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2014年1月

2014.01.31

映画『スワロウテイル』

ホットヨガ(三六三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の実家に一泊したあと、ガンモの運転するカングーで兵庫県に戻って来ました。夜の遅い時間に高速道路を走って帰ったので、かなり眠かったのですが、帰宅してから何故かシャキッとして、こうして記事を更新しています。(笑)

 本作を鑑賞したのは、一月二十七日のことである。本作もまた、何年か前に鑑賞している作品なのだが、たまたまYouTubeで見付けたので鑑賞することにした。ただし、日本語の字幕はない。

 何年か前に鑑賞したときは、三上博史さんの大ファンだったので、彼がこの作品の入口になった。そのとき、私は作品の持つエネルギーにとにかく圧倒されて、胸が締め付けられるような感覚に襲われ、作品の世界からしばらく抜け出せないほどの強い衝撃を受けた。今回は、その衝撃を知っていたためか、最初から冷静に鑑賞することができた。

 「円」が最も強い時代に、中国系の移民たちが「円」を求めて「円都(イェンタウン)」に移住して来る。彼らは「円都」で生きて行くために、手段を選ばない。いわゆる「やばいこと」にも手を染めて行くのだ。娼婦になって生計を立てているグリコは、母を亡くした女の子の面倒を見ることになる。女の子にはアゲハという名前が付けられた。アゲハはグリコを通じて、移民仲間たちの仕事を手伝うようになる。その仕事とは、何と、偽札作りだった。偽札作りで多額のお金を稼いだ彼らは、やがてライブハウスを開店させ、グリコはそのライブハウスで歌手としてのデビューを果たすのだった。

 本作の面白いところは、日本人の俳優さんたちが中国系の移民を演じていて、中国語や英語がポンポン飛び交っているところだろう。グリコを演じているCharaは、中国語と日本語を話している。アゲハを演じている伊藤歩ちゃんは、日本語と英語を話している。不法滞在者のフェイホンを演じている三上博史さんも、中国語と英語を話している。他にも複数の日本人の俳優さんたちが英語や中国語を話しているのだ。日本語もときどき出て来るのだが、大半は英語と中国語である。それなのに、私たち日本人から見れば「ガイジン」と呼ばれるような西洋人が、本作の中では「日本で生まれ育っているので日本語しか話せない」人物として登場している。そういう配役がとても面白い。

 物語は、全体を通して、とてもダークな世界が表現されていると言えるだろう。監督と脚本は、あの岩井俊二監督である。

 「本作は、一体誰の物語なのか?」と考えてみると、物語の中で唯一、大きな成長を遂げている人物がいる。もちろん、娼婦からメジャーな歌手に成長したグリコも大きな成長を遂げたと言えるのだが、やはり本作ではアゲハの成長ぶりに目を見張るものがある。アゲハは、名前もない状態から名前をもらい、中国系移民たちとの交流を経て、大きく成長して行く。いや、大きく成長して行くというよりも、アゲハがもともと持っていたものがどんどん引き出されて行ったのかもしれない。どんな強い相手も、アゲハと対立にはならない。アゲハは中立であるように見えていて、実は無敵なのだ。そう、本作は、かつては幼虫だったアゲハ(スワロウテイル)が成虫になる物語なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 思い切りダークな世界が表現されていますが、とてもエネルギッシュな作品だと思います。登場人物たちが織り成す様々な物語が、あちらこちらで成長して行きます。こういう台本を書ける人は、物事を常に多角的にとらえることのできる人だと思います。

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2014.01.29

ホットヨガ(三六三回目)

経過は良好!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。仕事が休みの間に実家に帰っておこうと思い、ガンモの運転するカングーに乗って、私の実家に帰って来ました。平日なので、高速道路は空いていたのですが、トラックが多かったですね。サービスエリアにも、たくさんのトラックが停まっていました。トラックの運転手さんは、運転席のカーテンを閉めて休憩されているようでした。夜通し走っていらっしゃるのかもしれません。トラックの運転席は広いですから、カーテンを閉めれば、おそらくゆったりと寝られるのでしょうね。たっぷりと睡眠を取って、無理のない運転をして欲しいものです。

 十一月二十八日木曜日、ようやく仕事の忙しさが落ち着いて来たので、またまた仕事帰りにホットヨガのレッスンを受けた。考えてみれば、ここのところ毎日のようにレッスンに通っている。この日は、十九時四十五分からのビギナーコースのレッスンを受けた。仕事が落ち着いて来たとは言え、この日も一時間だけ残業したので、レッスンに間に合うかどうか、いちかばちかの勝負だった。

 レッスンを担当してくだったのは、前日のレッスンも担当してくださった新米インストラクターさんである。

 ビギナーコースのレッスンは、受ける度に毎回、新鮮な気持ちにさせてくれる。気のせいか、スタジオの暑さも緩いように感じられる。おかげで、暑がりの私でも、一度もスタジオの外に出ることなく、最後までレッスンを受けることができた。とは言え、途中のうつ伏せのポーズは、子宮筋腫が大きかったために(くどいようだが、今はもう、大きな子宮筋腫はない)パスさせていただいた。

 レッスンに参加された方たちの中に、トライアルレッスン(お試しレッスン)を受けられている方たちがいて、レッスンの終わりに、
「二回目のレッスン、大丈夫でしたか?」
とインストラクターが声を掛けていらっしゃった。そこで私も、スタジオを出て行くときに、
「二回目のレッスン、大丈夫でしたよ」
と言いながらスタジオを出た。もちろん、私は二回目のレッスンを受けたわけではない。

 レッスンを担当してくださったインストラクターに聞きたいことがあったので、他の参加者の方たちが退出されて、ロッカールームにほとんど人がいなくなったのを確認してから尋ねてみた。それは、あるインストラクターが退職されてしまったのかどうかの確認だった。残念ながら、やはり退職されてしまったらしい。何と、身体を壊してしまったのだそうだ。幸い、そのインストラクターとは連絡が取れる状態らしいので、
「どうかよろしくお伝えください」
とお願いしておいた。インストラクターは、
「わかりました。伝えておきます」
と言ってくださった。

 こういうとき、身体のどこが悪いのか、もはや聞けない世の中になってしまった。昔は、どこの大学の出身だとか、どこの会社に勤めているかとか、そんなことを気軽に聞ける世の中だった。しかし、今は何となく、プライベートな領域には容易に踏み込んではいけないような雰囲気がある。

 着替えを済ませて受付に行くと、以前、おしゃれをして出掛けられていたインストラクターがいらっしゃったので、
「また行くんですか?」
と尋ねてみたところ、
「行かないですよ」
と言われてしまった。

 あいさつをして三宮店のスタジオをあとにしたわけだが、帰りのエレベータでゴキゲンな方たちと一緒にならなかったのは、とてもラッキーなことだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そろそろホットヨガ専用宝くじの当選番号の掲載も終わる頃です。結局、当選番号の掲載期間中に、スタジオに足を運ぶことができなかったので、当選番号を確認することができませんでした。残念ですが、仕方がないですね。(苦笑)

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2014.01.28

経過は良好!

釜あげうどんに魅せられるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。外食すると、ついついたくさん食べ過ぎてしまいます。意志が弱いのでしょうかね。自宅で過ごしたほうが食べ過ぎなくて良いのですが、それでは運動不足になってしまいます。どちらを選ぶべきか、困ったものですね。(苦笑)

 手術後、初めて電車に乗ってみた。できるだけ通勤に近い形で電車を利用するために、通勤時にいつも持ち歩いている荷物をリュックに詰めて出掛けた。とは言え、利用したのは混雑した通勤時間帯ではなく、しかも、実際の通勤とは反対方向になる大阪方面の電車である。まずは自宅から、自宅の最寄駅までガンモと一緒に自転車で移動し、駅の駐輪場に自転車を預けたあと、改札をくぐって電車に乗った。昼間の時間帯で空いていたので、ガンモと一緒にシートに腰を下ろした。

 JR東西線の北新地駅で降りて、The BARというピザのお店に足を運んだ。ここには食べ放題ビュッフェがあり、平日は千円でピザやサラダ、スパゲティなどが食べ放題となっている。更に二百円を追加すると、ドリンクバーもつけられる。私は、千円のランチビュッフェと一緒にドリンクバーも追加した。

 一方、ガンモはというと、二千三百円のプレミアムランチブッフェを注文した。私が注文した、プレミアムの付かない千円のランチビュッフェと何が違うのかと言うと、ランチビュッフェに世界一のピッツァ"D.O.C"~ドック~がつくということだった。ランチビュッフェを食べながら待っていると、何やらおいしそうなピザが運ばれて来たので、私も一緒に食べてみた。確かに、世界一と言われているだけあって、ジューシーなトマトがうまい具合にピザと融合していた。

世界一のピッツァ"D.O.C"~ドック~(撮影:ガンモ)

 またしてもお腹がいっぱいになってしまったので、カロリーを消費するためには運動が必要だと思い、十数分掛けて、JR大阪駅前にあるヨドバシカメラまでてくてく歩いた。電車にも乗り、たくさん食べて、たくさん歩いたが、これまでとほとんど変わることなく動き回ることができた。これならば、仕事に復帰しても大丈夫だろうと思う。ただ、行きも帰りも電車で座ることができたので、座れなかったときの状況は把握できていない。それに加え、下りの階段では、お腹に少し力を入れることが必要だとわかった。

 マイミクのRさんが、私の手術後の経過がとても良好だと喜んでくださり、うれしく思っている。確かに、手術直後から、私の経過はとても良好だった。というのも、麻酔から覚めて病室に運ばれた直後に、私はガンモに携帯電話を取って欲しいとせがみ、父や小学校時代からの友人のMちゃん、マイミクのRさん、そして勤務先の上司に、手術が無事に終わったことをメールで報告したからだ。実は、そのときの私は、まだ酸素マスクを着けている状態だった。ガンモは、
「手術が終わってまだ間もないときに、しかも、酸素マスクを着けている状態でメールを送るなんて!」
と驚いていた。ちなみに酸素マスクは、手術後、数時間だけ着けていた。

 また、手術後に錠剤の痛み止めを処方されたものの、結局のところ、一錠も服用しなかった。退院後も、お腹の痛みはほとんどなく、出血もなく、癒着もなく、便秘にもなっていない。やはり、とても良い医師が執刀してくださったことに加え、いろいろな方たちが想いを送ってくださったからだと思う。もちろん、亡き母も見守ってくれていたと思う。本当に感謝している。

 ただ、ガスがたくさん出ているので、仕事に復帰したときに、我慢できるかどうかが心配ではある。腸が元気なのはいいことなので、仕事中にガスを出したくなったら、席を立つなどの工夫が必要である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 電車に乗ったことと、たくさん歩いたことで、少し自信がつきました。階段を降りたりしなければ、手術を受けたことさえ忘れてしまいそうです。とは言え、仕事に復帰すれば、また睡眠不足の日々に戻ってしまうのではないかと心配しています。今のうちに、早めに就寝する癖をつけておきたいものです。

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2014.01.27

釜あげうどんに魅せられる

映画『カーマ・スートラ/愛の教科書』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あと一週間もすれば、仕事に復帰することになります。退院してから、まだ一度も電車には乗っていませんが、そろそろ乗ってみようと思っています。さて、今回は、お正月に帰省したときに利用した讃岐うどんのお店について書かせていただきます。

 お正月に帰省したときに、私の実家に一泊したあと、翌日はガンモが学生時代の友人たちと会うというので、香川県の高松市内にあるホテルにガンモと二人で泊まった。そして、高松市内のホテルをチェックアウトしたあと、お昼ご飯を食べるために、讃岐うどんのお店へと向かった。

 香川県には、有名な讃岐うどんのお店がいくつもあるのだが、何でもない週末にでも足を運ばない限り、有名なお店の讃岐うどんにはありつくことができない。というのも、有名な讃岐うどんのお店のほとんどが、お正月には営業していないからだ。普段から、たくさんの讃岐うどんファンが訪れているからなのか、「お正月にお店を開けておくと、全国からいろいろな人たちが集まって来てくれるので、お店が儲かる」という考えはないようだ。

 例えば、村上春樹さんの『辺境・近境』でも有名な、「なかむらうどん」は、ガンモの実家からそれほど遠くないところにある。しかし、帰省したときに何度足を運んでも、お店には「臨時休業」の看板が掲げられ、閉まっているのだ。ガンモは、たまたま会社の人たちと讃岐うどんツアーに出掛けたときに、「なかむらうどん」を利用したことがあるらしい。しかし、私はまだ一度も「なかむらうどん」のうどんを食べたことがない。もちろん、今回も閉まっていた。

 さて、「なかむらうどん」を諦めた私たちが次に足を運んだのは、こちらもガンモの実家から近い「蒲生(がもう)うどん」である。ガンモが購入したばかりのiPhoneにナビを頼んで運良く到着できたのだが、やはりお店は閉まっていた。讃岐うどんで人気のお店は、お正月はしっかりお休みをされるらしい。

 そこで、以前も利用したことのある「釜あげうどん 長田in香の香」に足を運んでみた。前回、利用したときと同じように、駐車場はいっぱいで、一時間半ほど待つことになる見込みだった。しかし、前回、利用したときは、待っている人の数は多くても、意外と進みが早かったので根気強く並ぶことにした。

長い長い行列に並ぶこと一時間半

 結局、最初の予想通り、一時間半ほど待つことになっただろうか。ようやくお店の入口に掲げられたのれんが見えて来た。

「釜あげうどん 長田in香の香」の「のれん」

 のれんをくぐり、お店の中に入って注文したのは、一つ千円のたらいうどん(小)を二つである。「釜あげうどん 長田in香の香」の公式サイトによれば、このたらいうどん(小)には、何と六玉ものうどんが入っているらしい。これを、ガンモと私でそれぞれ一つずつ注文したわけだ。

 「一人で六玉もうどんを食べるなんて!」と驚かれる方も多いかもしれないが、実は、こちらのお店の一玉は、他のお店の半分くらいだと思われる。というのも、前回、利用したときに、釜あげうどん (大) を注文したのだが、少し足りないくらいに感じてしまったからだ。おそらく、讃岐うどん好きの方たちは、いくつものお店をはしごされるので、お店としても、やや少なめのうどんを用意しているようだ。

 私たちは、讃岐うどんのお店をはしごする予定はなかったので、できれば今回はお腹いっぱいうどんを食べたいと思い、たらいうどん(小)を注文したのだった。ただ、注文するときに、お店の方に、
「たらいうどん(小)を二人で食べるのですか?」
と確認された。私が、
「一人一つずつで、(小)を二つお願いします」
と答えたところ、
「大丈夫ですか?」
と確認された。おそらく、私たちなら大丈夫のはずなので、
「はい、大丈夫です」
と答えた。

 店内はほぼ満席だったので、席についてからも、注文の品が届くまでしばらく待つことになった。このお店の特徴は、釜揚げうどんのだしが大きなとっくりに入れられていることである。そして、うどんのだしを入れる入れ物と、お茶を飲む湯飲みが同じなのである。そのため、同じ湯のみを二つ用意し、その一つには、テーブルの上に置かれている大きなとっくりの中からだしを入れて、もう一つには、お茶を注ぐのである。

 大きなとっくりからだしを注ぐときは、電線のようなものを手で持ち上げ、だしが出て来るまで、テーブルの上に倒すようにするのがコツである。だしの中には、ねぎやしょうがを入れておく。

 ようやく運ばれて来たたらいうどん(小)には、うどんがたっぷり入っていた。

たらいうどん(小)(撮影:ガンモ)

 「釜あげうどん 長田in香の香」の特徴は、麺が長いことである。たらいからお箸で麺をすくってだしの中につけようとするのだが、麺が長いために、なかなかうまく行かなかった。失敗すると、熱いうどんでやけどをしてしまいそうになってしまうのだ。それでも、だしがおいしく、量もたっぷりで、満足できた。

