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2014年2月

2014.02.28

映画『ジャック・ソード 選ばれし勇者』

ホットヨガ(三六七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。四月から消費税が上がるため、自動販売機で売られる飲料も値上がりするそうですね。手が出ないほど高くはないけれど、やはり、少し高いなあと思ってしまいます。それでも、海外に行けば、日本よりも高い値段で飲み物が売られている国もあります。四月からは、自分専用のマグボトルを持って歩く人が、これまでよりも増えそうな気配ですね。私もできるだけ自分専用のマグボトルを持参したいと思います。

 本作を鑑賞したのは、二月二十四日のことである。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。日本では未公開の作品らしいが、過去にGyao!でも無料鑑賞できたようだ。

 本作は、のちに農民一揆を起こすことになる青年の生きざまを、子供時代から丁寧に描いた作品である。

 一八一五年、フランスのペリゴール地方に農民の子として生まれた少年ジャクーは、父を亡くし、やがて母も亡くし、ついにはみなしごになってしまう。ジャクーの両親の死には、その土地の貴族であるナンザック候が深く関わっていたことから、ジャクーはナンザック候への復讐を誓う。しかし、ジャクーは貧しさのために食べるものもなく、ついには生きて行くことに絶望を感じてしまい、自ら命を絶とうとする。そんなジャクーはボナル司祭に助けられ、ボナル司祭のお手伝いをしながら、やがて立派な青年へと成長して行く。

 本作を鑑賞して深く心に残るのは、ジャクーと、彼の恋人であるリナの関係だ。二人は、ふとしたことがきっかけで、子供の頃に運命の出会いを果たすのだが、その頃から互いに一途に相手のことを想い続けている。

 ジャクーは何と、田中麗奈ちゃん似のナンザック候の娘にひどく好かれている。おそらく、子供の頃に、ジャクーが彼女を助けたためだと思われる。しかし、ジャクーはリナに一途で、決してよそ見をしようとはしない。ひょっとすると、ジャクーがリナを裏切ったりするのではないかとヒヤヒヤするシーンもあるのだが、ジャクーのまっすぐな視線の通り、彼はリナを裏切らない。ジャクーには、欲望からの行動がないのだ。そうしたジャクーの一途な愛が、本作の質を一層高めているとも言える。

 また、リナのジャクーへの信頼も素晴らしい。リナは、ナンザック候の娘がジャクーに想いを寄せていることを知っているというのに、焼きもちを焼いたりしない。「ナンザック候の娘のところへ行かないで」などとも言わないのだ。むしろ、「自分たちを救ってくれたのは彼女だから、彼女のところへ行ってあげて」とジャクーを促すことさえする。

 そして、復讐を誓ったナンザック候に対し、ついに農民一揆を起こしたときに、ジャクーが人間として素晴らしい行動を取ったことにも心を打たれた。彼は、憎いという感情に支配されているわけではなかった。彼は、激しい憎しみの中にあっても、ちゃんと愛に生きる選択をしていたのだ。

 そんなジャクーを、映画『ロング・エンゲージメント』、映画『パリ、ジュテーム』、映画『ハンニバル・ライジング』映画『約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語』のギャスパー・ウリエルが好演していた。

 ジャクーもリナも、自分自身の欲望に支配されることなく、常に人間らしい選択をしていた。欲望に支配されると、時には突っ走り過ぎて後悔することもあるはずだ。しかし、欲望に支配されていない彼らは、ほど良いところで立ち止まり、人々に感動を与えてくれるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジャクーは、絶体絶命の危機を二度も乗り越えています。だからこそ、命の大切さを知っているのかもしれませんね。自分自身が持っている様々な欲望が恥ずかしくなってしまうほどです。(苦笑)それにしても、こういう作品が日本で公開されないのはとても残念なことです。

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2014.02.26

ホットヨガ(三六七回目)

振り返り(24)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ずいぶん暖かくなりましたね。私はほてりがあるので、そろそろ半袖でも過ごすせそうな感じです。(笑)暖房の入ったオフィスがとても暑く感じられるので、USB扇風機をぶんぶん回しながら仕事をしていますが、トイレに行くためにオフィスを一歩出るととても涼しいので、いつまでもオフィスの外にいたいと思ってしまいます。

 十二月五日木曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで六十分のスタンダードコースのレッスンを受けた。

 レッスンに間に合うように三宮店のスタジオの最寄駅まで移動して、レッスン開始まであと十五分あることを、時計を見て確認していた。しかし、駅のトイレを利用したところ、このとき開催されていた神戸ルミナリエに足を運ばれた方たちで駅のトイレがひどく混み合っていた。そう、三宮店のスタジオの最寄駅と神戸ルミナリエの最寄駅が同じなのである。そのため、三宮店のスタジオに着いて、着替えを済ませてスタジオに滑り込んでみると、レッスンが始まったばかりだった。

 レッスンの参加者は十一名で、レッスンを担当してくださったのは、暑さに強いインストラクターである。

 平日の夜のレッスンは、ひどく混み合うことが多く、今回も下段のロッカーの鍵を受け取ることになった。ところが、ロッカールームに足を運んでみると、私のロッカーの前でうずくまって、携帯電話に何かしきりに入力している方がいらっしゃるではないか。私は驚き、その方に、
「すみません」
と言って、ロッカーの扉が開くように場所を空けていただいた。

 その方も同じレッスンに参加されていたのだが、どういうわけか、レッスンが始まって十分くらいのまだウォーミングアップ中の段階に、バスタオルと水を抱えてスタジオから出て行ってしまった。

 水だけを抱えて出て行ったのでれば、またスタジオに戻って来られるだろうと思った。しかし、ヨガマットの上に敷いて使うバスタオルも一緒に抱えて出て行かれたということは、もうそのヨガマットには戻って来ないということではないだろうか。

 スタジオに遅れて入って行った私は、入口付近のヨガマットを選びたくて、少々窮屈な三人並びのヨガマットでレッスンを受けていたのだが、その方がもうスタジオに戻って来られないのであれば移動しようと思い、その方が使っていたヨガマットのすぐ隣に引っ越しをしてレッスンを受けた。結局、その方はスタジオに戻って来なかった。

 さすがに、暑さに強いインストラクターのレッスンだっただけに、レッスン中、一度もスタジオの空気の入れ換えが行われることはなかった。それならば、入口付近のヨガマットだろうと、そうでなかろうと、暑いという条件には変わりなかったようだ。

 スタンダードコースのレッスンは、うつ伏せのポーズや前屈のポーズが多いので、子宮筋腫が大きかった(過去形)私はしばしばポーズをお休みさせていただいた。なかなかきついレッスンなのだ。

 レッスンを終えたあと、自分の使っていたヨガマットを見てみると、オームの印が刻印されていた。そのときのレッスンも、背中にオームが印字されたインドの神様Tシャツを着ていたのだが、以前、このTシャツを着てレッスンを受けたあと、レッスンを担当してくださったインストラクターから、ヨガマットにオームの文字が写っていたと報告を受けていたのだ。実際に、ヨガマットに写し込まれたオームの文字を見た私は、なるほど、このことをおっしゃっていたのかと納得した。オームの文字があるところだけ、汗が染み込まないので、汗を掻いた状態でヨガマットの上に寝転がると、ヨガマットにオームの文字が写し込まれるようだった。

 シャワーを浴びたあとも暑かったので、扇風機を回しながらソファに座って靴下を履いていたのだが、どういうわけか、扇風機を回していても暑いのである。どうやら、私が扇風機を使っている間中、ドライヤーを使い続けていたロングヘアの女性が使うドライヤーの放つ熱がロッカールームの温度を上昇させていたようだ。

 扇風機を回したいほど暑かったので、できればドライヤーの熱を放出しないで欲しいと願ったが、それは叶わなかった。その方はとても立派なロングヘアで、ドライヤーを使っても使っても、まだまだその方の髪は乾きそうになかったからだ。

 確か、この日は神戸ルミナリエの初日だったと思う。帰りも駅を利用したが、平日で初日だったためか、思っていたよりも空いていた。これから週末に掛けて、もっと混雑して来るのだろうと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事を書きながら、このときのレッスンは神戸ルミナリエの時期だったのかと、懐かしくなりました。あれから早くも二ヶ月以上、経ったのですね。

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2014.02.25

振り返り(24)

直径十二センチの彼女との再会(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。朝の通勤列車が、JR三ノ宮駅の少し手前で緊急停止しました。一体、何があったのだろうと不安に思っていると、車内アナウンスが流れ、車内の非常停止ボタンが押されたので緊急停止したとのことでした。しばらく待っていると、二分ほどで発車しましたが、車内で急病人が出たそうで、JR三ノ宮駅で救護を行うとのことでした。非常停止ボタンは、こういうことに役立っていたのですね。JR三ノ宮駅で降りると、車椅子を抱えた駅員さんがホームに上がって来ていました。具合が悪くなった方は、無事に救護されたでしょうか。それでは、振り返り(23)の続きを書かせていただきます。

 夜になり、弟は自分の部屋で眠ったが、父とガンモと私の三人は、母の祭壇の近くで眠った。父は、母の祭壇のすぐ前に布団を敷き、ガンモと私は、祭壇のある部屋のすぐ隣の和室で横になった。祭壇のある座敷に通じる襖(ふすま)を開けたままにしておいたので、私たちの寝ている場所からも母の祭壇が良く見えた。

 夜中にふと目が覚めたとき、玄関の扉が開く音が聞こえた。玄関の扉を開けたあと、玄関の鍵を閉める音まで聞こえて来たので、弟が玄関を開けて入って来たのかと思っていた。しかし、時計を見ると夜中の三時過ぎだったので、それは有り得ないことだった。実際、そのあと、何の足音も聞こえなかったので、ひょっとすると聞き間違いだったのかもしれないとも思っていた。

 しかし、その後、しばらく実家に留まっている間に、昼間であっても同じように、玄関の扉が開く音を何度も耳にした。玄関の扉が開く音が聞こえたので、誰かが来たのかと思い、玄関に出てみても、そこには誰もいないのだった。実家の玄関の扉は、夜になると鍵の掛かる重い扉を閉めるのだが、暖かい時期の昼間は網戸にしている。そんな実家の状況に従って、昼間に聞く音は網戸を開ける音で、夜に聞く音は、重い扉を開ける音だったのだ。

