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2014年3月

2014.03.31

振り返り(29)

善通寺の善通寺(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。毎年、この時期は定期券売り場が混雑するるのですが、仕事帰りに、いつも利用している地下鉄の定期券売り場に、これまで見たこともないほど長い行列ができているのを見て驚きました。運賃が上がる前に定期券を購入しておきたいと考えている方がたくさんいらっしゃるのでしょうね。その後、自宅の最寄駅に着いてからは、自宅近くのスーパーに立ち寄ったのですが、これまたひどく混雑していました。毎週月曜日に割引率の高い買い物ができるスーパーなので、増税前に割引率の高い買い物をしておこうと思った方が多いのかもしれません。私も、まだ重い荷物を持てない身体だというのに、いろいろ買い込んで、手術の傷口が開いてしまうのではないかと心配でした。(苦笑)それでは、振り返り(28)の続きを書かせていただきます。

 ガンモがひと足先に兵庫県に戻ったあと、私は満中陰志のお返しのリスト作成のほかに、週命日のための準備を始めた。

 まずは、週命日にお経をあげてくれる親族が使うであろうお経の本を、複数冊、用意しておこうと思っていた。お寺さんから配布されたお経の本は数冊だけだったので、私はそのうちの一冊を持ち出して、コピー機のあるショッピングセンターまで自転車で出向いた。

 そのショッピングセンターまで行くのに、母が入院していた病院のすぐ近くを通ることになった。辛かったが、目を背けずに、母が入院していた病室の窓に目をやった。部屋の明かりが灯されていたので、早くも次の患者さんが入院されているようだった。そのことを知ったとき、何だかとても複雑な気持ちになった。

 コピー機のあるショッピングセンターは、元気だった頃の母もしばしば買い物に出掛けていた場所だった。そのショッピングセンターでお経の本をコピーするのに長い時間を費やしたが、そこに母の姿はなかった。母はもう、この世のどこにも存在していないのだと思った。

 私はコピー機の前に立ち、お経の本を開いて、見開きの二ページを十五部ずつコピーして行った。あとで製本するために、表紙と裏表紙のコピーも忘れなかった。

 その後、そのショッピングセンターにある家具屋さんで、折り畳み式の小さな椅子を六個購入した。というのも、母の通夜や葬儀のときに、椅子に座るほうが楽ちんだというお年寄が何人かいたからだ。ショッピングセンターには自転車で出掛けていたので、折り畳み椅子を六個も購入して実家に持ち帰るのはなかなか骨の折れる仕事だった。しかし、母の週命日に足を運んでくれる親族の中にも、椅子が必要な人たちが含まれていたので、椅子を用意しておこうと思ったのだ。

 実際、この試みは成功だったようで、私が購入した折り畳みの椅子は、週命日ごとに、椅子に座りたい親族らに愛用されていると、のちに弟が伝えてくれた。

 ところで、私の滞在中、従兄がCDプレイヤーとお経の入ったCDを持って来てくれた。これからしばしばお経をあげることになるので、お経のお手本が必要になると思い、わざわざ持って来てくれたのだ。従兄は、何年か前に父親を亡くしているのだった。

 CDプレイヤーについては、肺がんを患った母の癒しのために私が購入したものがあったので、従兄からはお経のCDだけを借りることにした。しかし、そのCDは、同じ真言宗でも、私の実家の真言宗とは派が異なっていたため、お寺さんから配布されたお経の本に載っているお経とは、となえる順番がかなり違っていた。そこで、ショッピングセンターをあとにした私は、仏具店に出向き、お経のCDを探すことにしたのだ。

 仏具店で、お寺の名前を添えて、
「真言宗のCD、ありますか? ○○寺なんですけど・・・・・・」
と尋ねてみると、
「高野山のしかないですけど、いいですか?」
と確認された。私は、高野山の真言宗なら、実家の真言宗とそれほど違いはないだろうと思い、そのCDを購入した。実家に帰ってからCDを聴いてみると、従兄が持って来てくれたCDよりも、購入したCDのほうがお寺さんから配布されたお経の本に近かった。

 ショッピングセンターのコピー機でお経の本をコピーした私は、父の助けを借りながら、お経の本の製本に入った。お経の本を見開きでコピーしたので、そのまま印刷面を山折りにしてホチキスで留めると、偶数ページと奇数ページの位置がオリジナルとは異なってしまう。私は、偶数ページと奇数ページの位置をオリジナルと同じにしたかったので、コピーして来た用紙を印刷面が隠れるように谷折りにして、白紙の部分を糊で貼り合わせようと思っていた。しかし、それでは貼り合わせる作業を重ねて行くうちにずれてしまうと思い、コピーして来た用紙をカッターナイフですべて半分に切り、白い部分を糊で貼り合わせて行った。そして、貼り合わせた半分ずつのページを、奇数ページと偶数ページがオリジナルのお経の本と同じ位置になるように順番に並べ、ニ穴パンチで穴を開けてリングを通した。

 文章にすると、簡単に作業を終えたように感じられるかもしれないが、実際は、思いのほか手間の掛かる作業だった。というのも、コピーして来た用紙を半分に切ったため、糊で貼り合わせる作業が二倍に膨らんでしまったからだ。二十数ページもあるお経の本を十五部も作ったので、すべて出来上がったときには、大きな達成感に包まれていた。

 そして、週命日の前日、私は、「明日から出勤します」と勤務先にメールを送った。母が亡くなったのは木曜日だったので、その次の週末まで休暇を取るつもりだったのだが、水曜日にはひと段落つきそうだったので、いったん兵庫県に戻り、再びその週末に帰省することにしたのだ。

 いったん兵庫県に戻る日の夜には、初めての週命日の供養が行われることになっていたので、足を運んでくれる親族らのために、袋菓子を購入したり、飲み物を用意したあと、私は高速バスに乗ったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 初七日の法要も葬儀のあとに済ませていたのですが、せっかくの週命日だからと、本当の初七日に親族に集まってもらいました。私は、その週の週末まで滞在しても良かったとは思うのですが、その週の週末が三連休だったので、木曜日と金曜日だけ出勤することにしたのです。

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2014.03.30

善通寺の善通寺(3)

映画『Autopsy: A Love Story』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m お花見のシーズンがやって来ましたね。この週末、お天気が良くなかったので、お花見を断念された方もいらっしゃるかもしれません。私たちも、今日はガンモの仕事が休みだったので、お花見に出掛けようと言っていたのですが、あいにくの雨でしたので、見送ることになりました。仕方がないので、通勤の途中に桜を楽しみたいと思います。それでは、善通寺の善通寺(2)の続きを書かせていただきます。

 宿坊をチェックアウトした私たちは、大きな荷物を抱えたまま、お寺の善通寺の境内を少し散策した。宿坊の近くには、弘法大師さまの像がまつられている御影池があった。また、手水(ちょうず)を見付けたので、私は柄杓(ひしゃく)で水をすくって清めておいた。手を拭く人たちのために、日本タオルが用意されていたので、拝借した。

 善通寺の境内は、思いのほか広く、私たちが移動した駐車場と宿坊の間は、西院と呼ばれるエリアのようだった。ガンモが、カングーに荷物をいったん置いてから、ゆっくり参拝しようと言ってくれたので、私たちは駐車場まで戻り、カングーの中に荷物を置いて、再び善通寺の境内に戻った。

 駐車場からお寺の善通寺に入るときは、浮世橋という膨らみのある橋を渡り、正覚(しょうがく)門という門をくぐる。この門のすぐ近くに、ガンモが小学生のときに写生したというビルマ戦没者慰霊塔がある。ガンモは善通寺市の出身ではないのだが、お寺の善通寺まで遠足でやって来て、この塔を写生したそうだ。ガンモは、そんな想い出のあるビルマ戦没者慰霊塔を懐かしそうに眺めていた。

 境内にはきれいな桜が咲いていて、十二支と対応した守護仏も並べられていた。ガンモは辰年、私は巳年の生まれなのだが、どちらも守護仏は普賢菩薩(ふげんぼさつ)である。

 また、境内には聖天さま(歓喜天)をおまつりするお堂もあった。お気付きの方もいらっしゃることと思うが、歓喜天とは、この「ガンまる日記」のプロフィール画像として使用させていただいている秘仏である。プロフィール画像に使用している歓喜天は、私が独身の頃にお茶の水の骨董店で購入したものである。そう、私は男女がうれしそうに抱き合っている歓喜天が大好きなのだ。そんな歓喜天に会いたくて、聖天さまがおまつりされているお堂に近寄って、中を覗き込んでみたのだが、秘仏のためか、やはりお姿は拝見できなかった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、善通寺の善通寺(3)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お寺の善通寺の桜は、満開と言ってもいいほどの咲き具合でした。ひょっとすると、この雨で、散ってしまったかもしれませんね。私たちの住んでいる兵庫県では、まだきれいに咲いている桜を見掛けていないので、四国のほうが桜の開花が早かったのだと思います。

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2014.03.29

映画『Autopsy: A Love Story』

ホットヨガ(三七二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今月末で契約が切れる派遣仲間が二人とも退職して行きました。せっかく一緒に仕事ができたのに、寂しいものですね。うれしいことに、二人とも次の仕事がもう決まっているそうです。四月からは、彼女たちに替わり、新しい派遣仲間たちが勤務することになるそうです。今の時期は、別れと出会いによる気持ちの切り替えが難しい時期なのかもしれませんね。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十二日のことである。こちらも、YouTubeでの英語のfull movieのリストに出て来たので、日本語字幕なしの英語のみで鑑賞してみた。ちなみに、日本では未公開の作品だが、映画『ネクロフィリア 死体嗜好家』というタイトルでDVD化されているらしい。

 鑑賞してみると、これまで観たこともないような題材で驚いた。何と、遺体安置所で働く男・チャーリーが、行き所のない遺体として運ばれて来た自殺した女性・ジェインに恋をするというものだ。しかも、彼には足の悪い妻・メアリーがいるというのに・・・・・・。

 遺体安置所には、堕落したドクターの所長がいて、行き所のない遺体の臓器を違法に売ったりしている。ジェインに恋をしてからのチャーリーは、仕事場でジェインを椅子に座らせて、しきりに語り掛けたりしている。それは、デートと呼ぶにふさわしいくらいの想い入れの強さだった。そのため、チャーリーは遺体安置所で過ごす時間が長くなり、妻のメアリーはチャーリー恋しさにチャーリーのポケベルを何度も呼び出すのだった。

 チャーリーと言い、遺体安置所の所長と言い、メアリーと言い、度が過ぎたり、配慮が足りなかったりで、世間一般の基準からはかけ離れた行動を取っているところが面白い。遺体は臓器を取り出して火葬するのが決まりとなっているようだが、ジェインに恋をしたチャーリーは、ジェインをなかなか火葬しようとはしない。そのため、ジェインの遺体は日に日に劣化して行く。そんなチャーリーのもとへ、ジェインの双子の姉(妹?)がやって来て・・・・・・。

 チャーリーがジェインの双子の姉(妹?)に対して取った行動や、遺体安置所の堕落した所長、チャーリーを追いかけるメアリーなど、そのどれもが感動的な愛からはほど遠い行動を取ってはいる。それでも、題材が面白いのでついつい引き込まれてしまう。ジェインをはじめとする他の遺体たちの心の叫びも描かれていて、最後まで新鮮な気持ちで鑑賞することができたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何とも奇妙な題材の作品でしたね。遺体たちの心の叫びも、面白く描かれていました。それによると、どうやらジェインは姉(妹?)とは不仲だったようでした。中には安易な展開のところもあり、メアリーに対するチャーリーの愛のなさに首を傾げてしまうシーンもあった(何故、駆け寄らないのか、何故、悲しまないのかといった疑問がわきました)のですが、映画としては面白い題材だと思いました。