 私たちは、頑張って、それぞれのたらいうどん(小)を平らげた。満足して、お店の外に出ると、まだたくさんの人たちが並んでいた。おいしいうどんにありつくためには、いつも長く並ばなければならないが、また来たくなるお店なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「今日は、釜あげうどんの記事を書くので、お店で撮影した写真をちょうだい」とガンモに頼んだところ、写真を分けてくれたガンモは急に釜あげうどんが食べたくなったと言いました。そこで、二人で近所のうどん屋さんに釜あげうどんを食べに行きました。しかし、やはり、本場の讃岐うどんのほうが味は格別でしたね。この記事を読んでくださった皆さんにも、にわかに讃岐うどんを食べたくなる病が感染しますように。(笑)

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2014.01.26

映画『カーマ・スートラ/愛の教科書』

ホットヨガ(三六二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。年末年始と入院期間中、そして自宅療養期間中に、インターネットで鑑賞した映画が五十本を超えました。(苦笑)インターネットは映画の宝庫です。今回は、それらの鑑賞作品の中から、映画のレビューをお届けしたいと思います。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十一日のことである。実は、何年か前にDVDで鑑賞した作品ではあるのだが、YouTubeでの英語のfull movieのリストに出て来たので、日本語字幕なしの英語のみで鑑賞してみた。DVDで鑑賞したときには、性描写にがっかりしてしまったのを覚えているのだが、こうして再び鑑賞してみると、嫌悪感を抱く性描写と、好感が持てる性描写の両方が存在していたことに気が付いた。

ダイジェスト版

本編

 召使のマヤと貴族の娘タラは、幼馴染だった。あるときタラは、藩王ラジャのもとに嫁ぐことになる。しかし、ラジャの視線がマヤに注がれていることを知ったタラは、みんなの見ている前でマヤに唾を吐きかける。そのことを怨みに思ったマヤは、ラジャとベッドを共にしてしまうのだった。やがてマヤは宮廷を追われる身となるのだが、宮廷彫刻家ジャイと出会い、恋に落ちる。その後、マヤは、ジャイが紹介してくれたある女性のもとで性愛の聖典『カーマスートラ』の奥義を学び、再び宮廷に戻ることができるのだが・・・・・・。

 嫌悪感を抱く性描写というのは、ラジャがタラやマヤとベッドを共にするシーンだった。ラジャの行為には愛がなく、彼の取るどんな行為も、自分の欲望を満たすためだけの行為であるように思えた。そんな彼は、女性たちに施す愛撫も、ずいぶん手抜きだった。

 それに対し、宮廷彫刻家ジャイとマヤのセックスシーンは、愛撫も多く、愛に溢れていて好感が持てた。挿入そのものがセックスだと思い込んでいる人たちもいるのかもしれないが、本作を鑑賞すると、そうではないことがはっきりわかる。しかも、ちゃんと、愛のないセックスは、互いにとって良いセックスではないことが表現されていたのだった。

 更に面白いのは、愛撫には、男女の区別がないということだった。すなわち、本作には、女性同士の愛撫のシーンも盛り込まれているのだ。不思議なことに、そのようなシーンを目にしても、ちっとも嫌な感じはしなかった。相手を大切に想っていることを表現するために、愛撫のシーンがふんだんに取り入れられているようにも思える。だから、敢えて男女を区別しようとしなかったのかもしれない。

 若い頃に鑑賞したときには、本作で表現されている愛撫の素晴らしさに気付かず、過剰な性描写にがっかりしてしまったのだが、改めて鑑賞してみて、作り手が本作を通して表現したかったであろうことの本質に気が付いた。嫌悪感を抱く性描写と好感が持てる性描写の両方が存在していることで、作品全体が性愛の聖典になっているようにも思えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ベースに愛がないと、性描写に対して嫌悪感を抱いてしまうだけですね。反対に、ベースに愛があると、それが同性同士の行為であったとしても違和感を感じることなく鑑賞することができました。愛とは不思議なものですね。

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2014.01.25

ホットヨガ(三六二回目)

ほたるまちに浮かぶラバーダックの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今日で退院してから一週間が経過しました。まだしばらくはホットヨガのレッスンに通えそうもありませんが、年末に受けたレッスンで、まだ掲載していない記事がいくつもありますので、今日もその一つをご紹介させていただきます。

 十一月二十七日水曜日の仕事帰り、前日に引き続き、定時退社日だったので、またまたホットヨガの三宮店のスタジオで六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。この頃は、例え定時退社日であったとしても残業を余儀なくされることがあったので、ひとまずレッスンに参加するつもりで着替えなどを用意して家を出て、仕事を上がってからレッスンの予約を入れるというパターンが続いていた。一度、予約したレッスンをキャンセルできるのは、レッスン開始の二時間前までなので、レッスンに参加できるかどうかわからない状態で予約をしてしまうと、レッスンに参加できなくなったときにキャンセル料が発生してしまうからだ。

 前日に引き続き、割引回数券を勧めてくださった受付のスタッフと顔を合わせたので、お互い、「ガハハ」と笑った。後日、わかったことだが、このときにそのスタッフと顔を合わせたのが最後になってしまった。

 先日まで行われていたスタンプラリーの特典の水を受け取り、ロッカールームに入ったところで、オフィスに保冷専用ボトルを置いたまま退社してしまったことに気付いてしまった。そうなると、五百ミリリットル入りの水一本だけだけでは、レッスン中に飲む水が足りない。

 そこで私は、ホットヨガのレッスン用の大きなリュックの中から空のペットボトルを取り出して、水道水できれいに洗うと、水素水のサーバから水素水を注ぎ込んだ。こんなときのために、レッスンのときはいつも、空のペットボトルを持ち歩いているのだ。

 ロッカールームには、インストラクター募集の張り紙があった。誰かが辞めてしまったのだろうかと思い、三宮店のスタッフの写真を貼り出しているところで一人一人確認してみたところ、かつて、インドのお土産のポストカードセットを私にくださったインストラクターの写真がなかった。何らかの事情で退職されたのだろうか。心にぽっかり穴が空いたような気持ちになってしまった。

 レッスンの参加者は八名で、レッスンを担当してくださったのは新米インストラクターさんだった。これくらいの人数でレッスンを受けるのがちょうど良い。また、私にはリラックスコースのレッスンがとても合っているので心地良かった。

 喉が乾いていたため、用意した水をすぐに飲み干してしまった。水素水の水は冷えているので気持ちが良かった。受付で受け取った水がまだ手元に残ってはいたが、常温の水だったので、スタジオを出て、新たな水素水を補給しに行った。受付で受け取った水は、蓋を開けないまま、翌日の仕事に持参することにした。

 気持ち良くレッスンを終えてシャワーを浴び終えると、次のレッスンに参加されていた方たちが私に続いてシャワーを浴びていた。見ると、前日のレッスンでもお目に掛かった方たちが二人もいいらっしゃった。いずれもフリーパス会員さんである。毎日、レッスンに通っていらっしゃるとは素晴らしい。しかも、一日に少なくとも二本以上はレッスンを受けられているはずである。

 帰り支度を整え、エレベータに乗ろうとしたのだが、上の階から乗って来られた方たちで、エレベータはほぼ満員状態だった。そのため、私と一緒にエレベータが来るのを待っていた、私よりも荷物の少ない身軽な方に「お先にどうぞ」と促したものの、その方は、酔ってゴキゲンな方たちと一緒にエレベータに乗ることが少し迷惑そうだった。私は、もう一人の方と、あとから来た空のエレベータに乗って一階まで降りた。そして、かつて母と電話で話をした場所を通ってJR線の最寄駅まで出た。その場所を通るのは、いつまで経っても悲しいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 年末にレッスンを受けると、一回のレッスンに付き五枚のホットヨガ専用宝くじをもらえました。その宝くじがかなり貯まっているのですが、当選番号の発表が店内のみで行われているため、確認することができません。当選番号を確認するためだけに、レッスンを受けずにスタジオに顔を出して良いものかどうか、迷いながら、毎日を過ごしています。(苦笑)

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2014.01.24

ほたるまちに浮かぶラバーダック

自宅療養中の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 特に外での用事がない日は、ずっと自宅で映画を観ながら過ごしています。ガンモには、「映画の観過ぎだ」と呆れられています。(苦笑)考えてみると、今のうちにしかできないことなので、できれば平日のランチをどこかに食べに行きたいと思っています。さて、今回は、去年の十二月に大阪で見たラバーダックの記事をお届けします。

 去年の十二月二十三日、大阪にラバーダックが来ているとの情報を得たので、ガンモと一緒に大阪のほたるまち(中之島の対岸)に出掛けた。中之島あたりは、京阪電車を利用している人たちにとっては便利な場所になっているのだが、主にJR線を利用することの多い私たちには、少し不便な場所である。

 JR東西線の新福島駅で降りて、目的地を確認しようとして地図を見ていると、大阪の気のいいおじさんに、どこへ行くのか、道はわかるのかと声を掛けられた。私たちは、それほど困っているわけではなかったので、そのおじさんに、
「大丈夫です」
と答えた。こうした声掛けは、時には助けになることもあり、そういうときは有難いのだが、自分自身で地図を見て目的地を確認しようとしているのに、先回りされているような気がするため、実はあまり好きではない。

 ガンモが地図を確認し、すぐに目指すべき方向を定めた。公式サイトには、JR新福島駅から徒歩五分と書かれてあったが、実際はもっと歩いたように思う。

 ガンモが地図で確認した通りに歩くと、やがて、堂島川の上に大きなラバーダックが浮かんでいるのが見えた。私たちは、ラバーダックのすぐ近くまで、川沿いの道を降りて行った。

 十二月の下旬だというのに、日差しも暖かく、とても気持ちが良かった。私はデジタルカメラを持参していなかったので、仕方なく、携帯電話に付属のカメラでラバーダックを撮影した。私の携帯電話に付属のカメラは、ノートパソコンに付いているビデオチャット用のカメラと同じ角度に取り付けられたインカメラで、非常に撮影しにくい。携帯電話を百八十度折り曲げることができないばかりか、撮影時にのぞくことのできるファインダーもない。かろうじて、携帯電話の内側にプレビュー画面が表示されるのだが、有難くないことに逆像である。まるで、このカメラで外の景色は撮影するなと言われているようなものだ。そのため、自分で納得の行く写真を撮影できたことがない。そんな状況の中、何とかそれらしい写真を撮影することができた。

ほたるまちに浮かぶラバーダック

 祝日で、お天気も良かったためか、私たちが到着したあとも、次第にたくさんの人たちが集まって来ていた。ラバーダックを背景に、記念撮影をしている人たちもたくさんいた。ラバーダックは、子供の頃からお風呂の中で使うおもちゃとして親しんでいるので、大人が見ても、子供の頃のことを想い出して、気持ちが落ち着くのかもしれない。

 ところで、台湾でもラバーダックが展示されたものの、何と、大晦日に破裂してしまったそうだ。果たして、無事に修復されたのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに、ラバーダックは世界を旅すると言われてはいますが、実際には現地で製作されているそうです。空気を抜いて、世界のいろいろな場所に運ぶのかと思っていましたが、どうやらそうではなさそうですね。

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2014.01.23

自宅療養中

映画『スリーピング・ディクショナリー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 現在、ガンモはリフレッシュ休暇中で、私は手術後の自宅療養中です。今日は、リフレッシュ休暇中のガンモが少しだけ職場に顔出しに行きました。夜は飲み会に参加するとのことです。退院してから、ずっと二人で一緒に過ごして来たので、自宅にガンモがいないと、やはり寂しいものですね。ということは、私が入院していたときも、ガンモは自宅で一人寂しく過ごしていたことになりますね。やはり、夫婦は一緒に過ごすのが一番です。さて、今回は、退院後の経過について綴っておきたいと思います。

 今月十八日に退院した二日後、これまでの生活に戻るために、自転車に乗ってみた。入院保険の受け取りを申請しておきたかったので、自宅から自転車で十分くらいのところにある郵便局まで出向いたのだ。退院前にもらった「退院のしおり」には、自転車や自動車には、これまで通り乗ることができると書かれてあった。自転車に乗るのは、最初は少し怖かったが、乗ってみると、違和感を感じることなくスイスイ走ることができた。

 郵便局の女性スタッフに、何日間、入院していたか尋ねられたので、入院した日から指折り数えながら、
「十一日間です」
と答えた。すると、それを聞いた郵便局の女性スタッフが、
「まだ退院されてから二日しか経っていないんですね。どうぞお大事になさってください」
と優しい言葉を掛けてくださった。こうした言葉が、今はとても心にしみる。

 その帰りに、眼鏡を作りに行った。これまでは、ハードコンタクトレンズを愛用して来たのだが、遠くが見え易いように作ってしまっていたので、コンタクトレンズを装着しているときは特に、老眼鏡が必要になってしまった。しかし、眼鏡を掛けているときは老眼鏡が必要ないので、できれば眼鏡中心の生活に切り替えようかと思い始めたからだ。そして、軽い老眼鏡の入った眼鏡を二つ注文して帰って来た。

 手術後の経過はというと、癒着の兆しもなく、痛みもほとんどなかった。ただ、入院中は、自分の創(きず)をしっかりと見ることはなかったのだが、帰宅してからガンモに見てもらうと、
「二十センチくらい切ってると思うよ」
と言われた。まさか、そんなに切られているとは思っていなかったので驚いたのだが、確かにおへその下から恥丘のあたりまで、長く縫い合わせた痕があるのだった。ガンモは、
「あれだけ大きいものを取り出したんだから、十センチやそこらでは取り出せなかっただろう」
と言っていた。看護師さんの話では、手術の創は、時間が経てば、やがて白い線に変わって行くそうだ。そのためにも、腹帯(ふくたい)で創を保護しておいたほうがいいらしい。

 また、昨日は、ガンモと一緒に神戸市内にある大手家具店IKEAに足を運んだ。広い店内をガンモと一緒に歩いたのだが、それほど疲れを感じることもなかった。ガンモには、
「手術前よりも、歩くのが軽やかになってる」
と言われている。確かに、荷物を持っていないときは、むしろ歩くのが早くなったと感じるほどだ。それだけ重いものをお腹に抱えていたのに、ようやく解放できたということなのだろう。ちなみに、体重については、正確なところはわからないが、手術前よりも、少なくとも四キロは減ったままだ。

 あとは電車に乗って、通勤する練習をしておきたいところだが、まだ実践する勇気がない。電車の中で立っている時間が長いと、お腹の筋肉を使うことになるので、少し心配なのだ。できれば、来週あたりには、挑戦したいと思っているところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 手術を受けてから、早くも二週間が経ちました。術後の経過は良好だと思います。考えてみると、あっという間ですね。ガンモと一緒に自宅で過ごす時間が充実しているせいか、このままずっと仕事が休みであればいいのに、などと不謹慎なことを考えています。(苦笑)

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2014.01.22

映画『スリーピング・ディクショナリー』

ホットヨガ(三六一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 現在、自宅療養中のため、YouTubeでの英語のfull movieGyao!で映画三昧の日々を送っています。YouTubeで鑑賞する英語のfull movieは、広範囲に渡るために、好みの作品を探し当てるのがなかなか大変なのですが、Gyao!では、ミニシアター系映画館で上映されている作品も多々上映されていますので、好みの作品が見付かります。今回は、年末に鑑賞したYouTubeでの英語のfull movieからのレビューをお届けしたいと思います。

 本作を鑑賞したのは、十二月三十一日のことである。YouTubeで公開されているfull movieの中から、日本語字幕なしの英語で鑑賞した。アメリカ映画ではあるものの、イギリス人の役者さんたちが出演されているので、本作の中で話されている英語の多くはイギリス英語である。

 インドネシアのボルネオ島に、イギリスからジョンという若い行政官が赴任する。ボルネオ島では、現地の女性が、赴任した行政官とベッドを共にして、現地の言葉を覚えてもらう習慣があった。ジョンとベッドを共にする女性は、セリマという美しい女性だった。最初のうち、真面目なジョンは、セリマとベッドを共にすることを拒んでいたのだが、次第に二人は本当に愛し合うようになる。

