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2014.03.16

映画『秘密』

ホットヨガ(三七〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 待ちに待った春がやって来たようですね。暖かくなっても、花粉症の方たちにとっては、しばらく辛い季節になりますね。私は、明日からは軽装で出掛けようと思っています。今、これを書いている部屋の中がとても暑いので、いきなり半袖で出掛けるかもしれません。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、三月九日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。東野圭吾さんの著書は、彼が売れる前には読んでいたこともあるのだが、売れてからは読まなくなってしまった。

 一九九九年の作品なので、どこか時代を感じさせるような描写はあった。しかし、運転手の居眠り運転が原因で、スキーバスが事故に遭い、犠牲者が出てしまうという設定は、今の日本でも社会問題となっている出来事である。

 スキーバスに乗っていた母と娘のうち、母・直子は死亡し、娘・藻奈美は何とか一命をとりとめるのだが、娘の肉体に母の魂が宿ってしまうという、何とも奇妙な物語となっている。

 そのような奇妙な背景があるからなのか、妻を亡くしたというのに、夫である平介の悲しみがあまりにも浅くて驚いてしまう。肉体は娘でも、魂は妻なのだから、彼にしてみれば、妻も娘も生きていることになるのだろう。しかし、彼にとっては、娘よりも妻の存在のほうが大きいように思えた。それはそれで、夫婦仲が良いことの象徴となっている。

 本作で描かれているのは、妻を喪った悲しみではなく、娘の肉体に妻の魂が宿ってしまった場合に、夫の中に芽生えた葛藤である。魂は妻であっても、肉体は娘なので、夫婦の関係を持つことができない。また、娘の肉体を借りた妻が、娘と同じ大学に通う先輩男性と親しくなったりもする。更に、娘がのちに大学の先輩男性とは別の男性と結婚することになるときも、平介は激しく葛藤することになるのだ。

 いよいよ娘の中に、一つだけの魂が宿ろうとしているときの、平介の葛藤はただならぬものになる。何故なら、娘の中にただ一つの魂だけが宿るということは、妻と娘のどちらか一方の死を完全に受け入れることになってしまうからだ。

 日本映画には、対等な夫婦愛を描いた作品が少ないので、異色ではあるものの、とても好感が持てる作品である。私たちにとって、肉体が大切か、魂が大切かということについても考えさせられる作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 平介が、肉体ではなく魂を大切にしているのが伝わって来ます。また、他の人たちが、魂の入れ替わりに気付かないということも面白いですね。だからこそ、タイトルが『秘密』なのだと思います。

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