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2014.03.28

ホットヨガ(三七二回目)

振り返り(28)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。勤務先で、ある方が書かれた文章を読む機会があり、綴られた文章の完成度の高さに感動しました。集中してその文章を書き上げ、何度も何度も読み返して推敲したであろうことがうかがえました。身近に、こんなにも完成度の高い文章を書く人がいたとは、思ってもいませんでした。その方は、まだ転勤して来られて間もない方なので、ほとんど話をしたことがないのですが、今度、文章を書くことが好きなのかどうか、聞いてみたいと思います。ちなみに、私はというと、いったん書き上げた記事を読み返して、間違いに気付く度に赤面しています。(苦笑)

 十二月十二日木曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のスタンダードコースのレッスンを受けた。

 レッスンの参加者は十八名で、レッスンを担当してくださったのは、表現力のある新米インストラクターさんである。

 師走の忙しい時期に、レッスンの参加者が多いことに驚きを覚えた。木曜日の夜にレッスンを受けておいて、金曜日の夜は別の予定を入れる方が多いのだろうか。

 レッスンが始まってしばらくすると、またしてもあるフリーパス会員さんが、バスタオルとフェイスタオルやご自身で持参された水などを持って退出されてしまった。ここのところ、良く見かけるようになったフリーパス会員さんなのだが、ウォーミングアップのストレッチだけ受けて退出されることが多いのだ。フリーパス会員さんだから、あまり関係がないのかもしれないが、回数券を消費してレッスンに参加している私としては、実にもったいない話である。

 スタンダードコースのレッスンの位置付けとしては、それほどきつくはない部類に入るはずなのだが、当時、大きな子宮筋腫を抱えていた私にとっては、かなりきついレッスンとなった。というのも、うつ伏せや前屈のポーズが多いからだ。おまけに、参加人数が多いせいか、レッスンの途中でひどく暑くなってしまい、スタジオの外に出て何度か休むことになった。

 すると、先ほど、ウォーミングアップのストレッチだけ受けて退出されたフリーパス会員さんが、シャワーを浴びて、着替えも済ませて、ロッカールームから出て来られるのが見えた。どうやら帰宅されるようである。

 その方が受付に足を運ぶと、受付のスタッフがその方に、
「二本目はきついですか?」
と話し掛けていた。その方は、
「きついです。ストレッチは大丈夫なんですけど」
と答えていた。それに対し、受付のスタッフは、
「もし、二本目はきついと感じていらっしゃるようでしたら、そのときは無理にレッスンを受けないようにしてください。今日みたいに予約が立て込んでいることもありますので」
と、柔らかい口調でおっしゃった。

 なるほど、確かにその通りである。食べ放題のバイキングに例えると、食べ切れない量のお料理をお皿に盛ってテーブルに戻り、結局は残してしまう行為に似ている。そのお料理を食べたい人が他にいるのに、そのお料理を作るための食材が底を尽いてしまったとしたら・・・・・・。バイキングでお料理を自分の皿に盛るということは、お料理を「占有する」ことでもあり、「占有する」からには、そこに責任が発生するように思うのだ。

 そう考えると、私が普段、お目に掛かっているフリーパス会員さんたちはとても礼儀正しい。というのも、一日に複数のレッスンに参加されているというのに、ほとんどの方たちが最後まで熱心にレッスンを受けていらっしゃるからだ。フリーパス会員さんたちのそうした熱心な取り組み方から、ヨガへの熱い情熱を感じるのだ。

 さて、私はと言えば、スタジオに戻っても、うつ伏せのポーズや前屈のポーズが多かったため、ポーズをお休みさせていただくことが多かった。それでも、頑張って最後までレッスンを受けた。レッスンを終える頃には、汗をたくさん掻いていた。

 ロッカールームでは、先日変更されたばかりのソファのレイアウトがまたまた変わっていた。ソファが扇風機の横に置かれていたので、私はそこに座って靴下を履いた。

 そして、三宮まで再び歩いて戻り、コインロッカーに預けておいた大きな荷物を取り出して、夜行高速バスの待合所へと向かった。この夜は、母の供養のために夜行高速バスで実家に帰省することになっていたのだ。ガンモは仕事があったので、一足先に私だけが帰省して、あとで合流することになっていた。

 夜行高速バスに乗ることをガンモに伝えておいたので、仕事を終えたガンモがあいさつに来てくれた。それでも、さすがに夜行高速バスの発車時刻は深夜なので、ガンモは先に帰宅することになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そう言えば、ウォーミングアップのストレッチを終えて退出されることの多かったフリーパス会員さんは、最近、お見掛けしませんね。購入されていたフリーパスの有効期限が切れたあと、更新しなかったのかもしれません。

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2014.03.26

振り返り(28)

善通寺の善通寺(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。お彼岸に帰省したとき、父は母のために祭壇を出してくれていました。お彼岸に入って間もなく、親戚の人たちが母にお線香をあげに来てくれたそうです。ちなみに、父は毎朝、毎晩、一日二回、母にお経をあげてくれています。帰省したときは、私も一緒に加わります。ある方から、故人が夢に出て来ないのは、ちゃんと成仏したからだと言われているとうかがいました。そのことを父にも話したところ、泣きながらも喜んでいました。父は本当に母のことを想っているのだとわかります。喧嘩も良くしていましたが、結婚して何十年も経っても、母への変わらぬ愛を持ち続けている父から、娘である私が受け継いだものは大きいと感じました。それでは、振り返り(27)の続きを書かせていただきます。

 何故、帰省する度にリストを更新したかと言うと、やはり母の訃報を聞き付けて、あとから弔問に来てくださった方たちが何人もいたことと、「週命日」ごとに、親族らがいくらかのお供え代を包んで持って来てくれていたからだ。週命日とは、命日から四十九日までの間、一週間ごとに親族らが集まり、お経をとなえてくれるものである。真言宗では、四十九日までの一週間ごとに、週命日に割り当てられた真言十三仏の仏様におうかがいを立てて、故人の立場が少しずつベースアップして行くのだ。

 私は、満中陰志のお返しのために、できるだけ正確な情報を把握しておこうと思い、週命日ごとにいただいたお供え代も一緒に足し込んで行った。他にも、入院中にお見舞いに来てくださった方たちからいただいたお見舞い金の情報も、一緒に足し込んでおいた。

 ちなみに、週命日の供養は、水曜日の夜十九時半から行っていた。週命日が平日だったので、仕事のある方たちが仕事を終えてから来られるようにしたのだ。私はというと、平日の夜だったために、週命日の供養には、一度も参加できなかった。平日の夜に参加するとなると、毎週につき二日間の休暇が必要になってしまうからだ。私は、それが残念で仕方がなかったのだが、母は平日に亡くなってしまったのだから、仕方がない。ちなみに、週命日のときは、おつまみや飲み物を用意して、供養に来てくれた親族らをもてなすことになっている。

 ところで、最近の斎場では、受付で配布されているカードに名前や住所などの個人情報を記入してもらうことになっている。おそらく、これは、お香典袋に自分の個人情報を書いていない方たちのもとへも、遺族がちゃんと満中陰志のお返しができるように計らわれたものだと思う。カードには穴が二つ開いていて、のちにリング式の台帳にまとめられるようになっていた。葬儀の日に受付を担当してくれた従兄らが、お香典袋とこのカードを対にしてくれていたので、父と私はそれらの情報を照らし合わせながら、リング式の台帳をまとめ、リストを更新して行った。

 ところが、途中で、カードに振られている番号が大幅に抜けてしまっていることに気が付いた。カードを番号順に並べているというのに、途中で何十人もの情報がごっそり抜けてしまっているのだ。まさか、お香典を誰かに盗まれてしまったのだろうかと、かなり動揺してしまった。母の葬儀に足を運んでくださった方たちの情報がなければ、満中陰志のお返しもできない。何よりも、そのことが気掛かりだった。

 しかし、冷静になって、抜けた番号を飛ばしたままで全体の人数を確認してみたところ、葬儀に足を運んでくださった方たちの数がそんなにふくらむはずはないという結論に達したので、おそらくカードに書かれている番号が抜けてしまっただけだろうと判断した。

 父と一緒に、葬儀に参列してくださった方たちのリストを作成しているとき、葬儀に参列してくださった方たちが記入するカードの中に、母のターミナル期をケアしてくださった病院の院長の名前があった。院長は、父と同じ小学校のご出身で、父が子供の頃にサッカー(イギリス式に言えばフットボール)をして一緒に遊んでいたそうだ。カードに書かれた文字は確かに院長の筆跡だったので、斎場までわざわざ足を運んでくださったようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 週命日は、真言宗だけでなく、浄土真宗にもありますね。義父と義母が亡くなったときは、週命日を週末に変更したので、私たちは毎週のように帰省していました。しかし、私の実家方面では、葬儀も週命日も週末にずらさずに、命日を基点にして正確に行っていました。週命日のもてなし方も、ガンモの実家方面と私の実家方面では少し違っています。ガンモの実家方面よりも、私の実家方面のほうが、袋菓子などの、よりくだけたお菓子でおもてなししているようでした。

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2014.03.25

善通寺の善通寺(2)

善通寺の善通寺(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。月曜日に休暇を取っていたので、帰りは三連休明けで平日となり、高速道路も空いていました。おかげでいつもよりも早く帰宅することができました。今回、実家に滞在したのは一泊二日だけでしたが、いろいろな人たちに会って来ましたので、また後日書かせていただく記事の中でご紹介したいと思います。

 四国八十八ヶ所の札所でもある善通寺を訪れた私が気後れしなかったのは、実は、私自身も四国八十八ヶ所めぐりをしているからだ。

 とは言え、四国で見掛けるお遍路さんたちのように、同行二人(どうぎょうににん)と書かれた笠をかぶっているわけでもなく、南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)と書かれた白い服を着ているわけでもなく、また、杖をついて歩いているわけでもない。

 ちなみに、お遍路さんがかぶっている笠に書かれている「同行二人」とは、「弘法大師さまと一緒に歩いている」という意味なのだそうだ。例え一人で歩いていたとしても、弘法大師さまと一緒なので、一人ではないという意味が込められているのだ。

 何を隠そう、私は、 四国霊場88カ所、1200kmをバーチャル体験YAMASA ゲームポケット万歩 歩く遍路 GK-600を首からぶら下げて歩いている。

YAMASAの歩数計「歩く遍路」。お遍路さんの格好をした人のアニメーションとともに、ちゃんと「同行二人(どうぎょうににん)」の表記もある

 私はこれまでに、様々な万歩計を購入して来た。その中でも面白かったのが、東海道五十三次を歩くというものである。先日、久し振りにその万歩計を使おうと思い立ち、家の中を探してみたのだが、残念ながら、見当たらなかった。そこで、それと同等の万歩計を楽天市場で探したところ、四国霊場88カ所、1200kmをバーチャル体験YAMASA ゲームポケット万歩 歩く遍路 GK-600を見付けたというわけなのだ。

 この商品を購入された方たちの評価が高いのは、どこまで歩いたかが地図で表示されるようになっているからだろうか。

 とは言え、この万歩計にGPSが付いているわけではなく、東海道五十三次の万歩計と同様、普段の歩行を四国八十八ヶ所めぐりの歩行に置き換えているのである。もちろん、最初は一番札所から始まる。