 そのことを、つい先日、父に話してみたのだが、父もやはり同じような音を聞いていると言っていた。しかも、その音は、今でも時々聞こえているそうだ。

 私は父に、
「もしかしたら、○さん(私が呼んでいた母の呼び名。私は、母のことを名前で呼んでいた)、家に帰って来たかったのかもね」
と言った。

 去年のゴールデンウィークが明けて少し経ってから、母は亡くなるまでのほとんどの時間を病院で過ごした。一時的に病状が回復し、九日間だけ自宅で過ごせたものの、のちに救急車で搬送され、それから二ヶ月は病院のベッドで寝たきりになり、そのまま帰らぬ人になってしまった。

 母は入院中、
「家に帰りたい」
と言っていた。しかし、救急車で搬送されてからは、ほとんど二十四時間体制で点滴を受け続けていたこともあり、母の帰宅は叶わなかった。

 母が息を引き取ったあと、どこで通夜をするかを考えたときに、自宅で通夜をするのは難しいと判断し、母の亡骸を自宅に戻さずに斎場に運ぶことになった。しかし、それは、私たちのエゴだったのかもしれない。母は生前から家族葬を望んでいたので、母の亡骸を自宅に連れて帰り、気心の知れたごく限られた人たちだけで母を送ったほうが良かったのかもしれない。父や私が何度も玄関の扉が開く音を聞いたのは、母の帰りたい想いの表れなのではないかと、今となっては思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうしていろいろ振り返っていますが、あのときこうすれば良かったかもしれないと思う出来事が、他にもいろいろあります。ただ、家族葬という形を守り抜けば、弔問に訪れてくださる方たちの想いを宙に浮かせてしまうことにもなります。私たち喪主側も、弔問に訪れてくださった方たちに失礼のないように振る舞えたかどうか自信がありません。結果的に、斎場で、母と親交のあった多くの方たちが母を送ってくださったわけですが、本当にそれで良かったのかどうかは、今でもわかりません。

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2014.02.23

直径十二センチの彼女との再会(後編)

直径十二センチの彼女との再会(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。少しずつ暖かくなっているように感じます。春がそこまで来ているのでしょうか。しかし、また半年も経てば、暑い夏を迎えることになろうかと思います。猛暑を乗り越えるためにも、今のこの寒さを覚えておきたいものです。

 直径十二センチの彼女とは、入院生活がとても楽しかったということで意見が一致した。確か、筋腫核手術を受けたときの彼女も、こんなふうに自分を休ませることができるなんて、とても幸せだと言っていた。私も入院中、そして退院して仕事に復帰するまでは、彼女と同じような気持ちで過ごしていたことを話すと、彼女は「こんな気持ちを共有できるなんて!」と喜んでくれた。

 ただ、彼女は、入院中に同じように子宮筋腫の手術を受けた同室の女性と仲良くなり、今でも交流が続いていると以前から言っていた。私も、入院中にもそのような出会いがあることを期待していたのだが、残念ながらそのような出会いはなかった。私の場合、同室の方と話をするきっかけがほとんどなかった上に、同室の方たちの病状が私よりもずっと深刻だったからかもしれない。

 私よりもかなり年下で、まだ独身の彼女は、結婚して子供を産むことを諦めてはいないそうだ。そのために、彼女は子宮全摘手術ではなく、筋腫核手術を受けたのだった。ただ、彼女の周りには結婚生活が楽しいと宣言しているご夫婦がほとんどいないらしい。そのため、彼女にとっては、私たち夫婦が結婚への希望を持たせてくれる唯一の存在なのだと言ってくれた。私は、結婚は確かに素晴らしいけれども、私たち夫婦の場合、あまりにも心地よ過ぎて怠け癖がついてしまい、家の中は散らかっているし、結婚してからずいぶん太ってしまったという話をした。有難いことに、彼女は、そんなことは問題ではないと言ってくれた。

 翌日に仕事のない日ならば、もっとゆっくり話せたのだが、お互い、翌日も早起きなので、三時間ほどで切り上げた。彼女は、私と話をすることで、自分自身に帰ることができると喜んでくれた。私もずっと彼女に会いたかったので、それが叶ってとてもうれしかった。もう少しすると、私の勤務先が大阪に移転することになっているので、大阪で働いている彼女とは、仕事帰りに会える機会が増えそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 他にもいろいろな話をしたのですが、差し支えない範囲で書かせていただきました。彼女とは、頭で考えたことを話し合ったり、知識を共有し合ったりする間柄ではなく、お互いに右脳だけを使って会話が成り立つ感じですね。そういう会話が私にはとても心地よいのです。

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2014.02.21

直径十二センチの彼女との再会(前編)

ホットヨガ(三六六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、「だてマスク」が流行っているそうですね。かくいう私も、「だてマスク」をしています。私の場合は、この時期にマスクをすると、乾燥を防げるので愛用しています。そんな人たちが多いのか、以前よりもマスクの売れ行きが伸びているそうですね。私も春頃までは、「だてマスク」をして通勤します。(笑)

 半年以上も連絡を取っていなかった直径十二センチの彼女から、久し振りに連絡があった。直径十二センチの彼女というのは、今の勤務先で知り合い、直径十二センチの子宮筋腫があると診断された派遣仲間の一人である。

 彼女とは、半年以上前に会う約束をしていたのだが、お互いの都合がつかなくなり、そのままになってしまっていた。私も母が亡くなったことや子宮全摘手術を受けたことを彼女に報告したかったのだが、もしも彼女が忙しくて連絡ができない状態なのであれば、彼女が置かれている状況が落ち着くのを待とうと思っていた。そうでなければ、自分の近況を知らせるために彼女に連絡することになり、余裕がない状態であろう彼女に重いものを背負わせてしまうと思ったからだ。

 直径十二センチの彼女は、六年ほど前に開腹による筋腫核手術(子宮を残して子宮筋腫だけを取り除く手術)を受けている。その当時、入院中の彼女を訪問したときの様子を手術後の訪問という記事に綴っている。

 筋腫核手術を受けたあとの彼女は、残念ながら、少しずつ新たな子宮筋腫が成長し始めているようだった。そのため、私の勤務先近くにある大きな病院で半年に一度くらいのペースで診察を受けている。

 直径十二センチの彼女が私に連絡をくれたとき、ちょうど彼女の診察日に当たっていたようだ。十四時半くらいからの診察予約だったが、大きな病院のため、かなり待たされて、ようやく診察が終わったところだったらしい。そこで、もしも仕事帰りに少しでも会えるのであれば、どこかで会わないかという内容のメールだったのだ。彼女にもいろいろあったらしく、会えばたくさんしゃべってしまいそうだとメールに書かれていた。

 彼女からのメールを確認したとき、ちょうど仕事を終えて帰ろうとしていたときだったので、慌てて彼女に電話を掛けて、待ち合わせ場所を決めた。

 彼女は、これまで出会った派遣仲間たちの中でも特別な存在で、唯一、スピリチュアルな話ができる人でもある。同じ職場に勤務しているときは、精神的な結び付きが強すぎて、まるで周りに内緒で社内恋愛をしているカップルのように、こそこそと仕事帰りに会っていた。そうすることによって、彼女との心地よい繋がりを守ろうとしていたのだと思う。そして、会った日は興奮して、お互いに相手のことが夢に出て来たりしていた。

 久し振りに再会した彼女は、私とずっと連絡を取りたかったが、いろいろあって精神的に余裕がなく、連絡ができなかったと言った。私も、この半年余りの間にいろいろあって、ずっと連絡を取りたかったのだと言った。実際に彼女の話を聞いてみると、確かに誰かとゆっくり会ったりできる状況ではなさそうだった。

 母が亡くなったことを彼女に報告すると、彼女の目にうっすらと涙が浮かんだ。彼女は、私と連絡を取っていない間も、母のことを気に掛けてくれていたそうだ。私は彼女の優しさに触れ、彼女と再会できて本当に良かったと思った。それから、先月、子宮全摘手術を受けたことも報告した。私は、彼女が筋腫核手術を受けたときに、手術の直前まで怯えていたものの、自分と同じように手術を受ける人たちが手術室にたくさん集まって来ているのを見ると、手術を受けるのは自分だけではないとわかり、頑張れたという話を聞かせてくれたことを、私自身が手術を受けるときに思い出して頑張れたことを彼女に伝えた。彼女は、そんなことがあったということを既に忘れてしまっていたようで、私が彼女の言ったことを良く覚えているので驚いていた。

 何を隠そう、私が子宮全摘手術の前に自己血輸血を受けようと思い立ったのも、彼女がそうしたからである。彼女は、筋腫核手術に備えて自己血を貯血しておいたものの、結果的には輸血の必要はなかったそうだ。私の場合は、自己血を貯血するために病院に出向いたものの、貧血のために貯血することができなかった。しかし、今になって思えば、貯血のために病院に出向いたことで、手術を控えているのに貧血状態であることがわかったのだ。そのおかげで担当医に鉄剤を増やしていただくことになり、その結果、ヘモグロビン値が上昇し、無事に手術に臨むことができたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 直径十二センチの彼女が筋腫核手術を受けたときのことを私がいろいろ覚えているので、その当時から、私は自分が筋腫の手術を受けることを知っていて、彼女の手術をまるで自分のことのようにとらえていたのではないかと彼女に言われました。なかなか面白い指摘だと思いました。当時は手術を嫌がっていた私ですが、彼女が言うように、潜在的には自分がいつか手術を受けることを知っていたのでしょうかね。

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2014.02.20

ホットヨガ(三六六回目)

映画『ダブル・ミッション』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンへの復帰に向けて、いろいろ想いを巡らせています。やはり、動きの激しいレッスンは受けられないだろうと思いますので、リラックスコースかライトコース、またはビギナーコースあたりのレッスンしか参加できないだろうと思っています。それらのレッスンの中で、腹圧の掛からないポーズだけを選んで受けてみようと思案中です。それでは、年末に受けたレッスンの模様をお届けします。

