« 振り返り(5) | トップページ | 振り返り(7) »

2013.10.07

振り返り(6)

振り返り(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。母の魂が肉体を去ってしまってからも、週末ごとに帰省していたのですが、ようやく四十九日の法要の準備がほぼ整ったので、先日の週末は久し振りに自宅で過ごしました。自宅では、主にYouTubeでスピリチュアルな映像を見て過ごしました。私ははテレビを見ないので知らないのですが、最近は、テレビなどで、退行催眠による前世療法の話題が自然に取り上げられているのですね。参照した動画の中で、著名人の方たちが次々にトランス状態に入って行き、前世を思い出していることに驚きを覚えました。私自身も退行催眠CDを使ってトランス状態に入り、いくつかの前世を思い出しましたが、トランス状態から覚めたあとは、とにかく尋常ではないほどの涙が出て来て仕方がなかったのを覚えています。著名人の方たちの中には、自分の前世を体験して涙を流す人もいたようでしたが、私には、比較的冷静でるように映ってしまいました。尋常ではないほどの涙を流した私からすれば、どうしてそこまで冷静でいられるのか、驚いてしまったわけです。おそらくですが、著名人の方たちは、番組を構成するために、特に大きな問題を抱えているわけではない状態のままトランス状態に入ったため、比較的冷静でいられたのではないかと思います。近いうちに私も再び退行催眠を行い、前世における母との関わりも探ってみたいと思っています。それでは、振り返り(5)の続きを書かせていただきます。

 ガンモは、すぐに出発の準備を進めてくれた。そして私たちは揃ってカングーに乗り込み、高速道路に入る前に少し早めの昼食を取り、あとはノンストップで高速道路を滑るように走った。

 そのとき思ったのは、母は、危篤の知らせを受けた私たちが、高速道路を慌てて移動するのを避けたかったのではないかということだった。親の危篤の知らせを受ければ、誰しも、何とか臨終に間に合いたい一心で、高速道路でスピードを出してしまうだろう。母は、私たちがそんな危険な状態に陥らないように、息を引き取るタイミングを選んでくれたのかもしれない。

 思い返せば、虫の知らせのようなものはいくつかあった。母の魂が肉体を去ってしまったのは九月の最初の木曜日だったが、その前の週の週末から次の週の月曜日まで、私は母の病室で過ごしていた。その日はまさに、夫婦別ルートで帰路につくの記事に書かせていただいた日のことであり、ガンモはふと思い立って、青春18きっぷを使って、片道数時間も掛けて日帰りで母に会いに来てくれた。母の魂は、その三日後に肉体を去ってしまったので、この日が、ガンモにとっても私にとっても、生きている母に会った最後の日となってしまった。

 このときの帰省で、私は金曜日の深夜に三宮駅前を出発する夜行高速バスに乗って、翌日の土曜日の早朝に実家の最寄駅に着いた。いつものように、父が実家の最寄駅まで車で迎えに来てくれた。そして、そのまま母の入院している病院まで私を運んでくれたのだが、確かそのときに、父の運転する車のバックミラーに母の顔が写ったような気がしたのだ。それまで、バックミラーに写っていたのは父の顔だったので、「あれ? あれは母の顔ではないか?」と思い、もう一度、バックミラーを確認してみたところ、そこにはもはや、父の顔しか写っていなかった。バックミラーに写っていた顔の口元が、確かに母のものだと思ったのだが、そのとき母はまだ生きていたので、それほど気にも留めていなかった。しかし、あとになってから考えてみると、あれは母からのメッセージだったのかもしれないと思うのだ。

 他にも、母からのメッセージと思われるものがあった。それは、その時期に私が購入することになっていた継続の通勤定期券をなかなか購入することができなかったことである。その当時、私が使っていたJR線の通勤定期券の使用期限は九月四日までだった。JR線の通勤定期券は、継続利用ならば、使用期限の二週間前から購入することができる。しかし、私は母の病状が急変する可能性もあると思い、夫婦別ルートで帰路につくの出来事のあとに購入しようと思っていたのだ。

 ところが、私が継続の通勤定期券を購入するために自動券売機の前に並ぼうとすると、決まって他の人が自動券売機を利用していた。私は、並んで待つ時間がもったいないと思ったので、通勤定期券の使用期限までにはもう少し余裕があるのをいいことに、購入を見送った。そんなことが何度か重なったので、母は私に、「継続の通勤定期券を、今、購入しなくても良い」というメッセージを送ってくれていたのかもしれない。もしも継続の通勤定期券を購入して、しばらく実家で過ごすような事態が発生したとしたとしたら、少なくとも一週間程度は実家で過ごすことになり、その間は通勤定期券を利用しないことになるからだ。

 しかし、私はあるとき、そろそろ継続の通勤定期券を購入しておこうと思い立ち、仕事帰りに自宅の最寄駅に設置されている定期券の自動券売機の前まで歩いて行こうとした。そのとき、他の利用客が自動券売機の前に歩もうとしているのを視界の脇のほうで感じ取ったのだが、継続の通勤定期券を購入しようとする意気込みが強かった私は、その人よりも先に継続の通勤定期券の自動券売機の前に立ち、継続の通勤定期券を購入したのだ。継続の通勤定期券を購入したあと、後ろを振り返ってみると、私の後ろには誰も並んでいなかった。ひょっとすると、誰かが並ぼうとしていたというのは私の勘違いだったのかもしれないし、あるいは、かつての私のように、他の人が操作しているのならば、購入する機会を改めようと思ったのかもしれない。

 いずれにしても、私はちょっぴり強引に継続の通勤定期券を購入して、九月五日の朝も通常通り出勤したわけなのだが、結局のところ、出勤してもわずか三十分で仕事を早退し、地下鉄に乗って移動している間に母が息を引き取ってしまったのだ。

|

« 振り返り(5) | トップページ | 振り返り(7) »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/58334023

この記事へのトラックバック一覧です: 振り返り(6):

« 振り返り(5) | トップページ | 振り返り(7) »