四国の地図の中に、これまで回った札所を結ぶ白い線が表示されている。ちなみに、私は今、アワ(阿波=徳島県)を歩いているところだ

こちらは、四国全体の地図である。四国全体の中で、どこを歩いて来たかが、白い線で表示されている。

今、私は、十九番札所の立江寺(たつえじ)を出て、二十番札所である鶴林寺(かくりんじ)に向かっているところである

 また、写真には納めなかったが、地元の人たちが四国の方言で登場したりして、面白い。

 というわけで、私も本物のお遍路さんたちに混じって、 四国霊場88カ所、1200kmをバーチャル体験YAMASA ゲームポケット万歩 歩く遍路 GK-600を首からぶら下げて、堂々と善通寺を参拝したというわけなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 善通寺の記事は、まだ続きます。(笑)途中で別の記事を書かせていただきますが、善通寺の見所をもう少しお伝えしたいと思っていますので、どうか気長にお付き合いくだされば幸いです。

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2014.03.24

善通寺の善通寺(1)

映画『ハート・アタッカー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。三連休は天候に恵まれましたね。私たちは、月曜日に休暇を取っているので、あと一日だけお休みします。さて、今回は、久し振りにスライドショー付きの旅の記事をお届けします。これまで好んで活用していた旅行ブログに写真をアップロードしてスライドショーのリンクを作成しようとしたところ、もはやこちらのサービスからはスライドショーへのリンクを生成できないことがわかってしまいました。そこで今回からは、GoogleのPicasaのサービスを活用してスライドショーをお届けしたいと思います。

 世間から見れば、一日遅れの三連休を過ごすために、私たちはカングーに荷物を積み込み、まずは香川県にやって来た。そして、義父と義母、それから、まだ幼かった義弟のお墓参りをしたあと、善通寺(ぜんつうじ)市まで移動した。今回は、善通寺市にある善通寺というお寺の敷地内にある宿坊に泊まった。宿坊は、主に四国八十八ヶ所を参拝するお遍路さんたちに利用されている。ちなみに、お寺の善通寺は、あの弘法大師がお生まれになった場所でもあるのだ。

 私たちが宿坊に到着したのは十七時過ぎだった。少し遅くなってしまったからか、宿坊への宿泊者が利用できる宿坊に近い駐車場は、既にいっぱいになってしまっていた。そのため、宿坊からは少し遠い(お寺の)善通寺の駐車場にカングーを停めて、宿泊用の大きな荷物を抱え、境内の中を歩いて宿坊まで移動する羽目になってしまった。

 以前、高野山に出掛けたときに、宿坊に泊まったことがある。そのとき、旅館に宿泊するのとはまた違った味わいがあることを知ったので、今回も宿坊を利用してみようと思い立ち、以前からこの宿坊の存在を知っていたガンモが電話で予約を入れたのだった。ちなみに、私たちが利用した宿坊の予約は電話のみ可能で、インターネットからの予約はできなかった。

 フロントでチェックインの手続きを行ったとき、部屋の鍵はないと説明を受けた。そのため、貴重品は部屋の金庫に入れておくように言われた。とは言え、部屋の外に出るときに鍵が掛からないだけで、部屋の中からは鍵を掛けられることがわかった。このような環境に置かれて初めて、自分の心の奥を見つめ直してみると、普段、当たり前のように行っている「部屋に鍵を掛ける」という行為が、自分と他者を分けるあさはかな行為に思えてしまうのだから不思議なものである。

 夕食は十七時半からだったので、私たちは部屋に荷物を置くと、すぐに食堂へと向かった。食堂では、既に何組もの方たちが夕食をとっていた。私たちの席は、隣のグループとの距離が比較的近い空間にあった。両隣とも、六十代くらいのご夫婦だった。おそらく、ご夫婦で四国八十八ヶ所めぐりをされているのだろう。私たちも、やがてはそんな夫婦になるのだろうか。

 料理は、旅館の食事ほどは多くなかった。旅館で出される食事はとにかく大量なので、やや控えめな宿坊の料理を前にした私たちは、原点に返ることができたような気がした。ちなみに、宿坊でいただく料理といえども、動物のお肉も含まれていた。お味噌汁はなく、一人用の寄せ鍋が最も水分を多く含んだ料理だった。

 部屋には洗面所はあるものの、トイレもお風呂もなかった。トイレは、部屋のすぐ近くにたくさんの洗面台付きのトイレがあったが、お風呂は一階のはずれにある大浴場まで出掛けて行かなければならなかった。ちなみに、大浴場の脱衣場にも、鍵の掛かるロッカーはなかった。

 宿坊では、読経をお願いする回向(えこう)の受付も行われていたので、母と、ガンモ家の先祖代々の供養をお願いした。一緒に、父とガンモの健康祈願も申し込んだ。

 翌朝は、六時からお勤めに参加した。高野山の宿坊に泊まったときも早朝からお勤めに参加したが、今回もそのときと同じような感じで、お勤めが行われる御影堂(みえいどう)へと向かった。御影堂の奥のほうには、弘法大師がお生まれになった場所がある。その場所が神聖な場所として祀られているのだった。

 お勤めが行われている御影堂は、更年期障害でほてりのある私でさえ寒く感じる場所だった。私はまだ良かったが、ガンモがとても寒そうだったので、私がひざ掛け代わりに使用していたダウンベストをガンモの肩に掛けた。一緒にお勤めに参加された他の方たちも、かなり寒そうだった。

 宿坊には「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と背中に印字されたお遍路さんの服を着た団体さんが宿泊されていた。どうやら、四国以外の地域から来られたお遍路さんたちのようである。他にも、小学生と思しきサッカーチームの団体さんもいらっしゃり、朝のお勤めにも参加されていた。

 朝のお勤めで読まれたお経のほとんどは、母の供養のために実家でとなえていたお経と重なっていたので、お経の本を持参しなくてもとなえることができた。高野山の宿坊に泊まったときは、朝のお勤めのときに、回向をお願いした故人の名前や様々なお願いごとの対象となる人たちの名前が読み上げられたのだが、こちらの宿坊ではそれがなかった。

 お勤めのあとは、「戒壇(かいだん)めぐり」を行った。「戒壇めぐり」とは、様々な仏が描かれた百メートルにも及ぶ地下の回廊を進んで行くというものだ。長野県の善光寺で行われている「戒壇めぐり」は、回廊の中がずいぶん暗いようだが、善通寺のそれは明かりがともっていたので、それほど暗くはなかった。

 回廊の途中にある小さな部屋の中で、四国以外の地域から来られたお遍路さんたちが集まってお経をとなえていらっしゃったのだが、そのお経を聞いていると、私たちがいつもとなえているお経とはリズムがかなり異なっていたので驚いた。

 「戒壇めぐり」のあとは、国宝のある宝物館を見学し、朝食をとった。宝物館に続く廊下からは、弘法大師が生まれたときに使われたとされる井戸や、美しく咲いた桜を眺めることができた。

 そして朝食もまた、無駄のない宿坊らしいメニューだった。私たちは、普段から食べ過ぎる傾向にあるので、たまには宿坊のようなところに来て、食のあり方を見つめ直すのもいいのではないかと思った。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、善通寺の善通寺(1)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は恥ずかしながら、善通寺という市は知っていても、そこに善通寺というお寺があることは知りませんでした。しかも、善通寺がある地区は、善通寺町なのだそうです。ちなみに、善通寺のご本尊は薬師如来となっています。このあと、本堂をお参りさせていただきましたが、薬師如来はちゃんと薬壷を持っていらっしゃいました。(笑)薬師如来は、薬壷を持っているのが大きな特徴なのです。

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2014.03.22

映画『ハート・アタッカー』

ホットヨガ(三七一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さん、三連休をいかがお過ごしでしょうか。昨日はガンモが仕事だったので、私たちは今日から移動しています。今日は、香川県にある義父と義母、それから幼くして亡くなった義弟のお墓参りをしました。そのあと、香川県内のお遍路宿に泊まっています。月曜日は休暇を取っていますので、明日は私の実家まで移動して、一泊してから帰る予定です。三連休で交通量が多くなっていますので、高速道路を使って移動される方がいらっしゃいましたら、どうかお気を付けくださいね。

 本作を鑑賞したのは、三月二十日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。

 過去に、映画『ハート・ロッカー』という作品を鑑賞しているのだが、イラクでのアメリカ兵の行動を描いた作品であることまでは同じでも、まったく別の作品である。私個人の好みを書かせていただくならば、映画『ハート・ロッカー』よりも本作のほうが、断然、優れていると思う。ただ、感想は、「こんなことがあっていいのだろうか」と、人間として、胸を思い切り深くえぐられるような作品だった。

 本作は、二〇〇五年にイラクのバグダッド近郊のハディサで起こった、アメリカ兵による「ハディサの虐殺」という事件を描いた作品である。ハディサの市民が、アメリカ兵をやっつけるために、住宅街に爆弾を埋める。そして、アメリカ兵が乗った車が通行するのを見計らって爆破する。その爆破により、アメリカ兵の死者が出たため、アメリカ兵たちは、爆弾が埋められていた近隣に住むハディサの住人たちを片っ端から撃ち殺して行ったのだ。

 わざわざ他国に出掛け、こんなにも残酷なことをアメリカ兵たちは行っていたのかと、ますますアメリカ人の考えることがわからなくなってしまった。それでも、こんな映画をアメリカが製作したのだとすれば、誉めてあげるべきだと思いながら、映画情報を参照してみたところ、何と、本作はアメリカ英語で語られてはいるものの、イギリス映画だった。やはり、さすがに自国の恥になるような作品を作るのは憚(はばか)られたということなのだろうか。

 本作の中で、当時のアメリカ大統領だったブッシュ元大統領が何度か登場するのだが、彼の表情を見て、愛のなさにがっかりした。というのも、私は普段から、その人に愛があるかないかは、表情に現れると思っているからだ。

 アメリカ人は、自国の大統領を選べる権利を持っているというのに、どうしてこのような人を大統領に選ぶのだろうと、またまたわからなくなった。

 過去にテロの標的になったからと言って、相手国にずかずかと入り込んで長く滞在し、良く考えもせずに罪もない人たちを次々に惨殺しているのだ。負の連鎖を断ち切ることができないのは、国家のリーダーの愛のなさを物語っていると思う。

 起きてしまったことは、もう取り返しがつかない。しかし、アメリカは、世界は、この事件から、一体何を学んだのだろうか。学んだことをちゃんと活かすことができているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画『ハート・ロッカー』を鑑賞したときにわからなかったことが、一つ、わかりました。それは、携帯電話を使って爆弾を操作するということです。映画『ハート・ロッカー』の中では、イラクの市民が携帯電話を使っていただけで、アメリカ兵がひどくナーバスになるシーンがあったのですが、何故、それほどナーバスになるのか良くわかりませんでした。しかし、本作の中に、その解説があったのです。携帯電話を使って、爆弾に予めセットされた番号を送出することで、爆弾が爆発するみたいですね。そのためには、地中に爆弾を埋めたとしても、アンテナだけは携帯電話に届くように、土の中から出しておかなければならないようです。このようにして、隠した爆弾を遠隔操作して、敵にダメージを与えていたのですね。でも、アメリカ兵たちは、このような行為を行う市民を憎むかもしれませんが、市民にここまでのことをさせているのは、アメリカ兵なんですよね。そのことに気づかずに、報復を繰り返して来たのです。