 だいたい予想できるストーリー展開で、その予想は、最後まで大きく裏切られることはない。本作を通じて感じたのは、本当に愛し合う男女というのは、対等な関係を築こうとするということだ。そして、セックスシーンが美しく、優しく、微笑ましい。日本の映画では、なかなかこういう美しいセックスシーンが見られないのは、日本人のセックスが未熟だからなのだろうか。

 そして、本作もまた、映画『ひまわり』に通じるものがある。強烈に愛し合う人と離れたあとに結びつく人が気の毒なのである。そこには、強烈に愛し合う男女が描写されていたときには見られなかった感情の温度差が見受けられる。

 アメリカ映画なので、最後に迎えるのはハッピーエンドである。とは言え、ハッピーエンドの裏側には、心の中で泣いている人もいる。アメリカ映画であるがゆえに、そこまで細かく描写されることはない。そういう意味で、ちょっぴり物足りない作品ではあるのだが、主役の二人がかわいいので、ついつい応援したくなる作品なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ベッドを共にしないと、その国の言葉は覚えられないのでしょうかね。(苦笑)恋をすると、相手のことをもっと知りたいと思うので、そういう気持ちを利用することで、母国語ではない言語を覚えられるようになるのかもしれませんね。

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2014.01.21

ホットヨガ(三六一回目)

入院十一日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これからホットヨガの記事を書かせていただきますが、決して、退院後に早速レッスンを受けているわけではありません。(苦笑)レッスンに復帰するまでには、まだまだ時間が掛かりそうです。しばらくレッスンには参加できなくなると思い、年末に時間を見付けてはレッスンに通っていました。しばらくは、その頃のレッスンの内容をお届けします。

 十一月二十六日火曜日、仕事帰りに三宮店のスタジオで六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。この頃は、仕事がとても忙しく、帰宅時間が二十三時を回っていた。それにもかかわらず、翌朝は五時半には起きて、仕事に出掛けて行かなければならなかった。これまでは、毎朝五時に起きていたのだが、それではあまりにもきついので、五時半に起床するようにして、素早く支度することにしたのだ。この日は、定時退社日に当たっていたので、レッスンの準備を整えて出勤したというわけである。

 受付には、初めてお目に掛かるインストラクターがいらっしゃった。新しいスタッフなのだろうか。

 仕事中に、自宅から持参した水を飲んでいたので、レッスンのための水を補給するために、受付で受け取った。「受け取った」というのは、少し前に行われていたスタンプラリー(レッスンに参加すると、スタンプを押してもらえる)で、スタンプを貯めた景品として受け取った水の交換チケットである。そのチケットを使用して受け取った水は、クリスタルガイザーだった。常温保存なので、ちょっとぬるめだったが、自宅から持参した保冷専用ボトルには氷が入っていたので、受付で受け取ったクリスタルガイザーを保冷専用ボトルに足し込んだ。

 受付で、申し訳なさそうに、下段のロッカーの鍵を渡されたと思ったら、レッスンの参加者は十六名だった。週末並の参加人数である。

 私は、久しぶりのレッスンだったこともあり、いつも以上に身体が固く、思うようにならなかった。スタジオ内が暑くなっているのは大丈夫だったのだが、汗はあまり出なかった。

 今回も、巨大な子宮筋腫をかばいながらのレッスンとなった(今は、開腹手術を受けたので、巨大な子宮筋腫はもうない)。骨盤コースのレッスンは、うつ伏せのポーズはほとんどないのだが、前屈のポーズが多い。特にチャイルドポーズなどは、お腹に大きな子宮筋腫がある私には無理なポーズだった。

 参加人数が多かったため、レッスンを終えたあと、シャワーを浴びるのにしばらく並んだ。二十時から行われるスタンダードコースのレッスンも受けようかとも思ったが、翌日も仕事だったので見送った。元気なときには、続けてレッスンを受けてみるのもいいかもしれない。

 着替えを済ませたあと、受付で新たな回数券を勧められたが、五十回回数券を購入したほうが安いのではないかと言って、勧誘を断った。なかなか営業熱心なスタッフなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今はまだ、前屈すると、手術の創(きず)が痛むので、できるだけ前屈の姿勢にならないように気を付けています。胃の下あたりまであった硬いものが取れているので、前屈はし易くなっているのではないかと期待しています。

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2014.01.20

入院十一日目

入院十日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。退院して二日経ちました。時々鈍いお腹の痛みは感じますが、かつての生理痛ほどでもなく、経過はおおむね良好です。少しずつ外にも出て、身体を慣らして行かなければならないと思っています。それでは、またしても二日遅れで退院の日の記事をお届けします。この記事で、入院生活の記事は完結します。入院生活を応援してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 いよいよ退院の日である。今までで一番良く眠ることができた。とは言え、睡眠時間は確保できたものの、やはり長時間の熟睡はできず、二時間おきくらいに目が覚めてしまっていた。これは、病室が暖かいからなのだろうか。寒い自宅に戻れば、これまでのように熟睡できるのだろうか。

 朝食の時間になり、私にとって、入院生活最後の朝食を完食した。いつもは朝食の前後に看護師さんが体温や血圧を計りに来てくださるのだが、退院の日ともなると、それもなかった。何だか寂しいような、うれしいような、複雑な気持ちだった。

 その後、記事を更新しようとしていたところ、またしてもハリーコールが掛かった。今度も私が入院しているのと同じ階だが、病棟が違っていた。それでも、慌ただしい足音は聞こえて来た。

 更にその後、PCPSというキーワードを含んだアナウンスが、別々のタイミングで、二回、流れた。調べてみてわかったことだが、PCPSとは、心臓や肺の機能が弱ってしまった人のために取り付ける人工心臓心肺装置のことらしい。ということは、そのような装置を取り付ける必要のある患者さんがいらっしゃったということなのだろう。

 記事を更新し、洗面をしてから荷物まとめに取り掛かった。不要な着替え類や洗濯物、入院期間中に使わなかったものなどは、前日までにガンモに持ち帰ってもらっていたので、あとは病室に残っているものを次々にスーツケースに詰めるだけだった。病室に持ち込んだスーツケースは、旅行用スーツケースとは別に、母が入院していたときに、私自身が病室で過ごすために購入したものである。そのスーツケースを、今回は自分の入院のために使用したというわけだ。

 病室は、四人部屋であるにもかかわらず、機能的な収納スペースがたくさん用意されていて、多くの荷物を収納することができた。私はそれらの収納スペースから、忘れ物がないように注意しながら、スーツケースに戻して行った。

 荷物をまとめ終えて落ち着いていると、看護師さんが来てくださり、退院のための説明を受けて、書類にサインをするように言われた。そのときに、二週間後の外来での診察予約票も受け取った。

 十一時過ぎにガンモが迎えに来てくれたので、病室から荷物を運び出した。いつも、旅行で宿泊したホテルをチェックアウトするときのように、「ありがとう。お世話になりました」と心の中で病室に御礼を言った。そのあと、ナースセンターに立ち寄り、退院のごあいさつをさせていただいた。土曜日なのに、担当医もいらっしゃったので、御礼を言って、病院をあとにした。

 カングーに荷物を積み込むときに、やはりスーツケースは重かったので、ガンモに抱えて積み込んでもらった。カングーに乗り込んでからすぐに、父に電話を掛けて、無事に退院できたことを伝えた。そのあと、ガンモが予約してくれていたカニ食べ放題のお店に足を運び、ゆっくり昼食をとった。退院時に、「カロリーの取り過ぎには注意してください」と看護師さんから言われていたので、食べ放題のお店でもがむしゃらに食べることはせず、いつもよりも控えめにしておいた。

 そのあと、久し振りの我が家に帰宅した。ガンモは、私が同じ部屋にいるので、ニコニコしていた。

 さて、昨日、書き忘れたことがあったので、追加で書かせていただくことにする。退院の説明を受けたときに、看護師さんから、今後も腸閉塞の心配があるので、便やガスが出なくなってしまったり、また、便が出なくなって吐き気がする場合は受診するように言われた。更に、これから先、万が一、救急車で搬送されるようなことがあった場合には、過去に開腹手術を受けていることを救急隊員に伝えて欲しいとも言われた。開腹手術を受けていることで、処置の内容が異なるのだろう。

 帰宅してからわかったことだが、私の手術を担当してくださった、I医師が紹介してくださったベテラン医師は、震えが来るくらい著名な医師であることがわかった。I医師は、本当に素晴らしい医師を紹介してくださったようだ。私のお腹の脂肪が厚くても決して動じることなく、また、癒着に関して言及しなかったのも、これまでのノウハウがあるからだということが良くわかった。確かに、手術後の傷は、多少、突っ張る感じはあるものの、痛みを感じるまでには至っていない。

 ただ、仕事に関しては、二月の第一週から復帰する予定にしてはいるものの、少し不安がある。集中力が失われていることも理由の一つだが、通勤に一時間半掛かるので、満員電車の中で座れない場合など、長く立ち続けることで腹圧を使うことになってしまわないか、心配なのである。また、急いで歩くことも走ることも難しいはずなので、余裕を持って家を出る必要がある。これまでは、七時過ぎに家を出ていたのだが、六時半過ぎには家を出たほうがいいのかもしれない。そうなると、ずいぶん忙しい朝になりそうだ。いずれにしても、不安を解消するためにも、仕事に復帰するまでの間に、自転車に乗ったり、電車に乗ってみたりしながら、少しずつ元の生活に戻れるようにしておこうと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモのいる我が家に戻って来ました。(笑)リフレッシュ休暇中のガンモは、毎日、病院に通ってくれて、とても有難く思いました。ニコニコしているガンモの顔を見るのはいいですね。退院してからも、ベッドでうとうとしていると、病室のベッドでまだ寝ているような気がして目が覚めます。しかし、ベッドが電動でないのと、目が覚めたときに目に見えるもので、ここは病室ではないのだと気付きます。電動ベッドでなくても、自分の力で起き上がれるようになっているので問題はないのですが、電動ベッドは、高さを自由に変えられたので、かなり名残惜しいですね。(苦笑)

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2014.01.19

入院十日目

入院九日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。十一日間の入院生活を経て、昨日、無事に退院することができました。病院と自宅では、室温が十度以上違っているのですが、やはり厚着をして過ごせるくらいの自宅の温度が、私には過ごし易いようです。ガンモは、私が同じ部屋にいると暖かいと言ってくれています。人の体温が室温を上げるというのは、ホットヨガのレッスンでも実感していますが、実生活ではあまり聞いたことがなかったので、新鮮でした。それでは、既に退院してしまっていますが、今日も二日遅れの入院記事をお届けします。

 手術を受けられた同室の患者さんに付き添われていたお母様は、パイプ椅子の上で一夜を過ごされたのだろうか。全身麻酔の手術を受ける患者さんが穿く血栓予防のための弾性ストッキングは、お母様にも必要だったのではないだろうか。また、その患者さんは窓際のベッドだったので、寒かったのではないだろうか。お母様が何時まで付き添っていらっしゃったのかはわからないが、私は頭の中でそんなことを考えていた。

 朝食も完食した。抗がん剤の投与を受けていたであろう同室の患者さんが退院されるようなので、これまでごあいさつ程度しか言葉を交わしたことがなかったが、
「ご退院おめでとうございます。どうぞお大事になさってください」
と声を掛けさせていただいた。その方には中学生くらいの息子さんがいらっしゃるようで、良くお見舞いに来られていた。ご飯の時間になると、真っ先に病室を飛び出して行って、お母様のための食事を看護師さんから受け取って病室に戻って来る、優しい息子さんだった。それだけ濃厚な時間を過ごしていると言える。

 朝食後に、担当医による退院診察があった。あの屈辱的な婦人科の台にはもう座ることはないと思っていたのだが、そこに座って足を開くと、検診のための機器が入れられた。

 担当医によれば、手術あとに一センチ四方くらいの血腫があるそうだが、それはやがて吸収されて行くものらしい。そのときに、多少、発熱することもあるそうだが、それほど高い熱にはならないだろうとのことだった。そして、
明日の退院が正式に決定し、次は二週間後に外来で診察を受けることになった。私は、ヨガのレッスンにはいつ頃復帰できるか、担当医に尋ねてみたのだが、担当医はしばらく考えて、
「二週間後の診察のときに、また相談しましょう」
と言ってくださった。

 看護師さんに、明日はお昼ご飯を食べてから退院するかどうか尋ねられたので、お昼ご飯を食べずに退院すると答えた。退院祝いに、ガンモとおいしいものを食べに行こうと思っていたからだ。

 昨日、手術をされた同室の患者さんが医師の説明を受けていた。子宮筋腫も摘出したものの、通常の子宮筋腫とは形状の異なるものが取り出されたそうだ。しかし、それが、がん化しているわけではないとのことだった。それでも、その後の看護師さんとの会話の中に、「腫瘍マーカの値が下がっているかどうか」というキーワードが出て来たので、やはり何らかの悪性腫瘍を取り除くための開腹手術だったようだ。

 お昼ご飯を食べたあと、同室の患者さんが退院された。この病室内で、とうとう私が一番の古株になってしまった。そのあと、先ほど退院さたばかりのベッドに、午後から別の患者さんが入って来られた。相変わらず、ものすごいローテーションである。

 翌日の退院が決定したので、看護師さんが「退院のしおり」を持って来てくださった。「退院のしおり」に、私が先に一人で目を通したあと、看護師さんが説明を加えてくださった。「退院のしおり」には、

・シャワーは良いが、入浴はしばらく控えること

 お腹の傷は塞がっているように見えても、膣側の傷がまだ塞がっていないので、お風呂に入るとそこからばい菌が入ってしまう恐れがあるからだそうだ。

・重いものを持たないようにすること

 腹圧が掛かる作業は避けたほうがいいとのことだった。

・性生活は三ヶ月ほど控えること

 こちらも、膣側の傷がまだ塞がっていないので、控えるように書かれていた。

 そして、大量に出血したときや三十八度を超える高熱が出たとき、下腹部痛がひどいときなどは、病院に電話を掛けて、すみやかに受診するように言われた。

 私自身も何となく感じてはいたのだが、手術を受けたあとは、体力が落ちているそうだ。また、長い時間、同じ姿勢を保っていられなかったり、集中力を失っているようにも感じていた。何かをしたいと思っても、腰が重く、なかなか実行に移すことができなかったりした。

 また、看護師さんには、表面の傷が治っているように見えても、お腹の中の傷はまだ治っていないので無理をしないように言われた。お腹の中の傷が完全に治るまでには三ヶ月から六ヶ月くらい掛かるそうだ。それまでの間は、腹圧が掛かるような動作は控えるべきだそうだ。

 私は、癒着のことが気になっていたので、改めて看護師さんに尋ねてみた。すると、看護師さんは、
「初めての開腹手術の場合は、ほとんど気にすることはないと思います」
と言ってくださった。確かに、私にとっては初めての開腹手術である。しかし、手術後の癒着の話は、身近でも良く聞いていた。親戚の女性も開腹手術を受けたあとの癒着がひどく、痛みを感じたと聞いていた。しかし、手術の説明を受けたときも、こちらが持ち掛けなければ癒着の話は出て来なかった。それは、癒着に対して無頓着であるということではなく、癒着に対応できるだけのノウハウがあったということが、退院したあとでわかったのだ。

 看護師さんによれば、更年期障害の外来も受け付けてくださるそうだ。私は、がんの患者さんを扱うような大きな病院で、更年期障害の外来にうかがうのも何だか気が引けると思ったのだが、とても良い病院なので、今後も繋がりを持っておきたい気持ちもあった。ただ、I医師のいる病院のように、土曜日に受診することができないので、それだけが問題である。

