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2013.11.01

振り返り(12)

振り返り(11)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。一年前にお父さまを亡くしてしまった友人に、母のことをメールで報告したところ、実にバタバタとした状況で簡単な返事が返って来ました。まずはそのことに驚いたのですが、お父さまを亡くしてしまっても、悲しみはそれほど深くはないので大丈夫とも書かれてあり、更に驚きました。それに加え、お父さまが亡くなられてからの細々(こまごま)とした用事が面倒だとも書かれていたので、またまた驚きました。彼女も私と同じように、実家から離れたところで暮らしているのですが、「面倒だ」という表現に唖然としてしまったわけです。親を亡くしたとしても、必ずしもみんなが同じ想いを共有できるわけではないのですね。私は、親を亡くした悲しみが深く、親への愛情も深い人たちと、今のこの想いを共有して行きたいと思いました。それでは、振り返り(11)の続きを書かせていただきます。

 通夜には、母の臨終に付き添ってくれた従姉の看護師も駆けつけてくれた。母の唇に口紅がぬられていると思ったら、何と、従姉が自前の口紅をぬってくれたのだという。「ピンクの口紅が好きな人じゃったけん(好きな人だったから)、今まで使いよった(使っていた)口紅を探してぬってあげて。もし、なかったら、うちの母の口紅をぬってあげたらええけん(ぬってあげたらいいから)」
と言ってくれた。すぐ側で、従姉の母、すなわち私の伯母も、「うんうん」とうなずいてくれていた。私は、そこまで気が回らなかったので、とても有り難いと思った。従姉が、自分の使っていた口紅を母にぬってくれたことは感動的だった。中途半端な感情では、とてもできない行為だと思ったからだ。

 また、従姉の看護師は、母の顎(あご)に白い大きなシュシュのようなものが着いているのを見て、
「これはもう外してもかまんのよ(外してもいいのよ)。顎が開かんように着けとっただけじゃけん(開かないように着けていただけだから)」
と言って、母の顎に着いていた白い大きなシュシュのようなものを慎重に取ってくれた。従姉の看護師曰く、その白い大きなシュシュのようなものは、死後硬直してしまう前に、顎を閉じて固定させておくためのものだったらしい。

 改めて従姉にお礼を言うと、従姉は、
「(父に)あれだけ看てもろて(看てもらって)(母は)幸せじゃねえゆうて(幸せだねえと言って)、みんな言いよったよ(言っていたよ)。ほんとに、看護師さんがみんな言いよった(言っていた)」
と言ってくれた。

 従姉の看護師は、母が入院していた階のすぐ上の階の担当だった。それでも従姉が、母の入院していた階の看護師さんたちと話をすると、父と母のことが話題に昇り、父が足繁く病室に通っていることを微笑ましく思っていると話してくれたそうだ。

 思えば、最初に入院していた病院の看護師さんたちからも同じことを言われていた。それもそのはずで、片道四十分掛かる道のりを、父は毎日、通ってくれたのだから。そして、地元の病院に転院してからも毎日、病院に通い、母にご飯を食べさせてくれて、私が帰省する週末以外の夜は病室に泊まり込んでくれていたのだ。そんな両親の夫婦仲の良さは、私の誇りでもあった。

 また、母には、肺がんが発覚してから、毎日、電話を掛けて来てくれる友人がいた。その方は既に九十歳を越えていて、まだ七十歳だった母とは親子ほど年が離れている方である。近所に住んでいる方なのだが、足の具合が良くないため、電話での交流がメインだったようだ。その方も、ご自身の親戚の方に付き添われて通夜の会場に駆けつけてくださった。聞くところによると、母が息を引き取ってから、病室にも足を運んでくださったそうだ。何と有り難いことだろう。

 こんなふうに、母を大切に想ってくださる方たちに囲まれて、母の通夜は間もなく始まろうとしていた。

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