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2014年4月

2014.04.30

愛について(1)

おばあさんのお見舞いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ゴールデンウィークをいかがお過ごしでしょうか。私たちは、昨日、江差(えさし)から、再び青森まで移動して、青森から飛行機で帰って来ました。悪天候のため、飛行機がひどく揺れました。旅行中、ずっと天候に恵まれていたので、帰って来たときに雨が降っていたとしても、旅行には影響ありませんでした。江差では、ガンモと一緒にあるところに出掛け、心底リラックスすることができました。そこで気付いたことについて書いてみたいと思います。今回の記事は、とても短いです。(笑)

 愛とは、外側からも、内側からも、同時に通じることだと思う。良く言われる、「表面的な言葉だけで云々」という表現は、外側からだけの通路のみ通じている状態を意味している。そうした状態を毛嫌いする人たちも多い。内側からの通路が通じている状態というのは、相手と自分の区別がない状態にあることで、相手のことを自分のことのように感じられる状態のことであある。

 思えば、私は学生の頃から、人と内側から繋がることを模索し続けていたように思う。そのため、ごく少数の人たちと深く関わることを望んだ。おそらく、同時に多くの人たちと、外側からも内側からも通じることができる自信がなかったのだと思う。それは、まだ私の中に、外側からも内側からも同時に通じる「道」ができていなかったからなのだろう。その「道」ができてしまえば、多くの人たちに、もっといろいろなことを伝えて行きたいと思うようになるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今後も「愛について」というタイトルで、書かせていただくために、今回はその(1)とさせていただきました。また、心底リラックスできたときに、新たな気付きがあれば、この続きを書かせていただくことにしますね。

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2014.04.28

おばあさんのお見舞い

一戸建ての家に住むということの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。函館に二泊して、私たちは江差(えさし)にやって来ました。北海道も天候に恵まれていて、日中は半袖Tシャツでも過ごせるくらいの陽気です。それでは、一戸建ての家に住むということの続きを書かせていただきます。

 母が肺がんであることがわかってからというもの、毎日、母に電話を掛けて来てくださった、九十四歳くらいのおばあさんのことを覚えてくださっている方もいらっしゃるかもしれない。母のことを大切に想ってくださっていたそのおばあさんが、入院されたと父から聞いたので、帰省したら、お見舞いにうかがいたいと思っていた。

 私が帰省する一ヶ月ほど前に、父が一人でおばあさんのお見舞いにうかがったそうだ。父によれば、おばあさんはかなり衰弱してしまっていて、食欲がない状態だったという。父は、おばあさんに元気がないので、退院はもう少し先になるのではないかと心配していたようだ。

 おばあさんは、病室に携帯電話を持ち込んでいらっしゃるとのことだったので、私が帰省したときに、父に電話を掛けてもらった。すると、何と、おばあさんの口から、もうすぐ退院できるとのうれしい知らせを聞くことができた。私も父に電話を代わってもらい、少しお話をさせていただいた。おばあさんの声は、確かに元気そうだった。これからうかがっても良いかと父に尋ねてもらったところ、良いとのことだったので、父の車に乗せてもらい、実家の隣の市にある病院へと向かった。

 その病院は、増改築が進んでいるためか、とても複雑な造りになっていた。上の階まで行きたいのに、エレベータでは途中の階までしか行けず、更に渡り廊下を渡って別の病棟に移動した上に、階段を登らなければならなかった。最初、父はおばあさんが入院されている病院の名前だけを聞いて、おばあさんのお見舞いいにうかがったそうだ。しかし、実際に足を運んでみると、その周辺に同じ名前の病院がいくつもあり、結局、おばあさんがどこに入院されているのかがわからなかったので、受付で尋ねて、おばあさんがどの病棟のどの病室に入院されているのかを調べていただいたそうだ。調べていただいたあとも、病院内の造りがとても複雑だったので、かなり迷いながら、ようやく病室にたどり着いたと父は言っていた。

 そんな経緯で、父は迷いながらも自分で足を運んだからか、今度は迷うことなく、おばあさんの病室まで私を案内してくれた。おばあさんは見るからにお元気そうで、ベッドの上に座っていらっしゃった。入院されてしばらくは、体調不良の原因が良くわからなかったらしいのだが、ようやく原因もわかり、その原因に対処するための適切な処置をしていただいたそうだ。その適切な処置のおかげで、おばあさんはすっかり元気になられていた。ただ、退院するには、ある条件が満たされることが必須なのだそうで、現在は、その条件を満たすための準備を整えていらっしゃるとのことだった。

 今回、入院された原因とは別に、おばあさんは以前から、足がひどく冷えていたのだそうだ。そのことを、以前、母からも聞いていたので、私は自分が使っているのと同じような羽毛のレッグウォーマーを楽天市場で購入し、お見舞い代わりに持参した。私も同じように、足が冷える仲間として、足が冷える辛い気持ちが良くわかるからだ。

 ただ、おばあさんの場合は、足が冷える原因がはっきりとしているらしい。その原因を取り除くには、手術が必要らしいのだが、
「この歳で手術を受けてもねえ・・・・・・」
と、おばあさんは苦笑いされていた。おそらく、その原因が致命的なものではないので、これからも足の冷えと根気良く付き合って行く覚悟をされたのだろうと思う。

 おばあさんは、その後、しばらくして退院された。事情があって、おばあさんは、ずっと独り暮らしなのだが、親戚の人たちに支えられながら、退院後も元気に生活されているそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 九十四歳くらいのおばあさんですが、毎日、新聞を読んでいらっしゃるからか、とてもしっかりとしていらっしゃいます。過去に交わした会話も、頭の中にずっと蓄積されていて、ある出来事が起こると、過去の出来事と結びつけて、一つの結論を導き出されています。やはり、新聞を読むことは、脳を活性化させるのにいいのでしょうかね。また、ずっと独り暮らしをされているため、人に頼らないような生活を続けて来られたからかもしれません。さて、これで前回の帰省のお話は完結しました。次の旅行記は、何をお届けするか、考えておきますね。(笑)

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2014.04.27

一戸建ての家に住むということ

映画『彼とわたしの漂流日記』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ゴールデンウィークが始まりましたね。今年のゴールデンウィークは飛び石なので、なかなかお休みが取れない方たちは、普段よりも少し休みが多いくらいの感覚で迎えていらっしゃるかもしれません。有難いことに、私の勤務先では、四月二十八日月曜日以外はすべて休暇となっていますので、私は四月二十八日に有給休暇を申請しました。よって、お休みが取れない方たちには大変申し訳ないのですが、このゴールデンウィークは十一連休させていただきます。(笑)さて、そのゴールデンウィークですが、これまでの旅行で貯めた飛行機のマイルを消費して、昨日から、帰省以外では久し振りに、ガンモと二人で旅に出て来ました。早朝の飛行機で青森まで飛び、青森から函館までフェリーに乗って移動しました。ということで、この記事も函館のホテルから書いています。とは言え、今回の旅行の記事をリアルタイムでお伝えしてしまうと、一日のうちに起こった出来事を書き切れなくなってしまいますので、また後日改めて書かせていただきます。ということで、まずはまたまた「香の香」への続きを書かせていただきます。

 「釜あげうどん 長田in香の香」を出発した私たちは、お昼過ぎには私の実家近くにあるスーパーに着いた。いつも私たちは、私の実家に帰省する直前に、このスーパーで買い物をしているのだ。父もそのことを良く知っているので、私が近くまで帰って来たと報告すると、父もそのスーパーまでやって来た。私は父に、母の仏壇に花のお供えがあるかどうかを尋ねた。帰省したときはたいてい、このスーパーで、母の仏壇に供えるための花を購入していたからだ。しかし、父が花を供えてくれていると聞いたので、今回は花を購入しなかった。ちょうどお彼岸だったからか、いつもよりも花の種類が豊富だったように思えた。

 買い物をしたあと、父は自転車に乗って実家まで戻り、私たちはカングーで実家へと向かった。途中、私たちはガソリンスタンドに寄り、カングーにガソリンを補給した。そのガソリンスタンドは、週末に限って割引率が高くなっている。その日は日曜日だったので、その日のうちにガソリンを入れておこうと思ったのだ。

 ガソリンを入れて実家に戻ってみると、母の仏壇には確かに父が花を供えてくれていた。母は花をこよなく愛した人だったので、できるだけ仏壇には花を絶やさないようにしたいと思っている。

 さて、今回の帰省では、いろいろな人たちのもとを訪問したので、そのことについて書いてみたい。

 まずは、十数年もの間、ずっと訪問していなかった従兄の家に足を運んだ。従兄は、母の葬儀のときに、ずいぶん力を貸してくれた人である。その従兄が、腰を痛めたとのことなので、お見舞いに行ったのだ。

 十数年もの間、訪問しないでいるうちに、従兄は伯父(父の兄)の家のすぐ隣に、大きな新しい家を建てていた。庭には犬が二匹いて、見知らぬ私に向かって吠えかけていた。しかし、私が怖がらずに近寄って行くと、尻尾を振って喜んだ。吠えていなかったほうの犬は、何と、私の身体の上に乗って来た。おそらく、犬なりの、親しみを込めた行為なのだろう。犬好きの私は、従兄に家の中に入るように勧められたものの、犬と遊ぶことに夢中になり、しばらくの間、家の外で犬たちと戯れていた。やがて家の中に上がらせてもらうと、そこはとてもきれいで洗練された空間になっていた。

 その翌日、小学校時代からの友人であるMちゃんの家に足を運んだ。Mちゃんが家を建てる前までは、何度か遊びに行ったことがあったのだが、彼女が家を建ててからは、これまた一度もお邪魔したことがなかった。私自身も結婚して、実家に帰省するときは一泊だけのとんぼ帰りだったり、また、ガンモと一緒に帰省することが多かったこともある。去年は母の付き添いをするために、一人で帰省することも多かったが、Mちゃんの家に遊びに行けるような余裕はなかった。

 Mちゃんの家も大きな家で、やはり庭には犬がいた。犬は、見知らぬ私に向かって、かなり激しく吠え立てた。しかも、犬の口の周りには、激しい苛立たしさのようなものを感じた。何故だかわからないが、とにかく私に対して憤りを感じているようだった。

 さすがにその状態では、友好的な気持ちにはなれなかったのだが、私が犬の頭をなでようとすると、
「噛まれるよ」
とMちゃんに言われたので、慌てて手を引っ込めた。

 Mちゃんの家もまた、とても心地よい空間だった。Mちゃんは二人の子供さんに恵まれ、この春から下の娘さんも大学生になる。そのため、ちょっとしたお祝いにうかがったのだった。

 Mちゃんからは、大学生になる娘さんの入学準備に忙しいと聞いていたので、あまり長居せずにすぐにお暇(いとま)させていただいたのだが、従兄の家と言い、Mちゃんの家と言い、都会でマンション暮らしをしている私たちとはまったく違う空間が、そこには広がっていた。

 高校を卒業してからの私は、ガンモと結婚するまで、どこかで部屋を借りながら生きて来た。ガンモと結婚して分譲マンションを購入し、その支払いも終わったが、分譲マンションにしたのは、一戸建ての家には興味がなかったからだとも言える。

