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2013.12.03

振り返り(18)

ホットヨガ(三五四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最愛の奥様を亡くされたというプーちゃんさんのいつか迎えに来てくれる日までというブログを見付け、上から目線という記事を拝読して考えさせられました。妻(私にとっては母)を亡くした父も、両親を亡くしたときの悲しみとは全然違うと言っていました。私から見ても、私自身の悲しみと比べて、父の悲しみのほうがずっと深いと感じています。それは、私よりも父のほうが、母と密接な関係を築いていたからだと思います。父と母はしばしば喧嘩もしていましたが、すぐに仲直りしていました。その時々の感情をぶつけ合うことができて、互いの中に怒りを残さずに、すぐに忘れてしまうことができるのは、二人の間に愛が通い合っているからこそだと思います。とは言え、愛を知れば知るほど、喪失の悲しみが深いというのも事実なんですよね。プーちゃんさんのようなブログを公開していると、何故、いつまでも悲しみに暮れているのかと思ってしまう人がいるのかもしれません。しかし、そういう人たちも、本当に親密な関係を築いた人を亡くしてしまったときには、プーちゃんさんのように深い悲しみを引きずり続けるのではないでしょうか。私はプーちゃんさんのブログを拝読して、悲しみの深さと同時に愛の深さをも感じ取りました。

 納棺の儀のときに、私は母の亡骸に向かって、
「すぐに生まれ変わって来るんよ(すぐに生まれ変わって来るのよ)」
と言った。それを聞いていた従兄が、私の言葉に肯定的な反応を示してくれた。

 やがて、母の亡骸が収められたお棺は、蓋をされ、控え室のすぐ隣にある、葬儀が行われる会場へと運ばれた。こうして母の顔は、お棺の蓋に取り付けられた覗き窓を開けて見ることしかできなくなってしまった。

 納棺の儀を終えてから葬儀までは、一時間半ほどあった。その間に、母の知り合いや友人、それから親戚の人たちが次々に斎場に来てくれたので、できる限りあいさつをした。当日の朝、連絡をしたにもかかわらず、母の兄弟らも揃って駆け付けてくれた。

 葬儀の会場を見渡していると、私の友人のお母さまも足を運んでくださっていたので、ごあいさつさせていただいた。そのお母さまは、母の知り合いでもあったのだ。

 葬儀の受付は、従兄にお願いした。しかし、従兄一人だけでは足りなかったようで、別の従兄の息子さんも手伝ってくれた。

 私は、母の肺がんが発覚してからというもの、毎日、母に電話を掛けて、母を励まし続けてくれたおばあさんの姿を斎場で見付けた。おばあさんと母は、親子ほど年が離れているのだが、私から見ても、本当に特別な関係を築いていたと思う。父や母も、おばあさんのことを「お母さん」と呼んで慕っていた。

 おばあさんは足が悪いので、私が手を添えて母のお棺の前までご案内させていただいた。おばあさんは、お棺の小窓から母をのぞき込んで、
「どして私よりも先に逝ったん?(どうして私よりも先に逝ったの?)」
と言うと、そのまま泣き崩れてしまった。小さな肩を震わせながら泣いているおばあさんの後ろ姿を見ていた私も、一緒に涙が溢れて来た。その涙は、母を喪った悲しみに加え、母がこれほどまでおばあさんに想われていたという感動の涙でもあった。

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