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2013年12月

2013.12.31

ホットヨガ(三六〇回目)

映画『シックス・センス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今年の〆に、テンプレートの配色を変えてみました。過去の記事で大きな写真を掲載しているため、現在のテンプレートのサイズを変更することはできないのですが、配色ならば変えることができるだろうと思い、思い切って気分転換してみました。さて、今年もあと残りわずかですね。今頃は、ご家族でテレビをご覧になっている方たちが多いでしょうか。私はというと、ガンモが仕事に出掛けてしまったので、一人ぼっちの大晦日を過ごしています。今年も「ガンまる日記」に熱心に目を通してくださったり、また、応援もしてくださったりと、皆さんには大変お世話になりました。心より御礼申し上げます。皆さんにとって、もうすぐ迎えることになる新しい年が素敵な一年になりますよう、お祈りしています。どうか良いおお年をお迎えください。新年のごあいさつは控えさせていただきますが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 十一月九日土曜日、三宮店のスタジオで、またまた六十分のライトコースのレッスンを受けた。前回は、連続で二本もレッスンを受けてしまったのだが、体力が続かないことがわかったので、今回はそのような無茶はしない。

 レッスンを担当してくださったのは、前回もライトコースのレッスンを担当してくださったインストラクターである。レッスンの参加者は九名だった。最初はもっと参加人数が少なかったのだが、他のスタジオで行われていたレッスンに参加されていた方たちが、レッスン中に三人ほどパラパラと遅れてスタジオに入って来られた。

 腹式呼吸、胸式呼吸を意識的に行ったあとは、寝ポーズに入った。片足を前に引き寄せ、身体をねじった。寝ポーズはリラックスできるので、寝てしまいそうになるくらい気持ちが良い。リラックスコースのレッスンもリラックス度は高いほうだが、ライトコースは周りを気にせず自分の世界に没頭することができるので、リラックスコースよりもリラックス度が高いかもしれない。

 うつ伏せに寝た状態で両足を海草のようにゆらゆら揺らす「海草のポーズ」を取った。「海草のポーズ」と似たポーズに、リラックスコースで行われている「夢見るポーズ」というのがある。「海草のポーズ」が足だけに意識を向けるのに対し、「夢見るポーズ」は、うつ伏せに寝た状態であごを両手の上に置いて、乙女が空想するようなポーズを取るようになっている。

 「ゆりかごのポーズ」は座位で行い、自分の片足を赤ちゃんに見立ててあやすようなポーズとなっている。「フラワーメドレー」で、種からつぼみが出て花を咲かせ、やがて土に返って行ったり、「花の蜜を吸う蝶のポーズ」を取ったりした。こうしていくつかのポーズを取り上げてみると、ヨガのポーズは実に良くできていると思う。

 一つ一つは激しいポーズではないのだが、しばらくレッスンを続けていると、またしても顔から汗が吹き出して来たので、フェイスタオルで何度も汗をぬぐうことになった。汗がたくさん出て来たので、水もたくさん飲んでおいた。今回もレッスンに惹き付けられたためか、最後まで一度もスタジオの外に出ることなくレッスンを受けることができた。

 レッスンを終えてから、ロッカールームで、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターに会ったのだが、
「今日は(私がレッスンに)ついて来てくれているなと思いました」
と言ってくださった。前回は、連続でレッスンを受けたたために、疲労感が激しく、レッスンについて行けていなかったようだ。

 着替えを済ませて受付に足を運んだときに、VIP会員の更新手続きを行った。期限が切れてしまっていたのだが、一ヶ月以内に更新するならば継続できるらしい。VIP会員の更新特典として、五回分の水の回数券を受け取った。受け取った回数券は、水だけでなく、バスタオルの利用券にもなるそうだ。特に、仕事帰りにレッスンを受けるときは、こうした特典が有難いので、どんどん活用しようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三宮店のスタジオのあるJR元町駅周辺には、レッスン後においしいご飯を食べられるお店がたくさんあるので、週末のレッスンが、毎回、楽しみですね。ゆっくりできる日はお店に長居をして、「ガンまる日記」を書き上げることも多々あります。自宅以外の場所で記事を綴ると、また違った気分に浸ることができますね。

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2013.12.30

映画『シックス・センス』

大きな病院での診察(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。早くも年末年始の休暇、三日目に突入しました。昨日はお出掛けしましたが、それ以外は自宅にこもり、せっせとYouTubeを鑑賞しています。スピリチュアルな対談の動画を観たりもするのも好きなのですが、最近は、full movie englishと検索キーワードを入力して(ちなみにイギリス英語では、movieではなくfilmのほうを良く使うのですが、YouTubeでの検索キーワードとしては、movieのほうがヒット率は高いように思います)、英語の映画を日本語字幕なしで鑑賞しています。そうすることにより、英語力を高められると思い、始めてみたのですが、これがなかなか面白いのです。(苦笑)今回は、そんな作品群の中から、久し振りに映画のレビューをお届けしたいと思います。

 本作を鑑賞したのは、十二月一日のことである。半年ほど前まで、私は多いときで月に十本以上も鑑賞するくらい、足繁く映画館に通っていたものだった。しかし、肺がんを患っていた母の転移性脳腫瘍が深刻になってからは、映画館に足を運ぶのをやめてしまった。母の経過が良好だった頃はまだ良かったのだが、そうでないことがわかってしまってからは、もはや娯楽には没頭できないと思ったのだ。しかし、母の四十九日の法要を終えてからも、以前のように映画館に足を運ぶ気にはなれなかった。それでも最近になって、英語学習のためにYouTubeで日本語字幕なしの映画を鑑賞しようと思い立ち、再び映画鑑賞に時間を費やすようになったというわけである。

 本作を鑑賞したのは、半ば偶然のことだった。もともと、M・ナイト・シャマラン監督の作品は、映画『レディ・イン・ザ・ウォーター』映画『エアベンダー』などを鑑賞していた。また、原案を提供したとされる映画『デビル』も鑑賞していた。

 本作は、M・ナイト・シャマラン監督の作品の中でも特に評価の高い作品なのだが、これまで鑑賞する機会がなかったので、鑑賞しないままになっていた。しかし、YouTubeで英語の映画を検索したときに、比較的早い順番で一覧に上がって来たので鑑賞することにしたのである。ちなみに、原題は"The Sixth Sense"で、カタカナで書くと「ザ・シックスス・センス」なのだが、邦題では「シックスス」の「ス」が一つ抜けて、『シックス・センス』となっている。

 まず、ここでお断りをしておきたいのだが、私の普段の英語学習は、イギリス英語を中心に行っている。アメリカ映画もアメリカ英語も、実はあまり好きではない。そのため、例えM・ナイト・シャマラン監督の作品といえども、あまりにもアメリカ英語がきつい作品ならばパスしてしまおうと思っていた。ところが、鑑賞してみると、アメリカ英語もあまりきつくない上にストーリーも意外な展開で、どんどん引き込まれて行った。

 それでも、私の中でカルチャーショックだったのは、"Got it?(わかった?)"や"wanna"などのアメリカ英語が当たり前のように使われていることだった。イギリス英語では、"Got it?"ではなく、"Understood?"や"Do you understand?"などが使われている。また、他のアメリカ映画の中でも、"Shut up!"が登場していて驚いた。もちろん、義務教育ではアメリカ英語を習っているので、"Shut up!"も当たり前のように耳にしていたのだが、イギリス英語に触れるようになってからは、まったくと言っていいほど耳にしなかった。確か、イギリス英語では、"Shut up!""ではなく"Shut your mouth!"が使われていると思う。

 英語的な表現のカルチャーショックはそれだけではなかった。実は、大変お恥ずかしい話なのだが、物語が始まってから比較的早い段階において、"THE NEXT FALL"という字幕が表示された。私はそれを見たとき、「はて? "FALL"って何だろう? 直前のストーリーが失敗に関することだったので、落下だろうか? それとも、転落だろうか?」などと思ってしまったのだ。多くの皆さんがご存知の通り、この"FALL"が「秋」のことだったということに、映画を鑑賞し終えてしばらく経ってから気付いたという次第である。というのも、イギリス英語で「秋」は"autumn"なので、中学のときに習った"fall"のことをすっかり忘れてしまっていたからだ。

 さて、本作の内容については、幽霊が見える男の子と精神科医の物語である。おそらく、この作品の評価が高いのは、物語の最後に判明するある事実が波紋を呼ぶからだろう。その事実を最後に知ることによって、これまでの物語中の主人公らの言動に対し、様々な憶測が飛び交うようである。それらは厳密に言えば辻褄の合うものではないにしても、鑑賞した人たちに楽しい課題を残してくれる作品となっているわけなのだ。すべての結末を知った上で、もう一度、鑑賞し直す楽しみまで用意されている作品なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もちろん、私に、すべての英語を聞き取れるはずがありません。(苦笑)それでも、映画というものは、充分楽しめるものだとわかりました。言葉が通じなくても、身振り手振りで通じると言いますが、確かに映像で埋められる情報はたくさんあると感じました。というわけで、BBCのラジオ以外にも英語の学習アイテムが増えました。何だかやみつきになってしまいそうです。(苦笑)