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2014.03.21

ホットヨガ(三七一回目)

振り返り(27)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m オフィスの移転にともない、新しいオフィスには遠くて通勤できない二人の派遣仲間が、派遣先との契約を更新しないことになりました。一人の派遣仲間とは、長く一緒に仕事をしていたので、とても寂しいですね。今、新しい仕事を探しているようなので、彼女が次の仕事を見つけられるように祈っています。ちなみに、派遣先との契約を更新しない、もう一人の派遣仲間は、既に次の仕事が決まっているそうです。

 十二月十一日水曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分の脂肪燃焼コースのレッスンを受けた。脂肪燃焼コースのレッスンを受けるのは久し振りのことだったので、体力的にも少し心配だったのだが、翌日に夜行高速バスに乗り、帰省することになっていたので、その準備のためにも、比較的早い時間のレッスンを受けることにしたのだ。

 三宮店のスタジオまでは、JR三ノ宮駅から電車に乗っても一駅だけなので、最近は父と電話で話をしながら、一駅分、歩いている。

 受付でロッカーの鍵を受け取り、ロッカールームに入って驚いた。前日もレッスンを受けたばかりだというのに、わずか一日の間に、ロッカールームのレイアウトが変わってしまっていたからだ。二つあるソファの一つは、奥のロッカーの通路に設置されていた。良く、銭湯や日帰り温泉施設などで、ロッカーとロッカーの間にソファが置かれていることがあるが、まさしくそのようなレイアウトに変わっていたのだ。そうすることで、ロッカーを利用する人たちが、ソファの上に座ったり、荷物を置いたりすることができるようになったのだった。

 レッスンの参加者は十三名で、レッスンを担当してくださったのは、インナーマッスルを鍛えると良いとアドバイスしてくださったインストラクターである。

 出入口に一番近いヨガマットを陣取ることができたのは、とてもラッキーだった。レッスン前のは、自分なりに何かストレッチをしようと、毎回、思っているのだが、どういうわけか、いざとなると何も思い浮かばない。そのため、ヨガマット上でボーッとしていることが多い。ちなみにスタジオの中では、レッスンが始まるまでの間、ヨガマットの上に仰向けに寝転がって待っている人たちが圧倒的に多い。レッスン前にストレッチをしているのは、神戸店時代からのフリーパス会員さんくらいだ。

 さて、脂肪燃焼コースのレッスンだが、レッスン前に構えていたほどはきつくなかった。ただ、後半になるとブロックを使ってレッスンを行うのだが、ブロックを上下するポーズでお腹の筋肉を使うのがきつかった。この頃も、子宮筋腫が大きかったためにお腹に力を入れることができなかったので、どうしても足が開いてしまうのだった。

 それでも、思っていたよりも楽にレッスンを終え、シャワーを浴びた。私は、ソファの上でなければ靴下を履けないので、ソファが誰かに使用されていないか心配だったのだが、私がシャワーを浴び終える頃には、他の方たちは既に着替えを終えて帰宅されていたので、ソファを利用することができた。

 有難いことに、扇風機も回っていた。しかし、奥のソファだと、扇風機の風が届かないので、利用するロッカーの場所に関わらず、扇風機の風の届くソファを利用することになりそうだ。

 着替えを済ませて受付に行くと、レッスンを終えたばかりのインストラクターが声を掛けてくださった。荷物が多いと受付のスタッフに言われたので、荷物の話になったのだが、そのインストラクターも旅行に行くときは荷物が多いとおっしゃっていた。大きなスーツケースの片面を空っぽにして出掛けて、お土産をいっぱい購入して帰国されるのだそうだ。どんな地域を旅行されているのかと尋ねてみれば、東南アジアが多いのだそうだ。私はヨーロッパが好きなのだと言うと、インストラクターに、
「じゃあ、ヨーロッパのイケメンを連れて来てください」
などと言われた。そこで、
「梅田店なら、男性会員がいらっしゃるじゃないですか。外人男性の会員さんもいらっしゃいますよね」
と答えた。インストラクターも、梅田店に外人男性の会員さんがいらっしゃることをご存じだった。すると、受付のスタッフが、昨日、梅田店のスタジオで、ある有名人兄弟の一番下の弟さんがレッスンを受けたとおっしゃった。名前を良く耳にする有名人だった。このように、私の荷物が多いという話から、会話がどんどん広がったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一夜にして、ロッカールームのレイアウトが変わっていたので驚きましたね。私にはソファが必須なので、扇風機に近いソファを使わせていただいています。(笑)

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2014.03.20

振り返り(27)

生き物には意思があるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。お彼岸入りしましたね。三連休なので、お出掛けされる方も多いかもしれませんね。たっぷり残業をして電車に乗ったところ、大きな荷物を抱えた人たちを電車で見掛けました。その方たちも、仕事を終えて、関西まで移動して来られたのかもしれません。私たちも帰省する予定です。それでは、振り返り(26)の続きを書かせていただきます。

 ガンモは週末まで私の実家に滞在してくれたが、月曜日からは出勤すると言って、一足早く帰って行った。私はというと、実家にもう少し留まり、いろいろな作業をすることになった。

 私は普段から、「ガンまる日記」を毎日更新するために、通勤やちょっとした外出にはAndroid端末を持参し、泊まりがけで出掛けるときにはノートパソコンを持参していた。そのときの帰省にも、その両方を持参していたのだが、もはや「ガンまる日記」を毎日更新し続けることは不可能だと感じていた。「ガンまる日記」を毎日更新することを、ある種のプログラムに例えるとするならば、アドレス例外が発生し、プロセスが異常終了してしまったのだ。結局、「ガンまる日記」を書くというプログラムを再起動するまでに、何日も掛かった。

 mixiにログインして、マイミクの皆さんの書き込みを拝見する心の余裕もなかった。しかし、その頃までmixi内のゲームで遊んでいたので、ノートパソコンを立ち上げると、その関連でインストールしているソフトが、私の意思に関係なくmixiに勝手にログインしてしまっていた。もちろん、そのゲームで遊べるだけの心の余裕はなかったので、そのソフトをアンインストールし、のちに、同じように勝手にmixiにログインしてしまうAndroidのmixiアプリもアンインストールした。ちなみに、その頃まで遊んでいたmixi内のゲームは、母が亡くなってからは、一度も利用していない。私の中で、完全に何かが変わってしまったのだ。

 さて、私が実家に残って行った作業の一つに、満中陰志のお返しのリストを作成するというものがある。通夜や葬儀に参列してくださったり、あとから弔問してくださった方たちのリストを作る作業だ。

 義母と義父が亡くなったときに体験したことだが、誰かが亡くなると、そうした情報をどこかから聞きつけて、ギフト会社や仏具店などがどんどんセールスにやって来る。私は、ギフト会社が置いて行った複数のカタログを吟味した。その結果、カタログは違っても、どのギフト会社にも同じような商品が揃っていることがわかった。それならば、割引率の高いところにお願いするのがいいのではないかと思い、それらの中から最も割引率の高いギフト会社を選んだ。

 満中陰志のお返しのリストを作成するには、Excelなどの表計算ソフトが必要だと思った。しかし、私のノートパソコンには、表計算ソフトが入っていなかった。そこで私は、Googleドキュメントにアクセスして、オンラインの表計算ソフトを使うことにした。

 そして、ある程度、リストを作成し終えたところで、父のパソコンからも私が作成したリストのデータを取り込めるように、父のGoogleアカウントに対してファイル共有を掛けた。ところが、父のパソコンからは、Googleドキュメント上の私が作成したリストを開くことができなかった。ブラウザが対応していなかったのだ。何故なら、父が使っていたパソコンは、もう何年も前にガンモが組み立ててくれた自作パソコンにセットアップされたWindows 2000というひどく古いOSだったからだ。

 実は、父が使っているパソコンがもう古くなってしまっていることがわかっていたので、「父の日」に新しいパソコンを購入してはいたのだが、ちょうど母が入院していた時期でもあったので、新しいパソコンをセットアップするだけの余裕がなかった。

 そこで、次回、帰省したときに、「父の日」のプレゼント用に購入していたパソコンを持参して、プリンタとともにガンモがセットアップしてくれた。

 その一方で、私は、オンラインで表計算ソフトを使うのは不便だと思い、LibreOfficeをダウンロードして使い始めた。早い話が、Excelと互換性のあるフリーの表計算ソフトである。ファイルの拡張子さえ気にしなければ、ほとんどExcelと同じように使用することができる。

 もちろん、ガンモがセットアップしてくれた父の新しいパソコンにもLibreOfficeをインストールし、共有したいファイルはGoogleドライブで共有するようにした。

 LibreOfficeをダウンロードしてからの作業は、かなりはかどった。ただ、帰省する度に新しい情報が増えていたので、私は帰省する度にリストを更新することになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Googleのサービスの中には、いろいろ便利なものがあります。Googleアカウントが必須になりますが、複数の人たちで情報を共有するにはとても便利なサービスですね。

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2014.03.18

生き物には意思がある

映画『秘密』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。暖かくなったので、半袖Tシャツの上にノースリーブのダウンジャケットを羽織って通勤しています。電車の中では、このような格好でも少し暑いくらいですが、外を歩くときは涼しくて、とても気持ちが良いのです。(笑)

 大阪の弁天町にある交通科学博物館という鉄道の博物館が閉館するというので、ガンモと二人で足を運んだ。閉館後は、かつてガンモと足を運んだ梅小路蒸気機関車館の近くに移転することになるのだそうだ。

 かつて秋葉原にあった交通博物館も、さいたま市に移転してしまったが、弁天町にある交通科学博物館も、とうとう移転するというわけだ。ちなみに、梅小路蒸気機関車館に足を運んだときの様子については、遠くで汽笛を聞きながらという記事に書いている。

 ところで、今回、足を運んだ弁天町の交通科学博物館にも、ちょうど十年前にガンモと一緒に足を運んでいる。そのときは、それほど混雑していなかったので、館内にある食堂車で昼食をとったのだ。しかし、今回は閉館前のためか、館内もひどく混雑していて、食堂車での食事は叶わなかった。

食堂車で昼食をとった(二〇〇四年初夏に撮影)

 それはさておき、ここから先は鉄道に関する話ではなく、弁天町の交通科学博物館にある模型鉄道パノラマ室で大型ジオラマを見たときに感じたことを書いてみたいと思う。

 模型鉄道パノラマ室では、実物の八十分の一の大きさの鉄道模型たちが、毎日、決められた時間に走っている。いや、「走っている」という表現よりも、「走らされている」という表現のほうが適切かもしれない。何故なら、鉄道模型たちは、自分の意思で走っているわけではないからだ。

 私は、走らされている鉄道模型たちを見たときに、「鉄道模型の新幹線は、蛇と形が似ている」と思った。しかし同時に、「蛇と形は似ているけれど、何かが違う」とも思った。

 何が違うのかというと、先ほども触れた通り、蛇には意思があるが、鉄道模型の新幹線には意思がないということだ。言い換えると、蛇は自分の意思で動いているが、鉄道模型の新幹線は誰かの意思で動かされているということだ。

 ここで私は、英語学習のために、いつも昼休みに読んでいるMail Onlineで紹介されていた蛇に関する記事のことを思い出した。これからその記事へのリンクを貼らせていただくが、見るに耐えない内容なので、リンクをクリックされる方は、かなりの覚悟が必要だ。

↓ ↓ ↓ ↓ ↓ 閲覧注意 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

The Indonesian slaughter house where snakes are killed to make designer wear | Mail Online