 十二月二日月曜日の仕事帰り、ホットヨガの三宮店のスタジオで六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 受付で渡されたロッカーの鍵は、下段のロッカーの鍵だった。下段のロッカーの鍵が当たるということは、スタジオが混み合っているということである。

 レッスンの参加者は十六名と多く、レッスンを担当してくださったのは、金曜日の夜もレッスンを担当してくださったインストラクターだった。

 これまでは、三宮に着いてから晩御飯を食べてレッスンに参加していたのだが、今回のレッスンには、仕事を終えてすぐに職場近くのうどん屋さんでうどんを食べてから臨んだので、食事をしてからレッスン開始まで二時間近くあった。そのため、レッスン中に胃がもたれることもなく快適だった。やはり、食後すぐのレッスンは身体に良くないことがわかった。おかげで、レッスン中も身体が柔らかくなったような気がして調子が良かった。しかも、私にしては珍しく、一度もスタジオの外に出ることなくレッスンを受けることができたのだ。

 レッスン中に気になったのは、スタジオに置かれたアロマポットでる。アロマポットからは、香り付きの蒸気が出ている上に明かりもついていて、とても心地よかった。私は、蛍光灯よりも白熱灯に近い色を好むので、アロマポットが放つ白熱灯に近い色に包まれると癒された。

 インストラクター曰く、十二月のリラックスコースとライトコースのレッスンでは、毎回、アロマポットを使ってレッスンを行ってくださるのだそうだ。十二月だけでなく、これからもずっと、アロマポットを使い続けてくださればいいのにと思った。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付に足を運んでみると、ある会員さんがインストラクターと話をされているのが聞こえて来た。インストラクターがきれいにまつエクをされているのを誉めていらっしゃるようだ。実は何を隠そう、私がまつエクのことを知ったのは、ここ数ヶ月以内のことである。最初は、芸能人の誰かの名前を省略した呼び名なのだろうと思っていた。しかし、いろいろな使用例を目にするうちに、どうやらおしゃれに関することらしいということがわかって来た。そして、まつエクの「エク」がエクステンションのことだとわかったとき、最初から略さないでくれれば何となく想像できたのにと思った。そんな私なので、インストラクターがまつエクをしていることを誉める余裕もなかったのだ。その会員さんがインストラクターのまつエクを誉めたことで、そもそも、そういうところに視点が行き届いていなかったということに、改めて気付かされた。

 そんな衝撃に打ちのめされながら、帰りのエレベータで一緒になった会員さんに、
「お疲れ様でした」
と言って別れたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アロマポットはとても癒されますね。スタジオが良い香りで包まれるので、リラックスできました。リラックスコースにはちょうど良いと思いました。

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2014.02.19

映画『ダブル・ミッション』

振り返り(23)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。先日の大雪で通行止めになっていた道路が少しずつ開通しているようですね。また大雪になると予想されていましたが、降らなくて本当に良かったです。冬も特に寒く、夏も特に暑い状態がしばらく続くとの見方もあるようですが、地球はこの先、どうなってしまうのでしょうね。

 普段は奥深い作品を好む私だが、たまにはこんな作品も鑑賞する。またまたあの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで二月十六日に鑑賞した。

 本作は、ジャッキー・チェンのハリウッド進出三十周年記念となる作品らしい。ジャッキー・チェン演じるボブ・ホウは、表向きには冴えない万年筆のセールスマンなのだが、実は中国からCIAに出向している敏腕エージェントである。彼に課せられたミッションは、国際テロリストたちをやっつけることと、そしてもう一つ・・・・・・。

 原題は、内容に忠実な"THE SPY NEXT DOOR"なのに、邦題は『ダブル・ミッション』となっている。実際に鑑賞してみると、その邦題に「なるほど」と思う。おそらく、この邦題は、邦題を考えた人が機転をきかせたのだろう。

 ジャッキー・チェンが冴えないセールスマンとCIAに出向している敏腕エージェントの二つの顔を持っているのが面白い。彼には結婚を考えている女性がいるのだが、その女性は彼の家の隣に住むシングルマザーで、三人の子供がいる。そして三人の子供たちは、彼が冴えないセールスマンであるがゆえに、自分たちの母親との結婚に反対している。もちろん、結婚を考えている女性と三人の子供たちは、彼がCIAに出向している敏腕エージェントであることなど、知るよしもない。

 そんな状況の中、彼が二つのミッションを果たすことになるのだが、ミッションを達成するために使用するスパイグッズに、思わず目を奪われる。彼はそれらのスパイグッズを駆使して、悪者と戦いながらも、もう一つのミッションをこなして行くのだ。

 国際テロリストたちに立ち向かうというミッションと、もう一つのミッションを同時にこなしながら、結果的には国際テロリストたちに立ち向かうことがもう一つのミッションをクリアすることにも繋がっていて面白い。脚本として、良くできていると思う。

 また、個人的に面白いと感じたのは、ロシア人の話すロシア語訛りの英語である。確か、映画『スター・トレック』にもロシア語訛りの英語を話す役者さんが登場されていたが、特徴があって、とても面白かった。

 それから、私たちは普段からインターネット上のサイトから何かをダウンロードしているわけだが、ダウンロードしたあとに、ダウンロード元のファイルが消滅するようなことはほとんどない。それは、私たちがスパイではないからなのかもしれない。スパイの世界では、ダウンロードできるのはたったの一回のみであることが面白くもあった。そう、本作では、ダウンロードされたファイルをめぐって戦いが繰り広げられるのである。

 立場や関係の絡め方が巧みなので、最後まで楽しい気持ちで鑑賞できるだろう。たまにはこんな娯楽映画もいいものだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジャッキー・チェンが出演している作品は、たいていどんな作品も面白いですね。ジャッキー・チェンというと、香港を旅行したときのことを思い出します。香港で一番人気というわけではないにしても、人気の高い俳優さんなのだそうです。人柄も良さそうですもんね。

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2014.02.17

振り返り(23)

ホットヨガ、どうする?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。先日の大雪の影響で、食料品などが手に入りにくい地域もあるようですね。今日の昼間は少し暖かかったので、雪が安全に解けてくれて、通行止めになっている区間が少しでも開通し、不便を感じていらっしゃる方たちが日常に戻れるよう願っています。さて、先日は、母が生きていれば七十一歳のお誕生日でした。お誕生日はお祝いするものなのに、故人のお誕生日は悲しみを引き出すものなのですね。母が亡くなってから五ヶ月余りが経過しましたが、まだまだ悲しみは癒えず、仕事中や自宅などでこみ上げて来る感情と向き合っています。最近は、過去のいろいろなシーンを思い出しては涙しています。私が最後に母に会ったときに、夜行高速バスを降りたあと、父の運転する車で二十四時間営業のスーパーに足を運び、パンなどを購入したときのレシートが出て来ました。二泊三日の予定で母の病室に泊まり込むために、いろいろなものを購入していたんですね。そのレシートは捨てられないと思い、大事にしまっておくことにしました。それでは、振り返り(22)の続きを書かせていただきます。

 実家の玄関には、斎場から持ち帰った花が、水を注いだバケツの中に入れられていた。斎場スタッフが実家で祭壇を組んでくださったときに、葬儀のときに飾っていた花の残りも一緒に飾ってくださったのだが、それ以外にも祭壇に飾り切れないほどの花が残っていたのだ。

 父は、
「誰か、花の好きな人に分けてあげたらええ(分けてあげたらいい)」
と言ったが、私は、「葬儀のときに飾っていた花を受け取るには、真の愛情が必要だ」と思っていた。葬儀のときに飾っていた花なので、真の愛情がある人でなければ、遠慮したがるのではないかと思ったからだ。

 斎場のスタッフが祭壇を組んでくださったあと、しばらくすると、母と交流があったという近所の女性が弔問してくださった。その女性は泣きながら、私に、
「○○ちゃん(母の呼び名)とは、いつも花談義を繰り広げとったんですよ(繰り広げていたんですよ)」
とおっしゃった。

 その女性を、組み上げていただいたばかりの祭壇にご案内したところ、母への想いを語りながら、私たちと一緒に泣いてくださった。その方にとっても、母が亡くなったことがまだ信じられず、悲しくてたまらない様子だった。

 その方が帰ろうとされたとき、母と花談義を繰り広げてくださっていた方ならと思い、玄関にある花を指して、
「この花、葬儀のときに飾っていたものなんですけど、うちではもう飾るところがないので、もし良かったら持って帰ってください」
と言ってみた。

 すると、その方は、
「本当? ○○ちゃんじゃと思て、もろて帰る(○○ちゃんだと思って、もらって帰る)」
と、泣きながら花を大事そうに抱えて持ち帰ってくださった。私は、しかるべき人のところに花が届けられたと安心した。

 その後、ガンモと私は、葬儀を終えて一気に疲れが押し寄せて来たのか、祭壇のすぐ隣にある和室に横になると、眠り込んでしまった。まだ夕方だったが、前日の通夜のあと、父と弟、ガンモと私の四人が斎場で布団を並べたものの、ほとんど眠ることができなかったからかもしれない。しかし、私たちよりも父のほうが、母が亡くなる日の夜中からほとんど寝ていなかったというのに、父は葬儀を終えても横になることもなく、活動し続けていたようだ。

 私たちが寝ている間に、母が亡くなったことを後から知ったという母の従弟とその父親が弔問に来てくれた。しかし、私たちが祭壇に近い和室で寝ていたため、父は、せっかく弔問に来てくれた二人を祭壇まで案内することができなかったようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 昨日、父から電話があり、母の通夜のあと、二十四時間営業のスーパーでばったり会って、母の葬儀に参列してくださったMさんが亡くなっていたことを知らされました。母との会話の中にも良く出て来た方で、父と母の共通の友人でもあった方なので、とても残念です。父もかなり落ち込んでいました。Mさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。命の尊さについて、いろいろ考えることの多い毎日です。

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2014.02.15

ホットヨガ、どうする?