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2013.12.28

大きな病院での診察(4)

ホットヨガ(三五九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。昨日、仕事納めだったという方が多いかもしれませんね。かくいう私も昨日が仕事納めでした。仕事納めをしたあとは納会に参加し、普段、仕事がらみでは交流のない方たちともお話ができて良かったと思っています。今年もあと残りわずかですね。気温も下がって来ましたので、まだお仕事が残っている方も仕事納めをされた方も、どうか体調を崩さないように気を付けながら、この年末をお過ごしください。それでは、大きな病院での診察(3)の続きを書かせていただきます。

 十二月の初め、またまた休暇を取って大きな病院へ行った。今回もガンモが付き添ってくれた。

 今回は、MRIの検査を受けることになっていたため、MRI検査の予約時間の五時間前から絶飲食状態だった。私は上半身にほてりがあるためか、喉が渇いて仕方がなかったので、自分の唾液を何度も飲み込んで、何とか喉の乾きをしのいでいた。

 十時半から麻酔医との面談が入っていたのをすっかり忘れてしまっていて、婦人科の診察の予約時間の十一時前に病院に出向いてしまった。麻酔医との面談の予約時間が予約票に打ち出されていなかったためだ。婦人科の受付で予約票と診察券を差し出すと、麻酔医との面談が終わったかどうかを尋ねられたので、まだだと答えると、先に麻酔医との面談を済ませるように言われた。

 麻酔科で診察券を提示したところ、問診票に記入するように言われた。歯科での局所麻酔も含めたこれまでの麻酔の経歴を尋ねられたので、わかる範囲で記入した。血縁者が麻酔を受けたときに気になることがあれば書くようになっていたので、母が子宮全摘手術を受けたときに、麻酔からなかなか醒めなかったことを書いておいた。

 問診票に記入すると、今度は血圧を測るように言われたので計ってみたところ、上が一三九だった。これはやや高めではないだろうかと不安になり、もう一度計ってみたところ、今度は上が一四一だった。最初に測定したよりも少し上がってしまった。

 そのあと、看護師さんが血中酸素濃度を測ってくださった。血中酸素濃度は、指先に計器を当てて計るもので、入院中の母が良く測っていただいていた。母はいつも九十八程度と高めだったが、私はどうなのだろうと思っていたところ、やはり私も九十八だった。

 実は、前回の生理で久し振りに出血量が多くなり、仕事中に倒れてしまうのではないかという感覚に襲われたことを看護師さんに伝えた。また、階段を昇るときに息切れすることも伝えておいた。

 しばらく待っていると、名前が呼ばれたので麻酔医のいる部屋に入った。何と、お話を聞かせてくださった麻酔医は女性だった。そこで、手術のときの麻酔がどのように行われるかについての説明を受けた。麻酔によって起こり得るいろいろな症状についても説明してくださった。手術中に緊急に対処しなければならない事態が発生したときには、説明書に書かれていること以外であっても、すぐに対処してくださるそうだ。

 私は、インターネットで、子宮全摘手術に八時間も掛かったという記事を読んでいたので、そんなに手術に時間が掛かるのであれば、手術の途中で麻酔が切れてしまい、激しい痛みを感じてしまうのではないかと不安になっていた。そこで、そのことを麻酔医に尋ねてみたところ、手術中は、点滴で麻酔を身体に流し込み続けるので、手術の途中で麻酔が切れることはないと言ってくださった。私はそれを聞いて安心した。

 また、背中に麻酔をされる場合があるという話も聞いていたのでそのことについても尋ねてみたところ、麻酔医は、背中に麻酔をすることもないと答えてくださった。ただ、痛み止めのために、お腹に神経ブロックの注射をすることになるそうだ。麻酔を受けることに関して、同意書を書くように言われたので、同意書に署名した。

 麻酔医との面談を終えたあとは婦人科に戻り、医師の診察待ちをした。私自身の到着が遅れたこともあって、診察はおよそ一時間遅れだった。

 診察室の外で待っていると、若い女性が母親らしき女性と一緒に診察室に入って行った。私が呼ばれることになっている診察室の隣にある診察室で、何故か扉が少しだけ開いていたため、診察室の中での会話が少しだけ漏れ聞こえて来た。その会話の中で、抗がん剤という言葉が使われていたので、若いのに、とてもお気の毒だと思った。母の友人に子宮体がんで抗がん剤の投与を受け続けている方がいらっしゃるのだが、もう数年に渡って投与が続いているので、その若い女性にも頑張って欲しいものだ。これまでの病院とは違って大きな病院で、がんの治療を行っている病院でもあるので、深刻な病状の方もいらっしゃるようだ。

 私が子宮全摘手術を行うのは年明けで、自己血輸血(じこけつゆけつ)を希望しているため、手術の二週間前に再び病院に出向くことになった。そのとき、四百ccの血を採るのだそうだ。注射針も怖く、貧血もあったために、これまで一度も献血をしたことがないというのに、これは一大事である。

 私は、前回の生理の出血量が多かったので、四百ccもの自己血を貯血しておくことができるかどうか心配だと医師に言った。すると医師は、前回の血液検査によれば、私のヘモグロビン値は十一あったと言ってくださった。それでも、生理の出血量が多くて心配ならばと、鉄剤を処方してくださった。鉄剤を服用すると胃が荒れることをご存知なのだろう。鉄剤と一緒に胃を保護する薬も処方してくださったので有り難かった。

 自己血輸血を実施していても、手術中に更なる輸血が必要になった場合は、赤十字からの輸血をすることになるというので、そのことにも同意して署名した。赤十字からの輸血を受けた場合には、のちにエイズ検査を受けることになるそうだ。

 手術の所要時間が気になっていたので、医師に尋ねてみたところ、二~三時間だろうという答えが返って来た。インターネットに八時間も掛かったと書かれていたので、そんなに時間が掛かることもあるのかと心配していたのだと言うと、
「インターネットも、正しいこともあれば、間違っていることもあるからね」
と医師に言われた。ちなみに、前回受けた、子宮頸がんの検査結果は問題なしだった。

 診察のあと、看護師さんに呼ばれて、入院の話をした。婦人科で入院する場合は、四人部屋と一人部屋しか選べないと言われた。一人部屋には一日一万数千円もの追加料金が掛かってしまうので、私は迷うことなく四人部屋を選んだ。また、入院の日までに売店で購入すべきものを指示された。

 その後、入院の手続きを行うところに出向き、入院の日までに用意するいろいろな書類を受け取った。何と、入院時には、パソコンの持ち込みは禁止なのだそうだ。携帯電話は使用しても良いが、使用できる場所が限られているという。私は、パソコンを持ち持ち込めないなら、入院の日までにスマートフォンに機種変更しようかとガンモに冗談を言った。しかし、実際にはスマートフォンに機種変更するつもりはまったくない。携帯電話とは別に、Android端末を持参しようかと思っているところだ。

 そのあと、MRIの検査を受けることになっていたので、MRIの検査室に向かって歩いていたところ、おそらくピンポイントで脳の放射線治療を受けたばかりであろう患者さんがストレッチゃーで運ばれていた。私は母のことを思い出した。母も同様の治療を受けることができれば、助かっていたかもしれない。

 そして私は、人生で何度目かのMRIの検査を受けた。造影剤は使われなかった。身に着けている金具はすべて取り外し、宇宙船の上に横たわった。足元が寒かったので、足元にタオルを掛けてもらった。

 自己血輸血のための貯血の日は、ガンモが休暇を申請していない日に当たってしまったので、私一人が自転車で来ることになるだろう。とは言え、四百ccもの血液を取ったあと、自転車で帰宅できるのかどうか心配である。

 MRIの検査を終えると、会計を済ませて処方箋を受け取り、ガンモと一緒に少し遅めのお昼ご飯を食べに行った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子宮全摘手術まで、とうとうカウントダウンが始まりました。これを書いている時点では、既に自己血輸血のための通院も済ませました。そのときもいろいろありましたので、また折を見て続きを書かせていただきますね。

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2013.12.26

ホットヨガ(三五九回目)

今年もリピート受験割引を活用の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、毎日のように記事を更新していますが、決して以前のように、一日一記事のデイリー更新を目指しているわけではありません。私も気ままに更新させていただきますので、皆さんも気ままに訪問してくだされば幸いです。さて、今回、お届けするのは、ホットヨガカテゴリの記事で、前回のレッスンの記事の続きになります。

 次のレッスンの開始まで四十五分あったので、ロッカールームで扇風機をぶんぶん回して涼みながら、レッスンの開始を待った。

 その日に受けた二本目のレッスンは、六十分のライトコースだった。土曜日にライトコースのレッスンが始まったと、いつもお話をさせていただくインストラクターからうかがっていたので、是非とも参加してみたいと思っていたのだ。今回、一日に二本のレッスンを受けることにしたのも、このライトコースのレッスンを受けたかったこともある。

 ライトコースのレッスンが始まる少し前の時間になったので、スタジオに入って待機していると、間もなくレッスンが始まった。三連休のためか、レッスンの参加者はわずか五名で、レッスンを担当してくださったのは、いつもお話をさせていただくインストラクターである。