 しかし、今回、従兄やMちゃんの家を訪問して、一戸建ての家に住むことへの憧れのようなものが芽生えた。もちろん、今更新たなローンを組んで、一戸建ての家を購入する気はまったくない。しかし、従兄やMちゃんの家を訪問して、一戸建ての家に住むということは、その土地に根を下ろして生きることでもあるのだと感じた。

 もちろん、そうするには、仕事面でも生活面でも、その土地に根を下ろす覚悟が要る。思えば、一戸建てに住む女性たちは、たいてい専業主婦で、家をしっかり守りながら生きている。そして、堂々と犬を飼っている。

 一方、私はと言えば、専業主婦からはほど遠く、自分の家に根を下ろして生きてはいない。今回の訪問で、今更ながら、そんな生き方の違いを改めて実感することになったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一戸建ての家であれ、分譲マンションであれ、家を持つことに関しては、「変化への恐れ」を伴うことになると思います。例えば、私の身近なところでは、近々オフィスが丸ごと移転して勤務先が変わるので、持ち家に住んでいる方たちは頭を悩ませているようです。田舎よりも、都会のほうが、いろいろな意味で流動的な要素が多いのかもしれませんね。

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2014.04.25

映画『彼とわたしの漂流日記』

ホットヨガ(三七六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は、尼崎で福知山線の脱線事故が起こってしまった日ですね。本当に衝撃的な事故でしたが、あの事故のあとも、いくつもの公共の交通機関で死亡事故が発生しました。今は韓国で、船の大規模な事故が発生していますね。これらの事故から学ぶことは、未然に防ぐことのできた事故も多かったのではないかということです。そして私たちは、ニュースなどを通してこれらの事故を知っているだけに、少なくとも普段、自分自身が責任を持っている行動に置き換えて、教訓にして行く必要があるのではないかと思います。改めて、事故でお亡くなりになった方たちのご冥福をお祈りするとともに、ご遺族の方たちに謹んでお悔み申し上げます。それでは、気持ちを切り替えて、映画のレビューを書かせていただきます。

 本作を鑑賞したのは、四月十九日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 実は、本作の予告編を二番館(他の映画館で既に劇場公開され、公開を終えた作品を上映する映画館)で観て、「この作品、観たい!」と思っていた。しかし、上映スケジュールが合わなかったため、鑑賞できなかった。あれから何年かの時を経て、こうしてその作品に巡り合うことができたのだ。

 一言で言うと、私はこういう作品が大好きだ。五ツ星で評価させていただくならば、迷わず五ツ星をあげたい。一つの意外性と、その意外性に覆い被さるように、もう一つの意外性が用意されているからだ。

 物語の最初に登場するのは、借金で首が回らなくなってまったサラリーマンである。行き詰まってしまった彼は、何と、漢江(ハンガン)の橋の上から身投げしてしまうのだが、運良く一命を取り留める。しかし、彼が流れ着いたのは、都会の中にある無人島だった。泳ぎの苦手な彼は、無人島から脱出することができず、また、携帯電話の電池も切れてしまい、もはや成すすべがなかった。そして、再び自ら命を絶とうと試みるのだが、死ぬのはいつでもできると思い直し、その無人島でサバイバル生活を始める。

 これだけのストーリーならば、「なるほど、面白いな」くらいの感想で終わっていたかもしれない。しかし、彼が流れ着いた都会の無人島は、他者と接触できそうでいて、なかなか接触できないところである。そのため、見ていてやきもきしてしまうのだ。そうした状況の中に、別の意味で「世界からはぐれてしまった」もう一人の登場人物が加わる。その登場人物が、無人島で暮らす彼と間接的に関わって行くのだ。

 他に面白いと思ったのは、作り手の哲学的な思想が、あちらこちらにちりばめられているところだ。例えば、無人島で生活を始めた彼が、無性にジャージャー麺を食べたくなってしまうシーンがある。彼は、過去にジャージャー麺を食べられる機会がたくさんあったはずなのに、それらの機会を逃して来たことをひどく後悔するのだ。実際、その通りだと思うのだが、そうした状況がちゃんと映像化されているところに好感が持てた。他にも、ジャージャー麺を題材にして、彼の意志の強さを表現する出来事も用意されていた。

 全体を通して、過不足のない構成で、とても好感の持てる作品だった。こんな作品を世の中に送り出せる人は、天才かもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 観たいと思っていた作品を鑑賞することができて、本当に良かったと思います。映画館の大きなスクリーンで観ていたら、また迫力も違っていたかもしれませんが、良い作品であることには変わりがありません。とにかく、大満足です。

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2014.04.24

ホットヨガ(三七六回目)

振り返り(32)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 先日、普通郵便を投函するのに、八十円切手しか手持ちがなかったので、まずは、いつも切手類をまとめて購入している金券ショップに足を運んでみました。しかし、さすがに単価が安いからか、「二円切手は置いていません」と言われてしまいました。そこで、その金券ショップで八十二円切手を一枚八十円で五枚購入したのですが、既に八十円切手を封筒に貼り付けてしまっていたので、やはり二円切手を購入すべく、その足で郵便局に向かいました。大きな郵便局なので、時間外でも切手を購入することができるのです。せっかく郵便局まで足を運んだのですから、まとめて購入しておこうと思い、窓口で「二円切手を五十枚ください」と申し出ました。五十枚購入しても、わずか百円だと思ったからです。ところが、窓口で対応してくださった郵便局員さんが、二円切手の大きなシートを半分にカットしようとされていたので、「それ、百枚ですか? それなら、シートごとください」と言ってしまいました。私のために百枚セットになったシートが半分にカットされてしまうのは申し訳ないと思ったからです。そして私は二百円を支払って、受け取った百枚分の二円切手シートから一枚を切り取って封筒に貼り付けて投函しました。ガンモにこのことを話すと、「二円切手を百枚もどうするの?」と言われてしまいました。(苦笑)

 三月一日土曜日、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。そう、記念すべき、子宮全摘手術後、初めてのレッスンである。

 まだ重いものは持てない状態だったので、スタジオで水素水を購入しようと思い、自宅の冷蔵庫で作った水素水は持参しなかった。その代わり、三宮店のスタジオのあるビルの一階にあるコンビニで、一リットル入りの「いろはす」を購入した。「いろはす」の入れ物が欲しかったのもある。

 およそ二ヶ月ぶりのレッスンということで、少し緊張していたのだが、エレベータを降りて受付にいたスタッフと顔を合わせたとき、「あれれ?」と思ってしまった。何故なら、二人のスタッフが受付にいらっしゃったというのに、二人とも初めてお目に掛かるスタッフだったからだ。どうやら、私がお休みさせていただいている間に、何人かの新しいスタッフが仲間に加わったようだ。

 レッスンを終えてスタジオから出て来られたインストラクターがいらっしゃったのだが、やはり知らないインストラクターだった。いや、ひょっとすると、以前に一度だけレッスンを担当してくださったインストラクターだったかもしれない。

 私はロッカーの鍵を受け取り、着替えを済ませてスタジオに入った。リラックスコースということで、アロマポットが使われるらしい。確か、私がレッスンに参加していた昨年の十二月にも、アロマポットを使ったレッスンが開催されていた。おそらく評判が良かったのだろう。

 うれしいことに、入口に一番近いヨガマットが空いていたので、そこに腰を下ろした。しかし、他のヨガマットが空いているというのに、既に隣のヨガマットが埋まってしまっていたのだった。あとから来た私は、先に来ているその方に申し訳ない気もしたのだが、やはり私は入口に一番近いヨガマットを選びたいと思い、そこに留まった。

 レッスンの参加者は七名で、レッスンを担当してくださったのは、先ほどレッスンを終えて別のスタジオから出て来られたインストラクターだった。やがて私は、かつてそのインストラクターのレッスンを受けたことがあることを、はっきりと思い出した。

 ウォーミングアップから最後のポーズまで、リラックスコースのレッスンには、ほとんどと言っていいほど腹圧を使うようなポーズは存在しなかった。

 実は、レッスンに復帰するにあたり、どのレッスンが最適であるかを模索していたのだが、最初はライトコースが良いと思い、ライトコースのレッスンを予約していた。しかし、ライトコースのレッスンがほとんど寝ポーズで構成され、一つ一つのポーズ時間も長いことから、腹圧を使うことになるのではないかと思い、レッスンの予約をキャンセルさせていただいた。そして、新たに予約したのがリラックスコースのレッスンだったのである。

 結論から言えば、リラックスコースのレッスンを選んで大正解だった。しかし、しばらくレッスンを受けていなかったからか、レッスンの途中で何度も息切れしてしまた。更に、これまでよりも更年期障害のほてりが加速していて、レッスン中に暑くてたまらなかった。そのため、レッスン中に何度かスタジオの外に出て休ませていただいた。

 受付にいらっしゃったインストラクターが、
「お久し振りですね」
と声を掛けてくださったので顔を上げてみると、何度かお目に掛かったことのあるインストラクターだった。おそらくだが、梅田店から転勤されたインストラクターではないだろうか。
「どれくらい振りですか?」
と尋ねてくださったので、私は、
「二ヶ月振りなんです」
と答えた。

 少し休んでスタジオに戻ったものの、やはり暑さのために耐え切れなくなってしまい、とうとう最後の休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)の途中に退出させていただいた。

 ずっと運動不足だったので、疲労感もあるのだが、暑いことのほうがずっと顕著だった。それでも、片足を伸ばして前屈するポーズなど、以前よりも楽になっているのがわかった。これまでは、前屈のポーズを取ると、お腹に邪魔なものがあって、なかなかポーズが深くならなかったからだ。とは言え、やはり腹圧がかからないように注意を払っていたためか、かなり手加減しながらのレッスンとなった。

 ロッカールームで扇風機の風に思い切り当たりたいと思ったが、扇風機のすぐ近くのソファが既に埋まってしまっていたので、先にシャワーを浴びた。

 着替えの忘れ物はなかったのだが、シャンプーを補充して来るのを忘れてしまい、化学物質をたくさん含んだ非常用のシャンプーを使うことになってしまった。気分が悪くなったので、やはり頭皮から吸収される化学物質には気を付けなければならないと思った。

 他の方たちよりも早めにスタジオを出てシャワーを浴び始めたというのに、またしても私はシャワールームで最後になってしまった。大きな子宮筋腫があったために動作がのろかったわけではなかったのだ。

 そして、バスタオルで身体を拭くときに思ったことがある。ときどき、シャワールームで他の方の裸体がちらりと見えてしまうことがあるが、私は他の会員さんたちに、お腹を見せてはいけないと思った。何故なら、私の下腹部には、生々しい手術創が残っているからだ。二十センチくらいあるので、きっと驚かれるだろう。

 シャワーを浴びたあと、念願の扇風機の前で涼しい風に当たっていると、いつもお目に掛かるフリーパス会員の方が驚いた顔をして私を見ていた。ひょっとすると、「ガンまる日記」を読んでくださっているのかもしれないと思った。

 受付にロッカーの鍵を返しに行くと、先ほどのインストラクターが対応してくださった。
「手術をされたとのことで、今日は久し振りのレッスンだったんですね」
と言ってくださった。どうやら、回数券入れの中にメモがはさまっていたようだ。おそらく、電話を掛けて来てくださったTさんが残してくださっていたメモを、他のスタッフも参照できるような状態になっていたのだろう。

