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2013.10.16

振り返り(8)

振り返り(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事を書いた日の夜に、今度は母の夢を見ました。遺された者たちの想いがあまりにも強過ぎると、故人はなかなか夢には出て来てくれないと言われていますよね。何と、母の魂が肉体を去ってしまってからというもの、父はまだ一度も母の夢を見ていないのだそうです。私は、まだ数回程度ですが、今回も含めて母の夢は何度か見ています。私よりも父のほうが、母に対する想いがずっと強いということなのでしょうね。それでは、振り返り(7)の続きを書かせていただきます。

 高速道路を移動中、私は何度も父の携帯電話に電話を掛けた。そのとき、父から、母が息を引き取るときのことを聞いた。病室に院長やたくさんの看護師さんたちが集まってくださっていたことについては、以前の記事で書かせていただいた通りである。実は、院長や看護師さんたち以外にも、母の臨終に付き合ってくれた方たちがいたのだ。

 そのうちの一人が、その病院で看護師として働いている私の従姉(父にとっては姪)である。看護師の従姉は、たまたま夜勤明けで、母の病室を訪ねてくれていたのだそうだ。そして、そのまま母が息を引き取るまで付き添ってくれたのだという。看護師の従姉は、夜間勤務を終えたあとだったので、看護師の服のままではいけないと思い、わざわざ私服に着替えた上で、母の側についてくれたそうだ。

 また、他にも、毎日のように果物などを持って、母のお見舞いに来てくれていた母の従妹も一緒だったという。

 病院で亡くなると、できるだけ早いうちに葬儀屋さんに連絡をして、寝台車を用意してもらい、病室から亡骸を運び出さなければならない。しかし、有り難いことに、看護師の従姉が院長に頼んでくれて、十五時まで病室を使わせてもらえることになっているという。

 父は、病室の後片付けを、私の従姉である看護師と母の従妹にお願いして、自分は自宅に戻り、家の片付けを始めたそうだ。

 その時点で、父はかなり混乱していたようだ。母の魂が肉体を去ってしまった悲しみがこみ上げて来るというのに、そんな感情に向き合う余裕もなく、これからのことを次々に決めて行かなければならなかったからだ。決めなければならないことというのは、通夜や葬儀をどこで行うのか、また、母が息を引き取ったことを誰と誰に連絡をするのか、などである。有り難いことに、母が息を引き取ったことについては、親戚の人たちが手分けして連絡してくれたようだ。

 父が自宅に戻って家の片付けを始めたのは、母の通夜を自宅で行うためだったらしい。しかし、病室から持ち帰ったものを片付けることに思いのほか手間取ってしまい、なかなか前には進めない状況にあったようだ。

 父は私に、
「お通夜の会場なんじゃけど、お母さん、いったん家に帰っとるけん、もう自宅じゃのうてもええか(お通夜の会場なんだけど、お母さん、いったん家に帰って来ているから、もう自宅じゃなくてもいいか)」
と私に言った。私自身は、理想としては、葬儀の前に、母をいったん自宅に帰してあげたかったのだが、ゆうべ父がほとんど寝ていないことも気になっていた。その父に、自宅を片付けてもらった上で、病院から帰って来た母を迎え、通夜に来てくださる方たちの対応までお願いするのは、ずいぶん酷な気がした。

 父の言う、「母がいったん帰って来ている」というのは、退院した六月の終わりから、救急車で急搬送されることになった七月の頭くらいまで、ほんの九日間だけではあったものの、母が自宅で過ごすことができたことを意味していた。

 私は、
「うーん・・・・・・。本当は家に連れて帰ってあげたいけどね・・・・・・」
と言った。父も涙ながらに、そうしてあげたいけれど、自宅に母や通夜に来てくださる方たちをお迎えするには、なかなか家が片付かないと言った。病院から持ち帰ったものの整理に加え、訪れて来てくださった方たちに座布団を出したり、訪れてくださった方たちをもてなす準備を整えるのは、慣れない父にとっては、想像以上に大変だったようだ。

 高速道路を移動しているとは言え、私たちが到着するのは、どう頑張っても十六時半頃にはなってしまう。それまでの間は、すべての対応を父に任せるしかなかった。

 それから何度か父と電話でやりとりしているうちに、通夜も葬儀も斎場で行うことになった。父と母は、冠婚葬祭のために掛け金を掛けていたのだという。選んだ斎場は、掛け金を掛けていた斎場だった。掛け金を掛けていたおかげで、利用料金がいくらか割引になるのだそうだ。

 斎場が決まったと聞いたあと、父が、
「お母さんの生前からの望みで、家族葬にする」
と言ったので、私は驚いた。確かに私も、母が家族葬を望んでいたことは知っていた。自分の最期は、父と弟、そして私とガンモだけで送って欲しいとも言われていた。それは、母が葬儀にたくさんのお金が掛かることを気にしていたこともあるのだが、
「みんなに(お棺に入った)顔をのぞかれるのがいやじゃ(みんなに顔をのぞかれるのがいやだ)」
とも言っていたのだ。

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