 思えば、ライトコースのレッスンを受けるのは、ずいぶん久しぶりのことである。ひょっとすると、三宮店のスタジオがリニューアルしてからは初めてかもしれない。

 ライトコースのレッスンでは、胸式呼吸と腹式呼吸を意識的に行う。読んで字の通り、胸式呼吸は胸を使って呼吸を行い、腹式呼吸はお腹を使って呼吸を行う。ライトコースのレッスンでは、胸式呼吸のときには胸いっぱいに息を吸い込んでは吐き、腹式呼吸のときにはお腹いっぱいに息を吸い込んでは吐く。腹式呼吸のときに違和感がなかったことから、普段の私は、腹式呼吸で息をしていることがわかった。

 ライトコースのレッスンで私が最も気に入っているのは、「フラワーメドレー」である。まずは種から始まって、芽が出てつぼみになり、やがて花が咲く。花が咲いたあとは再び種に戻り、土の中へと帰って行く。それらをヨガのポーズとして行うのだ。

 また、ライトコースのレッスンには、「蜜を吸う蝶」のポーズもある。蝶が蜜を求めて探し物をしているようなポーズを座位で行うのだ。

 ライトコースのレッスンは一つ一つのポーズが長いので、それぞれのポーズはそれほどきつくはなくても、レッスンを受けているうちに息切れして来る。そのため、レッスンの途中で一度だけスタジオの外に出て休んだ。静かなポーズなのに息が上がって来て、レッスンを続けられなくなってしまったからだ。

 そして、どういうわけか、その直後から頭が痛くなってしまった。いつもの発作である。私の場合、頭に酸素が行き届かない状態になると、頭痛を感じてしまうようだ。

 それでも、今回のレッスンでは、インストラクターの導きによって、特別な時間を過ごすことができた。ライトコースのレッスンは、やはりいい。

 レッスンのあと、レッスンを担当してくださったインストラクターにお目に掛かったので、ライトコースのレッスンはとても良かったけれど、身体がついていかなかったと言った。やはり私は、一日に二本のレッスンに参加するのは体力的に厳しいらしい。

 そのあと、シャワーを浴びていると、替えのズボンを忘れて来てしまったことに気がついた。しかも、この日は短パンを穿いて電車に乗って来たのだった。あろうことか、私はそのあと、コンサートに参加する予定も入れていた。そんな状況のときに着替えのパンツを忘れてしまうとは・・・・・・。私は青ざめたが、これまでにも何度もピンチを切り抜けてきたので、今回も落ち着いて考えた。

 この日、穿いて来た短パンは、幸い、速乾性のある短パンだった。そこで私は、シャワールームでレッスンのときに穿いていた汗まみれの短パンを軽く洗い、できる限り固く絞った。そのあと、足拭きマットを二枚拝借して、その間に固く絞った短パンを挟み込み、足で踏んで水分を吸い取った。その短パンを穿いてみると、少し冷たかったが、我慢できないほどではなかった。何も穿かないでいるよりは、ずっとましである。

 何とか着替えを終えて受付に行くと、
「いつも下半身を暖かくしているのに珍しいですね」
とスタッフに言われたので、事情を話し、笑いながら帰りのエレベータに乗った。そのあと、お店に駆け込んで、レギンスを購入して穿き替えたのは言うまでもない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一日に二本のレッスンを受けようと、準備を整えて家を出たはずなのに、久し振りに忘れ物をしてしまいました。(苦笑)ライトコースのレッスンはとても良かったのに、その日の二本目のレッスンだったために体力が続かなかったのと、忘れ物をしてしまったのが減点ポイントですね。しかし、今回、私が取った行動は、この先、同じような状況に立たされた方たちのためになるかもしれませんね。(苦笑)

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2013.12.25

今年もリピート受験割引を活用

鈴虫寺に御礼参りの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の公開直後に、いくつかの画像サイズがとてつもなく大きいことに気付いてしまったのですが、出先だったため、画像編集ソフトを持ち合わせていませんでした。帰宅してから画像サイズを小さく編集し、再度、アップさせていただきました。お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ありませんでした。さて、クリスマスですね。皆さんは、どんなクリスマスをお過ごしでしょうか。今年の私たちのクリスマスは何となく自粛モードですが、小さいケーキをガンモと一緒に食べました。それでは、久し振りに英語カテゴリーの記事をお届けします。

 十一月十七日日曜日、およそ一年振りにTOEICの公開テストを受けた。そう、この時期は私にとって、TOEICのリピート受験割引の対象となる時期なのだ。通常よりも安い価格(リピート受験割引で四千九百五十円、通常は五千五百六十五円)で受験できるため、年に一度の割合で、この時期に公開テストを受けるようにしている。ほぼ同じ時期に、派遣会社が主催するTOIECのIPテストが開催されていたのだが、今回は公開テストを優先させることにした。

 申し込みを済ませて、受験票が手元に届いたとき、私はうれしくなった。というのも、自宅から一番近い大学が受験会場に指定されていたからだ。これまで、市内の女子大や神戸市内の大学でTOEICを受験して来た私だったが、ガンモがTOEICを受験するときは、その大学に当たることが多かった。その大学は、自宅から路線バスに乗って十分余りで行けるところにあるので、とても便利なのだ。

 さて、受験当日、受験票に貼り付けるための写真を用意していなかったので、少し早めに家を出て、近所のスーパーに設置されている証明写真機を利用して写真を撮った。撮影した証明写真を受験票に貼り付けるために、ハサミを持参して、糊は近くの百円ショップで購入しようと思っていたところ、あてにしていた百円ショップはいつの間にか閉店してしまっていることに気が付いた。そうなると、試験会場で糊を拝借するしかないだろうと思っていたところ、何と、証明写真がシールプリントになっていることがわかった。おかげで、出来上がった証明写真を、糊も不要ですぐに受験票に貼り付けることができた。便利な時代になったものである。

 そこからバス停まで歩き、路線バスに乗り込むと、およそ十二分ほどで受験会場となる大学に着いた。ガンモからは、実際にTOEICを受験する校舎までは遠いと聞いていた。大学構内に掲げられている案内に従って歩いて行ったところ、ガンモの言う通り、TOEICの受験会場として指定されていたのは一番奥の校舎だったので、路線バスを降りてからかなり歩くことになった。

我が家から一番近い大学。どの大学か、わかる人にはわかるかもしれない。
この日、携帯電話しか持参しなかったので、しょぼい写真でごめんなさい

大学構内には芝生があり、この日は結婚式が行われていた

 受験票と身分証明書を提示して、私の受験番号に該当する教室に入ってみると、とても大きな講義室だった。机は長く、一つの机を三人が利用することになっていた。ということは、飛行機のエコノミー席のように、真ん中の席に当たった人は、トイレに立つときや遅れて来たときに、両端に座っている人のどちらかに声を掛けて、わざわざ立ってもらわなければならないのだ。有難いことに、私は端の席だった。

 さて、今回の感触だが、BBCラジオなどのリスニング中心の学習法だったにもかかわらず、比較的良く回答できた。どういうわけか、リーディングの回答率が上がっていた。ひょっとすると、昼休みに慌しくHome | Mail Onlineを読んでいるのが効いているのだろうか。何度も受験していると、リーディングの問題でどれくらい回答できずに問題を残してしまうかがわかっているのだが、今回は、いつもよりも回答できなかった問題の数が少なかったのだ。もちろん、回答できない問題についても、すべて超能力を使って回答用紙を埋めておいた。

 それでも、私の周辺に座っていた人たちの実力には到底適わない。やはり、私はまだまだ回答のスピードが遅いと実感してしまった。そういう意味では敗北感を味わった試験でもあったのだが、自分の中で、相対的には「できた!」という感覚だったので、試験が終わった直後にガンモに電話を掛けて、
「できた。今回はとてもいい手応えだった。ガンモの最高スコアよりも高いスコアが取れた」
とうそぶいた。しかし、ガンモには、いつものように軽くあしらわれてしまった。

 それから一ヶ月近く経過した頃、TOEICの公式サイトからスコアを確認できるようになったとのメールが届いたので、はやる気持ちを抑えながら確認してみたところ、これまでの自己最高スコアには及ばなかったものの、それなりに良いスコアが取れていることがわかった。とは言え、やはりガンモの最高スコアには及ばなかった。それでも、これからもあまりガツガツせずに、今、実践していることを続けて行けば、少しずつスコアが上がってくれることを期待している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の公開テストの結果は、私としては満足の行く結果になりました。いつもはリスニングのほうが良いスコアを取れているのですが、今回はリーディングのほうが良いスコアが取れていました。ということは、単に追い込みで使った超能力が効いているだけなのかもしれません。(苦笑)

