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2013.10.18

振り返り(9)

振り返り(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。台風の被害があまりにも大き過ぎて驚いています。伊豆大島でたくさんの方たちが亡くなられましたね。まだ行方不明の方たちもたくさんいらっしゃるようです。行方不明の方たちが、例え怪我をしている状態であったとしても、命の輝きがある状態で救出されることをお祈りするとともに、亡くなられた方たちのご冥福をお祈り申し上げます。さて、前回の記事を書いた日の夜、またまた母の夢を見ました。図書館で借りた本を返すために、閉館ギリギリの時間に母が運転する車に乗り込み、図書館に向かう夢でした。母は自動車の運転免許を持っていたので、実際に起こり得る出来事ではあったのですが、現実ではこのようなことは一度もありませんでした。夢の中では、結局、図書館の閉館時間には間に合わず、図書館で借りた本を返却することができませんでした。夢の中のこの出来事は、夢の中にいる私にとっては、ごく当たり前の日常の出来事として起こっていました。しかし、現実の世界においては、こうした日常は既に終わってしまっているのです。この夢は、私に、当たり前の日常がいかに大切であるかを想い出させてくれました。皆さんも、そんな日常を大切にしてくださいね。それでは、振り返り(8)の続きを書かせていただきます。

 生前の母が家族葬を望んでいたと言っても、本当にそのような形で葬儀を取り行ってもいいものかどうか、私は判断しかねていた。母の遺志は尊重したいが、母は友人が多かったので、母の訃報を聞いて駆けつけて来てくださる方も多いはずだった。家族葬にすると、そういう人たちの想いが宙に浮いてしまうのではないかと思ったのだ。

 そんなことを考えていると、私の携帯電話に弟から電話が掛かって来た。弟は、先ほどから父が無駄な動きをしていると言った。父は、通夜と葬儀を斎場で行うことに決めてからも、葬儀のあとに親戚の人たちや母の友人が来てくださるからという理由で、引き続き、家の片付けを続けていたようだ。父は、一度ほうきで掃いた場所にわざわざ新しいごみを持って行ったりして、なかなか掃除がはかどらない状況にあったようだ。

 弟は私に、とにかく父がそういう状況なので、何かあったら自分に連絡をくれと言った。弟も深い悲しみを感じているはずだが、父よりも冷静だった。おそらく、自分の身近に取り乱した人がいると、冷静になろうとするのだろうと思う。

 母の訃報を聞いて仕事を早退した弟は、母の銀行口座を解約しに行ったそうだ。というのも、亡くなった人の銀行口座はほどなくして凍結され、口座のお金を引き出すには、財産分与という形で、相続する権利のある人たちの印鑑が必要になってしまうからだ。

 弟にも、しなければならないことはたくさんあったはずだが、彼もまた、何をすればいいか、優先順位を決めかねているようだった。そこで私は、
「遺影の写真を選ぶことが先決だと思うよ」
と言った。

 父や弟の話によれば、母は午前中に息を引き取ったので、その日のうちに通夜を行うという。そして、翌日になればすぐに葬儀を行うそうだ。それならば、通夜に間に合うように、遺影に使う写真を用意しておいたほうがいいだろうと思ったのだ。

 私は、父と弟に、遺影の写真の候補があるのかどうか、尋ねてみた。実は、生前の母に、
「葬式のときの写真はこれにして」
などと言われている写真があったのだが、父はずいぶん前にその写真を片付けてしまい、今はどこにあるのかわからないと言う。

 それでも、弟が、
「心当たりがある」
と言ってくれた。その写真は、生前の母が遺影に望んだ写真ではなかったが、他に候補がなかったので、その写真から母の遺影が作られることになった。結果的に、その写真は、普段の母にとても近い状態の写真だったので、通夜や葬儀に足を運んでくださった方たちが、いつもの母に近いと言ってくれた。

 そうこうしているうちに、十五時を回ったので、再び弟に電話を掛けてみると、父は母を寝台車に乗せるために、病院に向かったと言っていた。そして、病院をあとにして、そのまま斎場へ向かったようだ。

 通夜は十九時から斎場で行われるという。夕方になると、母の友人がわざわざ家まで来てくださったそうだ。弟は、母の遺志で家族葬にすることを母の友人に話し、通夜の時間と葬儀の時間を伝えた上で、「家族葬ですが、気にせず来てください」とお願いしたという。しかし、母の友人には、家族葬なので遠慮すると言われたそうだ。

 その友人は、母が一番本音で付き合っていた母の大切な友人である。私は、家族葬にするという理由で、やはり母の通夜や葬儀に足を運ぼうと思ってくださる方たちの想いを宙に浮かせてしまってはいけないと思った。

 ノンストップで高速道路を走った私たちは、実家には寄らずに、通夜と葬儀が行われる斎場に直接出向いた。斎場に着いたのは、十六時半前だった。そこには、母の名前とともに、「通夜会場」と書かれた大きな看板が掲げられていた。その看板を見るまでは、母の魂が肉体を去ってしまったことなど、まだ信じたくない状況だった。しかし、こうして通夜の看板まで掲げられているのだから、やはり母は本当に亡くなってしまったのだと認めざるを得ず、一気に悲しみがこみ上げて来た。

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