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2014.05.14

霊的な繋がり

映画『ムカデ人間』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 認知症の女性が、七年振りに夫と再会できたというニュースをインターネットで知りました。女性の名前はミエコのはずでしたが、警察の記録にエミコと添えられていたために、長い間、身元がわからなかったとのことです。介護施設に入ったときに、認知症のために「ミエコ」という自分の名前ではなく、娘さんの名前を名乗ったというニュースも流れていましたね。何を隠そう、私の名前は「みえ」(実際は漢字)ですが、しばしば、「えみ」と間違えられます。(苦笑)ですので、この女性が「エミコ」と間違えられたという状況がとても良く理解できます。先日の健康診断でも、「○○えみさーん」と呼ばれ、「また間違えられた」と心の中で苦笑しながらも、「はーい」と返事をしました。きっと、「みえ」よりも「えみ」のほうがメジャーなんでしょうね。今回のミエコさんの一件で、周りの人たちが、「みえ」と「えみ」を意識して区別してくださるといいなと思っています。

 最近、「霊的な繋がり」について思うことが多い。「霊的な」というのは、「幽霊の」という意味ではなく、「魂の」という意味に近い。

 思えば、私は若い頃から、人と「瞬間的に理解し合える」ことを望んでいたように思う。「瞬間的に理解し合える」というのは、多くを語らなくても、短時間でわかり合えるような間柄だ。

 ガンモとの結婚を決めたのも、交際が始まってからわずか二ヶ月ほどのことで、実際に結婚したのは、交際が始まってから四ヶ月後のことだった。こうした状況からも、「瞬間的に理解し合えた」と思って良いだろう。実際に「瞬間的に理解し合えた」かどうかについては、ガンモとの楽しい楽しい結婚生活が、今でもずっと続いていることが証明してくれている。

 とは言え、私にとって、このような出会いを体験したのは、ガンモが初めてではない。実は、私の好きなアーチストとの間にも、霊的な繋がりがあったのではないかと思っているのだ。というのも、先日、好きなアーティストのライブに参加して、過去の出来事を思い出しながら、そう実感したからだ。

 そのライブには、もともと参加する予定がなかったので、チケットを購入してはいなかった。しかし、同じアーチスト仲間の友人から、ライブに参加できなくなったので代わりにどうかという連絡をもらい、喜んで参加させてもらったのだ。実際、参加させてもらって、本当に良かったと思っている。チケットを譲ってくれた友人には、とても感謝している。

 有り難いことに、かなり前のほうの席だったので、ステージの様子がとても良く見えた。私は、ステージの上にいる好きなアーチストの姿を確認しながら、昔のことをいろいろ想い出していた。私は、そのアーチストのことがとても好きだったので、何かと顔を合わせるきっかけを作っては、ほんの短い会話をしていた。今でもそうだが、私は彼のことを一人のアーチストとしてというよりも、一人の人間として、魂として見ていた。おそらくだが、今でも、当時の私のような存在が、彼の周りにはたくさんいることだろう。

 その頃の会話について、いろいろ思い起こしてみるのだが、会話が実に効率的だったように思う。余分な説明は不要で、一言で伝わってしまうこともあった。それは、相手の言うことを自分の頭で考えて理解するというよりも、相手の言葉がヒントになり、ピンとひらめくような感じだった。驚かれるかもしれないが、周りに人がたくさんいると彼に対して引いてしまうが、一対一で会話をすると、とてもリラックスできた。

 東京に住んでいたときは、偶然会うことも多く、しかも、会う前に予感がするのか、突然、目の前に現れても驚かなかった。そして、偶然、顔を合わせたあとは、何の名残惜しさも感じずに、当たり前のように日常に戻るのだった。ガンモと結婚したあとも、プライベートで大阪を訪れた彼と、大阪でばったり会ったこともある。ガンモとも、申し合わせてもいないのに、仕事帰りに実に良く会う。何が引き寄せてくれるのかわからないが、とても不思議なものである。

 そのアーチストを好きになったのは、雑誌に載っている彼の写真を見たときに、「この人のことを良く知っている! 何だか懐かしい!」と強く感じたことがきっかけだった。すなわち、彼に対して「既知感」があったのである。同様の既知感は、ガンモに対しても、ツインソウルに対しても感じた。私の経験から言うと、そのように感じた人との縁は、必ず何らかの形で繋がるようになっている。

 ただ、ひとたび、そういう対象に出会ってしまうと、他の対象にしても、同じような感覚を求めてしまいがちだ。実際、私もガンモと結婚してから、実生活と社会生活とのギャップを感じ続けることになってしまった。言い換えると、既知感のない出会い、すなわち、魂としての出会いがまだ浅い人たちとの交流を積み重ねて行くことで、はるか先に、ガンモや好きなアーチストに感じた既知感を感じることができるかもしれないということなのだろう。孤独を感じたときは、このように既知感を感じた人が存在してくれることを思い出しながら、元気を分けてもらうことができるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「仲良くなるのに時間の掛からない人」や「具体的な言葉にしてもらわなくても、考えていることがわかってしまう人」は、確かに存在しますね。その一方で、「いつまでも他人行儀な人」もいますし、「言葉でいくら説明しても、わかり合えない人」もいます。既知感を感じる人は、人生におけるとても苦しい時期において、何らかの形で手を差し伸べてくれる頼もしい存在でもあります。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
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