 私は、今後の回数券の行方について確認してみた。まず、新たな回数券を購入した場合、何回分の回数券を持ち越しできるかについては、何回分でも持ち越しできるのだそうだ。ということは、回数券を購入し続けるのであれば、回数券の使用期限を気にしなくても良さそうだ。

 そして私は、回数券の有効期限に関して、Tさんからお電話をいただいたことを話し、医師の診断書があれば回数券の有効期限を延長できるとうかがったことを口にした上で、私は七月が誕生日月なので、VIP会員の特典を活用して十パーセントオフで回数券を購入しているのだと言った。その場合は、回数券を購入した翌日から新しい回数券が有効になるので、医師の診断書があったとしても、五十回回数券の場合は、繰り越した回数券の有効期限がそれから一年後になるのだそうだ。要するに、誕生月に十パーセントオフで回数券を購入することはできるが、例え医師の診断書を提出して今の回数券の使用期限を延長していただいたとしても、誕生月に回数券を購入すれば、その翌日から新たな回数券の有効期限のカウントダウンが始まるということだ。それを聞いた私は、
「それならば、医師の診断書は提出せずに、今のままで行きます」
と宣言した。

 スタジオを出ると、少し雨が降っていた。しかし私は、このとき傘を持っていなかったので、少し濡れながら、スタジオの最寄駅へと急いだのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 手術後二ヶ月でようやくホットヨガのレッスンにも復帰しました。(苦笑)私が足を運ばないでいる間に、新しいスタッフが増えていたので驚きましたね。レッスンに復帰して一ヶ月以上経った今は、新しいスタッフとも少しずつ話をするようになりました。

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2014.04.22

振り返り(32)

通行手形の紛失騒ぎの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。イギリスで十二歳の少女が出産したそうですね。それに対し、少女の父親が、「しかしどんなことがあっても娘を支えるつもりです。娘が十二歳でドラッグをやるよりは孫を産んでくれる方がいい。かわいい赤ちゃんを産んだ娘を恥じるどころか誇りに思っています」とコメントし、反響を呼んでいるようです。私もこのニュースを、いつも昼休みに読んでいるイギリスのニュースサイトで知りました。少女の両親も若くして親になったそうで、少女の父親を非難するコメントも多いようですが、私は、少女の父親の発言はとても立派だと思います。というのも、少女の父親には、既に起きたことに対する受け入れの姿勢があるからです。このような出来事が起こると、たいていの人たちは、当事者を非難して自分の立場を守ろうとしますが、少女の父親はそうではないところが素晴らしいと思うのです。それでは、振り返り(31)の続きを書かせていただきます。

 いったん兵庫に戻った私は、その週末も三連休だったので、夜行高速バスに乗って再び帰省した。四十九日の法要の準備が整うまでは、そんなことを何度か繰り返した。

 あるとき、父と私は、隣の市にある仏具店に足を運んだ。私の実家のある市にも仏具店はあるのだが、父の実家や他の親戚の人たちが、隣の市にあるその仏具店を利用していたので、縁(ゆかり)のあるその仏具店を選んだのだ。母は、私の実家にとって初めての仏さまになるので、何から何まで用意する必要があった。

 まずは、真言十三仏の掛け軸を見せていただいた。伯母から借りている十三仏の掛け軸は、真言十三仏ではなく、伊予十三仏の掛け軸だった。そこで父と私は、真言十三仏の掛け軸を見せていただくことにしたのだ。

 インターネットでも、真言十三仏の掛け軸は売られているのだが、こういうものは実際にお店に出向き、実物を見せていただくのが一番いいと思う。とは言え、こうした地方の仏具店では割引率が低いので、実物だけ見せていただいて、実際の買い物はインターネットで済ませるというずる賢い手もある。しかし、父と私はそれをしなかった。

 父と私が仏具店を訪れたときに、あいにく、真言十三仏の掛け軸の商品が数少ない状態だった。あと数日で新しい掛け軸が入って来るとのことだったので、新しい掛け軸が入荷されたら、ご連絡をいただくことにした。

 また、仏壇もまだなかったので、いろいろな仏壇を見せていただいた。いろいろな種類の仏壇があり、どの仏壇にも立派な値段がついていた。

 とは言え、私の実家には、家を建てたときに大工さんが造ってくださった造り付けの仏壇がある。造り付けの仏壇について、インターネットで調べてみると、

地方の古い旧家に造り付け仏壇が比較的多いです。
「造り付け仏壇」のほとんどは大工さんが新築の時に、押し入れに「地袋」と「棚」を作ってお仏壇とするオーダーメイドのお仏壇です。

昔の仏壇は仏壇職人の匠の技で仕上げてあり、非常に高かったので、造り付け仏壇で間に合わせている場合があります。

仏壇の専門家でない大工さんが作っただけに、飾りなども少なく仏壇としては少々寂しい印象ですが、仏壇を別に購入する必要が無く、広々と使えます。

と書かれていた。立派な扉付きの仏壇を購入すれば何十万円も掛かってしまうが、造り付けの仏壇をそのまま使う選択肢もあった。

 高価な仏壇にため息をついたあとは、濃いお茶と和菓子のおもてなしを受けた。聞くところによると、仏具店に勤める女性の店員さんも、お母様を亡くされているのだそうだ。そのため、お父様にはできる限り長生きして欲しいと思っていらっしゃるようだった。

 父は、お位牌(いはい)も探していた。最近は、夫婦のお位牌が流行っているそうである。夫婦のお位牌は、一人用のお位牌よりも幅広で、二人分の戒名を並べることができるようになっている。

 夫婦のお位牌を選んでいた父は、気に入った夫婦のお位牌に巡り合うことができたようで、それに決めた。夫婦のお位牌といえども、亡くなるタイミングは別々になるので、まずはそのお位牌に母の戒名だけを書いていただくことになった。父は、
「私もすぐに(夫婦のお位牌の)横に並ぶけん(隣に並ぶから)」
と冗談交じりに言ったが、夫婦のお位牌を購入されて、そのようなことをおっしゃる顧客が多いのだろう。仏壇店の女性店員さんは、すかさず、
「すぐなどとおっしゃらず、あと何十年か後に・・・・・・」
とフォローしてくださった。そこでみんなの顔がほころんだのは言うまでもない。

 後日、真言十三仏の掛軸がいくつか入荷されたとの知らせを受けたので、再び父と一緒にその仏具店に出向いた。そのとき、その仏具店の息子さんと思われる方が対応してくださった。いくつか見せてくださった真言十三仏の掛軸の中で、特別に気に入ったものがあったので購入させていただいた。

 そして、再び夫婦のお位牌の話になり、父が、
「私もすぐに(妻の)隣に並びますけん(並びますから)」
と言うと、仏具店の息子さんは、
「そのようにおっしゃる方に限って、長生きされるんですよ」
とおっしゃった。

 先日の女性店員さんといい、仏具店の息子さんといい、私は、仏具店のスタッフの日本語の使い方に惚れ惚れしてしまった。仏具店というところは、人の死後に必要なものを扱うだけあって、接客にはかなり気を遣うだろうと思う。故人のことを語りながら、自分もすぐにあちらに行くと言う顧客も多いはずで、そうした顧客への対応が実にしっかりしていると思った。

 以前、とあるブランドのお店で婦人服を合わせているときに、私が選んだ服のサイズがやや小さかったので、私には小さいことを店員さんに伝えた。すると、その店員さんは、
「(その服は)小さめに作ってあるんです」
とフォローしてくださった。そのことをガンモに話して聞かせたところ、その店員さんの表現をひどく気に入ったようだった。要するに、身体の大きな顧客の心を傷つけないようにするために、顧客の身体が大きいために服が合わないのではなく、「服が小さく作られている」ためにサイズが合わないと言ってくださったのだった。こうした表現も謙譲語の一つなのかもしれないが、顧客の心を傷つけないように考えられた日本語は、実に良く練られていると感心したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仏具店の息子さんは、韓流スターのような感じの好青年でした。常に、自分の感情を抑えて接客しなければならない状況にあるとは思うのですが、そんな中にも質のいいユーモアを織り交ぜてくれて、その場をなごませてくれるのは有難いですね。

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2014.04.21

通行手形の紛失騒ぎ

またまた「香の香」への記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。讃岐うどん好きの方たちがたくさんいらっしゃるようですね。(笑)ご紹介させていただいたお店は、帰省したこときにまた利用させていただくことになると思いますので、そのときにもレポートさせていただきますね。

※今回の記事は、検索エンジン対策のため、私の考えた隠語を使いながら書かせていただきます。私の考えた隠語が、実際は何を意味しているのか、想像しながらお読みくだされば幸いです。

 私の勤務先では、入館時に関所の番人さんに、通行手形を提示することになっている。私が持っている通行手形は二種類あり、それぞれ入室できるエリアが異なっている。

 ある時、私はいつものように、関所の番人さんに通行手形を提示して入館しようとした。ところが、いつも提示している通行手形が見当たらなかったのだ。

 私は慌てふためきながら、鞄の中を素早く探してみたのだが、やはりいつも関所の番人さんに見せている通行手形は見付からなかった。

 私が保持している二種類の通行手形は、二枚連ねて首からぶら下げられるようにしてあるのだが、通行手形を連ねていたボタンがいつの間にか外れてしまい、いつも関所の番人さんに見せているほうの通行手形をどこかに落としてしまったようだ。

 私は、もう一枚の通行手形でも入館できるはずだと思い、
「これでもいいですか?」
と言って、関所の番人さんに、もう一枚の通行手形を見せた。関所の番人さんは、
「いいですよ」
と言って、私を通してくださった。

 無事に入館できたものの、私の心は穏やかではなかった。というのも、こういうことが起こると、直(ただ)ちに上のお役人さんたちに報告しなければならないからだ。

 私のすぐ上のお役人さんは、出勤するとすぐに煙草を吸いに行かれるので、私もその間に厠(かわや)に行って、自分の通行手形が落ちていないか探してみた。というのも、前日の時点では確かに通行手形があったはずなので、通行手形を紛失してしまったのだとしたら、この館内に落ちているはずだと思ったからだ。しかし、まずは自分の席の周りをさりげなく探してみたものの、通行手形は見付からなかった。そして、残念ながら、厠にも見当たらなかった。

 がっくりと肩を落として厠から戻ってみると、すぐ上のお役人さんが喫煙から帰って来ていたので、私は詳しい状況とともに、通行手形の一枚をなくしてしまったと報告した。今の世の中、どこの企業も、こうした出来事にはとてもナーバスになっているのだ。

 そして、そのことを、すぐ上のお役人さんと一緒に、更に上のお役人さんに報告に行くことになった。しかし、あいにく、更に上のお役人さんは、仕事のことで別のお役人さんと話をしていたので、すぐ上のお役人さんも私も、いったん自分の席に戻った。

 すると、私の席の近くに座っている別のお役人さんが、関所の番所で尋ねてみたらどうかと提案してくださった。
「それで見付かればラッキーじゃないですか」
とも言ってくださった。