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2013.12.24

鈴虫寺に御礼参り

ホットヨガ(三五八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私は、二十年近く前にパソコン通信を始め、いくつかのフォーラム(今で言うインターネットの掲示板での交流みたいなものです)に入会し、スピリチュアルな考え方を持った方たちと交流していました。そして、気が合った人たちの中でクローズドな交流場を作り、そこでしばらく交流させていただいていたのですが、残念ながら、パソコン通信のサービスが何年か前に終了してしまい、その方たちとも何となく疎遠になってしまいました。今日、その頃に交流していた人のことがふと懐かしくなり、当時のハンドルネームでmixi内を検索してみたのですが、見当たりませんでした。当時を振り返ってみると、とてもポジティヴなエネルギーを分けてくださった方なのに、いつもエネルギーを与えていただくばかりで、私のほうからシェアできるエネルギーがありませんでした。今となっては、そのことをとても残念に思います。

 三連休の最終日だった十一月四日、ガンモの仕事が休みだったので、鈴虫寺に御礼参りに行った。いきなり御礼参りと言われても、経緯をご存知ない方がいらっしゃるかもしれない。二年半ほど前に、鈴虫寺の幸福御守という記事を書かせていただいた。母の肺がんが発覚して間もない頃の記事である。

 この頃、義父が亡くなってしまい、私は様々な感情を抱えていた。義父の葬儀が好きなアーチストのコンサートが重なってしまったので、友人にコンサートのチケットを送付して、私の代わりにコンサートを楽しんで来てもらった。その友人が、コンサートの日にわざわざ京都にある鈴寺まで足を運んでくれて、母のためにお守りを買って来てくれたのだ。私はそのお守りに、母の命が助かるようにお願いをしていた。結果的には、私のお願いは聞き入れてもらえなかったことになるのだが、少なくとも一年余りは母の経過はとても良好だった。

 一つだけ悔やまれることがあるとするならば、鈴虫寺のお地蔵さまへのお願いを始めて一年が経過したときに、いったんお守りを返却するために鈴虫寺にお参りに行かなかったことだ。あとから知ったことだが、本来はお守りを一年後ごとに更新することになっているらしい。もしも私がそれに従っていれば、母はもっともっと長生きできたのだろうか。今、それを悔やんでも仕方がないのだが・・・・・・。

 鈴虫寺までは、ガンモの運転するカングーで運んでもらった。着いてみて驚いたのは、駐車場が満杯で、駐車するまでしばらく待機することになったことだ。実際に訪れてみるまで、鈴虫寺がこんなにも人気の高いお寺であることを知らなかったというわけだ。

 駐車場には数人の警備員さんたちが駐車の案内をしていた。その警備員さんの案内に従い、駐車場に空きが出るまでしばらくの間、駐車場のすぐ近くでしばらく待機することになった。そして、駐車場に空きが出ると、すぐに駐車場に入るのではなく、駐車場の先にあるロータリーまでいったん出向いてから駐車場に入るように指示された。ちなみに、駐車場の料金は五百円だった。

鈴虫寺の駐車場に掲げられた看板

 鈴虫寺までは、駐車場から歩いて近かった。とても静かなところである。

鈴虫寺は、駐車場から歩いてすぐのところにある

途中に橋があり、川が流れていた

 入口までは、ちょっとした階段があった。私は、鈴虫寺を訪れている人たちの中に若者が多いことに驚いた。

鈴虫寺は、若者にも人気らしい

 階段を昇って入口まで来ると、たくさんの人たちが列を作って並んでいたので、私はその列に並んだ。入口のすぐ近くには、わらじを履いたお地蔵さまが祀られていた。

 公式サイトによると、鈴虫寺は、「妙徳山 華厳寺(みょうとくざん けごんじ)」という正式名称がありながらも、一年中、鈴虫の鳴き声が聞こえることから、鈴虫寺と呼ばれるようになったらしい。

こちらのお地蔵さまが願いを聞き入れてくださっていたようだ

 私の願いを聞き入れてくださったのは、こちらのお地蔵さまだったようだ。私はお地蔵さまに、母を守ってくれたお礼を言った。

 長い列は、なかなか進みが遅かった。しかし、どういうわけか、あとからやって来た人たちが長い列を掻き分け、先へと進んでいた。みんな、こうして列を作って並んでいるのに、一体どういう人たちなのだろうと不審に思っていると、先に行った人たちはすぐに戻って来られた。そのときわかったのだが、どうやらその人たちは、お守りを返却するためだけに訪れたらしい。

 それならば、私もお守りを返却するだけにさせていただこうと思い、返却するために持参したお守りを握りしめ、列に並んでいる人たちよりもお先に失礼させていただいて、先へと進んだ。

 すると、その先には、お守りを入れる箱があった。鈴虫寺の方に尋ねてみると、そこにお守りを返却するようである。私はその箱の中にお守りを返却すると、元来た道をすたすたと戻った。列を作って並んでいたのは、説明を聞きながら、新しいお守りを購入する目的で訪れた人たちだったようだ。参拝客が多いので、入れ替え制で説明が行われているのだった。

鈴蟲の寺と書かれていた。しかし、正式名称は、華厳禅寺だそうだ

 鈴虫寺までは、電車で来ると、少し歩くことになるらしい。カングーで送り届けてもらって良かったと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 結果的には願いは叶えられなかったのですが、御礼参りをしていなかったことがずっと気になっていたので、実現できて良かったと思います。若い方たちにも人気のお寺のようですね。

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2013.12.23

ホットヨガ(三五八回目)

振り返り(20)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。寒い三連休ですね。我が家はまだ、暖房器具を何も使用していないので、ガンモも私も部屋で厚着をして過ごしています。暑さも寒さも極端になって来ているように感じますが、それでも、寒さに対しては着るもので調整できるので、まだいいですね。

 十一月二日土曜日の三連休の始まりの日、ホットヨガの三宮店のスタジオでレッスンを受けた。ここのところ、レッスンに参加できる回数が減ってしまっていたので、この日は一日のうちに二本のレッスンを受けるつもりで家を出た。と言っても、水素水をスタジオで補給できる上に、一レッスンごとにレッスンウェアを着替えるわけでもないので、特別な準備は必要なかった。

 最初に受けたレッスンは、六十分のビギナーコースである。レッスンの参加者は十三名で、レッスンを担当してくださったのは、これまであまりお見掛けしたことのなかったインストラクターだった。ひょっとすると、梅田店でお見掛けしたことがあったかもしれない。ものすごく丁寧で心のこもったレッスンだった。

 私も人のことはまったく言える立場にないのだが、ビギナーコースのレッスンに参加されている方たちは、やはり初心者の方たちが多いのか、まだどこか身体が硬そうで、バランスのポーズを取ってもぐらぐらしている人たちが多かった。そうかと思えば、鳩のポーズで上級者向けのポーズを取っていらっしゃる方もいた。おそらく、鳩のポーズで上級者向けのポーズを取られていた方たちは、フリーパス会員さんなのだろう。

 ビギナーコースのレッスンだったからか、私は最後まで一度もスタジオの外に出ることなくレッスンを受けることができた。ただ、お腹を下にするうつ伏せのポーズは取ることができず、お休みさせていただいた。

 一つ一つの言葉に丁寧に心を込めてくださるインストラクターだったので、最初から最後までとても気持ちの良いレッスンだった。現代人は、どちらかと言えば言葉を省略する傾向にあり、言葉に心を込める行為からは遠ざかってしまっているので、今回のレッスンを担当してくださったようなインストラクターから刺激を受けるのはとても良いことだと思う。

 レッスンを終えてスタジオを出ると、いつもお話をさせていただくインストラクターがいらっしゃった。そのあと、続いてレッスンを受けることにしていたために、次のレッスンで使用するタオルを受け取らせていただいた。インストラクターは、私が週末のレッスンにあまり参加していないことから、
「最近、どうされているのかなと思っていたんです」
と気遣ってくださった。そこで私は、母が九月に亡くなったことをご報告させていただいた。

 次のレッスン開始まで四十五分もあったので、ロッカールームでゆっくり休んだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このときも、ちょうど三連休でした。思えば、今年は三連休が多かったように思います。来年も三連休がたくさんあるとうれしいですね。

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2013.12.20

振り返り(20)

大きな病院での診察(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事で「これはピンチだ!」と感じたときに、母に「助けて!」と念じてみると、必ず助けてくれます。実現までのスピードもすこぶる速く、確実で、毎回、とても驚いています。ガンモもかつて、仕事でピンチだと感じたときに、亡き義母の力を借りたことがあります。そのときもやはり、義母は素晴らしいシナリオを用意して、ガンモを助けてくれました。肉親が亡くなると、見守ってくれるという話を良く聞きますが、本当のことのようですよ。それでは、振り返り(19)の続きを書かせていただきます。

 葬儀には、通夜の前に私が電話を掛けた母の友人の方たちも足を運んでくださっていた。そのうちの一人は面識のある方だったが、電話ではお声を耳にしたことがあっても、実際にお目に掛かったのは初めての方もいた。

 葬儀は滞りなく終了し、母の亡骸の入ったお棺の中に花を入れてあげることになった。ガンモの勤務先の会社からも大きな花が届いていた。また、親戚の方たちがお供えに花を買ってくれたりもした。そのため、葬儀の前に斎場スタッフから、もしかすると、お棺の中に入れてあげる花が余るかもしれないので、余った場合はご自宅で飾ってあげてくださいと言ってくださった。斎場スタッフは、残った花を私たちが自宅に持ち帰り易いように、籠入りの花をできるだけ残すようにしてくださった。