書き続けて十年の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。餃子の王将で、三日間に限り、餃子の無料券を含む五枚綴りのサービス券をもらえるというので、ガンモと一緒に行って来ました。他の方たちも同じように考えていたのか、店内はものすごく混雑していて、名前を書いて順番待ちをすることになってしまいました。それでも、根気強く順番待ちをして、おいしい食事をして、サービス券をもらって帰りました。ご家族で利用されている方たちも多かったですね。

 先日のことである。仕事帰りに自転車に乗っていると、携帯電話が鳴った。慌てて携帯電話の画面を開いてみると、ホットヨガの三宮店のスタジオからの電話であることがわかった。携帯電話に接続しているヘッドフォンを耳に掛けて通話ボタンを押すと、懐かしいインストラクターの声が聞こえて来た。声ですぐにわかったので、
「Tさんですか?」
と尋ねてみたところ、その通りだった。どうやら、私がずっとレッスンに参加していないために、心配して掛けて来てくださったようだ。

 開腹手術を受けることに関しては、一部のインストラクターにはお話させていただいていたのだが、Tさんはそのことをご存知なかったようだ。そこで、
「実は、子宮筋腫があまりにも大きかったので、先月、開腹手術を受けて、子宮ごと摘出してもらったんですよ。そのため、腹圧のかかる動作ができないので、レッスンに通えるようになるのは四月の上旬くらいになると思います」
とお話しさせていただいた。それを聞いたTさんは、
「そうでしたかあ」
と驚かれていた。

 Tさんは、私がレッスンに参加していないために、回数券の使用期限が迫っていることを気に掛けてくださったようだ。そこで、そのための打開策として、
「医師の診断書があれば、回数券の有効期限を延長することもできます」
と言ってくださった。私は、ホットヨガの回数券にそのような特例が適用されることを知らなかったので、驚いた。

 実は、ちょうど今、担当医に診断書の作成をお願いしているところなのだが、それは入院保険を受け取るために申請したものである。Tさんによると、ホットヨガのスタジオに提出する診断書は、原本でなくてもいいらしい。ただし、その診断書には、「術後三ヶ月はヨガのレッスンができません」と書かれていなければならないそうだ。私は、思わず、
「ええっ? そうなんですか。でも、診断書を書いていただくのに、五千二百五十円掛かるんですよね」
と口にした。Tさんもそのことをご存知のようだった。

 Tさんに確認していただいたところ、私の回数券は、あと三十七回分、残っているそうだ。それらを七月の下旬までに消化しなければならない。四月の中旬にレッスンに復帰したとして、三ヶ月余りで消化することになる。レッスンに復帰したばかりで、月に十数レッスンも通えるのだろうか。

 とは言え、次の回数券を購入する場合は、余った回数券を繰越できるはずなのだが、あまりにもたくさんの回数券が残っていると、繰越できないのだろうか。そのあたりを確認してみたほうが良さそうだ。

 私としては、手術に備えて、年末にせっせと毎日のように仕事帰りにレッスンを受けていたので、そのときと同じようなペースでレッスンに通えるのではないかと思っていたが、考えてみると、四月中旬にレッスンに復帰することになるとは言え、まだまだ本調子ではないはずである。復帰してすぐに、毎日のようにレッスンに通っても差し支えないものなのだろうか。あまり自信がない。それならば、担当医にもう一度、診断書の作成をお願いして、回数券の有効期限を延長していただくほうが安全策なのかもしれない。

 電話を掛けて来てくださったTさんも、
「五千二百五十円払って診断書を書いていただいて、回数券の有効期間を延長するか、いろいろ計算してみて、一番お得な方法を選んでください」
と言ってくださった。

 ただ、私はVIP会員なので、誕生月である七月に回数券を購入する場合は、割引率が高くなっている。回数券の有効期限を延長していただくと、次回の回数件を購入する時期が誕生月ではなくなってしまうので、その特典を利用できなくなってしまうかもしれない。

 それならば、三月あたりから少し早めにレッスンに復活して、腹圧を使わないポーズだけを取るというのも選択肢の一つである。四ヶ月余りで三十七回分の回数券を使い切るほうが、三ヶ月余りで三十七回分の回数券を使い切るよりも楽だと思うからだ。

 いずれにしても、もう少し良く検討してから、結論を出したいところだ。頭で考えていてもわからないこともあるので、仕事帰りに一度、三宮店のスタジオに寄って相談させていただいたほうがいいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 医師の診断書があれば、回数券の有効期限を延長できるということを初めて知りました。私としては、一ヶ月ちょっとでレッスンに復帰できると思っていたのですが、かなり甘かったですね。(苦笑)何となくですが、三月中旬から、恐る恐るレッスンに復活することになりそうな予感がします。まだわかりませんが・・・・・・。もう少し検討してみたいと思います。

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2014.02.14

書き続けて十年

映画『髪結いの亭主』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日も雪が降り、あちらこちらの交通機関でダイヤの乱れや運転の取りやめなどが発生していたようですね。皆さん、多少の遅れが出たとしても、無事に移動することができたでしょうか。私の住んでいる兵庫県にも雪が降りましたが、通勤には影響ありませんでした。今年は雪が多いので、雪が降った日には、外付けのスパイクを靴に取り付けようと思っています。

 バックナンバーにもあるように、この「ガンまる日記」を書き始めてから、今日で丸十年が経過した。念のため書いておくが、経過したのは九十年ではなく、丸十年である。一日一記事を目標に、九年余り書き続けて来たが、去年の九月に母が他界し、毎日書き続けることができなくなってしまった。記事を書くことよりも、もっと大切にしたい時間があったからだ。そして、今は自分が書きたいと思った日に記事を書くようにしている。一日一記事の形式を守り続けるよりも、むしろ今のような形式のほうが良かったのかもしれないと思っている。

 これからもマイペースで綴って行きたいと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 初期の頃は、一つ一つの記事がとても短かったようですね。そこで、今回の記事は、初期の頃に倣(なら)ってみました。(苦笑)十年間、書き続けることができたのも、やはり読んでくださっている方がいることが大きな励みになっていたと思います。皆さん、本当にありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2014.02.12

映画『髪結いの亭主』

ホットヨガ(三六五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近はホットヨガのレッスンに通っていないため、自宅で過ごすときは、ほとんど一日中、映画を鑑賞しています。月曜日の夜から昨日にかけて、七本の映画を一気に鑑賞しました。そこまですると、さすがに運動不足になってしまいますので、仕事がある日は、できるだけ身体を動かさなければなりませんね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、一月二十六日のことである。Gyao!で無料鑑賞した。

 何年か前にDVDで鑑賞している作品なのだが、そのときは、作品の中で表現されている内容を理解することができなかった。登場人物に感情移入できなかったのだ。そして、あれから何年か経った今、本作を鑑賞した当時よりもたくさんの映画を鑑賞し、少しは本作に対する理解も深まるかと思い、再び鑑賞してみた。しかし、映画を観て感覚的に理解したというよりも、多くの方たちが書かれたレビューを拝見して、ようやく理解したという感じである。

 夫のことを心から愛し、夫からも心から愛されている妻が次に取る行動は何か? と考えてみると、愛には様々な段階があるために、次に取る行動として挙げるものが違って来るのではないかと思う。

 例えば、夫のことをまったく愛さずに、夫からも愛されていない妻と、夫のことを少しだけ愛し、夫からも少しだけ愛されている妻では、次に取る行動は違って来るだろう。そして、夫のことを究極的に愛し、夫からも究極的に愛されている妻ならば、その次に取る行動は何か? と考えたときに、本作の中で妻が取った行動を理解することができるようになる。ただし、実際に私自身が同じような行動を取るかというと、決してそうではないと思う。

 本作に感じる違和感は、実はそこにある。すなわち、映画としては理解できても、現実としては理解できないのだ。だから、どうしても、映画の中で表現されている世界がおとぎ話のように思えてしまう。

 仮に、夫のことを究極的に愛し、夫からも究極的に愛されている妻であったとして、やはり違和感を感じるのは、本作の中で二人が取っている愛に関する行動だ。もしも二人の愛が究極的であるならば、私はもっと究極的な愛を知っているように思うのだ。本作で表現されている愛は、愛というよりもむしろ、欲望(自己愛)であるように思えてしまう。何故なら、他者の想いを尊重せずに、自分だけの想いで行動しているからだ。本作の二人の愛を究極的な愛だと定義すると、やはりそこが一番の違和感となり得る。

 例えば、私は休日にガンモと一緒に過ごす時間がとても楽しく、この幸せがずっと続けばいいと思っている。子供がいないので、将来に対する不安はある。しかし、だからと言って、本作の妻が取ったような行動を取ろうとは思わない。何故なら、そんなことをすると、ガンモがひどく悲しむと思うからだ。しかし、自分だけの想いで行動できる人は、この映画を感覚的に理解することができるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m また何年か経ってから、もう一度鑑賞してみたいと思います。ひょっとすると、この映画を高く評価できる人は、受身の恋をして来た人なのかもしれませんね。

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2014.02.11

ホットヨガ(三六五回目)

振り返り(22)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。月曜日をお休みにして、四連休されている方も多いかもしれませんね。私の勤務先でも、月曜日に休暇を取っている人が何人かいました。私も四連休にしたかったのですが、まだ仕事に復帰したばかりなので、遠慮しておきました。(笑)

 十一月三十日土曜日、ホットヨガの三宮店のスタジオでライトコースのレッスンを受けた。エレベータを降りると、スタッフが受付に四人くらいずらりと並んで対応されていた。週末も大忙しのようである。

 出掛ける前に、自宅の冷蔵庫で作っている水素水を、氷とともに保冷専用ボトルに入れて持参しようとしたのだが、氷が大き過ぎて保冷専用ボトルに入らなかった。やはり、レッスン中は冷たい水を飲んで水分補給したいので、自宅から水素水を持ち込むのを諦めて、スタジオに着いてからポイントを消費し、冷たい水素水を購入した。

 受付では、いつもお話をさせていただくインストラクターが対応してくださった。今回のレッスンを担当してくださるはずなので、
「よろしくお願いします」
とごあいさつさせていただいた。