↑ ↑ ↑ ↑ ↑ 閲覧注意 ↑ ↑ ↑ ↑ ↑

 ご紹介させていただいたのは、インドネシアでおびただしい数の蛇が、人間たちの使うハンドバッグや上着、靴の材料に使用されるために殺されているという記事である。例え、道端で出会えば逃げ出したくなるような対象であったとしても、蛇たちは、人間たちの使うハンドバッグや上着、靴になるために生まれて来たのではない。彼らだって、尊い意思を持っているはずなのだ。私たちは、その尊い意思を奪うようなことをすべきではないと、私はこの記事を見て強く感じたのだ。

 それならば、動物を食べることはどうなのかと問いたがる人たちもいらっしゃることだろう。それについては、これまでも何度か「ガンまる日記」でも触れて来たが、私自身もまだ明確な答えを出せないでいる。しかし、明確な答えを出すことができない今は、そのことよりも、ご紹介させていただいた記事を見て、何を感じるかが大切であるように思う。私たちは、蛇たちがこのような形で犠牲になっていることにも知らずに、蛇の皮でできたものを使い続けているのではないだろうか。しかし、実際は、私たちの見えないところで、このようなことが行われていたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、私も蛇皮らしき財布を使っています。しかし、ご紹介したリンク先の記事を読んでからは、彼らにとても申し訳なく思えて来ました。だからと言って、その財布をすぐに捨ててしまうのは、彼らにとって、もっと申し訳ないことかもしれないとも思っています。何故なら、彼らの死を、いとも簡単に無駄にしてしまうことになるからです。とは言え、今後は蛇皮の財布を買うことはないだろうとも思っています。多くの場合、こうした製造のプロセスは隠されていますよね。私には、こうした形で生き物の命が奪われて行くことと、生き物の肉を食べることは別物であるように思えます。何故なら、前者は必要条件ではありませんが、後者はある程度の必要条件に相当するのではないかと思うからです。実は、私も過去に菜食主義を貫こうとしたこともあったのですが、じゃあ、「植物は食べても良いのか?」という疑問に答えることができませんでした。そして、ついには、命があるものだからと言って、何から何まで食べないでおくのは不可能だという結論に達し、菜食主義であり続けることを断念しました。そうした意味で、今回の記事は、食肉のことはさておいて、「意思」に注目したというわけです。

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2014.03.16

映画『秘密』

ホットヨガ(三七〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 待ちに待った春がやって来たようですね。暖かくなっても、花粉症の方たちにとっては、しばらく辛い季節になりますね。私は、明日からは軽装で出掛けようと思っています。今、これを書いている部屋の中がとても暑いので、いきなり半袖で出掛けるかもしれません。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、三月九日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。東野圭吾さんの著書は、彼が売れる前には読んでいたこともあるのだが、売れてからは読まなくなってしまった。

 一九九九年の作品なので、どこか時代を感じさせるような描写はあった。しかし、運転手の居眠り運転が原因で、スキーバスが事故に遭い、犠牲者が出てしまうという設定は、今の日本でも社会問題となっている出来事である。

 スキーバスに乗っていた母と娘のうち、母・直子は死亡し、娘・藻奈美は何とか一命をとりとめるのだが、娘の肉体に母の魂が宿ってしまうという、何とも奇妙な物語となっている。

 そのような奇妙な背景があるからなのか、妻を亡くしたというのに、夫である平介の悲しみがあまりにも浅くて驚いてしまう。肉体は娘でも、魂は妻なのだから、彼にしてみれば、妻も娘も生きていることになるのだろう。しかし、彼にとっては、娘よりも妻の存在のほうが大きいように思えた。それはそれで、夫婦仲が良いことの象徴となっている。

 本作で描かれているのは、妻を喪った悲しみではなく、娘の肉体に妻の魂が宿ってしまった場合に、夫の中に芽生えた葛藤である。魂は妻であっても、肉体は娘なので、夫婦の関係を持つことができない。また、娘の肉体を借りた妻が、娘と同じ大学に通う先輩男性と親しくなったりもする。更に、娘がのちに大学の先輩男性とは別の男性と結婚することになるときも、平介は激しく葛藤することになるのだ。

 いよいよ娘の中に、一つだけの魂が宿ろうとしているときの、平介の葛藤はただならぬものになる。何故なら、娘の中にただ一つの魂だけが宿るということは、妻と娘のどちらか一方の死を完全に受け入れることになってしまうからだ。

 日本映画には、対等な夫婦愛を描いた作品が少ないので、異色ではあるものの、とても好感が持てる作品である。私たちにとって、肉体が大切か、魂が大切かということについても考えさせられる作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 平介が、肉体ではなく魂を大切にしているのが伝わって来ます。また、他の人たちが、魂の入れ替わりに気付かないということも面白いですね。だからこそ、タイトルが『秘密』なのだと思います。

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2014.03.14

ホットヨガ(三七〇回目)

振り返り(26)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ゆうべ、愛媛県で震度五強という大きな地震がありました。夜中にふと目が覚めて、何気なく携帯電話を開いたところ、マイミクのRさんから、「愛媛で大きな地震があったけど、実家は大丈夫ですか?」という、とても優しい気遣いのメールがPCアドレス宛に届いていました。Rさんからのメールは、携帯電話にも届くように設定してあったのです。また、私は、震度五以上の地震が実家のある地域に起これば、Yahoo!からメールが届くように設定しているのですが、Yahoo!からのメールは届いていませんでした。ちなみに、私はどんな時間帯にメールが届こうとも、携帯電話の音は鳴らさない設定にしてあります。バイブレータの機能も私の携帯電話にはありませんので、届いたメールには自発的に気付かなければなりません。発生した地震の規模を確かめるために、Yahoo!のサイトに接続して災害情報を確認したところ、私の実家のある地域は震度四であることがわかりました。夜中でしたが、思い切って父に電話を掛けてみたところ、長く揺れたけれど大丈夫とのことで安心しました。父は、家の中から出られなくなると困るので、家中の扉を開けて回ったそうです。大切なことを知らせてくれたマイミクのRさんに深く感謝しています。朝になってから、小学校時代からの友人二人にメールで安否を確認したところ、二人とも大丈夫でした。しかし、震度五弱を記録した松山に住んでいる友人は、やはり怖かったと言っていました。何らかの災害対策が必要だと感じているようですね。先日の記事で、東日本大震災から三年が経過したことについて触れましたが、東北地方や関東地方にお住まいの方たちは、今回、大きく揺れた地域に住む人たちよりももっともっと頻繁に地震を体験されていらっしゃるのですよね。「地震大国日本」などと言われていますが、本当にその通りだと思えて来ました。今のうちに、本格的に災害時の備えをしておいたほうがいいのかもしれません。今回、地震の揺れを感じた地域にお住まいの皆さん、どうか余震に注意してくださいね。

 十二月九日月曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 レッスンの参加者は、最初は十名だったのだが、レッスン開始から数分経過すると、新たに三人ほどの仲間が加わった。どうやら、直前の脂肪燃焼コースのレッスンに参加されていたフリーパス会員さんたちが、レッスンを終えて次々にスタジオに入って来られたようだ。

 さて、今回のレッスンを担当してくださったのは、暑さに強いインストラクターである。

 今回も、スタジオにはアロマポットが置かれ、心地よい光と匂いを放っていた。確か、このアロマの匂いはどこかで嗅いだことがある匂いだと思った。私も持っている精油の匂いに近かったからだ。

 レッスン中、できるだけスタジオの外に出ないように踏ん張っていたのだが、どうにもこうにも暑さに我慢できなくなってしまい、スタジオの外に出て休んだ。すると、受付のスタッフが、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくださった。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びて、ソファの上で靴下を履いていると、常連さんがインストラクターに、
「二人いないけど」
と話し掛けていた。その常連さんも、二人のスタッフの不在に気が付いたようだった。それを聞いた私は、
「寂しいですよね」
と会話に加わった。

 常連さんに話し掛けられていたスタッフから、二人のスタッフが辞めてしまった理由をうかがった。一人のスタッフのことは既に聞いて知っていたのだが、もう一人のスタッフのほうは、むしろ応援すべき退職なのかもしれないと思った。

 スタッフから話を聞いた常連さんが、
「今いるインストラクターは最強だから大丈夫」
とおっしゃっていた。なるほど、そんな励まし方もあったのかと勉強になった。

 「そう言えば、最近、○○さんを見掛けないですね」
と私が言うと、インストラクターから、
「○○はほとんど梅田店にいますね」
という答えが返って来た。なるほど、○○さんがずっと梅田店にいらっしゃるのであれば、また近いうちに梅田店に会いに行こうかと思った。ちなみに、○○さんというのは、私が通っているホットヨガスタジオの偉い人である。

 帰りがけに、レッスンを行っていないはずのスタジオから、レクチャーの声が聞こえて来た。どうやら、どなたかがインストラクターのマンツーマンレッスンを受けていらっしゃるようだった。通常のレッスンに加えて、そのようなコースもあるのだ。

 帰りの電車には、酔っぱらいのおじいさんたちがいた。思えば、忘年会シーズンの真っ只中のレッスンだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m マンツーマンのレッスンを受けるのは、何だか気恥ずかしい気もしますね。この頃は、レッスンのあとに時々、マンツーマンのレッスンを担当されているインストラクターが、マンツーマンのレッスンに参加されている方を呼び止めている光景を目にしていました。

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2014.03.12

振り返り(26)

術後二ヶ月の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東日本大震災から、早くも三年が経過しましたね。イギリスのニュースサイトでも、そのことが取り上げられていました。他国の方たちも、日本のことを気に掛けてくださっているようです。東日本大震災では、大きな揺れと津波でたくさんの方たちが犠牲になりました。今もなお、行方不明の方たちがたくさんいらっしゃると聞いています。そして、福島で発生した原子力発電所の事故もまだ収束していません。親しい人たちを亡くされた人たちの悲しみに加え、日本が背負っている課題は、今なお大きいです。「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中にも、ご家族や親しい方たちを亡くされた方たちがいらっしゃるかもしれませんね。私自身、突然の天災で身近な人を亡くした経験がないので、経験された方たちの気持ちを、自分自身の身近な悲しみに置き換えて想像するしかありません。私が母を亡くしたときに、ある方がこんなことを言ってくださいました。「悲しみは消えないけれど、時間が経つごとに、その悲しみに打ち勝てるだけの強さを備えられるようになりますよ」と・・・・・・。なるほど、そうかもしれないと思いました。その方に、私自身が感じ続けている悲しみを否定されなかったことがうれしくもありました。東日本大震災で身近な方を亡くされた方たちの心にも、この言葉が届くといいなと思っています。ところで、私が個人的に気になっているのは、女川(おながわ)のことです。もう十年近く前のことになりますが、女川駅前にあった女川温泉ゆぽっぽに足を運びました。東日本大震災で、ここがどうなったのか、ずっと気になっていたのですが、インターネットに掲載された情報から、津波で被災して閉館してしまったと知りました。とても残念です。それでも、再建されるとの情報がありましたので、以前のようにくつろげる場所になるといいですね。それでは、振り返り(25)の続きを書かせていただきます。