 やがて、母の亡骸が収められたお棺の蓋が開けられ、斎場スタッフが切ってくださった花を母のお棺の中に入れてあげた。

 葬儀はどうしても親族中心になってしまうので、私は再び母と仲良くしてくださったおばあさんのところまで歩いて行き、
「お棺にお花を入れてやってください」
とお願いして、母のお棺の前までお連れした。私の友人のMちゃんも祭壇の前まで寄って来てくれて、母のお棺の中に花を入れてくれた。

 母は花をこよなく愛したので、皆さんが入れてくださったたくさんの花に包まれて幸せを感じていただろうか。私は、たくさんの花に包まれた母の亡骸に向かって、納棺の儀のときと同じように、
「すぐに生まれ変わって来るんよ(すぐに生まれ変わって来るのよ)」
と言った。

 母のお棺が花で埋まると、斎場スタッフが母のお棺に蓋をした。そして、その蓋に石で釘を打とうとしたので、私は思わず、
「あっ」
と声を漏らした。すると、斎場スタッフは、
「打たないでおきますか?」
と私に確認してくださった。しかし、私は、
「いえ、いいです」
と答えた。それ以上、私が何も言わなかったので、お棺への釘打ちが再開された。とうとうお棺に釘が打ち付けられてしまい、母はもうお棺の中から出て来られなくなるのかと残念に思った。ちなみに、ガンモの実家方面では、故人の近親者が代わる代わる石でお棺の蓋に釘を打つのだが、私の実家方面では、斎場スタッフだけが釘を打ってくださったように思う。

 その後、一般の方たちと母の友人の方たちは先に退場されることになった。そのとき、私はMちゃんに、母の葬儀にわざわざ足を運んでくれたお礼とともに、がんで大手術を受けたMちゃんのお父さまのことを、
「よう看たげてよ(良く看てあげてよ)」
と言った。Mちゃんは、泣きながらうなずいていた。

 その後、一般の方たちと母の友人の方たちが見守ってくださる中、母の亡骸の入ったお棺を父や弟らを含む数人の男たちが担いだまま、斎場のエントランスを三回回った。私はそのとき、燭台のようなものを持ち、紙でできた冠のようなものを頭にかぶり、母のお棺のあとを続いて、同じように三回回った。

 母の亡骸が入ったお棺は、その後、霊柩車に収められた。このあと、火葬場に向かうことになるのだが、霊柩車には二人しか乗ることができないとのことだったので、父と弟が乗り込むことになった。

 霊柩車が発車するとき、父が斎場スタッフに預けておいた母の使っていたお茶碗を、斎場スタッフがビニール袋に入れたままコンクリートの地面に落として割った。故人が帰って来ないようにするためらしい。

 私は、親族の中で、火葬場には行かずに帰宅してしまう人たちに折り詰めを持って帰ってもらった。折り詰めを渡した親族の中には、知っている人もいたが、中には知らない人もいた。

 このあと、火葬場に向かうわけだが、一般の方たちや母の友人の方たちの中には、母と、親族よりも近い関係を結んでいた方たちもいたはずなのに、多くの方たちが遠慮して帰宅されてしまった。私は、親族がすぐに火葬場に向かおうとしている慌ただしい中で、母の葬儀に参列してくださった一般の方や母の友人の方たちに、きちんとごあいさつができなかったことを悔やんだ。

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2013.12.18

大きな病院での診察(3)

ホットヨガ(三五七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 寒くなって来たので、先日開催されていた楽天市場のセールで、お買い得商品として挙げられていたコートを何着か購入したのですが、どのコートも薄くてがっかりしてしまいました。室内で暖房を使わずに過ごすためのアイテムになってしまいそうです。(苦笑)それでは、大きな病院での診察(2)の続きを書かせていただきます。

 診察室を出たあとは、手術に適応できるかどうかを調べるために、採血と心電図、レントゲンの検査を受けることになっていた。大きな病院なので、検査を受ける場所はあちらこちらに散らばっていた。

 まず始めに、採血を行う場所へと移動したところ、採血を担当してくださった看護師さんにあれこれ話し掛けられた。おそらく、採血中に私がリラックスできるように気遣ってくださったのだろう。看護師さんは、私がそのとき穿いていた巻きスカートをご覧になり、
「暖かそうやなあ。私もそんなん(そういうのが)欲しいわあ」
と言ってくださった。私が、
「これは、楽天市場で買ったんですよ」
と言うと、採血を担当してくださった看護師さんは、
「楽天セールのときに、なあんも(何も)買わへんかった」
とおっしゃった。更に、
「巨人が勝っても東京の人しか喜ばへんけど、楽天が勝ったら日本中の人が喜ぶもんなあ」
と、コテコテの関西弁で言われた。更に、私が昭和四十年生まれだとわかると、
「(見た目が)若いねえ」
と言ってくださり、
「私は昭和三十九年生まれ」
と付け加えた。つまり、私と一つ違いである。その割には、髪の毛がしっかりと黒かったので、
「髪の毛がずいぶん黒いですね」
と私が言うと、
「これは染めてんねん(染めてるのよ)」
とおっしゃっていた。

 いやはや、これまでいろいろな病院に足を運んで来たが、これほどおしゃべり好きの看護師さんに出会ったのは初めてである。やはり、土地柄なのだろうか。おかげで、採血の苦手な私も、わざわざ横になって採血していただくこともなく、座ったままで採血を受けることができた。

 その後、心電図を取っていただく場所に移動し、健康診断のときと同じように簡易ベッドの上に仰向けに寝て、心電図を取っていただいた。検査技師の方は、ご年配の女性だった。もう何年もこの病院で心電図の検査を行っていらっしゃるのだろうか。

 最後に、レントゲンの検査を受けた。そのとき、私は肩凝り解消のために「ジキバン」を貼り巡らせていたので、慌てて剥がして検査に臨んだ。レントゲンの検査箇所は、胸部とお腹周りの二ヶ所だった。

 すべての検査を終えてお会計をしたところ、何と、請求金額は一万五百円だった。子宮頸がんの検査料も含まれているからだろうか。

 次回は、十二月に入ってから一度受診して、お腹のMRIも撮っていただくことになった。I医師のいる病院から、お腹のMRI画像の入ったCD-ROMを持ち込んだものの、やはり医師としては最新の状態を確認しておきたいようだ。更に、そのときに、麻酔医とも話をすることになるそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子宮全摘手術まで、早くも一ヶ月を切りました。(苦笑)さすがに手術が近くなって来ると、不安な気持ちが膨らんで来ますね。しかし、何とか乗り切るしかありません。十二月に入ってからの診察も終えましたので、また機会を改めてご報告させていただきますね。

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2013.12.16

ホットヨガ(三五七回目)

ホットヨガ(三五六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ガンモとの合流も果たし、今、実家でこれを書いています。このあと行事がありますので、それを終えたら、深夜にカングーを走らせて兵庫県に戻る予定です。ホットヨガの記事が続いてしまいますが、二日前に、六分間だけアップしていた記事に修正を加えて、再度お届けしたいと思います。

 十月二十七日日曜日のお昼に、ホットヨガの三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。いつもならば、週末は、土曜日にレッスンを受けているのだが、土曜日にガンモの仕事が休みだったので、一日中、自宅でまったりと一緒に過ごしていた。翌日の日曜日はガンモが仕事に出かけて行ったので、私もホットヨガのレッスンを受けることにしたのだ。

 受付に、先日のレッスンのあと、ドレスアップして出掛けていたインストラクターがいらっしゃったので、
「あのあとどこに行ったんですかあ?」
と尋ねてみると、地名だけこっそり教えてくださった。そこは、私にとっては意外な場所だった。

 私はいつも、金曜日の夜の最終レッスンを受けたあと、もたもたしながら帰り支度を整えているので、ついつい退出時間が遅くなってしまいがちである。しかし、インストラクターがあんなふうにドレスアップして出掛けることがあるのであれば、もたもたせずに、さっさと退出したほうが良かったのではないかと思っていた。レッスンを受けた人がまだスタジオに残っていると、インストラクターは仕事を上がることができないからだ。そこで、
「もっと早めに退出したほうが良かったですかね」
と言ってみたところ、
「そんなことないですよ」
と、ドレスアップしていたインストラクターが答えてくださった。それにしても、あんなきれいな格好をして、その場所にあるどこに行ったのだろう。

 さて、今回のレッスンの参加者は、わずか五名だった。レッスンを担当してくださったのは、前回、骨盤コースのレッスンを担当してくださった新米インストラクターさんである。どうやら日曜日は、レッスンの参加者が少ないようだ。

 出入口に一番近いヨガマットが空いていたので、そこに腰を下ろしたところ、すぐ隣のヨガマットにいた人が、さりげなくもう一つ隣のヨガマットに移ってくださった。その方からすれば、「参加者の数が少なく、スタジオ内はこんなに空いているというのに、わざわざ私の隣に来なくても・・・・・・」という気持ちだったのかもしれない。その人を移動させてしまったみたいで、何だか申し訳なかった。私はとても暑がりなので、出入口に近いヨガマットでレッスンを受けるほうが、レッスン中にインストラクターが出入口の扉を開閉してくださるので気持ちがいいのだ。

