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2013.11.18

振り返り(16)

ホットヨガ(三五三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ある事件に関するコメントで、日本の死刑制度に賛成されている方がとても多いことに驚きを覚えました。私は、死刑には反対です。何故なら、加害者が更正のチャンスを失ってしまうからです。被害者と加害者を切り離してしまうという、今の更正のプロセスにも問題があると思っています。映画『私たちの幸せな時間』を鑑賞したときにそう感じました。それでは、※振り返り(15)続きを書かせていただきます。

 私は、看護師の従姉から言われていた通り、実家から持って来た母の口紅を使って、母の口に紅を引いた。母の唇が、母自身のピンクの口紅で再び色付いた。

 母の唇で想い出すのは、闘病中の母が病院のベッドの上で、唇を震わせながら悲しみを堪(こら)えていた姿だった。父も私も、母が余命宣告を受けていることは母には伝えられなかったが、母は自分なりに、この病気がもうどうにもならないことを感じ取っていたのかもしれない。それまでずっと気丈な母だっただけに、母の震える唇を想い出すと、今でも辛い。夫婦であっても、親子であっても、深刻な病気を抱えている人の悲しみや辛さを外から体験するしかないのだ。

 さて、父と私は、実家から持って来た母の遺品を、斎場スタッフが用意してくださった遺品箱の中に入れた。翌朝の納棺の儀のときに、これらの遺品がお棺の中に入れられるのだ。

 私は、夕食をほとんど食べていなかったので、通夜のあとにみんなで食べた残り物を少しだけ食べた。

 その夜は、父と弟、そしてガンモと私の四人で斎場に泊まることになっていた。斎場に泊まるのは、義母が亡くなったときを加えると、二回目だろうか。義父が亡くなったときも斎場に泊まったような気もしているのだが、実際はそうではなかったかもしれない。

 斎場には宿泊できるようになっていて、布団やシャワーなどの設備がある。シャワールームには、ボディーソープやシャンプーはもちろん、バスタオルやフェイスタオルや歯ブラシまで備え付けられている。

 まず、父がシャワーを浴びた。そのあと、ガンモがシャワーを浴びて、続いて私も浴びた。

 シャワーを浴び終えて、みんなが布団に入ったのは、0時を回っていただろうか。父は前日の夜、ほとんど寝ていなかったというのに、やはり母を亡くした悲しみが深いせいか、何度も寝返りを打っていた。また、父は翌日の葬儀で喪主によるあいさつをすることになっていたので、あいさつの文言を頭で考えながら、布団の中でぶつぶつ言っていた。

 私も布団に入ったものの、なかなか寝付くことができなかった。時々母が寝ている布団に目をやり、ひょっとすると母が息をしているのではないかと思ったりした。しかし、母の布団が動くことはなかった。

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