 夕方、ガンモが来てくれたので、一緒に晩ご飯を食べた。平日の面会時間は十九時までなので、病院と職場がよほど近所でもない限り、仕事を持っている人はほとんど面会には来られないだろう。しかも、今回の私の入院は、間に三連休を挟んでいたので、入院して手術を受けると誰かに話せば、三連休の間に無理に時間を作ってお見舞いに来てくれようとする人もいるかもしれないと思い、近場の人たちには黙っておいた。そういう方たちには、退院後に知らせるつもりだ。

 夕食後、看護師さんが病室に来てくださり、入院費の清算について聞かせてくださった。看護師さんによれば、今日は退院される患者さんの数が多かったので、精算の処理が間に合わなかったそうだ。明日の土曜日に退院することになっているのだが、入院費の清算がまだできていないので、精算もせずにそのまま退院し、後日、病院から連絡があるのを待つように言われた。支払いのためだけに病院に来なくても良いとのことなので、二週間後の診察のときに、一緒に入院日を支払うようにすると言っておいた。ちなみに、その看護師さんは、手術後の夜に、私が腰の痛みを訴えて何度もナースコールをさせていただいたときに、腰の痛みを軽減するために身体の向きを変えてくださった看護師さんだったので、
「夜中に何度もありがとうございました」
と御礼を言っておいた。

 眠くなったので、早めにベッドの上に横になったのだが、悪性腫瘍を取り除くために手術を受けた患者さんのベッドから泣き声が聞こえて来た。心の奥底から沸き上がって来る深い悲しみをこらえ切れないような、とても辛そうな泣き声だった。カーテン越しにその泣き声が漏れ聞こえて来ても、私にはどうすることもできなかった。

 しばらくすると、またしてもハリーコールが掛かった。今度は、私が入院している病棟の同じ階だった。しかも、私のいる病室からずいぶん近いようだ。
「どこですか?」
と緊迫した雰囲気で病室を確認しながら、たくさんの人たちがこちらに向かって走って来るのがわかった。やがて、患者さんの名前を呼び掛けている声も聞こえて来た。そこには、ものすごいエネルギーが流れていた。普段、生活をしていると、誰かのためにこんなに一生懸命になる現場に遭遇することはない。命を扱う病院では、瞬間的に、誰かのために一生懸命になることができる、エネルギーの高い場所なのだと思った。

 しばらくすると静かになった。同室の患者さんのところに訪れた看護師さんと患者さんとの会話から、ハリーコールの対象となった患者さんの症状が落ち着いたことを知って安心した。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 入院最後の夜となったわけですが、またしてもハリーコールでドキドキしました。それでも、症状が落ち着いたようで良かったです。良く、自分が入院したり、身近な人が入院したりすると、医療の現場で働きたいと思う方がいらっしゃるようですが、そういう気持ちもわかるような気がしました。おそらく、常に高いエネルギーを感じていたいのでしょうね。

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2014.01.18

入院九日目

入院八日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この記事を書いたあと、退院のための荷物まとめに入りたいと思います。快適だった電動ベッドを持ち帰りたい気分です。(苦笑)それでは、またまた二日遅れの入院記事をお届けしますね。

 寝不足の状態が続いていたためか、二十時半を過ぎると眠くなってしまい、ベッドに横になった。しかし、二十二時までは暖房が強いため、この時間帯から眠るとなると、どうしても薄着になってしまう。薄着のまま寝てしまい、夜中に目が覚めたときに暖房が緩くなっていて風邪を引いてしまえば、また咳をするのが辛い。そんな葛藤と戦いながらも、眠気には勝てず、ひとまず薄着のままで眠りに就いた。

 消灯前後に目が覚めたので、首元を暖めて再び眠りに就いたところ、またしても夜中に目が覚めてしまった。夜中にごそごそしていると、テーブルの上から眼鏡を落としてしまった。慌てて拾い上げてみると、眼鏡のフレームがまっぷたつに割れていた。古い眼鏡だったので、いつ壊れても仕方のない状況だったが、眼鏡が使えないのは困る。昼間はコンタクトレンズで過ごすとしても、夜は眼鏡に切り替えたいのだ。

 壊れた眼鏡を持って、ナースステーションに駆け込もうかとも思ったが、やめておいた。ガンモがまだ起きていることを期待して、LINEで呼び掛けてみたところ、応答があった。ガンモに事情を話すと、予備の眼鏡を持って来てくれることになった。壊れた眼鏡は、ガンモが治してくれるらしい。ガンモが修理好きで良かった。こうしてモノが壊れても心強いからだ。安心した私は再び眠りに就き、朝を迎えた。

 慢性じんましんのために服用している薬(タリオン錠)を一週間も飲んでいなかったためか、肌の痒みが出て来た。服用すると眠くなる薬なので、就寝前に服用しようと思う。逆に、一週間も薬を飲まずに過ごせたということは、慢性じんましんとなる原因が自宅にあるのだろう。

 朝食を完食したあと、洗濯をしておいた。朝から活動すると、気持ちがいい。

 昨日、子宮鏡で手術を受けられたであろう同室の患者さんは、早くも今日のお昼前に退院された。

 看護師さんが私のところに来てくださり、
「順調ですね」
と言ってくださった。看護師さんによれば、明日、退院診察があり、それで何もなければ、翌日の退院となるようだ。

 今日、手術を受けられる同室の患者さんは、前の手術が長引いているとかで、待たされていた。私は朝一番の手術で、しかも手術時間が一時間ほど長引いたので、誰かを待たせてしまったかもしれない。その患者さんは、およそ一時間遅れで手術室に向かった。

 子宮鏡で手術を受けられたであろう同室の患者さんのあとに、また新たな患者さんが入って来られた。すごいローテーションである。翌朝、浣腸すると聞こえて来たので、どうやら開腹手術を受けられるようだ。

 夕方、シャワーを浴びて病室に戻ったところ、お昼から手術を受けられた同室の患者さんが病室に戻って来られた。心の奥底から込み上げて来るものがあり、涙が出て来た。「お疲れさま。手術が無事に終わって本当に良かったね」と声に出せない想いが溢れて来たのだ。お母様と思われる方が、看護師さんに、
「無事に手術をしてくださってありがとうございました」
と言っているのがカーテン越しに聞こえた。

 その患者さんは、悪性腫瘍を取り除くための手術を受けたようだが、手術に掛かった時間はおよそ三時間半だった。私はというと、悪性腫瘍ではなく、子宮と子宮筋腫を取り除くための手術だったのに、サイズが大きいために四時間掛かった。

 その患者さんは、お腹の痛みがひどいようで、別の痛み止めが使われることになった。また、吐き気もあるそうで、吐き気止めの薬も出るという。受け皿が置かれると、すぐに吐く音が聞こえて来た。私のときよりも辛そうだ。

 夕方、担当医が来てくださり、私のお腹から取り出したものを検体検査した結果、筋腫のみだったと報告してくださった。病院側の規則で、取り出したものを検体検査することになっているのだ。筋腫のみだということは、すなわち、良性だったということだ。良かった。そして、やはり明日、退院診察を受けて、それで何もなければ、あさって退院できると言ってくださった。

 がんの治療を受けていたであろう同室の患者さんが、退院を前にして泣いていた。私が入院したときからいらっしゃる患者さんである。いろいろ思うところがあるのかもしれない。看護師さんも、
「頑張ってください」
とおっしゃっていた。「頑張ってください」ということは、退院しても、まだ治療は続くということなのだろう。私が退院するときはきっと、「頑張ってください」とは言われないだろう。

 手術を受けられた同室の患者さんは、その後も痛がっていた。私はお腹の傷の痛みよりも、腰の痛みのほうがひどかったので、痛みの個人差に驚いている。

 夕方、ガンモが来てくれたので、夕食を一緒に食べた。夕食も完食である。

 二十一時過ぎに、これまで聞いたことのない男性の院内アナウンスで、ハリーコールが掛かった。ハリーコールとは、容態が急変した患者さんに対応できる医師を召集するためのアナウンスらしい。ドキドキした。どうか適切な処置が行われ、容態が急変した患者さんの命が救われますように・・・・・・。

 手術を受けられた患者さんには、付き添いの方がいらっしゃった。面会時間を過ぎても、付き添いの方がまだ病室にいらっしゃるのを感じていたのだが、何と、夜通し付き添っていらっしゃった。同室の私たちに迷惑を掛けないように、患者さんと話もせず、音も立てずに気を遣ってくださっていたので、どなたが付き添いされているのか、なかなかわからなかった。のちにわかったのだが、何と、付き添いの方は、その患者さんのお母様だった。娘に対する母のただならぬ愛情に感動した夜だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ハリーコールに、夜を徹しての付き添いと、病院は、感情が大きく揺さぶられる出来事ばかりです。そんな病院で、看護師さんは、患者や家族から情報を集めて医師に伝え、医師は与えられた情報や患者の状況から判断して、適切な処置を行うのですね。病院にいたら、本当に涙腺が緩くなってしまいそうです。

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2014.01.17

入院八日目

入院七日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。明日、退院できることが正式に決定しました。励ましてくださった皆さん、本当にありがとうございます。入院中の記事がまだ残っていますので、退院してからも二日くらいは継続させていただきますね。それでは、今日も二日遅れの入院記事をお届けします。

 その後、糸が引きつるような感覚は次第に軽減され、比較的良く眠ることができた。ただ、朝食の準備が整ったというアナウンスが流れるまで、二度寝、三度寝を繰り返していた。

 朝食も完食した。朝食は、毎回、必ずお粥なのである。中には、朝食にパンが出ている患者さんもいらっしゃるようだが、お粥を食べるとお腹が温まるような気がするので、私にはいいみたいだ。

 朝食後に担当医が来てくださり、
「今日は血液検査があります」
と知らせてくださった。

 看護師さんや担当医に、糸が引きつるような感覚があることを伝えると、手術痕を無理に縫い合わせているので、多少はそのような感覚があってもおかしくはないと言われた。引きつるからと言って癒着ではなく、特に心配はいらないそうだ。実際、引きつるような感覚が持続したわけではなく、これまでとほとんど変わりなく過ごすことができた。

 九時頃に血液検査のための採血が行われた。そのあと、別の看護師さんが体温と血圧を測りに来てくださった。この看護師さんはとてもかわいらしく、手術の直後に私の世話をしてくださった看護師さんでもある。また、手術翌日からの歩行練習に付き添ってくださった看護師さんでもあり、ガンモも彼女のファンである。夫婦して、女性の好みが一致しているのだ。

 同室の患者さんが退院されるというので、これまであいさつ程度しか交わしたことがなかったが、
「今日、ご退院されるんですね。おめでとうございます」
と、声を掛けてみた。彼女はがんなのに、私のことまで気遣ってくださった。また、看護師さんにもきちんとあいさつをされていた。むしろ、看護師さんや医師のほうから、彼女のところに次々にあいさつに訪れるのだった。それらが形式的なものではないことは、会話の内容からも感じ取ることができた。何だろう。とても不思議な魅力を持った方だと感じた。そんな彼女は、お昼前には退院して行った。

 お昼御飯も完食した。病院食だけでは足りなかったので、ガンモが持って来てくれたお菓子を食べた。

 昨日、入院された同室の患者さんは、午前中に手術を受けていた。しかし、十時に病室を出て行ったというのに、十一時過ぎには病室に戻って来ていた。しかも、カーテン越しだったので、手術室から何で運ばれて来たのかはわからないが、自分でベッドに移るように言われていたので、ひょっとすると、子宮鏡を使った手術を受けられたのかもしれない。その患者さんのお父様らしき方が、
「明日、退院できるんやろ?」
とおっしゃっていた。

 その患者さんのことを、私たちの気になる看護師さんが世話をされていたので、何となくうらやましかった。

 私はというと、相変わらずトイレの回数が多かった。一体どこからこれだけの水分が出て来るのだろうと思っていたところ、手術前よりも足が細くなっていることがわかった。どうやら下腹部にあった大きな塊を取り除いたことにより、血液の流れが良くなったらしい。パンパンだったふくらはぎが、いつの間にかタルタルになっていた。着けていた指輪も緩くなってしまったので、それぞれ太い指にシフトさせた。

 午後になると、午前中、退院された方のあとに、新たな患者さんが来られたので、四人部屋の病室はいっぱいになった。ご主人様やお母様とご一緒である。またしても、「PET-CT」というがんのキーワードが聞こえて来た。ああ、この方もがんなのかとお気の毒に思ってしまった。しかも、この病院への入院も初めてではないようだ。子宮筋腫もあるとかで、
「私は(子宮筋腫が)大きくて八センチあります」
という会話も聞こえて来た。私からすれば、ずいぶんかわいい子宮筋腫である。明日、開腹手術を受けられるようで、私と同じような説明を受けていた。

 ただ、私には、午前中に退院された患者さんの存在が大きかったようで、心にぽっかり穴が開いたような気持ちになってしまった。ほとんど会話もできなかったというのに、彼女の魂に好感を持ったようだ。

 十五時四十分からシャワーを浴びることをガンモに知らせると、「じゃあ、シャワーを浴びてリラックスしているところを写真に撮りたいので、シャワーを浴びた頃に行く」とLINEに返信があった。そして、時間通りにやって来たガンモは、髪の毛が濡れたままベッドの上でリラックスしている私の写真を撮り、父の携帯電話にメールで添付していた。

 ガンモは病室に来ると、
「ここはあったかくて眠くなる」
と言う。昨日もそうだったのだが、病室のベッドに二人で並んで横になり、少し休んだ。幸せなひとときだと思った。看護師さんがカーテンを開けて、そんな私たちを見付けて笑ってくださればいいのにと思ったが、それは叶わなかった。

 夕食も完食した。やはり病院食だけでは足りなかったので、ガンモが持って来てくれたお菓子を食べた。疲れ易くはなっているものの、ぐんぐん回復しているようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子宮と巨大な子宮筋腫を摘出していただいたものの、これまで私の身体をそのような状況に追い込んでいた原因が、次にどこに矛先を向けるのかが心配です。手術で取り除くことが根本原因の解決にはなっていないと思いますので、今後も注意が必要ですね。

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2014.01.16

入院七日目

入院六日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。まだ本格的に決まったわけではないのですが、順調に回復しているため、そろそろ退院の日も近いようです。最初は二週間の入院と言われていたのですが、実際に入院してみると、手術後九日間の入院が基本のようです。ということは、手術の前日に入院するわけですから、入院日と手術日を足し込むと、合計十一日間の入院ということになるのでしょうか。それでは、またまた二日遅れの入院記事をお届けします。

 やはり、夜、なかなか眠れない。一時半を過ぎても眠れないのだ。それなのに、六時半前には起きてしまう。昼間に一時間ばかり昼寝したが、それでもいつもよりも睡眠時間が短い。運動量が足りていないために、夜、眠れないのだろうか。

 結局、二時過ぎにようやく眠りに就いたのだが、なかなか寝付けない原因がようやくわかった。足首が冷えているのだ。

 今でこそ暑がりの私だが、冷房対策カテゴリにもあるように、かつてはオフィスの冷房にひどく悩まされたことがあった。そのとき、足首が冷えてしまうと、夜、眠れないという辛い経験をして来た。

 更年期障害で上半身のほてりが出ている今も、下半身の冷えは続いているので、足には冷え取りのための靴下を重ね履きして、更にレッグウォーマーで守っていた。しかし、手術を受けてからは、しばらく弾性ストッキングを穿いていたこともあり、レッグウォーマーを使用していなかったのだ。夜中に、どうもこの不眠は足首の冷えから来ていると思い、持参していた羽毛のレッグウォーマーを履いてみたところ、良く眠れたというわけだ。もっと早く気付くべきだった。

 いつもは六時過ぎ頃に目が覚めてしまうのだが、寝不足だったためか、六時過ぎにいったん目が覚めても、いつの間にか眠ってしまったようで、朝食の準備が整ったという七時の館内放送で再び目が覚めた。