 リラックスコースのレッスンは、骨盤コースのレッスンのように疲れない上に、スタジオ内の温度もそれほど高くはなかったので、最後まで気持ち良くレッスンを受けることができた。やはり、今の私の身体には、リラックスコースのレッスンが合っているようである。

 途中、一度だけスタジオの外に出て休んだところ、ちょうど隣のスタジオからレッスンを終えた方たちが出て来られた。何と、その方たちは、全身にシャワーを浴びたかのようにたっぷりと汗を掻いていた。私は驚き、あとから出て来られたインストラクターに、
「皆さん、ものすごい汗を掻かれてますね」
と言った。すると、そのレッスンを担当されていたインストラクターは、
「九十分のレッスンだったので・・・・・・」
とおっしゃっていた。それにしてもすごい汗の量である。私もかつては九十分のベーシックコースのレッスンに参加していたこともあったのだが、あんなに全身に汗を掻いたことはなかったように思う。やはり私は、他の人たちとは汗の出方が違うのだと思った。全身から汗を出すことができれば、私のほてりももっと落ち着いて来るのかもしれない。

 レッスンを終えてシャワーを浴びようとしたところ、シャワールームは、九十分のベーシックコースのレッスンを終えた人たちでにぎわっていた。九十分のベーシックコースのレッスンが終わってからまだあまり時間が経っていなかったからだ。

 着替えを済ませて受付に足を運んでみると、ドレスアップして出掛けていたインストラクターがいらっしゃったので、もう一度、
「どこに行ったんですか?」
と尋ねてみると、地名ではなく、ちゃんとした行き先をこっそり教えてくださった。それは、大人が集う場所だった。なるほど、それできれいに着飾っていたのかと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンも、週に一度のペースでレッスンを受けていたときは忘れ物が多かったのですが、レッスンに通う回数が増えて来ると、忘れ物をすることもほとんどなくなりました。「慣れ」は大切ですね。(笑)これからも、忘れ物をしないようにレッスンを続けて行きたいと思います。

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2013.12.14

ホットヨガ(三五六回目)

振り返り(19)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 急に寒くなりましたね。おとといから、私も、出掛けるときは長袖のコートを着用するようになりました。これまでは半袖で頑張っていたのですが、ここまで冷え込むと、ほてりがあるとは言え、寒さを感じます。(苦笑)さて、おとといの夜、夜行高速バスに乗って、昨日の朝、実家に戻って来ました。月曜日まで滞在する予定です。ガンモは仕事があるので、あとから合流することになっています。それでは、下書き記事として溜まっているホットヨガのレッスンの記事をお届けしたいと思います。

 十月二十五日金の仕事帰り、骨盤コースのレッスンに参加した。台風の影響で雨がたくさん降った日だった。リュックにたくさんの荷物を詰めて家を出たのだが、何と、通勤途中にリュックが壊れてしまった。たくさん入るからという理由で、安物のリュックを買ってしまったのが良くなかった。形はとても気に入っていたのだが、耐久性に欠けていたようだ。そのため、仕事に必要なものだけをリュックから取り出してエコバッグに詰め直し、勤務先の最寄駅前にあるコインロッカーに壊れたリュックを預けて仕事に出掛けた。

 仕事を終えたあと、大きめのリュックを探すために職場近くのショッピングセンターを探し回ったのだが、デザイン性の優れたリュックは見付かったものの、ホットヨガの荷物を詰められるだけの大容量リュックは見当たらなかった。

 いつも帰省するために使っている、山登りをする人たちが背負う大容量リュックなら持っているのだが、それには帰省に必要な荷物がたくさん詰まっているため、ホットヨガのレッスンに必要な荷物に入れ換えたくはなかった。かと言って、同じものを購入するのももったいない気がした。そこで、インターネットで格安の大容量リュックを探して注文することにした。今度は、使っている人たちのレビューを参考にしながら、丈夫なリュックを注文したつもりだ。

 さて、今回のレッスンの参加者は七名だった。レッスンを担当してくださったのは、新米インストラクターさんである。早めにスタジオに着いたので、レッスン開始までゆっくり過ごすことができた。

 私が一番乗りだったので、出入口に一番近いヨガマットを陣取ることができた。レッスンが始まってから数分経った頃に、直前のリラックスコースを終えてから骨盤コースのレッスンに参加される方たちが二名入って来られた。ずいぶんタフな方たちである。

 いつものように、レッスン中に暑くなってしまったので、途中で何度もスタジオの外に出て休んだ。それでも、どうしても最後までレッスンを受けられず、申し訳ないが、途中で退出させていただいた。

 ロッカールームで帰り支度を整えていると、レッスンを担当してくださったインストラクターが、ある会員さんに、
「猫のポーズ、お上手ですね」
と話し掛けられていたので、その会話に加わった。その方も、お仕事帰りにレッスンを受けられているそうだ。やはり、お仕事の都合で、いつもレッスンの直前に予約されているそうだ。そして今回は、レッスンの予約をせずに直接、スタジオに足を運ばれたようだ。というのも、以前、レッスンの予約をしたものの、レッスンに参加できなかったことがあるからだそうだ。私は、
「ああ、私もです」
と同意した。やはり、仕事を持っていると、何時に仕事を上がれるか、不確かな状況なのだろう。

 二十二時過ぎにスタジオをあとにしたのだが、そのあと、駅のホームで名前を呼ばれたので顔を上げてみると、何と、ドレスアップした二人のインストラクターだった。その時間にお仕事を上がられたということは、最終レッスンのあと、私ができるだけ早く帰り支度を整えて退出すれば、インストラクターも早く仕儀とを上がれるということなのだろうと思う。私はいつも帰り支度が遅くてもたもたしてしまっているので、何だか申し訳ないと思った。それにしても、こんなにドレスアップしたインストラクターにお目にかかるのは初めてだったかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、六分間だけ、このレッスンのあとの記事を先に公開させていただいていました。そのときは、下書きしておいた今回の記事を見付けることができなかったので、その次のレッスンの内容をお届けしてしまったのですが、下書きしておいた記事を見付けることができたので、慌てて修正してお届けします。次の記事を公開していたわずか六分の間に次の記事を読んでくださった方がいらっしゃいましたら、話が前後してしまい、申し訳ありませんでした。

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2013.12.12

振り返り(19)

大きな病院での診察(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。先日、父と母の五十回目の結婚記念日でした。母が生きていれば、一緒に金婚式を迎えられたのに、とても残念なことであります。もうすぐ母の百か日を迎えます。四十九日の法要のときに、百か日の法要も一緒にさせてもらったのですが、他にも愛媛県特有のしきたりがありますので、この記事を書いたあと、四泊五日(うち一泊は車中泊)の予定で帰省します。

 葬儀が始まるまでの間に、いくつかの打ち合わせが行われた。そのうちの一つは、お香典に関することだった。葬儀が始まると、受付に人がいなくなってしまうことから、斎場の事務所にある金庫でお香典を預かってくださることになっていた。そのときに、金庫の鍵を渡されるので、帰宅する前に、金庫の鍵と引き換えにお香典を渡してくださるとのことだった。

 もう一つは、葬儀のあと、一般の方たちや友人たちが見守ってくださる中、母の亡骸を火葬場に送り出すまでの儀式に関することだった。そのとき、何人かの近親者がそれぞれ何かを持つことになっていたのだが、私は、燭台のようなものを持つことになった。

 十一時少し前になると、受付をしてくれていた従兄がお香典の入った袋を祭壇まで持って来てくれた。斎場スタッフがその袋を受け取ると、私は斎場スタッフに連れられて斎場の事務所に向かい、お香典の入った袋を斎場の金庫に預けてもらい、代わりに金庫の鍵を受け取った。そして、私が席に戻ると、間もなく葬儀が始まった。

 葬儀が始まると、前日の打ち合わせ通り、おくりびとの斎場スタッフが、母がどのような人生を生きたかについて、物語にして読み上げてくださった。

 そして、前夜の通夜のときと同じお坊さんが来てくださり、母のためにたくさんのお経をあげてくださった。真言宗なので、通夜のときと同様、どこか儀式めいたところがあったのだが、お経そのものは、子供の頃からしばしば耳にしていたものが多かった。

 しばらくすると、一般の方たちから、お焼香が始まった。私は一人一人のお顔を確認しながら、座ったまま頭を下げた。

 母が亡くなったのは木曜日の朝で、当日のうちに通夜を行い、その翌日の金曜日に葬儀を行うことになったにもかかわらず、お仕事のある方たちもわざわざ駆けつけてくださった。今、こうして思い返しても、胸が熱くなる想いである。

 私は、お焼香をしてくださる方たちの中に、通夜のあとに深夜営業のスーパーでばったり会った、父と母との共通の友人であるMさんの姿を見付けて、その優しさに心を打たれた。私よりも一つ年下の息子さんを亡くされて間もないMさんは、自営業でお仕事もあるはずなのに、母のためにわざわざ駆けつけてくださったのである。あとになってから、父とそのことについて話し合ったのだが、あのような絶妙なタイミングで通夜のあとの遅い時間にMさんにばったり会ったのは、運命としか言いようがないと、父も私も意見が一致したのだった。