 葬儀のあとも、いろいろな方たちが次から次へと弔問に来てくださった。

 母の通夜と葬儀は平日に行ったため、仕事の都合がつかずに休暇を取ることができなかったという母の従弟たちが、週末に弔問に来てくれた。

 母の従弟たちにお茶を出したときに、母の従弟の一人が母との想い出話を語ってくれた。母の従弟は、
「だいぶ前のことなので、事実と異なるかもしれませんが・・・・・・」
と前置きをしてから、私がギターを抱えて実家に帰省したときに、小銭の持ち合わせがなかったために、
「一曲、いかがですか?」
と誰かに声を掛けて、弾き語りを聴かせて小銭を稼いだと、母から聞いたのだと話してくれた。

 実家にギターを抱えて帰省したことがあったのは確かだが、ギターの弾き語りを人に聴いてもらって、小銭を稼げるほどの技術を持ち合わせてはいないので、母と母の従弟がそのとき想像しながら話をしたことが、あたかも事実であったかのように、母の従弟の記憶に残っていたのではないだろうか。ちなみに、母の従弟たちも、二年ほど前に父親を亡くしたばかりだった。

 母が肺がんのターミナル期を過ごした病院に、母と同じ時期に入院していた近所のおばあさんの娘さんも弔問に来てくださった。娘さんと言っても、母と同じくらいの年齢の方である。そのおばあさんは、同じ病院に何ヵ月も入院できない状態だったため、別の病院に転院されたのだが、転院して間もなく亡くなってしまったのだ。入院中の母にそのことを伝えたとき、
「あなに元気やった人が亡くなるやんて(あんなに元気だった人が亡くなるなんて)・・・・・・」
と、ひどくショックを受けていた。そのおばあさんと母は、
「一緒に頑張ろやの(一緒に頑張ろうね)」
と言って、励まし合っていたそうだ。そのおばあさんの娘さん曰く、転院先の病院は、母が入院していた病院よりも大きな病院だったはずなのに、介護や看護が手薄だったのだそうだ。

 弔問に来てくださった近所の方たちの中で、お香典を持参すると気を遣うだろうということで、母の祭壇の前でお線香を立ててくださったあと、まるでお賽銭のように百円玉だけをお供えして帰宅された方がいらっしゃった。細やかな気遣いのできる方だと思った。また、その方のお兄様が老人会の会長さんだったので、老人会を代表して、あとからわざわざ弔問に来てくださった。

 近所に住んでいた、私の小学校時代の同級生も弔問に来てくれた。彼に会うのは、本当に何年振りのことだったろう。小学校のときに、私が図書委員会の図書部長を、彼が書記を担当していた。そんな彼は、若い頃にお母様を亡くし、それから何年も経たないうちに、妹も亡くしてしまった。

 また、近所に住む母の友人も足を運んでくれた。ここしばらくは交流がなかったようで、葬儀のあとに喪主が近所の電信柱などに貼る「会葬御礼」の紙に書かれた父の名前を見て、誰が亡くなったのかと近所の人に確認して、驚いて駆けつけてくれたようだ。母の友人は、実家の玄関を開けたときから顔をくしゃくしゃにして、大きな声をあげて泣いていた。その母の友人もまた、数年前にご主人様を亡くしたばかりだった。

 私が大学に通っていた頃、母は花屋さんで働いていたことがあったのだが、その頃の母の仕事仲間も駆けつけてくれた。聞くところによると、その方は私とそれほど年が変わらず、また、遠い親戚でもあるらしかった。彼女もまた、私たちと一緒に泣いてくれたのだった。

 こうしていろいろな方たちが弔問に駆けつけて来てくださったのは、おそらく、母の訃報が人づてに伝わって行ったからだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 弔問に来てくださった多くの方たちが、過去に身近でどなたかを亡くされて、悲しい想いを体験された方たちだったようです。ご自身が、これまでに他の人から歩み寄ってもらってうれしいと感じていたことを、私たちにも分けてくださったように感じました。とても有難いことだと思いました。だから私たちも、他の人たちからしてもらってうれしかったことを、どんどん分けて行こうと思っています。

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2014.03.10

術後二ヶ月

映画『ローマ法王の休日』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は寒かったですね。この冬はもう着ることはないだろうと思い、奥のほうにしまっておいた少し長めのコートを取り出して、仕事に着て行きました。とても寒かったので、そのコートを着て行って良かったと思います。ところで、ここのところ血圧が少し高めなので、先日の楽天のセールで血圧計を購入しました。両親ともに血圧が高い(高かった)ので、もしかすると遺伝なのかもしれません。今よりも高くならないように気を付けたいと思います。

 子宮全摘手術を受けてから、早くも二ヶ月が過ぎた。相変わらず経過は良好で、今月初めからホットヨガのレッスンにも復帰している。一月に手術を受けたことを忘れてしまいそうなほど調子が良いからか、ついつい重いものを持ってしまい、「ああ、これはまずいかもしれない」と思ったことが何度かある。

 日常生活の中では、重いものを持つことはほとんどないのだが、オフィスで給湯器ではなく電気ポットを使用しているため、電気ポットのお湯が少なくなれば、気が付いた人がオフィスの外に電気ポットを持ち出して、お水なり、少しぬるめのお湯なりを補充しに行く。電気ポットの容量はは五リットルなので、本来ならば、五リットルたっぷりのお水なりぬるめのお湯を電気ポットに補充してオフィスに持ち帰るのが普通である。しかし、今の私は重いものを持つことができないので、誰にも断らずに二リットルだけ補充させてもらっている。

 また、もう少しすると、オフィスが丸ごと引越しをするので、移転先に持ち込む荷物をできるだけコンパクトにするために、仕事でしばらく使っていない私物を少しずつ自宅に持ち帰っている。オフィスでも私は荷物持ちなので、いろいろな人たちに、
「机の上に物ががくさんあるね」
と言われている。移転先のオフィスでは、私物を置くスペースが狭くなってしまうので、仕事に不要なものを見付けては、大きなエコバッグの中にバンバン詰めて、何回にも分けて自宅に持ち帰っているのだ。

 実はそれらの中で、最も重かったのが、クリアファイルだった。というのも、ガンモと一緒に旅行に出掛けたときに、旅先でクリアファイルを買って来ては、オフィスに持ち込むということを何度も繰り返していたからだ。その結果、オフィスで使っている私の机の上には、クリアファイルが百枚以上も溜まってしまっていた。それらの中に書類が入っていないことを確認しながら、エコバッグに詰めてまとめて持ち帰ったのだが、すれがずっしりと重かった。「こんなに重いと、せっかく塞がりつつある手術痕が開いてしまうのではないだろうか?」と心配になるほどだった。皆さんも、クリアファイルの買い過ぎには注意しよう。

 ところで、仕事に復帰した直後に心配していた通勤だが、現在は、これまでよりも一本早い快速列車に乗って通勤することで落ち着いている。快速列車なので、座ることはできないのだが、それでも荷物を持ったまま三ノ宮まで立っていられるようになった。

 そのあと、JR線を降りて乗り換える地下鉄がひどく混雑しているのだが、だいたい九十パーセントくらいの確率で座ることができている。何を隠そう、仕事に復帰して間もない頃は、優先座席を利用させていただくこともあった。とは言え、優先座席を必要としている方が乗車して来られたときには、正直言って、かなり困惑した。私の見た目は、おそらく元気そうに見えるのだろうと思うと、席をお譲りしたほうがいいのではないかと思ってしまう。しかし、仕事に復帰した初期の頃は、とにかく電車で立ち続けることが辛かったので、よほど深刻そうな方でもない限りは、そのまま座らせていただくことにした。ちなみに、今は優先座席に頼ることもなく、座れないときは立ったままで通勤できるようになった。JR線の利用時間よりも、地下鉄の利用時間のほうが長いにもかかわらず、である。

 階段を降りる動作も、最初のうちは怖かったが、今ではすっかり慣れている。ただ、電車のつり革を持って立つ動作は控えている。やはり、仕事に復帰した初日につり革を持つために手を伸ばしたときに、お腹が突っ張る感じがしたので、トラウマになってしまっているのだろう。

 ちなみに、ベッドから起き上がったり、咳をしたり、くしゃみをしたりする動作も問題ない。

 ただ、お腹の手術痕は、まだくっついてはいないと思う。何故なら、私の傷口は、まだ黒い線が入っているように見えるからだ。退院前に看護師さんからうかがった話によると、時間が経てば、手術痕も透明な線になるとのことだった。有難いことに、傷の痛みはほとんどない。とは言え、大量のクリアファイルを自宅に持ち帰ったときは、さすがに痛みを感じて、「これはまずい」と思ったが、何とか踏ん張って持ち帰り、その後の出血もなかったので、おそらく大丈夫だろうと思う。しかし、開腹手術を受けたあとは、やはり重いものを持つのは控えたほうが良いということを身体をもって体験することになったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お腹にあった大きな塊が取れたので、前屈もしやすくなっています。ただ、まだ手術痕がくっついていないためか、深く前屈するとお腹が突っ張るように感じるので、前屈の動作もできるだけ控えるようにしています。あと三~四ヶ月も経てば、本当の意味で、子宮全摘手術を受けて良かったかどうかを判断できるのではないかと思っています。現在のところ、快調であることには変わりありません。

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2014.03.09

映画『ローマ法王の休日』

ホットヨガ(三六九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 寒さがぶり返して来ているようですね。明日はまた寒気に覆われるとのことですので、皆さん、暖かくしてお出掛けくださいね。

 本作を鑑賞したのは、二月九日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。確か、劇場公開前に予告編を劇場で観たような気がするが、本作を劇場で鑑賞するには至らなかった。

 おそらくだが、邦題は原題には忠実でないように思える。というのも、原題の"HABEMUS PAPAM"は、新しい法王が決まったときに、サン・ピエトロ広場に面したバルコニーで新しい法王を発表することを意味する言葉のようだからだ。それでも、この邦題でも、本作の内容としては十分に意味が通じる。丁寧に描かれたコメディだが、コメディであることを前提にすると、ふさわしい邦題だと言える。

 現ローマ法王が亡くなったことにより、バチカン市国に枢機卿たちが集められ、新しいローマ法王を選出することになる。しかし、投票により、新ローマ法王に選出されたメルヴィルは、ローマ法王になるのを嫌がり、逃げ出してしまう。それを、邦題では『ローマ法王の休日』と表現しているわけである。

 丁寧に描かれているだけに、結末に、「ええっ?」と思ってしまう作品ではある。しかし、こんなローマ法王がいてもいいのではないかとも思える。ローマ法王というと、万人に対して慈悲深いイメージがあるが、本作で描かれている新ローマ法王のメルヴィルは、自分は人を導く立場ではなく、むしろ導かれる立場であると主張している。

 更に、新ローマ法王を選出する選挙が行われている間、本作に登場する枢機卿たちが心の中で思っていることは、「どうか自分が新ローマ法王に選出されませんように」という願望だった。やはり、ローマ法王ともなれば、それだけ大役なのだろう。しかし、このように表現されているのは本作の中の話だけで、実際に枢機卿たちがそのように思っているかどうかはわからない。

 私も、小さなことで言えば、今年はマンションの管理組合の役員を担当することになっている。私の住んでいるマンションは、マンションの管理会社から独立し、自主管理を行っている。そのため、区分所有者らが、毎年、持ち回りで役員を担当しているのだ。その役員の中でも、やはり会長を担当するのはひどく気が重い。今日もたまたま役員の役割を決める会合があり、参加して来たのだが、どうか会長に当たりませんようにと願いながら、あみだくじを引いた。他の方たちも同じ気持ちだったようだ。しかし、会長に当たりませんようにと願う一方で、私が会長に当選しないように願うということは、他の人に会長の役割を押し付けることにもなるのだと気付き、複雑な気持ちになっていた。結果的に、私は会長ではなく、別の役割を引き受けることになったのだが、もしも会長に選出されていたら、やはり本作で新ローマ法王に選出されたメルヴィルのように逃げ出したい気持ちになっていたことだろう。

