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2014.07.14

振り返り(38)

青森~北海道旅行(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は母の魂を近くに感じていました。夕方、父に電話を掛けてみると、ゆうべ、地元の花火大会があったそうで、父は母の遺影を持って二階に上がり、母と一緒に花火を見上げたと言っていました。母がまだ家にいた頃、母は父と一緒に花火を見ようと言って二階に上がって行ったのに、父は階下で自分なりの時間を過ごしていたそうです。父は、「(母が)いなくなってから花火を一緒に見るなんて・・・・・・」と泣いていました。一緒にいることが当たり前だったとしても、本当はそれが一番幸せなことだったんですよね。そのことを痛感するとともに、母の魂を近くに感じたのは、ゆうべ父と一緒に花火を見ていたからなのかな、と思いました。それでは、振り返り(37)の続きを書かせていただきます。

 四十九日の法要と会食を終えて帰宅した私たちは、少しくつろいだあと、料亭から持ち帰った料理を夕食に食べた。料亭で出された料理の量が多かったことと、父が会食の席でほとんど食べていなかったことから、他に何か追加する必要もないほど充分な料理をいただいた。

 私たちは実家に一泊して、法事用の座布団をしまったりして、後片付けをした。母が買い揃えていた法事用の座布団が、母自身の法事のために使われることになろうとは・・・・・・。

 兵庫県の我が家に戻る少し前に、ガンモが、
「古いアルバムを見たい」
と言った。以前から、私の小さい頃のアルバムを見せて欲しいとガンモに言われていたのに、まだ見せていなかったのだ。

 私は、アルバムがしまってある場所から何冊かのアルバムを持って来ると、父やガンモと一緒にアルバムを開いた。

 そこには、まだ独身だった頃の母の姿もあった。父と母はお見合い結婚だったのだが、アルバムに貼られていた写真の中には、母のお見合い写真も含まれていたようだ。父は、
「この目(母の目)にやられたんじゃ(おそらく、虜になったという意味だと思う)」
と言った。

 若かりし頃の母の写真を見ていると、涙がとめどなく溢れて来た。母は、自分が七十歳でこの世を去ることになってしまうとは思ってもいなかっただろう。母は、アルバムに丁寧にコメントを書き込んでいた。その中には、母の魂が肉体を去ってしまう二日ほど前に、母が元気だった頃のことが思い出されて涙が止まらなかったと言ってくれた母の友人の写真もあった。

 アルバムが変わると、私が生まれたときの写真が出て来た。父も母もとても若かった。父に抱かれ、母に抱かれている赤ちゃんの頃の私を見ると、またまたとめどなく涙が溢れて来た。しかし、その涙には救いがあった。私は、両親に深く愛されて育ったことを知った。そのことが私を悲しみのどん底から救ってくれたのだ。

 アルバムを見て、両親の深い愛を受けて育ったことを実感した私は、少し元気になって、ガンモと一緒に兵庫県に戻った。

 それから数日のち、母の本当の意味での四十九日を迎えた。四十九日が終わるまでは、故人の魂は故人の家の屋根の上にいると言われている。実に不思議なことなのだが、実際の四十九日が過ぎると、明らかに、これまで私が感じていた感覚とは違っているのがわかった。母は確かに仏になり、あちらの世界へと旅立って行ったのだとわかった。そのことを父に話すと、父もまた、母の本当の意味での四十九日を迎えた日の朝方、家の中でガタンという大きな音を聞いたそうだ。それは、「そろそろ行くからね」という母なりの合図だったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母を身近に感じていたからでしょうか。今日は仕事中も、涙が出て来て仕方がありませんでした。母は、父と一緒に花火を見るためにこちらにやって来て、ついでに私のところにも寄ってくれたのかもしれません。

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