていたため、私たちの到着が最も遅くなってしまった。そのためか、会食の場では、ボタンを掛け違えてしまったかのように調子が狂ってしまった。

 まず、他の方たちよりも遅れて行くことになってしまったので、中ほどの席しか空いていなかった。しかも、席を立って別の場所に移動するには、わざわざ障子を開けなければならなかった。端のほうの席ならば、もっと動きやすかっただろうと思う。父は、端っこの席に座ったので、会食中も、ビールを片手に、集まってくださった方たちにお酌をしていた。私は、四十九日の法要に足を運んでくださった方たちをおもてなしすべき立場だったにもかかわらず、自由に動き回ることができなかったために料理をつついていた。そのため、父に怒られた。私はもともと、飲み会の席などでも、人にお酌をするのがとても苦手なのだ。しかし、このときばかりはさすがに反省した。あまりおもてなしができなかったことを悔やみ、もう一度、四十九日の法要をやり直したいとさえ思ったほどだ。

 何となく、いつもの調子を取り戻すことができたのは、残ったお料理を折り詰めしようとする頃だった。私は、障子を開けて立ち上がり、お店の人にお願いして、持ち帰り用の入れ物をいただいた。こうした料亭で、食べ切れなかったお料理を持ち帰るのは、ごく当たり前に行われているのか、お店の方もずいぶん慣れていた。

 お料理を折り詰めしたあとは、会食に出席してくださった方たちが少しずつ帰り始めたので、一人一人お礼を言ってお送りした。

 そして、いよいよお会計をしようとしたとき、会食の支払いのために用意しておいたお金を父が実家に忘れて来てしまったことに気が付いた。そこで私が、クレジットカードを使えるかどうかをお店の方に尋ねたところ、使えるとのことだったので、ほっと胸をなでおろした。都会では、クレジットカードで清算するのは当たり前のことだが、田舎のお店なので、クレジットカードが使えるかどうか、少し心配だったのだ。こうしてクレジットカードが使えることがわかり、何とか危機はまぬがれたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 四十九日の法要のときの反省点は、一周忌に活かしたいと思っています。(苦笑)ちなみに四十九日の法要は、できるだけ三月(みつき)にまたがらないようにするのが慣わしみたいですね。母の場合は、月の初めの頃に亡くなったので、三月にまたがることはなく、四十九日の法要が週末にあたるように、ほんの少し繰り上げただけでした。

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