 私は、通行手形はとても大切なものなので、関所の番所に落とし物として届いているのであれば、とっくに私の手元に届けられているだろうと思っていた。それでも、すがる想いで、自分の守護霊や仏となってしまった母に、「通行手形が無事に見付かりますよう、お助けください」
とお願いした。

 その後、関所の番所に向かう途中で、先ほど、入口に立っていた関所の番人さんとばったり会った。関所の番人さんは、私の顔を見るや否(いな)や、
「これが、入口の階段のところに落ちていました」
と言って、私が紛失していた通行手形を大事そうに手渡してくださった。何と、私は、関所の番人さんに通行手形を提示する直前に、入口の階段でその通行手形を落としてしまったらしいのだ。

 私は狂喜して、関所の番人さんに厚くお礼を言って、オフィスに戻った。そして、にこにこしながら上のお役人さんに報告したのだった。

 こうした出来事は、すみやかに上のお役人さんに報告しなければならないものなのだが、今回の場合は、落としたのが当日だったことと、すぐに見付かったということで、上のお役人さんと相談して、更に上のお役人さんには報告しないことになった。

 とは言え、私がすぐ上のお役人さんに報告したあと、更に上のお役人さんに報告しようとして、すぐ上のお役人さんと一緒に更に上のお役人さんの席に向かったことが気になっていた。というのも、そのとき、別のお役人さんと話をしていた更に上のお役人さんは、その話を終えたあと、すぐ上のお役人さんと私が何か話をしたそうに更に上のお役人さんの席の辺りをうろうろしていたことを記憶に留めているかもしれないと思ったからだ。
「あとで気持ちに余裕ができたときに、『さっき、話があったみたいだったけど、何だったの?』と、更に上のお役人さんに聞かれたら、どう答えたらいいんですか?」
と、すぐ上のお役人さんに質問してみたところ、すぐ上のお役人さんは、
「更に上のお役人さんに、そんな余裕があるとは思えない」
と冗談まじりにおっしゃった。驚いたことに、実際、その通りで、更に上のお役人さんからは、そのあと何も聞かれなかったのだった。

 この一件で私が感じたのは、更に上のお役人さんに報告していたならば、かなり大掛かりな話に発展してしまっていただろうということだった。そうならないように、すぐ上のお役人さんや私が、更に上のお役人さんのところに足を運んだときに、更に上のお役人さんが別のお役人さんとの話に夢中にならなければならないような状況が用意されていたのだった。そして、何よりも、探していたものが、影響のない範囲ですぐに見付かったことが有り難いことである。

 私は、本当に入館の直前に通行手形を落としたのかどうか、あまり自信がない。というのも、やはり守護霊や仏となってしまった母がピンチを救ってくれたのではないかと思っているからだ。何はともあれ、守護霊と母には、心から感謝している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 物事は、実に都合良く配置されて起こるのだと思いました。それならば、最初から何も起こらないようにしてくれたらいいのではないかと言われそうですが、私が今後、通行手形の扱いに注意できるような形で起こったのだと思います。この出来事のあと、私は二枚の通行手形がバラバラにならないように、ガムテープとセロテープを使って、二枚を連ねているボタンをしっかりと固定しました。

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2014.04.19

またまた「香の香」へ

映画『アントキノイノチ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。水曜日から、ガンモが鳥取に出張に出掛けています。いつもは鳥取に出張に行くと、二~三日で「もう帰りたい」とこぼすのですが、今回は、それなりに楽しくやっているようです。私も、週末だけはガンモと一緒に鳥取で過ごしたかったのですが、この週末はマンションの管理組合の行事があるので、見送りました。それでは、善通寺の善通寺(5)の続きを書かせていただきます。

 お寺の善通寺をあとにした私たちがカングーで向かったのは、お正月に訪れたばかりの「釜あげうどん 長田in香の香」である。実は、「釜あげうどん 長田in香の香」は、お寺の善通寺からかなり近いところにあるのだ。お昼ご飯を食べるには少し早い時間だったが、私たちの頭には、「釜あげうどん 長田in香の香」のことしか思い浮かばなかった。

 いつもはたくさんの人たちが列を作って順番待ちをしている「釜あげうどん 長田in香の香」だが、三月の三連休の最終日だというのに、まだお昼ご飯には早い時間のせいか、何と、ほとんど並ぶことなく入店することができた。これは、快挙である。

何と、ほとんど並ぶことなく入店することができた。
列の最後尾は、お店の入口だった

 入店してすぐに、レジで注文することができたのだが、前回と同じくたらいうどんを注文しようと思っていたのに、たらいうどんのサイズが(大)なのか(小)なのかわからなくなってしまった。それでも、かなり量が多かったことを記憶していたので、
「たらいうどんの(大)を二つ、お願いします」
と注文してしまった。

 すると、お店の方にひどく驚かれ、
「(大)ですと、十二玉もありますが、大丈夫ですか?」
と確認されてしまった。そこで私たちは、店内をきょろきょろ見渡して、たらいうどんを食べている人がいるかどうか確認した。運良く、たらいうどんを食べている方がいらっしゃったので、たらいの大きさを確認してみた。その結果、やはり私たちが食べたのは、(大)ではなく、(小)であることがわかったので、(小)に切り替えて注文した。実際のところ、それでも多いくらいなのだ。

 ちなみに、「釜あげうどん 長田in香の香」の一玉は、スーパーなどで売られている一玉入りの袋うどんの半分くらいなので、十二玉は袋うどんの六玉くらいである。たらいうどんの(小)は六玉なので、袋うどんに換算すると、三玉ということになる。

 私たちは席に着き、湯のみを四つ用意し、そのうちの二つにはお茶を入れ、残りの二つには特製だしとねぎを入れて待機した。こちらのお店は、湯のみと釜あげうどんを入れて食べる容器が同じなのだ。

席に着き、特製だしにねぎを入れて待機した。
奥に写っている大きなとっくりの中に、特製だしが入っている。
大きなとっくりの中から特製だしを注ぐには、
電気コードのようなものを手でしっかりと持ち、
テーブルの上でとっくりを傾ける

 お昼前なので、店内はいつものせかせかした感じはなく、利用客にも余裕があるように感じられた。

利用客がまだ少ないせいか、うどんを待つ人たちにも余裕が感じられる

 しばらく待っていると、たらいに入った(小)のたらいうどんが運ばれて来た。一つだけでも、ずいぶん迫力がある。たらいうどん(小)は、最初にガンモの前に置かれ、続いて私の前にも置かれた。

たらいうどん(小)

一つだけでも迫力があるのに、私たちは一つずつ注文した
スーパーなどで売られている袋うどんに換算すると、三玉である

 こちらのうどんは、麺が長いので、お箸でうどんをすくったあとは、長い麺を箸でくるくる巻いてから、特製だしの入った湯のみと同じ入れ物に入れていただく。やはり、おいしい。私たちは、無言のままつるつるとたらいうどん(小)を食べ続けた。量が多いので、途中でギブアップしそうになったのだが、ギブアップする手前で無事にたいらげることができた。

 まだ店内が混み合っていないせいか、食べ終えて店を出て行くとき、店内の展示物にも目を向ける余裕もあった。

店内の展示物

 お腹がいっぱいになったので、私たちはカングーの中でしばらく休んだ。この日はとてもいいお天気で、ぽかぽかして暖かかったのだ。そうこうしているうちに、お昼ご飯を食べるのにちょうどいい時間になったからか、店の外には、私たちが店を訪れたときよりもたくさんの行列ができていた。

私たちが店を訪れたときよりもたくさんの人たちが並んでいた

 私たちが店を出てしばらくすると、バイクでのツーリング仲間たちと思われる集団が店から出て来て、みんなで集まって記念撮影をしていた。同じ地域のナンバープレートを掲げていたので、インターネットで集まった人たちではないのかもしれない。

 私たちは、その後もしばらくカングーの中でくつろぎ、店を訪れる人たちを観察していた。いつもならば、駐車場がいっぱいになってしまうので、こうした観察もできないのだが、駐車場にはまだまだ余裕があったので、ぽかぽかした陽気の中で、のんびり過ごすことができた。

 一時間くらい、カングーの中でのんびりしていただろうか。気が付くと、更に長い列ができていたので、私たちもそろそろ出発することにした。次なる目的地は、私の実家である。

気が付くと、更に長い行列ができていた

 こうして私たちは、再びカングーを走らせて、私の実家へと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何だかこの記事を書きながら、またまた讃岐うどんを食べたくなってしまいました。とは言え、昨日の仕事帰りに、ホットヨガのレッスンを受ける前に讃岐うどんを食べたのですが・・・・・・。(苦笑)それでもやはり、神戸にある「讃岐うどん」のお店で食べても、本場の「讃岐うどん」とはまた違いますね。何が違うのでしょう。お店の人のプライドかもしれません。

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2014.04.17

映画『アントキノイノチ』

ホットヨガ(三七五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。仕事帰りに、大きなスーツケースを転がしている四人組みの女性たちと出会いました。中国から来られた仲良しグループのようです。彼女たちは電車の中で記念撮影をしていました。そのうちの一人が、首から大きなぬいぐるみをぶら下げているので、何のぬいぐるみだろうと思いながら見ていると、何とそれはぬいぐるみではなく、ぬいぐるみの形をしたカメラケースでした。デジタル一眼レフを包む使うカメラケースのようで、ちゃんと撮影後の写真を確認するためのモニタ部分は、布がめくれるようになっていました。このようなカメラケースが世の中に出回っているということは、いかにデジタル一眼レフが女性たちにも支持されているかを物語っているように思います。このようなカメラケースがあると、デジタル一眼レフを持つのも楽しくなるし、このようなカメラケースに合わせてデジタル一眼レフを選んだりもできるので、二重にうれしいですね。

 本作を鑑賞したのは、四月十三日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 劇場で予告編を何度も見ていた作品なのだが、結局、劇場で鑑賞することはなかった。というのも、予告編の中に、海に向かって大きな声で叫ぶシーンがあり、役者さんたちの演技に力が入り過ぎているのではないかと思ったからだ。

 しかし、実際に鑑賞を始めてみると、決して、役者さんたちの演技に力が入り過ぎているわけではないことがわかった。むしろ、予告編で取り上げられている大きな声で叫ぶシーンは、これまで主人公らが守って来た厚い壁を打ち破るシーンでもあることがわかった。しかし、そうしたシーンを予告編の中に納めてしまうと、予告編を見る人たちの中にそのシーンがくっきりと残ってしまい、実際はそうではないのに、本作の象徴的なシーンと勘違いされてしまうのではないかと思う。

 とは言え、鑑賞を始めてしばらくは、あちらこちらのシーンで泣かされっぱなしだった。「とてもいい作品に巡り会えた!」と喜んだのだが、最後の何十分かで「あれれ?」と思うような展開があり、悲しいはずの出来事なのに、まるで夢から覚めたかのように感動から遠ざかってしまった。鑑賞された方たちのレビューを拝見したが、やはり多くの人たちがそのことを指摘されているようである。

 岡田将生くん演じる永島杏平は、父の紹介で、亡くなられた方たちの遺品整理の仕事に就く。その会社の先輩として、ネプチューンの原田泰造さん演じる佐相(さそう)と、映画『余命1ヶ月の花嫁』の榮倉奈々ちゃんがいる。