 レッスンの参加者は十一名だった。ライトコースのレッスンに初めて参加される方が何人かいらっしゃるというので、インストラクターがライトコースについて説明してくださった。

 ライトコースは寝ポーズと座位のポーズで構成されていて、他のどのコースよりもポーズの数が少ないそうだ。それはすなわち、一つ一つのポーズが長いということである。しかし、長いポーズを取って我慢をするためのレッスンではなく、長いポーズを取ることで自分自身の身体に起こる変化を見詰めるためのレッスンなのだそうだ。そして、レッスン中に苦しくなったときは、ポーズを解いてお休みするか、一つ前のポーズに戻るようにアドバイスしてくださった。

 まずはいつものように呼吸法から入った。腹式呼吸と胸式呼吸を交互に行うと、やはり私は、胸式呼吸があまり上手ではないと感じた。普段から意識して行っているのが腹式呼吸だからかもしれない。

 その後、ヨガマットの上に寝転がって、いくつかのポーズを行った。とても気持ちが良かった。インストラクターも、ライトコースには立位(りつい)のポーズがないので、他の人のことを気にすることなく、自分自身の世界に入ることができるとおっしゃっていた。確かにその通りである。

 レッスンの途中でペットボトルの水が空になってしまったので、一度だけスタジオの外に出たが、スタジオの外で休まずに、水素水を補給したあとは、ただちにスタジオに戻った。私にとって、ライトコースはそれほど目が離せないレッスンなのだろう。

 私の好きなフラワーメドレーも、まずは自分自身を花の種のように点の状態にしておいて、土の中に入り、芽が出て花が咲き、やがて種が落ちて土に返って行く物語をイメージしながら行った。蜜を吸う蝶のポーズも行った。いつもはゆりかごのポーズがあるのだが、今回は、それがなかった。ゆりかごのポーズとは、自分の足を赤ちゃんに見立てて揺らす取るポーズである。一つ一つのポーズが長いからなのか、それとも、自分の世界にどっぷり浸かることができるからなのか、レッスンのあとは、充実感に満たされていた。

 レッスンを終えてシャワーを浴びているときに、着替えをするためにシャワールームから顔をのぞかせたところ、向かいのシャワールームを使用されていた方と目が合い、
「こんにちは」
とあいさつされてしまった。確か、これまでにもお目に掛かった方だとは思うのだが、お話をさせていただいた記憶はないように思う。たまたま目が合ったので、ごあいさつしてくださっただけかもしれない。

 シャワーを浴びたあと、ソファに座って靴下を履きたかったが、あいにくソファが埋まってしまっていた。そこで、ロッカー前の段差の部分に座って靴下を履こうとしたのだが、子宮筋腫が大きいために(今はもう、子宮筋腫はない)バランスが悪く、難しかった。また、他の利用者の方々が次々にロッカーにやって来るので、靴下を履く場所がなく、少しの間、往生してしまった。やがて、ソファが空いたので、荷物を持って、すかさず移動した。五本指ソックスではない靴下を一枚だけ履くのであれば、何とか立ったままでもささっと履けるのかもしれない。しかし、私は五本指ソックスの上に靴下を重ね履きするだけでなく、お腹が大きいために前屈し辛かったので、やはり靴下を履くためにはソファが必要だということを改めて認識してしまった。

 帰りのエレベータで一緒になった方に、
「ライトコースのレッスンに参加されたんですか?」
と話し掛けてみた。すると、その方もやはり、ライトコースのレッスンに参加されたらしい。
「ライトコース、いいですよね」
と私が言うと、その方も、
「そうですね、すごくいいですね」
とおっしゃっていた。私は、
「以前はリラックスコースのレッスンに通ってたんですけど、最近はライトコースがいいなあと思ってます」
と言った。その方も、
「私は、リラックスコースがきついなと思ったことがあります」
とおっしゃっていた。エレベータの中で、別の会員さんと会話をするのは珍しい。エレベータが一階に着くと、
「ではまた」
と言って別れた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 記事を書いているうちに、ライトコースのレッスンがとても恋しくなって来ました。一つ一つのポーズが長いということは、それだけ長い時間、自分自身と向き合うことができるということなんですよね。また、後日、このときのレッスンを担当してくださったインストラクターに、子宮全摘手術を受けるのでしばらくレッスンに通えなくなることを話すと、とても暖かい言葉を投げかけてくださいました。四月になればレッスンに復帰できるので、それまでの辛抱ですね。(苦笑)

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2014.02.09

振り返り(22)

退院後の診察の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この週末は、雪が降った地域も多かったみたいですね。愛媛の実家のほうでも、積もるくらいたくさん降ったと聞きました。私が住んでいる地域でも、ほんの少しだけ積もっていました。関東地方がすごかったみたいですね。雪が降ったあと、道路が凍ってしまうと危険ですが、今日は暖かいので大丈夫でしょうか。それでは、振り返り(21)の続きを書かせていただきます。

 火葬中は、お線香を絶やさないように言われていたため、私たちはおよそ二十分置きに「燭台のようなもの」の前まで出向き、長いお線香を立てて、母の遺影に向かって手を合わせた。

 火葬にどのくらいの時間が費やされたのか、正確なところはわからない。おそらく、二時間前後だったと思う。火葬が終わる時間になると、私たちはかまどの前ではなく、骨上げするための場所で待機した。間もなく、火葬が終わった母の骨が運ばれて来た。母は、とうとう骨だけになってしまっていた。

 親族がそれぞれ、竹の箸を使って母の骨を拾い上げ、骨壷の中に納めて行った。ガンモの実家方面では、あの世での橋渡しにちなんで、竹の箸を使って拾い上げた骨を、別の人が別の竹の箸で受け取る箸渡しが行われているのだが、私の実家方面ではそのような儀式はなかった。

 骨壷には、それほどたくさんの骨を入れる必要はないと火葬場の人に言われたので、それに従うことにした。しかし、父はもう少し、母の遺骨を骨壷に残しておきたかったようだった。

 骨上げが終わると、私たちは母の遺骨が入った骨壷や遺影などを持って、再び斎場へと戻った。そして、斎場の方たちが用意してくださった折り詰めの料理を食べることになった。とは言え、この折り詰めは、正確な数を把握できていなかったため、注文した数よりもやや少なめだったようだ。火葬場に行かずに帰宅した親族に折り詰めを持ち帰ってもらったので、その数を差し引くと、父と弟、ガンモと私の分の折り詰めが足りなくなってしまったので、私たちは親族が折り詰めの料理を食べ終わるまで、部屋の外で待っていた。

 そのうち、折り詰めの料理を食べ終えた親族が、一組、二組と帰り始めた。私たちは、母のために足を運んでくれた親族に厚く御礼を言って、親族を送り出した。すべての親族を送り出したあと、私たちは斎場の事務所で預かってもらっていたお香典を受け取り、実家に帰った。

 実家に帰ってしばらくすると、斎場スタッフが祭壇を組むために実家に足を運んでくださった。四十九日までは祭壇に遺骨や遺影などを安置するのだ。斎場スタッフは、手際良く祭壇を組んでくださり、そこに母の遺影や遺骨、水やお茶、お供え物、電気の灯篭、うずまき型のお線香、ろうそくなどが並べられた。

 四十九日までは、うずまき型のお線香やろうそくを絶やさないようにと、斎場スタッフに言われた。ただ、家を空けるときは、火災防止のために、うずまき型のお線香やろうそくの火を消しておくようにとも言われた。ろうそくを消しても、電気の灯篭がろうそくの代わりをしてくれるのだそうだ。

 そして、四十九日が終わるまでは、毎日、お霊供膳(りょうぐぜん)をお供えすることになっていた。参考:霊供膳の供え方

 お霊供膳には、煮物や豆類、酢の物などを盛るのだが、毎日、それらの料理を作るのが大変なので、父は近所のスーパーで惣菜を買って来ると言っていた。不思議なことに、我が家にもお霊供膳を入れるための器が一式あったはずなのだが、母がどこかに片付けてしまったようで、なかなか見当たらなかった。そこで、近所に住む伯母がお霊供膳の器を一式貸してくれることになった。

 また、祭壇には、真言十三仏の掛軸を飾ることになっていたのだが、こちらも用意がなかったので、伯母が貸してくれることになった。ちなみに、真言十三仏とは、不動明王(ふどうみょうおう)、釈迦如来(しゃかにょらい)、文殊菩薩(もんじゅぼさつ)、普賢菩薩(ふげんぼさつ)、地蔵菩薩(じぞうぼさつ)、弥勒菩薩(みろくぼさつ)、薬師如来(やくしにょらい)、観音菩薩(かんのんぼさつ)、勢至菩薩(せいしぼさつ)、阿弥陀如来(あみだにょらい)、阿しゅく如来(あしゅくにょらい)、大日如来(だいにちにょらい)、虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)で、初七日から三十三回忌まで、それぞれの区切りごとに仏が決められている。親族らがお経をとなえることで、それぞれの区切りごとの仏におうかがいを立てることになり、故人が次の段階へと進めるようになっているのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前日の朝に亡くなった母は、その日のうちに通夜をして、翌日のお昼過ぎには骨になってしまいました。あまりにも速い展開に、気持ちがついて行かなかったですね。さっさと火葬してしまうことを考えると、エジプトのミイラのほうが、もっと愛がある葬り方であるように思えます。

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2014.02.06

退院後の診察

映画『扉をたたく人』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。仕事に復帰後の通勤ですが、やはりこれまでよりも二十分も早く家を出るのは厳しいため、十分だけ早く家を出ています。これまでは、新快速列車を利用して通勤していたのですが、今はひとつ前の快速列車に乗って通勤しています。残念ながら、座ることはできないのですが、快速列車は新快速列車ほどは混んでいないので、たとえ立ちっぱなしであったとしても、まだ耐えられます。少しずつ、通勤にも慣れて来ているようです。

 仕事に復帰したばかりだったが、退院後の診察日にあたっていたので、昨日は休暇を取って病院に出掛けた。ガンモもこの日までリフレッシュ休暇中だったので、私をカングーに乗せて病院に連れて行ってくれた。ガンモのリフレッシュ休暇は、私の子宮全摘手術に始まり、私の子宮全摘手術後の診察に終わったことになる。