 朝食は全部平らげた。そして、処方されている便を柔らかくする薬(マグミット錠)の服用を再開した。

 同室の患者さん二人が話をしているのが聞こえて来た。その中に、やはり抗がん剤の話が含まれていた。二人とも、かれこれ一ヶ月以上は入院しているようだ。治療にお金が掛かると嘆いていた。確かに、手術を受けたり、入院期間が長くなれば、医療費もかさむだろう。しかも、がんとなれば、精神的にも厳しいはずだ。

 ガンモは、義母がとある肉腫で亡くなってから、がんを患った方たちが書かれたブログを読むようになった。そうしたブログの中で、昼間は明るく振る舞っていても、夜になると病室からすすり泣きが聞こえるという記事を読んだことがあるそうだ。

 私は、子宮を全摘する手術を受けて、あとは傷口の回復を待つのみである。そんな私が、がんで入院されている方たちの辛さをわかるはずがない。母が入院していたときでさえ、母の本当の辛さをわかってはいなかったのではないだろうか。そんなことを思いながら、私自身が夜中にすすり泣いた。

 朝食後に回診があった。まずは担当医が来てくださり、特に変わりなく、順調に回復していることを伝えた。そのあと、I医師が紹介してくださったベテラン医師の回診があった。手術を担当してくださった医師でもある。このときも順調であると答えた。

 回診のあと、看護師さんによる血圧と体温の測定があった。傷口も診てくださり、きれいに塞がって来ていると言ってくださった。

 そのあと、私は入院して初めてのコーヒーを飲んだ。手術を受けてからしばらくは、コーヒーを飲みたいとは思わなかったので、身体が少しずつ元に戻って来ていると判断して良さそうだ。

 お昼御飯もすべて平らげた。病院食だけでは足りなかったので、食後に、ガンモが持って来てくれたお菓子をほおばった。

 同室の患者さんが、看護師さんと会話されている中で、「頭のMRI」という言葉が出て来た。「えっ? まさか脳転移、すなわち、転移性脳腫瘍の可能性があるのだろうか?」と驚いた。やはり、母のことを想い出したが、今、こんなにも気丈に振る舞っていらっしゃる患者さんに、もしも脳転移があるのだとしたら、本当にお気の毒で仕方がなかった。おそらく、私と同じくらいか年下の女性なのに・・・・・・。その患者さんに、長生きして欲しい。

 午後から、同室に新たな患者さんが入って来られた。ご両親とご一緒である。明日、手術を受けられるらしい。思えば、私も一週間前に入院して、手術を受けたのだった。もし、その方が子宮全摘手術を受けられるのであれば、励ましてあげられるのに、なかなか同室の方と話すきっかけがつかめない。

 午後からガンモが様子を見に来てくれた。消耗品と、お菓子の差し入れが有り難かった。私はガンモに、
「三食付きであったかいし、ベッドは自由に調整できるし、ここにずっといたいよ」
と不謹慎なことを言った。それに対し、ガンモは、
「禁止!」
と言った。

 夕方、シャワーを浴びた。その直後に看護師さんが来てくださり、血圧と体温を測ってくださった。血圧は、高いほうが百三十台だった。看護師さんに、
「夕べから、排尿の回数が増えていて、二十分に一回のペースでトイレに行っているんです」
と報告した。すると看護師さんは、まず、膀胱炎を疑ったようで、
「排尿時に軽い痛みがあったり、残尿感があったりしますか?」
と尋ねてくださった。私は、
「そういうことはありません」
ときっぱり答えた。看護師さんは、水分をたくさん取っているので、尿の量が多くなっているのではないかともおっしゃったのだが、今は意識して水分を多く取っているわけではなかった。ただ、気になっていたのは、冷たい煎茶を飲んでいたことだった。そのことを看護師さんに確認してみたところ、
「煎茶を飲むことで、尿の回数が増えるということはないと思います」
と言われてしまった。

 以前、母に、免疫力アップのために、カテキン入りの緑茶を飲むように勧めたことがあるのだが、そうすると、母は、トイレに行く回数が増えたと言っていた。そこで、飲む量を同じにして、水に切り替えてみたところ、トイレに行く回数が減ったと言っていた。そのことからすると、やはり緑茶には利尿作用があると考えてもいいと思うのだ。

 私はいろいろ考えて、
「ひょっとすると、足が冷えているので、それでトイレに行く回数が増えているのかもしれません」
と言ってみた。結果的に、私の排尿回数が増えたことについては、様子見となった。看護師さんは、もし気になるようであれば、退院後の診察が一ヶ月後になるので、それまでの間に泌尿器科の診察を受けることもできますと言ってくださた。

 そして、待ちに待った夕食も完食した。運動量は少ないものの、お通じの回数も増えているためか、お腹が空くのだ。夕食が少なく感じられたので、食前にガンモが持って来てくれた小さなバナナを一本と、食後にクッキーを数枚食べた。

 明日、退院される患者さんに、看護師さんがあいさつに来られた。夜勤なので、その患者さんが退院される頃には、勤務を終えて帰宅されているためらしい。同室の患者さんは、看護師さんにお礼を言いながら泣いていた。カーテン越しにそれを聞いている私まで、何だか涙腺をぐっと刺激された。同室の患者さんは、がんの手術を受けて入院されていた。しかも、初めての手術ではないらしい。二回目の手術でかなり凹んだけれど、看護師さんの言葉に励まされたと言っていた。

 その後、その患者さんのご主人様が荷物を取りに来られた。翌日、できるだけ身軽に退院するために、不要な荷物を先に運び出してしまうのだろう。

 足を暖めているので、今夜こそ眠れると思い、眠気に誘われながら、ベッドに横になった。しかし、どうしたことか、お腹に違和感を感じた。傷口を縫い合わせている糸がひきつるような感覚があったのだ。まさか、癒着だろうか? そこで、またしてもベッドの位置を調整しながら、糸がひきつらない位置を探るための試行錯誤が始まったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 入院中に時間がたっぷりあると思い、あれやこれやと病室に持ち込んだのですが、実際に使うものは限られていますね。そのことをふまえると、通勤や旅行の荷物ももっと減らせるのかもしれません。(苦笑)

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2014.01.15

入院六日目

入院五日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。病院内で繰り広げられている様々なドラマを見ています。手術のために入院される患者さん、治療を終えて退院される患者さん、付き添う家族、お見舞いにやって来られる方たち・・・・・・。それぞれにドラマがあります。病院に入院して治療や手術を受けるということは、外から見れば、悲劇的な出来事のように見えるかもしれませんが、もっと近付いて見てみれば、決して悲劇的なことではありません。だから、何においても表面的なことだけで判断しようとせずに、もっと近付いて見ることが大切であるように思います。それでは、今日も二日遅れの入院記事をお届けします。

 十二時過ぎに就寝したものの、夜中の二時半前に目が覚めてしまった。トイレに行き、ベッドに戻ったものの、しばらく眠れず、一時間ほどChoiDROID(チョイドロイド)をいじっていた。

 そのあと何とか眠りに就いたものの、再び目が覚めてまた眠りに入り、本格的に目覚めたのは六時半前だったと思う。首元を冷やさないようにいろいろなもので保護していたためか、ずいぶん寝汗を掻いていた。せっかくシャワーを浴びたのに台無しである。とは言え、今日もシャワーを浴びられるので、シャワーの予約を取っておいた。

 そして、看護師さんによる検温と血圧測定で、私の朝が始まった。廊下を歩いてみたところ、ほぼ直立歩行できるようになっていた。最初は、ひどく腰の曲がった九十歳代くらいのおばあちゃんだったのが、六十代くらいのおば(あ)さんに若返りしたというわけだ。もちろん、朝食も完食である。

 出産された方も使用されていたと思うのだが、子宮全摘手術のあとも、お腹にマジックテープ式の腹帯(ふくたい)を巻くことになっている。手術後も、一~二ヶ月は腹帯を巻いておいて欲しいと看護師さんに言われたので、洗い替えのために売店に腹帯を買いに行った。入院前に、腹帯やその他のものが入った入院セットを購入していて、その中に二枚の腹帯が入っていたのだが、それだけでは足りないと思ったからだ。私は普段、腹巻きでお腹を保護して来たのだが、腹帯はお腹の保温に加え、手術後の傷を保護する役割を持っているようだ。

 三連休中だったからなのか、同室の方の一人は外泊中で、もう一人の方も外泊はしないものの、一時帰宅されるらしい。私が手術を受けた日に同室の二人が退院され、そのあとに、別の病室から移って来られた方がいらっしゃるようだ。そのため、現在は四人部屋の病室を三人で使用している状況だ。また、三連休前に退院された方が多いのか、他の四人部屋の病室も、一人で使用されている方がいらっしゃったりと、余裕があった。

 ちなみに、同室の方のうち、少なくとも一人は、どうやらがんの難しい手術をされたようだ。それでも、コミュニケーション能力が高く、とても明るい。少なくとも一ヶ月以上は入院されていて、その間に体重が七~八キロほども減ってしまったのだそうだ。

 朝食のあとは、シーツの交換日だったので、スタッフがシーツを交換してくださった。とても気持ちが良かった。

 毎週月曜日に体重を測ることになっているそうなので、昼食前に体重を測ってもらったところ、何と、入院時よりも六キロも痩せていた。いや、正確には五キロかもしれない。というのも、入院時に部屋で体重を測ったのだが、そのときに使った体重計は、一般家庭にあるのと変わらない、平べったいアナログの体重計だったからだ。しかも、私はしっかりと服を着て、更にその上から、サイズ合わせのために院内着をまとっていた。そのため、そのときの体重から、一キロくらいは引いてもらってもいいのではないだろうか。

 そうだとすると、手術前と手術後の重量差は五キロということになる。手術の日に何も食べなかったので一キロ減り、その翌日もほとんど食べられなかったので一キロ減ったのだろうか。

 手術により取り出された私の子宮と筋腫の重さは三キロあったと書いたが、それは、取り出した子宮と子宮筋腫をに測ってもらった値ではなく、手術前に医師に確認した値である。おそらく医師は、MRIの画像を見て判断されているのだと思う。食べられなかったことで体重が二キロも減ることは考えにくいので、やはり筋腫取り出された子宮と子宮の重さが四キロほどあったと考えるのが自然な気がする。

 お昼前にガンモが様子を見に来てくれたので、またしても一緒にお昼御飯を食べた。ガンモが自分のお昼御飯として買って来たのは、マクドナルドのセットだった。

 私に出されたお昼御飯は、やや少なめだった。私は、食欲がないときに残してしまったおかずや御飯が、今、ここに追加で現れてくれないものかと願った。やや少なめのお昼御飯をぺろりと平らげてしまったので、ガンモがiPhoneをいじっている間に、ガンモのマクドナルドのポテトを突付いて食べた。

 談話コーナーで食事をしている方たちが、何組かいらっしゃった。昨日もお見掛けしたご夫婦は、奥様が入院中でご主人様が付き添いに来られ、一緒にお昼御飯を食べていた。ひょっとするとその奥様も、深刻なご病気かもしれない。点滴ではないものが身体に取り付けられているからだ。何らかの体液を人工的に身体の外に出そうとしているように見える。

 それでも、決して暗い雰囲気ではない。例えそこが病院であったとしても、愛する人と一緒に過ごす時間がとても密なものであることを物語っていた。それは、父と母も同じだったのではないだろうか。

 いつものように、ガンモは私の写真を撮影しては、父の携帯電話にメールで添付して送付していた。それが日課になっているようだ。

 お昼御飯を食べ終わってからしばらくすると、同室の方が外出された。数時間程度の外出で、夜のうちに戻って来られるようだ。

 間もなくガンモが帰宅したので、私は一時間ほど眠った。そのあと、シャワーを浴びた。

 毎食後に、便を柔らかくする薬を飲んでいるのだが、何と、便が三回も出たので、夜の分だけ薬は控えることになった。

 その後、病院内のコインランドリーで洗濯をして、乾燥も済ませた。洗濯機の使用は一回百円で、乾燥機は百円で四十分、乾燥できる。三十分だとなかなか乾かないので、百円で四十分、動いてくれるのは有難い。

 そして、晩ご飯も完食した。最初に量を見て、もう少し食べられると思ったので、ガンモが持って来てくれた小さ目のバナナを一本、追加で食べた。もちろん、酵素を吸収するために、食後ではなく食前に食べた。

 夜になると、外泊や外出されていた同室の方たちが病室に帰って来られて、にわかににぎやかになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の子宮全摘手術の経験から何を学んだか、ということについて考えています。少なくとも、全身麻酔を使う手術を控えている人に対し、自分自身の経験から、励ましてあげられるのではないかと思いました。今後はこの経験を、そういうことに役立てて行きたいと思っています。

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2014.01.14

入院五日目

入院四日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。順調に回復しています。外は寒いというのに、三食付きの暖かい病院で過ごさせていただいて申し訳ないです。(苦笑)ガンモが病院に来ると、暖かくて昼寝をしたくなると言っています。それでは、今回も入院の記事を二日遅れでお届けします。

 夕べもあまり眠れなかった。というのも、夜の遅い時間になっても眠くならず、なかなか寝付くことができなかったからだ。それに加え、身体をいくらか自由に動かせるようになったためか、腰の痛みが心配だった。そこでまたしても、心地よい位置を求めて、ベッドの上でいぞいぞと動き回った。

 足をベッドの下に下ろして座ってみたり、ベッドの上に横になってみたり、また、頭を高くしてみたかと思えばすぐに低くしてみたり、足を高くしてみたかと思えばすぐに低くしてみたりと、試行錯誤を繰り返していた。

 それでも、二時過ぎには就寝できたようだ。四時台に一度目が覚めて、再び五時台に目が覚めて、更に六時台に目が覚めた。そのまま起床である。

 看護師さんが、朝の体温と血圧を計ってくださった。入院してからというもの、私の血圧は、一番高いときの最高血圧が百七十二、一番低いときの最高血圧が百十三とかなりの幅があった。最高血圧が百五十台のときに看護師さんが反対側の腕でもう一度計ってくださると、瞬く間に百十台に下がっていることもあった。なかなか一定の値に落ち着かないのだ。

 さて、今日はいよいよドレーンが取れるはずである。三連休だったので、
「先生は今日も出勤してくださるんですか?」
と看護師さんに尋ねてみたところ、
「先生がそうおっしゃったのなら、出勤されると思いますよ」
と答えてくださった。

 実際、朝九時頃に担当医が来てくださった。そのとき私は、ChoiDROID(チョイドロイド)を使って、mixiにアクセスしていた。モバイルルータを、ChoiDROIDに付属のUSBポートに繋いで充電しながら使用していたところ、
「USBも使えるんですか?」
と担当医に尋ねられた。
「はい、これはAndoroidなんですけど、使えますよ」
と答えた。

 担当医は、iPadなどを使うのに、かつてはWiMAXを使っていたが、独り暮らしなのでモバイルルータなどを検討されているらしい。私は、
「今、NTTが出しているのが格安ですよ」
と教えてあげた。マツコ・デラックスが宣伝をしているあれである。

 「調子はどうですか?」
と担当医に尋ねられたので、
「昨日よりもずいぶんいいです」
と答えた。すると担当医は、
「あとは日にち薬ですからね」
とおっしゃった。確かにあとは傷口が癒えるだけなので、日にち薬とは言い得て妙である。

 「お休みの日なのに申し訳ないですね」
と言うと、
「いえいえ、手術をさせてもらっているので、三連休でも診させてもらいますよ」
と言ってくださった。「担当医は、『手術をさせてもらってる』とおっしゃったが、手術をしていただいたのは私の方なのに・・・・・・」と私は思った。そこで、
「どこかで代休を取ってくださいね」
と担当医に言っておいた。

 担当医は、てきぱきとドレーンを取り外してくださった。これでめでたくシャワーを浴びられるというわけだ。ドレーンを取り外してくださったあとは、傷口の糸を少し切るとかで、
「少しだけチクッとしますよ」
と言われた。実際にチクッとしたが、すぐに処置は終わった。