 彼らは故人の部屋に出向き、遺(のこ)すべき遺品と処分するものを選り分けて行く。そして、すべての選り分けが終わると、最後に部屋をきれいに掃除して去って行く。

 本作で扱われているテーマは、「無関心」である。

 遺族が、故人の遺品整理を杏平の所属する会社に委託するわけだが、そこには故人に対する遺族の無関心が描かれている。遺品整理を業者に委託するということは、遺族には、合理的に前に進んで行きたい気持ちがあるのだろう。

 中には、「遺品の中にどんなものが見付かっても、全部捨ててもらってもいい」と言い放つ遺族もいる。たいていの場合、そういう遺族は、故人に対する感情をシャットアウトしてしまっている。

 遺品整理の業務に携わる杏平らは、遺品に触れることで、見知らぬ故人がどのように生きて来たかを想像する。むしろ、故人と関わりのなかった杏平らのほうが、故人に対する愛情を持っているようにさえ思えてしまう。それは、遺品整理を通して、間接的ではあるにしても、愛情を持って故人に触れているからだと思う。そうしたプロセスを経ることなく、遺品整理を他人任せにしてしまうと、遺族は故人との間にできた溝を埋めることができないようにも思える。

 もう一つ、描かれている「無関心」は、杏平の高校時代の経験である。クラスのみんな、山岳部の部員たち、山岳部の顧問の先生・・・・・・。彼らの「無関心」により、繊細な杏平は固く心を閉ざしてしまうことになる。しかし、遺品整理の仕事先で、心に深い傷を負った、榮倉奈々ちゃん演じるゆきと出会い、次第に心を通わせて行くのだ。

 私は、杏平が感じていた「無関心」の心地悪さを知っている。世の中を変えるのは自分ではなく、自分以外の誰かだと思っている人たちが、目の前で起こっている出来事に目を瞑(つぶ)る状態である。だから、のちに杏平が取った行動は、そんな彼らを目覚めさせる役割を持っていたと考えることもできる。しかし、そこから、「無関心」だった彼らと新たな関係が始まるのではなく、杏平の環境が変わって行くのだ。

 本作の原作は、さだまさしさんだそうだ。彼の書いた小説が原作となった作品は、これまでに何本か鑑賞している。本作もなかなか見応えのある作品だったのだが、前述したように、最後の何十分かの展開について行くことができなかったのがとても残念である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 杏平にとって、せっかく希望が見え始めていた段階だったので、とても残念な結末でした。あの結末では、杏平の更なる未来が心配ですが、愛を知った彼は、これまでよりも強くなっているのでしょうかね。

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2014.04.16

ホットヨガ(三七五回目)

振り返り(31)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私は三百円均一のお店が大好きで、メルマガ会員にもなって、しばしば利用させていただいています。そのお店で売られている布製のバッグが、色もデザインも良いことから気に入り、購入しました。通勤用リュックに入り切らないものを入れて持ち歩くのにちょうど良く、とても重宝していたところ、同じバッグを持って歩いている人をあちらこちらで見掛けるようになりました。大きさや形(横長であるか、縦長であるか)、マチ付きかマチ付きでないかなど、布製バッグにもいろいろな種類がありますが、これだけ多くの人たちに使われているということは、単に三百円均一で安いというだけではないような気がしますね。

 十二月二十日金曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 レッスンの参加者は十一名で、レッスンを担当してくださったのは、新米インストラクターさんである。新米インストラクターさんと言っても、既に新しいインストラクターが入社されているので、もはや新米インストラクターさんではないかもしれない。

 私は、前日から始まった人生最後の生理が重く、人魚のポーズのときにドクドクと血液が流れて来るのがわかってしまった。私は、ヨガマットに生理の血液を漏らしてしまうのではないかと不安になり、ちょうどトイレに行きたくなったこともあって、レッスンの途中でトイレに立った。幸い、ナプキンの外に漏れてはいなかったのだが、レッスンの前に新しいナプキンに交換したばかりだというのに、かなり出血していた。私は、再び新しいナプキンに取り替えて、スタジオに戻った。(※前回の記事にも書かせていただいたが、実際は、このときが人生最後の生理ではなかった)

 生理が始まると、体温が下がるはずなのに、レッスン中はやはり暑かった。そのため、トイレから戻ってまだ間もないというのに、スタジオの外に出て休んだ。

 今回は、誰一人として途中退出することなく、すべての参加者が最後までレッスンを受けていた。シャワーを浴びているとき、生理の血がドクドクと流れて来て、レバーのような塊とともに排水溝へと流れ込んで行くのを見た。こんなに血の塊が出てしまったのは、ずいぶん久し振りのことだった。寒かったこの時期に、冷たい水を飲み続けていたからだろうか。

 シャワーを浴びたあと、ショーツを穿こうにも、生理の血液がなかなか止まらなかった。足の水分を拭き取っている間にも、すぐに次の血液が垂れて来てしまい、切りがなかった。私は、エイヤーと腹をくくって強引にナプキンを着けた。

 着替えを済ませたあと、受付で鍵を返してエレベータに乗って一階に降りると、宴会のために集まった人たちで溢れ返っていた。忘年会シーズンだったので、ずいぶんにぎやかだった。レッスンを受けて着替えをした直後はとても暑いので、私は半袖Tシャツのままで一階まで降りるのだが、あまりにもにぎやか過ぎて、なかなかコートを着る気にはなれなかった。平日の夜にレッスンを受けたあとはいつも、宴会で陽気になっている人たちを冷静に見守ることになるのだ。

 そして、このときのレッスンが、子宮全摘手術を受ける前の最後のレッスンとなったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残念ながら、このときレッスンを担当してくださった新米インストラクターさんは、早くも退職されてしまいました。ここのところ、三宮店のスタジオは、スタッフの入れ替わりがとても激しいようです。

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2014.04.14

振り返り(31)

善通寺の善通寺(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今の時期は、インターネット上のショッピングサイトにおいても、「母の日特集」が組まれていますね。去年までは、そうしたショッピングサイトにアクセスして、母の日のプレゼントを選んでみたりもしましたが、今年からは、そうした特集を目にすると、瞬間的にではありますが、小さな棘(とげ)がチクリと胸に刺さるような心の痛みを感じてしまいます。それと同時に、これまでの私は、肉親を亡くされた方たちに対し、小さな棘がチクリと胸に刺さるような心の痛みを感じてしまう言動を取ってはいなかっただろうかと振り返ります。とは言え、こうしたことは、現象を捉える側の問題でもあるので、悲しみが癒えるのをゆっくりと待つしかありませんね。母の日のプレゼントを贈ることはできなくなってしまいましたが、母はもはや物質的な世界を脱け出て、祖父や祖母らとも再会できて、楽しく過ごしているだろうと思っています。それでは、振り返り(30)の続きを書かせていただきます。

 私は、仕事を五日間休んだあと、一週間後に仕事に復帰した。

 一週間振りに出勤して残念に思ったのは、同じプロジェクトの方たちが、お悔やみの言葉を口にしてくださらなかったことだ。

 私は、現在の職場に派遣社員として勤務し続けて、今年で丸十二年になる。派遣社員としては一番長く勤務していることになるわけだが、長く働いていても、一緒に働いている方たちとの心の繋がりは形成されていなかったことになる。

 それでも、別のプロジェクトで働いている派遣仲間の女性が、わざわざ私の席まで来てくれて、
「お母さまが亡くなられたそうで、慎んでお悔やみ申し上げます」
と深々と頭を下げて言ってくれた。彼女とは、以前、お昼ご飯を一緒に食べていたので、母の様態が芳しくないことは報告していた。彼女は、私が母の危篤の知らせを受けて、慌ただしく退社する様子を、遠くの席から目にしたそうだ。そして、その後、私がしばらく出勤しなかったので、私の直属の上司に尋ねてくれたそうだ。何とまっすぐで、暖かい心遣いだろうと思った。彼女の暖かく、そして礼儀正しい心遣いが、私にはとても有り難かった。彼女は、その後も女子トイレで顔を合わせる度に、私の心の傷を癒してくれるような優しい言葉を掛けてくれた。

 有難いことに、インターネットで交流している人たちの中にも、「ガンまる日記」の異変に気付き、いち早く気遣いのメッセージを届けてくださった方がいらっしゃった。また、インターネットで交流させていただいている一部の方にも、母が亡くなったことをメールでお知らせさせていただいたのだが、どの方も一緒に胸を痛めてくださり、ことあるごとに気遣いの気持ちを送ってくださっているのが良くわかった。私は、暖かい言葉を掛けてくださった方たちとの絆を絶やしてはいけないと思い、少しずつインターネットの交流にも復帰して行った。

 しかし、母を亡くすという、これまで感じたことのない辛さを体験してしまったからか、私の価値観は大きく変わってしまっていた。以前よりも自分らしくなれたという言い方ができるのかもしれないが、以前から自分の中に存在していた「芯」を強く引き出せるようになり、その「芯」からかけ離れたものに対しては興味を持てなくなってしまったのだ。

 具体的には、これまでよりも、スピリチュアルなものを強く求めるようになった。母が亡くなるまでは、阿部敏郎さん雲黒斎さんらのブログは、あまりにもまぶし過ぎて読むことができなかったのだが、私の魂がお二人のようなブログを強く求めるようになった。そして、同じような「芯」を持つ人たちと交流して行きたいと強く願うようになった。物質的なものを題材にした討論や、単なる知識の共有、短いサイクルでどんどん過去のものになってしまう発言は、私には必要ないと思った。私が大切にして行きたいのは、何かを体験して感じる心や魂そのものだった。そう、甲本ヒロトさんの詩を拝借するならば、「心のずっと奥のほう」にあるものだった。

 また、時を同じくして、ツインソウルへの興味も失った。長いこと、私の中で、「男女の愛」について表現して行くことがライフワークになっていたが、そろそろ次なるステップに進むべきときが来たように思えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どんな形であれ、暖かい言葉を掛けてくださった皆さんに、とても感謝しています。母が亡くなったことをきっかけに、私の中で、いろいろな意識変革が起こりました。それは、今でも緩やかに続いているように思います。それでも、私と似たような「芯」を持っている人たちが周りに少ないので、変化のスピードは緩やかです。もしも身近に似たような「芯」を持っている人たちがいれば、変化のスピードは加速するかもしれません。

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2014.04.12

善通寺の善通寺(5)

術後三ヶ月の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日は派遣仲間と一緒に飲みに行く計画を立てていたのですが、都合の悪い人たちがたくさん出てしまったので、またの機会に集まることになりました。ガンモは仕事に出掛けて行ったので、私は自宅で映画三昧でした。(笑)それでは、善通寺の善通寺(4)の続きを書かせていただきます。

 お寺の善通寺の東院には、善通寺のシンボルともなっている五重塔があった。五重塔としては、日本で三番目に高いそうだ。恥ずかしながら、私は四国生まれで実家が真言宗だというのに、善通寺に五重塔があることを知らなかった。そもそも、善通寺にお寺の善通寺があることを知らなかったのだから仕方がない。

