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2014.07.27

東京への想い

決戦は金曜日の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。関西もかなり暑いですが、関東も負けずに暑いですね。それでも、関西と違って風があるので、関東のほうがまだ涼しく感じられます。

 昨日は、金曜日の夜に宿泊した都内のホテルをチェックアウトして、品川駅のコインロッカーに荷物を預けたあと、ホットヨガの銀座店のスタジオでレッスンを受けた。そのことは、後日、ホットヨガの記事でご紹介させていただくことにして、今回の記事では、私の東京への想いを綴ってみたい。

 私に限って言えば、おそらく東京の街を歩くのは二年降りのことだと思う。その間、飛行機の乗り換えで東京国際空港に足を踏み入れたりはしたものの、街を歩いてはいなかった。久し振りに東京の街を歩いて感じたことは、やはり私は東京が大好きだということだった。

 思えば、私が東京に想いを馳せるようになったのは、確か、今からおよそ三十五年ほど前の中学生時代のことだったと思う。私は愛媛の田舎に住んでいながら、東京の人たちが話す言葉に強く惹かれた。そのため、中学の頃から標準語を話すことに興味を持っていた。

 中学時代に、神奈川県の横須賀から転校して来た男の子がいたのだが、東京ではないにしても、彼が話すネイティヴの関東言葉に必死で耳を傾けたものだった。

 やがて、私の東京好きは更に加速し、いったん広島の大学に進学するも、わずか二ヶ月で休学届を提出して予備校に通い始め、再受験をして川崎市内の大学に進学した。銀座の街を歩きながら、父や母は、そんなわがままな私のことを受け入れ、支え続けてくれたことを思い出し、涙した。

 川崎市内の大学に進学した私は、ガンモと結婚するまでのおそよ十一年間を東京で過ごした。ガンモとの結婚が決まったときも、二人でどちらに住むかについて話し合った。確か、カメラ仲間の方たちが、私たちのためにブライダルオフを開いてくださり、そのときにガンモと私で、一緒に住む場所を決めるためのじゃんけんをしたのだった。

 私はそのじゃんけんに勝ったのだが、私が東京で風呂なしアパートに住んでいたのに対し、ガンモは関西で広い部屋に住んでいたので、私のほうが荷物をまとめてガンモのところに転がり込むことになったのだ。そんな経緯から、私の中にはまだ東京への想いがくすぶっているようにも思えた。

 東京で心地よいと感じるのは、人との距離の取り方である。あるときは友好的に近付いて来てくれるが、あるときは無関心でいてくれる。その無関心がとても心地よい。実のところ、関西ではそうした距離感の取り方が逆なので、時には戸惑いを感じることもある。

 ところで、とりわけ、銀座の街は、独身時代に良く足を運んだ場所でもあった。当時、中古カメラのお店がたくさん軒を並べていたことや、松屋銀座で中古カメラ市が開催されていたり、また、所属していた写真サークルの写真展が行われていた場所でもあったのだ。

 そんな想い出も詰まっていたからか、久し振りに訪れた私を、東京はすんなり受け入れてくれたように思う。そして、私自身も、かつてどんな表情で東京の街を歩いていたかを即座に思い出すことができたのだった。

 もし、ギャップがあっても即座に東京に住んでいた頃の感覚を思い出すことができるのならば、関西に戻ったとしても、あたかも東京にいるかのような感覚を持続させたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やはり、東京の言葉は耳に心地よいですね。私がイギリス英語に魅力を感じるのも、東京好きと同じような感覚なのかもしれません。関西にも、標準語を話す人がいますが、東京弁特有の独特のイントネーションとは違っていますね。一つ一つの単語のイントネーションではなく、言葉の固まりとしてのイントネーションが独特です。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
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