 私はうれしくなり、早速、シャワーの予約を取りに行った。二十分刻みに区切られた予約表の中から、十五時二十分を選び、予約を入れた。

 そのあと、看護師さんから、
「シャワーを浴びたあとは、傷口のあたりに水分が残らないように、きれいに拭き取ってくださいね。そこからバイ菌が入る恐れがありますので」
と言われた。私は、
「わかりました」
と答えた。

 お昼前にガンモが来てくれたので、談話室のようなところで一緒にお昼御飯を食べた。ガンモは私がほとんどまっすぐ立って歩いていることや、食欲がすっかり戻って来ていることに驚いていた。そして、私の写真を撮影しては、父の携帯電話にメールで添付していた。

 お昼御飯を食べたあと、排便があったので、すぐにガンモに報告した。これで腸閉塞の心配はなくなったわけだ。看護師さんにも便が出たことを報告すると、一緒に喜んでくださった。

 ガンモが帰ってからしばらくすると、いよいよシャワーの時間がやって来たので、私は喜び勇んで四日振りのシャワーを浴びた。とてもさっぱりして気持ちが良かった。

 食欲はすっかり回復して、夕食も完食することができた。昨日、あれだけ食べることができなかったというのに、食べ終わったあとはちょうど良い満腹感だった。

 ガンモは、とても良い病院で手術を受けることができて良かったと言ってくれた。私もそう思う。本当にいい医師やスタッフに恵まれていると思うのだ。

 そして、昨日から時々咳が出ていたので、首元を冷やさないようにするためにスヌードを巻き、その上から肩だけを暖めるポンチョのようなものをかぶって眠りに就いた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 経過はすこぶる良好です。点滴が外れてからは、痛み止めの薬を飲み薬を処方されているのですが、服用せずに丸ごと残しています。看護師さんも、そのことに驚いていらっしゃいますね。とは言え、夜にあまり眠れないのが悩みです。

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2014.01.13

入院四日目

入院三日目の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。成人の日ですね。今年、成人式を迎えられた新成人の皆さん、ご成人、おめでごうとざいます。私の友人の息子さんも成人の日を迎えました。私も子供を産んで育てていれば、それくらいの年齢に達していたのですね。ということは、成人式を迎えられる子供さんがいらしゃるお父さまやお母さまが私と同世代ということですね。どうか、今日は特別な日にしてあげてください。さて、入院の記事ですが、現在、記事は実際の日付よりも二日遅れで書かせていただいています。記事の中の「今日」を「おととい」に読み替えてくだされば幸いです。

 夕べはほとんど眠れなかったので、二十時半頃に就寝した。しかし、ベッドの角度をお腹に負担が掛からないように調整していたためか、飛行機や夜行高速バスで寝るような体勢になってしまい、およそ一時間ごとに目が覚めてしまった。それでも、手術後の夜よりはずっとマシである。

 朝方になって、ガンモが持って来てくれたカルピスウォーターを飲んだところ、腸がゴロゴロと音を立て始めた。看護師さんがお腹に聴診器を当ててお腹の音を聞いてくださっていたのだが、腸が活動している音は聞こえていたものの、まだガスが出ていない状態だった。しかし、朝方になって、ようやくガスが出たのだ。子宮全摘手術を受けたあとは、手術後にガスが出ることが一つの目標となる。腸閉塞の問題がないことを確認するためでもあるからだ。

 そして、朝食はおかゆを半分だけ残したものの、あとは全部食べることができた。

 私が廊下を歩いていると、
「結構、しっかりと歩いていらっしゃいますね」
と看護師さんが誉めてくださった。
「まだおばあちゃんみたいな歩き方なんですけど」
と言うと、
「だんだんまっすぐになって来ますよ」
と言ってくださった。

 それでも、病室にいると、自分が一体何をしたいのかがわからず、ベッドの上に横になっては起き上がり、起き上がっては横になったりした。ベッドの高さや角度も自由に調整できるようになったので、上げたり下げたりを繰り返していたのだ。

 お昼前にガンモが様子を見に来てくれた。お昼御飯の時間になったのだが、私の食欲は失われたままで、食べ物を見るのも嫌になるくらいだった。そんな私のすぐ隣で、ガンモはさもおいしそうに、持ち込んだサンドイッチをほおばっていた。

 私は、母が食欲のないときに、何とか少しずつでも食べてもらおうとしていたことを想い出した。しかし、あれは、実は母の世話をしているかのように見えている自己満足に過ぎず、食べたくないという母の自由意思を尊重できていなかったのではないかと反省した。何故なら、健康な人には、食べられないという病人の辛い状況が理解できないからだ。食欲のない私に、ガンモは少しでも食べるように言ってくれたが、私は早々に箸とスプーンを置いた。

 食べられないのは、運動量が少ないからなのだろうか。それとも、昨日の気持ち悪さをまだ引きずっているのだろうか。昨日のように気持ち悪くはないのだが、とにかく食欲がなかったのだ。

 土曜日なのに担当医が来てくださった。今日からシャワーに入ることができると聞いているのだが、点滴は昨日のうちに外れたものの、まだドレーンはついていた。ドレーンとは、手術あとの不要なものを排出するために取り付けられている管である。担当医は、ドレーンにあまり排泄物が溜まっていないのを確認しながら、
「まだあと一日はシャワーを浴びるのを待ってください」
とおっしゃった。

 まだシャワーを浴びられないので、昨日も看護師さんが温かいタオルを用意してくださった。そして、今日も看護師さんが温かいタオルで背中を拭いてくださったので、私は自分で胸や手や足を拭いた。汗を掻いているので、シャワーを浴びてさっぱりしたいが、明日にならないと叶わないらしい。

 ガンモが帰ったあと、私は 在庫処分品のため激安のパソコンです。【あす楽】【在庫処分品】AKART 7インチノートPC型アンド...の セットアップを行った。ポンパレで千円割引券とポイントを使って購入したものが届いたので、病室に持って来てもらったのだ。通勤用Android端末は別のものを持っているのだが、そちらはガンモが使うことになり、私はChoiDROID(チョイドロイド)をこれからの通勤に活用する予定である。

 夕食のときも食欲がなかったのだが、時間を掛けてゆっくり食べたところ、五分の四くらいまで食べることができた。

 そして、夕食後は、ChoiDROIDでYouTubeを鑑賞した。英語学習のために、日本語字幕なしの英語のフルムービーである。

 食欲がないこと以外に大変なことと言えば、咳をするときにお腹に力が入ってしまうので、痛みを抑えるのに苦労するということだった。開腹手術を受けたことにより、今まで当たり前のようにできていたことができなくなってしまっていた。お腹の筋肉は、意識せずとも重要な役割を果たしていたのだ。

 病室内は、昼間は少し暑いくらいなのだが、夜になると室温が少し低くなる。院内着は作務衣のような服なので、首から下が少し開いてしまう。どうやら寝ている間にそこが冷えているらしい。風邪を引くまでには至っていないものの、咳を出さないようにするために、胸元を温める必要があると感じた。

 ただ、歩き方については、前日は九十代くらいの腰の曲がったおばあさんだったのが、一日経って、八十代くらいのおばあさんに若返っていた。あまり変わらないかもしれないが、ほんの少し腰が起き上がって来たということだ。それだけ、お腹に力を入れられるようになったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この日はほとんど食欲がありませんでしたね。むしろ、前日のほうが調子が良かったくらいでした。このまま食欲がなくなり、激痩せするのではないかと期待しましたが、そうはなりませんでした。(苦笑)

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2014.01.12

入院三日目

入院二日目 の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。三連休ですね。関西地方では、昨日まで、商売繁盛のえびす神社がたくさんの参拝客でにぎわっていたようです。私たちは毎年、本家の西宮戎(えびす)神社にお参りしているのですが、今回はガンモが一人で神戸市内のえひす神社に出掛けたようです。私は入院中なので一緒に行くことができませんでしたが、もともと喪中なので、神社への参拝は自主的に控えたい時期でした。

 またしても、ほとんど眠れない夜を過ごした。お腹に力を入れられないのに、私は背骨がひどく曲がってしまっているため、ベッドの上で何度も何度も寝返りを打ちたかった。しかし、それもままならない状況だったので、看護師さんにお願いして、背中の下に敷物を敷いてもらい、何度もナースコールをして、身体の向きを変えてもらったりした。それに加え、喉の渇きも覚えていたが、朝になるまで水分補給は禁止と言われていた。朝というのは一体何時だろうと思いながら、夜中の三時頃に水を飲みたいと看護師さんに申し出てみると、
「朝までダメなんです」
と言われたので、夜中の三時は朝ではなかったのだろう。

 必要に応じて、点滴の中に痛み止めの薬が入るボタンを押しながら過ごした。そのボタンは二十分に一度の割合で押すことができて、押す度に痛み止めの薬が点滴の中に入って行くのだった。

 そのボタンを押しても、特に痛みに効いているという実感はなかったのだが、しばらくすると眠くなるので、その眠気を利用して少しばかり眠った。とは言え、腰の痛みでわずか三十分しか寝られないのだった。

 朝になると、手術を担当してくださった医師が部屋に来てくださった。
「眠れましたか?」
と尋ねられたので、正直に、眠れなかったと答えた。担当医によれば、どの患者さんも、手術の直後は眠れないそうだ。

 本格的に朝になったと思ったので、看護師さんに、水を飲みたいと訴えたのだが、途中で割り込みが入ってしまったからなのか、なかなか水を持って来てくださらなかった。そこで、またまたナースコールして別の看護師さんを呼び、テーブルの上に置いてある水を取っていただいた。私が、「やった!」とばかりに飲もうとすると、
「あまりたくさん飲むと、吐き気がしますので、少な目にしてください」
と言われた。そのため、私はたったひと口だけを口に含んで喉を潤した。

 七時半過ぎに、看護師さんが部屋に朝食を持って来てくださった。昨日は何も食べていなかったので、およそ二十四時間振りの食事ということになる。

 朝食は、おかゆとフルーツ、ヨーグルトと味噌汁だった。私はすべて平らげた。

 その後、看護師さんに付き添っていただいて、病室から談話室のようなところまで歩いた。夕べの腰の痛さからすると、歩くのはかなり不安だった。ベッドから降りるときにお腹に力が入るので、それも心配だったが、何とか歩けるようになった。痛み止めも使わずに、手すりも使わずに私が歩いているので、付き添ってくださった看護師さんが驚いていた。ただ、お腹の筋肉を使わないように歩いているため、腰の曲がったおばあさんのような歩き方になってしまっていた。

 そのあと、採血をしていただいた。採血により、術後の身体の様子がわかるらしい。

 歩行練習に付き添ってくださった看護師さんからは、水をたくさん飲むようにと言われ、積極的に飲んでいたところ、やはり気持ちが悪くなってしまった。そのため、昼食は四分の三ほどしか食べることができなかった。

 お昼ご飯を食べたあと、父に電話を掛けた。手術をしてからは初めてのことである。歩けるようになったので、携帯電話の通話可能なエリアまで移動できるようになったのだ。父は、私の脂肪が厚いので、癒着を心配してくれていた。

 午後からガンモが来てくれた。私はガンモに甘えて、コインランドリーでの洗濯をお願いした。

 ガンモはしばらく滞在したあと、帰宅した。私は、夕べ寝ていなかったので、夕食までの間、少し睡眠を取った。昨日と違い、ベッドの高さを自由に調整できるので腰の痛みはなかった。

 夕方、担当医が採血の結果を知らせに来てくださった。何と、四時間に及ぶ手術を受けたというのに、私のヘモグロビン値は手術前と変わらない十一台だった。他の値についても、手術後だとすれば許容範囲とのことだった。

 その後、夕食を取ったのだが、何と、五分の一程度しか食べられなかった。睡眠を取ったためか、気持ち悪さは少し落ち着いていたのが、やはり食欲がなかった。同室の人たちも残しているようだった。

 抗がん剤の点滴を引っ張りながら、食事を取りに来ている人たちもいた。おそらく、頭の毛が抜けてしまっているのだろう。帽子をかぶっていた。私は母のことを想い出した。

 病院の食事が、母が最初に入院していた病院の食事と良く似ていた。母のもとに父がついてくれていたことで、母はとても心強かったのではないだろうか。ガンモがせっせと病院に足を運んで来てくれるだけでとてもありがたいと思うのだった。

 看護師さんからは、何度も、ガスが出たかどうかを確認されているのだが、まだ出ていない。手術後にガスが出たかどうかは、腸閉塞でないことを証明する手掛かりでもあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この日は、歩けるようにはなったものの、腰の曲がったおばあさんみたいな歩き方しかできませんでした。更に、私の人生ではあまり経験したことのない、食欲のない一日でした。それでも、歩けるようになっただけ、前進ですね。(笑)

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2014.01.11

入院二日目

入院一日目 の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。寒い日が続いているようですが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。病院内は昼間は二十五度近く、夜は二十三度近くに設定されているので、私にはむしろ暑いくらいです。自宅で暖房らしい暖房を使っていないガンモは、自宅が寒いと嘆いています。(苦笑)

 夜中に目が覚めて記事を更新したあとも、なかなか寝付くことができなかった。ガンモのmixiへのログイン時間を見てみると、「五分以内」と表示されていたので、LINEで呼び掛けてみたところ、すぐに応答があった。ガンモもなかなか寝付けないのか、飲めないお酒を飲んで横になったばかりだと言う。夜も遅かったので、ガンモにおやすみを言って眠りに就こうとしたものの、やはりなかなか寝付くことができなかった。同室の人の寝息がうらやましくもあった。

 ちなみに、私が使っているLINEはフィーチャーフォン用なので、自分でブラウザの再読み込み操作をしない限り、新しい書き込みがあったことを認識できない。数分経てば、新しい書き込みがあったことを知らせるメールが届くのだが、それもリアルタイムの通知ではないのだ。

 朝六時以降は水分補給を禁じられていたので、六時前ギリギリに水を飲んでおいた。そのあとはマスクをして、自分の息による潤いで、できるだけ喉が渇かないように注意した。

 六時になると看護師さんがやって来て、浣腸をしてくださった。おそらく、手術のあと、寝たきりになってしまうので、便を出し切っておくのだろう(実際は、手術のときに便があると邪魔になるからのようだ)。浣腸は、痛くはないものの、ちょっと気持ち悪かった。子供の頃には浣腸をされたこともあったように記憶しているのだが、大人になってからは初めてだった。母も入院中は便が出なかったために、しばしば浣腸をしていただいていたことを想い出した。

 浣腸のあとは、三分ほど踏ん張らないと、浣腸液が出てしまうだけだそうだ。浣腸のあとはお腹がグルグル動いていたが、何とか三分間、踏ん張ってから便を出した。しかし、浣腸をしているのに、いつもよりも便が少ない気がした。

 そのあとは、血栓予防のための注射をお腹にしていただいた。

 血圧を測定していただいたところ、上が百五十で、体温は三十五.五だった。生理中であるためか、体温は珍しく低めだった。


 手術着に着替え、弾性ストッキングを穿いた。ピアスも指輪もパワーストーンのブレスレットも外した。

 夕べ、医師がマーカーをつけに来てくださった。そのマーカーに沿ってメスが入るようだ。マーカは、おへその下に縦に書かれた。

 夕べシャワーを浴びたので、朝になって、そのマーカーが消えていないか、医師が確認に来てくださった。マーカは消えていなかった。

 手術は朝の八時五十分からだったので、ガンモは八時過ぎに病院に来てくれた。看護師さんが八時四十分に病室に迎えに来てくださったので、ガンモも一緒に手術室のある階まで一緒に歩いて降りた。とは言え、ガンモが入室できたのは途中の場所までで、あとはガンモを残して、看護師さんと私だけが手術室への扉をくぐった。