 十三時三十分からの診察の予約だったので、少し早めに家を出て、病院近くのファミリーレストランでガンモと一緒に日替わりランチを食べた。食後のコーヒーをすすっても、診察時間にはまだ早かったが、少し早めにファミリーレストランを出て、病院へと向かった。

 婦人科の受付で予約票と診察券、保険証を提示したあと、入院保険の受け取りのため、郵便局に提出する診断書と、傷病手当ての受け取りのため、派遣会社に提出する申請書の作成をお願いしたところ、二週間後に出来上がるとのことだった。出来上がったあとは、受け取りに来ることになるらしい。またまた平日に休暇を取るのはさすがに気が引けたので、いつも平日に休みを取っているガンモに代理で受け取ってもらおうと思った。

 いつもは、診察を予約していても、実際に診察を受けるまでにはひどく待つことになるのだが、今回は意外と早く名前を呼ばれた。担当医に、出血や痛みはないかと尋ねられたので、出血はなく、お腹の痛みに関しては時々チクチクするくらいで、特に変わったことはないと答えた。

 そのとき、手術で取り出された私の子宮の中には、良くないものは何もなかったことを再び告げられた。このように、複数の箇所を切断して、子宮筋腫の中に含まれているものを調べたと、子宮筋腫がいくつにも切断された状態の写真を見せながら説明してくださった。

 その後、あの婦人科の椅子に座り、またしても足を開いた。いったん何かの機器が入り、その機器が取り出されると、続いてエコーの機器が入った。やはり経過は良好で、特に問題はないとのことだった。退院前の診察では、一センチ四方の血腫があると言われたが、それも溶けてしまったのだろう。うれしいことに、お腹の中の創(きず)も塞がりつつあるそうだ。

 ホットヨガのレッスンに、いつ頃復帰できるかについて、担当医に尋ねてみたところ、お腹の筋肉を使わないならば、二月いっぱいまでお休みすれば三月からレッスンに復帰できると言ってくださった。しかし、お腹の筋肉を使う場合は、術後三ヶ月は控えたほうがいいとのことだった。ということは、ホットヨガのレッスンに本格的に復帰できるのは四月以降ということになる。

 担当医によれば、これで子宮全摘手術を受けたあとの診察は終了するとのことだった。すなわち、私はもう、子宮全摘手術後の経過を診ていただくために通院しなくても良いということである。私は、もう少し診察が継続すると思っていたので驚いたが、これで終わりとのことだったので、担当医に厚く御礼を言って診察室をあとにした。

 診察室の外で待ってくれていたガンモに、やはり術後の経過が良好であることと、この病院での診察はもう終わってしまったことを告げた。不謹慎かもしれないが、とても良い病院だっただけに、次の診察予約がないのは何だか寂しかった。

 会計のときに、入院費も一緒に支払った。退院時に、入院費の清算ができていなかったため、退院後の診察のときに一緒に支払うことになっていたのだ。ちなみに入院費は、限度額適用認定証を提示しておいたので、九万数千円を支払うだけで済んだ。

 診断書と傷病手当ての申請書の受け取りが代理人でも可能かどうか、受付で尋ねてみたところ、身分証明書を提示すれば可能とのことだった。これで、それらの受け取りをガンモに頼めることが確定した。

 その後、ガンモの運転するカングーに乗り込み、病院をあとにしようとしたとき、病院の建物を見上げながら、「ありがとう」と御礼を言った。結局、I医師が紹介してくださった敏腕医師には、改めて御礼を言うことができなかった。入院中にお目に掛かる機会があったというのに・・・・・・。

 子宮を残す筋腫核手術を受けた方ならば、ひょっとすると、今後も通院の機会があるのかもしれないが、私は子宮全摘手術を受けたので、手術を受けた病院から、診察の必要はないと言われれば、もはや婦人科で診察を受ける理由がなくなってしまった。更年期の症状を抱えてはいるが、I医師のところにはもう戻れないだろう。というのも、I医師は、子宮筋腫の専門医と言ってもいい存在だからだ。

 更年期の症状について、この大きな病院での外来も考えたが、やはり平日に休暇を取らなければならないため、I医師が処方してくださっている桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を飲み切ってしまう頃に、どこか別の病院を探そうと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 入院時に病室に持ち込んだ荷物を、まだスーツケースの中に残しているのですが、先日、そのスーツケースを開けたときに、何だか懐かしさが込み上げて来ました。あれからまだ一ヶ月も経っていないというのに、早くも遠い昔の出来事のようです。今回の入院は、私にとって、本当に貴重な日々でした。入院して、これまでよりも涙もろくなったような気がしますね。

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2014.02.05

映画『扉をたたく人』

ホットヨガ(三六四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日は関西地方でも雪が舞っていました。寒いはずですね。お出掛けには、毛糸の帽子とマフラー、それから手袋が必須です。

 本作を鑑賞したのは、一月二十六日のことである。あの悪名高きU-NEXT<ユーネクスト> | 日本最大級のビデオ・オンデマンドで鑑賞した。というのも、自宅のインターネット環境がUSENなので、月に一度、五日間無料で鑑賞できるクーポンをもらえるからだ。おかげで、良質の作品を鑑賞できたと思う。

 妻を亡くして殻にどじこもっていた大学教授が、ふとしたことから出会った移民たちと深く関わるようになり、世界をどんどん広げて行く。人と深く関わることで、主人公が人間としての本当の生き方に気付いて行く様子が描かれた作品である。

 『扉をたたく人』というのは、実にうまい邦題だと思う。主人公である大学教授のウォルターは、学会に出席するためにニューヨークに出張した際に、マンハッタンにある自分の別宅に住んでいる移民のタレクと彼の恋人であるゼイナブに出会う。彼らは、知り合いからそのアパートを紹介されて住んでいたそうだが、ウォルターはそのことを知らされていなかった。自らが購入したアパートだったので、ウォルターは彼らを追い出すことにしたものの、そこで人情が生まれて、彼らとの心の交流が始まる。

 本作での「扉」とは、物理的な「扉」でもあるのだろうが、同時に心の「扉」でもあったかもしれないとも思う。何故なら、冒頭の部分でピアノ講師としてやって来た女性がいたのだが、まだ他者を受け入れるだけの心の余裕のなかったウォルターは、その女性講師を受け入れることができなかったからだ。言い換えると、ピアノ講師は、物理的な「扉」を開けた人ではあったかもしれないが、心の「扉」を開けた人ではなかったということだ。しかし、タレクに対しては違っていた。最初はぎこちなく、他人行儀な感じのやりとりであったとしても、ジャンベ(アフリカン・ドラム)をたたくことを通して、次第にタレクとの絆が深くなって行く。そのプロセスが実に素晴らしい。

 タレクがのジャンベの奏者であることから、『太鼓をたたく人』という邦題がつけられてもおかしくはない作品なのだが、そうではないところが邦題としてはまた面白い。ちなみに、原題は"The Visitor"である。

 他者と深く関わって行くことで、人はこんなにも変わることができるのかと感動する。一見すると、「ウォルターはどんどん面倒なことに巻き込まれている」という見方もできる。しかし、それは、浅いところでの感じ方である。そう考えると、たいていの場合は、ここまで深く関わらないうちに、人との交流を諦めてしまっていることが多いのかもしれない。

 例えインターネットで鑑賞できる作品であったとしても、常にこういう見応えのある作品を鑑賞したいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ミニシアター系映画館で上映されているような、とても心に残る良い作品でした。ウォルターを演じているリチャード・ジェンキンスが心を閉ざした大学教授を見事に演じ切っていました。

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2014.02.04

ホットヨガ(三六四回目)

仕事に復帰の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ここのところ、しばらく暖かい日が続いていましたが、今日の仕事帰りは、手袋を持っていなかったので、自転車のハンドルを握っている手がちぎれるのではないかと思ってしまいました。(苦笑)明日は冷え込みが厳しくなるようなので、皆さんも温度差に注意して、体調を崩さないように気をつけてくださいね。また、インフルエンザも流行っているようですので、うがい、手洗いでしっかりブロックしてくださいね。

 十一月二十九日金曜日の夜、またまた仕事帰りにホットヨガの三宮店のスタジオに寄り、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 ロッカールームがひどく混み合っていたため、今回も下段のロッカーに当たってしまった。私は、レッスン用の大きなリュックの中に、ホットヨガのレッスンに必要な荷物がすっぽり入る大きさの袋を用意していた。そして、ロッカールームでその袋を取り出して、その中に着替えやお風呂道具、バスタオルなど、必要なものだけを詰め込んで、ロッカーの上に置いた。ロッカーの中には、財布の入った鞄や、Android端末、手帳などが入った大きなリュックをしまいこむため、先ほど詰めた大きな袋は入らないのだ。

 支度を整えてスタジオに入った。早めにスタジオに入ったので、レッスンが始まるまで、暑いスタジオの中でのんびり過ごした。

 レッスンの参加者は十四名で、レッスンを担当してくださったのは、発声方法が変わったインストラクターである。

 レッスンに参加されている方たちの中に、ピンクのキャップのミネラルウォーターを持参されている方がいらっしゃった。私は、その方が持参されているピンクのキャップのミネラルウォーターの銘柄を一生懸命思い出そうと試みた。しかし、どうしたことか、なかなか思い出すことができなかった。私がレッスンを受けている場所からは、その方が持参されているミネラルウォーターの銘柄を確認することができなかったのだ。「ピュアウォーターだっけ? いや、違う。確かフランスのミネラルウォーターだったと思うんだけど・・・・・・。ええと、何だったっけ?」レッスン中だというのに、そんなことばかり考えていた。あとからわかったことだが、ピンクのキャップのミネラルウォーターは、コントレックスだった。

 レッスン中、一度だけスタジオの外に出て休んだ。そのとき、ご飯を食べたあとにレッスンを受けているという方もお休みされていたのだが、
「こんなに気持ち悪くなるとは思わなかった」
と受付のスタッフにこぼしていた。かくいう私も、仕事帰りのレッスンは、ご飯を食べたあとに受けている。就寝時間の三時間前までに食事を済ませようとすると、どうしてもレッスンの前に食事を済ませておきたいからだ。