 また、小学校時代からの私の友人であるMちゃんも駆けつけてくれていた。見ると、Mちゃんも泣いていた。涙を流してくれているMちゃんの優しさに触れながら、これからは私自身も、もっともっといろいろな人たちに対し、こうしてMちゃんたちから与えてもらったような真の優しさを示して行かなければならないと感じたのだった。

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2013.12.09

大きな病院での診察(2)

ホットヨガ(三五五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もう十二月だというのに、上半身のほてりがあるため、私はまだ半袖(半袖Tシャツの上に半袖カーディガンと半袖ダウンジャケット)で過ごしています。袖のないダウンベストならばいくらでも手に入るのですが、半袖ダウンジャケットはなかなか手に入らない貴重品であります。(苦笑)それでも、時には半袖で過ごすのは寒く感じられる日もあり、そういうときは、レッグウォーマーを半袖の腕に着けて寒さをしのいでいます。私なりの予想ですが、ひょっとすると私に現れているのは本当の意味での更年期障害ではなく、子宮筋腫が卵巣の機能を著しく低下させているのではないか、という気がしています。それでは、大きな病院での診察(1)の続きを書かせていただきます。

 およそ五十分ほど待っただろうか。ようやく私の名前が呼ばれたので診察室に入った。診察室には、私よりも少しだけ年上と思われる男性医師が椅子に座っていらっしゃった。

 はじめましてのごあいさつを交わすと、I医師にお世話になるまでの私の子宮筋腫の経歴をいろいろ尋ねられた。二〇〇四年の健康診断で初めて子宮筋腫が見付かり、自宅近くの大きな病院で診ていただいたこと、その時点で手術しか方法がないと言われ、漢方薬での治療を求めて、神戸市内にある病院でお世話になっていたこと、更にその後、別の病院でI医師に診ていただくようになり、I医師がその病院を辞めてしまってからは、I医師を追い掛けて、また別の病院にもお世話になったことなどを話した。

 こうして振り返ってみると、私の子宮筋腫は、これまでにいろいろな医師に診ていただいたことになる。以前、「ガンまる日記」を読んでくださっている筋腫仲間の方からいただいたメールに「筋腫難民」という言葉が使われていたが、まさしく私も「筋腫難民」だったのかもしれない。

 I医師が紹介してくださった医師は、この大きな病院の婦人科の責任者的な立場の方である。とてもお忙しい立場でありながらも、これまでの経緯を細かく聞いてくださったことから、安心できる医師だと思った。

 医師に、子宮頸がん検診を受けているかと尋ねられたので、五月の健康診断のときに検査を受けて異常はなかったと答えた。そのときの検査結果が欲しいと言われたのだが、どこかにしまってしまったので、すぐには用意できないと答えた。そのためか、その場で子宮頸がんの検査をしてくださることになった。私としては、子宮頸がんの検査は健康診断で受けて結果が良好だったので、できれば子宮体がんの検査を受けておきたいと思っていたのだが・・・・・・。それはさておいて、初めて会った男性の前で、またしても足を開くことになってしまったわけである。

 医師に、
「子宮を取ることについては、もう納得してるの?」
と聞かれたので、こっくりとうなずいた。大きな病院の医師なので、「こんなに大きくなるまで、子宮筋腫を放置しておくなんて」と呆れられてしまうのではないかと思っていたのだが、まったくそんなことはなく、とても気さくな医師だった。

 子宮全摘手術を受けるにあたり、自己血輸血(じこけつゆけつ)を希望していることを医師に伝えると、
「そのほうがいいでしょう」
と言ってくださった。とは言え、子宮全摘手術のときの出血量は、それほど多くはないのだそうだ。

 自己血輸血とは、手術に備えて、自分自身の血液を貯血しておくことである。自分自身の血液なので、輸血した血液が適合しなかったり、感染症にかかるなどの心配も少なくなるわけだ。

 医師によれば、自己血輸血のための採血は手術の二週間ほど前に行い、一度に四百CCほども取るのだそうだ。大変お恥ずかしい話だが、私はこれまでに一度も献血をしたことがない。巨大な子宮筋腫のための貧血が続いていたこともあるのだが、若い頃から注射がとても苦手だったことも大きい。実のところ、採血のときに気分が悪くなってしまったこともあるので、今でも健康診断のときの採血で、ベッドに横になって採血していただくこともあるくらいなのだ。そんな私が一度に四百CCも採血できるのだろうかという不安はある。しかし、最近は生理の出血量も極端に減っている上に、手術を控えているとなれば、何とか踏ん張れるだろう。

 医師に、夫も一緒に来ていることを伝えると、ガンモも一緒に診察室に入り、話を聞くことになった。ガンモが診察室に入ると、医師はまたしても自己紹介をしてくださった。

 医師と話をしながら、電子カルテに「巨大筋腫」と入力されているのが見えたので私が笑うと、
「ああ、『巨大筋腫』ね。十センチ以上の筋腫は巨大筋腫と呼んでいるのでごめんね」
と医師に謝られてしまった。ずいぶん気さくな医師である。

 医師によれば、子宮全摘手術の入院期間は二週間で、退院後は一週間ほど自宅療養が必要になるのだそうだ。あとからわかったことだが、その間は勤務することができないので、派遣会社から傷病手当金がもらえるのだそうだ。

 手術の日程も一月に決まった。というのも、ガンモが会社から勤続○○年のご褒美に、比較的長い休暇をもらえることになっているため、その時期がいいとガンモから言われていたからだ。

 医師の診察を受けたあとは、心電図と採血、胸部と腹部のレントゲンを撮り、手術に適応するかどうかを判断してくださることになっていた。私は、医師にお礼を言って診察室を出た。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とても気さくな医師で、安心しています。実は、手術の日程を決めるときに、私が最初に指定した日程は、その医師が外来診察のために執刀できない日でした。そのことを医師があとから指摘してくださったので、その場で手術の日程を変更しました。せっかくI医師がご紹介くださった医師なので、是非とも執刀をお願いしたいと思っています。

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2013.12.07

ホットヨガ(三五五回目)

大きな病院での診察(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 十二月に入ってからは、あれほど忙しかった仕事も、ようやく落ち着きました。そこで私は、これまで残業に充てていた時間をホットヨガのレッスンに通うことに切り替えました。通勤に一時間半掛かるので、夜は早めに就寝して早起きしなければならないのですが、ここしばらくの残業でずいぶん鍛えたので、ホットヨガのレッスンに切り替えても大丈夫になりました。(苦笑)子宮全摘手術を受けると、しばらくの間、レッスンに通うことができないだろうと思い、今のうちに、できる限りレッスンに通っておくことにします。

 十月十八日金曜日の仕事帰りに、ホットヨガの三宮店のスタジオで、二十時三十分から行われる六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。

 この日の翌日から、ガンモと一緒に、母の四十九日の法要のために帰省することになっていた。この頃も、仕事は残業続きでとても忙しくなっていた。夜行高速バスで帰省する金曜日の夜でさえも、二十一時半頃まで残業して、ホットヨガのレッスンを受ける余裕もなく、そのまま夜行高速バスに乗るという日々が続いていた。しかし、それではいけないと思い、思い切って、ホットヨガのレッスンを受ける時間を作ったのだ。

 慌てていたのか、水素水のポイントカードをどこかに落としてしまった。受付に届けられているのではないかと期待して聞いてみたのだが、残念ながら、届いていないとのことだった。十月になってからも、私は保冷専用ボトルに自宅の冷蔵庫で作った水素水を入れて仕事に持参していた。保冷専用ボトルの容量は一リットルだが、仕事中に喉が乾くと水を飲んでいるので、そのままレッスンに持ち込むには水が足りないはずだった。こういうときに、スタジオで水素水を補給できるのはとても有り難い。しかし、水素水のサーバを使用するためのポイントカードが手元にない。つい先日、三宮店のリニューアルオープン記念で水素水のチャージキャンペーンをやっていたので、チャージしたばかりだったというのに。

 水素水のポイントカードを紛失してしまったことをとても残念に思いながら、今回のレッスンは、保冷専用ボトルに残った水だけで何とかやり過ごそうと思い、レッスンを受けた。

 レッスンの参加者は七名で、レッスンを担当してくださったのは、初めてお目に掛かるインストラクターだった。とても慣れたインストラクターだったのに、あれから一度もこのときのインストラクターにはお目に掛かっていないので、ひょっとするとどこか別のスタジオから応援に来られていたインストラクターだったのかもしれない。

 いつものように、レッスンの途中で暑くなり、スタジオの外に出てみると、受付にいたスタッフが、
「(水素水の)カード、ありましたよ」
と言ってくださった。何と、受付のすぐ側に落ちていたのだそうだ。ということは、回数券を受付に差し出したときに、一緒にくっついて来て、そこで落ちてしまったのかもしれない。こういうときのために、水素水のプリペイドカードの裏側には、それぞれの使用者の名前を書くことになっている。そのおかげで、いったん紛失してしまったプリペイドカードが私の手元に戻って来ることになったわけだ。私は歓喜して水素水のプリペイドカードを受け取り、水素水を補給したのだった。