 看護師さんに案内され、頭に青い不繊布のキャップをかぶり、手術室へと入って行った。スタッフはみんな礼儀正しく、そして優しかった。

 手術台の上に横になると、
「これから眠くなる薬を入れて行きますね」
と言われたので、こっくりとうなずいた。そのときはまだ意識があったのだが、そのあと麻酔薬が注入されたようで、すぐに意識が遠退いて行った。そのあと剃毛されて、手術が始まったらしい。

 そして、名前を呼ばれて目を覚ました。手術は無事に終わったようだった。お腹に鈍い痛みを感じた。私は手術台から病室のベッドへと移し替えられ、病室に運ばれた。そこにはガンモの姿もあった。

 ガンモに、
「今、何時?」
と尋ねてみると、十三時前と答えた。九時前から手術が始まったので、手術には四時間も掛かったことになる。ガンモはしかるべきときにPHSで呼び出され、私のお腹から摘出された子宮と巨大な子宮筋をiPhoneで撮影してくれたようだ。あとで見せてもらったのだが、とてもここに掲載できるようなものではなかった。

 取り出された私の子宮と巨大筋腫の重さはおよそ三キロほどで、卵巣は二つとも残してくださったという。手術に四時間も掛かったと言うのに、輸血はしなくて良かったそうだ。すべて予定通りである。

 病室に戻ってからは、父や職場の上司、それから心配してくださっていた方たちに、手術が無事に終わったことを知らせるメールを送送信した。父には、ガンモが電話で連絡してくれていた。

 ただ、そのときまではまだ良かったのだが、次第に寝ているのが辛くなって来た。もともと私の背骨はひどく曲がっているため、寝ているときに何度も寝返りを打ちながら、自分に心地よい位置を調整しているのである。しかし、お腹を切っているため、お腹に力を入れることができなかった。そのための気持ち悪さがずっと続き、結局、夜もほとんど眠ることができなかった。

 それに加え、のどの渇きもあった。麻酔がまだ完全に切れていないため、翌朝まで水を飲んではいけないことになっていた。体液に近い薬をずっと点滴してもらっていたのだが、それでも喉の渇きを覚えていたのだ。

 喉の渇きを和らげるためにマスクをして横になったものの、マスクをわずらわしく感じたりもした。水を飲めないのは、かなり辛かった。それに加え、尿道カテーテルを通してもらっているというのに、二回も尿が漏れてしまい、その度に服を着替えさせてもらうことになった。寝たままで着替えをするので、やはりこのときもお腹に力が必要だった。

 お腹の痛み止めとして、ワンプッシュで出て来る薬が処方されていたのだが、効いているのか効いていないのか良くわからなかった。眠れない、お腹に力を入れられない、寝返りを打てない、腰は痛い、喉は渇くが水を飲んではいけない、またまた尿が漏れてしまうかもしれないという不安と戦いながら、長い夜を過ごした。今、考えてみても、手術を受けた夜が一番辛かったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おかげ様で、手術が無事に終わりました。手術にあたり、あたたかい声援をくださった皆さんに深く感謝申し上げます。手術当日は、さすがに記事の更新はできませんでしたが、これから少しずつ書かせていただきますね。

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2014.01.09

入院一日目

まな板の鯉の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。予定通り、入院しました。病室で夕食をとってから二時間ほど眠ったのですが、なかなか再び寝付けないので(笑)、まずは入院一日目の出来事をご報告させていただきます。

 あろうことか、朝から生理が始まってしまった。先月半ばに、人生最後の生理が始まったと思っていたのだが、何と、再び周期が巡って来たのだ。せっかく鉄剤で足りない鉄分を補給して来たというのに、またまた貴重な鉄分が失われてしまうのだろうか。入院前に渡された子宮全摘手術の手引きには、生理中の場合は手術を延期することがあると書かれてあった。はてさて、私の場合はどうなるのだろう。

 そんな不安を抱えながらも、入院の準備を着々と整えて、十一時頃に家を出た。どういうわけか、「餃子の王将」で食事がしたくなり、ガンモが買い換えたばかりのiPhoneにナビゲートをお願いして、「餃子の王将」で少し早めの昼食をとった。私は緊張していたものの、食欲はあった。

 入院受付は十三時半からだったのだが、食後のコーヒーを飲んだらトイレに行きたくなったので、早めに病院に出向いてトイレを済ませた。

 入院手続きを済ませてしばらく待っていると、ボランティアと思われるおばさんが、私を含めた複数の入院患者と付き添いの人たちを病室まで案内してくださった。私の病室は、とある病棟の五階の一番奥の四人部屋である。既に三人の患者さんたちがいらっしゃるようだが、それぞれのスペースがカーテンで仕切られているため、あいさつし辛かった。

 病室に案内されてしばらくすると、病棟の看護師さんや薬剤師さん、麻酔科の看護師さんらが入れ替わり立ち替わりやって来ては、同じような質問をして行った。たいてい聞かれるのは、薬のアレルギーがないかどうか、これまでにかかった大きな病気はないか、ぐらぐらする歯はないか、どである。

 私は、先月の麻酔医との面接のときに、
「睡眠時無呼吸ということはありませんか?」
と尋ねられ、
「そういうことはありません」
と答えたものの、夜中に目覚めたときに喉が渇いていることがあるので、ひょっとしたら私も睡眠時無呼吸に該当するのかどうかが気になっていた。すると、麻酔科の看護師さんは、
「麻酔時はみんな無呼吸なんですよ」
と教えてくださった。そのため、麻酔で眠っている間は、人工呼吸器を取り付けるのだそうだ。よって、そのための確認なのだろう。口がどのくらい開くか、仰向けに寝るときに頭を反らすことができるかどうかについても確認された。

 また、手術の当日は、血栓予防のために弾性ストッキングを穿くのだそうだ。それに加え、血液をさらさらにする薬も注射されることになるらしい。

 薬剤師さんは、私の持参したお薬手帳の確認や、持ち込んだ薬の数を数えてくださった。今回、入院する病院で処方していただいた薬だけでなく、現在、服用しているすべての薬が対象になっているので、私は、鉄剤や胃腸薬のほかに、皮膚科で処方していただいている薬も持参した。薬剤師さんが私の持ち込んだ薬の数を数えてくださったので、私は自分自身でこれらの薬を管理できることになった。

 看護師さんから、病院内の施設の案内やこれからの予定などをうかがった。翌日の手術は八時五十分からで、手術当日の朝は絶飲食なのだそうだ。手術中に、胃の中に残っている食べ物が逆流して来て、喉をつまらせたりすると大変なことになってしまうためらしい。また、便を出し切っておくために、夜、寝る前に緩い下剤を飲んでおくように言われた。更に、手術の当日は浣腸をして、腸をきれいにしておくそうだ。

 看護師さんに血圧を計っていただいたたところ、何と上が百七十二もあった。緊張していたからだろうか。看護師さんがその値に驚き、
「またあとで計りに来ます」
と言ってくださった。父も母も血圧が高いほうなので、私も遺伝で高血圧だとしてもおかしくはないのだが、それにしてもその値は高過ぎると思った。というのも、私のこれまでの最高は、百五十程度だったからだ。

 そして、実際にしばらく経ってから再び血圧を計っていただくと、上が百四十四まで下がっていた。それでも少し高いくらいのような気もするが、最初に測定された百七十二よりはずっとましである。

 血圧を計っていただいたあと、採血もしていただいた。やはり、私の血管は採血し辛いらしい。のちに採血の結果を知らされたのだが、ヘモグロビン値が十一台まで回復していたそうだ。これで安心して手術に臨めるというわけだ。鉄剤の効果がこんなにも早く現れるとは驚きである。

 夕方からは、医師らの説明を聞いた。説明をしてくださったのは、I医師が紹介してくださったベテラン医師と、先日の診察でお目に掛かった若い医師である。

 そのとき、いくつかの同意書を書いた。手術の説明を受けたことと、輸血に関することについて同意したのである。

 輸血については、去年のクリスマスあたりに自己血輸血を希望して病院に出向いたのだが、ヘモグロビン値が足りなかったために自己血を貯血しておくことができなかった。そのため、手術中に輸血が必要になった場合は、輸血を受けることになる。とは言え、子宮全摘手術の場合は、ほとんど輸血の必要はないそうだ。

 また、手術のときは、院内で通じるPHSをガンモに貸し出してくださるそうだ。私が、
「取り出していただいた筋腫を写真撮影できるのですか?」
と尋ねてみたところ、そのタイミングがやって来たときに、ガンモが持っているPHSを呼び出してくださり、ガンモが撮影することになるのだそうだ。

 また、脂肪が厚いと手術し辛いという話も聞いていたので、そのあたりも確認してみた。すると、医師は、これまでにいろいろな患者さんを手術しているので、そのあたりのことに対処するための手術のノウハウはあると安心させてくださった。

 お昼ご飯を食べた頃にはずいぶん緊張していたのだが、医師の説明を受けてからは安心することができた。

 生理が始まってしまったことを医師に相談すると、出血の原因となるものを取ってしまうので問題はないと言われた。

 夕食は十八時からだった。食事は自分自身で取りに行き、自分の部屋で食べたり、また、大きなテーブルのあるスペースで食べることもできるようだ。お箸やスプーン、コップは自分で持参することになっているので、私も持参したお箸で夕食を食べた。

 私は普段、がっつり食べるほうなので、病院の食事ではお腹が空いてしまうのではないかと心配していたのだが、大丈夫だった。しかも、とてもおいしい食事だった。これから二週間、おいしい食事を食べられるのかと思うと、小さな幸せを感じることができた。

 同室の三人のうち、一人は五十代くらいの女性で、あとの二人は二十代くらいの女性だった。二十代くらいの女性同士は、互いに話をしているようだった。カーテン越しに聞こえて来る会話の内容からすると、私が手術を受けることになる日に、五十代くらいの女性と二十代くらいの女性のうちの一人が退院されるらしい。

 手術を受けた日は入浴できないとのことなので、私はシャワーを浴びておくことにした。シャワーは予約制で、一人につき二十分以内に済ませることになっていた。前の人が三分ほどオーバーしたので私の持ち時間が少なくなってしまったのだが、何とか二十分以内にシャワーを浴びることができた。

 病院にいると、やはり母のことを想う。ほんの四ヶ月ほど前まで、私は母の付き添いとして病院に足を運んでいたというのに、今は私自身が患者なのだ。とは言え、母の付き添いをした経験から、入院のときに何が必要であるかをすぐに思い浮かべることができたので、入院の準備は比較的楽だったように思う。そして、自分自身が患者になってみてわかったことは、看護師さんは天使だということだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよ手術当日となりました。いろいろな方たちがあたたかい励ましの言葉をくださり、とてもうれしく思っています。何とか頑張って、手術に臨みますね。

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2014.01.08

まな板の鯉

映画『ひまわり』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。今、私は、かなり落ち着かない状況です。(苦笑)今年の仕事始めをしたばかりだというのに、月曜日と火曜日だけ仕事をして、今日から月末まで休暇に入りました。そう、今日から入院して、明日、いよいよ子宮全摘手術を受けることになっています。ゆうべ、霊的な夢を見ました。何か虐げられている霊がいて、その霊たちのことを救う約束をしました。あちらの世界とこちらの世界の境界を守る門番的な役割を果たす犬がいて、私はその犬と親しくしているのです。しかし、その犬は中立でした。ちなみに、あちらの世界に通じるためのキーワードは呼吸法でした。呼吸法を変えることにより、リラックスできて、あちらの世界と通じることができました。他にもいろいろ見たのですが、全体を通して、とても不思議な夢でした。夜中に目が覚めたのですが、怖くはなかったですね。

 いよいよ今日から入院することになった。今月の初めに帰省したときに、父が他のものと一緒に、四国八十八ヶ所の一つのお寺で買って来たという肌守りをくれた。わざわざそこまで出向き、買って来てくれたようだ。母が生きていたら、きっと心配して、私が入院する病院までお見舞いに駆けつけてくれようとすると思うので、それができなくなってしまった今は、その肌守りに手術が無事に終わることの願いを託してくれたようだった。

 母が亡くなってからも、父とは朝と夕方の一日二回、電話で話をしている。昨日の仕事を終えたあと、父に電話を掛けてみると、
「もう、まな板の鯉じゃ(まな板の鯉だ)。あとは先生にお任せして・・・・・・」
と言われた。父も私の入院する病院に駆けつけたいようだが、やはり実家からこちらまでは遠いのと、私自身の中に、今は実家を空けて欲しくない想いがあり、実家で応援してもらうことになっている。

 昨日、仕事を終えたあとに、上司も優しい言葉を掛けてくれた。上司とは、普段、感情のやりとりがないだけに、何だかうれしかった。その会話の中で、上司のお母さまも若い頃に子宮全摘手術を受けているという話をうかがった。そんな話を聞いたのは初めてのことだった。そして、職場のいろいろな人たちに、明日から月末まで休暇に入るというあいさつをして職場をあとにした。

 マイミクのRさんが、私の子宮全摘手術のことをいつも心配してくださっていて、初詣のときに私の手術が無事に終わるようにお願いをしてくださったそうだ。何と有難く、そして心優しい方だろう。今年一年、Rさんにも幸福が訪れますように。

 小学校時代からの友人のMちゃんからも、昨日、メールが届き、「明日、入院でしょ」と書かれてあった。Mちゃんとは、去年の十二月に帰省したときに会ってじっくり話をしたのだが、そのときも入院時に使えるグッズをいただいたりと、いつも気に掛けてもらっている。会ったときに、入院と手術の日程を口頭で伝えたのだが、Mちゃんはそのことをちゃんと覚えてくれていたようだ。Mちゃんからのメールには、「まな板の鯉だね。あとは先生にお任せして」と書かれてあった。父とまったく同じことを言っているのがおかしかった。更に、「お母さんも見守ってくれているし、初詣のときにお願いしておいたから、大丈夫」とも書いてくれていた。何と有難いことだろう。

 いろいろな方たちの有難い想いに包まれながら、午後からの入院のために、最終的な準備に取り掛かろうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよ入院の日となりました。正直なところ、不安でいっぱいです。(苦笑)本当に「まな板の鯉」ですね。ガンモも勤続年数に応じた一ヶ月のリフレッシュ休暇に入りました。きっとこれからの私を力強く支えてくれることでしょう。病院では、ノートパソコンの持ち込みは不可とのことですが、無理を承知で持参してみます。使えない場合は、今後の更新が不便になるかもしれませんが、携帯電話は使えるはずですので、記事の更新は可能だと思います。それでは、準備を整えて行って参ります。

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2014.01.06

映画『ひまわり』

大きな病院での診察(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。多くの方たちが、今日から仕事始めだったのではないでしょうか。私も今日から仕事始めで、いつもよりも一本早い電車に乗って出勤することができました。出だしは快調だったのですが、仕事中にガムを噛んでいたところ、ガムに引っかかってしまったのか、歯の詰め物が取れてしまいました。そこで、取れた詰め物を持って、仕事帰りに歯科に駆け込みました。歯科では、入院を控えているので、できれば今日中に何とかして欲しいと無理にお願いして、持って行った詰め物をもう一度、詰めてもらいました。一度、取れてしまった詰め物は、再び詰め直したとしても取れ易いのだそうですが、私が入院を控えているということで、特別に対処してくださいました。有難いことであります。

 本作を鑑賞したのは、十一月三日のことである。本作が、デジタル・リマスター版で公開されたときの予告編をどこかの劇場で観て気になっていたのだが、Gyao!の日本語字幕付きで無料鑑賞することができた。

 私は、これまでに本作を一度も鑑賞したことがなかったので、どのような作品なのか、詳しくは知らなかった。ただ、劇場で観た予告編によれば、強く愛し合う男女が戦争によって引き裂かれる話らしい。

 鑑賞を始めて最初に気になったのは、やはりジョバンナを演じるソフィア・ローレンの髪型とメイクである。一九七〇年の作品なので、時代を感じさせるのだ。日本人女性にはなかなか見られない、きりりとした態度にも引き込まれる。また、ジョバンナの夫であるアントニオを演じているマルチェロ・マストロヤンニは、古谷一行さんに少し似ていると思った。

