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2014.06.10

術後五ヶ月

ホットヨガ(三八三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の足は、紐の付いた靴でなければサイズの調整が難しいため、普段から、パンプス類は一切履きません。しかし、まちのオフィスはオフィスカジュアルなので、スポーツシューズ類の使用は禁止されています。そこで私は、無難な色のウォーキングシューズを購入し、恐る恐る、履いて通勤しています。すると、何と、通勤の途中に、同じビルで働く女性が、無難な色の運動靴を履いて出勤しているのを見掛けました。ああ、この方も、紐付きの靴を履いて通勤したいのだろうなと思うと、何だか仲間を見付けたみたいでうれしくなりました。

 開腹による子宮全摘手術を受けてから、早くも五ヶ月が経過した。今でも時々、汁が出て来てはいるものの、相変わらず、術後の経過はすこぶる良好で、手術後の癒着もまったくなく、とても快適に過ごしている。

 術後間もない頃、ある方が私に、「これからが大変」と言った。一体、何が大変なのだろうと、そのときは「大変」と言われた意味が良くわからなかった。あとからわかったことだが、どうやらその方の周りに、子宮筋腫で開腹手術を受けた方がいらっしゃったようで、術後に癒着がひどくて苦しまれていたようだ。そのため、その方には、開腹手術を受けると、癒着で苦しむものだという思い込みがあったのだろう。そして、その思い込みが私にも当てはまると思い、そう予言されたのだと思う。しかし、有難いことに、私には、その予言はまったく当たらなかった。

 手術後の癒着について、素人なりに考えてみたのだが、私の手術創の縫い合わせ方は、ちょっと変わっていた。ガンモも私の手術創を見て驚いていたので、どのように縫い合わされていたかについて書いておきたいと思う。まず、右手と左手の指を丸めてハートに近い形を作るとする。そして、それぞれの指の第一関節と第二関節の間を密着させようとするとき、傷口に置き換えられるのは、右手の指と左手の指の境目だ。その境目が谷間になってくぼんでいるのがおわかりいただけるだろうか。私のお腹を縫っていた糸は、このようなくぼみのある境目を縫い合わせていた。そう考えると、実際の傷口は、くぼみのもっと下のほうにあったのだと思う。そのため、手術創が縫い合わさるときに、若干の余裕ができたのではないだろうか。素人の判断なので、正確なことは良くわからないが、私が手術前に癒着を気にしていても、執刀してくださる医師は、ほとんど気にされていなかったので、おそらく私が手術を受けた病院では、そうした方法で手術創を縫い合わせることで、術後の癒着が起こりにくかったのだろうと思っている。実際、I医師が紹介してくださった医師が、たくさんの手術実績のある、恐れ多いほどの敏腕医師だったので、かなりの経験を積まれていたのだと思う。本当に有難いことである。

 とにかく私は、この五ヶ月間、順調に回復しながら、先日のまちのオフィスへの引越しも、重いものを持つこともなく無事に完了させたのだ。

 手術後からずっと愛用している腹帯は、もはや手放せないものになり、今でも手術創を保護する形で愛用し続けている。手放せない理由は、腹帯を着けていると、腹巻のように暖かいのと、止めるところがマジックテープになっているため、マジックテープをはがすときに、子供の頃のことを思い出すからである。そう、おしめをしていた頃に、親におしめカバーを外してもらった思い出がよみがえって来て、懐かしさがこみあげて来るのである。いや、私が子供だった頃に、実際におむつカバーにマジックテープが使われていたかどうかはわからない。しかし、例えそれが私自身の記憶ではなく、例えば親戚の子供などの間接的な記憶だったとしても、親に愛された証として反応するのだ。

 さて、以前の記事に、少しずつ重いものを持ち始めていると書かせていただいたが、実は先日、ものすごく重いものを持ってしまった。カングーに搭載するバッテリーである。

 そのバッテリーは、楽天市場で注文して、宅配ボックスに届いていた。私のほうがガンモよりも早く帰宅したので、宅配ボックスを開けて大きさを確認したところ、この大きさならば持てると思い、宅配ボックスから取り出そうとした。しかし、それがとんでもない間違いだった。大きさはそれほどでもなかったのだが、信じ難いほどの重さだったのだ。

 私は咄嗟に、「これはいかん!」と思ったのだが、宅配ボックスを開けてしまった以上、元に戻すわけにも行かず、結局、何とか踏ん張りながら、宅配ボックスから取り出した。そして、マンションのエントランスを鍵で開けて中に入り、いったん異常な重さのバッテリーを床に置いたあと、ポストの中身を取り出して、再びバッテリーを持ち上げた。やはり重かった。

 そこから歩いてエレベータに乗ったのだが、エレベータまで運ぶのもやっとだった。エレベータの中では、とても抱えてはいられなかったので、手すりの上に置かせてもらった。

 間もなく、住んでいる階に着いたので、エレベータを降りたものの、部屋の前まで移動するのがまたまた大変だった。何でこんなに重いものを運ばなければならないのかと、いろいろな感情がわきあがって来た。

 それでも、部屋の前まで何とか運んで、まだ仕事をしているであろうガンモに、重いバッテリーを部屋の前まで運んだことを報告した。すると、心配したのか、しばらくして、ガンモから電話が掛かって来た。ガンモは私に、
「あのバッテリー、二十キロくらいはあると思うよ」
と言った。私は、オフィスで五リットル入りの電気ポットに、二リットルしか水またはぬるま湯を補充していなかったというのに、何と、その十倍も重いものを運んでしまったのだ。

 部屋に入って落ち着いたものの、お腹に少し痛みを感じた。まさか、せっかく縫い合わさった傷口が開いてしまったりしないだろうかと、ひやひやした。痛みはあったものの、出血はなかったので、おそらく大丈夫だろうと思う。

 仕事から帰宅したガンモは、
「宅配ボックスに戻せば良かったのに」
と言ってくれたが、私は、
「そんな怪しいことはできない」
と答えたのだった。

 その後も大量に出血するようなことはなかったので、おそらく大丈夫だろうと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おしめを固定させるおむつカバーは、おしり全体を包むものなので、お腹に巻く腹帯とは違いますね。それでも、マジックテープをはがすときの感覚は、何故かおしめを取り替えてもらう懐かしさと繋がっています。今の子供たちも、おむつカバーのマジックテープをはがしてもらう感覚を、何年も経ってから再体験したときに、きっと懐かしく思うことでしょうね。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
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