 境内に、四国八十八ヶ所巡りをするお遍路さんの顔抜きを見付けた。その後ろには、弘法大師様が幼少の頃からあったされる樹齢千年を越える大楠がそびえ立っていた。私はこの大楠を目にしたとき、心の奥のほうから熱いものが込み上げて来て涙した。何だろう。大楠が何かを訴えかけて来ているわけではなかった。千年以上もの間、ただそこにあり、ここに来る人たちのことをそっと見守っていたことに感動したのかもしれない。どうやら私は、お寺や神社に行くと、そこに生えている樹木に反応するようである。以前も、名古屋の熱田神宮に出掛けたときに、木々が語り掛けて来るのを感じて、熱田神宮のことがとても好きになった。善通寺の大楠には、熱田神宮の木々よりももっと強いものを感じた。私は大楠の周りをぐるっと回りながら、しばらくの間、大楠に見入っていた。

 そのあと、ご本尊の薬師如来坐像が鎮座されている本堂となる金堂へと足を運んだ。お遍路さんたちがたくさん参拝されていて、ご本尊の前で般若心経を唱えていたので、私も心の中で唱えながらお参りさせていただいた。薬師如来は真言十三仏の中に含まれているので、私も真言を覚えている。「おんころころ せんだりまとうぎそわか」である。こちらの薬師如来は、珍しく坐像なのだ。そのため、下から見上げると、大仏さまのように見えた。ちなみに、薬師如来は、手に薬壷を持っていることが多いので、仏像を見分けるときにはわかり易い。

 おみくじを引いたところ、ガンモは良い結果が出たのだが、私は結果があまり良くなかったので、引いたおみくじを境内のしかるべきところに結んでおいた。

 心行くまで参拝して、お土産を買うと、お昼ご飯に少し早いくらいの時間になっていた。そこで、ガンモと相談して、
「お昼ご飯は、あそこで食べよう」
と決めて、カングーを走らせたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、善通寺の善通寺(5)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これで「善通寺の善通寺シリーズ」は完結となります。これまでいろいろなお寺や神社を参拝して来ましたが、お遍路さん以外でも、善通寺の善通寺に参拝されている方たちがとても多いことに驚きました。ただ、真言宗は、弘法大師様を崇める傾向がある一方で、真言十三仏のご本尊への信仰があったりもして、とても不思議な感じがしますね。

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2014.04.11

術後三ヶ月

映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。先日の楽天のセールで、短めのペンシルスカートを購入しました。昨日、商品が届いていたので、早速穿いてみたのですが、私が穿くと、ペンシルスカートというよりも、腹巻にしか見えませんでした。腹巻は、「穿く」とは言わないですよね。それでもめげずに、今日、仕事に穿いて来ました(苦笑)。オフィスのトイレにある大きな鏡で確認したところ、裾(すそ)の長い服を着ているように見え、これはなかなかいいのではないかと思い直しました。これからの季節、巻きスカートの代わりに活躍してくれそうです。

 子宮全摘手術を受けてから、早くも三ヶ月が経過した。まだ腹圧の掛かる作業は避けているものの、食欲旺盛なので、お腹の中にあった大きな塊を取り除いてもらったというのに、お腹が出て来た。腹圧の掛かる作業を避けているため、余計にお腹に贅肉が付き易い状態なのかもしれない。

 三月から、ホットヨガのレッスンにも復帰したわけだが、お腹の傷がまだ生々しいので、レッスンを終えたあと、シャワーを浴びるときに、他の人たちの目に触れないように気を付けている。私は見られてもかまわないのだが、手術創を目にした人が目のやり場に困ってしまうのではないかと思うからだ。

 先日、善通寺の宿坊に泊まったときも、大浴場を利用するときに、タオルでお腹を隠しておいた。それでも隠し切れずに、何人かの方たちには、生々しい手術創を見られてしまったかもしれない。

 そう言えば、もうすぐ健康診断がある。私は毎年、オプションで乳がんと子宮がんの検診を受診しているのだが、今年からは、乳がん検診のオプションのみの受診で良いだろう。

 ちなみに、私は毎年、同じ場所で健康診断を受けていて、健康診断の最後に行う医師との面談のときに、毎回必ず、
「子宮筋腫は手術しておいたほうがいいですよ」
と勧められて来た。しかし、子宮全摘手術を終えた今は、もう勧められなくて済むだろう。それでも、面談の流れの中で、お腹を触診されるはずなので、そのときに手術創を見られることになるだろう。

 さて、子宮全摘手術を受けて三ヶ月が経過した今、手術を受ける前の私と同じような状況にある方たちに、この手術を勧められるかどうかを念頭に置きながら書いてみたい。

 まず、メンタルなところで、子宮の喪失感だが、私の場合はまったくと言っていいほど感じていない。こうした喪失感が、かつて漫画の題材にされているのを目にしたことがあったのだが、手術を受けた本人が思い悩むならまだしも、周りの人たちが差別的な感覚で、子宮全摘手術を受けた人のことを見ているのはどうかと思った。今、思い返してみても、愛のない漫画だったと思う。

 私のように超巨大な子宮筋腫があり、生理に伴う出血が大量にあるという人ならば、やはり手術を受けたほうがいいように思う。そのときに、子宮筋腫だけを取り除く筋腫核手術を受けるか、それとも私のように子宮全摘手術を受けるかの判断だが、現時点で複数の子宮筋腫が認められているのであれば、筋腫核手術を受けたとしても、再び新たな子宮筋腫ができてしまう可能性が高いかもしれない。

 もしも、開腹による筋腫核手術を受けたとして、その何年か後に再び開腹による筋腫核手術あるいは子宮全摘手術を受ける場合は、術後の癒着(ゆちゃく)を覚悟しなければならないかもしれない。

 私の場合は、初めての開腹手術だったので、ほとんど癒着がなく、経過はすこぶる良好なのだが、退院前に看護師さんに癒着のことを尋ねてみたところ、
「初めての開腹手術であれば、癒着を気にすることはほとんどないと思いますよ」
と言われた。確かに、開腹手術をしたあとに手術創を縫い合わせてもらうと、縫い合わせた部分が固くなってしまうので、開腹手術を重ねることによって、皮膚の突っ張り感が増すのだと思う。そのため、開腹による筋腫核手術を受けられる場合は、現在の状況から未来の状況を予測して、開腹手術を受ける回数を最低限に抑えたほうがいいと思う。

 それから、手術に対する恐怖感だが、私の場合、本格的に手術のことを心配したのは、手術の前日から当日の手術直前に掛けてまでで、肉体的に最も辛かったのは、手術直後の一夜だけだった。それも、手術創が痛むというよりは、ベッドの上で思うように寝返りが打てず、腰が痛かったことと、水を飲めなかったことくらいである。

 子宮全摘手術を受けてからは、丹田(たんでん)に力を入れることができるようになったので、集中力が増して来た。これまでは、集中しようとしても、お腹に大きなものがあったので、集中力が欠けていた。しかし、子宮全摘手術を受けることによって、それが解消されたのだ。

 以前、職場の電気ポットに入れる水またはぬるめのお湯を、二リットルだけにさせていただいているという記事を書かせていただいたが、そのことを子宮筋腫持ちの女性社員さんにお話させていただいたところ、
「私も三リットルしか入れないですよ」
と言ってくださった。電気ポットに五リットルものお水やぬるめのお湯を補給するのは、女性にとっては困難なことであることがわかった。

 ところで、先日、オフィスでとても重いものを運ぶ仕事があり、一緒に仕事をしている男性社員さんらと対応した。私は、まだ重いものを持てる身体ではないので遠慮していたのだが、男性社員さんらが重いものを運び出すときに、ドアを開けてあげたり、付属品の軽いものを運んだりしてお手伝いをさせていただいた。

 最初は、まだ重いものを運べる身体ではないので、私がお手伝いできるようなことはないと考えていたのだが、結果的にはお手伝いさせていただいて良かったと思う。「主」ではなく、「副」として働くこともできるということがわかったからだ。これはできないと最初から決めてしまわずに、「副」としてチャレンジすることで、人が互いに支え合って、それぞれが可能なことをサポートし合って生きていることがわかったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まだまだ手術創が生々しいのですが、一ヶ月ほど前までは少量の出血があったのに、今では出血も見られなくなりました。それでも、お腹にすっかり脂肪がついてしまったので、腹圧を掛けられるようになれば、ダイエットを頑張らなければなりません。(苦笑)

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2014.04.09

映画『世界の中心で、愛をさけぶ』

ホットヨガ(三七四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。毎週水曜日は定時退社日なので、いつもはホットヨガのレッスンを受けているのですが、今日はガンモの仕事が休みだったので、ホットヨガの予約をキャンセルして、ガンモと二人でいつもの回転寿司屋さんに出掛けました。増税後、初めての利用となったわけですが、ネタもしゃりも小さくなっていたので、次から次へとパクパク食べることになってしまい、気が付いたら何と、十五皿も食べていました。まんまとお店の策略に引っ掛かってしまいました。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、三月九日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 実は、本作は、ずっと以前にレンタルDVDショップでDVDをレンタルしていた作品なのだが、あとでゆっくり鑑賞できる状態にしておいたにもかかわらず、まだ鑑賞していなかった。あまりにも有名な作品なので、良い作品に違いないと思い、鑑賞を後回しにしていたのだ。

 鑑賞してみると、なるほど、こういう作品だったのかと納得した。確かに、「セカチュー」ブームが沸き起こるだけの作品だと思う。最後まで画面に釘付けだった。

 ただ、柴咲コウ演じる律子が、高松に行くと書き残して出掛けたのに、何故、回想シーンで伊予鉄(いよてつ)の路面電車が走っているのかが謎だった。最初は、「高松だから、ことでん(琴平電鉄)か?」と思ったのだが、どう見ても、見慣れた伊予鉄、つまり香川の高松ではなく愛媛の松山を走る私鉄なのである。

 鑑賞後にわかったことだが、本作は、日本のいろいろな場所でロケが行われているらしい。ロケ先がわかるようなものを取り込んでおくことで、本作のファンがあちらこちらのロケ地を訪問できるように考慮してくれたのだろうか。ちなみに、見晴らしのいい場所にあるブランコと堤防のロケ地は高松らしい。

 森山未來演じる高校生の朔太郎は、長澤まさみ演じる亜紀と意気投合し、やがて恋人同士となる。二人は文字で綴る交換日記の代わりに、カセットテープに生の声によるメッセージを録音して交換していた。お互いに自然体でいられる良き交際が続いていたのだが、あるとき亜紀が白血病であることが発覚し、二人の未来は一変してしまう。

 律子は、大人になった朔太郎の現在の恋人であり、婚約者でもある。その律子が、引越しの荷物の中から古いカセットテープを見付けた。律子は、そのカセットテープを聞いて、過去を思い起こしているかのようだったが、その直後に一人で高松に向かうのだ。朔太郎は、律子のあとを追い掛けて、自分も高松に向かう。

 私は最初、律子が、朔太郎の古いカセットテープを見付けて、朔太郎の過去を探るために高松に向かったのではないかと考えた。つまり、朔太郎と結婚する前に、彼の過去の恋愛を自分の中で受け入れることができるかどうかを、彼の婚約者として確認しておきたいのではないかと思ったのだ。それが正解かどうかは、最後まで鑑賞するとわかる。