 レッスンを終えてシャワーを浴びる前にソファに座って休んでいると、レッスンを担当してくださったインストラクターに、
「ヨガマットにオームのあとが残っていましたよ」
と言われてしまった。レッスンのときに私が着ていたTシャツには、オームの文字が書かれていたのだが、その文字のところだけに汗がつかず、ヨガマットにオームの文字が浮き上がっていたのだそうだ。どうやら、寝転がっていたときに文字が写し込まれたらしい。私は、
「オームの文字をご存じなんですね」
などと言ってしまった。オームの文字は、いわゆる梵字なのである。

 そのインストラクターに、受付で、
「下半身が冷えるとおっしゃっていましたよね?」
と言われた。
「スタッフと話していたんですけど、下半身の筋肉が使えてないんじゃないかと思います」
とアドバイスしてくださった。それに対し、私は、
「子宮筋腫がとてつもなくでかいので、今度、一月に手術するんですけど、手術すれば、血のめぐりも良くなるんじゃないかと思っています。今はお腹にも力が入らないし、歩き辛いですね」
と言った。するとインストラクターは、
「では、手術をしてからですね」
と言ってくださった。

 インストラクターによると、更年期の症状もヨガで緩和された方がうらっしゃるそうだ。また、九月に手術を受けた方もいらっしゃるが、その方は、十一月末の時点で早くもレッスンに復帰されているそうだ。入院中もポジティヴに過ごされていて、同じ時期に手術を受けられた方よりも一週間早く退院されたそうだ。だから私にも、ポジティヴにとアドバイスをしてくださったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 九月に手術を受けられた方が、十一月末の時点でレッスンに復帰されているとのことでしたが、開腹手術だったかどうかまではわかりません。手術を受けた場所や創(きず)の大きさにもよるでしょうね。できるだけ早い時期にホットヨガのレッスンにも復帰したいとは思っていますが、現在、お届けしている記事のように、仕事帰りに集中してレッスンを受けることもできることがわかっているので、実際はあまり気にしていません。(苦笑)

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2014.02.03

仕事に復帰

振り返り(21)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日から仕事に復帰しましたので、そのことを綴ってみたいと思います。仕事帰りにスーパーに寄り、恵方巻(えほうまき)を買って帰りました。私は、関西地方に住むようになるまで、恵方巻や丸かぶり寿司のことは知りませんでしたし、ましてや、その年で最も良いとされている方角を向いて恵方巻を食べるなんてことも知りませんでした。買って帰った恵方巻を食べるには、方角を正確に知る必要があったので、ガンモのiPhoneでコンパスアプリを起動してもらい、東北東に狙いを定めてかぶりつきました。(笑)

 およそ四週間振りに仕事に復帰した。これまでよりも通勤に時間が掛かってしまうだろうと思い、いつもよりも十分ほど早く家を出たものの、自宅の最寄駅に着いてみると、快速列車と新快速列車に遅れが出ているという。どうやら、遠くのほうで発生した濃霧が影響しているらしい。JR線は走行距離が長いので、他の地域で発生した自然災害などの影響を受けてしまうのだ。この影響により、快速列車や新快速列車よりも、普通列車のほうがJR三ノ宮駅まで早く着くというので、私は普通列車を利用することにした。いつもよりも十分ほど早く家を出ているので、普通列車に乗ってJR三ノ宮まで出たとしても、仕事には間に合うはずである。

 ところが、快速列車や新快速列車に遅れが出ているためか、私が乗り込んだ普通列車はひどく混雑していた。できればシートに腰を下ろしたかったが、混雑しているためそれは叶わず、満員電車の中で顔をこわばらせながら立つことになってしまった。やはり、満員電車の中で立ち続けているのが辛かったので、つり革に手を伸ばしてみたものの、つり革を持つとお腹が突っ張るため、傷口が開いてしまいそうで怖かった。

 私が立っているすぐ側には、通学中の元気いっぱいの小学生の男の子たちの集団がいて、ランドセルを背負って、にぎやかにひしめき合っていた。私は心の中で、もう少し電車のスペースに余裕があり、小学生の男の子たちもおとなしくしてくれればいいのにと思っていた。そんな気持ちが表情に現れていたのか、小学生の男の子たちのリーダー格の男の子が、
「こら、邪魔になっとるから、こっちへ寄れ!」
などと言ってくれた。私は、小学生の男の子に心の中を読まれたと思ったが、同時に、このリーダー格の男の子は、他者の気持ちをくみ取ろうとするいい子に育っていると感動したのだった。

 私が乗っていた普通列車は何とかJR三ノ宮駅に着いたが、降りたホームもまた混雑していた。いつもよりも十分ほど早く家を出たというのに、JR線が遅れたために、ほとんどいつもと同じ時間にJR三ノ宮駅に着くことになってしまった。そこから更に地下鉄に乗り換えたのだが、地下鉄の中でも座れないとなると、通勤がかなり辛くなるだろうと思っていたところ、幸運にも座ることができた。やれやれである。

 これからは、今日よりも更に早めに家を出て、普通列車に乗って、座ってJR三ノ宮まで移動して、三宮からの地下鉄移動は、やはり座れる列車まで並んで待ったほうがいいように思う。

 それでも、職場の最寄駅に着いてからの足取りは軽かったようで、いつもと同じ時間の地下鉄に乗って、いつもよりも一分ほど早く職場に着いた。職場では、いろいろな方たちが声を掛けてくださったが、長いこと休んでいたのを知っていながらも、何事もなかったかのように話し掛けて来る方もいた。

 休暇中は、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を服用するのをサボっていたためか、仕事中に強いほてりを感じていた。やはり、ほてりがあると、暖房の効いた部屋で過ごすのは暑くて辛い。私は、二台のUSB扇風機をぶんぶん回しながら仕事をした。

 昨日、注文しておいた遠近両用コンタクトレンズが出来上がったと連絡を受けたので、昨日のうちに引き取りに行った。そのため、今日から遠近両用コンタクトレンズを着用して仕事をすることができた。これまでのように老眼鏡をかけなくても、パソコンや携帯電話の文字が読めるのはとてもうれしい。遠近両用コンタクトレンズのおかげかどうかはわからないが、仕事に関しては、ほとんどブランクを感じることなく復帰することができた。

 かつて、お母さまが子宮全摘手術を受けていらっしゃるという上司には、手術のことについて軽く質問された。そのとき、
「大きなものが出て来たでしょう?」
とも言われた。上司も、お母さまが子宮全摘手術を受けたときに、取り出された子宮筋腫と子宮を見て、かなり驚いたそうだ。私も、自分のお腹の中から出て来たものを直接見たわけではないが、取り出された子宮筋腫と子宮の写真を撮影してくれたガンモが実物を見て、その大きさを教えてくれていたので、
「こんな大きなものが出て来たみたいですよ」
と言って、ニワトリ大の大きな塊を手で作って見せた。

 とは言え、私の身体の中から、それだけ大きなものが取り出されているというのに、周りの人たちは、
「ずいぶんすっきりしたね」
とか、
「痩せたんじゃない?」
とか、気の利いたことを言ってくれたりはしない。先日、実家に帰省したときも、実家の近所に住んでいる伯母に、
「(サイズダウンしたかどうかは)あんまりわからんがね(あまりわからないよ)」
と言われてしまった。

 私としては、巻きスカートがずり落ちて来るくらい、ウエストのサイズダウンが実現されているはずなのだが、私が腹巻などでお腹周りをもこもこさせているせいか、他の人たちにはわからないらしい。確かに、ウエストのあたりはサイズダウンしているものの、おへそのてっぺんのあたりには、もともとあった脂肪がしっかりとついているため、そこだけに着目すると、あまりサイズダウンしたようには見えないのかもしれない。要するに、子宮全摘手術は、脂肪吸引まではしてくれないのだった。とは言え、私の場合は、おへその上まで巨大な子宮筋腫があり、それが丸ごと取り出されたので、ウエストのあたりは確実にサイズダウンしているのだった。

 仕事に関しては、わずか一日にして平常運転に戻ることができたので、通勤に関しても、少しずつ平常運転に戻れるようにしたいところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 休暇中に、何度か電車に乗って、通勤のリハーサルを重ねたつもりでしたが、満員電車でのリハーサルができていませんでした。東京に住んでいた頃は、それこそすし詰め状態の山手線に乗って通勤していたこともありましたが、考えてみると、今の私と同じような状況の人が東京に住んでいるとなると、時差通勤でもしない限り、仕事への復帰は難しいように思いますね。また、人とぶつかって倒れたりするのも危険だと思いました。

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2014.02.02

振り返り(21)

遠近両用コンタクトレンズを作りに行くの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。入院中は、がんで闘病している方たちと同室だったからか、これまで以上に、母が闘病中に感じていたであろう辛さを実感することになりました。実感したと言っても、私自身がその辛さを実際に経験したわけではないのですが、私自身の感覚が、最も深いところまで降りて行くのを感じました。そして、その最も深いところで、苦しみを感じていたであろう母を、思い切り抱きしめて愛情で包み込んであげたいような衝動に駆られました。もちろん、それは叶わないので、入院中のベッドから、たくさんの想いを母に贈りました。それでは、少し時間が空いてしまいましたが、振り返り(20)の続きを書かせていただきます。

 ガンモと私は、カングーではなく、親戚の人が運転する車に同乗させてもらい、火葬場へと向かった。車の中で、母がどのようにして亡くなったかの話になり、私は、
「右足がものすごく腫れ上がっていたので、血栓だと思う」
と個人的な意見を述べた。

 このときはまだ確信があったわけではなかったのだが、先月、子宮全摘手術を受けるために私自身が入院したときに、血栓防止のための弾性ストッキングを穿いたことにより、この考えは、ほぼ確信へと変わった。というのも、手術後に身体を動かせなくなるだけでも、血栓防止のための対策が取られるというのに、転移性脳腫瘍のために寝たきりになってしまった母には、私よりももっともっと血栓を防止する対策が必要だったはずだと思ったからだ。私は、自分自身が入院してみて初めて、治療を行う病院と、治療を行わない病院(つまりは、終末期の緩和ケアを行う病院)との違いを実感することになった。