 ローマ法王に選出される枢機卿らも、管理組合の会長になりたくないと願う私たちと同じような人間であってもおかしくはない。もっと納得の行く結末を期待してしまいがちだが、本作は、そんな可能性を描いた作品なのだと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m バチカン市国には、独身の頃に、ツアーではありますが、足を運びました。本作に登場するサン・ピエトロ広場も大聖堂も、覚えがあります。大聖堂の中にも入りました。ろうそくがたくさん灯されていたのを覚えています。そんなサン・ピエトロ広場や大聖堂は、ローマ法王が選出されたり、新しいローマ法王が選出されたときに発表する場所でもあったのですね。

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2014.03.08

ホットヨガ(三六九回目)

振り返り(25)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ホットヨガのレッスンに復帰して、二回目のレッスンを受けて来ました。そのときのレッスンの様子はまだお伝えすることができないのですが、できるだけ早くお伝えするためにも、年末に受けたレッスンの様子をお伝えして行きますね。

 十二月七日土曜日、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のライトコースのレッスンを受けた。

 レッスンに出掛けて行くために、台所に立ち、冷蔵庫で作った水素水を保冷専用ボトルに入れていると、何やら警報が鳴り、
「ガスが漏れていませんか?」
という音声が聞こえた。一体何が起こったのかわからず、心臓がバクバクして来た。

 夕方から徹夜の仕事が入っているガンモが寝室で寝ていたが、警報の音に驚き、起きて来た。ガンモ曰く、
「うちの台所の警報が鳴ったんだろ?」
とのことだった。確かに天井を見上げてみると、ガスの警報器があった。しかし、ガスの臭いもしなければ、ガスを使ってもいなかった。おそらう誤動作なのだろうが、普段、聞き慣れない音に驚いてしまった。

 自宅の最寄り駅に着いてからも気になったので、徹夜作業を控えて睡眠を取っているであろうガンモには悪かったが、電話を掛けて、問題ないか確認をした。ガンモによれば、あれから何ともないそうだ。それを聞いて、ひとまず安心して電車に乗ったのだった。結局、このとき一度限りのことだったので、誤動作だったようだ。

 受付で、いつもライトコースのレッスンを担当してくださるインストラクターが、バスタオルとフェイスタオル、ロッカーの鍵を渡してくださったのだが、
「行ってらっしゃいませ」
と言われたので、
「あれ? 今日はご担当じゃないんですか?」
と尋ねてみると、
「今日は○○が担当します」
とのことだった。○○さんとは、発声方法の変わったインストラクターである。

 準備を整えてスタジオに入ってみると、何と、土曜日の昼間のレッスンだというのに、参加者が六名しかいなかった。やはり師走だからみんな忙しいのだろうかなどと思っていると、あとから四人の方たちが続々とスタジオに入って来られて、全部で十人のレッスンとなった。どうやら、他のレッスンに参加されていた方たちが、レッスンを終えて、入って来られたようだ。ということは、皆さんはフリーパス会員さんなのだろう。かなり多くの方たちがフリーパス会員さんであることがわかった。

 十二月は、リラックスコースのレッスンとライトコースのレッスンではアロマが使われることになっていた。今回も、アロマポットにアロマがセットされて、心地よい蒸気を吹き出していた。

 ただ、インストラクターが変わると、やはりレッスンの雰囲気も変わっていた。これまでレッスンを担当してくださったインストラクターは、私の中のイマジネーションに働きかけてくれたように思う。

 レッスン中、汗がたくさん出て来た。寝ポーズと座位のポーズだけでたくさんの汗を掻くことができるのだから、それだけ肉体的にも刺激を受けているのだろう。とは言え、いつものようにレッスン中に暑くなってしまい、スタジオの外に出て休んだ。

 すると、受付に、いつもライトコースのレッスンを担当してくださっているインストラクターがいらっしゃった。インストラクターは、私の受講履歴をご覧になり、最近、私がレッスンに足繁く通っているのを知って驚かれたようだ。そこで私は、一月に子宮の全摘手術を受けることを話し、手術を受けるとしばらくレッスンに通えなくなるために、前倒ししてレッスンを受けているのだと言った。インストラクターにはかなり驚かれてしまったのだが、そこで電話が掛かって来たので、話を中断して私もスタジオに戻った。

 レッスンを終えたあと、先ほど話し掛けてくださったインストラクターがロッカールームに来られたので、続きを話した。私は、
「(手術を受けると)前屈のポーズができるようになるかもしれません」
と言った。すると、インストラクターも、
「そっか。なるほど」
と納得されていた。インストラクターがそのときの状況を頭の中で想像してくださっているのが良くわかった。優しい言葉もかけてくださり、子宮全摘手術を受けることをインストラクターに告白できて良かったと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このときに、子宮全摘手術を受けることを告白したインストラクターには、手術後にまだお目に掛かっていません。近いうちにお目に掛かれるといいかなと思っています。ライトコースのレッスンを受けたいと思うのですが、寝ポーズが多いので、やはり腹圧が掛かってしまうと思い、今のところは見送っています。(苦笑)

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2014.03.06

振り返り(25)

映画『シャニダールの花』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 母が亡くなってから、早くも半年が過ぎました。亡くなって間もない頃は、母が何度か夢に出て来てくれたのですが、最近はまったく夢に出て来てくれなくなりました。父に聞いてみると、父は相変わらず、母が亡くなったあと、母の夢を一度も見ていないそうです。やはり、父や私の想いのほうが母の想いよりも強いために、母は私たちの夢に出て来ることができないのでしょうか。それでは、振り返り(24)の続きを書かせていただきます。

 以前、振り返り(7)という記事の中で、「母の友人に関しては、葬儀が終わってから確認できたこともあるので、後日書かせていただく」と書いた。今回は、その母の友人について書かせていただこうと思う。

 あれは母が亡くなる少し前のことだった。私が母に付き添い、母が病室で寝ているとき、母の携帯電話が鳴った。母の病室は個室だったので、病室での携帯電話の使用は認められていたのだが、亡くなる少し前の母は、昼間でも眠っていることが多く、また、転移性脳腫瘍の症状が深刻だったため、ほとんど会話ができない状況だった。

 私は、母の携帯電話が鳴っていることに気付いたものの、母の携帯電話に掛かって来た電話に出るのはとても気が重かった。電話の相手に、母が電話に出られない状態であることを伝えるのが辛かったのだ。「電話に出ようかどうしようか、でも、やっぱり気が重いな」などと思っているうちに、電話の呼出音は止まってしまった。

 そのあと、父が病室に来て、母の携帯電話に不在着信があることに気が付いた。その電話を掛けて来てくださったのは、遠方に住む母の古くからの友人だった。私も小さい頃にお目に掛かったことがある方だ。もちろん、父もその友人と面識があったので、
「あとで掛け直しとこわい(掛け直しておくよ)」
と言ってくれた。

 そして、その翌日、父がその友人に電話を掛けたところ、母の夢を見たので、電話を掛けたと言われたそうだ。更に、遠方に住んでいるその友人は、電話が通じなかったので、母宛の手紙を投函したところだと言ってくださったそうだ。実際、更にその翌日くらいにその友人からの手紙が届き、その手紙には、母の病状を気遣う言葉が書かれていたそうだ。

 その友人と母は、去年の今頃、顔を合わせる機会があったものの、母が抗がん剤投与中のために無理ができない状態だったことから、また別の機会に会おうと見送ったようだ。私もその頃は毎日、母と電話で話をしていたので、母からそのことを聞いていた。

 母の葬儀の翌日、ガンモが母のその友人のことを気にして、私に、
「(母が亡くなったことを)電話を掛けて知らせてあげたら?」
と言った。私は、またしても気が重くなった。うれしい知らせならば、喜んで電話を掛けるのだが、母が亡くなったことを知らされるのは、その友人にとっても辛いことだろうと思ったからだ。

 しかし、母のために電話を掛けてくださったり、わざわざ手紙を送ってくださったりしている母の大切な友人には、やはり知らせておくべきだろうと思い、思い切って母の携帯電話を手に取り、電話を掛けた。

 電話に出てくださった母の友人に、まずは母の娘であることを伝え、母が亡くなり、葬儀を済ませたことを伝えた。もちろん、お手紙をいただいたことの御礼も述べた。母が亡くなったことを知った母の友人は、母の訃報に驚き、そして、とても辛そうだった。それでも、何か思うところがあるのか、
「(亡くなったのは)いつですか?」
と尋ねられた。

 母の夢を見たからと、わざわざ電話を掛けて来てくださった方だから、母が亡くなるときも何かあったのだろうかと思いながら、母が亡くなった日を伝えると、何と、母が亡くなる二日前に、元気な頃の母のことが走馬灯のように浮かんで来て、涙が止まらなくなり、夜、眠れなかったそうだ。

 私はそれを聞いて驚いた。母の意識は、亡くなる二日前にその友人のもとへ飛んで行き、自分が最も輝いていた頃の映像をその友人に見せて、友人にこの世での別れを告げたのかもしれない。

 その友人は、大病を患ったため、帰省するとみんなに迷惑を掛けると思い、今は帰省できないのだとおっしゃっていた。その病気とは、私が以前、母から聞いていた病気とは違う病気だった。その方は、これまでに別の病気で二回ほど自宅で倒れ、治療を受けたことがあったのだ。私は、
「どうかお大事になさってください」
と言って電話を切った。

 後日、その友人からは、ご丁寧に現金書留でお香典が送られて来たのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m その友人と母は、とても不思議な関係のようですね。夢も含めると、母の意識は二回に渡ってその友人のところに出向いたようです。母は、その友人にとても会いたかったのでしょう。何だか私も、この記事を書きながら、たくさん泣いてしまいました。

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2014.03.04

映画『シャニダールの花』

ホットヨガ(三六八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三重県四日市市の女子中学生殺人事件の犯人が、警察の地道な捜査により逮捕されましたね。あの事件は、本当に胸が痛む事件でした。事件から半年経って、ようやく犯人が逮捕されたと思ったら、その犯人が十八歳の少年だったことに、まずは驚きました。しかし、何よりも恐ろしいと感じたのは、犯人の少年が、事件を起こしたあとも何事もなかったかのように学校に通い続けていたことです。私は、日々の生活の中で、自分自身の感情を表現したり、誰かの感情に触れたりすることを大切にしているつもりです。犯人の少年が犯した罪が深いだけに、事件後も彼が普段と変わりなく過ごしていたのだとすると、彼の感情はどのように揺れ動いていたのだろうと、とても気になります。もしも感情が揺れ動くようなことがなく、本当に平然としていたのであれば、それほど恐ろしいことはありません。

 本作は、二月二十六日にFC2動画で鑑賞した。以前、劇場で予告編を観て、とても気になっていた作品である。

 ごく限られた女性たちの胸に、きれいな花が芽を出して開花するという発想は、なかなか面白い。実際、花が咲くとされている場所には、花が咲いたとしてもおかしくないだけのスペースがある。

 本作にも出て来るように、人間が逆さにした植物であるという考えは、以前からあったようだ。私も、『あるヨギの自叙伝』という本で読んだことがある。人間の髪の毛が根っこで、胴体が幹で、手や足が木の枝なのである。