 そんな表面的なことはさておいて、確かにこの物語はあまりにも悲し過ぎる。結婚したばかりの愛し合う夫婦に、第二次世界大戦という大きな不幸が降りかかる。その大きな不幸が生み出す歪みにより、愛し合う二人は引き裂かれ、もともとの人生では出会うことのなかった人との出会いを果たすことになってしまう。それを「流される」と表現できるのかもしれないが、やむなく新たな人生を歩み出すことになってしまった二人を、一体誰が責められようか。

 アントニオが送り込まれた極寒のソ連戦線の描写があまりにもリアル過ぎて言葉を失ってしまう。予告編によると、冷戦時に実際にソ連でのロケを行ったそうだ。あんなに寒そうなところで倒れ込んでしまえば、数分のうちに命を落としかねない状況である。それでも一命を取り留めたのは、アントニオの運命だったのだろうか。しかし、そこからジョバンナとアントニオの苦悩が始まるのである。

 本作で一番考えさせられるのは、別々の道を歩み始めたあとに再会した二人がヨリを戻すかどうかというところだ。倫理的な観点から言えば、二人はかつて婚姻関係にあったというのに、今では不倫の関係になってしまうのだろうか。

 とは言え、鑑賞していても明らかなように、二人がそれぞれに築いた新たな関係は、最初の結婚相手のことを忘れることはできない上での二次的な選択である。就職活動で言えば、第一志望の会社に内定をもらっていたものの、何らかの理由で第一志望の会社に入社できなくなってしまい、続いて第二志望の会社から内定をもらったので第二志望の会社に入社したところ、第一志望の会社から再びお呼びが掛かったようなものである。この場合、気になるのは、第二志望の会社に入社したことで、何の落ち度もない第二志望の会社の人たちを傷つけてしまうことである。本作の場合は更に、傷つけてしまうであろう対象に深く想われている要因が加わっている。しかし、残念ながら、本作では、その部分は詳細には描写されていない。

 本作が取り上げようとしているテーマの一つに、「戦争は愛を引き裂く」ということが根底にあると思うのだが、もう一つのテーマとして、「常に、自分が本当に好きな人と一緒になりなさい」というメッセージを含んでいるようにも思える。そうすることで、自分のことを真剣に想ってくれるものの、自分の想いとは温度差のある人を深く傷つけなくて済むと言っているのではないだろうか。それは、言い換えると、「本当に好きな人と一緒になれない場合は、独りで過ごせる強さを持ちなさい」というメッセージでもあるように思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作の中で一番悪いのは戦争で、その次に悪いのはアントニオでしょうか。(苦笑)アントニオはあのとき、ああすれば良かったのではないかとか、いろいろ考えたくなる作品です。みんなが自分の気持ちに正直に生きることができれば、他者を傷つけなくても済むのかもしれませんね。

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2014.01.05

大きな病院での診察(5)

二〇一三年ライブ納めの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。年末年始の休暇も最終日となりました。今日はガンモの誕生日なのですが、ガンモが仕事の待機要員に当たっているため、自宅でまったり過ごすことになりそうです。さて、私の手術日も近付いて参りましたので、大きな病院での診察(4)の続きを書かせていただきます。去年のクリスマス頃の話になります。

 いよいよ自己血輸血のための貯血の日がやって来た。有難いことに、今回も、ガンモが仕事を休んで私を病院に連れて行ってくれた。ガンモの仕事は、前の月の月末に翌月のスケジュールが組まれるのだが、十二月の初めに診察を受けたときに自己血輸血の日程が決まったので、今回のガンモの休暇はあとから申請することになってしまった。それでも、何とか都合がついたようだ。

 十四時からの診察予約だったので、ガンモと一緒にファミリーレストランでサラダバー付きのランチを食べて診察に臨んだ。またまた予約時間に少し遅れてしまったのだが、大きな病院なので、まったく問題はなかった。

 前回の診察では、貯血の前に採血をして、貯血に適応できるかどうかを判断していただくことになっていた。採血の結果、ヘモグロビン値が九以上あれば、貯血を行うことになっていたのだ。婦人科の窓口で診察券を提示すると、まず、採血をするように言われた。

 今回も巻きスカートを履いて行ったので、またまた楽天の優勝セールの話をすることになるのかと思いきや、今回の採血を担当してくださったのは、何と、おじさん看護師だった。これまた珍しい経験である。おじさん看護師のすぐ近くには、スポーツ新聞紙が置かれていたので、やはり土地柄なのだろうと思った。仕事の環境を自分の好きなもので清めていらっしゃるのかもしれない。

 おじさん看護師はベテラン看護師だったようで、採血はあっという間に終わった。採血が終わると、再び婦人科の窓口に出向き、今度は医師の診察までしばらく待つことになった。前回までの診察でお話をさせていただいた医師とは違い、今回は、別の医師の診察を受けることになっていた。

 ようやく名前が呼ばれたので診察室に入ってみると、最初に診てくださった医師よりも若い医師が椅子に座っていて、礼儀正しく、はじめましてのごあいさつをしてくださった。

 医師は、採血の結果を聞かせてくださる前に、
「ふらふらするといった症状はありませんか?」
と私に尋ねてくださった。なるほど、採血の結果は貧血だったのかと私は思った。私は、
「いえ、今は特にありません」
と答えた。

 実は、診察の数日前から生理が始まり、またしても大量に出血してしまっていた。その生理は、私の人生にとっての最後の生理になることがわかっていた。数ヶ月前までの生理のように、だらだらと長く続く生理ではなく、二日目から三日目にかけての出血量が非常に多いものの、数日で収まる生理だった。

 採血の結果によれば、私のヘモグロビン値は八.九だったようだ。私はかつて、ヘモグロビン値が七台だったこともあるので、九に限りなく近い八,九という数値はむしろ良好な数値だと思っていたのだが、医学的には少ない数値らしい。よって、私は貯血できないと判断されたようだ。

 「残念ながら、今日は自己血は採れませんね」
と医師はおっしゃった。私は、
「そうですか」
と答えた。残念なような、ほっとしたような、複雑な心境だった。貯血を行うというのでガンモと一緒に家を出て来たが、もともと採血が苦手なので、四百ccも貯血しておくとなると、緊張せずにはいられなかった。それに加え、ガンモには、
「血が出易くなるように、採血中に運動させられるらしいよ」
などと言われていた。注射針を刺したまま身体を動かすなんて、私には考えたくもなかった。

 とは言え、私は、自分の身体から四百ccもの血液が採血されるということをイメージすることができなかった。これまでの私の経験からすると、イメージできないことはなかなか実現しない。私が貯血をイメージできなかったということは、私の最も深い部分は、この日に貯血できないことを知っていたのかもしれない。

 自己血輸血のための貯血は行わなかったのだが、医師が現在の子宮の状態を診ておきたいとのことだったので、エコーの検査を受けた。またしても初めて会った男性の前で足を開くことになってしまった。

 聞くところによると、その医師が入院中の主治医となってくださるのだそうだ。それを聞いて、改めて、
「よろしくお願いします」
という言葉が出て来た。

 医師は、
「手術の日までにヘモグロビン値が回復するかどうか心配なので、鉄剤を増やします」
と言ってくださった。現在、鉄剤を一日に一錠だけ服用していたのだが、朝と夜に一錠ずつ、合計二錠の鉄剤を服用することになった。そして、そのための処方箋を書いてくださったのだ。もちろん、鉄剤と一緒に服用する胃薬も処方してくださった。

 その後、お会計を済ませ、処方箋を受け取り、ガンモと一緒にショッピングセンターに買い物に出掛けたところ、携帯電話に不在着信があったことに気が付いた。発信元の電話番号からすると、病院か、処方箋を受け取った薬局である。

 もう一度掛かって来るのを待つか、それともこちらからその電話番号に掛けてみるかで迷ったのだが、気になったので掛けてみた。電話に出てくださった相手が、
「はい、○○です」
と名乗ってくださったのだが、そのとき私はショッピングセンターにいたので、周りがざわざわしていて良く聞き取れなかった。それでも、
「不在着信があったのですが・・・・・・」
と電話に出てくださった相手に申し出ると、しばらく保留音が聞こえたあと、誰が電話を掛けて来てくださったかの情報が告げられた。どうやら、婦人科の医師が電話をくださったようだ。電話に出てくださった方によれば、折り返し、もう一度、婦人科の医師からお電話をくださるとのことだったので、電話を切ってしばらく待っていた。

 ところが、電話はなかなか掛かって来なかった。それ以上、ショッピングセンターで購入するものがなかったので、私たちは次の場所に移動していた。電話を掛けてから一時間以上経ってしまったので、今日はもう電話はないのだろうかと諦めかけていた頃、再び私の携帯電話が鳴った。代理の方が電話を掛けて来てくださり、私が出ると、先ほど診察してくださった婦人科の医師に取り次いでくださった。

 診察してくださった医師は、上司である医師(I医師からご紹介いただいた医師)と相談した結果、鉄剤を一日二錠ではなく、朝二錠と夜二錠の合計四錠飲んで欲しいとおっしゃった。そうなると、鉄剤が足りなくなってしまうので、明日かあさってにでも処方箋を取りに来てくださいとのことだったのだ。私は少し考えて、
「わかりました。何とか仕事の都合をつけてうかがいます」
と答えた。年末にまたまた休暇を取るのは気が引けたので、仕事納めの日の朝一番に病院に出向き、処方箋を受け取ってから出勤することにした。

 そして、受診したその日、帰宅してから驚くべきことに気が付いてしまった。その日の夜から鉄剤を二錠服用しようとしたところ、鉄剤だと思ってここ数日余り服用していた薬がビオフェルミンだったことに気が付いてしまったのだ。ビオフェルミンは、去年の一月にノロウィルスらしきものに感染したときに、整腸剤として処方された薬である。それを他の薬と一緒に持ち歩いていた私は、鉄剤と形の似ているビオフェルミンを鉄剤だと思い込み、およそ九日間もの間、服用し続けていたのだった。はてさて、このことを婦人科の医師に伝えるべきなのだろうか。とは言え、鉄剤が効き始めるのは、服用してからおよそ二週間後とのことなので、伝えたところで服用する鉄剤の量は変わらないだろう。それにしても、何とも格好悪い結果になってしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このことがあってからは、毎日、真面目に合計四錠の鉄剤を服用し続けています。(苦笑)皆さんも、薬の形には注意してくださいね。

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2014.01.03

二〇一三年ライブ納め

ホットヨガ(三六〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。新しい年を迎えましたね。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。元旦は、ガンモと一緒に私の実家に帰省して一泊し、昨日はガンモが同窓会に参加するため、香川県のホテルに二人で一泊しました。さて、今年、最初の記事は何を書こうかといろいろ考えたのですが、年末に参加したコンサートのことを書いてみたいと思います。

 年末に、ガンモと一緒に好きなアーチストのコンサートに出掛けた。私は十一月に彼らのコンサートに参加したばかりだったのだが、ガンモは去年の春以来の参加となった。

 ガンモがiPhoneに機種変更すると言うので、コンサートの開演時間よりも早めに家を出て、コンサート会場近くのdocomoショップに足を運んだ。docomoショップでの手続きに一時間程度は掛かるのではないかと見込んでいたのだが、SIMのサイズを変更してもらうだけの作業だったためか、思いのほか早く終わった。私たちはあまりにも素早い作業に拍子抜けしながら、コンサート会場までの道のりをてくてく歩いた。

 コンサート会場近くの広場に足を運んでみると、男性が木の上を見上げながら、
「おい! おい!」
と、しきりに呼び掛けているのが見えた。木の上に一体何がいるのだろうと思い、男性の見ているほうを見上げてみると、どうやら鷹(たか)らしかった。おそらく、その男性は鷹匠(たかじょう)で、コンサート会場付近で鷹を使ったパフォーマンスを行う予定だったのだろう。しかし、何かの拍子に商売道具となるべきはずの鷹が逃げ出してしまい、木の上に停まってしまったようだ。

 鷹匠と思われる男性は、それからもずっと自分の左手を差し出しながら、
「おい! おい!」
と根気強く呼び続けていた。鷹に向かって差し出している左手には、黒い皮の手袋がはめられていた。

 やがて、その男性が携帯電話で誰かと話しているのが聞こえて来たのだが、鷹を入れた袋を開けたところ、中にいた鷹がパタパタと飛び立ってしまったらしい。しかも、鷹が木の上に停まっているのに反応したのか、カラスまでがやって来て、近くの木に停まり、鷹に向かって、
「一緒に遊ぼうよ」
と語り掛けていた。鷹匠らしき男性が木の下から鷹に向かってどんなに呼び掛けても、鷹は鷹匠らしき男性の手元には戻って来なかった。皮肉なことに、鷹が木の上に停まってしまい、鷹匠らしき男性の元になかなか戻って来ないということが、思わぬパフォーマンスになっていた。

 その後、私たちはコンサートに備えて、近くのショッピングセンターの中にあるドーナツショップでコーヒーとドーナツを注文して食べた。そして、コンサートが始まる少し前にコンサート会場に戻ったときには、もはや鷹匠らしき男性も鷹もいなかった。果たして、鷹匠らしき男性は、鷹の捕獲に成功したのだろうか。

 さて、コンサートだが、チケットが届いたときに、ステージに近い席だと喜んでいたのだが、どういうわけか、今年から会場のレイアウトが変わってしまっていて、予想に反して、ステージからは遠い席だった。それでも、たくさんの人たちがコンサート会場全体を広く見渡せるようなレイアウトになっていた。ただ、これまでと異なるレイアウトだったためか、音の響き方が以前とは違い、劣化してしまっていた。コンサートの音質にこだわるアーチストであるだけに、そのことがちょっぴり残念でもあった。

 コンサートの様子が雑誌に掲載されるのだろうか。カメラマンがコンサートの様子をカメラに収めていた。かつてはたくさんのカメラマンたちが取材に訪れていたものだったが、今回はただ一人のカメラマンだけだった。

 暗い会場でフラッシュも焚かずに、動き回る被写体を追い掛けながら、手振れのない写真を撮影するのは非常に困難なことだろう。私の知り合いに、ある海外アーチストの熱烈なファンの男性がいる。彼は何度も何度も海外に遠征しては、コンサートの模様を写真に収めている。その国では、コンサートの最中に写真を撮影することが許可されているそうだ。彼は、カメラの機材にもずいぶんお金を掛けているのだが、演奏曲ごとのライティングを正確に記憶していて、被写体に光が充分に当たっている瞬間にシャッターを切っているという。彼が撮影した写真を見せてもらったことがあるのだが、それこそ、ため息が出るほど素晴らしかった。そこには、海外アーチストに対する深い想いと、写真撮影へのこだわりが光と影の織り成す産物として映し出されていたのだ。

 そんなふうに写真を撮っている人が周りにいると、こうしてコンサート会場で写真を撮っているカメラマンが、私の好きなアーチストに対してどのくらいの情熱を持ってシャッターを切っているのかが気になったのである。

 また、ステージに立ち、「音」に合わせて踊るアーチストを見て、そのリズム感の良さに感動した。多くの場合、「音」に反応しようとすると、ほんの少しだけ身体の動きが「音」とずれてしまうものだが、そうではなく、「音」と一体になっていることに驚きを覚えたのだった。

 音の世界であれ、絵の世界であれ、文学の世界であれ、職業的でなく(誰かに頼まれて産み出そうとしているのではなく、あるいは、お金儲けのために産み出そうとしているのではなく)、自分自身の中に湧き上がる想いを使って何かを産み出している人たちは、ある種のエクスタシーのようなものを感じ続けているのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 音楽の好みとしては、私はこれまで単独のアーチストを好きになったことはなく、例外なくグループが好きですね。グループの中で、一人一人が確実な役割を持ちながら自己を表現している姿が好きなのかもしれません。それだけで、音が三次元に形成されているような気がするのですね。私自身も、できる限り三次元でありたいものです。

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