 「世界の中心」とはオーストラリアのことで、物語の舞台の一部が、オーストラリアと似たような形をしている四国であるのも興味深い。ただ、慎重に鑑賞しないと勘違いしてしまいがちになるのは、朔太郎と律子が一緒にオーストラリアに行くという設定だ。というのも、オーストラリアに行きたいと切望していたのは、朔太郎の現在の恋人である律子ではなく、過去の恋人である亜紀だったからだ。

 普通に考えると、朔太郎が過去の恋愛を引きずったまま律子と付き合い、亜紀が行きたがっていたオーストラリアに律子を道連れにしたかのように見えてしまうことだろう。しかし、実は、朔太郎と律子には、それぞれの立場から共有できるものがあったのだ。二人の取った行動は、その共有できるものに基づいた行動であり、決して朔太郎が一方的に律子を振り回しているわけではない。その、共有できるものが、あたかも二人を結び付けたかのようにも思えるところが、他の映画にはない展開だと思う。この共有できるものを愛と取るか、それとも朔太郎の自己中心的な欲望と取るかで、本作の解釈は大きく変わって来るだろうと思う。

 役者さんたちの演技でうまく表現し切れていない部分があるかもしれないが、朔太郎が、律子に対して気兼ねなく、過去の恋愛の想い出に浸ることができていることと、律子が朔太郎と一緒にオーストラリアに出掛けていることが何とも素晴らしい。

 というのも、たいていの女性ならば、婚約者に忘れられない女性がいるとわかれば、過去の恋人に対して激しく嫉妬してしまうと思うからだ。女性ならば誰でも、自分は婚約者の過去の恋人を越えられる存在でありたいと願うものだろう。それは、他者よりも自分がかわいいからだ。つまり、自己愛から来る想いである。

 しかし、本作に登場する律子は、自己愛には走らない。それは、律子が過去を追い掛けて、朔太郎と亜紀の間に通っていた真実の愛に触れたからだと思う。そのため、自分のほうが朔太郎と亜紀の間に割って入ってしまったのではないかと恐縮さえしている。

 朔太郎と亜紀の真実の愛に触れた律子は、嫉妬に狂ったり、朔太郎を自分から切り離そうとしたりしない。むしろその反対で、朔太郎と一体化して朔太郎と一緒にオーストラリアに出向き、朔太郎と共通の目的を果たすのだ。それだけでもう、二人の間には大きな愛が存在している。

 おそらくだが、朔太郎は、過去からずっと引きずり続けていた亜紀への想いをオーストラリアで解放しているようにも思う。散骨には、そういう意味もあるのではないだろうか。朔太郎のこれまでの想いも、オーストラリアの広い大地に吸収されて行ったのではないだろうか。

 だから、彼らが世界の中心で叫んだ愛は、自己愛や嫉妬などが当たり前になっている人たちにはわかりにくいかもしれない。彼らはそこでそこで区切りを付けて、二人の新たな出発をしたのだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作には、「骨」が相反する形で出て来ますね。朔太郎が手放す「骨」と、朔太郎と亜紀が盗んで来る「骨」です。(苦笑)前者は解放ですが、後者は所有です。それでも、作品全体を振り返ってみると、どの立場の人にも嫉妬の感情が描かれていないのは素晴らしいですね。嫉妬がない代わりに、受け入れがあちらこちらに存在している作品です。

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2014.04.08

ホットヨガ(三七四回目)

振り返り(30)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。学生さんたちの春休みが終わってしまったのか、それとも、新入学された方たちが多いのか、通勤列車がひどく混雑し始めました。日本の企業や学校にとって、四月は新たな始まりの月ですよね。小学校時代からの友人の娘さんも、この四月からめでたく大学に進学されました。友人は、これまで娘さんと密な関係を築いていただけに、娘さんと離れ離れになるのはとても辛いと言っています。私たち夫婦には子供がいませんが、友人が体験している密な親子の愛を、いつもおすそ分けしてもらっています。(笑)この春、進学された皆さん、そして進学された子供さんをお持ちの皆さん、ご入学おめでとうございます。(^^)

 十二月十九日木曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のスタンダードコースのレッスンを受けた。

 いつもならば、受付で下段のロッカーの鍵を渡されるくらい混雑しているはずなのだが、忘年会シーズンだからなのか、ロッカールームには人が少なかった。

 レッスンの参加者も、大きい方のスタジオにわずか六名だけだった。レッスンを担当してくださったのは、インナーマッスルを鍛えると良いとアドバイスしてくださったインストラクターである。

 はっきり言って、スタンダードコースのレッスンは、私にはきつい。どういうわけか、今回のレッスンは、いつもよりもきつく感じられた。

 トイレに行きたくなったので、レッスン中だったが、スタジオを出てトイレに行ったところ、何と、生理が始まっていた。一月に子宮全摘手術を受けることになっていたため、私にとっての最後の生理である。人生最後の生理とは、何だか感慨深いものがある。過酷な環境にさらされながらも、これまで踏ん張り続けてくれた子宮に、「今までお疲れさん」と言いたくなった。

 多くの女性たちは、人生最後の生理という実感を、前もって味わうことはないのではないだろうか。あとから振り返ってみてようやく、あのときの生理が最後の生理だったと実感するのではないだろうか。(※実際には、子宮全摘手術を受ける前日に再び生理が始まったので、このときの生理が人生最後の生理ではなかった)

 トイレから戻っても、私は何となく調子が出なかった。この頃は、大きな子宮筋腫が邪魔で前屈できないことが苦痛で仕方がなかったのだ。

 レッスンを終えたあと、いつものようにシャワーを浴びた。家を出る前に、バスタオルを忘れてしまっていることはわかっていたのだが、バスタオルを用意する時間がなかったので、そのまま家を飛び出した。そのため、またしても足拭きマットを拝借して身体を拭いた。(※最近は、足拭きマットの使用は一人一枚のみという注意書がある。私以外にも、バスタオルを忘れた人が、足拭きマットをバスタオル代わりに使用されているのだろうか?)普段、何気なく使っている足拭きマットだが、こうして身体を拭くとなると、あまり水分を吸ってくれないように感じてしまう。また、身体を拭くのはいいのだが、顔を拭くのはかなり抵抗がある。それでも、足拭きマットのおかげでこうして水分を拭き取ることができるのだから、贅沢は言えない。

 シャワーを浴びて、服を着たあと、楽天市場で購入した足指を刺激しカラダをまっすぐするボディメイクパット!美姿勢で美ボディ 美脚にも♪足指フッ...を着けてみた。この奇妙な形をしたパッドが骨盤の歪みを矯正してくれるらしい。実は、以前のバージョンを使っていたのだが、この新しいバージョンは、足の指に引っ掛けるようになっているので外れにくい。

 レッスンを担当してくださったインストラクターが受付にいらっしゃったので、
「今日は参加者が少なかったですね」
と話し掛けた。インストラクターは、やはり、
「忘年会シーズンだからですかね」
とおっしゃっていた。

 運悪く、レッスンの帰りに乗り込んだ快速列車が、途中の駅で停まってしまった。西宮駅周辺で異音を検知したからだという。おかげで二十五分も発車を見合わせることになってしまった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近は、スタンダードコースのレッスンを受けていないので、どのようなレッスンできついと思っていたのか、もう忘れてしまっています。(苦笑)でも、アクティヴコースなどの激しいレッスンに参加されている方からすれば、ずいぶん緩いレッスンのはずです。

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2014.04.07

振り返り(30)

善通寺の善通寺(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。お昼寝中に、久し振りに母の夢を見ました。夢の中で、母がもう亡くなっていることを認識しているのですが、父が母の供養をとても丁寧にしてくれているので、母が帰って来る夢でした。ただ、住んでいる家が実家とは違っていて、母の意思も良くわからず、母の肉体だけがそこにあるという感じの夢でした。やはり母は、あちらの世界で楽しくやっているのかもしれません。それでは、振り返り(29)の続きを書かせていただきます。

 母が亡くなったあと、いったん兵庫に帰る前に行(おこな)ったことのうち、まだ書いていなかったことがあるので、書いておきたい。

 母が亡くなってから、深い悲しみとともに、通夜と葬儀で慌しく過ごしていたが、母が入院していた病院への支払いがまだだったので、父と一緒に出掛けて行った。病院からの支払い請求は、いつも月が新しくなって数日経った頃に来ていたので、父と私が足を運んだのは、ちょうど入院費の計算が終わった頃だったろうと思う。

 受付で尋ねてみると、既に計算が終わっているというので、入院費を支払った。母は医療保険にも生命保険にも加入していなかったので、入院費の補助はなかった。母はそのことを気にしていて、毎月仕送りをしている私に、
「治療を受け続けるのもどうかと思う。あんた(私のこと)に悪い」
と言ったことがある。がんの投薬には、それなりのお金が掛かっていたからだ。私たち夫婦には子供がいない上に夫婦共働きなので、私は母に、
「何言いよるん。気にせられん(何を言っているの。気にしないで)」
と言っていた。

 入院費を支払ったあと、父と私は、母が入院していた階のナースセンターに出向いた。息を引き取る前の母は軽い肺炎にかかっていたので、痰(たん)が絡むことがあり、看護師さんには、夜中に何度も吸引していただいた。もちろん、それ以外にも、たくさんお世話になった。

 その病院で働いている看護師の従姉に、看護師さんたちに御礼をしていいものかどうか尋ねてみたところ、「個人病院なので、退院された方たちの中には、御菓子などを持って来ている人たちもいるようだ」と教えてもらった。そこで、お経の本をコピーするためにショッピングセンターに出向いたときに、お世話になった看護師さんたちに食べてもらおうと思い、洋菓子を買っておいたのだ。

 ナースセンターには、二人の看護師さんしかいらっしゃらなかった。お昼休みが終わる頃だと思い、十三時半頃に病院に出向いたのだが、病院のお昼休みは世間一般のお昼休みよりも遅いらしく、看護師さんたちの多くは、ちょうどお昼休み中とのことだった。二人の看護師さんは、父と私の顔を見ると、一緒に泣いてくださった。看護師さんたちは、これまでにたくさんの患者さんたちをお世話されて来られたはずで、中には亡くなってしまう患者さんたちもいらっしゃったことと思う。それにもかかわらず、看護師さんたちがそうした光景に慣れてしまっているわけではないことがわかり、うれしくなった。父と私は、皆さんにもよろしくお伝えくださいと言って、ナースセンターをあとにした。

 ほとんどの看護師さんたちがお昼休みで休憩中だったことに対し、父は、
「(たくさんの看護師さんたちに)会わんほうが良かった。会(お)うたら泣いてしまうけん(会わないほうが良かった。会ったら泣いてしまうから)」
と言っていた。

 その後、病院のすぐ近くにある院長の家にも足を運び、御礼の言葉を述べさせていただいた。院長もお昼休み中だったので、ご自宅にいらっしゃったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 病院のお昼休みがいつだったのか、あまり気にしていなかったのですが、お昼休みに足を運んだほうが良かったのかもしれません。父の言うように、たくさんの看護師さんたちの前で泣くことになりますからね。また、院長も、病院にいらっしゃるときは診察があるので気が引けましたが、ご自宅でお目に掛かれて良かったと思っています。