 女性たちの胸に咲く花から、新薬に使える成分が認められたとかで、胸に咲く花を持つ女性たちは、”シャニダール”と名付けられた施設に集められ、ケアされる。しかも、花を提供する報酬として、億単位のお金がもらえるという約束だ。胸に咲く花を持つ女性たちは、胸の辺りをあたかも温室のように保ちながら、胸に咲きつつある花を大切にしている。

 本作は、”シャニダール”に集められた女性たちの生きざまを描いた作品ではなく、そこで働く植物学者の青年・大瀧と、胸に花を咲かせる女性たちのケアを行うセラピストの女性・響子との恋を描いた作品である。

 最初はうまく行っていた二人だが、あることをきっかけに、二人の関係が大きく変化して行く。大瀧が響子の自由意思を尊重せずに、自分勝手に取った行動で響子を深く傷つけたのだ。大瀧は、自分がよかれと思って行動したのだが、それはあくまで大瀧の勝手な想いだけで、響子の想いを無視したものだった。あの流れからすれば、私は響子の想いに寄り添いたくなってしまう。

 私が見たところ、黒木華ちゃん演じる響子は、どっぷりと植物の世界へと入って行ってしまったようだ。大瀧がそこに引きずられて行く結末も面白い。

 監督は、映画『生きてるものはいないのか』の石井岳龍監督である。映画『生きてるものはいないのか』もちょっと変わった作品だったが、本作もかなり変わっている。変わった作品を鑑賞したい人には、満足感を与えてくれる作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 響子を演じていた黒木華ちゃんがハマリ役でしたね。植物の世界へと、思慮深くのめり込んで行く姿がたまらなく良かったです。

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2014.03.03

ホットヨガ(三六八回目)

森ガールからオフィスカジュアルへの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三月一日土曜日に、めでたくホットヨガのレッスンに復帰しました。(^^) そのときの様子を先に綴りたい気持ちもあるのですが、年末に受けたレッスンの記事がいくつか残っているので、それらをすべて書き上げてからご報告させていただきたいと思います。それまでの間、ホットヨガの記事がこれまでよりも多くなるかもしれませんが、どうぞお付き合いくださいますよう、お願い申し上げます。

 十二月六日金曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 この当時、仕事帰りにホットヨガのレッスンを受けることが多かったのは、やはり一月に手術を受けることが決まっていたために、術後はしばらくレッスンに通うことができないと思っていたからだ。こうして無事に手術を終えた今、その選択は正しかったと実感している。

 仕事帰りにレッスンを受けるときはいつも、レッスンを受ける前に晩御飯を食べているのだが、今回は職場近くのお店ではなく、行きたいお店が三宮にあったため、晩御飯を食べ終えてからレッスン開始時間までにあまり時間がなかった。そのせいか、レッスン中も動作がのろくなってしまった。どうやら私たちは、お腹がいっぱいになると、動作がのろくなってしまうようだ。

 受付では、一番の番号札の付いたロッカーの鍵を受け取った。通路脇に近い端っこのロッカーだったので、ゆったりと使うことができた。

 神戸ルミナリエの二日目だったため、通りを歩く人たちは多かったが、レッスンの参加者はわずか五名だった。しかも、ほとんどの方たちがフリーパス会員さんだった。やはり、神戸ルミナリエが始まってから初めての金曜日の夜だったので、神戸ルミナリエに出掛けられた方も多かったのかもしれない。あるいは、忘年会の予定が入っていた方もいらっしゃったのかもしれない。

 いつもお見掛けするフリーパス会員さんの一人が、ロッカールームで帰り支度を整えていたので、今日はもう帰宅されるのだろうかと思っていたところ、インストラクターに、家に帰ってご飯を作るのだとお話しされていた。

 しばらくすると、神戸店時代からのフリーパス会員さんがいらっしゃり、
「今日は上がり?」
とその方に話し掛けていた。フリーパス会員さん同士は、お互いに顔見知りで言葉を交わしていらっしゃる方たちが多いのだ。

 リラックスコースのレッスンだったので、今回もアロマポットが使用されていた。以前の記事にも書かせていただいたが、スタジオの入口に掲げられた説明によれば、十二月中は、リラックスコースとライトコースのレッスンに限り、アロマポットを使ったレッスンが開催されるとのことだった。柔らかい香りと光を放つアロマポットのおかげでリラックスしたレッスンを受けることができた。

 とは言え、アロマ効果には癒されたものの、私にはスタジオの中がとても暑く感じられ、レッスンを続けて行くにはかなりの根気が必要だった。どうも私は、暑いと感じても、汗を出して発散させるというよりも、暑いという想いだけが先走ってしまい、暑いことへの不満が募ってしまうようだ。

 レッスンを終えて、何気なくロッカールームに掲げられたスタッフの写真を見ていたとき、私はあることに気が付いてしまった。いつも顔を合わせていたスタッフの写真がまた消えてしまっていたからだ。

 そのことに気付いたとき、私の中での彼女の存在がとても大きかったことに初めて気付かされた。思えば、いつもまじめに働いていたスタッフだった。彼女の不在で、こんなにも心に大きな穴がぽっかりと空いてしまうことになろうとは・・・・・・。いろいろな別れを体験する年回りなのだろうかと思ってしまった。

 レッスンを担当してくださったインストラクターに、不在のスタッフの行方を聞いてみたところ、やはり退職されたとのことだった。とても残念である。なるほど、それでスタッフ募集の貼り紙が貼られていたのかと思った。

 スタッフの不在にしょげ返っていると、何と、ロッカールームをすっぽんぽんで歩いている人がいた。温泉施設などでは良く見かけるが、ホットヨガのスタジオでお目に掛かったのは初めてのことである。

 心にぽっかりと穴を空けたまま三宮店のスタジオをあとにしようとするとき、「お酒を呑んでゴキゲンな方たちが乗ったエレベータに当たりませんように」と願ったところ、念願が叶って空のエレベータがやって来たので、喜んでそのエレベータに乗って一階まで降りたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思い起こせば、三宮店のスタジオでも、ものすごい数のスタッフが入れ替わって行きました。かつて神戸店が近くにありましたが、神戸店が閉店してしまったときに、神戸店のスタッフが三宮店に流れ込んで来ました。しかし、今では誰一人として、神戸店時代のスタッフはいません。三宮店で古くから残っているスタッフも一人だけです。皆さん、とても人懐っこい方たちなので、不在になると、とても寂しいですね。

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2014.03.02

森ガールからオフィスカジュアルへ

映画『ジャック・ソード 選ばれし勇者』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。暖かくなったので半袖で歩いていたところ、六十代後半と思われる女性から声を掛けられました。きっと、「半袖で寒くないの?」と聞かれるのだろうと思い、耳を傾けてみると、何と、私の履いている羽毛のレッグウォーマーをどこで入手できるのかというご質問でした。私は、インターネットで購入したと答えたのですが、女性によれば、どこで入手できるのかわからなかったので、スポーツ用品店で尋ねてみたのだそうです。普段、あまり見掛けないものなので、スポーツか何かで使用するものだと思っていらっしゃったようです。しかし、スポーツ用品店では入手することができなかったそうです。私は、「これは、『レッグウォーマー』というものです」と答え、声を掛けられた場所がちょうど婦人ものの衣料品店の前だったので、「もしかすると、ここに置いてあるかもしれませんよ」とお答えました。私たちは、何か探そうと思えば、すぐにインターネットに頼りますが、ご年配の方たちは、欲しいものがあっても、入手方法がわからずに悶々としてしまうのかもしれませんね。かつては、若者たちがお年寄りからたくさんのことを学ぶ時代でしたが、これからの時代、若者たちがお年寄りに教えてあげることもたくさんありそうですね。

 夏になる少し前に、現在、私が働いているオフィスが丸ごと大阪に移転することになっている。現在のオフィスは、ラフな服装で出勤してもいいことになっているので、私はインドの神様Tシャツに巻きスカート、足にはレギンスに羽毛のレッグウォーマーといういでたちで出勤している。しかし、大阪に移転するとなると、丸ごと移転するので会社そのものは変わらないとしても、オフィスが入るビルがこれまでと別物になるため、現在のラフな服装からオフィスカジュアルへと移行しなければならなくなってしまう。

 数ヶ月前にオフィス移転の話が出たときに、現在、一時間半の通勤時間が一時間に短縮されるといったんは喜んだものの、服装をオフィスカジュアルに移行しなければならないことに対し、次第に気が重くなって来てしまった。一週間のうち、仕事に出掛けて行く日が五日間もあるというのに、自分の好きな服ではなく、個性を抑えたオフィスカジュアルを着て出勤しなければならないからだ。

 そのことを派遣仲間たちに相談してみると、服装ももちろんそうだが、まず、私が手首にいくつも着けているパワーストーンを外す必要があると言われてしまった。なるほど、私は両方の手首にそれぞれ六個~七個のパワーストーンを着けている。オフィスが移転すれば、これらを外して出勤しなければならない。仮に着けられるとしても、せいぜい一個くらいだろう。それを考えると、何と寂しいことだろう。

 また、暖かい巻きスカートも諦めなければならない。巻きスカートは下半身を温めてくれるので、とても重宝していたのだが、この冬でとうとうさよならしなくてはならない。しかし、レッグウォーマーはどうしたらしいのだろう? 私の場合、上半身は暑くても、足がひどく冷えるので、レッグウォーマーなしでは足が冷えて仕事に集中できない。派遣仲間に聞いてみると、
「私は、ズボンの中にレッグウォーマーを履いているよ」
と言っていた。なるほど、彼女たちはそのようにして、なるべく外に出さないように自分自身の主張を押し殺していたのかと思った。

 しかし、問題は、更年期障害のほてりである。私は冬でも半袖で過ごさなければならないほど、暖房の効いた部屋では暑い。今はラフな服装が認められるので、オフィスでは半袖Tシャツで過ごさせてもらっているが、オフィスカジュアルに移行したら、どのように過ごせば良いのだろうか。冬に半袖で過ごすことなど認められるのだろうか。そのあたりが不安でもある。

 ちなみに、派遣仲間たちは、ラフな服装で出勤することが認められている現在のオフィスにおいても、オフィスカジュアルに近い服装で出勤していることがわかった。これまで、あまり人の服装を気に掛けてはいなかったので、今更ながらそのことに気付き、驚きを覚えた。自分の好きなファッションを追求するのは楽しくても、他の人たちが着ているファッションを研究し、できるだけ個性を抑えた服を選ぶのは、私には難しくもあり、あまり楽しくない。しかし、四月になると消費税が上がってしまうので、現在、開催中の楽天市場のセールで、通勤用のブラウスやズボン、靴、カバンなどを注文し終えたところだ。

 今回のことで気付いたのだが、私は常に、自分らしくありたいと思っていたようだ。だから、オフィスで着る服も、個性を抑えずに、自分の好きな服を着たかった。そこには少なからず、私なりの主張が含まれていたのだとわかった。これまでどんな職場で働いたとしても、たいていは自由な服装が認められていただけに、決められた枠の中で好きなものを選んで行くのは、自分自身を否定するようで、窮屈に思えてしまうのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 服装で人を見る人たちは、ビシッと決めた人に対し、好感を抱くのでしょうね。私はその逆で、例えばスーツ姿でビシッと決めている人を見れば、何か心の中のことを隠したいのかな、と思ってしまいます。そう思うのは、私自身が普段から何となく、心の中で人が考えているであろうことがわかってしまうからかもしれません。ちなみに、タイトルに「森ガール」と書きましたが、私のファッションが森ガールであるという自信は、あまりありません。(苦笑)

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