 ところで、来年の春頃から、勤務先が移動になることになった。勤務先の企業が変わるのではなく、勤務先の企業が引っ越しをするのだ。事務所ごと移転することになるので、今、働いている人たちもそのまま一緒に移動することになる。

 私は今、通勤定期券を使って三宮店のスタジオに通っているのだが、今後も通勤定期券を使ってホットヨガのレッスンに通うとなると、南森町店か梅田店に通うことになるだろう。三宮店のスタジオの雰囲気がとても好きなのに、三宮店から遠ざかってしまうのは残念なことである。とは言え、まだ少し先の話である。

 インストラクターには大変申し訳なかったが、レッスン中にとても暑くなってしまったので、今回のレッスンは、途中で退出させていただくことになってしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンに通い始めてから、早くも七年が経過しました。いやはや、私自身もこんなに長く続けられるものだとは思っていませんでした。それなのに、身体がちっとも柔らかくないのは恥ずかしいことですね。(苦笑)子宮全摘手術を受ければ前屈のポーズを取れるようになるのでしょうか。今は期待と不安が入り交じっています。

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2013.12.06

大きな病院での診察(1)

振り返り(18)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 子宮全摘手術を受けるための入院の準備を着々と進めています。医療費が高額になるので、健康保険組合に限度額適用認定証の申請書を提出したり、入院と自宅療養のためのおよそ三週間は、派遣会社から傷病手当金が支給されるというので喜んだりしています。(苦笑)それでは、これも一つの別れの続きを書かせていただきます。

 この頃、仕事を終えて帰宅するのが二十三時を回ってしまうほど仕事の忙しい日々が続いていた。そのため、I医師が紹介してくださった医師のいる病院の予約を取るために、I医師のいる病院に電話を掛けるのをずるずると先延ばしにしていた。

 あるとき、仕事中に携帯電話が鳴ったので、知らない番号からの着信だったが出てみたところ、I医師のいる病院の地域連携係の男性だった。本来ならば、平日に私のほうから連絡をして、紹介先の病院への予約手続きをしていただくことになっていたのだが、私がなかなか電話を掛けなかったために、わざわざ電話を掛けて来てくださったようだ。

 そのときは仕事がとても忙しかったので、地域連携係の男性には、十二月の半ばくらいの予約を入れておいてくださいとお願いしたところ、その後、I医師が紹介してくださった病院と連絡を取ってくださり、再び私の携帯電話に電話を掛けて来てくださった。それによれば、十二月などと言わず、まずは十月か十一月のどこかで一度受診してくださいと言われたそうだ。なかなか休暇も申請し辛い状況だったのだが、思い切って休暇を取り、ガンモに付き添ってもらって、I医師が紹介してくださった医師のいる大きな病院に行った。地域連携係の男性が予約日の手配をしてくださり、予約票が自宅に送られて来ていたので、それを持参した。

 その病院は、私が住んでいる市から近く、多少の坂道はあるものの、自転車で行ける距離にあった。I医師のいる病院で言われていた通り、紹介状と予約票、MRI画像のCD-ROMを持参した。紹介状がないと受診できない病院だと聞いていたのだが、紹介状を持たない初診の方たちもたくさんいらっしゃった。

 その大きな病院を目にしたとき、私は、母が最初にお世話になっていた大きな病院のことを思い出した。母が大きな病院で受診していた頃、私も毎回、一緒に診察室に入って話を聞いてあげれば良かったと後悔した。しかし、実際には、母が末期がんを宣告されたときにしかそれをしなかった。あとは、母の余命を宣告されてしまったときに、母を病室に残して二回ほど話を聞いただけだった。大きな病院に父と母だけで出向き、医師の話を聞くのは心細かったのではないだろうか。

 さて、大きな病院の総合受付の初診専用カウンターでI医師からの紹介状と予約票、そしてCD-ROMを差し出すと、CD-ROMの取り込みに二十分くらい掛かると言われた。様々な病院からデータが持ち込まれるからだろう。ウィルスチェックもちゃんと行っているようだった。CD-ROMは、取り込みが終わると返却してくださった。私は、受付で差し出したCD-ROMは、病院側に提出してしまうものだと思い込んでいたので、予め自宅でガンモにコピーしてもらっていたのだが、こうして手元に戻って来るのであれば、その必要はなかったようだ。

 診察は、十時の予約だった。しかし、総合受付での手続きが終わり、婦人科の窓口に出向いたのは、予約時間の二分ほど前だった。

 婦人科の受付では、問診票に記入するように言われた。その問診票の中には、これまでに深刻な病気にかかったことがあるかどうかや、家族に大きな病気をしている人がいるかどうかを書き込む欄もあった。私は、真っ先に母のことが頭に浮かんだが、問診票の問い方が現在形だったので、何も書かずに提出してしまった。あとからガンモに、
「遺伝があるかどうかを知るための項目だから、書いたほうが良かったんじゃないの?」
と言われたのだが、もう提出したあとだったので、「まあ、いいか」と思った。

 これまでの病院と明らかに違うのは、そうした問診票に、がんなどの深刻な病気を告知して欲しいかどうかを尋ねる項目があったことだ。私は迷わず、「告知して欲しい」に○を付けた。

 アンケートを提出したあと、血圧と体重を測定した。どうやら、それらを測定してデータを提出することが、毎回の診察時のお決まりごとのようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大きな病院で診察を受けて来ました。月日が経つのは早いもので、これを書いている時点では、既に大きな病院での二回目の診察も終えています。年内にあと一回、大きな病院に行くことになっていますが、それまでには記事が追いつくように頑張りたいと思います。

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2013.12.03

振り返り(18)

ホットヨガ(三五四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最愛の奥様を亡くされたというプーちゃんさんのいつか迎えに来てくれる日までというブログを見付け、上から目線という記事を拝読して考えさせられました。妻(私にとっては母)を亡くした父も、両親を亡くしたときの悲しみとは全然違うと言っていました。私から見ても、私自身の悲しみと比べて、父の悲しみのほうがずっと深いと感じています。それは、私よりも父のほうが、母と密接な関係を築いていたからだと思います。父と母はしばしば喧嘩もしていましたが、すぐに仲直りしていました。その時々の感情をぶつけ合うことができて、互いの中に怒りを残さずに、すぐに忘れてしまうことができるのは、二人の間に愛が通い合っているからこそだと思います。とは言え、愛を知れば知るほど、喪失の悲しみが深いというのも事実なんですよね。プーちゃんさんのようなブログを公開していると、何故、いつまでも悲しみに暮れているのかと思ってしまう人がいるのかもしれません。しかし、そういう人たちも、本当に親密な関係を築いた人を亡くしてしまったときには、プーちゃんさんのように深い悲しみを引きずり続けるのではないでしょうか。私はプーちゃんさんのブログを拝読して、悲しみの深さと同時に愛の深さをも感じ取りました。

 納棺の儀のときに、私は母の亡骸に向かって、
「すぐに生まれ変わって来るんよ(すぐに生まれ変わって来るのよ)」
と言った。それを聞いていた従兄が、私の言葉に肯定的な反応を示してくれた。

 やがて、母の亡骸が収められたお棺は、蓋をされ、控え室のすぐ隣にある、葬儀が行われる会場へと運ばれた。こうして母の顔は、お棺の蓋に取り付けられた覗き窓を開けて見ることしかできなくなってしまった。

 納棺の儀を終えてから葬儀までは、一時間半ほどあった。その間に、母の知り合いや友人、それから親戚の人たちが次々に斎場に来てくれたので、できる限りあいさつをした。当日の朝、連絡をしたにもかかわらず、母の兄弟らも揃って駆け付けてくれた。

 葬儀の会場を見渡していると、私の友人のお母さまも足を運んでくださっていたので、ごあいさつさせていただいた。そのお母さまは、母の知り合いでもあったのだ。

 葬儀の受付は、従兄にお願いした。しかし、従兄一人だけでは足りなかったようで、別の従兄の息子さんも手伝ってくれた。

 私は、母の肺がんが発覚してからというもの、毎日、母に電話を掛けて、母を励まし続けてくれたおばあさんの姿を斎場で見付けた。おばあさんと母は、親子ほど年が離れているのだが、私から見ても、本当に特別な関係を築いていたと思う。父や母も、おばあさんのことを「お母さん」と呼んで慕っていた。

 おばあさんは足が悪いので、私が手を添えて母のお棺の前までご案内させていただいた。おばあさんは、お棺の小窓から母をのぞき込んで、
「どして私よりも先に逝ったん?(どうして私よりも先に逝ったの?)」
と言うと、そのまま泣き崩れてしまった。小さな肩を震わせながら泣いているおばあさんの後ろ姿を見ていた私も、一緒に涙が溢れて来た。その涙は、母を喪った悲しみに加え、母がこれほどまでおばあさんに想われていたという感動の涙でもあった。

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