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2014.04.05

善通寺の善通寺(4)

映画『The Man with Three Wives』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事帰りに、新入社員とおぼしき若い女性の集団に会いました。初々しくて、スーツでびしっと決め込んでいるのですぐにわかりました。思えば、私にも、新入社員の頃の想い出があります。私は、東京の新宿区にあるソフトウェア開発を行う会社に就職したのですが、新人研修のときに出された課題がなかなか終わらなかったので、一緒にチームを組んでいた同期の子らと一緒に、毎晩、遅くまで会社に残っていました。しかし、課題の発表日の前日を迎えても課題がなかなか終わらなかったので、ついには新宿のラブホテルに駆け込んで、同期の女の子と二人でダブルベッドに泊まりました。(苦笑)もちろん、同性同士で泊まることができるかどうかをフロントで確認してから泊まりましたが、いつまで経っても色褪せることのない、強烈な想い出ですね。もしも「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中に新入社員の方がいらっしゃいましたら、新入社員のときしか体験できないほどの、強烈な想い出を作ってくださいね。それでは、善通寺の善通寺(3)の続きを書かせていただきます。

 西院と呼ばれるエリアを抜けて、道路を挟んだ向こう側にある東院と呼ばれるエリアに足を踏み入れてみると、そこには鳩たちがいて、境内を取り囲むように五百羅漢が並べられていた。

 以前、兵庫県にある北条五百羅漢を訪れたことがある。そこには、それぞれ個性の異なる石仏たちが並べられていた。そのときの様子を綴った写真を含まない記事は、五百羅漢と大雨という記事である。北条五百羅漢の石仏たちは何も言わないけれど、静寂の中から、その内に秘めた想いがあるように感じられた。いつまでもそれらの石仏たちを眺めていたかった。しかし、善通寺の善通寺にある五百羅漢は、北条五百羅漢とは、どこか違っていた。

 私は、識子さんが書かれているひっそりとスピリチュアルしていますというブログをしばしば拝読しているのだが、識子さんのように、神社やお寺に参拝したときに、そこで感じるものがあるかどうかを、自分なりに感じてみようとした。特に、五百羅漢は、五百もの石仏たちが並んでいるのだから、私に向かって誰かが何かを語りかけてくれるのではないかと期待していたのだ。しかし、私が鈍感なのか、善通寺の善通寺にある五百羅漢たちは、いかにも語りかけてくれそうな表情をしているのに、私に何も語りかけてはくれなかった。何だろう。すべての五百羅漢は、それぞれ異なった表情をしているというのに、あまり個性がなく、一つの魂がいくつもの表情をしているだけ、という気がしたのだ。

 それはそれで真実なのだろう。私たちの源は皆一つで、大きな源から分かれたそれぞれの存在のはずなのだから。善通寺の善通寺にある五百羅漢は、そういう感覚を思い出すことのできる場所ではあった。おそらくだが、北条五百羅漢は、いろいろな人たちが五百羅漢の製作に携わったが、善通寺の善通寺の五百羅漢は、製作に携わった人たちの数が限られているために、一つ一つの石仏から、異なる個性を感じることができなかったのだと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、善通寺の善通寺(4)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 境内にいた鳩たちが、しばらくの間、私について集団で移動していましたので、ガンモが驚いていました。餌をもらえると思ったのでしょうか。それとも、私が鳩に対して友好的であることが彼らにもわかったのでしょうか。餌になるようなものを何も持っていなかったのに、不思議ですね。

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2014.04.03

映画『The Man with Three Wives』

ホットヨガ(三七三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。チリで大規模な地震が発生し、日本にも津波注意報が発令されていましたね。日本に到達したのは数十センチの津波だったようですが、やはり東日本大震災の津波の被害が大きかっただけに、当時のことを思い出して恐怖を感じられた方も多かったかもしれません。ちなみに、日本から飛行機でチリに行くには、直行便がないので、いったんアメリカに渡ってから乗り換えなければなりません。日本を発ってからチリまでは、乗り換え時間も含めて丸一日くらい掛かるそうです。しかし、津波は、途中でアメリカに寄ったりせずに、飛行機よりも速い所用時間で日本に到達するのですね。何だか皮肉なものを感じるとともに、チリもまた、大きな地震が度々起こる国として、日本と似たような状況にあるのかなと思いました。

(画像がなかったので、YouTubeからキャプチャ)

 本作を鑑賞したのは、十二月二十八日のことである。こちらも、YouTubeでの英語のfull movieのリストに出て来たので、日本語字幕なしの英語のみで鑑賞してみた。あまり馴染みのない作品だと思ったら、アメリカのテレビ映画らしい。

 主演はボー・ブリッジスである。鑑賞したあとに気が付いたのだが、彼は、映画『ファミリー・ツリー』でジョージ・クルーニー演じる弁護士のマット・キングの従兄ヒューを演じていた俳優さんである。本作は一九九三年の作品なので、最近の写真からはちょっと想像が付かない。

映画『ファミリー・ツリー』より。写真左側がボー・ブリッジス)

 本作は事実に基づいた作品で、タイトルからも想像できるように、三人の妻を持つ男の話である。妻のいる医師ノーマンが、妻以外に二人の女性とも結婚するという、いわゆる重婚を扱った作品となっている。

 一体、どのようにして三人もの妻たちと結婚していたのかと不思議に思われる方もいらっしゃることだろう。実は、ノーマンは、医師であることを巧みに利用していたのだ。というのも、医師という職業は、夜中であろうとも、急患に対応するため、病院から電話で緊急呼び出しが掛かることが多いからだ。彼は、女性からの呼び出しを、あたかも病院からの緊急呼び出しであるかのように装い、別の女性のもとへいそいそと出掛けていたのである。

 しかし、そんな生活がいつまでも続くはずはなく、寝不足や疲れも溜まっていたのか、物語はある結末を迎える。そして、とうとう三人の女性たちに本当のことがわかってしまうのだ。いかにも映画の題材になりそうな状況だが、当事者の女性たちにとってはたまらない事実を突きつけられることになっただろう。

 では、ノーマンのような男に騙されないようにするために、女性たちは何を学ぶべきなのだろうか。私は本作を鑑賞して、能動的な男性よりも、受動的な男性のほうが信頼できるのではないかと思った。

 というのも、ノーマンのような男は、一人の女性と一緒に過ごす時間が少ないはずなので、自分主体の交際を進めようとするはずだからだ。それは、愛から来る行動というよりも、自分本位の行動であり、実際は自分自身の都合を相手に押し付けているに過ぎない。そうした傾向がある男性は、要注意だということだ。

 そう考えると、女性が会いたいと提案したときに、ちゃんと時間を作ってくれているかどうかで、相手の誠実さを見極めることもできる。もちろん、だからと言って、常に女性主体の付き合いを求めるのも、相手の男性にストレスを与えてしまいがちなので、対等であるかどうかが大前提である。

 また、こうした男性本位の重婚の関係には、欲望がつきものなので、普段から、いろいろな行動に対して、それが自己愛から来るものなのかどうかを観察する癖をつけておくのもいいかもしれない。そうした観察を重ねて行くうちに、自己愛から来る行動には興ざめするようになるので、不誠実な相手とは次第に疎遠になって行くように思う。いろいろな行動が自己愛から来るものかどうかを判断するには、まずは自分の中にある愛を確立させることが大切なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三人の女性と結婚するなんて、普通の感覚からするとあり得ないような話ですが、ノーマンは医師という立場を大いに利用したようですね。ちなみに、私は、過去の恋愛で学んだことが大きいので、この手の男性に対しては興ざめしてしまいますね。(苦笑)

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2014.04.02

ホットヨガ(三七三回目)

振り返り(29)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。お昼休みに勤務先の食堂を利用したところ、これまで食べていたメニューが増税のために値上がりしていました。初めて増税を実感した瞬間でした。やはり、消費税八パーセントは高いと感じてしいまいますね。お弁当を持参したいところですが、食堂メニューが簡素化されてしまったので、以前のように、ご飯とおかずの一部だけを持参して、食堂メニューで補うことができなくなってしまいました。それに加え、ステンレスボトルに飲み物を入れて持参し始めたので、これにお弁当が加わると重くなってしまうこともあり、思案中です。(苦笑)

 十二月十八日水曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 いつも利用しているお店で晩御飯を食べてから、ゆっくりと三宮店のスタジオまで歩いて行ったにもかかわらず、レッスン開始まであと三十分もあった。

 三宮店のスタジオに着いたとき、ウォーミングアップのストレッチ後に退出されてしまうことの多かったフリーパス会員さんとすれ違った。これから帰宅されようとしているということは、レッスンを一本だけ受けたあとだったのだろう。

 準備の整ったスタジオに一番乗りすることができたので、私は出入口に一番近いヨガマットを陣取った。

 レッスンの参加者は十名で、レッスンを担当してくださったのは、発声方法が変わったインストラクターである。

 レッスン中、あるフリーパス会員さんが途中でスタジオの外に出て行かれたかと思うと、氷枕のようなものを抱えてスタジオに戻って来られた。私は、そんなサービスがあったのかと驚いた。かつては、旧三宮店のスタジオで、氷枕を貸してくださることもあったように記憶しているのだが、その後、そのサービスは終了したという貼り紙を見たように思ったからだ。もしかすると、ご自身で氷枕を持参されたのかもしれないが、一日のうちに何本もレッスンを受けているうちに、解けてしまうだろう。

 結局、そのフリーパス会員さんは、そのあと、途中退出されてしまった。ヨガマットにバスタオルを残したまま、また、氷枕のようなものをロビーに置いたままの退出だった。何かに気を取られていたのだろうか。

 私は最後までレッスンを受けたものの、スタジオ内がひどく暑く感じられ、途中で何度もスタジオの外に出て休んだ。

 あとから、レッスンを担当してくださったインストラクターに、
「今日はスタジオの中がとても暑かったです。多分、私だけ」
と言うと、
「設定温度は低かったんですけどねえ。『暑っ』という声が聞こえてましたよ」
と言われてしまった。確かに私は、レッスン中に何度も、「暑っ」と漏らしていた。
「やっぱり更年期なんですかねえ」
と私が返すと、インストラクターは、
「ファンヒーターの向きが壁に当たるようになっていたので、もしかしたら、熱い空気が当たっていたのかもしれないです」
とフォローしてくださった。

 シャワーを浴び終えると、いつものように、そのレッスンの最終退出者になった。のんびり服を着ようと思っていると、最終レッスンを途中まで受けて退出されたフリーパス会員さんがシャワーを浴び始めた。それと同時に、掃除を担当されているスタッフがシャワーの排水溝の掃除をし始めた。一人でのんびりできるかと思っていたが、そうはならなかった。

 着替えを済ませてロッカーの鍵を受付に返しに行ったところ、レッスンを担当してくださったインストラクターが受け付けをしてくださったので少しお話させていただいて、三宮店をあとにしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 氷枕らしきものとレッスンに使用したバスタオルなどを置いたままで退出されたフリーパス会員さんは、他のフリーパス会員さんからも慕われている会員さんで、何となく憎めない感じの方なのであります。おそらく、他に何か夢中になるものがあったのでしょうね。(笑)

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