 私たちが火葬場に着いたのは、母の亡骸とともに霊柩車に乗り込んだ父と弟よりも十分程度、遅かったように思う。そのため、私たちが火葬炉の前に到着したとき、既に母の亡骸が入った棺には着火されていて、火葬炉も閉まっていた。私たちの到着が遅かったため、私たちの到着を待たずに着火されてしまったようだ。私は、葬儀のあと、火葬場に足を運ぶことなく帰宅する親族に折り詰めを渡したりしていたので、遅くなってしまったのだ。

 ガンモの実家方面では、喪主が火葬炉のボタンを押すことになっているのだが、私の実家方面では、火葬場のスタッフが火葬炉のボタンを押したそうだ。着火後に、喪主が火葬炉の鍵を預かる点については、ガンモの実家方面と同じだった。私は、母の火葬炉に着火される瞬間に間に合わなかったが、例え間に合っていたとしても、悲しいだけだったかもしれないと思う。

 火葬炉の前には、母の遺影とともにお線香やろうそくが立てられていた。それこそが、私が葬儀のあとに持っていた「燭台のようなもの」だった。今になって思えば、私の到着が遅かったはずなので、私は、葬儀のあとに持っていた「燭台のようなもの」を誰かに託したのかもしれない。

 火葬場の造りは、いくつかの火葬炉が並んでいるエリアと、火葬している間に親族らが集まってものを食べるエリアの二つで成り立っていた。どちらのエリアも横並びに造られているため、別のエリアに移動するには、他の遺族の方たちが利用しているエリアを横切ることになった。例えば、火葬炉がAからEまで五つあるとすると、火葬炉Aに行くのに、火葬炉E、火葬炉D、火葬炉C、火葬炉Bの前を横切らなければならなかった。それぞれの火葬炉の前には、何人かの遺族が待機しているのだった。また、遺族らが集まってものを食べるエリアも同様だった。そのため、何度も何度も他の遺族たちと顔を合わせることになった。

 火葬には、それなりの時間が掛かるので、火葬が行われている間に遺族がどのように過ごすかについては、日本全国で様々な方式があるだろう。ガンモの実家方面では、火葬場からいったん斎場まで戻り、斎場で過ごすことになる。そして、火葬が終わる頃に、再び火葬場へと足を運ぶのだ。以前の記事でも触れさせていただいたのだが、私の出身地では、火葬している間に親族が集まって食事をする。火葬場にそのようなエリアが用意されているのだ。そのため、火葬場での食事を斎場で注文することになっている。食べ物だけでなく、飲酒する人たちのためにビールやお酒を注文したり、飲酒しない人たちのために、ジュースやウーロン茶なども注文していた。

 私たちは、火葬場に足を運んでくれた親族をもてなす側だったので、親族に食べ物が行き渡ったのを確認してから食べることになった。おにぎりやおかずなどを注文しておいたのだが、お昼ご飯を食べていなかったのでちょうど良かった。そして、その場で、しばらく音信不通だった親族らといろいろな話をした。

 そうしている間にも、他の遺族らが私たちの前を何度も何度も行き来していた。何と、同じ火葬場の別の火葬炉に来ている遺族の中に、弟の知り合いがいるようだった。世の中、狭いものである。亡くなられたのは、まだ二十代の若者らしい。お店でお酒を飲んでいるときに亡くなってしまったそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 火葬場の構造上、他の遺族の方たちが何度も何度も横切る造りになっているので、なかなか落ち着きませんでした。火葬場が火葬を行う場所だけでなく、火葬されている間に食事をする場所でもあることにも驚きました。また、ガンモの実家方面では、火葬場に着いてもすぐには火葬せずに、お坊さんも火葬場に一緒について来てくださり、簡単にお経をあげてくださったあとに火葬となるのですが、私の実家方面にはそのような場所は用意されていませんでした。地域によっていろいろ違うのですね。とにかく、私が着いたときにはもう火葬が始まっていて、あまりにもあっけなかったですね。

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2014.02.01

遠近両用コンタクトレンズを作りに行く

映画『スワロウテイル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。実家に帰省して一泊したあと、夜中に高速道路を走って帰宅しましたが、今のうちにいろいろ動いておこうと思い、またまた活動を始めました。今回は、そのことについて書かせていただこうと思います。

 来週になれば仕事が始まってしまうと思い、普段、仕事帰りや週末にしかできないことを、平日に休んでいる今のうちに実践しておこうと思っていた。先日、新しい眼鏡を二つも購入したばかりなのだが、やはり眼鏡は視野が狭いと感じてしまうことや、使用しているハードコンタクトレンズがそろそろ寿命を迎えていることなどから、思い切って遠近両用コンタクトレンズを購入しようと思い立ったのだ。

 実は、以前にも遠近両用コンタクトレンズを購入しようと思い立ち、ホットヨガのレッスンの帰りに三宮にあるコンタクトレンズショップに足を運んだことがあった。しかし、そのときは既に、その日の受付時間が過ぎてしまっていたために、軽く説明を聞くだけに留まった。その際、遠近両用コンタクトレンズの価格を確認させていただいたところ、そのあまりもの高さに驚いてしまった。確か、両眼で七万円以上もの価格がつけられていたように思う。

 そこで私は、そのコンタクトレンズショップではなく、Web登録で割引特典のある別のコンタクトレンズショップを利用しようと思い、通勤のリハーサルも兼ねて、電車に乗って三宮まで移動した。そのコンタクトレンズショップは、合計三万円以上の買い物をすると、七千円もの割り引きを受けられるからだ。

 まずはコンタクトレンズショップで受付を済ませ、隣にある眼科で検査を受けた。検査を担当してくださった女性がとても優秀な方で、私はとてもスムーズにコンタクトレンズの度数を計っていただくことができた。何故、優秀だと感じたかと言うと、説明してくださる内容がロジカルで納得の行くものだったからだ。

 例えば、遠近両用コンタクトレンズは、目の中でレンズが真ん中に来たときに最も焦点が合い、遠近両用コンタクトレンズとしての実力を発揮するので、まばたきにより、コンタクトレンズがずれてしまうのをできるだけ防ぐ必要があると説明してくださった。私がこれまで使用していたハードコンタクトレンズは、まばたきをすると、上下にずれることが多かったようだ。検査を担当してくださった女性は、私が使用していたハードコンタクトレンズがずれている瞬間をカメラでとらえ、
「今、使用されているハードコンタクトレンズは、このような状態になり易いので、そういうことも含めて見え辛かったのかもしれません」
と説明をしてくださった。また、私が使用していたハードコンタクトレンズは、購入してから三~四年が経過していたため、レンズの汚れがひどかったようだ。実際、レンズの汚れをモニターに映し出して見せてくださったのだが、両目とも、かなり白く濁って写っていた。すなわち、そろそろ替え時だったというわけだ。

 目のカーブやまばたきの状態、眼圧などを測定していただいて、視力検査に入った。その結果、私が使用しているハードコンタクトレンズは、左目の度数が実際よりもややきつめの状態で作られていることがわかった。確かに、私自身も、特に左目の老眼が進んでいるのを実感していた。そのため、ハードコンタクトレンズ着用時は、かつては+1.0の市販の老眼鏡を愛用していたのだが、最近は+1.5の市販の老眼鏡を愛用するようになっていた。

 しかし、検査を担当してくださった女性の話によれば、私の実際の老眼の度数は、+1.0くらいなのだそうだ。そのため、使用しているハードコンタクトレンズの度数を下げるだけでも、老眼をある程度、回避できるとのことだった。そこで私は少し悩むことになった。遠近両用コンタクトレンズを購入するために足を運んだものの、遠近両用コンタクトレンズではなく、遠くが見える度数を少し下げてもらい、遠近両用コンタクトレンズではなく、これまでと同じタイプのハードコンタクトレンズを購入する選択肢が浮上して来たからだ。そうすることで、ある程度、老眼を回避できるというならば、そのほうが購入価格を抑えることができるのではないかと思ったのだ。

 視力検査のあと、眼科の医師の検査も受けたところ、私の視力検査結果と年齢を照らし合わせてくださった眼科の医師は、
「遠近両用コンタクトレンズにしなくても、度数を下げるだけでもいいと思いますけどね」
とアドバイスしてくださった。

 さあ、どうするか。度数を下げてもらい、これまでと同じタイプのハードコンタクトレンズにするか、それとも、思い切って、遠近両用コンタクトレンズにするか。私は悩んだが、やはり遠近両用コンタクトレンズを購入することにした。というのも、そのあと、着け心地や手元の見え方などを体験させていただいた結果、遠くも近くも良く見えるコンタクトレンズであることが良くわかったからだ。当たり前のことだが、遠近両用コンタクトレンズは、老眼鏡もどきのレンズの入った眼鏡に比べて視野も広く、とても快適だった。従来のハードコンタクトレンズを選択して、これまでよりも度数を落とすとなると、近くが見えるようになったとしても、遠くは見え辛くなってしまう。そうなると、遠くも近くも良く見えるという快適さは得られない。しかも、遠近両用コンタクトレンズを選択しても、一年以内ならば、度数の調整を無料でしてくださるとのことだったので、最初の予定通り、遠近両用コンタクトレンズを購入することにしたのだった。

 ただ、私の目に合うレンズの在庫がないとのことだったので、数日の入荷待ちとなった。これまでよりも快適な生活を送れるようになるならば、数日なんてあっという間である。私は、晴れやかな気持ちで帰路についたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 検査を受けているときに、他の方が同じように検査を受けているやりとりが聞こえて来たのですが、コミュニケーションの凸凹がひどく気になってしまいました。どういうことかというと、検査を受けている人がいろいろな要求をしているのですが、検査を担当されている方が、その内容とちゃんと受け止めていないのです。検査を担当されている方が、検査を受けている方の要求に応え切れず、会話がどんどん流れてしまっていました。エネルギーに置き換えると、ちょっともったいないと感じてしまいました。

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